デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第五十七話 飲み込む闇

 思えば鳶一折紙という少女は、士道がこれまで出会った中で、誰よりも、何よりも心の強い人間だった気がする。まだ高校一年の身でありながら一人で暮らし、ASTとして幾度も勝ち目の薄い戦いに挑み続け、両親の仇討ちというあまりに重いものを一度も下す事なく、その上で多くの人を守ろうという強く優しい思いを抱き続けていた折紙の心が、強くない筈などない。そして同時に士道にとって、折紙は初めて意図して霊力を封印した精霊、十香よりもほんの少しだが付き合いが長く、彼女が精霊となってしまった今日より前…即ち昨日の時点でもう、大切だと思える相手の一人だった。…何故か折紙は、士道に対してはやたらと積極的な…それこそ今日監禁された事も、折紙ならばまぁ信じられないレベルではないと思えるし、その監禁をされている間も水分をくれると思ったら口移しで飲ませようとし、挙句トイレに行きたいから拘束を何とかしてくれと行ったところ、ペットボトルを取り出し士道の服のベルトを外そうとする凶行に及ぶ、とんでもなくエキセントリックな面を見せる少女である為、もし大切だなどと伝えたら、一体どうなってしまうのか分かったものではないが…士道は精霊となってしまった折紙を、助けたいと思った。精霊だからではなく、折紙だから助けたかった。

 だから…だからこそ、士道は崩れ落ちそうになった。或いは、既に心は崩れ落ちていたのかもしれない。折紙の… 自分よりも遥かに強いと思っていた彼女の、致命的なまでに絶望に染まり、もう戻れないところまで行ってしまったような顔を見た瞬間…助けられないと、もう手も声も届かないと…そう思って、しまったから。

 

「う、ぐっ…ぅぅうう…ッ!」

 

 次々と放たれる闇の光線、容赦など皆無な羽の追撃。その間を縫うようにして、低空域を飛び回り躱す。だが勿論、避けているのは士道ではない。凌いでいるのは、士道を抱え、CR-ユニットのスラスターを噴かす侑理であり…今の士道は、見ているだけ。

 

「……っ…降ろしてくれ侑理!そうすれば、侑理は……」

「士道にぃが撃たれて、うちは一生自分を許せなくなるかなッ!」

 

 思わず口にした言葉を、侑理はぴしゃりと跳ね除ける。左腕は塞がっている為に、右腕のレイザーカノンのみで迎撃しながら回避と急加減速を繰り返す。語気からして、余裕がないのは明らかであり…士道の存在が、負担になっているのは間違いない。

 されど、侑理の言う通りだった。少なくとも士道が彼女の立場なら、降ろせない。降ろせる筈がない。

 

「けど、このままじゃ……!」

「分かってる…!だから何か、何か手を……」

 

 とはいえ、このままでは状況は変わらない。ひょっとしたらどこかで羽側が息切れを起こすかもしれないが、それは侑理も同じ事。何か手を打ち、状況を少しでも変えなければ…でなければ、もう一度折紙の前に立つ事も叶わない。

 そう。こうすればなんてものは何も思い付かない。今も折紙のあの顔が、絶望の中に何もかも沈んでしまったような面持ちが、頭にこびり付いて離れない。それでも、諦める訳にはいかないのだ。彼女との日々を、手放したくはないのだ。折紙という少女の存在を諦めるなど、許容出来ないのだ。だから、何か…侑理の声に呼応するように、士道も必死に思考を巡らせた時……その何かは、現れた。

 

「……!これは……」

「〈フラクシナス〉!?」

 

 突然空から放たれた魔力光。侑理の射撃を段違いに上回る、膨大な魔力の光芒が多数の羽を纏めて飲み込み吹き飛ばす。それに侑理は驚き…士道は気付く。闇が支配する空に浮かぶ、一隻の艦の存在に。無理して出てきた…それが素人の士道でも分かる程、ボロボロの船体をした〈フラクシナス〉に。

 

「──やっぱり、無茶してたわね」

「琴里!」

 

