デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第六十二話 憎しみの果てに

 主観的にはほんの少し前、客観的には五年前…ではなく五年後の時間軸で、エレンは言った。怒りに駆られた侑理へ向けて、愚かな真似は止めろと、頭を冷やせと。確かにそれはその通り。感情は底力を引き出すトリガーになる事もある一方、激情に駆られれば視野は狭くなる。普段は見えるもの、気付けるものが、目に入らなくなる。今も気に掛けてくれているという事か、それとも敵対されようと取るに足らないと思われているのかは分からないが…敵となった侑理の軽率な行動を、あの時エレンは諌めてくれた。

 そのエレンに感謝を示すのなら、同じ過ちを繰り返さない事が一番。それ位、侑理とて分かっていた。分かっていたが…再び侑理は憤怒に、激しい憎悪に駆られる。その衝動に、頭も心も支配される。…確かに、視野が狭くなっている事は間違いない。間違いないが、迷いも躊躇いも消え、純粋な敵意だけが残った結果……侑理の思考は、酷くクリアだった。

 

「でやぁああああぁぁぁぁッ!」

 

 背部のメインスラスターを吹かし、各部のサブスラスターも駆動させ、猛烈な勢いで距離を詰める。〈オルムスファング〉のトリガーを引きっ放しにし、魔力弾を乱射する。

 

「ふ……ッ!」

 

 狙い澄ませた射撃は、逆に見切られて避けられる。そう判断したからこその意図的な乱射を、敵は…折紙は、宙を滑るようにして躱す。素早く、それでいて無駄のない飛行で射撃を躱し、手を振る動作で誘導するかのように展開していた天使を…反転していた彼女の『羽』に似た、幾つもの端末を飛ばす。

 

「〈絶滅天使(メタトロン)〉──【光剣(カドゥール)】!」

 

 その叫びが指示のように響けば、天使は空を縦横無尽に飛び回る。上へ下へ左へ右へ、侑理を囲うように舞って広がり…その先端から、霊力の光芒を一斉に放つ。

 一撃一撃が並みの魔術師(ウィザード)の撃つレイザーカノンと同等どころか恐らくそれを凌駕する…それでいてさも当然のように一斉掃射を仕掛けてくる折紙の反撃を、侑理は推力を落とさず、そのまま振り切る事で全て回避。だが折紙は回避される事も織り込み済みだったようで、すぐに天使は追い掛けてくる。その端末群へ向けて、侑理はレイザーガン形態の〈オルムススケイル〉を連続して撃つ。

 

(動きが速い、狙いも鋭い…けど……ッ!)

 

 次々撃ち込まれる砲撃を躱しながら、侑理が狙う撃ち落とし。逆に折紙の天使も侑理の射撃に対しては機敏に回避し、再び侑理を囲おうとしてくる。

 高機動、十分な火力、それでありながら携行可能な大型火器程度の大きさの天使が束になって襲い掛かってくるというのは、深く考えずとも脅威そのもの。とはいえ、侑理には一つ、大きなアドバンテージがあった。その天使について、侑理は直接戦った経験とそれによる知識があり、一方それは折紙にとって『未来』の出来事故、全く知らないというアドバンテージが。

 知っていると知らないとの差は大きい。加えて今のところ、展開している数は反転した折紙に比べて遥かに少ない。勿論それは、あくまで相対的な話だが…無数としか思えない程の羽が空中を飛び回っていた光景を見た後では、心的圧力がまるで違う。

 

「この程度で…捉えられると、思うなぁああああぁッ!」

 

 〈オルムススケイル〉に加え、〈オルムスファング〉でも迎撃。弾をばら撒き、弾幕で羽の動きを阻害する。同時に四方八方休みなく目を動かし、それぞれの羽の位置と状態を把握し続ける事で、砲撃を回避し続ける。

