デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第六十三話 取り戻せた『今』

「んっ……」

 

 声…というより吐息を漏らし、侑理は目を覚ます。寝起き特有の気怠さ、まだ寝ていたいという衝動を感じつつも、ベットからゆっくり身体を起こす。

 

「ふぁ、ぁ…今何時…?というか、今日は何曜日だっけ……?」

 

 ぼんやりとした思考のまま、脚をベットから降ろして数秒止まる。やはりまだ眠い、そんなに昨日は夜更かしをしただろうか、と緩く疑問に思いつつも、時計を見やる。時間はまだ朝、概ねいつも通りの時刻での起床。そして次に侑理はカレンダーを見て……次の瞬間、一気に意識が覚醒する。

 

「──っ!そうだ、あれから…っていうかここは、〈フラクシナス〉…!?」

 

 士道の事、皆の事、〈フラクシナス〉の事、街の事、時間遡行の事、折紙の事……そして、真那の事。一瞬で全て思い出し、心拍数が跳ね上がる。それと同時に、ここが自分の使わせてもらっている〈フラクシナス〉の一室であると気付き、凄まじい緊張が込み上げてくる。

 もし何も変えられなかったのなら、あのままであれば、〈フラクシナス〉はもう完全に崩壊している筈。少なくとも、こうして普通に中で寝ていられる訳がない。となれば、もし自身の想像通りならば…そんな思いと共に、侑理は部屋を飛び出る。そのまま隣へ、隣の部屋へと半ばタックルをするように飛び込む。

 

「真那!真那っ!」

「うわぁ!?い、いきなりなんでいやがりますか侑…理ぃっ!?」

 

 突然部屋に入ってこられて驚くという、至極当然の反応をする真那へ駆け寄り、押し倒さんばかりの勢いで侑理は真那の両肩を掴む。というか真那でなければ、そのまま後ろに倒れていたかもしれない。

 

「元気!?大丈夫!?け、怪我は!?生きてるよね!?」

「はい…?えぇと…本当に、いきなり何……をぉぉぉぉっ!?」

 

 浮かんだ言葉をそのまま並べ立てた後、はっとして侑理は身を屈める。肩から手を離し、その流れで真那の寝巻きを掴み、ぐわっと思いきり捲り上げる。

 そうして見えたのは、程良くくびれた綺麗な胴。白い肌が眩しいお腹。そこには目を覆いたくなるような重傷も、白い肌を赤く染める血の跡もなく…触れれば人肌の温もりがある。いつもの通りの真那が、そこにいる。

 

「よ、良かった…良かったぁ……」

「…良かった…じゃねーんですけどぉおおおおおおぉッ!?」

「ひゃうんっ!」

 

 安堵と喜びと緊張が解れた事による脱力感、後はあんまりにも魅力的な真那の腹部が目の前にある事が招く衝動からそこへ頬擦りをしてしまう中、真那はぷるぷると震え出し…直後、侑理は引っ剥がされる。床へとひっくり返り、顔を真っ赤にした真那から信じられないものを見るような目で睨まれてしまう。

 

「ふーッ!ふーッ!」

「うぅ、真那ぁ……」

 

 まるで威嚇する猫の様になってしまった真那だが、頭と背中を諸に打ってまあまあ痛みもしているが、そんな事は気にならない。変な状態になってしまった真那すら、今は愛おしくて堪らない。……尤も、変な状態になったのは侑理自身のせいなのだが。

 

「…侑理、何かあったんで?」

「…分かるの?」

「そりゃ、侑理は普段から時々やべー感じになりやがりますが、流石に朝から理由もなく頭のネジがぶっ飛ぶ程末期じゃねー筈ですから」

「真那……まあまあ酷い事言ってるね…そんな風に思ってたの…?」

「思ってたも何も、たった今突然入ってきたかと思えば肩を掴み、更に服捲り上げてお腹に頬擦りしてきたじゃねーですか」

「うっ……」

 

 反論のしようがない事実の羅列に、流石に侑理も反省する。確かにここまでの流れはアレ過ぎた。頬擦りするにしても、もっと手順を踏まなくてはならないという話である。…多分。

 

「…その…もしうちが、時を渡って未来を変えてきた…って言ったら、どう思う?」

「…まだ寝ぼけてるんで?」

「ま、まあそう思うよね…あれ、っていうか…じゃあ真那は、覚えてないの…?」

「それが侑理の見た夢の話なら、覚えてる訳がねーです」

 

