戦いの火蓋を切ったのは、折紙からの射撃だった。腰のパーツを可変させる事で展開した火器、昨日も見せたあの巨砲を一瞬で構えると、弾かれるように後方へ飛ぶと共に魔力の一撃を放ってきた。
「ふ……ッ!」
迫る射撃を砲口が向けられた時点で動いていた侑理は左に躱し、自身も右腕に備える長砲身のレイザーカノン〈オルムスファング〉を折紙へと向ける。反撃の一射を撃とうとし…その時点でもう、下がっていた折紙が逆に突っ込んできている事に気付く。
(くッ、さっきのは陽動か…!)
下がると見せ掛けての突進。距離を取ると思わせての突進。その策に侑理はまんまと嵌められ…しかし驚きはすれども、それで動きを止めてしまう侑理ではない。ならばと慌てず狙いを定め、反撃を撃ち込む。威力ある単射、重い一撃を折紙に向けて叩き込む。
「……っ…」
放った一撃は折紙の
「上を取ろうとは、しないんですね…ッ!」
「それは、貴女も同じ事……!」
じわじわと、旋回と射撃、急加減速を繰り返しながら、侑理は高度を上げていく。折紙も同様の動きを見せる。だが、前後左右の動きは機敏に行っても、上下の動きは侑理も折紙も慎重そのもの。侑理は勿論、恐らくは折紙も地上へ…当たり前の様に市民が日常を過ごしている街へと流れ弾が飛ばないように、注意をしながら戦っている。当然どちらかのみがそれを気にしていた場合、大きなハンデとなるが、お互い気にしているのであれば条件は同じ。更にお互い遠隔攻撃で戦っているとなれば、完全に対等。……そう。撃ち合いに終始する限りは。
「……!(やっぱり、距離を詰めてきた…!)」
これまでの曲線を描く機動から一転して、ほぼ直角に曲がる動きから急接近を仕掛けてくる折紙。対する侑理は後退を掛けつつ連射し折紙の迎撃を図るも、折紙は
動きからして、切り替えの為に一瞬射撃が途切れた時点で、折紙は次の攻撃を読んでいた。まだ〈ヨルムンガンド〉の持つ力を大して見せていない…仮に昨日の戦闘を見ていたとしても十分にあるとは言えない筈の情報から、的確に読んで対応してきた折紙の慧眼に、侑理は思わず舌を巻く。
「はぁぁぁぁッ!」
体感として、互いの推力にそこまでの差はない…が、どちらもメインスラスターが背にある以上、後ろ向きに飛ぶ侑理が不利なのは自明の理。迎撃しきれなかった事で折紙は間合いを詰め、右腕を振り上げる。その瞬間、腕の動きに合わせるように巨砲が変形、大型のレイザーブレイドへと姿を変える。近接攻撃の為の動きに変形を合わせる事で、全く無駄のない挙動を作り、形成された魔力の刃を折紙は鋭く振り下ろす。
その動きの巧みさと遠近両用の複合兵装であった事に再び驚かされた侑理は、身体を振るように姿勢制御用スラスターを駆動させる事で辛うじて回避。しかし一太刀避けるので精一杯で、まだ明らかに近接戦の間合い。そして折紙はすぐさま目線で侑理を追い、一瞬の内に次の斬撃を打ち込んでくる。再びの斬撃、今度こそ回避の間に合わない攻撃が侑理へ迫り……
「でぇいッ!」
それを、侑理は受け止める。振り出した左腕…その手で握るもう一つの武器、〈オルムススケイル〉より出力したレイザーブレイドで、折紙と真正面から斬り結ぶ。
「……ッ、やっぱり……」
「えぇ、このCR-ユニットの武装はレイザーカノンだけじゃないんです…よッ!」
せめぎ合う刃から、火花の様に魔力が散る。その刃越しに侑理と折紙の視線は交錯し、侑理は強引に押し込む動きをすると共に後ろへ飛んで詰まった距離をこじ開ける。当然折紙は追撃してこようとする…が、それより先に侑理は身体を捻り、その挙動で〈オルムスファング〉の砲口を向けてトリガーを引く。放った魔力の弾丸は拡散し…
「ぐッ……!」
「そう簡単に押し通れると、思わないで下さいッ!」
動きの止まった折紙へ、再度単射に切り替えた〈オルムスファング〉で追い討ちを掛ける。
先の一撃は、ある程度の威力を保ちつつも拡散するように調整した、やや単射寄りの散弾射撃。追い討ちとして放ったのは、トリガー引きっ放しのフルオート連射には遠く及ばずとも、セミオートで連続して撃てる程度には威力と連射性のバランスを整えた射撃。それが、それこそが、〈オルムスファング〉最大の持ち味。どれ程の魔力を込め、どのような射撃を行うかを、微細なレベルまで自在に設定、調整する事により、その場その場の状況に合わせた多種多様な射撃を可能としている点が、最大の長所。毎回細かく設定しなければいけないとなると使用者にとっての負担となる為、単射、連射、照射、拡散と予めプリセットされた仕様があり、侑理も基本はそれを軸に戦っているのだが、必要とあらば戦闘中でも適宜切り替え反映させられるこの武装は、単一の火器でありながら下手な複合兵装よりも遥かに多くの武器を内包しているようなもの。勿論必要となる魔力が増えれば増える程、瞬時に放つ事は難しくなるのだが…斬り結んでいる数秒、射撃をしていなかったあのタイミングで、侑理は充填を済ませていた。
(午前中に、訓練してて良かった…!)
