デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第五十五話 束の間の安息

 遭遇し、先制攻撃を仕掛けてきたエレンの剣撃は、小手調べのようなものだった。本人の言うように、本気ではあったのだとしても、全力ではない…謂わば力を測り、見込みよりも低ければそのまま力の差を見せ付ける為の攻撃だった。裏を返せばそれは、侑理は勿論真那ですらも、エレンにとっては本当に『油断しなければ勝てる』存在だという事。強い、と最強とは、ベクトルは同じでもその位置には大きな開きがあるのだという事。

 そういう意味では、戦闘が中断されたのは良かったのかもしれない。ひょっとするとエレンの側も、恐らくは〈フラクシナス〉との戦闘で少なからず疲労している…即ち『万が一』が起こり得る状況だった為に、彼女の言う「互いに賢明な判断」をするよう言ったのかもしれないが、準備も策もなしで戦いたくないのは、間違いなく自分達の側。離脱し士道と合流する為に飛ぶ中で、侑理はそう思っていた。もしかすると、負けず嫌いな…けれど現実は現実としてきちんと受け止められる真那も、同じように考えていたのかもしれない。

 

「兄様!」

 

 ワイヤリングスーツとCR-ユニットの展開状態を解除し、私服姿に戻った真那は、声を上げて士道へ駆け寄る。士道からの通信は、先程侑理達が八舞姉妹と美九を運んだ地下施設からのものだった。ならばという事で、侑理達もそこへ戻る事にし…今に至る。

 

「真那さん、侑理さん…ご無事、だったんですね」

「二人まで大怪我してるとかじゃなくて良かったわ…三人の状態を見た時は、びっくりしたんだから……」

「四糸乃、七罪!二人こそ、無事で良かった…!」

 

 ひょっこりと士道の陰から現れた二人を見て、真那同様私服姿に戻っていた侑理は胸を撫で下ろす。口振りからして、士道達も既に八舞姉妹及び美九と会っているようだが、落ち着いている辺りあの後大変な事態が…という事にもなってはいない様子。

 

「二人共、早速だがいいか?折紙が皆を襲った事は二人も知ってるみたいだけど、その後……」

「あ、待って士道にぃ!その前に一つ、言わなきゃいけない事が…!」

「言わなきゃいけない事…?」

「うん。さっきは乱暴な言い方しちゃってごめんね?」

「へ?…あー、そんなの気にすんな。むしろこっちこそ悪かった」

 

 心の中で決めた通り謝罪をすると、士道は気にも留めていなかった様子で肩を竦める。気にしていなかった事にほっとしたような、だがそれはそれで気持ちのやり場に困るような…そんな心境となると侑理だったが、今は有事。細かい事は気にしない、と軽く頭を振り、本題へと戻る。

 

「士道にぃ、聞かせて。一体、何があったの?」

「ああ。…けど、どこから説明すっかなんだよな…取り敢えず最初は、俺が折紙の家を尋ねた結果、監禁される事になった訳なんだが……」

「…え、折紙さんが…?」

「DEMがやって、それを黙認してやがったとかではなく…?」

 

 一旦侑理とのやり取りを挟んだ事で冷静になったのか、説明の視点に悩む士道。結果出てきた情報に侑理も真那もぽかんとなるが、士道は真面目な顔で頷く。…なんというか、本当に折紙という女性は行動力が凄い。凄過ぎる。あまり見習ってはいけないレベルな気もするが。

 

「けどそれなら、士道にぃはどうやって脱出を?…あ、ひょっとして精霊の力で…?」

「それは…まあ、当たってるっちゃ当たってるな。…だよな?七罪」

「あ…う、うん。…別に、大した事はしてないけど……」

「そんな事ないよー?七罪ちゃんがいなかったら、にっちもさっちもいかなかったんだから。ねー、四糸乃」

「よしのんの、言う通り…です。士道さんを助けられたのは、七罪さんのおかげ…ですから」

 

 別に、と初めこそ目を逸らして謙遜…というより否定をしていた七罪だったが、士道と四糸乃の二人に笑みを向けられると、次第に嬉しさと恥ずかしさが混じったような表情へと変わり…思わず頬が緩んでしまった。ちらりと横を見れば、真那もなんだかほっこりしたような顔をしていた。

