デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第四十九話 一難去れども

 失踪した七罪の捜索と、エレンによる五河宅での危機と、そして人工衛星の飛来。一日で起こるにはあまりにも多過ぎる出来事、激し過ぎる窮地を、何とか侑理は士道達と共に乗り切る事が出来た。それも七罪の霊力封印成功と、侑理自身もCR-ユニットを託される形での戦線復帰という、おまけと言うにはあまりにも大きい成果付きで、乗り越えることが出来た。そこまてならば、万々歳。気になるところはあれど、大団円と呼べるレベルだった。

 だが、最後の最後で大きな影が射した。DEMのものと思われるCR-ユニットを纏った折紙…最後に現れた彼女の存在は、侑理達にすぐには飲み込めない程の衝撃を残していった。

 

「疑う訳じゃないけど、念の為確認するわ。…見間違いじゃ、ないのね?」

 

 琴里の問いに、侑理は真那、士道の二人と揃って頷く。地下施設に戻った侑理達は、〈フラクシナス〉が戻るまで待ち、琴里と合流した。精霊達が戦闘及びその為に霊力を逆流させ、天使と限定霊装を展開した事による身体への悪影響がないか検査している間に、何が起きたか話していたのである。

 

「…そう…DEMの暴挙に業を煮やしたASTが、或いは折紙個人が街を守る為に出撃した、って思いたいところだけど……」

「まあ、そりゃねーでしょうね。あれは恐らくDEMの…それもエレンのものと同じ、最上位機種のCR-ユニットでいやがりましたから」

 

 きっぱり否定した真那の言葉に、再び頷いてみせる。外見や一撃で仕留めた性能からして、折紙が装備していたのはエレンのCR-ユニットの姉妹機ないしは準同型。高性能ながらも実質的な失敗作と見做されていた〈ホワイト・リコリス〉ならともかく、DEMにとってのとっておきと呼べるレベルの装備を、ASTに提供をするとは思えない。

 

「となると、考えられるのは……彼女がDEMの魔術師(ウィザード)になった、って事かしらね…」

「……っ…どうして、そんな…」

 

 三度、侑理は首肯。その場合、DEMの行動を同じDEMの者が邪魔したという事になる…が、今はそれよりも気になる事がある。士道の言う通り、折紙がそうした事の方が遥かに気になる。

 されど、それについて侑理は、思い当たる節があった。他人事とは思えない、理由があった。

 

「…力が欲しかった、からじゃないかな。無力な自分が、力不足な自分が嫌で、そんな今を受け入れる事なんて出来なくて、だから……」

 

 侑理は知っている。折紙という人物の持つ、『守りたい』という思いの強さを。だからこその、力への渇望とでも言うべき思いの一端を。そして何より、侑理には分かる。折紙の気持ちが、無力である事の辛さと切なさが。だってその感情は、ほんの少し前まで侑理自身も抱えていたものなのだから。

 

「…そうなのかもしれないね。…うん、きっとそうなのだろう」

「令音?」

 

 含みを感じさせる声で…それこそ、折紙について何か感じた事があるかのように呟く令音に対し、琴里は怪訝な顔で呼び掛ける。しかし令音は何でもないよ、と肩を竦め…ふぅ、と琴里は吐息を漏らす。

 

「…まあ…そうね。気持ちは、分からないでもないわ」

「…琴里も、そんな風に思った事があるのか?」

「そういう訳じゃないわ。でももし、私が精霊になっていなくて、ラタトスクの司令でもなかったら…精霊の霊力を封印しようとする士道を、『ただの人』として見ている事しか…ううん、見る事すらも出来なかったとしたら…って考えたら、ね」

 

 そう言って、琴里は遠くを見つめるような目をする。それはまるで、本当に『もしも』の事を想像しているようで…されどそれも数秒の事。すぐに琴里は元の表情に戻ると、こほんと一つ咳払い。

 