 通話でも、普段精霊の攻略中に使用しているインカムでもない、恐らくは艦の外部スピーカーから聞こえてくる琴里の声。いつも自分をサポートしてくれる琴里と〈フラクシナス〉の存在に、士道は一瞬安堵し…しかし直後の侑理の言葉で、士道はその実情を知る。

 

「無茶、って…それはそっちも同じなんじゃないの…!?随意領域(テリトリー)で強引に艦の形を留めてるような状態でしょ…!?」

「まぁ、ね。けど侑理なら分かってると思うけど、元より空中艦なんて、随意領域(テリトリー)なしじゃまともに飛べない存在よ。それにこの状況じゃ、どこにいても同じ…そうでしょう?」

「だとしても、普段以上に随意領域(テリトリー)への負荷が掛かってる状況で、こんな場に出てくるなんて──」

 

 信じられない、という侑理の表情から、どれ程の無茶なのかは見て取れた。だがだとしても、〈フラクシナス〉の存在は大きい。その援護を受けられるのなら、まだ可能性は…そう、思った時だった。再び砲口へ魔力の光を灯らせていく〈フラクシナス〉を、複雑な軌道を描きながら多数の羽が囲ったのは。

 新たに現れた羽か、先の砲撃を受けても尚破壊はされず、戻ってきた羽なのかは分からない。包囲する羽を前に、一瞬琴里の苦悶するような声が聞こえ…そしてその声が、聞こえなくなる。包囲した羽が光線を放ち、不可視の壁を突き破って貫く。

 

「ぁ……」

「……ッ!琴里ッ!」

 

 幾つもの闇の閃光が、船体を貫通する。一瞬の無音の音、轟音が響き、〈フラクシナス〉の各所から炎が吹き上がる。そして、〈フラクシナス〉は堕ちていく。士道の目の前で。士道達を、助けようとしたばかりに。

 

「琴里──琴里ぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

 

 士道が五河家に引き取られたあの日から、ずっと一緒にいた妹。可愛くも生意気で、厳しくもいつだって士道の身を案じてくれていた存在。その琴里が、炎に包まれる〈フラクシナス〉と共に地上へと堕ちていく光景を前に、気付けば士道は叫んでいた。自分の今の状態も忘れ、墜落する先へと駆け出そうとしていた。

 

「……ッ…こッ、のぉおおおおぉぉぉぉッ!」

 

 次の瞬間、視界がブレる。遠くにあった筈の瓦礫が瞬く間に側へと迫り、かと思えば遥か後ろへ過ぎ去っていく。…それが、吠えた侑理の急加速によるものだと気付いたのは、数瞬の間を経てからの事。

 

「こんな事で…こんな訳も分からないままにッ、奪われて堪るかぁああああああッ!」

「侑、理……」

 

 声を響かせながら、侑理は地表すれすれを猛進する。随意領域(テリトリー)で瓦礫を弾き飛ばし、空からの光線を置き去りにしながら、一直線に〈フラクシナス〉へと向かう。その勢いは、凄まじいと言う他なかった。〈フラクシナス〉が完全に墜落する前に間に合うのではないか…本気でそう思う程であった。──だが。

 

「ぐッ、ぅうぅぅ……ッ!」

「……っ!侑理ッ!」

 

 今いる場所ではなく、未来位置を狙った羽の偏差射撃。突進に、フルスピードで突き進む事に全力を注いでいたのであろう侑理の随意領域(テリトリー)にその砲撃が直撃し、侑理は大きく姿勢を崩す。苦しそうな表情と声を漏らし…されどその直後、士道の身体はふわりと飛ぶ。

 

「行って、士道にぃ…ッ!琴里の、ところに…ッ!」

 

 随意領域(テリトリー)の操作で投げられたのだと士道が理解したのと、侑理が無惨な状態の路面へ突っ込んだのはほぼ同時。だが侑理は何とか身体の保護を間に合わせられたのか、真上にレイザーカノンを振り上げる。羽の追撃が何発も撃ち込まれる中で、撃ち返しながら士道へ叫ぶ。

 集中砲火を浴びる侑理の前で、ほんの一瞬躊躇った。だが今士道がすべきは、ここで足を止める事ではない。侑理は今、反撃する事で注意を引き付けてくれている。その思いには、応えねばならない。

 

(畜生…なんで、こんな……ッ!)