 何を言っているんだ、という顔を真那にされて、侑理も逆に困惑する。真那が見ていたのであろう朝の情報番組で、今日の日付が侑理から見た『明日』…つまり、反転した折紙が街を蹂躙した日の翌日である事ははっきりしている。つまり確かに過去を、それによって未来を変えられた筈なのだが…一体何故侑理は覚えていて、真那は覚えていないのか。時間遡行をした事があると記憶が保持出来るのか、別の理由があるのか……はたまた実は本当に、全部侑理が見ていた夢だったのか。

 それが気になり、ついでに理由を考える中でふと狂三の事を思い出して、頭の中で彼女(の分身体)に呼び掛けるが、返事はない。これの理由もよく分からない…が、思えば狂三の使う各種能力は、時間の巻き戻しや遡行など、『時』に関わるものが多い。直接見た事はないが、前に真那から、加速や停止もあると聞いた事がある。となればやり取りの為に撃たれた【九の弾(テット)】も、違う時間にいる相手と話す為のものである可能性が高く、もしそうなら過去という別の時間にいない今やり取りが成立しないのも当然の事。或いは単に、過去と未来が…世界が書き換わった事で侑理の経験した一連の出来事も『なかった事』になり、【九の弾(テット)】も撃たれていないという事になっているのかもしれない。何れにせよ、反応がない以上確かめる事も出来ない訳で──。

 

「…あっ」

「し、士道にぃ!うち、ちょっと士道にぃに……」

 

 はっとして真那に断りを入れようとする中、卓上に置いてあった真那の携帯が音を鳴らす。ちらりとそれを見やった真那は目を丸くし…その携帯を侑理へと差し出してくる。

 

「噂をすればなんとやら。兄様から掛かってきやがりましたよ」

「えっ?…いや、それは真那に用事があって掛かってきたんじゃ…?」

「それならそれで、侑理の用事が済んだから話せばいいだけです。…確かめてー事が、あるんでしょう?」

 

 若干の呆れを滲ませつつも、察して慮ってくれる真那。その優しさは、間違いなく侑理の守りたかった、助けたかった相棒のもので…心がきゅっとなるのを感じながら、侑理は携帯を受け取った。

 

「朝から悪い、真那。ちょっと頼みたい事があるんだが……」

「ううん、うちだよ士道にぃ」

「侑理?そっか、丁度良かった。侑理と話したかったんだ」

 

 侑理と話したかった。その言葉に、また心拍数が上がる。士道にそう言ってもらえる事への嬉しさ…もなくはないが、一番の理由は別。もしかして…そんな予感が、緊張と共に滲んでいく。そして侑理が次の言葉を待つ中、士道は一拍置き…言う。

 

「…なぁ、侑理。いきなり何の話をしてるんだって思うかもしれないが、昨日俺と侑理は……」

「──変えてきたんだよね。過去を、未来を」

「……──っ!」

 

 携帯越しに聞こえた、息を呑む音。その反応で、侑理は確信した。夢でも何でもなく、確かに侑理の知る『昨日』はあって、それを覆した先にあるのが『今』なんだと。侑理と同じように時間遡行をした士道もまた、それを覚えているのだと。

 困惑でも不審でもない、士道の驚き。その反応が、それこそが、何よりの証拠だった。

 

「……っ…良かった…本当に、良かった…」

 

 士道もまた、今のやり取りで覚えているのが自分だけではないと確信したのだろう。心の底から漏れ出るような、強張っていた身体が解けていくような、深い深い安堵の声が携帯から聞こえ…しかしそれに、侑理は少しだけ疑問を抱く。侑理も士道も覚えていた事にほっとはしたが、それにしてもオーバー過ぎるというか、ただそれだけではないような気がしたのだ。

 

「…え、っと…士道にぃ……?」

「あ、あぁ、すまん…。…色々、話したい事はあるんだが…今から朝食と昼食を作らなきゃいけないし、学校もあるからな…また後で話せるか?」

「うちはそれでも良いけど…昨日の今日で、大変だね…」

「はは…けど、いいんだ。今は、いつも通りの事をしたい気分だからな」

 

 あれだけ大変な経験をしたのだから、今日は休んでしまっても…と思った侑理だったが、士道の気持ちは理解出来た。失わずに済んだ『日常』を噛み締めたい…その思いは、侑理も同じであったから。