 無論それだけではない。回避しながらも飛び回り、着実に折紙との距離を詰めていく。本来ならば侑理の技能的にも〈ヨルムンガンド〉の持ち味的にも距離を取るべきだが、射程距離の長さは折紙も同様な上、今の折紙は見たところ接近戦の用意がない。何より侑理よりも〈ファントム〉を優先して折紙が離脱してしまえば本末転倒な以上、距離を詰める事こそがこの場の最善。

 

「これでぇッ!」

 

 急ブレーキを掛け、偏差射撃を追い越させる形で回避。続けて侑理の狙いに気付いたように、両者の間へ割って入ってくる複数の羽を、〈オルムスファング〉の拡散射撃で纏めて退け推力全開。急減速と急加速の合わせ技で周囲の天使を置き去りにし、一気に折紙へ肉薄する。そして

、まずは一撃叩き込む。その意思の下、勢いそのままに侑理は〈オルムススケイル〉のトリガーを……

 

「んな……ッ!?」

 

……引こうとした時だった。侑理の真下、視界の外から、強烈な光芒が放たれたのは。

 辛うじて直撃コースは流れていた為、光芒…待ち構えていた羽の砲撃は随意領域(テリトリー)を掠めるだけに留まる。それでも侑理は姿勢を崩し…立て直すより先に、次の攻撃が襲ってくる。上から、その次は左右から、侑理の回避に合わせて第二第三の攻撃が強烈に迫る。それ等も、何とか侑理は凌ぎ、反撃に移ろうとするが…すぐに感じる。気付く。

 

(抜かった…!この、動きは……ッ!)

 

 チャンスを伺う侑理に対し、羽は数基ごとの動きに分かれ、有機的に仕掛けてくる。囮、牽制、本命、後詰め…単に飛び回り仕掛けるのではなく、明らかにそれぞれが役目を、役割を持って動き、天使全体で一つの部隊の様に攻め立ててくる。

 

「退くのなら、追いはしない。私には、そんな事をしている時間はない」

「誰が……ッ!」

 

 退きなどするものか。そんな怒りを込めて身体を捻り、回避と共に無理矢理折紙へ向けて撃つも、折紙はそれを難なく回避し次の攻撃を仕掛けてくる。物量を瞬間的な制圧力ではなく、切れ目のない波状攻撃として活かす事で、侑理に息吐く暇を与えんとする。

 確かに羽の物量はぐっと少ない。戦いにおける二大要素の一つ、『数』において今の折紙が反転した折紙よりずっと劣っているのは紛れもない事実。だが、侑理の読みには誤算があった。ある一点を、見落としていた。──折紙という、指揮官の存在を。

 思い返せば、反転した折紙の羽は、動きが単純だった。物量こそ脅威であるものの、個々の動きは決して高度ではない…言うなればゴリ押し、近い例を挙げるとすれば〈バンダー・スナッチ〉の様だった。されど今の羽は、天使は違う。恐らくは折紙が正気故に、戦術的に動いている。まるでASTであるかのように、予測や計算を踏まえた複雑な攻勢を掛けてきている。その上でASTとも違うのは、羽の全てが、折紙の手足同然という事。そうとしか思えない程に、もう一つの要素が…『質』が、高い。

 

「…でも、それがなんだって言うんだ…そんな事でッ、こんな事でぇぇッ!」

 

 数的不利な状況で後手に回れば擦り潰されるのが必定。それを覆すべく、侑理はスラスターを目一杯吹かす。姿勢制御用のスラスターも全て加速に当て、姿勢や方向転換は随意領域(テリトリー)で身体を動かす事により無理矢理補い、天使が作り出す陣形の僅かな穴を突いて包囲から抜け出す。無茶により全身に走る痛みを奥歯を噛んでぐっと堪え、追ってくる羽へ向けて〈オルムススケイル〉を連射。迎撃するように見せかけて、戦闘空域を瞬時に見回す。

 

(どんなに天使が強力だろうと…ッ!)