 

 燃え上がる街。絶望に染まった折紙の顔。そして〈フラクシナス〉。心の中はもうぐちゃぐちゃだった。頭がこの現実を受け入れる事を拒んでいた。それでも走るしかない。立ち止まれば、そのままきっと膝から崩れ落ちてしまう。

 走って、走って、必死に走る。砕けた道路に何度も足を取られ、転び、だとしてもすぐに立ち上がって駆ける。息が切れようと、肺が焼けるように熱くなろうと、止まる事なく走り続け…やっとの思いで、辿り着く。

 

「はぁッ…はぁッ……、ぁ──」

 

 空から落ちた〈フラクシナス〉。炎が燃え広がる巨大な船体。だが…まだ辛うじて、艦としての姿を残していた。墜落し、地面に激突しながらも、まだ何もかも消し飛んだ訳ではなかった。

 ならばまだ、希望はある。今ならまだ…誰かは助けられるかもしれない。一筋の希望が、縋りたい可能性が、確かにまだそこにはあった。

──そう。あったのだ。士道が辿り着いた瞬間には。その時点、その段階では、まだ。

 

「…あ…ああ……」

 

 駆け寄ろうとした時、視界の端に何かを捉える。反射的にそちらを、空を見上げ…士道の目に、常闇の中で舞う羽が映る。複数の羽が、広がるようにして展開し…空から再び〈フラクシナス〉へ砲口を向ける。…まるで、今度こそ確実に仕留めるという意思を見せるかのように。

 

「…止めろ…止めろぉぉぉぉぉぉおおおおおおッ!!」

 

 羽の先端に闇が収束していく中、士道は叫んでいた。声が割れんばかりに、喉が潰れんばかりに。絶叫が、慟哭が、炎上する街に響き渡り…一瞬ぴたりと、羽が止まる。次の瞬間、羽の先端はその全てが士道の方へ向く。

 これを狙った訳ではない。むしろこうなって初めて、走っている最中は狙われなかった事…羽は無差別に攻撃しているのではなく、折紙や羽に何かしらのアクションを起こした相手に砲撃しているのではないかと士道は思った。

 

(あ……)

 

 思うと同時に、理解もした。これは間に合わないと。防御も迎撃も、する前に全身撃ち抜かれると。

 無論士道には、琴里の天使、致命傷すら癒してしまう〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の治癒能力がある。幾度となく、その力には助けられてきた。だが致命傷すら生温い、即死するような大怪我や、身体が粉微塵に吹き飛ぶような状態になっても尚治癒の力、再生の炎が機能してくれるかどうかは分からない。そして目の前に迫る攻撃は、間違いなくその域のものであった。

 アドレナリンが脳内で放出されているのか、視界の全てが緩慢に見える。されどそれは、自分の動きも同じ事。見えても、分かっていても避けられない。次の瞬間に訪れる死を、自分の力ではどう足掻いても免れない。あまりに決定的な『不可能』だからか、士道は自らの危機でありながらどこか他人事のようにすら感じていて……

 

「兄様ぁぁぁぁああああああああッ!!」

 

 刹那、声が響いた。放たれた闇色の矢が迫る中、蒼と黒の影が舞い降り、光線の全てが曲がり逸れる。

 それは、真那だった。士道の実妹を名乗る、自分によく似た容姿の少女。真那の随意領域(テリトリー)が、士道へ迫っていた砲撃の全てを弾き…だがすぐに、士道は気付く。士道の眼前に降り立った真那、その彼女が背負う二基の大型スラスターの内、片側が基部から失われている事に。そしてその推進器があった場所、真那の背中には、深く斬り裂かれたような痛々しい傷口がある事に。

 

「全く…声を張り上げて注意を引こうだなんて、本当に兄様は無茶ばかりしやがりますね……」

「あ、や、そういうつもりじゃ……いやそれよりも真那、その背中…!」

「あぁ、ちょっとばかりしくっちまいましてね。…やっぱり、呆れる位につえーです、エレンは…」

 