 どうやら二人は侑理達と別れ、午後も四糸乃が七罪に街の案内をしていた際、士道と折紙を街中で偶々発見し、どうにも気になるという事でその跡を付けていった結果、二人は士道の監禁場所を発見したとの事。因みにそこからどう脱出したかというと、七罪が士道の拘束を天使の力で違うものに変え、無力化したんだとか。そして、力の発揮に必要となる精神状態の不安定化は、七罪がネガティヴな妄想をする事で果たしたんだとか。…具体的にどんな妄想をしたのかは、訊かない事にした。

 

「それで脱出は出来たんだ。出来たんだが……」

「兄様…?」

「…俺が次に折紙と会った時、十香と戦っていた折紙が纏っていたのは、CR-ユニットじゃなかった。霊装、だったんだよ」

「え?…それ、って……」

「──精霊に、なってたんだよ。あの、折紙が」

 

 神妙な顔で、士道は告げる。折紙の、精霊化を。精霊を討つ為に、全てを投げ出さんとしていた折紙が、その精霊そのものになってしまったのだという事を。

 そしてそれは即ち、観測されたという新たな精霊は、十中八九折紙だという事。琴里や美九という前例がある為、それ自体は驚きながらも「実際そうなっていた」と言われれば、受け入れる事は出来る。出現直後に十香と接触したというのも、戦闘中に精霊となってしまったのだという事なら、合点がいく。

 

「そんな…けど、それなら…士道にぃ、折紙さんは今どこに…?」

「分からねぇ。俺の事を見た瞬間、折紙は飛び去っちまったんだ。…今の自分を、見てほしくない…そんな感じの、顔をして……」

「…兄様。断言出来る訳じゃねーですが…そういう事なら、〈ナイトメア〉に接触してる可能性があります。接触したのか、されたのかは、まだ何とも言えねーですけども」

「〈ナイトメア〉…狂三と?…なんでまた……」

「それに関しても、まだ何とも…。…って兄様、それなら戦っていた十香さんはどうしやがったんですか?…まさか……」

「うん?…あ、いや大丈夫だぞ?十香なら今……」

 

 言われてみれば確かに十香の姿がない。その事に真那同様、侑理も最悪の可能性が脳裏に浮かぶも、すぐに士道は否定する。そして噂をすれば…の諺が如く、次の瞬間廊下の角からひょっこりと十香が現れる。

 

「おお、ここにいたかシドー!丁度今、施設の者達に…ホゾンショク?…というものを貰ったのだ!皆で共に……む?」

 

 乾パンにビスケットに缶詰のパン、更に水やお湯を入れるだけで食べられる食事等、多種多様な保存食をがっつりと抱えて現れた…何ならその物量のせいで顔が見えず、声と下半身だけで判断するしかない状態の十香。どうやら十香は食べ物を探しに行っていたらしく、精霊の中でも断トツで健啖家だという十香らしいその行動に、侑理はほっとした気持ちになり…するとそこで、食料を一度士道に預けた(多過ぎて士道はよろけていた)十香は、おもむろに侑理達の方を向く。

 

「真那、侑理。三人を助けてくれた事、感謝する。そのおかげで、私は鳶一折紙との戦いに専念する事が出来た」

「へ?…あ、っと…どう、致しまして…?」

 

 真剣な面持ちで意外な言葉を告げられ、思わず軽く面食らう。真那も侑理に続いて言葉を返していたが、いまいち釈然としない様子で…されど当の本人は、満足した様子で再び大量の食料を抱える。

 

「では、皆で食べるとしようではないか!鳶一折紙の事も気になる…が、いざという時に空腹では、全力で戦う事など出来ないのだからな!」

「はは…けど、確かにそうだな。…後は琴里と連絡が付けば、皆の事も伝えられるんだが……」

「……!そうだ士道にぃ!士道にぃのところに、〈フラクシナス〉から連絡……が来てたら、今の発言はしないよね…」

 

 心配そうに表情を曇らせる士道へと、侑理達は状況からの推測…〈フラクシナス〉がエレンに襲われた事、無傷ではないにせよ恐らく逃げ果せた可能性が高い事を伝える。同じラタトスクの施設でも把握出来ていない辺り、芳しくない状態である事も考えられたが…それ以上の事は分からない今、どこかで立て直しを図っているのを信じるしかない。

 

