デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第五十四話 再びの決意

 空の彼方に見えた魔力の閃光。頭に浮かんだ、最悪の可能性。それを現実のものとしない為に…まだ間に合うと自分に言い聞かせ、目一杯スラスターを吹かして飛ぶ。

 

「侑理!付いてきやがれてますか!?」

「付いてきてるよ、こんなところで遅れるなんて出来る訳ないんだから…!」

 

 こちらを向く事なく話す真那に、侑理は答える。思えば、嘗ては全力で飛ぶ真那に付いていく事など出来なかった。能力的にもCR-ユニットの性能的にも、無理な話だった。だが、今は違う。今は飛行、それも直進に専念している状態である為、違う条件でも同じパフォーマンスを発揮出来るとは限らない…というより恐らく無理ではあるが、だとしても明確に強くなった事を、真那に『並べる』事を感じられるのは、嬉しかった。

 されど今は、喜んでいられる状況ではない。そんな状況でもなければ、喜べる心境でもない。

 

(ごめんなさい十香さん、でも今は…ッ!)

 

 当初の分担を投げ捨てる形となっている事には気付いていたが、今は仕方がない。〈フラクシナス〉がやられた可能性…即ちDEMよりも顕現装置(リアライザ)の技術で先を行っているらしいラタトスクの空中艦を撃破し得る何かがいる可能性がある以上、正直二人でも十分な戦力とは言い難いというもの。だから侑理は十香が持ち堪えてくれる事を信じ、閃光の見えた方向へ飛び続け…ある物を、視界に捉える。

 

「……!真那、見て!」

「…あれは……」

 

 眼下に見えた、建物の一部が崩れた家。その崩壊部分に半ば埋もれている、金属の塊。それは一見なんだか分からない、何かしらの機械だとしか思えない物体だが、今の状況でそれに該当するものなど、ただ一つ…〈フラクシナス〉に搭載された自律型顕現装置(リアライザ)、〈世界樹の葉(ユグト・フォリウム)〉以外にはない。

 そしてそれは一つではなく、他の家や路上にも破損状態で散見される。更にはそれよりも大きな破片、装甲板の様な物もあちらこちらに落ちている。それ等が意味する事は二つ。一つはほぼ間違いなく、この付近…より厳密に言えばこの上空付近で〈フラクシナス〉が戦闘を行っていたという事。その上でもう一つは……

 

「──やはり、貴女達は不在だったようですね。どうせ結果は変わらなかったとはいえ、彼女等はつくづく運がない」

『……っ!』

 

 上空から聞こえた、静かな声。弾かれるように見上げ、臨戦態勢を取る侑理。そうして見上げた先にいたのは、白金のCR-ユニットを纏い、淡い金色の髪を靡かせる、一人の魔術師(ウィザード)

 

「…エレン、さん」

 

 予想はしていた。可能性はずっと考えていた。敗走する形となったDEMが、昨日の今日で再び仕掛けてきた以上、何か策が、勝算があるのだろうと。そして…それが彼女であれば、世界最強の魔術師(ウィザード)であるエレン・ミラ・メイザースならば、何の疑問もなく納得がいく。

 

「…〈フラクシナス〉を襲ったのは、貴女だったという訳でいやがりますか」

「えぇ。聞いていた通り…いえ、それ以上の強さでした。尤も、私には及びませんが」

「おや、取り逃した割には大口を叩きやがりますね」

「…………」

 

 沈黙し、されど睨むようにエレンは目付きを鋭くする。その視線を真っ向から受ける真那はちらりと侑理の方を見やり…小さくウィンク。

 そう。眼下の状況から、侑理は思っていた。もしかすると〈フラクシナス〉は、負けはしてもやられてはいないのではないかと。仮に撃墜されたのだとしたら、もっと大量に、広範囲に残骸が落ちている筈だと。あくまで状況からの推測に過ぎない為、希望的観測の側面もなくはなかったが…エレンは明らかに、今の真那の発言で不愉快そうにしている。それが誤った認識であれば、エレンが否定をしない訳がない。即ち…真那の指摘は図星、真実であると見て間違いない。

 

