デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第五話 少女らしく

「真那、温水プールに行こうよ!」

 

 夕食前の事である。その日、侑理は真那をとあるレジャー施設へと誘った。最近…という程最近ではない、しかし昔ながらという訳でもない、それなりに知名度のあるレジャー施設のチケットを手に、誘いの言葉を口にした。

 

「また唐突でいやがりますね…それは招待チケットか何かで?」

「うん。割引チケットなんだけど、偶々抽選会で当たったんだ。で、ペアでの割引だから、真那も一緒にどうかな…って」

 

 いつものように夕食の準備…と言っても惣菜や即席の食品を用意するだけだが…を二人でしつつ、侑理は手にしたチケットの経緯を説明する。それを聞いた真那は、まずチケットを見やり…それから困った顔をして、うーむ…と胸の前で腕を組む。

 

「プールに行くのは別に構わねーですけど、私今は水着を持ってねーんですよね。…まぁ、買えばいいと言えば、それまででいやがりますが…」

「さっき調べたけど、ここは水着のレンタルも出来るみたいだよ?それか…うちの水着、着る?うちと真那とは、大してスタイル変わらないでしょ?」

「あ、侑理は水着を何着か持っていやがったんですね」

「ううん、だからうちは新しいの買って、今あるのは真那にあげようかな、って」

「えぇ…?だったら普通に私が買えばいい話じゃねーですか…。……まさか侑理、自分の水着を私に着せたいとか、そういう…」

「へ?…そ、その発想はなかった…真那って意外と、そういう事思い付くタイプだっけ?」

「ち、ちげーますよ!?人をむっつりみたいに言わねーで下さい!」

 

 かぁっと顔を赤くして否定する真那の反応に、侑理は思わず笑ってしまう。同時に良いものが見られたと、心の中で小さくガッツポーズを取ったりもする。

 そして更に、侑理の中の過激派ユーリが「自分の水着を真那に着せる」という発想をメモして記憶に保管。そのメモが役立つ日がくるかどうかは…分からない。

 

「まぁでも、いいの?うちに付き合う為に、わざわざ出費する事になっちゃうんだよ?」

「いや、私はそんなケチじゃねーですよ。水着だって、一着位はあった方がいいでしょうし、別にお金に困ってる訳でもねーですからね。あー後言うまでもねーかとは思いますが、割引チケットなら、自分の分の残り代金はきっちり真那が自分で払います。侑理もそれは構わねーですね?」

「あ…うん、そうだね。真那ならそう言うよね」

 

 先日喫茶店での支払いをしてもらったのだから、今回は自分が…と思っていたところで先手を打たれて、頷かざるを得なくなった侑理。だが、レジャー施設なだけあって、そこには食事を提供している場所もある。だから喫茶店でのお返しはそこですればいいか、と思い直し、侑理は二人分の茶を入れる。

 

「じゃあ、真那は一緒に行ってくれるって事でいい?」

「そういう事です。話をしていたら段々、行きたくなってきやがりましたしね」

「ふふっ、それならまずは水着を買いに行かないとだね。早速明日行く?」

「えぇ、善は急げってもんです」

 

 そうして侑理と真那は、共にプールに行く事に決定。ついでに水着を買いに行く約束もし、二人で夕食を食べ始める。

 今はまだ、プールに行きたくなるような季節ではない。そんな時期にプールに行くのは、気乗りしないという人も普通にいる。にも関わらず、水着の件を除けば初めから難色を示す事はなかった辺り、やはりまだ真那も少女という事。そしてそれは、侑理も同じであり…勿論今日の夕食における話題は、どんな水着にするか、プールで何をして遊ぶかというものであった。

 

 

 

 

 そこは、通常のプールに加えて流れるプール、ウォータースライダー、幼児用の浅いプールに飛び込み用プールと、多彩な設備が整った場所。更にはフードコートや水着では行けないもののアトラクション等も併設されている、大規模なレジャー施設だった。

 設備が充実しているだけあり、訪れている客も多数。そんなレジャー施設の更衣室から、侑理は真那と足を踏み出す。

 