「…大丈夫。きっと琴里達も今出来る事をしてる筈だ。琴里はしっかりしてるし、令音さん達もいるんだからな」

「そう…だよね。うん、そうだよ。多分そう」

「そうそう。って訳で、一度食事にしようぜ。十香の言う通り、ちゃんと食べなきゃ動けないしさ」

 

 そうして侑理達は士道に連れられ、八舞姉妹と美九が休んでいる部屋へと移動。きちんと手当てを受けた三人は、すっかり元気…とは言えないものの、顔色は大分回復していた。

 そんな三人も加えた、食事休憩。八舞姉妹や美九に比べれば大分マシなものの、手当を受けた様子のある…即ち怪我をしている状態にも関わらず、それを感じさせない程次々と保存食の封を開けては空にしていく十香に、朝食以降水しか飲んでいないらしい(しかも何故かそれを話す際遠い目をしていた)為、十香程ではないにせよ食べるペースが早い士道に、怪我をしているからと侑理達にあーんをせがんでくる美九(その際も何故かまた士道は遠い目をしていた。何か覚えがあるのだろうか)と、まだ安心出来る状況ではないながらも、多少は空気が緩み、落ち着く。侑理自身、やっと肩の力が抜けたような気がしていて…しかしそこで、何やら妙な視線を感じた。

 

「…………」

「…………」

「…え、っと…金平糖欲しいの…?」

「いやそういう事じゃなくて…」

 

 恐らく違うと思いつつも、口に入れかけていた乾パンの金平糖を差し出して侑理が訊けば、視線の主の片割れ、七罪が呆れ気味に否定する。じゃあこっち?…と乾パン自体を差し出すボケも浮かんだが、雑談を求める雰囲気ではない為止めておく。

 

「あの…侑理さんと真那さんは、お昼の時にはもう…士道さんの事、知っていたんですか…?」

『あー…っと、それは……』

「やっぱり、知ってた訳ね」

 

 四糸乃と七罪の二人にじーっと見つめられ、これは誤魔化せない、と真那と共に侑理は認める。誤魔化しきれないだろうというのも勿論あったが…また逢い引き云々を言うのも、流石にちょっと恥ずかし過ぎる。

 

「お二人共、私達へ気遣ってくれたんだと思いますけど…秘密にされるのは、悲しい…です」

「四糸乃、言ってたんだからね?二人は自分の友達だから、ちょっとは頼ってほしかった…って。役立たずで定評のある私はともかく、四糸乃の事はもっと頼りなさいっての」

「え、あ…な、七罪さん…それはその、言わないでほしかったっていうか……」

「あっ…ご、ごめん四糸乃…!私、また…!」

 

 自分の発言を暴露され、恥ずかしそうにほんのり顔を赤くする四糸乃。また、という七罪の言葉からして、似たような事が以前にもあったらしい。というか反応からして、割と直近なのかもしれない。

 

「はは…けど、そうでいやがりますね。四糸乃さんが、私達の事を友達だと思ってくれているのなら、その気持ちを無下にはしたくねーですし」

「同感。っていうか実際、士道にぃを見つけてくれたのは二人だもんね。だから…ごめん、四糸乃、七罪。二人に黙ってて。誤魔化す為に、嘘を吐いて」

「私からも謝罪を。申し訳ねー事を二人にはしちまいました」

「あ、いや、そんな…!全然、謝る事じゃ……」

「そーだよ二人共〜。ここは謝罪よりも、これから何かあったら力を貸して、って言ってくれた方が四糸乃もよしのんも喜ぶよ〜?」

 

 ほらほら〜、言って〜?…とばかりに両手を揺らすよしのんのコミカルな動きに、侑理と真那は揃って苦笑。だが実際、それを断る理由はない。だから侑理達は、これからも宜しく、と四糸乃達へ頼み…そこで七罪が、ペットボトルの飲料を軽く飲んでから口を開いた。

 

「…けど、意外だったわ。ラタトスクって、精霊を保護する為の組織なんでしょ?だからてっきり、精霊の皆にそんな事を言う訳には…とかって断られるかと思ってたのに……」

「あー、まぁ確かに、ラタトスクとしてはそうなんでいやがりましょうが……」

「うち達は別に、ラタトスクの理念に共感してここにいる訳じゃないからね。お世話になってる身ではあるし、理念の尊重はするつもりだけど……」

「それに拘るつもりもない、って訳ね。でもだからって、四糸乃を頼り過ぎないでよ?四糸乃の優しさに付け込んで無理難題を押し付けようとするなら、私が……」

「うん、だから四糸乃だけじゃなくて七罪も頼らせてもらうね」

「えぇ。七罪さんの力はかなり応用が利くみてーですし、力を貸してくれれば助かるってもんです」

「へっ?あ、や、えと……うん…」

 