「ともかく、これはありがたくない事態よ。ASTの中でも実力者らしい彼女がDEMに所属するなんて、間違いなく厄介な事にしかならないし…そうでなくとも、DEMに所属なんてしたら、何をされるか分からないもの」

「ああ。やっぱりあの時、ちゃんと引き止めるべきだった…止められないにしても、何か言葉を掛けられれば……」

「あの状況じゃ、仕方ねーですよ。というか兄様、本当に身体は大丈夫なんでいやがりますか?」

「大丈夫だ。二人共、心配掛けて悪かったな」

 

 悔やむ士道に、真那はふるふると首を横に振る。侑理達…というより士道の事を確認した折紙は、それからすぐに飛び去ってしまった。もう何が起きてもおかしくない、だから侑理は万が一に備えて士道達の側に、と言った真那は即座に折紙の事を追い…しかし結局、途中で見失ってしまったとの事。話を聞く限り、初めから折紙は逃走経路を確保していたようだが…だとしても、〈ヴァナルガンド〉装備の真那に追い付かれる事なく逃げ切る事など、実力とCR-ユニットの性能の両方がなければ出来ない芸当。それもまた、折紙の纏っていた装備が並のものではないという事を示している。

 そして、もう一つ。天使を、精霊の力を行使しその負荷で苦しんでいた士道だったが、疲労はともかく、身体の方は本当に大丈夫そうである事も、今の士道自身が示していた。

 

「…けど、折紙はDEMに対して敵対…ってか、攻撃した事すらあるんだよな?その折紙を引き入れるなんて、何を考えてるんだ…?」

「何を、って…それがDEMの、というかウェストコット社長の『普通』だから…としか言いようがないかな」

「そうでいやがりますね。DEMのトップは、実力があればそれで良い、って本気で考えていやがる人間です。エレンの方は、割と規律も重んじていやがりますが…まぁ大方、『最悪裏切っても自分が制圧すればいい』と考えてるんじゃねーでしょうか」

「よくそんな考え方で国際企業のトップが務まるわね…いやむしろ、世界経済に影響を与えられるレベルの領域になると、そういう人間じゃなきゃやっていけないって事かしら…」

「…琴里…?頼むから、琴里はそういうタイプのトップにならないでくれよ…?」

「なる訳ないでしょ、失礼ね」

「安心し給え。琴里がそんな人間になる事はない…いや、なろうと思ってもなれる心の持ち主じゃない事は、私が保証するよ」

 

 そうはならないしなれない。そう令音に断言された琴里が浮かべたのは、複雑そうな表情。令音の言っている事は、謂わば『琴里は本質的に甘い』というようなものであり…しかし同時に、その声音からは琴里への信頼と親愛が侑理でも感じるレベルに籠っていたからこそ、嬉しいような不服なような…そんな感情を、琴里は抱いていたのだろう。

 若干話が逸れた事で、緩む空気。士道も軽く肩を竦め…されどそこからまた、士道は表情を曇らせる。

 

「力を求める気持ちは、俺にも分かるよ。力があるのとないの、どっちが幸せか…ってのも、簡単に答えが出せるもんじゃない。…そうだろ?皆」

「兄様…」

「…けど、やっぱりだからって、なら仕方ない…なんて思えねぇよ。折紙は、前に言ってたんだ。自分の様な人間を増やしたくないって。それは、DEMにいれば叶えられる事なのか?DEMにいて…折紙は、幸せになれるのか…?」

 

 言葉を紡ぐと共に、士道は拳を強く握る。その言葉を聞いて、琴里もまた表情を曇らせる。

 後から知ったが、折紙は精霊によって両親を亡くしたらしい。そしてその時、その場に現れた精霊が〈イフリート〉…即ち精霊となった琴里であったとの事。曰く、その場には琴里ではない別の精霊…の様な存在もいて、折紙の両親が亡くなった直接の原因は琴里ではないらしいのだが…だとしても、それは琴里が表情を曇らせるのに十分過ぎる理由だと、聞いた時に侑理は思った。