「ガラス張りの天井、タイルの床、そしてこの時期でも寒くない温水。これぞ正に、海…ではなく、プールだー」

「当たり前でいやがりますね」

 

 そんなに高くないテンションで侑理が言えば、真那は淡々とした声で返す。ノってくれない真那にちょっぴり不満を抱く侑理だったが、そんな事は日常茶飯事。すぐに気持ちを切り替えて、手を後ろで組みつつくるりと真那へ振り返る。

 

「で、どこから行く?やっぱり最初は流れるプール?」

「んー…まあ、まずはそこからで」

 

 軽く首を横に傾けながら訊いた侑理に、真那は数秒考え頷きを返す。真那は素足で歩みを進め…隣に来た真那の姿を、侑理も歩きながらじっと見つめる。

 真那が身に付けているのは、ストラップタイプのバントゥビキニとボーイレッグのショーツを組み合わせた水着。胸と腰回りを包む布は、真那が好んでよく着ているパーカーを思わせる水色で、どちらも水着がしっかりと覆っている事により、真那の無駄なく締まったスレンダーなスタイルがよく映える。それでいて肩やうなじ、お腹は大胆に外気を浴びていて、下半身もボーイレッグとしてはかなり短いタイプを選んでいる為真那のすらりとした綺麗な脚を、一切隠す事なく披露している。ただ雑に、安直に肌を晒している訳ではない。女性として隠すべきところはきっちりと隠す事で清廉さを保ちながらも、それ以外の部分は余すところなく見せて自身の魅力を十分に、存分に発揮している…そんな水着を選んだ、水着姿となった真那の姿は、侑理の目には100点満点に、いいや120点に映っていた。

 そして、購入に同行した侑理は知っている。色含め、真那はこの水着を悩み迷った末に選んだ事を。どの水着が自分に合うか、自分の満足のいく…真那自身にとって可愛く似合っていると思える水着はどれかと、何着も手に取り試着を繰り返していた事を。あまりファッションに明るくないと言っている真那だが、実際水着についても『動き易さ』を第一に考えてはいた真那だが、それでも自分なりに可愛い服、素敵な水着を着たい、と年頃の女の子らしく考え選んでいたのだから、それによって選ばれたのが今回の水着なのだから、もうその時点で侑理にとって真那の水着姿はプライスレスの価値であった。

 

「…侑理。私は侑理といると、偶に身の危険を感じるのでいやがりますが……」

「うちの援護で安心して無意識に気が抜けてるとか?もし気付いたら、『真那、随意領域(テリトリー)密度が薄いよ!何やってんの!』って言ってあげようか?」

「本当は言ってねー事を私に言おうとしねーで下さい。というかそもそも、そういう事じゃ…はぁ……」

「…えぇと、真那?」

「なんでもねーですよー。侑理の水着は可愛いな、と思っただけですー」

 

 呆れ顔で投げやりになりながらの、真那からの言葉。しかし呆れながらであろうとなんであろうと真那から褒められれば侑理的には普通に嬉しく、自分でも分かる程頬が緩む。

 白のラインが入った、淡い黄色のオフショルダービキニ。フリルが可愛いそのビキニのポイントは、フリル自体はしっかり胸元を隠している一方で、その内側にある、胸を直接包んでいる布地はちょっと少なめな、攻めてるデザインである事。背伸びをしたいお年頃、でも本当に大胆過ぎる水着は恥ずかしくて着られないという侑理の複雑な気持ちへ絶妙に答えてくれるのがこの水着であり、一見可愛さ重視なトップスに対し、ショーツ側はシンプルな…だからこそ程良く大人っぽさが出ている(気がする)デザインをしている事もまた、侑理が気に入っている理由であった。

…因みに、侑理の中ではずっと、トップスのフリルを真那の目の前で捲ってみたい衝動が渦巻いていたりする。だがもしその結果、内側の布地を見た真那が顔を赤くしたり感嘆の声を漏らしてくれたら嬉しいが、「破廉恥だ」と引かれてしまったら…そう思うと、怖くて出来なかったりするのである。

