デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第五十六話 降り注ぐ絶望

 それはまるで、満月を二つに分断するような漆黒の線。一切の光が届かない、闇そのものであるかのような何かが、境界線の様に月を左右で分かつ。

 

『え……?』

 

 侑理は…否、それに気付いた全員が、そのあり得ない光景に茫然とする。無論、本当に月が割れてしまった訳ではない。割れたように見えるだけで、目を凝らしてみれば、月の前…と言っても地球と月、惑星と衛星の関係を考えれば、侑理達から見て、と評するべきだが…に現れた何かによって、月の光が遮れてしまっているだけだと分かる……が、だとしても普通にあり得る光景ではない。

 それに、その光景にはあった。月に亀裂が入った、闇が裂いた…そう思ってしまうような、禍々しい気配が。

 

「……っ、なんだよ…これ──」

 

 ぽつりと零れるように聞こえた、士道の声。それは恐らく、全員が思っていた事。信じ難い月の異変に、誰もが目を奪われ…その内に、はっとする。初めはただの線に見えた闇が、次第に広がり、月を覆っていくさまに。月を飲み込んでしまうように、白とも黄ともつかない月の姿は見えなくなり…闇の侵食は、月だけに留まらない。元から黒い夜空が、更に暗く昏い闇に染められ、深淵の様に変貌していく。蜘蛛の巣が如く張り巡らされているそれは、一体どこまで広がるのか。このまま空を、地球を、或いは宇宙全体を喰らい尽くしてしまうのではないか…そんな風に思ってしまう程の、夜空へ対する闇の侵攻。

 

「愕然。一体、何が……」

「ま、まさかこれは、闇の世界との融合…!?」

『…闇の世界?』

 

 いつもの芝居掛かった言い方とも違う、若干興奮が感じられる耶倶矢の呟き。ただ、内容は相変わらずの独特さであり、侑理も皆も揃って「?」と首を傾げる。そしてどうやら今の発言は耶倶矢も狙ったものではなかったのか、皆の反応に顔を赤くし…次の瞬間、空に広がる闇が蠢く。脈動するように、闇は動き…爆音が、轟く。

 

「きゃっ…!」

「今のは…ッ!」

 

 響く轟音と共に揺れる地面。四糸乃は小さな悲鳴を上げ、侑理の隣にいる真那は驚愕の声を上げる。

 それは、闇が一筋地上へと伸びた直後だった。その直後に、轟音が鳴り響き…その地点から、爆炎が上がる。それが攻撃だと、それも相当な威力の一撃なのだと、否が応でもこの場の全員が理解する。

 

「……!琴里!そっちは無事か!?」

 

 初めはたった一筋。されどそれで終わる事なく、また一筋、更に一筋と、闇が街に落ちていく。雨が降り出すように、少しずつ…だが着実にその勢いは増していき、闇が地上へと触れる度、轟音が鳴り響く。爆発が、炎が…そして悲鳴が、街を染めていく。

 あまりに突然の蹂躙に思考が追い付かない中、士道の方から着信音が鳴る。我に返り通話に出た士道は、その相手らしき琴里と二言三言言葉を交わす…が、その様子からしてあちらも恐らくは混乱状態。

 

「……ッ!反転…!?」

 

 反転。その言葉が士道の口から聞こえたのと、再びの空間震警報が街中へ響いたのとはほぼ同時。一体反転とは何なのか、これはやはり精霊によるものなのか。侑理の頭の中には、瞬く間に複数の疑問が浮かび…次の瞬間、侑理達のいる場所の真上で闇が輝く。他の場所と同じように、ここにも闇が降り注ぐ。

 

「くッ…!」

「ちッ…!」

 

 反射的に侑理は随意領域(テリトリー)を展開、〈ヨルムンガンド〉を再装着。同じように〈ヴァナルガンド〉を纏った真那と共にこの場の全員を包む形で随意領域(テリトリー)を拡大し、その上で防性を高めて放たれた闇を受け止める。

 直後、頭を鈍器で殴られたような痛みが走る。街の被害から予想は出来ていたが、降り注ぐ闇の威力、破壊力は凄まじく…それでも真那と同時に防御をしていたおかげで、動けなくなる程にはならずに済む。

 

「ふ、二人共…助かっ……」

「呑気にそんな事言ってる場合じゃねーです!」

「早く避難を…って言っても、こんな状況じゃ……!」

 

