デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第四十七話 うちの願い

 〈フラクシナス〉とDEMの空中艦、艦船同士の戦いは一進一退の攻防だった。明らかに〈フラクシナス〉よりも巨大な敵艦に対し一歩も引く事なく、互角以上に立ち回る事が出来ていたのは、ラタトスク側の技術力に加えて、艦橋に座る各員の奮戦と、琴里の指揮…それに何より、副官神奈月恭平の随意領域(テリトリー)制御の賜物だった。本来ならば機械のみで制御が行われる、巨大過ぎて並の魔術師(ウィザード)ではその機能の一部を操る事も出来ないような空中艦という代物を、ヘッドギアを通じて巧みに操作するそのさまは、侑理からしても圧巻だった。流石に艦の制御全てを行っている訳ではないようだが…それでも、DEMの魔術師(ウィザード)になったとしても十二分にやっていけるような凄技を、美形の男性が見せていた。

 互角以上、或いは〈フラクシナス〉側がやや有利かとすら思えた戦闘。だがその構図は、DEM側の動きによって崩された。高度を下げ、士道や真那達の上に陣取るような形で移動された事により、〈フラクシナス〉は主砲である収束魔力砲〈ミストルティン〉を撃てなくなってしまった。他にも武装はあるものの、対艦攻撃としては攻め手に欠けるという状況に陥り、ギリギリで持ち堪えている真那達が狙われるのをずっと止められないままだった。

 それは、同じだった。十香達の様に真那と士道の加勢に行く事も出来なければ、艦橋で何か出来る訳でもない、やはりただ見ている事しか出来ない今の侑理自身と、重なって見えた。しかし出来ないという状況は同じでも、その状況に持っていかれた〈フラクシナス〉と、ただただ無力な侑理とでは、似ているようでまるで違う。それに、その事に気付き、一層打ちひしがれていた…その時だった。真那が、〈フラクシナス〉の前方に現れたのは。現れ、自分の名前を叫んだのは。

 

「真、那……?」

 

 艦の随意領域(テリトリー)内にいるからか、スピーカー越しにはっきりと聞こえた真那の声。その行動に、〈フラクシナス〉の前まで飛んできた事に侑理は唖然とし…司令としての席に座る琴里が先に声を返す。

 

「ちょっ、真那!?貴女なんのつもり!?今貴女が抜けたら向こうは……」

「申し訳ねーです琴里さん!申し訳ねーですけど…ちょっと黙っててくれねーですか!」

「あっ、はい…って、黙っていられる状況じゃなくて…!」

 

 一喝された琴里は思わず怯み、一拍遅れて突っ込みを返す…が、解析官としてコンソールに目を走らせていた令音他数名、ブリッジ要員がそのやり取りにくすりと笑いを漏らしてしまう。そこへ睨みを利かせる事で琴里は黙らせ…しかし、真那に対してはそれ以上何も言い返さない。

 

「…本当に、申し訳ねーです」

「…そう思うなら、さっさと話を済ませて頂戴」

 

 だったらと、琴里は斜め後方に立つ侑理を見る。外では真那が、じっとこちらを見つめて頷く。

 

「侑理。侑理が悩んでいる事は、知っていました。〈ナイトメア〉の時の事も、DEMの事も。最近必死になってるのも、何となく感じていやがりましたし…さっきあったっつー事も、聞きました。…面目ねーです。何もフォロー出来なくて」

「それは…そんな事、ないよ。どれもこれも、うちの問題…なんだから」

「ちげーますよ。元を辿れば、私にも関わりのある事です。侑理の問題かもしれねーですけど、私も無関係なんかじゃねーです」

 

 無関係じゃない。その言葉で抱くのは負い目。関係があろうとなかろうと、結局は侑理自身の問題なのだ。だからそれに関して、真那に責任を感じさせてしまっている事が申し訳なくて、侑理は何も返せない。そしてその沈黙をどう思ったのか、真那は少しだけ間を置き、言葉を続ける。

 

「それについて、兄様にも少しだけ話を聞いてもらって、助言も貰って…なのにここまで私は話さなかった。話せなかった。機会を伺ってる内に色々あって、ってのもありやがりましたが……今思えば、私は臆病になっちまってたんです。自分の選択が、侑理を危険に晒すんじゃねーかって。侑理を不幸にしちまうんじゃねーかって」