 

「…さて、流れるプールに着いたね、真那」

「えぇ」

「で、だけど…どうやって入る?普通にゆっくり?」

「それは流石に詰まらねーってもんでしょう」

「でも、勢い良く飛び込むのは、禁止されてるし周りの迷惑にもなるよね?」

「確かにそれもその通りでいやがりますね。だからここは、程良く…」

「うん、程良く…えーいっ!」

 

 辿り着いた流れるプールの縁、そこで真那と顔を見合わせる侑理。そこで侑理は真那は小さく笑みを浮かべ、頷き合い…そして二人同時に、軽やかに飛び込む。上ではなく横に、軽く蹴るようにして跳び、飛込競技が如く極力水飛沫を上げないように、滑るように入水する。

 流れるプールの水深は、立てば普通に顔が出る程度。しかし侑理は完全に入ったところで膝を曲げ、頭までプールに浸かり…数秒後、侑理は勢い良く顔を出す。

 

『ぷはぁ!』

 

 外が暑い訳ではない。温水プール故、水もひんやりしている訳ではない。それでも感じる、気分が踊る爽快感。そして顔を出した侑理は気付く。真那も、ほぼ同時に顔を出していた事に。同じ行為をしていた事に。

 

「あ……」

「…ははっ、やっぱり私達は気が合うみてーですね」

 

 入水前と同じように顔を見合わせた侑理達。そこから真那は、楽しそうに表情を綻ばせる。

 それにつられて、侑理も笑う。まだプールに入っただけ…それでももう、凄く心嬉しい侑理だった。

 

「さ、時間は有限です。早速泳ぐとしようじゃねーですか!」

「あははっ、だね!」

 

 言うが早いか、すぐに真那はプールの底から足を離して泳ぎ始める。侑理も追って、流れに乗ってプールを泳ぐ。

 勿論、クロールでがっつりと、という訳ではない。顔を上げたまま、ゆったりまったり並んで泳ぐ。流れに乗っているおかげでそれでもそこそこの速度が出て、それがまた心地良さを与えてくれる。

 

「ねぇ真那、今は普通に泳いでるけど、浮き輪に乗って流れるのも楽しそうじゃない?」

「確かに。後で借りてやってみるのもいいんじゃねーでしょうか」

「うち的には、真那にはイルカの浮き輪に乗ってみてほしいなー」

「いやイルカに乗るのは少年じゃねーですか。…乗るのもまあ、面白そうではいやがりますが…」

 

 雑談も交わしつつ、流れるプールで泳ぐ事十数分。取り敢えず一周し、周りの邪魔にならないタイミングで少しだけ流れに逆らってみたりとしたところで、二人は一度プールから上がる。だが勿論、それで終わりではなく…次に侑理達が訪れたのは、途中曲がりくねったウォータースライダー。

 

「…実はうち、これが一番楽しみだったり」

「実は真那も、これが一番楽しみだったりしやがります」

 

 またにっ、と笑い合って、侑理は真那とウォータースライダーの列に並ぶ。プールでテンションが上がっているのか、水着で開放的になっているのか、真那はいつもよりも笑顔を見せる事が多く…これがまあ、嬉しくて堪らない侑理だった。

 

「あ、ところで知ってる?ここのウォータースライダーって、ちゃんとくっ付いていれば二人で一緒に滑ってもいいんだよ?」

「あぁ、子供が大人と一緒に滑れるように…みてーな事ですかね。…で、何故それを?」

「なんでって…んもう、分かってる癖に〜」

「……まあ、今日は誘ってもらった訳ですし、一緒に滑るとしやがりますか」

 

 つんつん、と二の腕を指でつつく侑理に軽く肩を竦めた真那は、侑理の一緒に滑ろうという誘い(意訳)に応じて頷く。そして、続けて侑理へ言う。

 

「でも、真那は後ろにさせてくれねーですか?」

「え?どうして?」

「だって、侑理が後ろだと絶対淫らな事をするじゃねーですか」

「決め付けが酷過ぎる!?」

 

