デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第六十話 五年前

 初めに感じたのは熱。それも燃えるような、焼けるような、激しい苦痛を伴うものではなく、全身を包まれるような、苦痛よりも不快感が先に来るような、熱さではなく暑さ。

 

「……っ、ぅ…?…あっつ!?」

 

 そこまでは思考がぼんやりとした状態だったが、微かに身体を動かし、その瞬間急に暑さではない熱さが襲ってきて、反射的に跳ね起きる。すぐに熱さを感じた部位へと目をやり…それが熱されたCR-ユニットの装甲に肌が触れたからだと気付く。

 

「び、びっくりした…真那のもそうだけど、〈ヨルムンガンド〉ってDEMのCR-ユニットより通常装甲が多いんだよね…CR-ユニットがある以上、ラタトスク機関にも魔術師(ウィザード)はいるんだろうけど、第二執行部のうちでもまるで知らなかったレベルで隠れ潜んでた以上、DEMより遥かに人材の確保も大変だろうし、生存性重視で設計されてる…って事なのかな……」

 

 跳ね起きる際無意識の内に展開した随意領域(テリトリー)を操作し、ユニットを冷ます。それと共に随意領域(テリトリー)内部も快適な温度まで下げる事で、ふぅ、と一息。

 

「にしても…なんでうち、道路で寝てたんだっけ…え、まさか熱中症?でもその割には別にだるくないっていうか、疲れてるけど気持ち悪さとかは……」

 

 訳の分からない状況に困惑する侑理。何故自分は道に倒れていたのか、そもそもここはどこなのか、働き始めた頭を捻って侑理は思い出そうとし……

 

「──っ!ここ、って……」

 

 直後に、フラッシュバックするが如く思い出す。何故、自分がここに…否、()()()()()にいるのかを。

 

「いや、けど、待った…うちは本当に、五年前に……」

「来ていますわよ」

「うわぁ!?」

 

 果たしてここは過去の世界なのか、と平穏そのものな街並みを見回す中、突然脳内で響いた…ような気がする声に、ぎょっとする。姿は見えないが、今のは明らかに狂三の声。そして突然聞こえた事には驚いたものの、声がした事自体には心当たりがある。

 

「…うちが知らない場所にいるって事は…成功、した…って考えていいんだよね?」

「当然ですわ。このわたくしが失敗するとでも?」

「そういう訳ではないけど、まだ現実味がないというか…」

 

 時間遡行など、魔術師(ウィザード)である侑理からしてもすぐには信じ難い所作。しかし他でもない狂三…の恐らく分身体がそう言っている以上、そうなのだろうと信じるしかない。無論、確証を得る為に調べに行く事も出来るが…今はそれよりも、やるべき事がある。

 

「時崎狂三の分身体、士道にぃの場所は?」

「とあるビルにいますわ。ここからでは見えないでしょうし、まずは飛び上がって下さいな」

 

 言われた通りに侑理は飛翔。地上から肉眼で侑理を捕捉するのは難しい高度にまで上がったところで、ぐるりと見回し狂三視界を共有している狂三へビルの場所を探してもらう。そしてその場所が分かったところで、急行するべくスラスターを吹かす。

 

「…ところで、ここって天宮市…なんだよね?五年…いや、季節は夏っぽいから、五年ちょっと?…前なんだから、多少街並みが違っていてもおかしくはないけど……」

「それにしては、妙に記憶と違う…と言いたいんですの?」

「…何か、知っているような口振りだね」

「知っているも何も、先程『わたくし』が話したではありませんの。五年前、天宮市は精霊となった琴里さんによって大火災に見舞われたと」

「あ……」

 

 言われて侑理は思い出す。確かに狂三はそう言っていた。だが侑理は勝手に、複数の家が燃えたとか、大きな施設が丸ごと火に飲み込まれたとか、それ位の事だと勝手に思っていたのだ。

 しかし当然、その程度で『街並み』そのものが変化するという事はまずない。全体の光景として変わるとすれば、それはもう街中が…流石に市全体ではなくとも、ここ等一帯が火の海になったとか、そういうレベルでなければあり得ない。…つまり、そういう事。それ程の火災が、あったという事。

 

(…やっぱり凄いな、琴里は。…いや……)

 

 そこまでの被害をもたらした火災ならば、当然死傷者も多数出た筈。精霊に『させられた』のだとすれば、火災は事故であり、琴里も謂わば被害者。それでももし侑理が同じ立場なら、自分も被害者なのだから悪くない…などとは思えない。事故だとしても、きっと自分を責めてしまうし、立ち直れるかどうかも分からない。それを思えば、琴里の心の強さには脱帽する他なく…その一方で、こうも思った。心が強いから自分を保てているのではなく、強くならなければ…強い自分であらんとしなければ、自分を保てないのかもしれない、と。