 

「…きっと、なれない。うちは、DEMの事を悪く言いたくはないけど…DEMは、精霊じゃない士道にぃにも容赦しない。それを、折紙さんが許容出来るなんて思えない」

「なら、やっぱり──」

「だけど…説得じゃ、止められないよ。今の折紙さんは、言葉じゃ止まらない。自分の意思で、自分で決めて……力を求めて、DEMを選んだのなら」

 

 士道の気持ちは分かる、分かった上で侑理はゆっくりと首を横に振る。そして同意を示すと共に、引き継ぐ形で真那も言う。

 

「でしょうね。侑理と同じように、『誰か』じゃなくて『自分』が守りてーのなら、その為の力を求めてるってなら、DEMが一番手っ取り早くて且つ確実な選択でいやがります。それに義姉様…もとい、鳶一一曹は、兄様を守る事や精霊を討つ事を、自分の命よりも恐らく優先していやがります。二度も〈ホワイト・リコリス〉を限界まで使い、二度目に至ってはそこから十分に回復もしてねー状態且つ有り合わせの装備で戦場に出て、あろう事かエレンと戦うような人が、DEMがどんな企業か知ったところで考えを変えるとは思えねーです。だからもし、鳶一一曹をDEMから引き離すってなら…それこそ、ラタトスクで同等以上の装備を提供するって位しか方法はねーでしょう」

「……っ…」

「…一応言っておくけど、そんな事出来ないわよ?私だって、彼女の事がどうでもいい訳じゃないけど…ラタトスクは、精霊の為の組織だもの。折紙が精霊に敵意を、討つという意思を持っている以上、受け入れるのは不可能よ」

「分かってる、分かってるよ…でも……」

 

 理解はしても、納得は出来ない。そんな風に、士道は表情を歪ませる。その顔を見て、侑理も辛くなる。…当然だ。侑理も真那達も、士道を苦しめたい訳ではないのだから。侑理にとっても、折紙は短い間とはいえ共に戦った『仲間』なのだから。

 そうして訪れる沈黙。気の重い静けさが、〈フラクシナス〉の司令室に立ち込め…それを払拭するように、令音が口を開く。

 

「…一先ず、この話はここまでにしようか。そうである可能性が高いとはいえ、まだ彼女がDEMに所属したというのは、仮定でしかない。仮定に仮定を重ねて今後の事を考えようとするのは、誤った判断に繋がりかねないからね」

「…一先ず、ですか…」

「ああ。あまり期待は出来ないが、明日普通に登校してくる可能性もある。もしそうなれば、本人から直接訊く事も出来るだろう?」

 

 静かで落ち着いた声音、その声で話す令音に、士道は頷く。仮定に仮定を重ねるのは、という令音の意見は尤もだと思ったから、侑理もそうする事に文句はない。

 

「それに、君達は全員相当疲労している筈だ。だからもう、休まなくてはいけないよ」

「そうね、令音の言う通りよ。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を何度も行使した士道は勿論、侑理だって久し振りの戦闘だったんだから、後の事は私達に任せて──」

「いいや、琴里もだ。君だって…いや、精神的な意味では君が一番疲労していてもおかしくない。という訳でシン、琴里をきちんと家まで連れていってくれるかな?」

「あ…はい、それは勿論」

「ちょっ、私は別に……!」

 

 こくり、と士道が頷く中、食い下がろうとした琴里だったが、令音から無言の…一見ぼうっとしているようで、その実妙に圧力のある視線を向けられ、分かったわよ…と渋々了承。…前々から思っていたが、この令音という女性は、見た目以上に大人というか、しっかりしている。立場的には琴里の方が上だが、気持ちとしてはお互い対等…そんな感じなのだろう。

 

「…ならせめて、片付けだけはさせて頂戴。色々出しっ放しで帰ると、その事が頭に残ってゆっくり休めないのよ」

「別にそこまで急かしはしないよ。ともかく皆、今日はお疲れ様」

「はい。…あ…そうだ琴里。最後に一個、いいかな?」

「何かしら?」

「…ありがとね。うちを、信じてくれて」

 