 何か侑理達の返答は予想していたものと違っていたのか、七罪はぽかんとした顔をした後、先程の四糸乃の様に恥ずかしそうにしながらも小さく…本当に小さくだが、こくりと頷く。その姿、その反応は、もんじゃ屋で士道の話になった時と同様何とも可愛らしく…そこでまた、侑理は視線を感じた。

 何かと思ってそちらを見れば、今度の視線は士道からのもの。なんだろう?と侑理は首を傾げ…軽く笑った士道は言う。

 

「三人共、七罪と仲良くしてくれてありがとな。七罪の事、これからも宜しく頼む」

「な…っ!?」

「は、はいっ。七罪さんとは、もっと仲良く…なりたいですから」

「なな…っ!?」

「ふふっ、うちもだよー」

「私もです」

「んなな……っ!?」

 

 言われるまでもないよね、と侑理が真那達と頷き合えば、七罪は目を見開き、驚く毎に顔を赤く染めていく。そうして恥ずかしそうな…されど満更でもなさそうな七罪の反応を見て、侑理達と士道は笑みを交わし会うのだった。

 

「…あ。ところで十香さん。一つ訊きてー事があるのですが、そのお姿…それに先程の力は、もしや……」

「うむ。どうやら霊力が完全に戻ったようなのだ」

「っとそうだ、その問題もあったんだった…。…えぇ、と……」

 

 頬を掻き、数秒考え込むような顔をする士道。それから士道はちょいちょい、と十香を手招きし、廊下へと連れていく。

 

「え?だーりん、突然なんでしょう……って、まさか逢い引き!?」

『ぶ……ッ!?』

「いやそんな訳ないでしょ…ってか、なんてそこの二人はそんな咽せてる訳…?」

「推測。何か心当たりがあるのでは?」

「心当たり…はっ、真那さんと侑理さんって、大親友なんですよね?という事は、もしかしてそういう事なんですか〜?」

「ち、違っ、ちげーますよ!?」

「…でも、確かに『逢い引きする』って言ってたわよね」

「七罪なんでそれ今言っちゃうの!?ねぇ!?」

 

 謎の鋭さを発揮する美九と、まさかの弄りに入ってきた七罪の言葉により、一気に追い詰められる侑理と真那。四糸乃や耶倶矢、夕弦にもじーっと見られ、兎にも角にも恥ずかしい。恥ずかしいったらありゃしない。

 そしてこういう時、往々にして冷静な思考が出来なくなるのが人の性。落ち着いて「士道を探しに行く上で、誤魔化しとして逢い引きという表現をした」と言えばそれで済む話なのに、その発想が出てこない。

 

「追求。一体何があったのか、説明を求めます」

「我等が前で、迂闊な反応をしてしまったのが運の尽きよ。さあ、諦め洗いざらいに話すがよい!」

「嫌でいやがりますけど!?くっ、侑理…!」

「ここは三十六計逃げるに如かず…!」

 

 興味津々な八舞姉妹が美九の左右に展開し、形成される半包囲陣。このままでは捕まる…それを本能的に理解した侑理は真那と顔を見合わせ、反転からの猛ダッシュ。全力疾走で、部屋からの離脱を試みる。だが……

 

「ぅ、そ、その…頼むぞ、シドー……」

「あ、ああ…それじゃあ……っておわぁっ!?」

『うぇええええぇぇッ!?』

 

 精霊三人を振り切り、扉を開けて廊下へ脱出。そこまでは良かった、完璧に上手くいった。されど扉の先、静かな廊下にいたのは、目を閉じ何かを待つようにする十香と、その十香の両肩へと手を置き、赤面しつつも顔を近付けていく士道の二人で……完全に、邪魔してはいけない雰囲気だった。これ以上ない位の、最悪過ぎるタイミングだった。

 

「にっ、兄様何を!?こんなところで一体全体何をしてやがるんで!?」

「あ、か、勘違いするなよ!?これはあくまで再封印の為に……」

「う…し、シドー…その、しないのか…?」

「や、え、えっと……」

 