 ちらりとこちらを向いた真那、その額に浮かぶ脂汗。はっとして視線を上げれば、空ではエレンが縦横無尽に飛び回り、羽を悉く振りきっていた。士道達を阻まんとするエレンだったが、羽からすればエレンも士道達も等しく『敵』であるらしい。

 そのエレンと真那は戦っていた。最強の魔術師(ウィザード)を食い止めていた。真那であろうとも、それは非常に困難な筈で…されどそんな中で、真那は駆け付けてくれたのだ。エレンに背中を、隙を晒し…スラスター諸共、強かに斬り裂かれたのだ。──士道を、助ける為に。

 そして今も、真那は守ってくれている。集中砲火が降り注ぐ中で、一歩たりとも退く事なく。

 

「…けどもう、真那は兄様を止めるんじゃなく、無茶する兄様を守るって決めてます。だから兄様は、兄様の──」

 

 痛みと衝撃の両方に苦しめられるように、真那の表情は歪む。それでも真那は笑みを見せる。士道を止めるのではなく、背中を押そうとしてくれる。絶望に飲み込まれた折紙の顔に気圧されてしまった士道にとって、その笑みは、その言葉は、勇気が湧いて来る程に心強く……だが次の瞬間、視界が深い闇へと染まる。士道の直上、正に真上から闇が堕ち…真那の随意領域(テリトリー)を激しく打つ。

 それは恐らく偶然。全くの偶然。されどだからこそ、闇の柱は意識の外から真那を襲った。ただでさえ大きな怪我を負った状態で、集中砲火を受けていた真那にとってその不意討ちは重く、ぐらりと真那の姿が揺れる。一瞬倒れそうになるが……大きく足を踏み出す事で、真那は堪える。

 

「……ッ、真那…っ!」

「心配、しねーで下さい…まだまだこの程度、真那にかかれば……」

 

 反射的に支えようとした士道を、真那は手で制する。それから士道の方を向いて、再び自信を帯びた笑みを……

 

 

 

 

 

 

──浮かべかけた、その時だった。真横から放たれた光線が、真那の腹部を貫いたのは。

 

「──ぁ…」

「…真那…?──真那ッ!!」

 

 ふっ…と止まる真那の動き。一瞬を経て、表情の固まった真那は吐血する。大量の血が、地に落ち地面を赤く染める。

 

「……──ッ、ああああぁぁッ!」

 

 一瞬真那の瞳へ戻る闘志。叫んだ真那は左腕を振り抜き、魔力砲で薙ぎ払う。無慈悲なる追撃を放とうとしていた羽をその一射で追い返し……事切れるように、士道の方へと倒れ込む。

 

「…は、は…格好付けた事を言いながら、このざまとは…情けねー…もんです、ね……」

「そんな…そんな事ねぇよッ!真那は俺の為に、危険を冒してまで助けにきてくれたじゃねぇか!それのどこにも、情けなさなんてねぇよ!……ッ、待ってろ真那!すぐに助けを──」

 

 こんなにも勇ましく兄思いの妹が、情けなくなんてあるものか。そう言い返した士道は、救援を呼んでくるべく真那を寝かせようとし…しかしすぐに、現実へと立ち返る。

 助けを呼ぶ?誰に?どこに?街は壊滅状態。〈フラクシナス〉も炎上中。精霊達も皆、目の前の事で精一杯。そんな中で、一体どこに真那を助けられる存在がいるというのか。今も街のあちらこちらから、助けを求める声が聞こえてくるというのに。

 そして士道には、どうする事も出来ない。士道の中に治癒の力があろうとも、他者は擦り傷一つ治せない。今もワイヤリングスーツを赤黒く染めながら血を流す真那を、士道はどうしてやる事も出来ず……

 

「…真那……?」

「…侑、理……」

 

 不意に、空から声が聞こえた。反射的に見上げた士道の視線の先では、侑理が茫然と真那を見ていた。

 

 

 

 

 一瞬、何が何だか分からなかった。士道を行かせる為に羽を引き付け、隙を見て飛翔からの更なる迎撃を行っていた侑理だったが、ある瞬間、地上のある地点が目に入った瞬間、思考の全てが消し飛んだ。