 自分の気持ち、本当の思いを確かめられたのは、真那のおかげ。再び戦場に立てたのも、真那がいてくれたから。されどCR-ユニットは、真那だけでなく琴里も侑理の事を信じてくれたからであり……琴里は「えぇ」と軽く頷いただけ。けれど、侑理には見えた。ちょっぴりとだが、頷く琴里の表情には、柔らかな笑みが浮かんでいた事が。

 そうして侑理は真那や士道と共に退室。琴里を待つ為に士道が廊下で足を止める中、侑理はぐっと伸びをする。

 

「んーっ、今日はほんとに疲れたぁ…。…いや、ほんと…今日一日で、色んな事があり過ぎた……」

「だな…俺ももうクタクタだよ」

「侑理と兄様は、エレンの件もありやがりましたしね…」

 

 お互いお疲れ、と侑理は士道と軽く肩を竦め合う。それから真那の言葉で、結局DEMの不可解な行動も分からず終いだったという事を思い出す。

 とはいえそちらは、本当に考えても分からない事。だから一旦は置いておく事にし…そこで士道が、侑理と真那の名前を呼ぶ。

 

「二人共。今日はありがとう。俺を、皆を、助けてくれて」

「へ?あ…や、藪から棒でいやがりますね…」

「悪い。ほんとはもっと早く言いたかったんだが、中々言うタイミングがなくてさ」

 

 真っ直ぐ見つめながら士道が発した感謝の言葉に、真那共々侑理は狼狽える。思えば士道は十香達にも感謝を告げていたが、その時侑理達は少し離れた場所にいた。だから改めて…という事なのだろう。

 

「そっか…ううん、お礼なんていいよ。十香さん達も言ってたけど、うち達にとっても士道にぃは、大恩人なんだもん。だよね?真那」

「侑理の言う通りでいやがります。…それにもし、兄様が諦めていたら、私は街を…ここに住む人達を守る事が出来ませんでした。だからむしろ、感謝しているのは真那の方です」

「侑理、真那……」

 

 士道が浮かべる、じんとしたような表情。まだ決して士道との付き合いが長い訳ではない侑理だが、それでも分かる。真那も、七罪も、十香達も…勿論侑理だって、これまで士道がしてきた事、してくれた事があるからこそ、力になりたいと思ったのだ。士道は周りに恵まれたと思っているかもしれないが、そういう環境を築いたのは、他でもない彼自身なのだ。だからこそ、侑理は役に立ちたいとも思ったのであり…それは今も、これからも同じ事。

 

「ね、士道にぃ。これからはうちも、ちゃんと士道にぃの事を守れるから…士道にぃの力になれるから、ちょっと位は頼りにしてね?」

「…ああ、そうだな。けど、一つ…いや、二つ間違ってるぞ、侑理」

「うぇ?何か変だった…?」

「侑理も真那も、ちょっとじゃなくて、凄く頼りになるって事だ。それに…これまでだって、二人は俺の力になってくれたさ。俺はそう思ってるし…二人に、元気付けられてる」

「──っ!」

 

 二つも間違えていたのだろうか、と侑理は首を傾げた。そんな侑理へ、侑理と真那に向けて、士道は言う。優しい表情で、信頼を…飾らない思いを届けてくれる。それは本当に優しくて、それでいて不意打ちで、何の備えもしていなかった心にすとんとそのまま染み渡るようで…嬉しかった。その言葉が、思いが、侑理は堪らなく嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、勢いのままに侑理は士道の手を握る。両手でぎゅっと握り締めて、ぶんぶんと振る。

 

「なっ、ゆ、侑理!?」

「じゃあじゃあっ、うち頑張る!もっと頑張って、もっともっと士道にぃの力になるから!士道にぃを元気にしてあげるからっ!だから……」

「…だから?」

「…どうしよう?」

『えぇ……?』

 