更に射撃を掛けながら、侑理は内心で安堵する。スラスターの出力は勿論、武器についても午前中の訓練がなければ、今のように扱う事は出来なかった。技術や才能ではなく、〈ヨルムンガンド〉への理解、即ち性能や機能に関する知識不足で、十中八九ここまでの立ち回りをする事が出来ていなかった。無論昨日の状態でも、〈バンダースナッチ〉は勿論平均的な
「……っ!なんて精神力…!」
魔力の大口径弾を紙一重で躱す折紙。しかしそれはただの回避ではなく、射撃と射撃の間にある僅かな時間の空白を正確に捉え、
「そこぉッ!」
「なっ……!」
変形した武器から出力されたままの刃。それをはっきりと目で捉えながら、侑理は前に出る。回避でも後退でもなく、レイザーブレイドを構えた折紙に向かって突進する。
流石の折紙もこれは予想外だったのか、表情に浮かぶのは驚きの色。その瞬間を見逃さず、接近しながら侑理は射撃。折紙の間合いに入る一瞬前に一発撃ち込み、直後に前方へ上昇を掛ける。折紙が
(折紙さんは、追って……こない、か)
推力最大で引き離し、脚を横に振り出す事で素早く反転。即座に追い掛けて来る事を想定し、再度拡散射撃の準備をしていたが、折紙は追ってきていない。ある程度距離を詰めたかと思えば、仕切り直すように一度止まる。
「…こうして折紙さんとぶつかるのは、これで二度目…いや、三度目ですね。…正直、ここまで強くなってるとは思いませんでした」
駐屯地での模擬戦と、ぶつかり合った…とは言い難い、〈プリンセス〉捕獲作戦での交戦。そして、三度目の戦闘となる今。…折紙の強さは、予想以上だった。自分に見合うだけのCR-ユニットを手にした事で、漸く本当の力を発揮出来るようになったという事か、
「…侑理。私は貴女に、どちらかといえば好感を抱いている」
「へ?…そ、それはどうも…」
「そして貴女は…今の貴女は、強い。私が知る中でも、恐らくトップクラスの
突然の言葉に、侑理は困惑。しかし勿論、これは和解しようという意思の下発された訳ではないと分かっている。そんな雰囲気は、微塵もない。
「だからこそ、今、貴女に出会えて良かった」
「…それは、どういう……」
「精霊は強い。そんな精霊を…夜刀神十香達を、私はただの『討つべき存在』とは思えなくなりつつあった。強さと覚悟の両方が、私には必要だった。だから私は、私自身に証明する。今の私には、それがあると。好感を抱く強者を──打ち倒せると」
「……──ッ!」
その瞬間、折紙の纏う雰囲気が変わる。明白で、剣呑な… 『敵』に対するものへと、視線と共に変貌する。早撃ちの様に、魔力の弾丸は放たれ…戦いは、より苛烈さを増していく。
「そうまで…そうまでして覚悟が必要なら、どうしてやろうとするんですかッ!ご両親の仇だけなら分かります、だけどどうして十香さん達まで……ッ!」
「言った筈。私の戦いは、私の憎悪を晴らす為だけのものではない…!」
「今は皆、普通に生活してるだけじゃないですか!これからもそうだという保証はないと言うなら、確かにそれはそうです!でも、だからってそれを…それだけの理由で討つなんて、そんなの……」
「──特殊災害指定生命体。精霊は人ではない、ただの動物でもない。人の形をした…生きる、厄災。それを、忘れている。貴女も…これまでの、私も」
侑理が連射で弾幕を張れば、折紙は強行突破し偏差射撃を返してくる。迫る攻撃を侑理は一発一発見切り、回避と防御を都度切り替えて、無駄なく凌ぎ反撃へ繋げる。
多分、今の折紙に言葉は通じない。力で止めるしかない。それは分かっていても、言わずにはいられなかった。今の折紙はどこか、自分をこういうものだ、こうあるべきだと決め付け心に蓋をしている…時崎狂三を殺し続ける事を、『普通』の行いにしようとしている時の真那に近いような気がしてならなかった。
(貴女の言う通りです、折紙さん。うちは精霊が、そういう存在だと忘れかけてた。けど…それでいいじゃないですか…!それだけが、厄災である事だけが精霊の在り方じゃないって事の、証明じゃないですか…ッ!)