 さも当然の事であるかのように言い切る真那に、侑理は思わず叫びを上げる。反射的に叫んだ後、いやこれは冗談では…?…と思った侑理だが、真那は真顔。これでもかという位の真顔であった。

 

「そ、そんな…うち、真那からそんな風に思われてたなんて…絶対が付くレベルで信用がなかったなんて……」

「侑理。普段の行いは、どこかで必ず返ってくるものでいやがりますよ」

「うぐぅぅ……」

 

 ショックで侑理が膝を突いてしまう中、その肩に置かれる手。誘われるように顔を上げれば、そこには真那の顔があり…至極ご尤もな追撃に、侑理は轟沈するのであった。……後ろに並んでいるお客の邪魔になる為、それはそれとしてさっさと前に進みはしたが。

 

「ほら、私達の番でいやがりますよ。一緒に滑りたいんじゃねーんですか?」

「うぅ、そうだけど…そうだけどぉ……はっ!」

 

 そうして自分達の番となり、真那がスタッフに揃って滑りたいという旨を伝える。どんよりしたままだった侑理はスライダーの前に座らされ、その後ろに真那が付いて……次の瞬間、侑理は抱き締められる。──そう、抱き締められる!

 

(そ、そうか…そうだった…この体勢って…前に座った場合後ろから、真那からハグされる形になるんだ…っ!)

 

 考えてみれば…否、考えるまでもない、当然の事。並んで一緒に滑るのであれば、後ろの人が前の人のお腹に手を回す…即ちバックハグをするのは当たり前の事。されどショックで思考が回っていなかった…実のところ一緒に滑りたいというのも、単にそっちの方が仲良し感ありそうだという純粋(?)な理由であった侑理にとってこのバックハグは青天の霹靂であり、一瞬にして驚きと興奮に包まれる。

 更に、それだけではない。密着している身体、背中に感じる小さくも柔らかな感触、首筋に感じる仄かな息遣い。水着という、腕も脚もお腹も隠れていない、濡れた肌同士が触れ合う姿である事も相まって……最高だった。控えめに言っても最高、掛け値なしに言えば最々高々だった。

 

「ひゃっほーーーーぅ!」

「うわぁ!?ま、まだ滑ってねーですよ!?歓喜の声を上げるのは早過ぎるんじゃねーですか!?」

 

 状況に思考が追い付いた事で思わず上げてしまった声を聞いて、真那がぎょっとしたような反応を見せる。ついでにスタッフや後ろの客からも変な目で見られて恥ずかしくなる侑理だったが、それでもまだ今の状況に対する喜びの方が上回っていた。

 そして、侑理はスライダーの縁を掴み身体を引っ張る事で、真那は脚で踏み切る事で、スライダーの奥へと身体を押し出す。水流に乗り、滑り始める。

 

「これは…思ったより勢いがあるじゃねーですか。中々楽しめそうでいやがりますね」

「う、うん…これは、予想以上かも……!」

 

 初めはゆっくりだった滑走も、次第に速く、勢いのあるものに変わっていく。風を切って進む中でカーブに差し掛かれば身体は傾き、スリリングさも心を躍らせてくれる。

 初めこそ背後から密着している真那の存在に頭が一杯だった侑理も、次第に滑る感覚と、眼前に広がり移りゆく景色に気分が昂っていった。至って健全な形で、興奮が湧き上がっていった。

 そして幾つものカーブの先、スライダーの最後に待つのはプールへのダイブ。加速したまま侑理は真那と水面に突っ込み…水飛沫を上げて、思い切り立ち上がった。

 

「ぷっはぁっ!そうそうこれだよ、ウォータースライダーと言ったら最後の水面ダイブだよね!これだよこれ、って言う程ウォータースライダーやった覚えないけど、衝撃含めてこれぞ、って感じだよね!」

「あー、分かります分かります。さて、気持ちは理解出来ますけど、さっさと出ねーと次のお客の邪魔になりやがっちまいますよ」

「あ、うん。…あれ…?真那、あんまり楽しくなかった…?」

 

