デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第五十九話 希望、繋いで

 魔術師(ウィザード)の扱う戦術顕現装置(コンバット・リアライザ)はその名の通り、戦闘用に構築されている。それ故に戦闘能力に直結する要素へ重点が置かれてはいるが、そもそも顕現装置(リアライザ)を用いた技術そのものが高い汎用性、いっそ万能性と言っても良い程の力を有している事、戦闘には多種多様な要素が必要になる事から、戦闘用ではありつつも、戦術顕現装置(コンバット・リアライザ)がカバーしている範囲は広い。

 怪我の応急処置も、その内の一つ。戦闘に負傷は付きものである為、最低限の応急処置能力も欠かせない。その一方で、治療…即ち医療はそれ自体が高度な知識や技術を必要とする事から、高レベルの魔術師(ウィザード)であっても、本格的な手当てを行う事はまず出来ない。よって魔術師(ウィザード)が行う、行えるのは、本当に応急処置…治療の初期段階であり、きちんとした手当てを受けられる事を前提にした『繋ぎ』に過ぎず…だから侑理には、どうしようもない。重傷の真那を…助けられない。

 

「…真那、やっぱりうち……」

「だから、このままでいいと言ってるじゃねーですか…自分の事は、自分が一番…分かるってもんです……」

「……っ…」

 

 手遅れだと分かっていても、五年前に飛んだ士道に賭けるしかないと思っていても、心が落ち着かない。そんな侑理の心境を見抜いたように、真那は呆れた声音で言う。

 その声は、士道が…きっと真那にとって、一番心配を掛けたくない相手がこの場からいなくなったからこそ、明らかに弱々しい。自分の事は分かっている…その意味はあまりにも重く、辛過ぎるもので……次の瞬間、侑理は背中へ声を投げ掛けられる。

 

「真那さんの言う通りですわ。侑理さん、今は貴女にもそんな事よりして頂きたい事柄がありますの」

「…その言い方は、わざと?」

「どう捉えて下さっても構いませんわ」

 

 近くに立つ精霊、狂三からのそんな事呼ばわりに怒りが湧き上がるが、侑理努めて冷静さを保つ。考えてみれば、狂三は分身体とはいえ、幾度も真那に命を刈り取られている身。であれば真那に対して辛辣になるのも当然の事。それは侑理にも理解出来る。尤も侑理からすれば狂三の自業自得であり、微塵も同情する気持ちなど湧かないのだが……だとしても、ここで怒りに駆られる訳にはいかない。怒り任せに動いてしまえば、先程と同じ轍を踏む事になる。それに、今の発言が単なる煽りではない事も、侑理は口振りと状況から理解していた。

 

「…して頂きたい事、っていうのは?」

「それは勿論……」

 

 勿論。その先の言葉を、侑理は聞かなかった。否、聞くよりも先に跳躍し、随意領域(テリトリー)を拡大した上で防性を強化。空より飛来した闇の柱を受け止め、真那…それに狂三を守る。

 

「言わずとも理解してくれるだなんて、嬉しいですわ」

「勘違いしないで。今のは範囲を広げて確実に真那を守った方が良いと思っただけ。お前を助けた訳じゃない」

「…え、侑理さんツンデレ属性持ちだったんですの?」

「そういう解釈するの止めてくれる…!?」

 

 他の相手ならともかく、あの時崎狂三にツンデレ扱いされるのは不愉快を超えて怖気がする。しかし狂三はそんな侑理の反応を面白がるように口角を上げ…すぐに表情を元に戻す。

 

「まあ、そう言わず守って下さいな。そうすればわたくしも、士道さんのサポートに集中出来ますわ」

「サポート…?」

「先程、士道さんを過去へ送る前に撃った一発。あれは異なる時間に存在する対象と意思疎通を図る弾なのですわ。…無論、撃たねばならない以上、【一二の弾(ユッド・ベート)】の様な弾との同時使用が前提になりますけれど」