 

 話すと共に、少しずつ真那の声のトーンは落ちていく。…本当に、気にしていたんだって事が否が応でも伝わってくる。

 

「分からねーんです、分からねーんですよ。何が正解なのか、自分が良い選択をしてるのか。私にとって侑理は大切で、失いたくなくて、だから危ない目にも遭ってほしくなくて……だけどそれは全部、私の気持ちなんです。侑理の思いがどうこうじゃなくて、私の思いでいやがるんです。…やっぱり、分からねーんですよ…親友って言ったって、相棒って言ったって、他人の気持ちは、侑理の気持ちは、なんにもっ!」

 

 見えない。見えないが分かる。真那が拳を握っている事が。その手が震えている事が。侑理が思いもしなかった悩みを、不安を、真那もまた抱えていたんだという事が。

 今も戦闘は続いている。琴里の指示が、一人一人の声が、コンソールに指を走らせる音が、応酬のように艦橋を飛び交っている。されど侑理にはその全てが小さく微かな音に聞こえていて、響くのは真那の声だけで……真那は、言う。

 

「……だから、教えてくれねーですか。侑理の、気持ちを。どうしたいかを。どう、なりたいかを」

 

 それは、真っ直ぐな問い。至極単純で、漠然としていて、ありふれている……されどこれまで、一度も問われる事のなかった思い。

 無力感。不甲斐なさ。情けなさ。戦えない自分、何も出来ない自分に対する、どうしようもない程の嫌な気持ち。それへの答えは決まっている。既に何度も感じている。

 

「…強く、なりたい…前みたいに、前以上に…うちは、ちゃんと戦えるようになりたい……」

「…それは、どうしてでいやがりますか?」

「どうして…?どうして、って…そんなの……」

「もし、それがただ兄様達を守りてーって事なら、安心していられるようにしてーって話なら、別に侑理が強くなる必要はねーんです。私がもっともっと強くなれば、それで済む話です。さっきも言った通り、私からすれば兄様だけじゃなく、侑理にも危ない目には遭ってほしくねーんですから」

「……っ…でも、幾ら真那だって、今以上に強くなるのは……」

「無理じゃねーですよ。少なくとも私は、無理だとは思っちゃいねーです。兄様を、侑理を、皆を守る為なら、限界なんざぶち抜いてやるまでです」

 

 淀みも迷いも何一つない、恐ろしい程に真っ直ぐな真那の意思。それを感じる、澄んだ声。…また、何も言えなかった。言葉が出なかった。…その通りだと、思ってしまったから。ただ士道達を守りたいだけなら、期待に応え役に立つだけなら、それは侑理でなくとも良いのだから。それを果たすのは、真那でも良いのだから。

 だが、ならばそれでいいのか。真那が強くなれば、侑理は満足出来るのか。それが侑理の望みなのか。──違う。断じて、絶対に…違う。

 

(違う、違うよ真那…そうじゃない。うちの願いは、そういう事じゃない。だってうちは、うちは……)

 

 真那の言葉で、自分の中で、思いが形になっていく。分からなかった訳ではない。きっとこれまでにも、その部分へ触れていた事もあると思う。されど今までは、これまでは、目を向けていなかった。普通の事だからこそ、意識した事もなかった。

 けれど、大事なのだ。一見普通の事でも…真那にとっては、重要なのだ。もしかすると真那も、予想しているのかもしれない。それでも訊いたのだ。違うかもしれないから。正解かどうか分からないから。侑理自身の口から、侑理の言葉で、聞きたいから。

 結局、自分以外の誰かが思っている事を正しく読み取る事など、誰にも出来ない。少なくとも、そういう超能力でも持っていない限りは、どんなに心理の勉強をしようとも、心の機微に聡い者でも、予想や推測以上のものは導き出せない。侑理もそう。エレンが自分に向けてくれている思いが何なのか、どれだけ考えても分からないし、真那が悩んでいる事も、今の今まで…言われるまで、気付きもしなかった。…誰が悪い訳でもない。ただ、そういうものなのだ。仕方がないのだ。だから──言葉にするのだ。伝えるのだ。訊いてみるのだ。分かってもらう為に、分かる為に。

 