 我ながら子供っぽいなぁと思いつつも、抱いた思いのままに感想を口にする侑理。それに真那も賛同してくれる…と、てっきり思っていた侑理だったが、しかし真那は同意こそすれテンションは明らかに侑理より低い。低いというか、平常時のそれに戻っている。

 そんな真那を見て、侑理は自分と一緒に滑ったせいで楽しめなかったのだろうか、と不安な気持ちが心に過ぎる。だがそれは杞憂だったようで、真那は頬を掻きつつ言う。

 

「や、楽しくなかった訳じゃねーですよ?ただ……」

「ただ…?」

「…後ろだと見えるのは侑理の後頭部ばっかりで、景色もスライダーの先も全然見えねーんですよね……」

「あー……」

 

 苦笑気味に発されたその答えに、侑理は納得。確かに言われてみればその通り、侑理と真那は背丈が殆ど同じである為、普通に前後に並んで座った場合、真那は侑理が邪魔で全然前が見えないのだ。そして前が見えなければ、単に景色が見えないだけでなく、景色の移り変わりでスピードを感じる事も出来なくなる為、楽しさも激減するというもの。

 

「って訳で、もう一回行きてーんですけど、構わねーですか?」

「それは勿論。行ってらっしゃい、真那」

「へ?…侑理は来ねーんですか?」

 

 ならば今度は下から眺める事にしよう。楽しむ真那を眺めるのも良さそうだ。そんな風に思って見送ろうとした侑理だったが、その反応に真那は目をぱちくり。侑理もそのような反応をされるとは思っておらず、侑理も侑理で目をぱちくり。

 

「え、だって…真那が、私の背後に立つなって……」

「それじゃ殺し屋でいやがります…。…いやまぁ、さっきはああ言いましたけど、半分は冗談というか…それに、一度目は二人で滑ったのに、二度目は一人でだなんて、ちょっと寂しいじゃねーですか…」

「真那…(か、可愛い…!可愛いけど……半分は本気だったんだ…)」

 

 普段は見せない、何ともいじらしい様子の真那に、侑理が抱く興奮と高揚。ただそれはそれとして、その直前の言葉が大いに心に引っ掛かる侑理。…半分は冗談というのは、冗談ではなく割と本当な気がした。

 

「さて、見せてもらおうじゃねーですか。侑理をああもはしゃがせた、ウォータースライダーの景色とやらを」

「き、気合い入ってるね真那…それじゃあ後ろから失礼して……」

「あ、侑理」

「え、どしたの真那」

「真那は侑理の事、信用してやがりますからね」

「あっ…はい…」

 

 再び列に並び、番がきたところで何故か肩を回してから座る真那の後ろで、侑理も割座に座る。そこから真那の腰と脚を挟むように両脚を出し、後ろから真那を抱き締めようとし…そのタイミングで真那から発された、穏やかな声音の言葉。振り返る事なく…それこそ戦友に背中を預けるが如く、信用の思いを口にした真那。そんな事を言われてしまえば、もう侑理は何も出来なくなる訳で……侑理の扱い方をよく分かっている真那であった。

 そして、体勢が整い二人はまた滑っていく。今度は後ろから、真那から離れてしまわないようしっかり両手で真那の腹部をホールドしながら、二人で共にスライダーを滑る。

 

「この感覚、この光景…普段空を飛んでやがるんですから、この位…だなんて思っていやがりましたが…確かにこれは、おもしれー気がしやがります…!」

 

 先程感想を口にした時よりも、明らかに興奮の色を浴びている真那の声。風に吹かれたポニーテールも、わっしゃわっしゃと跳ね回る。

 一方その背後、共に滑る侑理は無言。別段楽しくない訳ではないが…それ以上に、理解をしていた。先程の、真那の気持ちを。意外と乗り切れないという、後ろならではのもどかしさを。

 

(力を抜くと離れちゃいそうだし、前が見えないからカーブに合わせて身構える事も出来ないし…これどっちかっていうと、緊張する系じゃん…!)