互いに有効打を与えられていないまま続く交戦。大きなダメージはないからこそ、侑理も折紙も、まだまだ動きに鈍りはない。
「本当にそれでいいんですかッ、折紙さん!折紙さんがそんな道を進む事を、ミケさん達はきっと望まない!他の人だって…士道にぃだって!」
「……分かっている、そんな事は。けれど、勘違いしないで。私は道を、誤っていたりなんてしない。初めからずっと、両親を失ったあの日からずっと…私の道は、一つしかない…ッ!」
「そんな事ッ…!そんな、悲しい事•…ッ!」
「悲しいかどうかは、貴女が決める事じゃない。それに…だったら侑理は、真那の歩む道も悲しいと言うの?〈ナイトメア〉を討つ、滅ぼし続ける…それとこれとは、どう違うの?」
「……っ…!そ、れは……」
分かっていると言いながらも、その言葉が出るまでには数瞬の間があった。それが、そこにあった逡巡や躊躇こそが、折紙の人生は精霊を屠る為だけのものではなかった事の証明。なのにそこから目を背けようとする折紙の姿が、そうまでしなければいけない覚悟が、侑理には悲しくて……そんな思いを抱く中で発された声に、真那も同じではないのかという問いに、言葉が詰まる。
真那は決して、〈ナイトメア〉…狂三を滅ぼす為だけの人生を歩もうとしている訳ではない。精霊にも心はあり、人と同じように生きる事も出来ると知った上で、一括りには出来ないからこそ十香達と手を取り合う事も狂三をやはり討つべきだと考える事もする真那と、『災厄』という型に嵌め込み強引に一括りの存在としようとしている今の折紙とでは、同じどころかむしろ真逆。冷静に考えれば、そんなのはすぐに分かる事で…しかし戦闘中だからこそ、落ち着いて考える事など出来なかった。同じだという言葉に、侑理は動揺してしまった。
そしてそれを逃す折紙ではない。…否、初めからそれが折紙の狙い。十中八九、それが目論見。
「そこ…ッ!」
動揺による僅かな乱れを突いて距離を詰めた折紙の、正面からの射撃。咄嗟に侑理は
その読みは、間違ってはいなかった。しかし同時に甘かった。正面からの射撃は、
(しまった、これは…ッ!)