 そこにいたのは、砕けた路上へと横たわる真那と、そのすぐ側で膝を突いた士道。ぐったりと横たわる真那の腹部は、血でべったりと濡れていた。真那の顔は、これまでに見た事ない程青白く変貌していた。そして真那の腹部、血に染まった場所の中心には、何かに貫かれたような痕があって……

 

「…あ…ああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 まともな思考、まともな精神状態が侑理の中にあったのは、そこまでだった。見上げる士道の、微かに呟くような声が聞こえたのと、自分の喉から雄叫びのような怒号が響いたのはほぼ同時。考えるよりも早く、逆巻く感情そのままに、侑理は鋭く反転する。視界に映った羽を捉え、怒りのままにトリガーを引く。

 

「よくも…よくもぉおおおおおおぉぉッ!」

 

 魔力弾が直撃し、木の葉の様に吹っ飛ぶ羽。それを逃さず、侑理は〈オルムススケイル〉を連射。何度も立て続けに弾丸を浴びせ、視界の中から排除する。

 されど、違う。撃滅しなければならないのは、この羽一つではない。こんなものを一つ落としたところで、真那を、大切な少女を、きっと兄を守ろうとしていた彼女の命を奪わんとした事を、許せる訳がない。許せる筈がない。

 

「……っ!?ちょっ、侑理!?」

「警告。突出し過ぎです…!」

 

 撃って、撃って、撃ち続ける。手当たり次第に羽を撃ち、叩き落とす。反撃の光線が随意領域(テリトリー)に着弾し、脳が激しく揺さ振られるが、そんな事は関係ない。そんな事は、どうでもいい。

 スラスターを唸らせ、高度を上げる。その中で耶倶矢と夕弦の声が聞こえたが、構う事なく更に飛ぶ。

 目の前の羽を撃つ。だが足りない。左右に見える羽を撃つ。だが違う。追ってくる羽を撃つ。それでもまだ…収まらない。どれだけ撃っても、どれだけ怒りをぶつけても、心が落ち着く事はなく……そして見上げた先に見えたのは、少女の姿。

 

「…折紙、さん…鳶一、折紙ぃぃぃぃぃぃいいッ!」

 

 嗚呼、そうだ。あれが、あの人が、元凶だ。真那を奪おうとしたのは、彼女だ。…だから討つ。落とす。この手で…滅ぼす。

 躊躇いはなかった。躊躇う筈の心は、置き去りにしてしまった。今はただ、この許されざる存在を討ち滅ぼすのみ。

 睨み付け、吠え、侑理は突貫する。羽は主へと迫る侑理を見据えるように折紙の周囲へ集まり展開していくが、それも気にせず〈オルムスファング〉を振り上げる。多数の羽に闇が灯る中、侑理も引き金に指を掛け……

 

「──愚かな真似は止めなさい、侑理」

「……ッ、エレンさん…ッ!」

 

 視線を、射線を、折紙との間の空間を、エレンによって塞がれる。怪我しているとはいえ、完全な力を取り戻した十香すら細かな傷を幾つも受けるような戦いの中で、唯一完全に無傷なエレンが、侑理の前に立ち塞がる。

 

「邪魔をしないで下さいッ!うちはッ!真那のッ!」

「怒るのは良いでしょう。激情は時に大きな力となるものです。ですが私は、怒りに身を任せる戦いを教えた覚えはありませんよ?」

「そんなのは、関係ないッ!あの精霊を討てればッ、それでぇッ!」

 

 エレンを押し除けて通る事など土台無理な話。故に侑理は躱して射線を取ろうとするが、エレンは巧みに遮ってくる。ならば〈オルムススケイル〉で牽制を、と一瞬考えるも、まるで思考を読まれたかのように、次の瞬間エレンは肉薄。

 

「……ッ!」

「あの精霊を討つ?今の貴女に、それが出来るとでも?」

「出来るかどうかじゃないッ!うちは……」

「──精度が甘い。狙いが雑。何より動きが単純過ぎる。それでは彼女に一撃浴びせる前に、迎撃で貴女が沈むだけです。何の意味もなく、何の価値もなく、無意味に、無駄に」

 