 

「侑理さん、士道さんはビルの一階まで降りたとの事ですわ」

「うん?…あぁ、そっちで会話を交わしてる訳ね」

 

 まるで誰かに聞いたような狂三の口振り。それは実際、狂三自身が確認したのではなく、現代の…五年後の天宮市で、侑理がやり取りをしている分身体の狂三が、本体から聞いたという事なのだろう。

 そしてビルの周辺まで辿り着いた侑理は、出入り口を探して急降下。一目に付かないようにしながら降り…士道を発見。

 

「士道にぃ!」

「侑理…!…本当に、来たんだな…」

「うん。…真那の事は、聞いてる?」

「真那?どうかしたのか?」

「…ううん、何でもない」

 

 ゆっくりと首を横に振り、否定を返す。もし知れば士道が激しく動揺する、と狂三が気を遣ったのか、それとも取るに足らない情報として伝えていないだけなのかは分からないが…それで良いと、侑理は思った。…どちらにせよ、未来を変えるのだから。覆してみせるのだから。

 

「そっか。なら…行こう、侑理」

「うん。…え、どこへ?」

「今、琴里がいる場所だ」

 

 反射的に頷いた侑理だが、何が何だか全く分からない。されどその反応は予想していたのか、士道は目立たないようCR-ユニットを解除し後を追う侑理へ向けて、軽く走りながら自分の考えを話してくれる。

 

「さっき、どうやったら折紙を止められるか…折紙が絶望するような結末にならないか、狂三と話したんだ。で、最初は折紙を言葉通り止める事を考えたんだが…今の復讐に駆られてる、しかも精霊にまでなってる折紙を止めるってのは、現実的じゃないって結論になった」

「それは…そう、だね。不可能じゃないだろうけど、最終手段位に考えていた方が良いかも」

「んで、そこから折紙の両親を避難させるとか、精霊になった折紙に両親の仇が自分だと気付かせないようにするとかの案も出たけど、避難はやっぱり現実的じゃねぇし、気付かせないってのもどうやって?…って部分が残る上、それじゃあ殺しちまった事実は残るって面から、それも駄目だって話になった。……あっ…今思ったんだが、俺が〈贋造魔女(ハニエル)〉で警察の格好でもすりゃ、見知らぬ相手でも折紙の両親は避難に応じてくれるんじゃ……。…う…言われてみれば、それもそうだな……」

「……?」

 

 突然変な事を言い出した士道。まるで幽霊か何かの声でも聞こえているような反応に一瞬不安になった侑理だが、すぐに狂三がもう一人の自分、本体の狂三と士道がやり取りをしていたのだと教えてくれた。何でも士道の提案に対し、「警察らしい発言や所作が出来るんですの?違和感を抱かれてしまったら、むしろ避難は遠退きますわよ?」…と狂三は言ったらしい。

 

「…こほん。とにかく俺達は色々考えた。考えて…思ったんだ。折紙にとっての敵、仇だと思っている〈ファントム〉がいなければ、過去は…未来は変わるんじゃないか、って」

「〈ファントム〉……。…うん、その可能性はあると思う。〈ファントム〉が見つからないからって折紙さんが無差別に攻撃するとは思えないし、これって要は、折紙さんが過去に留まれる限界まで時間稼ぎが出来れば良い…って事だよね?」

「ああ。勿論それで万事解決じゃねぇし、今度は折紙の霊力封印をしなきゃだが…今は、あの結末を回避出来るだけでも十分だ」

 

 反転した折紙が現れる直前に聞いた、人を精霊にしてしまう存在の名。謂わば元凶とも言えるその存在を何とか出来ればという案に侑理は理解を示し…そこでふと、ある疑問を思い出す。

 

「ねぇ、士道にぃ。そもそもの話なんだけど、反転…っていうのは何なの?」

「うん?あ、侑理は知らなかったんだな。…まぁ、俺も詳しい訳じゃないんだが、反転ってのは精霊が絶望する事で起こる、まるで心が別人みたいになっちまう現象…って、言えばいいのかな…」

 

 すまん、上手く説明出来そうにない、と謝る士道に、そんな事はないと侑理は返す。実際今侑理が把握している以上の情報はほぼなかった訳だが、知らないのであれば仕方がない。気になる事として、また改めて琴里や令音辺りに書けばいい。

…そう。この疑問をすっきりさせる為にも、あの結末を変えなくてはいけない。また一つ、頑張る理由が出来た。

 