消耗しきった状態ならともかく、今の段階で折紙がこんなミスをするとは思えない。つまりこれは、事故ではなく意図的なもの。ミスではなく、防御される事によって魔力が拡散する事を見越した、それを利用した目眩し。四方八方へ撒き散らされるようにして広がる魔力が、一瞬侑理の視界を塞ぎ…即座に
「やられッ…るかぁああぁぁぁぁッ!」
脳内で指示を出し、
振り向くと同時に、捉えた位置へ魔力弾を撃ち込む。しかし折紙はそれすらも見越していたとばかりに、巨砲を構えたまま撃つ事はせず更に動く。滑るように、今度こそ完全に侑理の背後を取ってくる。
「──この距離なら、貴女のレイザーカノンは撃てない」
すれ違うように背後を取る刹那、折紙が発した言葉。その内容を証明するのは、接近戦のそれにまで縮まった距離。確かにそれはその通り。全く以ってその通り。高性能且つ多機能という強力な力を持つ反面、それを実現する為に接近戦ではまともに振るえない、取り回しは劣悪と言わざるを得ない程の大型兵装となってしまっているのが〈オルムスファング〉。そしてそれを突いてきた折紙が振るわんとするレイザーブレイド。秀逸なのはその位置取りで、侑理は先程の様にレイザーブレイドで受ける事が出来ない。体勢的に、ブレイドでの防御は間に合わず、
回避も防御もさせない、許さない、詰ませる為の周到な攻め手。実際折紙の見立ては、全て正しかった。…ある一点を、除いては。
襲いくる刃。迫る斬撃。それを侑理は、一切目を逸らす事なくはっきりと見据え……トリガーを、引く。
「複合兵装は…そっちだけの、ものじゃないッ!」
「……っ!?」
近距離から撃ち込まれた弾丸が、
撃ち込んだのは、〈オルムスファング〉の射撃ではない。使った武器は、右ではなく左。近接格闘戦用のレイザーブレイドに加え、近・中距離での射撃に対応したレイザーガンを備える複合兵装、〈オルムススケイル〉。中・長距離及び超長距離射撃で絶大な力を発揮する主力兵装と、その弱点を補う為の刃と取り回しの良さを備えた補助兵装という組み合わせが、〈ヨルムンガンド〉の在り方。
そして下がれば、〈オルムスファング〉を向けられる。近い距離から重い一射を撃ち込める。…そう、侑理は思っていた。恐らく誰もがそう思う状況だった。しかしすぐに、侑理は知る。まだ手札を隠し持っていたのは、何も自分だけではなかった事を。
「まだ、終わりじゃない。まだ…始まってすら、いない…!」
「くぁ……ッ!」
侑理が撃つより一瞬早く、半端に振るわれたままだったレイザーブレイドから放たれた魔力の塊。至近距離で
一瞬訳が分からなかった。レイザーブレイドからの砲撃という、通常あり得ない事態を前に、自分の目がおかしくなったか、或いは何かの見間違いかと思った。だがそのどちらでもない。後退させられる侑理へ向けて、再び砲撃が…銃から剣へ変形した状態でも露出している銃口から、再度魔力弾が放たれた事で、侑理は理解する。折紙の持つ武装は、レイザーカノンとレイザーブレイドをトレードオフで切り替えるものではなく、あくまでどちらかの機能に重視した形態を取るものであると。それを隠し球とする為に、これまで折紙はブレイド形態の砲撃も、恐らくはカノン形態での近接攻撃もしてこなかったのだと。
(このまま戦っていても、多分千日手になるだけ。それだけならまだ良いけど、折紙さんの隠し球がさっきのだけとは限らない。…だとしたら……)
三度目の砲撃は横にメインスラスターを噴かして避け、レイザーガンを撃って反撃。突っ切ってくる折紙の斬撃を今一度出力したレイザーブレイドで受けて、互いに身体を捻り、回す。侑理は離れた直後にレイザーカノンを撃てる位置取りを、折紙はブレイド形態の銃口を向けられる体勢を取るべく、複雑にスラスターを駆動させ…離れる。
「逃さない…!」
「そう何度も、踏み込ませない…!」
レイザーガンの射撃をしつつ、全力で後退。レイザーカノン形態へ武器を可変させつつ、やはり展開出来たレイザーブレイドを振るって真っ直ぐ猛追。〈ヨルムンガンド〉は射撃戦重視のCR-ユニットであるのに対し、折紙の装備はここまでの結果からして万能型。情報の少ない狙撃戦は未知数だとしても、中距離より近付けば自然と折紙が有利になり、中距離以上なら侑理の方が(駄洒落ではなく)有利になる。だからこそ侑理は距離を空けようとし、折紙は追い掛けてくる。
しかしそれだけではないと、侑理は感じていた。推測ながら、今折紙は今、侑理と同じ事を考えている。それを示すように、〈オルムスファング〉を撃たない侑理と同様、折紙もレイザーカノン形態を取りつつも、ブレイドを振るうだけで撃ってこない。侑理も、折紙も、待っている。その瞬間を。その時を。
(折紙さんの気持ちに、前向きさなんてどこにもない…それじゃあ駄目だよ、絶対に駄目だよ…ッ!ここで止めなきゃ、折紙さんはきっと……!)