 士道の言葉へ速攻で返した真那に続き、侑理はラタトスクの機関員含めて避難するよう言いかけたが、降り注ぐ闇の奔流は無差別状態。加えてその被害は地下にまで及んでいる可能性が高く、これでは地下シェルターやラタトスクの施設に逃げ込んだとしても安全ではないどころか、逃げ場がなくなる分余計に危険ですらあり得る。

 ならばどうするか。安全な場所などなく、これがいつ止むか…いや、終わりがあるかどうかも分からない以上、残る選択肢は一つ。

 

「…士道にぃ。これは、精霊の仕業なんだよね?」

「…ああ。少なくとも琴里はそう判断してる」

「なら…皆、士道にぃの事をお願い。──真那!」

 

 呼び掛けに、真那は無言で頷く。幸か不幸か、十香はまだ霊力の再封印がされておらず、他の面々も既に限定霊装を展開済み。皆がいれば大丈夫だろうと侑理は視線を空へと向け…だが真正面の空間を、士道が遮る。

 

「待ってくれ!まさか、二人共……」

「…言いてー事は分かります。けど…きっともう、沢山人が死んでいるんです。数人とか、数十人とかじゃなくて…もっと、ずっと沢山」

「……っ…それは……」

「霊力の封印には、相手に好意を持ってもらわないと駄目なんでしょ?だったらどっちにしろ、すぐに封印なんて出来ない。ならもし、封印するまでずっとこれが続くとしたら……」

 

 発した言葉への答えはない。…侑理とて、士道の思いは分かっている。その思いが間違っているとは思わないし…そんな士道がいたからこそ、今の十香達がいるのも事実。だがだとしても、これは駄目だった。許容出来なかった。無差別に、理不尽に、街が焼かれ、破壊され…人の命が散っていくのは。

 

「…そう、だよな。きっと、二人の言う事の方が正しいんだ。何よりまず、止めなきゃいけないんだ。……だけど、それでも…それでも俺は、嫌なんだ…!こうする理由も、そこにある思いも知らないまま、知ろうとしないまま、切り捨てちまうのは…!」

 

──されど、そう簡単に譲れないのは士道も同じだった。表情を歪め、拳を握り締め…それが胸を張れる主張ではなく、精霊側へ過剰に肩入れした考え方であると分かっているような、苦悩に満ちた瞳で待ってくれと食い下がる。

 昔の侑理であれば、一蹴出来ていただろう。結局は厄災でしかない精霊と、それぞれの日々が、未来がある人間とであれば、天秤にかけるまでもないと。しかし、今は違う。士道に心を救われ、精霊達も人と変わらない心があるのだと知り、皆と共にいたいと思う今の侑理は、士道の言葉を「間違っている」とは言えなかった。

 

「…真那、うちは……」

「…えぇ、多分私も同じ気持ちです。けど……」

 

 揺らぐ心。芽生える躊躇い。真那の方へ視線を向ければ、真那もまた苦しげな表情をしていて…だが次の瞬間、状況が動く。

 

「……!…あれは、精霊…か……?」

 

 聞こえたのは、動揺混じりな十香の声。見上げる彼女の視線の先へと目をやった侑理は、数秒程の間を経て気付く。空の片隅、闇の中にぽつりと浮かぶ、一人の少女の存在に。

 暗闇を編んで作り上げたかのような衣。地獄絵図となりつつある地上とも、闇に食い潰されていく空とも違う、ただただ空虚としか言いようのない空間。そんな姿で、そんな場所に、少女はいた。無数にして無機質な『羽』が周囲を舞う中で、少女は俯き、膝を抱えていた。

 確かに、恐らくだがそれは精霊。空を覆い、街を破壊している元凶。されどその姿、雰囲気からは意思と呼ぶべきものがどうにも感じられず…またそこでぽつりと、士道は言う。

 

「折、紙……?」

 

 その言葉に、侑理ははっとする。一瞬信じられなかったが…確かに、そんな気がする。そんな気がしてくる。

 

「な、なんで…こんな──一体、何があったっていうんだよ、折紙……ッ!」

 

 彼女は未知の精霊ではなく、皆の知る存在。先日でいえば、共に幼児化し五河宅にて一時過ごしていた中でもある少女。…だというのに、今は彼女が、折紙が異質で異様な存在にしか見えなかった。これが折紙によるものだという可能性に、侑理は絶句し、十香達も愕然とし…士道は、叫んだ。