「まぁ、貴女が大口を叩こうが叩きまいが、そんな事はどうでも良いです。人の心に付け込んで手駒にしようとする卑劣な行為に比べれば、瑣末な事でいやがりますから」

「…ふん。彼女が私の部下となったのは、彼女自身の意思です。無論、有能な部下を求めていた事は否定しませんが…よりにもよって貴女がそれを糾弾しますか。裏切り、ジェシカを殺し、侑理を攫った『元』アデプタス2である、貴女が」

「……ッ!それは……!」

 

 ジェシカの名前が出た瞬間、真那はびくりと肩を震わせる。吠えるように、宙で一歩前へ踏み出し……ゆっくりと、強張っていた表情を緩める。

 

「…失礼な事を言うんじゃねーです。私は、ジェシカを殺してなんかいやがりません」

「…意外ですね、貴女が殺しを否認するとは。必要ならば命を奪える、それが崇宮真那という人間かと思っていましたが、それは私の勘違いだったと?」

「失礼ってのは、ジェシカに対してです。あの時のジェシカには、私の刃が届かなかった。届く前に、戦いは終わった。…強さを重んじるってなら、命を賭してまで強さを追い求めたジェシカを愚弄するんじゃねーですよ、エレン」

 

 声を荒げる事はなく、されど怒りを孕んだ声で真那は言う。その言葉に、視線に、エレンは真っ直ぐ見た目返し…それから小さく、呟く。

 

「…愚弄はしていませんよ。彼女の覚悟には、私も敬意を示しているつもりです」

 

 返す言葉に籠っていたのは、微かな…それでも確かな、残念だという思い。それは、そこに、演技などない。そんな風に、侑理は感じた。

 

「…エレンさん。昨日の人工衛星は、どういう事なんですか。どうしてまだエレンさんが天宮市にいる状況で、あんな……」

「それを、今の侑理に答えるとでも?…昨日までの貴女と、今日の…いえ、今の貴女とは違う。そうでしょう?」

 

 返答と共に投げ掛けられた問いへ、侑理は頷く。そう、昨日会った時の自分と、今の自分は違う。気持ちの問題だけではない。ラタトスクのCR-ユニットを纏い、DEMの戦力へと明確な攻撃を行った…それがどういう事なのかは、侑理自身も分かっている。

 

「さて、それでは私からも問うとしましょう。今の私の目的は、ラタトスクに鳶一折紙の邪魔立てをされない事です。よって、大人しく降参するのであれば、捕虜として丁重に扱って差し上げますよ?」

「つまり、今の貴女は部下の為に行動中だと?それはまた、珍しい事もありやがりますね」

「相変わらずの減らず口ですね。折角の慈悲を投げ捨てるなど、愚かなものです」

「求めてねーもん押し付けようとしてる癖に、何が慈悲だってんですか」

 

 やはりと言うべきか、濃くなっていく剣呑な雰囲気。これ以上は話しても無駄だとばかりに、エレンは真那から視線を離し、代わりにその瞳を侑理へと向ける。

 もし降参するのなら…その言葉を、侑理は疑っていない。そのような嘘を吐く人ではないと知っているから。そして、今の侑理と真那でも、厳しい相手だという事も分かっている。──それでも。

 

「うちは、折紙さんを止めたいです。今のうちにとっては、十香さん達も友達で、仲間です。だから…その言葉に従う訳には、いきません」

 

 この答えを発する事に、躊躇はなかった。エレンと…信じたい人と矛を交える事になったとしても、今ある思いを譲りたくはなかった。

 

「…そうですか。……なら」

 

 一拍置くようにして、エレンは端的に声を返す。返し、ゆっくりとCR-ユニットの背部からレイザーブレイドの柄を抜く。そして、次の瞬間……エレンの姿が、消える。

 

「──ッ!」

 

 反射的に、侑理は随意領域(テリトリー)の範囲を拡大。展開半径を広げ、消えた…否、消えたように見える程の、爆発的な加速を掛けたエレンの姿を感知し、急速収縮。密度を上げた状態で、性質を防性へと変化させ…肉薄と同時に放たれた刺突を、随意領域(テリトリー)で受け止める。