「…っと、ここだ。えぇと…侑理、こっちに来てくれ」

 

 走る事約五分。ある公園に着いたところで、士道は植え込みに身を隠しつつ侑理を呼ぶ。困惑しつつも侑理が従い共に身を隠すと、狂三の笑う声が聞こえてくる。

 

「人目に付かない公園の一角に連れ込むだなんて、士道さんは大胆ですわねぇ」

「し、士道にぃ!?え、そんな…今はまだ、心の準備が……」

「違ぇ…!す、するかそんな事!」

「…うん、まぁ…それはそうだろうけど、そうも力一杯否定されるのは、ちょっと悲しい気持ちが……」

「あ、いや、その…今のは別に、侑理がどうこうって事じゃなくて……」

「はいはい、余計な話をしている場合ではありませんわよ」

『誰のせいでこうなったと思ってるんですかねぇ…!?』

 

 諸悪の根源が何をのうのうと、と侑理は士道と共に突っ込む。因みにこの時、狂三は本体も分身体も同時に同じ事を言っていたらしい。同じ狂三だからこそ出来る芸当なのだろう。

 

「…えと、それで…士道にぃはどうしてここに…?」

「…この公園には、琴里がいるんだ。そして今日、ここで…これから琴里は、精霊になる」

「……っ!」

 

 苦々しげな顔で発されたその言葉に、侑理ははっとする。すぐさま公園の中を見回し…酷く詰まらなそうな顔でブランコを漕ぐ、小さな女の子を目にする。燃えるような真紅の髪に、左右で二つ結びにした髪型…それに俯きがちなその容姿は、間違いなく琴里のもの。

 これから精霊となる。その言葉で、侑理は理解した。つまりこれから、ここに〈ファントム〉が現れるのだ。士道はそれを待っているのだ。

 

「…小さい頃の…まだラタトスクの司令官でも、精霊でもなかった頃の…琴里……」

 

 士道と狂三が言葉を交わす。士道は〈ファントム〉と話をしてみたいと、琴里達を精霊にした存在であり、思うところはあるものの、何も話さないで…何も知らないままに『悪』と決め付けてしまっては、精霊をただの災害として排除しようとするのと同じではないかと狂三に語る。てっきり士道が敵意を持っていると思っていたらしい狂三は笑った後、それはお勧めしないと何か物憂げな声音で返し…その間、侑理は何気なく考えていた。自分にとっての、あれ位の頃を。まだDEMの人間でも、魔術師(ウィザード)でもなかった頃の、普通の少女だった頃の──。

 

(…あ、れ…?…おかしいな、思い出せないや…五年前、うちは……)

 

 思い出せない訳がない。はっきりとは思い出せずとも、その頃の事が一つや二つ浮かんできてもおかしくはない。その筈なのに、何故か『五年前』が思い出せず……

 

「……っ…」

 

 侑理の意識は、士道の息を呑む音で現実へと引き戻される。そして、気付く。一人俯いていた幼い琴里の前に、誰かが…否、『何か』が現れた事に。

 まるでノイズに覆われているような、背丈も性別も、そもそも生命かどうかも分からないような存在。それ程までに特異だからこそ、逆に分かる。あれが、〈ファントム〉なのだと。

 

「侑理さん、万が一士道さんが早まりそうになった時は……」

「分かってる。言われなくても、そのつもり」

 

 衝動を堪えるように肩を震わせ、二の腕に爪が食い込む程強く両腕を抱いている士道の姿を目に映しながら、侑理は〈ヨルムンガント〉を再展開。いつでも止められる体勢を取る。

 歴史通りに事が進むのなら、これから琴里は精霊となる。だが士道はそれを止めない、止められない。もしここでそれを止めてしまったら、琴里が…後にラタトスクの司令官となり、精霊に纏わる様々な事柄へ関わる筈の存在が『なかった事』となり、未来にどれだけの影響があるか分からないから。絶望的な未来を塗り替える為には、そんな大き過ぎる不確定事項を生み出す訳にはいかないから。

…されどもし、士道がそれを望めば…それでも琴里を助けたいと願えば、侑理は〈ファントム〉を撃っていたかもしれない。…一瞬そう思ったが、すぐにそれはないなと自ら否定した。…真那の命、真那との未来も懸かっている以上、侑理とて絶対に成功させなければならないのだから。

 

「あ、あ、あああああああ……っ!」

(ごめん、琴里…っ!)