「…そりゃまた、随分と限定的な弾な事で……」

「同感ですわ。【一の弾(アレフ)】や【四の弾(ダレット)】、【七の弾(ザイン)】辺りの方が余程使い勝手がいいですもの」

「…ちッ……」

 

 限定的だと評する真那の言葉への、狂三の返答。それに真那は、忌々しげに表情を歪める。その理由が、侑理には分からなかった…が、今それを掘り下げたところで大した意味はない。それよりも、狂三が士道を支援するというのであれば…業腹ではあっても、守る事がこの場の最善。

 

「…ふん」

「お分かり頂けたようですわね。では……」

 

 士道の為を思えば躊躇いはない…が、それでもやはり癪なものは癪。だから侑理は鼻を鳴らし…狂三は目を閉じる。それから意識を集中するように、何も言わず、微動だにしなくなる。

 それはまるで、立ったまま眠っているかのよう。本当に意識がない訳ではないだろうが、その立ち姿は明らかに隙だらけ。

 

(…今なら、時崎狂三を……)

 

 だからこそ、考えてしまう。今なら彼女を…真那の心を軋ませ続けてきた精霊を、討ち滅ぼせるかもしれないと。今の彼女が、何らかの意図の下協力しているのは分かっている。この現状をよく思っていない…折紙が過去を変えようとして絶望し、街が、人が消し飛んでいくのを良しとしていない事は、侑理にも伝わってきている。だとしても、きっと今はまたとないチャンスであり……

 

「…士道にぃが戻ってこられなかったら、許さない…許さないんだから……」

 

…逡巡の末、侑理は銃口を向けようとしていた手を止めた。この感情のままに撃ってしまえば、誰も幸せにならない…それもまた、分かっていたから。

 

「……あっ」

『へ?』

「真那さん、侑理さん。一つお伝えしたい事が」

 

 抱いた衝動を鎮めた侑理。無差別に降り注ぐ闇はともかく、羽は下手に刺激しなければ襲ってこないという推測の下、自分からは手を出さないように努め…そんな中で、不意に狂三が声を上げる。何事かと思う中、伝えたい事があると更に言ってくる。

 一体何があったのか。何か不測の事態が起こったのか。悪い想像ばかりが浮かぶ中、狂三は一拍置き……

 

「どうやら今の士道さんは、小さな男の子になっているようですわ」

『……はい?』

 

……非常に、ひっじょーに訳の分からない報告をしてきた。内容は勿論、それをわざわざ前置きをしてまで伝えてきた点を含め、全く以って意味が分からなかった。…因みに後から知ったが、小さな男の子云々というのは、士道がトラブルを避ける為七罪の天使の力で変身をした結果らしい。それを狂三が報告してきた事については、やっぱり意味不明なのだが。

 

(…ほんと、訳の分からないやつ……)

 

 掴みどころがない…というとある種凄さを認めているような表現になってしまうからと、侑理は心の中で訳が分からないと言ってのける。実際訳が分からないのだから、この評価とて間違ってはいない。

 そしてそれからまた、狂三は黙り込んだ。その状態が暫く続き、見立て通り羽は今のところ撃ってこない。闇の柱も、同じ所は立て続けに落ちるという事は現状ない。結果、ただ時間が過ぎていく。今正に、この絶望的な『現実』が覆るかどうかの賭けが続いているというのに、大してやれる事がない、かといって下手に動く事も出来ないという、歯痒くもどかしい時間が続く。

 それでも侑理は、士道を信じ待とうと思った。狂三が黙っている、恐らくは士道のサポートに集中しているという事はつまり、過去では何かが進んでいるという事。可能性は尽きていないという事。そう思い、そう信じ、気持ちを引き締め直すように侑理は一つ深呼吸をして……

 

「……ッ…!」

 

──その時だった。狂三の、息を呑む音が聞こえたのは。驚きと、動揺と、遣る瀬無さ…それ等の混じり合ったような息遣いを漏らし…彼女の表情が、歪む。

 

「…時崎、狂三……?」

「…まさか、兄様に何か……」

「……いいえ、違いますわ。士道さんも、多少の怪我はしているでしょうが、命に別状はありませんわ。…士道、さんは…」

 