 

 精霊の矛にして、形ある奇跡である天使。それは例外なく強力であり、真正面からぶつかって破ろうとするなど、無謀もいいところ。だから元より侑理は天使の制圧、撃墜による羽の無力化など考えてはいなかった。如何に天使が強大であろうと、その担い手たる精霊がやられてしまえばその強さが輝く事はないのだから。

 故に侑理は短期決戦、喰らい付いてでも折紙へと接近し、仕留める事を考えていたが…その彼女の姿が見当たらない。見まわした視界に、折紙の姿が映らない。

 

「逃げられ──た、訳ない…ッ!…なら、まさか……ッ!」

 

 幾ら独立して飛び回る、遠隔操作出来る天使だとしても、その距離には限界がある筈。ならばまだ近くにいる筈だと侑理は考え…反射的に、本能的に、弾かれるように視界を跳ね上げる。

 そして目にする、折紙の姿。侑理の意識が天使へ向いていた隙に上昇していた折紙が放つ、急降下の勢いを乗せた飛び蹴り。咄嗟に侑理は随意領域(テリトリー)で防御を図ろうとするが…時既に遅し。

 

「貰った…ッ!」

「かッ…は……っ!」

 

 装甲のない腹部へ食い込む痛烈な蹴撃。恐らく位置すらも狙っていた折紙は、そこから更に捻りを加えて押し込んでくる。

 抉られるような痛みと、腹の奥から湧き上がる嘔吐感。辛うじて若干の防性は付与出来たが、もし諸に受けていれば、胴は弾け飛んでたかもしれない。そう思う程の痛みと衝撃で視界は歪み…見えたのは、折紙の次なる構え。手の指を伸ばした、貫手の体勢。武器や天使などなくとも、精霊たるその身そのものが十分な凶器であり、折紙はそれを十全に活かせるだけの術を心得ている。そう思わせる程に…折紙は、強い。

 

「これで分かった筈。貴女は、今の私には敵わない。だから無駄に命を捨てるような真似は止めて、道を──」

 

 蹴った折紙と蹴られた侑理。足は食い込んだまま、どんどん高度が落ちていく。その中で聞こえたのは、いつものように…否、いつもよりもずっと冷淡な折紙の声。侑理を見下ろすのは、冷めきった瞳。

 それは、そうなのかもしれない。侑理以上に消耗している筈の折紙へ優位を取れない時点で、折紙の言う通りなのかもしれない。だが……

 

「──何を、今更…皆を、真那を、命を無意味に消し飛ばしておいて…どの口が、そんな事を……ッ!!」

「……っ…!」

 

 痛みを、苦しさを根性で、怒りで捩じ伏せて、折紙を睨み付ける。〈オルムススケイル〉のグリップを離し、左手で折紙の脚を掴む。

 大きく消耗している筈の折紙がそれでもまだこれ程の力を、強さを発揮しているのは、間違いなく執念によるもの。過去のこの日から抱え続けた怒りを、無念を、憎しみを晴らさんとする、そして両親の死をなかった事にするという、奇跡が如きチャンスを何が何でも逃さんとする、あまりに深く固い意思。…されどそれは、折紙だけのものではない。今の侑理の中にある憤怒が、激情が、心の奥底から沸き上がり続ける憎悪が…それに劣る筈がない。

 

「…やっぱり今は、随意領域(テリトリー)は展開してないみたいですね…。…今度こそ、捉えた……ッ!」

 

 侑理が脚を掴んだ事に対してか、それともぶつけた言葉に、怨嗟に対したかは分からないものの、折紙の表情は一瞬歪み、蹴撃の力も緩む。その瞬間を逃さず、侑理は随意領域(テリトリー)を操作し折紙の全身に纏わり付かせる。

 もし折紙が魔術師(ウィザード)として随意領域《テリトリー》を展開出来るのなら、それで対抗してくる筈。だがその気配も、随意領域(テリトリー)による干渉も感じられない。無論、万能の随意領域(テリトリー)すら小手先の技術に思えてしまう程強大な力を有しているのが精霊なのだが…だとしても、魔術師(ウィザード)ならば出来て、精霊では出来ない事など、幾らでもある。

 

「許さない、許せないッ…うちはッ、お前を……ッ!」

「ぐッ…離さないと、言うのなら……ッ!」

 