 

 現れた〈ファントム〉と琴里が幾つか言葉を交わした後、赤い宝石の様なものを琴里へ差し出す。その存在に琴里が触れた瞬間、彼女の身体は淡く輝き…苦悶の声を上げ始める。まるで琴里から炎熱の竜巻が発生したように熱波が放たれ、炎が、業火が迸る。

 恩のある友へ手を差し伸べられない事への謝罪を心の中で発しながら、侑理は随意領域(テリトリー)で自身と士道を熱風から守る。その状態で、琴里を見つめ…揺らめく焔が和装が如き霊装になるのを、琴里が精霊〈イフリート〉になるさまを見届ける。

 

「琴里……すまん」

 

 精霊と化してしまうのを、分かっていながら止めなかった。そして今度は、燃え盛る炎に、自らが引き起こした火災に怯える琴里を見過ごさなければならない。その事に表情を歪めながらも、侑理の隣で士道は立ち上がり、決意を秘めた面持ちを見せる。それから植え込みを飛び出し…〈ファントム〉の背後に立つ。

 

「──おい!」

【……──ん?】

「よう。会いたかったぜ──〈ファントム〉」

 

 士道が声を掛ける中、侑理も一飛びでその隣へと移る。武器は構えず、されどいつでも撃てる状態で〈ファントム〉を睨む。

 ゆっくりと振り向く…より正しく言えば、そんな動作をしたように見える〈ファントム〉。それから侑理は、〈ファントム〉の視線が自分達へと向けられたような感覚を抱き……

 

【──え?】

 

 〈ファントム〉は、声を発した。それ自体は、何も驚きではない。現に琴里とも言葉を交わしていたのだから。だがそれは、発されたのは…驚いたような、声だった。人を精霊に…空間震によって何もかも消し去り、個体によってはただ存在しているだけで天候をも塗り替え、一度その力を振るおうものなら超人の域に足を踏み入れた魔術師(ウィザード)ですら、極一部を除いて容易に薙ぎ払えてしまう程の存在に変えてしまう、変えてしまえるだけの超常的な『何か』が発したものとは思えない程の……なんて事ない、普通の声だった。

 

【……嘘──、君は…ううん、君達は…どうして、二人が……】

「……は?…お前…俺達の事を、知ってるのか……?」

 

 顔どころか外観情報は何も分からない、それでも何故か動揺や狼狽を感じる〈ファントム〉の様子。そこから更に、〈ファントム〉は声を発し…今度はその反応に、侑理が驚く。その言葉、その内容は明らかに、侑理達を知っているようなものだったから。当然〈ファントム〉の返しに士道も怪訝な顔を見せ、困惑混じりに訊き返し…更に〈ファントム〉は、言う。

 

【…なら、それなら…真那も……?】

「……っ!どうして、真那の事まで…!〈ファントム〉、お前は一体……ッ!」

「いけませんわ侑理さん!この反応からして、真那さんもいると相手に思い込ませた方が恐らく有利に──」

 

 予想しない形で出てきた真那の名前に、思わず侑理は一歩踏み込む。士道の問いに、侑理の言葉に、〈ファントム〉は茫然としたような雰囲気を纏い…次の瞬間、ノイズに覆われたその身は滑るように公園から逃げ出す。

 

「ごめん、軽率だった…!」

「流石にこれは想定外が過ぎますもの、仕方ありませんわ。…しかし意外ですわ。貴女がわたくしへ普通に謝るとは」

「う、うっさい…!それより……」

 

 弾かれるように、士道は〈ファントム〉を追って地面を蹴る。思わず言ってしまった謝罪に何となく悔しさを抱きつつも、侑理は駆け出した士道を追う。

 そうして公園には一人、琴里だけが残される。縋るように「おにーちゃん」と呼ぶ五年前の琴里を置き去りにするのは、あまりにも心が苦しかったが…今は侑理よりも士道の方が辛い筈。それに精霊〈イフリート〉の現界は、五年前…即ち今この時以来、五年に渡って確認されていなかった。状況が状況とはいえ、士道が琴里を置き去りにした事も踏まえれば、この後琴里はラタトスクに保護された…或いは五年前の士道に霊力封印を受ける事が出来たと考えるのが自然というもの。……当時小学生であった義妹に、同じく当時小学生だった義兄がキスをするというも、大分アレではあるのだが。しかも霊力封印出来るだけの好感度を得ていたと考えると、更にアレではあるのだが。

 

(思った程速くない…これなら……!)