 どう見てもこれはMK5。マジで恋する…ではなく、マジでキスする五秒前。泡を食った様子の士道が発した「再封印」という言葉で、侑理は士道が何をしようとしていたのか…それが決して情欲に駆られての行動ではないのだという事を理解し、ついでになんだかほっとしたのだが、目を瞑ったままの十香が物欲しそうな…侑理や真那より大人っぽいスタイルをしていながら、いじらしくも愛らしい声音と仕草を見せた事で、思わずドキっとしてしまう。真那も静かになり、士道も言葉に詰まり…十香という少女の持つ可愛いの破壊力を、諸に味わう。

 ただ、ある意味そのおかげで侑理達は少し落ち着いた。精霊達が普通の日常を送る為には、封印によって霊波反応を大きく抑える必要がある…即ちこれは、大事な事だというのも分かっている。だから今は士道の意を汲み、取り敢えず後ろでも向いて……

 

「し、士道さん、何を……」

「うはー、こんなところだなんて、ダイターンだねー」

「我等八舞というものがありながら、それを差し置いてのこの行い…随分と大きく出たではないか、士道」

「不満。そういう気分であったのなら、夕弦達を呼べばいいものを」

「十香さんばっかりズルいですー!だーりん、私も!私もーっ!」

「…み、見せ付けてんじゃないわよこのリア充がッ!」

「だからそういう事じゃないんだってぇぇぇぇええええええっ!!」

 

 完全に失念していた、八舞姉妹と美九の存在。更に気になったのか、彼女達の後ろから現れた四糸乃(とよしのん)と七罪の存在。まだ十香の肩に手を置いたままだった士道は、皆からも侑理達と同様の感想を抱かれ…地下施設の廊下には、そんな士道の絶叫が響くのだった。…本当に、怪我をしているとは思えない程精霊達は元気である。

 

 

 

 

 再封印どころではなくなってから数分後。流石にここにいるラタトスクの機関員に怒られるのではないだろうか、と思う程の騒ぎになっていた状態を一変させたのは、四糸乃が持つ携帯への着信…その発信者が、琴里であるという事実だった。

 

「…そういう経緯で、今はそこにいるのね。悪かったわ、何も出来なくて。それと…四糸乃、七罪、士道を見つけてくれてありがとう」

 

 スピーカーモードにした携帯から聞こえてくる琴里の声。感謝の言葉に四糸乃と七罪は揃ってぶんぶんと首を横に振り、一拍置いてから電話である事を思い出してちょっと顔を赤くする。

 

「謝る事なんてねぇよ。そっちも大変だったんだし、俺に関しては不用意に行動した結果なんだからな」

「え、何言ってるの士道。私は襲われた十香達や、あっちこっち飛び回る羽目になった真那達に言ってるだけで、士道には言ってないわよ?」

「…そうですかい」

「……なんてね。折紙に捕まった事は確かに自業自得だけど、十香と折紙の戦闘を貴方が止めた時、私達はその行動自体を知らなかった。止めなきゃいけない戦いを認識すら出来ていなかったんだもの、反省するわ」

 

 これまで聞いた事がない程殊勝な態度の声音で話す琴里に驚く侑理。ふと横を見てみると、士道は目を丸くしていた。…兄からしても驚くレベルらしい。

 

「…でも、驚いたよ。エレンさんが〈フラクシナス〉を襲撃したのは知ってたけど…まさか、エレンさんが直接空中艦を…それも単独で操作してたなんて」

「それはこっちの台詞よ。艦の被害は30%オーバー、〈世界樹の葉(ユグト・フォリウム)〉を全弾使い潰して逃げるのが精一杯、今は逃げ込んだ地下施設内で身を潜めるしかないだなんて…貴女達の元上司はどうなってる訳?」

「それこそ私が知りてーです。正直私からすれば、精霊よりもエレンの戦闘能力の方が理解不能でいやがりますから」

「…因みになんだが、もし仮に二人が空中艦を一人で操作するとしたら……」

「頭が爆発するんじゃないかなー…」

「炸裂間違いなしでいやがりましょうね」

「マジか……」

 