勝手な思いである事は百も承知。だとしても、そう思わずにはいられない。このまま進んでしまえば、仮に折紙の望む通りの場所までいけたとしても、そこに幸せがあるとは思えない。何より、侑理の頭には浮かぶのだ。今の折紙と同じように、暗く黒い決意を持って全てを投げ打ち、ただ一度の勝利の為だけに命すら捨て…そうして散った、ジェシカの事が。
だから止めたい。もう自分の友や仲間が、あんな事になるのを見たくはない。士道の事も勿論心配ではあるが、それ以上に今は、折紙を止めるのだという思いが、意思が、侑理の気持ちの多くを占め…その瞬間は、訪れる。大きな切っ掛けなどない。ただ不意に、唐突に…それでいて直感的に、侑理は今だと確信する。
「折紙さんッ!うちは、貴女を……!」
「侑理・フォグウィステリア……ッ!」
互いの銃口、そこに充填され揺らめく魔力の光。その光を靡かせながら、侑理は折紙に向けてカノンを振り出す。折紙もまたレイザーブレイドを消し、同じように銃口を向ける。そして視線が交錯し、互いの声が鼓膜を震わせ……膨大な魔力の奔流を、
激突する、光芒と光芒。互いの一撃が喰らい合い、天宮市の空に魔力が、余波が広がり散る。純粋な力と力のぶつかり合い、意地と意地のぶつかり合いが、侑理の全身を震わせ…それでも少しずつ、撃ち合いは侑理が押し始める。
折紙が手を抜いたとは思えない。CR-ユニットの質も、恐らく大した差はない。
「失いたく、ないんです…失ってほしく、ないんです…ッ!」
そうして駆け抜ける閃光。侑理の本気の一撃は、折紙の一撃を完全に貫き……空に一筋の、魔力煌めくを描いた。
*
「はぁ…はぁ…、……折紙、さん…!」
放った光芒が溶けるように消えていく中、能力もさる事ながら、駆け引きにも折紙は強いのだと思い知らされた侑理は、用心深く身構えながら声を上げる。周囲を見回す。
しかし、呼びかけに応じる声はない。周囲にも、空にも、眼下にも、折紙の姿はない。
(…嘘、まさか…。…いや……)
一瞬脳裏を過ぎったのは、自身の一撃で折紙を跡形もなく吹き飛ばしてしまった可能性。その可能性が浮かんだ事でゾッとするが、すぐにそれはないと思い直す。確かに今のは本気の一撃だったが、折紙の姿を飲み込んだのは、撃ち合いに競り勝った後。初めから直撃させたならともかく、その状態で折紙が防御出来ないとは思えない。ダメージこそあれど、致命傷にはならない筈だというのが、ここまで戦ってきた侑理の見立てであり……もっと言えば、そもそも折紙は本気ではあっても、全力ではなかった。全身全霊を尽くしていたのではなく、一定の余力を残したまま戦っていた。であれば尚更、吹き飛ばされるとは思えない。…何せ、侑理もそうなのだから。侑理もまた、ある程度余力を残したまま戦っていた以上、止める事が目的の侑理と、まだ前哨戦に過ぎないであろう折紙との戦闘で、そこまでなるとはどうにも思えなかった。
そして、そこまで考えた侑理は気付く。侑理は目的達成の為に、折紙を戦闘不能なり繊維喪失状態になりする必要があったが、折紙はそこまでする必要がない事に。折紙にとって侑理は厄介な障害でこそあれど、討つべき目的、目標ではない以上、振り切ってしまえばそれでいい事に。
「……っ…やられた…!」
押し負けると察した時点で、これを利用する考えに切り替えたのか。それとも初めから離脱する事を目論んで、撃ち合いになるよう折紙は誘導してきたのか。前者であっても凄いものだが、もし後者であったのなら、折紙という少女は本当に底知れない。今の時点でも勝負に勝って戦いに負けたようなものだが、後者ならば完全な敗北、まんまと踊らされたという事になる。
滲む悔しさと、折紙を止められなかった後悔が、胸の奥から募る。よくよく考えれば、折紙が優位を取れる近接戦ではなく、不利と分かっている筈の撃ち合いに持ち込もうとした時点でおかしいと気付くべきだったと、今考えても仕方のないたらればが頭に渦巻く。しかし何を考えようと、悔やもうと、現実が変わる訳もなく…侑理は一人、折紙が姿を消した空に取り残されるのだった。