 忌々しげに、悔しげに、狂三は答える。こんな事を認められるか…そう言いたげに、微かに肩を震わせる。

 

「…何が、あったの。誰に、何が、起こったの?」

「……よく出来た話ですわ。憎んでいた相手、自分の人生を狂わせた仇敵、滅ぼすと誓った存在…それが、未来の自分だったとは」

 

 明言を避けるような狂三の言葉。だが、侑理は理解する。理解せざるを得ない。今の言葉だけでは、具体的な事は何も分からないが──折紙、だったのだ。折紙自身だったのだ。彼女から両親を奪った存在は。全てを投げ出し捧げてでも討とうとしていた精霊は。

 よく出来た話。それが、狂三の皮肉である事はすぐに分かった。即座に分かる程に…狂三は不愉快そうだった。

 

「…どうして…そんな事に……」

「…折紙さんは、五年前あの場にいた精霊…その時精霊となってしまった琴里さんとは別の存在を狙っていましたわ。そしてその存在を見つけ、攻撃を行った。討ち滅ぼそうとした。恐らくは…自分が今、どこで戦っているのかも忘れたまま」

「それって……」

 

 侑理は精霊化した折紙の戦闘能力をよく知らない。されど今の、反転しているという折紙と全く別という事でないのなら、羽を用いた遠隔攻撃、長距離からの砲撃が戦闘の主体となっている筈。となれば、当然…流れ弾の危険は、常にある。味方は勿論、状況によっては民間人も…守らねばならない相手すらも、その手で撃ってしまう可能性は、ゼロには出来ない。

 全てが繋がった。違和感も疑問もなく、綺麗な形で事の顛末が…鳶一折紙という少女の復讐の始まりから、その果ての絶望まで、一つの線になった。…確かにこれは、よく出来た話だろう。もしこうなるように仕向けた存在がいるなら…今すぐにでも、侑理は殴り付けてやりたい位には。

 

「…ざっけんじゃねーです…そんな、事が…そんな、人生が……」

「…珍しく気が合いますわね。忌々しいにも程がありますわ。こんな結末も…その一端を、わたくしの力が担ってしまったという事も」

「……なら、これからどうするつもり?まさか、そんな事を言っておきながら、駄目だったからはいさよならなんて言うつもりじゃないよね?」

「そうですわね。このまま終わらせるのはあまりにも不愉快というもの。されど、わたくしは士道さんの様な甘く優しい心は持ち合わせておりませんの。わたくしにもわたくしの『目的』がある以上、既に失敗した賭けに固執する事は……」

 

 これ以上の事は出来ない。そんな口振りだった狂三は、不意に口を噤んでくるりと振り向く。その雰囲気に、警戒の色を纏わせる。

 しかしそれに、侑理は驚かない。むしろほぼ同じタイミングで、侑理も狂三と同じ方向を見やっていた。…理由は単純。今見やった方向から、足音がしたのだ。

 十香達の内、誰かがここに来たのか。それともエレンが降り立ったのか。或いはこの災禍の中で生き残った誰かが助けを求めに来たのか。侑理は瞬時に幾つかの可能性を思い浮かべ…だが次の瞬間、その足音の正体に目を見開く。

 

『え……?』

「……!貴方は……」

 

 迷いのない足取りで現れたのは、青い髪と琥珀色の瞳をした、中性的な容姿の少年。事故か何かに巻き込まれたような、ぼろぼろの服を来た彼は、侑理達を見つめてくる。

 彼の存在に、全員が驚いた。何故なら彼は、今ここにいない筈の存在だから。『現在』という時の中にはいない筈の──五河士道だったのだから。

 

「兄様、どうして…!?」

「時崎狂三、これは……!」

「待ってくれ。皆が動揺するのは分かる。けど、何か問題が起きた訳じゃない。現に俺は…狂三が認識している『五河士道』は、今も五年前にいる。そうだろ?」

 