 されど、その声は届かない。今も精霊…折紙は胎児を思わせる体勢のまま微動だにせず、降り注ぐ闇は街を蹂躙し続ける。

 

「折紙……!」

 

 再び士道は叫ぶ。この街が魔窟に、空が闇の世界へと歪み狂い変わっていってしまう中で、声を震わせながらも叫びを上げる。…恐らくこの惨状に、今も続く無情な暴威に、それを折紙が行っているのだという現在に、心が締め上げられているのだろう。少なくとも、侑理はそうだった。夢か幻覚ではないのかと、思いたかった。

 しかし、声を震わせようとも、その心は折れていない。士道には、そう感じさせるものがあった。そして…士道は、一人ではなかった。

 

「──鳶一折紙に何があったのかは分からん。だが、あやつを正気に戻せる人間がいるとしたら、それはお前だけだ、シドー」

「…ああ、そうだな」

 

 勇気付けるような、信念の籠った十香の言葉。士道はそれに、ゆっくりと頷き…微かな震えをその姿に見せながらも、耶倶矢と夕弦がそれに続く。

 

「か……かか、分かっておるのならば良い。もしいじけた言葉の一つでも吐こうものなら、無理矢理にでも空に飛ばしてやったところだ」

「請負。……マスター折紙のところまでは夕弦と耶倶矢がお供します。──士道、マスター折紙の目を、覚まさせてあげて下さい」

 

 自らを、それに士道を奮い立たせるような耶倶矢の言葉と、士道と折紙、その両方への思いをその声に乗せる夕弦の心。二人の言葉にも、士道ははっきりと答え…そこに流れ始める、勇猛な曲。冷気が周囲に漂い氷の壁を形成していき、瓦礫が姿を大きく変える。

 

「うふふー。忘れてもらっちゃ困りますねー」

「ち、地上の方は…私達に任せて下さい…っ。〈氷結傀儡(サドキエル)〉の結界で、少しはこの光線を防げると思います……!」

「……ふん、仕方ないから私も手伝ってあげるわ。瓦礫なんて、私がふわっふわの綿にでも変えてあげるんだから」

「美九…四糸乃…七罪……」

 

 諦めんとする気持ちが伝播するように、精霊達がその瞳に強い意思を灯らせる。士道の為か、精霊と化した折紙を他人事とは思えないのか、或いはその両方か…その真意を侑理に推し量る事は出来なかったが、はっきりしている事がある。ここにいる精霊達は皆、全力で、全身全霊で…折紙を、助けようとしているのだ。討つのではなく、救おうとしているのだ。

 

(…困ったな…こんなの見せられたら、うちは……)

 

 歌での支援体勢を整えた美九や、地上の対応をしようとする四糸乃、七罪に続いて、十香が〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構え、八舞姉妹が風を纏う。皆の事をゆっくりと見回した、表情に勇気を浮かべた士道は宙の折紙をしっかりと見据え…それから視線は、再び侑理達の方を向く。

 

「真那、侑理。俺は折紙を助けたい。今の折紙は、反転状態…心が絶望に沈んだ状態なんだ。今の折紙は、折紙であって折紙じゃないんだ。…そんなのは嫌だ、嫌なんだ。勿論、だから折紙は悪くないなんて言う気はないが…それでもやっぱり、このままじゃ駄目だって俺は思う。だから──二人の力も、俺に貸してくれ」

『……っ…!』

 

 その言葉と共に、士道は頭を下げる。深く下げ、侑理と真那に頼み込む。…まさか、そう言われるとは思っていなかった。止められるのではなく、協力を求められるなど、思いもしなかった。

 当然今も、街の蹂躙は続いている。これを何とかするのが最優先だという事には変わりない。だが先程までとは…士道一人が異を唱えているのと、一人一人が大きな力を持つ精霊達が全員士道の力になろうとしている今とは、状況が違う。それに…侑理は知ってしまった。この惨状を引き起こしているのが見ず知らずの精霊ではなく、折紙だと。立場は違えど、エレン達DEMの面々と同じように、仲間だと思っている彼女なのだと。知ってしまえば、何も知らない『他人』だと思えなければもう…さっきまでのように、割り切る事は出来ない。手前勝手だと分かっていても、侑理はそこで『区別』をしてしまう。