 悔しげに語る琴里の声から、それが激戦であった事、辛酸を舐めさせられた事が伝わってくる。そして、侑理は実際に空中艦を動かした事などないのだが…それが非常識を超えた、異常な行為である事は間違いない。あの〈リコリス・シリーズ〉でさえ幾人もの魔術師(ウィザード)を廃人にし、対多数戦とはいえ折紙が戦闘中に活動限界を迎え、ジェシカは十全に扱う為に命を捧げたような代物なのだから、それより何十倍も大きく、当然随意領域(テリトリー)も凄まじい広範囲に展開する必要があり、制御しなければいけない部分も遥かに多いであろう空中艦を一人でCR-ユニットが如く操るなど、エレン以外に出来る筈がないのである。

 それからもう一つ。琴里は被害を30%オーバーと語っていた…つまり七割弱は無事という事だが、これもまるで楽観視など出来ない。どこをどうやられた結果の30%オーバーかにもよるが、兵器というのは基本的に余裕を持たせた設計をする事はあっても、無駄なものは極力作らない、載せないようにするものであり、言うなれば100%の状態でなければいけない存在。そこから三割以上損失しているとなれば、大変な事態である事は明白であり…小難しく考えなくても、人体の三割強が駄目になった状況を考えれば、それがどれ程の事かは一目瞭然。

 

「…本当に、エレンって魔術師(ウィザード)は恐ろしいな…顕現装置(リアライザ)の性能は、DEMより上なんだろ?」

「基本的にはね。…ただ、〈アシュクラフト-β〉とかいうDEMの新型が開発されてから、随分と差は詰められてるわ」

 

 〈アシュクロフト・β〉。その名前を聞いた瞬間、ほんの一瞬真那は表情を歪ませる。侑理も暫く前と同様に、その名前からアルテミシアの事を思い出す。しかしそれは今、関係のない事。それを示すように、琴里は小さく息を吐き、次の言葉を口にする。

 

「まさか折紙が、今日までずっと霊力を隠蔽していたなんて事は考えられないし…だとすれば、〈ファントム〉が現れたんでしょうね。…よりにもよって、こんな時に」

「…そう、なんだろうな。琴里や美九の時と、同じように」

「えぇ。でも理由や動機はどうあれ、折紙が精霊になってしまった以上、士道の…私達のやる事は一つよ」

「あ……」

 

 苦々しげに琴里が口にしたのは、人を精霊に変える存在…まだその正体が掴めていない、『何か』の仮称。自分自身その直接の被害者だからか、琴里の声は本当に重く…されど心を固め直すようにして、琴里は士道へ言う。言われた士道は、ぴくりと肩を震わせる。

 そう。折紙が精霊となってしまったのなら、ASTにもDEMにも狙われる事となる。元同胞に狙われるなど、折紙も美紀江達ASTの面々も辛いだろうし、精霊から人を守りたいという折紙が人を害し得る側となってしまったというのは、それだけで酷い苦痛な筈。そして、ラタトスクの目的は精霊を保護する事。士道が持っているのは、精霊に幸せになってほしいという思い。即ち今後、士道は折紙から好感を抱かれ、最後にはキスをするという形に持っていかなければいけない訳で…よく見れば士道は、表情が固まっていた。緊張というより、肉食獣に睨まれた被食者のようになっていた。

 

「ともかく、一度合流しましょ。私達は〈フラクシナス〉が修理中だから動けないし、施設の規模も設備もこっちの方が良いから、そっちの機関員に移動の手配を頼むわ」

 

 機関員と話をする為に、一度切れる琴里との通話。何か状況が変わった訳ではないが、琴里達の生存がはっきりしただけでも、気持ちはぐっと楽になる。実際士道の表情も明るく…数分後、部屋にこの地下施設の機関員がやってくる。その者に案内される形で、侑理達は外に出る。

 

「…あ、いつの間に……」

 

 そこで、思わず侑理が呟いた言葉の意味は二つ。一つは施設にいる間に空間震警報が解除されたのか、街には人の姿が戻ってきていた事に対するものであり…もう一つは、もう日が暮れ夜になっていた事への驚き。色々あって、時間の確認を忘れていたのだ。

 外に用意されていた車両。機関員に促されて、侑理達はそちらへと向かう。空間震警報が解除された直後、まだ街に被害が残っている(といっても今回のそれは、空間震によるものではないのだが)が故の落ち着かない空気感が漂う中、対照的に空は静かなもの。何事もなかったかのように雲一つない夜の空には、綺麗な満月が浮かんでいて……

 

 

 

 

 その、次の瞬間だった。夜空の中に座する月。当たり前のようにあるそれが──一筋の闇によって、裂かれたのは。

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