 

 炎が広がる街の中を〈ファントム〉は逃げていく。されど空に上がる事はなく、滑るように飛んではいるものの、速度も士道が走りで何とか追い掛けられる程度。CR-ユニットを纏った侑理であれば、すぐに距離を詰められる。そう思い、侑理は加速を掛けようとするが、そこでまた頭の中に声が響く。

 

「侑理さん。一つ、提案がありますわ」

「提案?」

 

 真面目な声音を感じる狂三の言葉に、〈ファントム〉の姿をしっかりと目で捉えながら侑理は訊く。すると頷いているかのような間が空き、再び狂三は声を発する。

 

「〈ファントム〉の意図は分かりませんけれど、このまま行けば、折紙さんと遭遇せずに済むかもしれませんわ。メインプランとしては、現状上手くいっていると言えますわね」

「…何か、懸念点でも?」

「えぇ。士道さんの説得で離れてくれている訳ではない以上、どこへ行くかも、このまま離れてくれるのかもまだ分かりませんもの。逃げ続けた先がなんと、折紙さんのいる場所付近だった…となる可能性もまだ考えられますわ」

「…だから、上手くいっている内にもう一手打っておいた方が良い…って訳か…その考えには、同意する。…なんかちょっと癪だけど」

 

 メインプランが破綻ないしは続行不能となった場合に備えた、サブプランの用意と実行。確かにそれは必要だと侑理は狂三に理解を示し…だが賛成かというと、微妙なところ。何せ今は、事態が動いている真っ最中なのだ。じっくりと策を練る時間などないし、即興で組み立てた案へサブプランとしてリソースを割く位なら、このままメインプランに全力を注ぐ方が堅実もいうもの。されどそんな侑理の思考を見越していたのか、狂三はすぐに言葉を返す。

 

「先程士道さんが話した止める方法、その最初の案を覚えていまして?」

「文字通り止める、だっけ?けどそれは、現実的じゃないって結論になったんでしょ?」

「そうですわ。今の士道さんは、ある程度精霊の力を、天使を扱えるようですけれど、総合的な『戦闘能力』は精霊には遠く及ばない。そうでしょう?」

「だろうね。初見の驚きさえなければ、それなりに腕が立つ魔術師(ウィザード)一人でも抑え込める位だとは思う」

「だから、そんな()()()()()折紙さんを止めるのは現実的ではないという話になったのですわ。…この意味が、分かりまして?」

 

 わざと自分では言わない狂三の問いに、侑理は沈黙。分かるかどうかで言えば、分かる。その意味も、狂三が何を言いたいのかも。

 至極単純な話だ。今の話には、『侑理』という存在が抜けている。士道一人である場合は非現実的だという話でしかない。そして…それなら確かに、メインではなくサブプランとしてなら、やる価値はあるかもしれない。…だが……

 

「…うち、これでも連戦なんだけど」

「それは大変ですわね。されどそれは、折紙さんも同じなのではなくて?それに折紙さんは貴女とは違い、自分の霊力のみで時間遡行のコストを払っているんですのよ?」

「…………」

 

 他人の命だと思って軽く考えていないか?…と思った侑理だったが、言われてみれば確かにそう。侑理が折紙、エレン、反転した折紙(と午前中に軽く訓練)と戦闘を重ねているのと同様、折紙も侑理、限定霊装の十香達、十全の力を取り戻した十香と連戦をしている上、エレンとの戦闘後は一旦休息を取れた侑理とは違い、精霊になってしまうという緊急事態まであった折紙が今に至るまででどこかで休めているとは思えない。そして狂三が言った『コスト』の事も考えれば、折紙は侑理と同じように…或いは侑理以上に万全には程遠い、かなりの消耗をしている状態と考えてもおかしくはない。

 それでも底知れないのが精霊というもの。折紙という個人に関しても、その胆力は恐ろしいの一言に尽きる。サブプランの実行は、侑理にとって危険のある選択であり……だから侑理は考えた。時間にすればほんの数秒だが、真剣に考え…言う。

 

「…士道にぃ、ごめん。〈ファントム〉の事は、お願い…!」

「え?ゆ、侑理…!?」

 

 急減速からの反転。得体の知れない〈ファントム〉を士道一人に追わせる事へ謝罪を述べて、侑理は空へと舞い上がる。

 

「時崎狂三、もし士道にぃが危険な状態になったら、その時は……」

「無論、教えて差し上げますわ。…まあ最も、これから危険な状態になる可能性は、侑理さんの方が高いでしょうけれど」

「そんな事は、百も承知…!」

 

 提案しておいてよく言うと思いつつも、口にはしない。狂三の提案は合理的なものであり、それに応じたのは侑理の自己意思である以上、そこに文句を言うのはお門違い。

 上昇し、加速を掛けつつ、数度深呼吸を繰り返す。心を整え、再度覚悟を決める。次こそ、今度こそ……折紙を、止める為に。

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