 

 一人でやれば普通に面白く、親子や背丈の違う兄妹等でやればその関係性ならではの楽しさを得る事が出来るウォータースライダー。しかしほぼ背丈が同じ者同士でやると、こうも違う感覚になるものなのか、となんだか変な感想を抱いてしまう侑理だった。そして跳ね回るポニーテールに顔を何度も叩かれて、「後ろ脚じゃなくて尻尾でかぁ…」…と、詰まらない事も考えてしまう侑理であった。

 

 

 

 

 流れるプールでは流れに乗ってのんびりと泳ぎ、ウォータースライダーでは爽快な体験をした侑理と真那は、その後も各プールを回った。通常のプールでは競争をし、プール横のビーチチェアでは寛いでバカンス気分になってみたりと、片っ端から楽しんでいった。

 そうして今は、休憩中。併設されたフードコートにて、軽食を摂っている真っ最中。

 

「やっぱりさっきのはズルいんじゃないかなー。確かに競争を提案したのはうちだけど、どこまで泳ぐかも決めてない時点で即泳ぎ始めるなんてさー」

「侑理はまだまだ即応能力が足りてねーって事です。それに、どこまで泳ぐかに関しては、普通に反対側の端っていう分かり易い場所があったじゃねーですか」

「む、そんな事を言うなら…真那のデザートもーらいっ!」

「おっと、そうは問屋が降ろさねーです!」

 

 即応能力云々を言うのなら、とフォークを突き出した侑理だったが、それを真那に阻まれる。魔術師(ウィザード)らしく、魔力の刃で…ではなく、フォーク同士でせめぎ合う。

 サンドイッチとデザートのイートン・メスを頼んでの、フードコートでのお昼休憩。狙い通り、今回は侑理が両方支払う約束を取り付ける事が出来ていた。

 

「あむっ。んふふ、今回はうちの勝ちだね」

「いやまぁ、イチゴ一つで勝ち誇れるならそれでもいいんじゃねーですかね…。…で、この次はどうしやがりますか?」

「そうだねぇ。まだやってない事といえば……」

 

 攻防戦の末イチゴを掠め取る事に成功した侑理は、それを口は運んでぱくりと食べる。甘酸っぱい味に、そして何より真那から得た勝利の甘さに舌鼓を打つ。

 そんな侑理へ数秒程半眼を向けていた真那は、気を取り直すように休憩後の話を振る。ちゅぽん、という音が鳴りそうな感じでフォークを口から抜いた侑理は、その問いに答えようとし……

 

「君達、観光客?英語は話せる?」

 

 突然、横から声を掛けられた。いきなりの事に驚きつつ侑理達が声のした方を向けば、そこにいたのは数人の男性。侑理達同様水着姿の彼等は、見たところ十代後半といった容姿をしており、雰囲気や佇まいの時点でよく言えば明るい、悪く言えば軽い性格を伺わせる。

 

「あ、観光客じゃないです。うち達、普段から英国に住んでて……」

「なんだ、凄い流暢じゃん。良かった、全然話せなかったらどうしようかと思ったよ」

「けど、西洋人って見た目でもないよな。特に君は絶対ここら辺の生まれじゃないでしょ」

「はぁ、まあ恐らくそうでいやがりますが…貴方達は、ここの店員か何かで?」

 

 やけに気軽に話す彼等に対し、真那は訝しげな視線を向ける。しかし彼等と侑理達とは初対面であり、特に困った様子もないのに話し掛けてきたとなれば、変に思うのも当然の事。それは彼等の方を理解しているのか、いやいやと肩を竦めて言葉を返す。

 

「俺達も今日はここに遊びに来てさ。暫くうろうろとしてたんだけど…そこで君達を見つけたものだから、ね」

「で、東洋系の女の子を見かける機会なんて少ないし、二人共可愛いからつい声を掛けちゃったって訳よ」

「見たところ、そっちも友達同士で来たって感じだろ?折角だし、一緒に遊ばない?」

 

 真那程あからさまではないにせよ、侑理も彼等の事は少しだけ警戒していた。現地の事をよく知らない旅行客や異邦人を狙って何か悪い事を企んでいるのではないか…そんな風にも思っていた。