「…それじゃ、駄目なんだよ…真那がなんて、全然うちの望みじゃない。それはうちがしたい事でも、そうなってほしい事でもない!」

「侑理…なら、侑理の願いは……」

「そんなの──うちが守りたいからに、決まってるじゃんっ!」

 

 叫ぶ。両手を握り締めて、心の底から、今ある感情全部を乗せて、思いきり叫ぶ。

 

「うちは、ずっとそうだった!真那の力になりたくて、支えになりたくて、隣に立ちたくて…だから強くなりたかった!今だってそれは変わらない!士道にぃの役に立ちたくて、琴里達に恩返ししたくて…大事だって思うものを守りたくて、もっと力が欲しかった!だけどそれは、誰かにしてもらえばいい事じゃない!それで満足出来る訳ない!だって…そうなりたいのは、うちだから!真那の隣に立ちたいのも、エレンさんの期待に応えたいのも、士道にぃ達を守れるようになりたいのも、うち自身だから!誰でもないうちが、そういううちで在りたいから!だからっ──もう無力なのは、嫌なんだッ!もうこれまでみたいな、()()()()()()()思いはしたくないっ!」

 

 誰かじゃない。自分自身なんだ。支えるのも応えるのも、全部自分がしたい、自分でしたい事なのだ。誰かに押し付けたくないのではなく…そこにいるのが、『自分』でなければ嫌なのだ。

 

「…そこで、やっぱりエレンも出てきやがるんですね」

「それは…そうだよ。エレンさんがいなければ、うちを鍛えてくれなければ、うちは日本支社の戦いで、もっと早くに落とされてた…そうなってたら、やっぱりこの『今』はない筈だから…。…それに……」

「…いや、構わねーです。それも、その思いも含めて…侑理なんでいやがりましょう?」

「…うん。それが、うちだから。うちには、大切なものが沢山あって…何かを捨てる事なんて、したくないから」

 

 DEMと交戦している真っ最中に、ラタトスクの機関員も複数いる場で、その名前を出すのはどうか…というのは、侑理も思わなかった訳ではない。だがそれでも言いたかったのだ。真那には自分の思いを、全て伝えたかったのだ。

 初めてはっきり、言葉にした。表層だけではない、心の奥の奥まで、初めて口にする事が出来た。まだ何も解決していない、何一つ変わっていない。だとしても…少しだけ、沈澱するように渦巻いていた気持ちを、吐き出せたような気がしていた。

 

「…侑理。侑理の気持ちは、よく分かりました。やっぱり、腹を割って話すのが一番でいやがりますね。…だから…今度は、私の番です」

「…真那も、伝えたい事…あるの?」

「えぇ。とはいえ、私が思っていた事は、さっき大体言っちまいましたし、もう…というかずっと、悠長に話してる暇もねーので、多くは言わねーです。──侑理」

 

 これまでで一番真剣な、真摯な声で呼び掛ける真那。侑理はぴくりと肩を震わせ、真那を見つめる。見つめ返す。そして、真那は…言う。

 

「私も守りてーんです。兄様を、皆を。だけど今は、今の私一人じゃ、守れねーんです。だから、侑理…私の力に、なって下さい。もう一度、一緒に、戦って下さい。私は、真那は──侑理を頼りに、してーんですっ!」

 

 それは、どれだけ焦がれた言葉か。どれ程待ち望んだ言葉か。まだDEMにいた頃、真那が日本に向かってからずっと…或いはそれ以前からも願っていた、真那への思い。頼りにしてほしいという、側にいたからこその気持ち。それが今、確かに現実のものとなって……だが今の侑理に、力はない。戦えるだけの、強さがない。その事実が一瞬、侑理の心を締め付け…されど、振り解く。諦観も、無力感も、跳ね除ける。──真那が、頼ってくれたのだから。

 

「勿論…勿論だよ真那!真那が望むなら、うちはいつだって、なんだって力になる!だって、うちは…真那の、相棒なんだから!」

「ふふっ、やっぱり侑理ならそう言いやがりますよね。分からねー事ばっかりでいやがりましたが…これだけは思った通り、信じていた通りです。……琴里さん」

「…えぇ、今回ばかりは何も言わないわ。私だって、もう関わっているんだから。…侑理、外に転送するわ。戦闘中だから、安全にとは言わないけど…大丈夫よね?」

 