 視線と共に発された言葉に、狂三は無言のまま頷く。ただ、表情からしてその意味、士道が言わんとしている事は測りかねているようであり…勿論侑理も、何が何だかさっぱり分からない。今も五年前にいる(この表現自体何か変だが)というなら、ここにいる彼は一体何者だというのか。

 

「…まさか、士道さん……」

「ああ。俺は、未来から来た。折紙を、折紙の両親を、誰も助けられずに時間切れになった、今から少しだけ先の未来から…な」

 

 未来。思いもしなかったその答えに、侑理も真那も言葉を失う。その中でただ一人、狂三だけは唇を震わせ……

 

「あ、そうなんですのね。ははぁ、そういう事でしたの」

「いや分かってなかったのかよ!?」

「士道さんなら、ああ言えば勝手に解釈して教えてくれるかと」

「…よくお分かりで……」

 

…いきなり漫才みたいなやり取りが始まるのだった。まあ確かに、内容を何も言わない内に分かっているものと解釈したのは士道なのだが。

 

「け、けどどうして士道にぃが未来から…」

「…伝える為だ。まだ、終わっちゃいないって事を」

「……!まだ、策はある…ってんで…?」

「……そういう、事だ」

 

 肯定の言葉、その前にあった奇妙な間。士道は真那の事をじっと、静かに見つめていて……それから再び、全員を見回す。次の言葉を、口にする。

 

「【一二の弾(ユッド・ベート)】の重ね掛け。…これだけ言えば伝わると、狂三は言っていたよ」

「──!…盲点でしたわ…えぇ、えぇ、確かにそれならば……」

 

 言葉通り、全てを理解した様子の狂三は数度頷き口元へと手を当てる。これから先の、逆転のプランを練り直すように、上手く聞き取れない程の小声でぶつぶつと呟く。その姿に、士道は肩を竦め…次の瞬間、表情が歪む。それまで張り詰めていたものが解けるように、安心したように…それでも何故か、悲しそうに。

 

「…士道、にぃ…?」

「…俺は、駄目だった。折紙を…皆を、誰も救えなかった。皆は俺を、信じてくれたのに。俺に賭けてくれたのに。誰の事も…失いたくなんて、なかったのに」

 

 無念、悲しみ、失意、後悔。…色々なものが、士道の声には籠っていた。侑理を助け、真那を助け、七罪や十香達幾人もの精霊を救ってきた、折紙の事も諦めまいとしていた士道の…これまで見た事のない、今にも押し潰されてしまいそうな顔。

 

(あぁ、そうか…士道にぃは……)

 

 けれどそれも当然だと、侑理は思った。所詮は起こった事を『情報』でしか知らない侑理と違って、士道は直接見ているのだ。その場にいて、いたのに助ける事が出来なかったのだ。そして…その顔を見れば、分かる。今の侑理達には、まだ五年前にいる士道には可能性が残されていても…未来から来た士道には、もうないのだ。きっともう、過去に託すしかないのだ。

 

「だから…狂三、侑理、頼む。未来を、変えてくれ。皆を…助けてやってくれ」

「……っ…勿論、勿論だよ士道にぃ…!」

「…えぇ。絶望のまま終わる事なく、一筋の希望を繋がんとした士道さんの思いは、無駄にはしませんわ」

 

 拳を握り締め、応える。応えねばならないと、思ったから。ほんの少しでも、ここにいる士道に安心をしてほしかったから。そして意外にも、狂三も真面目な面持ちでそれに応えていた。

 そんな侑理達の『答え』に、士道は小さく笑う。この答えを聞けて良かったと安堵するように…或いは自分の手が届かない、これが精一杯である事へのやり切れない哀しさを堪えるように、小さく笑って…その姿が、消え始める。

 

「…時間、みたいだな」

 

 空気に溶けていくように、世界が正しく修正されていくように、薄れていく士道の身体。士道は何か言おうとして…止める。代わりに真那の側へと寄り、片膝を突いて……抱き締める。

 

「兄、様…?」

「ごめん…ごめんな、真那。真那を──助けて、やれなくて」

 