 だが返ってきたのは、予想とはかなり違った言葉。彼等の言葉に侑理は数度瞬きをし…真那と顔を見合わせる。

 

「あー…これは……」

「うん、ナンパだよ真那。どうしよう、うち等ナンパされちゃってるよ?」

 

 面倒な事になったなぁ…とばかりの顔を真那がする一方、侑理が抱いていたのはちょっとした喜び。無論、彼等にときめいている訳ではない。しかし、ナンパされる事自体は意外と悪い気がしなかったのだ。

 因みにこのやり取りをしている際、男達はきょとんとしていた。侑理と真那は日本語で会話をしていた為、当然の事ではあるが。

 

「どうって…侑理はこの人達と遊びてーんですか?」

「え、全然?まだまだ真那と遊びたいし、そもそも今日は真那と遊びに来たんだし」

「なら、答えは決まっていやがりますね。わざわざ声を掛けてきたところに申し訳ねーですが、私達にその気はねーんで、他を当たりやがって下さい」

 

 別段彼等に不快感を抱いているとかではないが、真那との時間、その楽しさを前にしては比較にすらならない。そんな思いで侑理が答えれば、すぐさま真那は男達に断りを入れ、イートン・メスの残りを口に運ぶ。同じように侑理もぱぱっと完食をし、カウンターで食事の支払いを済ませる。そして、そさくさと一度更衣室に戻り、財布を置いてから再び入る侑理達だったが…どうやら待っていた様子の彼等は、歩く侑理達に食い下がる。

 

「まあ待てって。少し遊ぶだけでいいし、俺達も二人が楽しめるように頑張るからさ」

「周り見てみろよ、男女で来てる人も多いだろ?解放的な格好してるんだから、こういうところじゃ気持ちも解放的になった方が面白いと思うぜ?」

「それに君達は可愛いからさ、碌でもない男が絡んでくるかもしれないよ?そういうのに備えた用心棒感覚でもいいから、少しは付き合ってよ」

「あはは…用心棒感覚だって…」

「断っても付いてくる時点で、十分碌でもねーって自覚は…ねーからまだ絡んできやがるんでしょうね…」

 

 十中八九、彼等は普通の人間。真那はもとより、侑理からしても…どころか、最低限の実力を備えた魔術師(ウィザード)であれば誰でも彼等より遥かに強い事は間違いない為、そんな自分達に知らないとはいえ用心棒を(求められてもいないのに)買って出る彼等の姿に、侑理は苦笑いを禁じ得ない。

 それにナンパ直後は悪い気はしない…と思っていた侑理だったが、付き纏われるとなれば話は別。呆れたような真那の声に、侑理はこくりと小さく頷く。

 

「このままだと、何度断っても引き下がってくれそうにねーですし…侑理、あれは出来そうですか?もし厳しいようなら、真那が纏めて……」

「あれ?…あぁ、やるって言っても一瞬でしょ?真那程長くは出来なくても、うちだって少しはやれるんだから、気にしないで」

 

 真那の考えを理解した侑理は、再び首肯。そうして侑理は真那と共に再び流れるプールまで歩き、素足の指先がプールの縁に触れる辺りまできたところで、くるりと振り返る。

 

「えと、うち達は二人で遊びたいから、諦めてくれませんか?その…皆さん明るい人みたいですし、きっとうち等じゃなくても誘いを受けてくれる人はいると思いますし…」

「いやいや、俺等は君達と遊びたいんだよ。特に青い髪の君なんて、俺の好みでさ。そんな君とここで会えたのは、絶対何か意味があると思うんだよね」

「俺は黄色い髪の君の方が好みだよ。あーでも、水着はもうちょっと攻めた感じの方がいいかもな。何なら見繕ってあげようか?」

「あぁそれか、泳ぐのは後にしてマッサージでもしようか?丁度そこに、寝転がるのに丁度良い場所もあるしさ」

「やっぱり聞く気はなし、でいやがりますか…なら、仕方ねーですね。情けとして一応言わせてもらうと、目と鼻は塞いでおいた方が……身の為でいやがります、よ!」

『へ?』

 