 

「…………」

 

 ぎゅっ、と拳を強く握り締める。迷って、悩んで、躊躇って…出てきた答えは、自分の心に嘘は吐きたくないという思い。だから侑理は、ゆっくりと息を吐く。

 

「…あれが、本当に折紙さんなら…これが折紙さんの仕業だっていうなら…こうなったのは、うちのせいでもある、って事だよね…。あの時うちが、折紙さんを止められなかったから……」

「それ、は…それは違ぇよ、侑理。そんなの、侑理の責任じゃ……」

「ううん、うちの責任だよ。うちが止められていたら、きっとこうはならなかった…のかもしれないんだもん。──だから、うちに士道にぃへ偉そうな事を言う権利はない。うちにも責任がある事で、士道にぃが身体を張って何とかしてくれようとしてるなら…それに精一杯協力するのが、筋ってものだよね?」

 

 これが返答だと示すように、侑理は軽く口角を上げる。意図を理解してくれた様子の士道は、表情を明るくし…隣では、真那が呆れたように肩を竦める。

 

「…面倒くせー言い方をしやがりますね。素直に『やっぱり協力する』って言えばいいものを……」

「うっ…だったら真那はどうするのさ」

「どうもこうも、最優先すべきは街への攻撃を止める事。であれば全員で協力して抑えるのが最善ってもんでしょう」

 

 しれっと理解ある妹的な発言をする真那に、侑理は不満を込めて頬を膨らませる。確かに真那の言う通りであり、攻撃を止められるのであれば、その方法は重要ではないのだが、だとしても侑理としては、自分を前振りに使われたような気分なのだ。…今は一刻を争う事態である為、いちいち文句を言ったりはしないが。

 

「さあ──では行くぞ、私が道を切り開く!付いてくるのだ!」

「応とも!」

「了解。とうっ」

 

 全員で頷き合い、叫びを上げた十香が地を蹴る。左右に分かれ、士道を挟むように立っていた八舞姉妹が風で士道を包み込み、十香へ追従するように飛んでいく。風によって空を飛ぶ士道はぐらりと揺れていたが、なんとかバランスを取り…それを二人に褒められていた。士道、苦笑いである。

 

「真那、うち達はどうする?向こうは十香さん達だけでも大丈夫だろうし、救助活動を……」

「…いや、そうもいかねーみてーですよ」

 

 真那が表情を険しくした直後、空から新たな音が聞こえる。反射的に見上げれば、空では折紙の周囲を護るように飛んでいた羽が、その先端を士道達に向け、砲撃を…闇色の光線を放っていた。一本一本の規模こそ、降り注ぐ闇の柱には及ばない…だが威力は画角以上としか思えない攻撃が、何番も纏めて撃ち込まれていた。

 

「このままじゃ全員危ねーです!侑理!」

「うん…!」

 

 恐らくは〈フラクシナス〉の〈世界樹の葉(ユクド・フォリウム)〉と同様の、それぞれが独立して動く遠隔操作端末。その類いだと判断した事で真那は即座に飛び上がり、侑理もその場から長距離射撃。飛翔する斬撃で羽の砲撃を相殺し、そのまま引き付けに入った十香の横をすり抜ける形で〈オルムスファング〉の一撃を撃ち込み、射線上の羽を弾き飛ばす。同時に羽を躱して折紙の下へ向かおうとする士道達の姿を視界に捉え、援護射撃の態勢に入る…が、そこで撃ち落としたつもりの羽が粉微塵になっておらず、吹っ飛んだだけで健在である事に気付いて思わず舌打ち。

 

「ちっ、思った以上に硬い…!…けど、それなら……!」

 

 ならばもっと出力や収束率を上げて…と一瞬思ったが、撃破へ躍起になっている間に別の羽が皆を撃ち抜いたりでもしたら目も当てられない。そう考え直し、とにかく邪魔をさせない事、邪魔の邪魔をする事を優先する。

 一度は羽に囲まれた十香だったが、真那が加勢した事で危機から脱出。侑理が射撃で開いた道を、士道を連れた八舞姉妹が風の精霊の名に相応しい超スピードであっという間に駆け抜ける。折紙がいる場所までは、後少しであり……だが次の瞬間、あまりに強烈な横槍が入る。目にも止まらぬ斬撃が放たれ、士道を包んでいた風が斬り裂かれる。