 咄嗟に下がった侑理よりも、エレンの反応は、動きは早い。随意領域(テリトリー)の干渉で容易にこちらの防御を崩され…突き出された手が、侑理の左腕を掴む。

 

「だとしても…ッ!このままだなんて、うちは、うちは…ッ!」

「ならば尚更、頭を冷やしなさい。私が鍛えた魔術師(ウィザード)の侑理が、こんなところで命を落とすなど…私が、許しません」

「…ぁ……」

 

 静かな、けれど決して冷たくはない声。その声が聞こえた次の瞬間には、侑理の視界は激しく回転していた。エレンに強く投げ飛ばされ、制御を失い落下していた。

 とはいえ攻撃をされた訳ではない。随意領域(テリトリー)を耐衝撃防御に特化させる事で地上へ落ちる前に減速なしで軟着陸し、すぐに再び空を見上げる。

 今の言葉、エレンの言葉は侑理の頭に残っている。されどそれでも、今止まる事は……

 

「──侑理。柄にもねー事…してんじゃ、ねーですよ…」

 

 それはまるで、頬を叩かれたかのような衝撃。その声に、真那の声に、はっとする。はっとなる。そして声を掛けられて、初めて侑理は自分が真那達のいる方へ投げ飛ばされたのだと気付く。

 

「ま、真那……」

「全く…まさか私が、死んだとでも思ったんで…?」

「そ、そうじゃないけど…そうじゃ、ないっ…けど……っ!」

 

 瓦礫に背中を預ける形で上体を起こした真那の言葉に、否定で返す。本当に、死んでしまったと思っていた訳ではない。それ以前に、重傷の真那を見た瞬間から、侑理は自分を見失っていた。

 

(……っ…そうだ、うちはなんて馬鹿な事を…今一番やらなきゃいけないのは、真那を助ける事に決まってるのに……ッ!)

 

 怒りに駆られた事、そのせいで報復しか考えられなくなっていた自分にぞっとする。精霊と化した折紙を討ったところで、真那の身体が癒える訳ではない。むしろそれを優先し、真那の事を蔑ろにした先にあるのは、本当にどうしようもない…取り返しの付かない『別れ』だけ。

 

「……ごめん、士道にぃ。折紙…さんの事は分かってる。琴里達の事は、うちだって助けたい。だけど、うちは…今は……」

「…ああ。侑理…真那を、頼む」

 

 いっそ自己嫌悪する程の愚かさに気付き、やっと侑理は冷静になる。その侑理の声に、士道は頷く。

 士道の顔は、苦しげに歪んでいた。きっとそれは、誰も助けられない、傷付いていくのを止められない…思いの届かない事への、苦しみと無力感。侑理もよく知る、辛い気持ち。

 だから尚更、侑理は真那を助けねばならない。失ってはいけない。士道の為にも、絶対に。

 

「そんな事、してる場合じゃねーでしょう…。それより今は、琴里さん達を…皆を……」

「そんな事してる場合だよッ!」

 

 拒否の言葉を、跳ね除ける。真那ならそう言うような気がしていた。真那は、そういう少女だから。ここにいる兄妹は、揃ってそういう人間だから。

 

「…士道にぃも来て。うちが言うより、士道にぃが付いてきてくれる方が効果的だと思うから。それに……今はもう、誰も士道にぃを守れない」

「……っ…そう、だな…。…ごめん、皆…すぐに戻る…!」

 

 空を、十香達が戦う姿を見上げ、それから士道は侑理を見る。勿論侑理も、彼女達が戦う中離脱するのは心が痛む。だからこそ、躊躇う時間はない。全速力で真那を治療出来る場所まで連れていき、即座に戻る…それしかない。

 納得していない様子の真那ではあるが、抵抗する余裕がない事は明白。侑理は士道と頷き合い、真那を連れていくべく手を……

 

「──駄ぁ目、ですわよ?今更そんな、無駄な事をしても」

 

 差し出そうとした、その時だった。空を喰らう常闇とは違う闇、暗闇が如き影が侑理達の前に伸び…聞こえた声と共に、妖しく蠢いたのは。

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