 にっ、と笑って思いを返せば、真那もまた笑う。そして真那の意図を察した様子の琴里に促され、侑理はくるりと踵を返す。

 

「ありがとう、琴里!」

「私は今必要な判断をしたまでよ。…それに、気持ちは分かるから。だから…頑張って」

 

 色々な感情の混ざったような…その上で優しさを感じる言葉を背に受け、侑理は艦橋を出る。脇目も振らずに走り…転送用のエリアへと飛び込む。

 

「……っ…琴里、お願い!」

 

 ここから転送される先を想像し、一瞬怖くなる…が、すぐに漲る思いが恐れを払い、天井のカメラへ頷くと共に声を上げる。すると侑理の合図は伝わったようで、転送装置が起動し…次の瞬間には、景色が一変。視界の全てが、一瞬にして果てしない空へと移り変わる。

 

「真那ぁぁぁぁああああああああッ!!」

 

 予想通りの空中。安全とは対極の、パラシュートなしスカイダイビング。想定内とはいえ、流石に乱暴過ぎる展開に再び侑理はぞっとしつつも、目一杯叫ぶ。全身で凄まじい風を受けながら、真那を信じて名前を呼ぶ。

 時間にすれば、ほんの数秒。たった数秒ながら、侑理は強風にもみくちゃにされ、落ちていく恐怖を味わい……ふっ、と風も落ちていく感覚も消える。侑理の目の前に手が伸ばされ…その手を、掴む。

 

「…お待たせ…って程でもねーですか?侑理」

「まぁね。うちも、今落ちて来たところだから」

 

 今来たところだから、に『落ちて』を追加するだけで大分非現実的になるな、と自分で言っておいて侑理は軽く肩を竦める。同じく真那も苦笑をし…すぐにお互い、表情を引き締める。

 

「それで、うちは何をすればいいの?」

「侑理には、私と一緒に向こうの空中艦を抑え込んでほしいんです。兄様達が、人工衛星を破壊しちまえるように」

「く、空中艦を…!?…いや、あの…なんだってとは言ったけど、出来る事と出来ない事が……」

「勿論、今のまま力になれとは言わねーです。──侑理、これを」

 

 現状普通の女の子としての力しかない侑理には、空中艦どころか〈バンダースナッチ〉一体を相手取るのも到底不可能。そんな自分に一体何を…と動揺する侑理へと、真那はある物を差し出してくる。そしてそれを見て、侑理は目を見開く。

 

「これ、って……」

 

 手渡されたのは、ドッグタグにも似た小さな機械。侑理はそれを知っている。それは、見紛う事なき──緊急着装デバイス。

 最初侑理は、自身が第二執行部の魔術師(ウィザード)として使っていた、ラタトスクに保護されてからは当然自分の手元からは失われていたものかと思った。だが明らかに、外観が違う。つまり、これは……

 

「ラタトスクの、CR-ユニットでいやがります。琴里さんと話して、受け取りました。侑理の、侑理の為の、力として」

 

 どくん、と心臓が大きく跳ねる。琴里から受け取った…それは即ち、信用されているという事。仲間として、友として、司令官という責任ある立場の琴里が、CR-ユニットを渡しても大丈夫だと侑理を信じてくれたという事。

 嬉しさと、その思いを裏切ってはいけないという思いが、同時に込み上げてくる。しかし今は、その感情に浸っている場合ではない。感謝するからこそ、為さねばならない事がある。

 

「…真那、まさかとは思うけど、うちは使用者として未登録だから、使用承認されないなんて事は……」

「心配ご無用、全て登録済みです。流石に侑理に合わせた調整までは出来てねーですから、各種設定なんかは初期状態のままでいやがりますが…私が第二執行部を返り討ちにした時も、同じような状態でいやがりました。侑理はそんな私の相棒でいやがるんですから、未調整のままじゃ戦えねーなんて事はねーでしょう?」

「言ってくれるね、真那。…任せて、やってみせる」

 

 上等、と真那は歯を見せて笑い、侑理を見つめる。侑理はそれに頷いて返し…緊急着装デバイスの表面に、指で触れる。そして、大きく一つ深呼吸。

 

(今ならまだ、引き返せる。引き返せるけど…これでいい。これがいい。それが、うちの望んだ…うちの選んだ、道だから)