 

「……ッ!」

 

 強襲した存在。霊力の大部分を封印されているとはいえ、風の精霊の動きを正確に捉えた斬撃。それは、魔術師(ウィザード)だった。闇に包まれた空の中だからこそ、白金の装いがより映える、エレン・ミラ・メイザースその人だった。

 空に投げ出された士道へ夕弦が武器としているペンデュラムを放ち、ぐるりと囲う事で再び浮遊の為の風を纏わせる…が、安心など微塵も出来ない。夕弦が士道を助けるのと同時に、耶倶矢が突撃槍を思わせる武器でエレンに仕掛けて追撃を阻止するものの、次の瞬間には八舞姉妹の動きが鈍る。それが、エレンの拡大した随意領域(テリトリー)による干渉である事は、想像に難くない。

 

「エレンさん…今度は、何を…ッ!」

 

 エレンに向けて放つ射撃。二人の動きが鈍った時点で、侑理は飛んでいた。放った射撃は容易くエレンに斬り払われるが、防御をさせられただけで十分。

 

「ああ、侑理には教えていませんでしたね。反転した精霊こそが、アイクの求める存在なのです」

「ならこれは、DEMが…!」

「いいえ、これについては全くの予想外です。私個人で言えば、私に着いてこられるであろう部下を失って残念な位ですから」

 

 しっかりと侑理の射撃を処理しながら、エレンは士道へと視線を向ける。その士道を守るように八舞姉妹は立ち塞がる…が、依然として動きは重い。恐らくこれでは守りきれない。

 されど、二人もそれは分かっていたのだろう。二人は一瞬視線を交錯させると、士道を背に隠す形で耶倶矢が再び突進し、夕弦はその場で身を翻す。身体を、その動きでペンデュラムを振り抜き…士道を上昇する侑理の方へと放り投げる。

 

「ちょっ、おわぁああああぁッ!?」

「侑理!」

「要請。士道を、マスター折紙の下へ…!」

「……っ!はいッ!」

 

 飛んできた士道を、随意領域(テリトリー)で受け止める。射撃は止め、折紙のいる場所へと猛進する。当然の様にエレンも拡大した随意領域(テリトリー)で侑理を捕らえようとしてくるが、今の侑理は、その程度で押さえ込まれたりはしない。自身の随意領域《テリトリー》で干渉に抵抗し、上昇を続ける。そして士道という、ある種『枷』となる存在を侑理に託した八舞姉妹は、エレンの干渉を振り切るように強く飛び……彼女の斜め下を、すり抜ける。一見尻尾を巻いて逃げたようにも見える動きに、エレンは怪訝な表情を見せ……直後、真那の砲撃がエレンを撃つ。

 

「二日連続で兄様を狙うとは…ストーキング趣味は頂けねーですね、エレンッ!」

「なッ……。…〈ナイトメア〉を追う事へ躍起になっていた貴女には言われたくないですね…ッ!」

 

 魔力砲の一撃を縮小した随意領域(テリトリー)で弾いたエレンは、肉薄した真那と斬り結ぶ。反対に八舞姉妹は十香と合流し、三人で羽の対処に動く。恐らくは素早い上に耐久性もある羽と、その高性能さのおかげで多数を相手取る事も出来るとはいえ、基本は対単体向きの仕様となっている〈ヴァナルガンド〉では相性が悪く、逆に八舞姉妹が得意とする風の攻撃は広範囲の制圧に長けている事に加え、初めから破壊ではなく吹き飛ばす事を狙いとするならその耐久性も気にならないという事で、三人はそれぞれ役割を交代したのだろう。

 十香と耶倶矢、夕弦が飛び回る事で羽を引き付け、真那がエレンに食らい付く事で、道をクリアにしてくれる。四糸乃と七罪が一人でも多くの人を助けようとし、美九の歌が全員を支えてくれている。皆が必死に戦っている。だから侑理も、情けない姿は見せられない。託された思いは、必ず果たす。

 

「士道にぃ!このまま、突っ込むよ!」

「頼む…!」

 