 触れた直後にはもう、随意領域(テリトリー)を侵食するように食い込み穿つエレンの刃。魔力の出力も収束率も並みの魔術師(ウィザード)とは一線を画すレイザーブレイド。随意領域(テリトリー)へのダメージは、それを制御する脳に伝わり、刺すような痛みが鋭く走る。だが侑理は目を逸らす事なく、怖気付く事なく、はっきりとエレンを、彼女の刺突を視界に捉え、ダメージからフィードバックされる情報を元に防御の性質を組み換え更新する事により……エレンの一撃を、受け止め阻む。

 

「侑理!」

 

 声が聞こえたのとほぼ同時に、侑理の眼前に立つエレンの背後へ真那が現れる。エレンに負けず劣らずの超速度で背後へ回り込み、その動きのまま横薙ぎ一閃。レイザーエッジ〈ヴォルフテイル〉がエレンへと迫り…だが触れる直前に、再びエレンの姿は消える。恐らくは侑理と同様に随意領域(テリトリー)で真那の動きと攻撃を感知し、意趣返しが如く真那から背後を取り返す。〈ヴォルフテイル〉が空を斬った時にはもう、エレンはレイザーブレイドを振り上げていて…しかし今度は、侑理が動く。左腕を跳ね上げ、真那の肩越しに〈オルムススケイル〉での近距離射撃を二連射で浴びせる。

 大して高威力でもない〈オルムススケイル〉での射撃は、容易くエレンの随意領域(テリトリー)で弾かれる。されどそれでも、エレンの動きは一瞬鈍り…侑理の相棒たる真那には、一瞬あれば十分だった。

 

「はぁああぁッ!」

 

 〈ヴォルフテイル〉を横に振り抜いた体勢から、鋭いターンを掛けて背後に回転斬りを放つ真那。その斬撃とエレンの振り下ろしが激突し、二人は激しく斬り結ぶ。

 勿論、それをただ眺める侑理ではない。斬り結んだ時点で侑理はエレンの側面へと回り込み、〈オルムスファング〉を突き出すと共に高収束の魔力で射撃。真那を巻き込む事のないよう、小口径の単射で撃ち込む。

 

「…ふッ!」

 

 世界でも最上位クラスの魔術師(ウィザード)である真那と斬り結び力比べを行うなど、それだけでも中々の難易度。されどエレンはその状態で、再び侑理の射撃を防ぐ。連続で撃ち込もうとも微動だにせず…だが全く効いていない、無意味に終わっている訳ではない。それを示すように、エレンはレイザーブレイドを強引に振り抜き真那を押し返すと、その反動を受けるように後ろへと下がる。

 

「畳み掛ける…ッ!」

 

 後退するエレンの先へと左腕を振り出し、トリガーを引く。偏差射撃に続いて右腕も身体ごとエレンへ向けて、〈オルムスファング〉と〈オルムススケイル〉、左右二種の魔力兵装による集中砲火を叩き込む。更にそこへ、真那の〈ヴォルフファング〉による魔力砲が加わり、魔力の光がスパークするように激しく輝き炸裂する。

 真那の魔力砲撃は、強力無比。侑理の放った集中砲火、〈ヨルムンガンド〉の二つの火器による重攻撃も、それに何ら劣るものではない。だが……。

 

「……っ…」

「ちっ……」

 

 姿が全く見えなくなる程の十字砲火。魔術師(ウィザード)は勿論、精霊にすら十分通用し得るだけの攻撃。されど侑理達の攻撃が止んだ時……エレンは、健在だった。何事もなかったかのような傷一つない姿で、悠然と宙に立っていた。

 

「…侑理。はっきり言っちまいますが、このまま戦っても勝てる見込みは薄いです。だから私が足止めしてる間に、侑理は離脱を──」

「怒るよ?」

「…ま、ですよね。だから二人でこの場を切り抜ける方法を、何とかして……」

 

 最後まで言わせない。そんな風に語気を少し強めて返せば、真那は分かっていたとばかりに肩を竦める。それからすぐに表情を引き締め、言葉を続けようとする。

 聞かれないようにする為の、小声のやり取り。されどそこで発されたのは、割って入るようなエレンの声。

 

「──よく防ぎましたね。先の一撃は、全力ではないにしろ、本気で打ち込みました。あれをまともに防げる魔術師(ウィザード)は、世界全体で見ても一握りでしょう」

「へ…?…あ……」

 