 

 これを使えば最後、もう戦いからは逃れられない気がする。しかし、不安はなかった。迷う気持ちは微塵もなかった。勿論戦いを望む訳ではないが…今心の中心にあるのは、守りたい、隣に立ちたい、そんな自分で在りたいという思い。だから…躊躇う事など、何もない。

 触れた事により、展開したデバイス。それを掲げるようにして、侑理は持ち上げる。頭上まで上げ、魔術師(ウィザード)として頭に埋め込まれている機械…その先端であり、髪に隠れてこそいるものの頭部から露出している部分へとデバイスを触れさせる。そうする事で、デバイスへと接続し……随意領域(テリトリー)を、展開する。

 

「……っ…!」

 

 酷く久し振りに感じる、随意領域(テリトリー)を纏う感覚。実際には一ヶ月強程度しか経っていないのだが、ラタトスクに保護されるまでは休みの日以外ほぼ毎日の様に扱っていた、感じていたものだからこそ、もっとずっと長い期間使っていなかったような、そんな感覚を抱いてしまう。加えてワイヤリングスーツなしでの展開による負荷も、随意領域(テリトリー)の運用を暫くしていなかったからか、前よりも強く感じられ…しかしそれは、すぐに慣れる。むしろ、思考がクリアになっていくような気さえする。

 そして、侑理は脳内で指示を出して随意領域(テリトリー)を操作。基礎顕現装置(ベーシックリアライザ)同様、デバイスに搭載されたCR-ユニットを…戦う為の、矛を、鎧を、翼を纏う。

 

「…これが……」

 

 ぽつり、と聞こえた真那の声。装着は一瞬。瞬時に現れたユニットを侑理は身に纏い、魔力を供給しスラスター点火。ずっと掴んでくれていた真那の手から離れ、自分の力で宙に浮く。

 両腕両脚胸部を包む、流線型の装甲。翼…それも航空機の主翼を思わせる、一対の大型スラスター。腕部のユニットに直接接続して使う事を想定されているらしき、二つの武器。その外観や装備構成から真っ先に連想するのは、目の前にいる真那のCR-ユニット〈ヴァナルガンド〉。一目で分かる。明らかにそうだと言える。これは、〈ヴァナルガンド〉と関連性の強いユニットであると。

 だが、連想するといってもあくまで似ているだけ。〈ヴァナルガンド〉が黒と青に彩られたユニットであるのに対し、こちらは黒と黄色の二色が基調。武装は勿論、腕や脚の装甲も形状がそこそこ違っており、例えば真那の爪先は三つの鉤爪が連なるような形であるのに対し、侑理の方は一本且つ、真那のユニット以上に曲面が主体。更によくよく見れば姿勢制御用の小型スラスターの数や配置、その他細かい部分にも差異があり、ほぼ同じと言えるのは、胴体周りと耳当てのような形状をしたヘッドセット位のもの。何より、CR-ユニット起動時に網膜投影で表示された文字…この装備を示す『名前』は、はっきりと違う。

 

「──〈ヨルムンガンド〉」

 

 それは、北欧神話に語られる神獣の名。国一つを取り囲める程の体躯を持つ大蛇であり…ヴァナルガンドと同じ親を持つ存在。名前が先にあったのか、CR-ユニットが先にあったのかは分からない。されどこの名を、ヨルムンガンドの由来を思えば、〈ヴァナルガンド〉と似ているのも納得だった。

 

「薄々予想は付いていやがるかもしれねーですが、私の〈ヴァナルガンド〉とそのCR-ユニットとは、連携を念頭に開発された姉妹機って話なんだとか。まぁ私も、展開状態を見るのはこれが初めてでいやがるんですけどね」

「そっか…なら、うちと真那にぴったりだね。あ、何なら真那の事も姉として呼ぼっか?それともうちの妹になる?」

「どっちもお断りでいやがります…というか、ふざけてる場合じゃねーんですよ、今は」

 

 半眼とあっさりした突っ込みを返され、侑理は肩を竦める。とはいえ真那の言う通り、今はふざけていられる状況ではない。

 

「侑理。空中艦の方は、私が何とかしてみせます。だから侑理は……」

「〈バンダースナッチ〉の迎撃だね?」

「流石侑理、よく分かってるじゃねーですか。…なら、久し振りにやるとしやがりましょうか。私と侑理の、連携プレーを」

 