 こういう手段はあんまり取りたくない…と思い、もう一度断ってみる侑理だったが、結果はやはり空振り。それに真那は肩を竦め、ちらりと背後を見やり…近くに泳いでいる人がいなくなったタイミングで、床を蹴る。その声に合わせ、侑理も跳ぶ。そして最初の時と同じように、二人は跳躍からの入水を行い……その瞬間、次の瞬間、巨大な物体が落とされたが如き、視界を埋め尽くさんばかりの盛大な水飛沫が巻き上がった。

 

「どわぁ!?な、なんだ!?何が起こったんだ!?」

「嘘だろ!?ただプールに入っただけで、なんでこんな…!」

「ま、まさか…あの二人、実は滅茶苦茶太ってたのか!?水着で着痩せしてたのか!?」

 

 突如目の前で起こった、爆発の様な水飛沫に、男達は仰天。更に周囲の客も揃ってそちらを見やり、段々と彼等が何かしたのか…という空気感が漂い始める。

 しかし当然、彼等は何もしていない。ただただ彼等にとっては、訳の分からない状況であり…そんな中であらぬ疑いをかけられては堪らない、と彼等は急いでその場から退散。

 そして去っていく彼等の後ろ姿を、流れるプール内の少し離れた位置から眺める、顔だけを出した二つの影。それは勿論…侑理と真那。

 

「全く、誘うならもっと誠実に、真剣にやってみろってんです」

「でも真那、誠実に真剣に誘われても多分受けないよね?」

「それは相手次第でいやがりますよ。ただ少なくとも、相手が誠実に話しかけてくるなら、私だってもう少しちゃんと向き合いはしやがります」

「そういうとこ、真那も真面目だよね。…けどこれ、バレたらエレンさんに怒られちゃうかも……」

 

 ナンパ云々より態度が気に食わない、というスタンスの真那に肩を竦めた後、侑理はほんのり不安を抱く。この事がバレませんように…と、心の中で天に祈る。

 先の非常識な水飛沫…それは、侑理と真那によるものだった。首から下げた緊急着装デバイス…文字通り魔術師(ウィザード)としての装備を瞬時に展開する為の装置に内蔵された、基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)を用いて随意領域(テリトリー)を展開、それによってプールに強い衝撃を与え、強烈な水飛沫を引き起こしていたのである。

 とはいえそれは、容易な事ではない。ワイヤリングスーツ無しの、生身での随意領域(テリトリー)の展開は、脳に多大な負荷が掛かる。通常の魔術師(ウィザード)であれば一瞬の展開が精一杯、尚且つ一瞬でも大きな負荷と苦痛が走るというものであり…しかし真那は、難なくそれをこなしていた。更に実を言うと、侑理も謙遜こそしたが、普通にやってのけていたりするのである。

 

「けど、可愛過ぎるのも考えものだよねー。こうやって、ナンパとかされちゃう訳だし」

「いや、今回は侑理も可愛いって言われてやがりましたよね?…まぁ、もういいじゃねーですか。それより、気を取り直して遊ぶとしやがりましょう」

「ま、そうだね。こっからは浮き輪借りよ?もっと色々使って遊ぼっ!」

 

 ざばり、とプールから上がった侑理は、同じく上がった真那の手を引く。自ら掴んで引いていく侑理の行動に、一瞬驚く真那ではあったが、嫌がる事なくそのまま付いて来てくれる。そんな真那と共に浮き輪を借り…そこからも二人で楽しんでいく。

 その後も侑理は、真那とプールを満喫した。くたくたに、お腹ぺこぺこになるまで、遊びに遊んだ。最終的に侑理も真那も、眠気を覚える程に疲れてしまったが…その分、充実感も格別だった。今日の事は、間違いなく記憶に残る思い出になる…侑理はそんな風に思いながら、真那と共に帰路に着く。

 

 

 

 

──真那の、日本の対精霊部隊であるA(アンチ)S(・スピリット・)T(チーム)への出向命令が下ったのは、それからすぐの事であった。

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