 悔いるような、赦しを乞うような…肩を震わせながらの、士道の声。…それが、『過去』で折紙を止められなかった『未来』を、何よりも物語っていた。そして…真那は、何も言わなかった。ただ静かに、大丈夫だと伝えるように…片腕で士道を抱き返していた。

 

 

 

 

「…時崎狂三」

「分かっていますわ」

 

 きっと、彼にとって『最後』の真那とのやり取りを交わした士道は、侑理と狂三に頷き、消えていった。未来へと戻っていった。それを見送った侑理は、胸の中に渦巻く気持ちをゆっくりと飲み込み…狂三へと、呼び掛ける。

 

「けど、具体的には何をどうするつもり?重ね掛け…っていうのは?」

「過去から過去…即ち、五年前の止められなかった時点から、更にその少しだけ前に再度の遡行をするという事ですわ。そうすれば、やり直す事が…それも今度は、何故折紙さんが反転してしまったのかを把握した状態で挑む事が出来ますもの」

「成る程…あれ?けど、どうやって過去にいる士道にぃを、更に過去へ送るつもり?」

「それは勿論、わたくしが送るのですわ。今ではなく、()()()()わたくしが」

 

 過去の自分が、と言われて一瞬「狂三も時間遡行を?」と思った侑理だが、どうやらそうではなく、五年前に琴里が精霊化した事で起こった大火災を、本人曰く精霊によるものではないかと推測し見に来ていたその時の狂三に接触を図り、彼女によって送ってもらうという事らしい。

 確かにそれは、合理的且つ現実的な策。時間遡行は現在からの時が離れていれば離れている程多くの霊力を必要とする…即ち士道が戻ってきてからもう一度、という事は難しいとの事だが、過去から過去へ、数十分から数時間程度の時間遡行であれば、霊力の必要量もぐっと減る。封印した霊力を吸われるという点でも、士道の負担が少なく済む重ね掛け案は現状の最善と言っても過言ではない。逆に、タイムリミット…『今』に戻されてしまう時間は重ね掛けしても延長されず、最初に込めた霊力量で決まってしまうという難点もあるらしいが、その最初にある程度余裕を持たせていた(らしい)が為に、何度もやり直すだけの猶予はないが、一度限りならまだ可能性はある…狂三はそう言っていた。

 

「原因が分かっているのなら、対策も立てられる。それだけで上手くいく訳ではありませんけれど、可能性はぐっと高まっている筈ですわ。ご理解頂けまして?」

「恐らく、大体は…。…ところで、どうしてそんな親切に教えてくれたの?これについては、うちに話さなきゃいけない理由なんてないよね?」

「これは、わたくし自身の整理の為でもあるのですわ。即興で考えた…いえ、正しくは伝えられた、ですけれど…策というのは、往々にして穴があるもの。それを確認する為に、頭の中で完結させず、言葉という形にした訳ですのよ」

 

 そういう事か、と侑理は納得。狂三の語りは筋が通ったものであり、親切心だけで話したと言われた方が余程侑理としては信じられない。

 

「では、折紙さんの攻撃の余波で気を失ってしまった様子の士道さんも目を覚ましたようですし、早速士道さんにも……」

「──少し、待ってくれねー…ですか…?」

「真那?……真那…ッ!?」

 

 先程までの様に再度目を閉じようとした狂三に待ったをかける真那。その声は、これまで以上に弱く…次の瞬間、気付く。止まっていた、止めていた血が、再び流れ出している事に。もう真那が…随意領域(テリトリー)さえ保てていない事に。

 考えるより先に、身体が動く。真那に駆け寄り、血を止めようとし…それを逆に、止められる。

 

「……っ…真那…!」

「〈ナイトメア〉…一つ、頼みがあります…。侑理を…侑理も、五年前に送ってくれねーですか…?ほんの少しの間でも…侑理を……」

「…何故ですの?」

「もう、後がねーんでしょう…?だったら、打てる手は全て…打つべきで、いやがります…。もし戦いになったら…兄様に、危険が及んだら…力尽くでも、止めてーと思ったら…その時兄様だけじゃ、きっと足りねー…ですから……」