 直掩の様に残っていた数基の羽が放つ光線を、スラスターをぶん回す事ですべて避ける。〈オルムススケイル〉で素早く反撃を撃ち込み、羽に回避運動を取らせ…推力全開で、浮遊する折紙の正面へ突入。直後にメインスラスターを前へ向ける事で逆噴射を掛け…そこで侑理は、自らが展開している随意領域(テリトリー)によるものとは別の浮遊感がある事に気付く。

 

「折紙!」

「折紙さん!」

 

 これも精霊としての力か、それとも外見からは分からないだけで折紙も随意領域(テリトリー)を展開しているのか。そんな疑問は抱きつつも脇に置き、士道と共に声を掛ける。

 辿り着いてからのプランは聞いていない。だが、漠然と何とかなるのではないかと考えていた。折紙が士道を大切に思っている事は知っているし、士道も折紙を止めたいと思っている。ならば対話は出来る筈で、もっと言えば既に好感度という封印の条件は満たされているのかもしれない。だから後は、士道が何とかしてくれる…そう、思っていたのだが……

 

「折…紙……?」

 

 念の為、と折紙を含む範囲で随意領域(テリトリー)を拡大し、防性を高める中、聞こえた士道の声。一瞬呼び掛ける為の声かと思ったが…違う。声音が、響きが、明らかにおかしい。それが気になり、視線を向け…侑理は見る。見てしまう。折紙の顔を、表情を。

 端正な人形の様な、可愛いと美しいが高次元で両立している折紙の容姿。普段は無表情でいる事が多かった気がする折紙。しかし今、その顔は変貌していた。瞳に光はなく、目元は赤く頬は涙で荒れ、唇は切れる程に乾き…何よりそこに、表情はなかった。無表情とは似て非なる、感情そのものを失ったような、死者か亡霊が如き面持ち。そんな顔を、侑理はこれまで見た事がなかった。人形の『様な』ではなく、本当に心のない…ただの『モノ』になってしまったかのような折紙の姿に、一瞬何も考えられなくなった。──絶望。もしそこに何かあるとしたら…きっと、それしかない。

 

「…な、に…が……」

 

 一体何があったのか。ほんの数時間前まで良くも悪くも強い、本当に強い決意と覚悟を抱いていた折紙に一体何があれば、ここまでの姿に成り果ててしまうのか。そんな誰でも思う、真っ先に考えるような疑問すら、侑理の頭に浮かぶまでは数秒掛かり…次の瞬間、士道の口から力無い声が漏れた直後に、その身体が折紙の前から落下していく。

 

「…ぁ…し、士道にぃ…!」

 

 一瞬で士道の姿が視界から変えた事で、侑理は我に返る。自身も茫然となり、無意識レベルで出来ていた自分の滞空はともかく士道への制御は完全に切れてしまっていた事に気付き、慌てて自らも急降下を掛ける。…いつの間にか、浮遊感は消えていた。士道を落とそうという防衛行動なのか、恐らくこの場で唯一折紙に声が届き得る士道が何も出来なかった事で、いよいよ本当に折紙が『諦めて』しまったのか…本当の事は、何も分からない。

 

「……ッ、嘘でしょ…!?」

 

 急降下に加え更に随意領域(テリトリー)を拡大する事で士道をキャッチした侑理は、再び視線を折紙へ向ける。仮に折紙の側が諦めたのだとしても、侑理に諦める理由はない。街を守る事も、人を助ける事も…折紙本人の事だって、諦める気はさらさらない。

 だが見上げた視界に映ったのは、こちらに先端を向ける多数の羽だった。十香達の奮戦は続いている。故に恐らくそれ等は、新たに現れた羽であり…輝く闇の一斉掃射が、侑理とすぐ側の士道に迫る。

 

「くッ…ごめん、士道にぃ……!」

 

 〈オルムススケイル〉を非展開状態に戻し、空いた左腕を士道の胴に回し、身体を密着させて随意領域(テリトリー)縮小。そうする事で制御の負荷を減らし、メインスラスター及び姿勢制御スラスターの全てをフル稼働させて一斉掃射を辛うじて躱す。続けざまに放たれる追撃も、左は右へと飛び回る事で何とか回避し続ける。

 再び折紙の下へ行かなくては、この蹂躙は終わらない。それは分かっている。分かってはいる。されど自分一人ならともかく、士道を抱えながら濃密な迎撃砲火を潜り抜ける事は、新たな力を手にした今でも厳しく…表情を歪める士道と共に、侑理は地上への降下離脱をするしかなかった。

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