 兄妹に揃って困惑される侑理だが、実際何も考えていなかったのだから仕方ない。要は見切り発車してしまったのだ。見切り発車してしまう位、感情が昂ったのである。

 とはいえ、考えていなかったからこれにて終了とするつもりもない。折角掛かったエンジンを、このまま切ってしまうつもりなどない。だから侑理は頬に指を当てつつ考え…ぱっと思い浮かんだのは、士道と街に出掛けたあの日の事。

 

「…ならさ、またうちとお出掛け…してくれないかな?勿論、士道にぃに時間があって、気乗りもする時で良いから」

「…そんな事でいいなら、勿論構わねぇけど……」

「やたっ!ふふん、それじゃあ約束だよ?女の子からデートの約束を切り出したんだから、その時には男らしい姿、見せてよね?」

「ぶッ…な、なんでそれがデートになりやがるんですか!」

「え、駄目?」

「駄目とかそういう話じゃねーです!」

 

 びっくりした顔で見てくる真那に、侑理は手を離しつつわざとすっとぼける。そして真那の顔が若干顔が赤くなっているのも見逃さず、にやりと笑って更に言う。

 

「あ、もしかして真那、やきもち?お兄様との一回目だけじゃなくて、二回目もうちに取られてやきもち焼いてるのかなー?」

「だから、そういう事じゃ…というか言い方!なんでデートって言葉をぼかしやがるので!?」

「え?じゃあ前に真那が士道にぃと出掛けたのも、デートって言っていいの?」

「そうは言ってねーでしょう!?」

「まあ落ち着いてよ真那。っていうか士道にぃ、うち的には真那とも一緒に三人でデート出来たらもっと嬉しいんだけど、どうかな?どうかな?」

「どうかな?じゃねーんですよッ!戦えるようになった途端絶好調になるとか、どんだけ戦闘に飢えていやがったんですかねぇ!?」

 

 叫ぶような真那の突っ込みを、侑理は笑いながら悉く躱す。そんな侑理を、真那は恨めしそうな視線で見てくる。そして、侑理達のやり取りを見ていた士道は…ぽかんとした顔。

 

「…侑理も、ここまでふざける事ってあるんだな…」

「割とこんなもんでいやがりますよ、侑理は…」

「んふふ、気にしないで士道にぃ。これは真那とじゃれ合ってるだけだから」

「一方的に楽しんでいやがる癖に、よく言うもんです…」

「はは……」

 

 心底呆れた顔をしている真那だが、というか実際呆れているのだろうが、これはまだ許容範囲内だと侑理は分かっているのだ。真那を語らせたら右に出る者は恐らくいない侑理にとって、その見極めなどお茶の子さいさいなのである。

 

「…でさ、どうする?真那は一緒に来ないの?」

「あ、それは本気で訊いていやがったんですね…」

「それはそうだよ、士道にぃはうちの士道にぃである以前に、真那のお兄様なんだし。そこは弁えてるって」

「いやそもそも侑理のにぃにでも……はぁ、まあそこはどうでもいいです。…この調子じゃ兄様も苦労しやがりそうですし、ここはきっちり私も同行させてもらいます」

「もう、素直に一緒に行きたいって言えばいいのにー。…って事で…今度はうち達二人で宜しくね?士道にぃ♪」

「わっ……!」

 

 今度は真那の手を握り引っ張る事で、ぴとっと肩と肩をくっ付けて再び士道へ頼む侑理。いきなりの事で真那は驚いていたものの、振り払う事もなければ、嫌がる素振りもなく…ちょっぴり見上げる形で見つめる侑理と真那に対し、士道は苦笑を間に挟みつつも「おう」と答えてくれのだった。

 

 

 

 

 机の上に広がったままの資料や、起動したままの端末を順に片付けていく。片付ける最中、まだこれがあった、出来ればこの件は今日の内に…という思いが生まれるも、まるでそれを見透かすように令音の視線が向けられる為、琴里は諦め全てを仕舞う。