 不意打ちのように発せられたのは、称賛の言葉。まさか褒められるとは思っていなかった侑理は、驚いてぽかんとなり…エレンは、真っ直ぐに侑理を見つめて続ける。

 

「その直前の随意領域(テリトリー)操作も反撃も、更に上手くなっています。勿論そのCR-ユニットがあればこその部分もあるのでしょうが…強力な武器を使いこなせるのは、それに見合った実力を持つ者のみ。昨日までとは、完全に違う…本当に、良い顔をするようになりましたね、侑理」

「……──っ!」

 

 この場に、矛を向け合う戦場において、全く相応しくないエレンの語り。まるで暫く前…エレンに一対一で稽古を付けてもらっていた時の様な、あの頃を思い出す評価。

 ラタトスク機関のCR-ユニットを纏う事、エレンやDEMへ矛を向ける事、それは敵対行為に他ならない。そんな事は分かっている。分かった上で、侑理は選んだ。前に進む為に、望む自分である為に、自らの意思でそれを選択した。だがそれでも、だとしても──侑理は、嬉しかった。エレンに褒められる事が。彼女に、認めてもらえる事が。憧れの人であるとか、自分を鍛えてくれた相手だとか、勿論『理由』は幾らでもある。されどそういう事ではなく、そういう理路整然とした考えなどは関係なく…もっと奥の部分、心の底の部分から、嬉しいと思う気持ちが湧き上がっていた。真那の笑顔が見られた時、士道と楽しく話せた時…そんな時と同じ喜びが、幸せだと感じる気持ちが、確かに今もそこにはあった。

 

「…ありがとう、ごさいますっ…エレンさん……っ!」

 

 自然と口を衝く、感謝の言葉。喜びと共に、認めてもらえたのなら尚更、それは間違いではなかったと示す為に一層精進しなければという思いも抱く。そして侑理の言葉にエレンもまた何かを言おうとし…真那が、遮るように鼻を鳴らす。

 

「……なんのつもりでいやがりますか、エレン。本当の事を隠していいように使っていた癖に、今更立派な上司ぶってんじゃねーですよ」

「私は正当な評価をしたまでです。あぁ、ついでに言うなら真那は相変わらず、身体に不必要な力が入っていますね。はっきり言って無駄ですよ」

「なッ…余計なお世話だってんです!侑理も素直に喜んでんじゃねーですよ!たとえ侑理を鍛えてくれたのは事実だとしても、エレンは、DEMは……ッ!」

 

 再び怒りを孕む、真那の声。その声で、侑理は我に返る。今真那の抱いている怒りは、自分自身のものではない。真那自身ではなく、侑理の事を思って、怒ってくれている。

 そう。侑理の中にある気持ちは紛れもない本物だが、DEMが侑理と真那の身体へ寿命が大きく縮む程に手を加えていたのも事実。そして自分だけならまだしも、真那の身体にまで過剰な魔力処置をしている事だけは、侑理も到底許容など出来なかった。そしてもし、立場が逆なら…もしも真那がエレンに賛辞を送られ、それを喜んでいたとしたら…きっと侑理も、怒っていた。何せ、想像するだけでも面白くないのだから。

 

「…ごめん、真那」

「…分かりゃいいんです」

「…けど多分、エレンさんにまた褒められたら、その時もまたうちは喜んじゃうかも…ほんと、ごめんね…」

「……はぁ…ま、ある意味その方が侑理らしい気もしやがりますけどね」

 

 深い溜め息を漏らしながらも、一応の理解を示してくれる真那。そんな真那に、侑理は感謝し…エレンを、見据える。

 

「…うちがここまでなれたのは、エレンさんの指導があったからです。本当に感謝してます。でも…今は、今ある力を、DEMの為に振るう事は出来ません」

 

 今心の中にある思い、エレンへの憧れや信じたい気持ちを否定するつもりはない。だからこれは、その上での答え。戦う力を、自分の在り方を取り戻した上での…エレンや第二執行部の面々と再会したあの日に続く、今一度の宣言。

 気付けば真那は隣にいた。侑理の隣に、共に空に立っていた。何も言わずとも、それだけで伝わってくるものがあった。

 