 

 ただ言葉を紡ぐだけでも苦しそうな真那の姿。それでも瞳だけは、その心だけは折れていない。むしろ決意を宿し、狂三を見据える。そして狂三は数秒黙り…一つ、首肯。

 

「確かに、場合によっては折紙さん…或いは折紙さんの狙う『敵』に対抗出来るだけの戦力が必要になる可能性はありますわ。そして侑理さんならば、出来ない事はないのでしょう。けれど、お忘れでして?遠い過去に、それも十分な時間を確保した状態で飛ぶ為には、膨大な量の霊力が必要だと。一体それを、どうするつもりで?」

 

 そう。時間遡行する上での最大の障害は、その為のコスト。それを確保出来ない限りは、話にならない。そして当然、狂三が提供してくれる筈がない。であれば真那の提案は机上の空論に過ぎない訳で…されど真那は、微かに笑う。問題ないとばかりに笑い……言う。

 

「それなら…丁度ここに、いるじゃねーですか…。このままいても、ただ死ぬだけの…世界最上位級の、魔術師(ウィザード)が……」

「な……っ!?」

「…真那さん、貴女……」

 

 自分をコストにすればいい。その言葉に、侑理は絶句し、狂三も目を見開く。

 

「な、何を…何を馬鹿な事言ってるの、真那!さっきの士道にぃを見てたよね!?何人もの精霊の霊力を封印してる、大きな怪我もない士道にぃだって、結構な負担がかかってたんだよ!?それと同じ事をもし、今の真那がやったら……」

「…侑理……」

「うちは認めない、認めないよ…!そんな事する位なら、うち自身の力を使う方がいい!うちだって、真那には及ばなくても……」

「それじゃ…仮に過去に飛べても、不安が残っちまうじゃ…ねー、ですか……」

「そんなの根性でなんとかするよッ!どんなに辛くても、苦しくても、真那を犠牲にするよりは遥かに──」

「侑理……ッ!」

 

 駆け寄り拒絶する侑理に、手が伸びる。それまではもう、ぴくりとも動かなかった真那の腕が上がり、侑理の手首を掴み…引き寄せる。後ほんの少し動けば、鼻先同士が触れてしまう程にまで侑理と真那は近付き…真那の琥珀色の瞳が、真っ直ぐな目が、侑理を見つめる。

 

「状況を、考えろ…ってんです…!今出来る、最善が…これ以外に、あると思っていやがるん、ですか…?」

「そ、れは…それでもうちは、真那に……」

「私だって…ッ!…私だって、死ぬ気はねーですよ…まだ死にたくは、ねーですよ…。兄様に会えて、兄様を守る事が出来て…少し前までなら、それで死ぬとしても本望だって思える位の時間を過ごせて……幸せだったからこそ、もっと兄様との…皆との時間を、重ねてーんです…。まだ、私は…侑理とも、一緒にいてーんです……」

「真、那……」

 

 絞り出すような、強い声。そこから萎んでいくような…最後に残った思いを捧ぐような、微かな音吐。こんなにも弱々しい真那を見るのは初めてだった。それ程までに、真那はもう限界なのか、それを感じているのかと、改めて侑理は思い知った。

 

「だから…託してーん、です…未来の兄様が、そうしたように…真那も、兄様と…侑理に…。これからも、同じ時を…歩める、ように……」

「…うち、は……」

「侑理…真那の、最後のお願い…聞いて、くれねー…ですか…?これを…最後に…しない、為に……」

 

 心が引き締められる。託すという言葉、最後のお願い…それは本当に、本当に、真那の『終わり』がもうすぐそこまで迫っている事を否が応でも感じさせて……嗚呼、でも、それだけではない。ここまで終わりを感じさせながらも、真那の言葉に、思いに、悲観や絶望はなく…むしろ信じてくれている。他の誰でもない、今ここにいる自分を、侑理を。

 

「…分かった。任せて、真那。うち、行ってくるよ。行って、それから…また一緒に、これからも一緒に、二人で、皆で、進んでいこ?」

 