 目一杯の力で折紙の足首を握り締め、〈オルムスファング〉を向けようとする。長砲身故に近距離戦ではまともに使えないこの火器も、足首を掴んだまま身体を離せばギリギリ折紙に向けられる。

 それが分かっているからか、折紙は激しく飛び回り、随意領域(テリトリー)共々侑理を振り解こうとする。上に下に、左に右にと振り回され、無理矢理堪えた嘔吐感がまた登ってくるが、それでも侑理は気力で〈オルムスファング〉の砲口を折紙へと向け…気付く。いつの間にか、羽が折紙の頭上に戻っていた事に。それ等が回転しながら、先端に輝きを灯らせている事に。

 

「【日輪(シェメッシュ)】…ッ!」

 

 本能的に感じた危機。その反応に弾かれるように侑理が折紙を離し離れた直後、羽からは霊力の光弾が乱射される。光弾は一瞬前まで侑理がいた場所へ降り注ぎ、その空間をズタズタに切り裂く。

 まるでそれは、超連装のガトリング砲。もしも離れていなければ、たとえ随意領域(テリトリー)の防性を高めていたとしても、侑理の身体は跡形もなく消し飛んでいた。自分への誤射の危険性がある以上、こう近ければ四方からの攻撃は無理だと考えていた侑理だったが、今目の前にいる精霊の力は…或いは鳶一折紙という存在の技量は、侑理の想像を超えていた。

 

「【天翼(マルアク)】ッ!」

「な……ッ!?」

 

 追い掛けるように走る光弾の雨から逃れながら、〈オルムスファング〉で魔力を照射。跳ねるように避けた折紙を、侑理もまた薙ぎ払う動きで追撃するが、折紙は天使を頭上から背中に展開し直す。羽は本来の在り方である翼の様に背後で広がり…次の瞬間、一気に折紙は侑理へと距離を詰めてくる。

 

(速い…ッ!)

 

 咄嗟に撃った射撃は躱され、背後へ回り込まれる。魔力の刃を出力し、振り向きざまに放った〈オルムススケイル〉の斬撃も、素早い後退で避けられ逆に羽の砲撃を撃ち込まれる。明らかに上がった機動性。しかも翼の様に配置した天使の砲撃能力は据え置きなようで、バックパックから展開するように先端を向けて次々侑理へ撃ってくる。おまけに一気に全て向けての一斉掃射も出来る上、撃った後すぐに戻して高速移動へと戻る事も出来るのだから、隙がない事この上ない。

 

「もう、貴女に付き合ってはいられない。すぐに、終わらせる…ッ!」

 

 火力と機動性を両立した折紙の猛攻。強烈な攻勢。侑理の反撃は悉く空を切り、逆に折紙の砲撃は何度も掠める。避けきれずに随意領域(テリトリー)で受ける度、強く脳を揺さ振られる。

 必死の思いで狙った起死回生の攻撃すら潰され、遠退く勝利。消耗している筈だという事を感じさせない、衰え知らずな折紙の勢い。表情も今や、激しさを帯びたものになり…だからこそ、分かる。侑理が必死であるように、折紙もまた、もう余裕などないのだと。

 

(ああ、そうだ…うちにとってはこれが決戦でも、向こうからすればこれは目的達成の障害でしかない…本当に焦っているのは、向こうの方だ…!)

 

 そう。折紙が羽を引き戻し、自ら高機動戦へ踏み切ったのは、ここまで侑理へ有効打を与えられていないから。確かに侑理は天使による全方位攻撃に押されてはいたが、同時に折紙も攻めきれてはいなかった。ただ侑理を倒すだけなら、そのままじっくり削っていくのも一つの手だが…折紙には、時間がない。タイムリミットがある中で、折紙からすれば何が何でも〈ファントム〉を倒さなければならない以上、本来侑理との戦闘は回避するか、速攻で終わらせなければいけない事なのだ。