 真那が見せる、自信に満ちた笑み。その笑みへ侑理は頷いて返し…次の瞬間、真那は反転。爆ぜるように加速し、スラスターを吹かし、一気にDEMの空中艦へと向かっていく。

 

「ふー……よし」

 

 集中力を高めるように息を吐き、真那とは対照的にゆっくりと降下していく。下がりながら、CR-ユニットのデータ領域へとアクセスする。時間が惜しいのは事実だが、最低限武装の把握だけはしておかなければ話にならない。

 

(出力可変式のレイザーカノンに、複合兵装型のレイザーガン…うん、これなら……!)

 

 どんな武器か、何が出来るか…それだけ調べて、侑理は右腕の兵装、大型のレイザーカノンを握る。嘗て使っていた別のレイザーカノンの感覚を思い出しながら、一気に魔力を充填していく。

 ちらりと視線を向ければ、既に真那が空中艦へ攻撃を仕掛けていた。圧倒的な機動性で〈バンダースナッチ〉の追撃を振り切り、砲撃と斬撃を空中艦の随意領域(テリトリー)へと打ち付けていた。飛び回る真那に、反撃は届かず…されど真那も突破は出来ていない。空中艦の迎撃と〈バンダースナッチ〉の存在がある以上、真那も腰を据えての攻撃が出来ず、空中艦による士道達への対地攻撃も続いている。現状では、空中艦の注意を引く程度の成果しか挙げられていない。

 だがそれは、真那が一人であればの話。そして、侑理には分かっている。今の真那は、注意を引く事しか出来ないのではなく、意図的にそうしているのだと。真の狙いを、本命を……その瞬間を、待っているのだと。

 

「…すぅ…はぁ……」

 

 もう一度、ゆっくり大きく深呼吸。今の自分、こうしてまた魔術師(ウィザード)として戦場に立った自分に出来る全力を尽くす為に、全神経を研ぎ澄ます。レイザーカノンを構え、標的を見据える。一機や二機ではない。個別になど、狙わない。

 

(照射時の基本口径も、カノンの許容限界も分からない。だから、全身全霊で…ありったけの力で、最大最高の一撃を叩き込む……ッ!)

 

 初めは真那を囲もうとしていた〈バンダースナッチ〉も、幾度となく振り切られほぼ全機が後を追う形となる。次から次へと躱され、団子の様になっていく。

 高度を下げた事で、見えてくる。随意領域(テリトリー)の操作で強化された視界に、今も空中艦の砲火と一部の〈バンダースナッチ〉の攻撃に晒されながらも持ち堪える士道達の姿が映る。よく見ればそこには七罪の、行方不明になっていた彼女の姿もあり、聞いていた通りに〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振るう士道のさまと合わせて驚いたのだが、既に侑理の意識は完全に戦闘中のそれへと切り替わっている。驚きはしても、それで集中が途切れるような事はない。

 真那は侑理を信じてくれている。誇張抜きに、この状況を変えられるのは…士道達を助け、人工衛星の墜落と爆発から天宮市を守れるかどうかは、侑理の行動に掛かっている。それは、凄まじいプレッシャー。しかし感じる緊張とは対照的に、心は落ち着き払っている。理由は分からないが、分かる。自分ならやれると、出来ると。狙うは単純、撃ち込むのは全力。限界まで…或いはこれまでの限界を超える程に研ぎ澄まされ、澄み切った思考と心、それに何より力の全てをを注ぎ込み、引き金に指を掛ける。他でもない自分が、真那と皆の『これから』を切り開くのだと、ただ一途に、一心に……解き放つ。

 

「いっ、けぇぇぇぇええええええええええッ!!」

 

 銃口を満たす光が爆ぜるようにその輝きを増し、魔力が煌めく。閃光となり、光芒となり、真っ直ぐに伸びる。出力可変式レイザーカノン〈オルムスファング〉…その名の通り大蛇が獲物へ牙を剥き、一撃の下屠るが如く、駆け抜ける魔力の光は〈バンダースナッチ〉を捉え飲み込む。そして侑理は、侑理の放った一閃は、真那を追う機械人形を──薙ぎ払う。

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