「…本当に、強くなったものです。崇宮真那か、五河士道か、或いは別の何かか……何れにせよ、不愉快なものです。私が鍛え上げた魔術師(ウィザード)が、その真の才能を開花させる…いえ、本来の力を手にする要となったのが、貴女達の側である事が」

「本来の、力…?…それは、一体何の……」

「ですが、それを今更言っても仕方のない事。故に…残念ですが、覚悟しなさい侑理。貴女はもう、私にとって──油断していても勝てる相手では、ありません」

 

 問いを遮る、エレンの返答。意思を示した侑理への、アデプタス1の答え。その瞬間、はっきりと侑理は感じる。エレンが自身へと向ける、意識の変化を。今の言葉が、形だけのものではない事を。

 

「ふん、油断しなければ負けねーと言わんばかりですね。その考え自体が油断だとは思わねーんで?」

「これは油断ではなく事実です。それに、油断していても勝てると、油断しなければ勝てるでは、まるで違います。あぁ、それとご安心を。貴女に関しては、裏切った時点で手心なく叩きのめすと決めていますから」

「珍しく気が合うじゃねーですか。私も貴女に手心を加えようだなんて思った事は、一度もねーですよ」

 

 煽り合う真那とエレン。どちらの事も好ましく思っている侑理としては、本気で相手の存在を排除しようとしているこの状況は嫌だった…が、もう既に、侑理はラタトスクの側に立ち、DEMに明確な敵対をしている。それに何より、真那とエレンは画角ではない。最上位級と最上位そのもの…そこにある、近くも遠い『差』がある限り、そして今はもうエレンも侑理の事をはっきりと放置出来ない相手と認めている以上、やはり真那と共に戦うしかない。

 

「侑理。さっきも言った通り、普通にやっても勝つのは厳しい相手です。とはいえ恐らくエレンも〈フラクシナス〉との戦闘で多少は消耗をしている筈。つー訳で……」

「焦らず着実に、って事だね?…まぁ、私も折紙さんと一戦交えた後なんだけど…」

 

 万全ではない事は非常に痛いが、常に万全の状態で戦える訳などないのは当然の事。それを嘆いても意味はなく、今出来る事をする他ない。

 視線は離さず小声で侑理と真那が話している間、エレンは仕掛けてこないどころか、そんな素振りも見せなかった。まるで、どこからでも掛かってこいと言わんばかりの余裕であった。

 されど、不快感はない。強者が強者の余裕を見せている、ただそれだけなのだから。

 

「…いくよ、真那」

「…えぇ」

 

 緊張でいつの間にか乾いていた口内。舌を動かしほんの少しだが唾液を分泌させて、二つの火器を構え直す。

 具体的な打ち合わせは必要ない。言わずとも、訊かずとも、真那とであれば分かる。そして、微かに前傾姿勢を取った真那に合わせ、侑理も動──

 

「……!…アイク?」

 

 その時、正にその瞬間だった。不意にぴくりとエレンが肩を震わせ、ある人物の名前を口にしたのは。

 

(社長からの通信?なら、今は好機…いや……)

 

 攻めるなら今だ、というふっと浮かんだ安易な考えを、すぐに否定する。その程度で勝てる相手なら、苦労はしない。むしろ通信に気を取られている内に、と下手に焦れば、それが逆に付け入る隙になりかねない。真那も同じ考えを抱いたのか、下手に動く事はせず…十数秒後、エレンの通信は終わる。

 

「そうですね、ではそのように。…律儀ですね。わざわざ待って下さるとは」

「いやいや、そっちも通信に気を取られていたせいで負けた、なんて言い訳をするのは嫌でしょう?私も、そんな情けねー負け惜しみを言う貴女は見たくねーですからね」

「それはどうも。…では、そのご厚意へのお礼として、一つお教えしましょうか。つい先程、精霊が現れたそうです。それもこれまでに観測された事のない、新たな精霊が」

『……!』

 

 未確認の精霊。その言葉に、自分の肩が震えるのを感じる。何故今、どうしてこのタイミングで…初めに頭に浮かんだのは、そんな感想。エレンの言葉を疑うつもりはない。何せ、エレンがここでハッタリをかます理由が見当たらないのだから。

 