 だからこそ、折紙は自ら近付いてでも侑理を仕留めようとしてきている。無論侑理と〈ヨルムンガンド〉の強みを活かさせないという点でも、接近は理に適っているのだが、そういう理由でない事は今の折紙を見れば分かる。そして相手も必死ならば…まだ、勝機はある。

 

「いつまでも、自分が優位に立っていられると…思うなぁああああああッ!」

 

 攻め入ってくる折紙に対し、侑理もまた突っ込む。随意領域(テリトリー)を凝縮、範囲と引き換えにその質を向上させて、飛び回りながら激しく撃ち合う。砲門数と機動性は向こうが上、それに攻撃の多彩さで対抗しながら接近と回避を繰り返す。避けられるものは全て避け、出来ないものは質を上げた随意領域(テリトリー)で弾き散らす。対する折紙もまた、普通の人間はおろか魔術師(ウィザード)ですら苦しくなるような高速機動と慣性を無視したような方向転換で侑理の射撃を全弾躱し、白き閃光の砲撃を放つ。

 今の折紙には、喰らい付くのがやっと。一瞬でも気を抜けば、判断を誤れば、即撃墜され得るような状況で…それでも確かに勝機はある。その勝機へと、持てる力の限りを尽くして喰らい付く。

 

(まだだ、まだ…その時まで、うちの限界まで、全部全部出し切ってやる……ッ!)

 

 魔力と霊力、それぞれの光芒が空を駆ける。侑理の射撃が紙一重を貫き、折紙の砲撃が随意領域(テリトリー)を軋ませ弾ける。当初の目的を達成するだけなら、何も折紙を倒す必要はない。ただタイムリミットまで時間を稼ぐ事が出来れば、作戦としては勝利。だがもう、そんなつもりはなかった。迷いなく、完全に、心の底から…侑理は折紙を堕とすつもりだった。

 最早これは止める為の戦いではなく、目の前の『敵』を討つ為の戦争。守る、救う…その思いも確かにあるが、侑理も、恐らくは折紙も、心で燃え上がるのは憎しみの炎。だからきっと、この戦いは凄惨で…醜い。

 

「いつまでもッ、私の…邪魔をするなぁぁぁぁああああッ!」

「黙れよ、精霊がぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 射撃と砲撃、魔力と霊力、二つの照射が激突する。爆ぜるように光が舞い散り、視界が一瞬閃光で染まる。

 視界が効かないとはいえ、攻撃後その場に留まるのは悪手。侑理は随意領域(テリトリー)の操作で減光をしつつ、狙い撃ちされないよう高度を上げる。そして折紙の姿を探そうとし…直後、閃光を切り裂くようにしてその向こう側から折紙が現れる。

 

(……──ッ!?…ぁ、しまッ……!)

 

 それは、見えない筈である中での突進。無謀な突撃。想定外の動きに侑理は面食らうが、そのすぐ後に折紙が目を閉じていた事へ気付き、同時に折紙がを開いて瞳を動かし、侑理の姿を捉えた事で、侑理は自身のミスを…今のが相手を驚愕させ、それにより動きを鈍らせる為の動きだったという事を理解させられる。

 侑理へ向けられる複数の羽。灯る光。既に回避が間に合う状態ではなく、防御も間に合うかどうか怪しいレベル。もう気付いたのと攻撃準備が整うのとではほぼ同時であり…光芒が、撃ち込まれる。全ての光は真っ直ぐに伸び、侑理へ迫り──ほんの僅かに侑理からは逸れて、凝縮した随意領域(テリトリー)の表面を焦がす。

 

「……っ…!?」

 

 微かに…されど確かに外れた攻撃。これが躊躇いによるものなのか、折紙も速攻性重視で正確に狙えていなかったという事なのか、或いは連戦と心理的負荷で狙いが狂ったのかは分からない。分からないが…外れた事は、その結果折紙が隙を晒した事は事実。そして、勝負を掛けるなら……今しかない。

 

「鳶一、折紙ッ!うちはッ、お前をぉぉおおおおおおッ!」

 