 

「…ふぅ。後はこれを──」

「持っていけばいいのだろう?それは私がやるから、これで終了だね」

「…そうね」

 

 普段はぼんやりしているように見える割に、意外と抜け目がないのが令音という女性。そんな彼女を琴里は同じラタトスクの一員としても、友人としても信頼しているのだが…こういう時に限っては、何とも言えない気持ちになる。

 

「…悪かったわね、令音」

「…何の事かな?」

「侑理に〈ヨルムンガンド〉を渡した事よ。これってある意味、令音が前に言っていた『戦えない侑理の存在が真那のストッパーに』…っていうのを潰しちゃったようなものでしょ?」

「あぁ…あの時と今はもう状況が違う。それに琴里の判断がなければ、シン達も街も全てが助かる事はなかっただろう。だから私は、君の判断を正しかったと思っているよ」

「そう?…そう言ってもらえると、助かるわ」

 

 気にしていた…という程ではないが、肯定を受けた事で、少しだけ心が軽くなったように感じる琴里。…だが、琴里には引っ掛かる事があった。

 

(あの時みたいな思いはしたくない…これって、いつの事なのかしら。DEMにいた頃の事?…それに……)

 

 その場、その時には特に何も思わなかった…しかし振り返ると、どうにも気になる侑理の言葉。侑理とて戦場を知る者な以上、無力さに苦しむ経験をいつしていてもおかしくはないのだが…琴里はそういう事でもないような、そんな気がしてならなかった。

 そして、もう一つ。最近〈フラクシナス〉に搬入されたCR-ユニット〈ヨルムンガンド〉だが、琴里はそのタイミングが気になっていた。元々〈ヨルムンガンド〉は〈ヴァナルガンド〉との連携運用を想定している以上、〈ヴァナルガンド〉があるこちらに送られてくるのは不自然な事ではない…が、どうにもタイミングが、まるで『侑理の保護』を受けて決まったように思えてならないのだ。更に言えば、〈ヴァナルガンド〉の搬入決定も、真那の保護より後であり…これは単なる偶然などではなく、自分よりも更に上の存在による、何かしらの思惑があるのではないか…そう、思ってしまうのである。

 

「…琴里?」

「あ…ううん、何でもないわ。…けど、侑理は思った以上に思い詰めていたみたいね。…元気になってくれて、安心したわ」

「…そうだね」

 

 CR-ユニットを渡したのは、あくまで真那に頼まれたからこそ。それでも渡すという選択をした事が、侑理を元気にする事へ繋がった。そう思うと、琴里自身も自分の選択が誤りではなかったと感じられる。琴里の言葉に、令音もほんのり表情を緩めると共に小さく頷き…それから、呟く。

 

「…力があるからこそ、余計に自らの力不足へ苦しむ事もある。無力なら、初めから叶わぬ事として諦めるのも容易いが…届くかもしれない、届いたかもしれないと感じた上で現実を突き付けられるのは、時として余計に辛くなるものだよ」

「…令音?それは……」

「…ただの私見さ。誰しも一度や二度は挫折や苦悩を味わうだろうし、そこから学ぶ事がある…琴里だって、そうだろう?」

 

 そう言って、令音は部屋の出入り口前まで移動する。そこで振り向き、琴里の事を呼ぶように見つめる。それを受けた琴里は立ち上がり、部屋を出て…律儀に廊下で待ってくれていた士道と共に、自宅へと帰る。

 誰しも挫折や苦悩はある。それは当然の事。ゴールが見えない中で諦めるより、ゴールが見えた状態で諦めざるを得なくなる方が辛い…そう考えれば、令音の言っている事もそう特別ではないように思えてくる。だが…それでも琴里は、心のどこかで令音に何かはぐらかされたような、彼女が言っていたのは単なる一般論で収まる事ではないような…そんな風に、感じていた。

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