「空間震警報発令中に出現とは、中々空気の読める精霊もいたもんでいやがりますね。で、それを教えてどうしてーので?」

「別にどうもしませんよ。ただ、貴女としては無視出来ない事かと思ったので伝えたまでです」

「無視出来ない?一体何を言って……」

「その精霊は出現後、二種の精霊と接触したようですよ。出現直後にまず〈プリンセス〉と。そしてその後に──恐らくは分身体の〈ナイトメア〉と」

「な……っ!?」

 

 まさか善意で教えてくれた訳でもあるまい、と探りを入れるように返す真那に対し、エレンは更に言う。恐らくは、最も真那が無視する事の出来ない精霊…その識別名を、口にする。

 だが、気になるのはそこだけではない。新たに出現した精霊が、最初に接触した相手…〈プリンセス〉こと十香は、折紙と交戦していた筈。あれから時間が経っている為、もう戦いは終わっている可能性も十分にある…が、だとしても朗報ではない。二人の戦いにその精霊が横槍を入れたのか、折紙へ勝ったにしろ負けたにしろ十香は連戦を強いられたのか、何れにせよ真実ならばかなり不味い。

 と、更にそこで侑理達は驚かされる。今度はこちらに通信が掛かり…聞こえた声に、思わず声を上げてしまう。

 

「真那!侑理!」

「士道にぃ!?」

「兄様!?」

 

 通信機越しに聞こえてくる士道の声。行方不明となっていた彼の声に、一瞬安堵する…が、ほっと一息吐ける状況では、断じてない。

 

「良かった、二人共無事なんだな…!大変なんだ、今──」

「ちょ、ちょっと待って士道にぃ!こっちも今、大変だから!話していられる余裕ないからッ!」

「あ、す、すまん…」

 

 エレンと違い、こちらが通信に気を取られるのは命取り。返答をちゃんと考える余裕もないと、思わず侑理は声を荒げてしまい…分かり易く、士道の声がしゅんとなる。…本当に申し訳なかったが、仕方がない。侑理は後でちゃんと謝ろうと心に決めて、逸れた意識をエレンへと戻す。

 

「どうやらそちらも情報が入ったようですね。貴女達はここで下すつもりでしたが…お互い忙しい身、互いに賢明な判断をするとしましょうか」

「…私達が、それに応じるとでも?」

「私は応じずとも構いませんよ?既に目的は果たせなくなったも同然ですし、ラタトスクの空中艦にも逃げられてしまいましたからね。応じないというなら、貴女達を代わりの手土産にするまでです」

 

 あくまで優位に立つのは自分だ、という態度を崩さないエレンを、真那は睨む。冷ややかな視線と睨め付ける視線が、数秒の間ぶつかり合い…真那は、舌を打つ。

 

「…ちッ。今はエレンに構う事より、兄様の件です。侑理もそれで構わねーですか?」

「うちは初めから、そのつもりだよ」

 

 それはそうでしょう、と侑理が冷静に返すと、真那は目を瞬かせ…それから恥ずかしそうな顔を見せる。されどそれも一瞬の事。すぐに首を横に振って表情を引き締めると、今一度エレンを睨み…直後に反転、離脱する。

 

「…………」

 

 無言のエレンを、侑理は見つめる。一度は離脱前に牽制攻撃を…とも思ったが、どうせ無駄…というより無意味。そう考え直し、侑理もまた反転する。真那を追って、スラスターを吹かす。

 何か、エレンに伝えるべきかとも思った。だがそれは、未練でしかない。いつかはちゃんと向き合いたい、その為に確かめたいという思いはあるが…そうするのは、今ではない。だから今は、これで良い。はっきり宣言出来た…それで十分。

 

(…あれ?けど、そういえばさっき、エレンさんは目的を『果たせなくなった』って言っていたような…十分に果たしたじゃなくて、果たせなくなった?…それって……)

 

 十香の件、折紙の件、新たな精霊の件、狂三の分身体の件。士道の事も含め、気になる事が多過ぎる。しかし今は合流を優先すべきだと、士道から通信で場所だけ聞いて空を駆ける。

 一先ず士道が無事だと分かった事、それは本当に良かった。良かったが…侑理は心の中に広がる不安、読めない状況に対する嫌な予感が、どうしても拭えなかった。

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