 全力全開、全スラスターフルスロットル。真っ直ぐに、一直線に、折紙へと向けて突っ込む。

 当然はっとした表情を見せつつも、折紙は下がる。後退と共に、迎撃を放ってくる。だがもう、確実な回避行動は取らない。避けるのは、最小限の動きだけで躱せる砲撃のみで、残りは全て随意領域(テリトリー)で受ける。一発毎に衝撃が響き、脳を直接殴られるような痛みが走るが、構わず侑理は突き進む。痛かろうが、苦しかろうが関係ない。折紙を倒せればそれで良いと、力を振り絞って空を駆ける。

 縮む距離、迫っていく折紙の姿。後ろ向き且つ砲撃に回している羽もあるからか、もう狙い定めずとも当てられる距離。だが侑理は更に近付く。更に距離を、限界まで間合いを詰める。近付けばその分迎撃の回避も困難になり、全弾当たるが、それでも進む。後一歩…そう感じた瞬間左腕を振り抜き、眼前で撃ち出された砲撃を、レイザーブレイドで斬り払う。

 

「これでッ!終わりだぁああああああああッ!!」

 

 目を見開く折紙。その胸元へ突き付ける〈オルムスファング〉。そして、侑理はトリガーを引く。魔力の光が、光芒が、一条輝く。

 乾坤一擲、間違いなく今出せる力の全て。それを目一杯絞り出して、侑理は肉薄し、撃った。確かにその一撃は、折紙のいた場所を貫いた。──だからこそ、侑理は愕然とする。撃った瞬間、届いたと思った瞬間…折紙の姿が消えた事に。光芒は、折紙のいた場所()()()貫き……光芒が通り過ぎた後に、少し離れた後方で折紙が再び姿を現した事に。

 

「え──ぐぅうぅぅぅぅッ!」

 

 光の粒子となるように折紙は消え、その粒子が後方で集結すると共に、折紙の姿は現れた。あり得ない、事実をそのまま認識するしかない光景が目の前で起こり…次の瞬間、幾条もの光線が直撃。防御の為の余力など残していなかった侑理は凝縮していた随意領域(テリトリー)を完全に砕かれ、それによる脳が爆ぜるような激痛で一瞬意識が途絶する。

 制御を失い、自由落下を始める侑理の身体。すぐに意識を取り戻し、これまで魔術師(ウィザード)として戦ってきた経験から反射的に随意領域(テリトリー)を再展開したおかげでそのまま地上に激突するという最悪の事態だけは避けられたが、減速は間に合わず路面へと打ち付けられる。

 

「…ま、だだ…うちは、まだ……」

 

 その衝撃とここまでの負荷から、頭を圧迫されるような鈍痛が襲う。身体も重く、普段のように跳ね起き即座に飛翔という動きに移れない。…当然だ。侑理とて既に、消耗を重ねているのだから。

 それでも侑理は空を見上げる。空に立つ、折紙を睨め付ける。幸いまだ折紙はそこにいた。〈ファントム〉捜索に戻る事なく、地上の侑理を見下ろしていた。そして、翼の様に展開した天使を、羽の先端全てを地上に…侑理へと向けてくる。…きっと、確実にここで侑理を止める為に。もう邪魔されたり、離脱しようとした背後を撃たれたりしないよう…もう何も出来ないようにする為に。

 

「──ごめんなさい」

 

 聞こえたのは、小さく微かな…謝罪の言葉。睨んだ先に見える折紙の顔は、瞳は…酷く荒んでいた。これで漸く邪魔者を始末出来るという解放感も安心感もそこにはない。むしろ罪を受け入れた咎人の様な、自己嫌悪に憔悴しているような、侑理の心を支配していた憎悪が一瞬薄れてしまう程の、痛々し過ぎる表情だった。

 だがだとしても、憎しみは消えない。謝る位なら何故真那を、皆をと、新たな怒りが湧いてくる。…分かっている。それが無茶苦茶な思考である事は。確かに折紙は未来で絶望と災厄を降らせる事になるが、それはあくまで『これから起こる』事。まだ起こっていない、だから当然まだやってもいない折紙をやった前提で憎むというのは、あまりに身勝手な行為で……分かっていても止められないのだから、この思いは恐ろしい。同時にここまで至って、やっと侑理は心から折紙に共感する。こんな怒りを、恨みを、憎しみを抱えていたのなら、抱え続けていたのなら、止める訳がないと。侑理の言葉程度で振り上げた拳を下ろせる筈がないと。