──だから、応えるのだ。未来の士道の時と同じように…或いは、それ以上の思いで。だから、握り返すのだ。自分の熱を、思いを、声と共に真那へと届ける為に。

 小さく…本当に小さく頷き笑った真那に楽な姿勢をさせて、侑理は立つ。立って、狂三と向き合う。

 

「うちの事も、過去に送って。…文句は、言わせないよ」

「……今回ばかりは、特別ですわ。されど万全の状態ならまだしも、今の真那さんのみで十分な霊力…いえ、時間と魔力、ですわね。…を確保出来るかは怪しいところ。文句を言わせないというのであれば、確実性を高める為に、ある程度侑理さんからも頂かせてもらいますわ」

「うん、それで構わない」

 

 ならば、と狂三がブーツの踵で軽く足下を叩けば、先の士道の時と同じように、侑理と真那にも影が伸びる。それが広がった次の瞬間、魔力を、自分の中の力が抜け、どこかに流れ出ていくような感覚と倦怠感に襲われる。一方狂三は、吟味するようにふむふむと数度呟き…されど数秒後、不意にその表情が固まる。

 

「…時崎狂三?」

「…この感覚と、力は…。…真那さん、侑理さん──貴女達は本当に、人間ですの…?」

「何を、いきなり…。…少なく、とも…私は、そのつもりで…いやがり、ます……」

 

 困惑と若干の動揺が感じられる、狂三の声音。確信はないが、侑理も真那も過剰な魔力処置を施されているらしい為、それに関して狂三は何か感じ取ったのかもしれない。

 しかし狂三はそれ以上深掘りする事なく、気を取り直すように肩を揺らす。また少しの間、力を吸われる感覚が続き…ふっ、と脱力感が消える。伸びていた影は狂三の足下へと戻り、その代わりとばかりに影から別の狂三、彼女の分身体が姿を現す。

 

「準備が出来ましたわ。それでは、『わたくし』」

「承りましたわ。侑理さん、これから貴女に士道さんへ撃ち込んだのと同じ、【九の弾(テット)】を放ちますわ。意思疎通の為の弾ですので、避けないで下さいましね」

「それはいいけど…どうして分身体を?」

「【九の弾(テット)】によるやり取りは、謂わば念話の様なもの。頭の中で、士道さんと侑理さんに分けて話すというのは感覚として難しい上、同時に行う事の出来る視覚共有は、複数人を対象にした場合目の前が大変な事になってしまいますわ」

 

 理由を話した狂三は、展開した〈刻々帝(ザフキエル)〉から影の弾を小銃へ装填し、それを分身体の自分へ渡す。渡された分身体はトリガーを引き…放たれた弾丸が、侑理の胸元に触れて消える。

 

「さあ、いきますわよ侑理さん。覚悟は宜しくて?」

「訊かれるまでもない。うちも、皆の為に…託してくれた、士道にぃの為に…それに何より、真那との明日の為に…過去を、変える…!」

「その意気や良し、ですわ。…〈刻々帝(ザフキエル)〉、多少の無理は耐えてみせなさいな。──【一二の弾(ユッド・ベート)】」

 

 続けて向けられた長銃にも込められる弾丸。確認するような言葉に、侑理は本気と決意を乗せて返し…天使が軋むような音を立てて生み出された弾が、その膨大な力で震える銃より撃ち出される。宙に墨で一筋描くような軌跡を残して、二発目も侑理の胸元で消える。

 次の瞬間、突如として歪み出す視界。目の前だけでなく意識も、身体も、自分の全てがぐずぐずに溶けていくような、体験した事のない感覚が走り、身体がふらつく。いや、もしかすると身体ではなく、大地が揺れているのかもしれない。そう思う程に、まともな思考が成り立たなくなる程に、何もかもが薄れていき……

 

(待っていて、真那…!必ず…うち達の未来を掴んでみせるから…!)

 

 それでも最後に、侑理は真那を見た。真那を見て、最後の力を振り絞るように顔を上げた真那と見つめ合い……そうして侑理の意識は途絶えた。

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