 憎悪と理解。怒りと共感。相反する感情の中で、侑理は両手の武器を握り締める。まだ終わらない、まだ終われないと全身に力を込め……ふと、声が聞こえてくる。

 

「折紙!折紙!」

「折紙!」

 

 背後から耳に届いた誰かの声。一瞬士道がこちらに来て、止めようとしてくれているのかと思ったが…違う。片方は男性の声でも士道とは声質が違うし、もう片方はそもそも女性の声。二人という時点でも、やはり違う。

 その二つの声が折紙の名を呼んでいるという謎の状況を前に、侑理は随意領域(テリトリー)内の光を屈折させ、網膜へ背後の光景が映るようにする。今自分が命の危機に瀕している事は分かっていたが、その声の真実を確かめなければいけないような気がして、侑理は僅かに残った時間をそちらへと使う。

 そうして見えた、二人の人影。両方侑理の知らない人間。ここは五年前の日本である為至極当然の事だが…ふと、どちらもどこか折紙に似ている事に気付く。特に女性の方は、そっくりでこそないものの、折紙が成人し更に時を経たらこういう感じになるのかもしれないと思う印象で……理解する。分かってしまう。この二人が、誰なのかを。自分が今、どこにいるのかを。

 

(ぁ、駄目だ…これじゃ、また……)

 

 落下した際塀を壊し、向こう側から見ればその瓦礫に身体の何割かが隠れている状態だからか、すぐ側の燃える家から出てきた様子の、ぼろぼろの服を来た男女は、侑理の存在に気付いていない。更にその家からは、小さな少女が…七罪の一件で幼児化した時の折紙と瓜二つな少女が現れ、目尻に涙を浮かべると共に「お父さん、お母さん」という言葉を発した事で、いよいよ理解は確信に変わる。

 戦う中で、知らず知らずの内に侑理は来てしまっていた。離れなければいけない場所へと訪れてしまっていた。そして空に視線を戻せば、まだ折紙はこの事に気付いていない。まるで侑理や士道の介入を無に帰すように、世界が確定した過去を変えさせまいとするかのように、羽の光は強くなっていく。

 これは駄目だ、これだけは絶対あっちゃいけないと、侑理は動こうとする。後数瞬先にあるのは、最悪の未来。侑理も折紙も誰も救えず、何も変わらず、ただ憎悪の果ての現実を見せ付けられ、死と絶望に堕ちていく、破滅と結末。それだけは、それだけはと力を掻き集める。せめて気付いてくれと、声を上げようとする。だがどれも間に合わず、非情で無情な現実が『真実』へ変わらんとするように、天使の全てから光が放たれ……

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお──ッ!!」

 

 刹那、力の全てを込めたような声が響いた。よく知る、もう何度も聞いてきた声が響き……士道が、現れる。今正に必殺の光が降り注ごうとする中へ、五河士道が飛び込んでくる。

 信じられない乱入者。反射的に侑理は士道を守る事、逃す事を考えたが…間に合わない。間に合う筈がない。

 何故来たのか。どうしているのか。ひょっとして、自分を守ろうとしてくれているのか。一瞬の内に幾つもの思考が巡る中、ただ真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ士道は駆ける。自分の方へと、地を蹴り走り──そのまま士道は通り過ぎる。ほんの一瞬、僅かに士道は侑理を見やり、苦しそうな…本当に苦しそうな表情を見せて、侑理の視界から消えていく。そしてそれが、侑理の最後に見た光景。次の瞬間にはもう、視界は白く塗り潰され、何も見えなくなり……意識が途絶える寸前に聞こえたのは、驚く二つの声と、もう一つの声。それに心から安堵したような、士道の呟きだった。

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