 そうして士道との通話は終了。切った侑理は携帯を返し、同時に自分への電話だった事を真那に伝える。

 

「朝から侑理に電話…さっきまでのテンションといい、まさか兄様と何かあったんじゃねーでしょうね…?」

「何かあったかと言われれば…うんまぁ、初めての経験をしたかな」

「ぶ……ッ!?は、は、初めてって……」

「うん?…え、あ、違うよ!?な、何を考えるのッ!?」

 

 かぁっと顔を赤くし目を剥く真那の反応に、侑理も慌てて違うと返す。士道との、初めて…言われたせいで思わず一瞬想像してしまい、こっちまで一気に熱くなる頬。

 

「な、ならややこしい表現するんじゃねーです…!」

「ご、ごめん…って、そんなややこしい表現だった…?今のはむしろ、真那の連想の方に問題がある気がするんだけど…」

 

 確かにぼかした表現はしたものの、だからってそれを変な意味に捉えるのは一般的ではないのではないだろうか。そう思ってじーっと見やれば、真那は頬を赤くしたまま目を逸らす。

 

「もう…でも、うん…ほんとに、良かった。真那が、元気でいてくれて」

「…よく分からねーですが…私の周りには危なっかしい相手ばっかりでいやがりますからね。それを思えば、何かあっても倒れてなんかいられねーです」

「ふふっ、そうやってしれっと自分を棚に上げる辺り、これぞ真那って感じだね」

「む、それはどういう意味でいやがるんですかねぇ?」

 

 無茶なら昨日散々した癖に、ときっと今ここにいる真那には伝わらない呟きを心の中で漏らしつつ、侑理はちょっぴり口角を上げる。

 そう。『昨日』の事を目の前の真那は知らないし、経験もしていない。そもそもこの世界では十中八九起こってすらいない。それは即ち、真那とは絶望を覆せた喜びも、もし似たような事が起きても皆を守れるようもっと強くなろうという決意も共有する事が出来ない訳で…しかしそれでも良かった。真那が、皆が元気で、当たり前のように会って話す事が出来る……それだけで侑理は、心から幸せだった。

 

 

 

 

『お邪魔しまーす』

 

 扉を開け、真那と共に中へと入る。時刻は夕方、電話が来た少し後に、士道から夕食後に話せるだろうかとメッセージが真那の携帯へと送られて来た為、更にそのメッセージには真那共々夕食に誘う旨が綴られていた為、その少し前の時間を見計らって侑理達は五河宅へと訪れた。

 因みに今日一日、侑理はTVを見たり、〈フラクシナス〉内の機関員と話したりして、今日が本当に世界が書き換わった上での明日なのか確かめていた。別に士道を疑う訳ではないが…昨日は次々とスケールの大き過ぎる展開が続いた為に、まだ何か見落としや隠されていた事実があったりするんじゃないかと気になったのである。

 

「い、いらっしゃい、ませ…」

「うぇるかむとぅ士道君と琴里ちゃんの家〜。そして将来嫁げば、四糸乃の家にも……」

「よ、よしのん何言ってるの…!?」

「…ええ、っと…何故四糸乃さんが出迎えを…?」

 

 一人(と一匹)でわたわたしている小柄な少女、四糸乃に困惑の表情を浮かべつつ、真那は侑理も思った事を問う。すると四糸乃は複雑そうな表情を浮かべ、ちょいちょいと侑理達をリビングへ手招き。

 

「えっと…実は士道さん、学校から帰ってきてから元気がなくて……」

「そうなの?朝電話した時は、全然そんな感じなかったのに…」

 

 会話をしつつリビングに入れば、ソファには琴里と七罪の、そして台所には士道の姿。士道はエプロンを身に付け今正に夕飯の用意をしているようで…琴里はなにやら不服そう。七罪も(実際はそうではないらしいが)表情的には詰まらなそう。

 

「あぁ…ハイ、二人共。そういえばさっき、士道が二人も来るって言ってたわね」

「今、四糸乃さんから兄様の事を聞いたんですが……」

「見ての通りよ。…って、分かる訳ないか……」

「…確かに、元気がないね…」

「あれは明らかに気持ちが沈んでる背中でいやがりますね…」

「なんで背中だけで分かるのよ…!?怖っ…!」

 

 真那と顔を見合わせ頷き合う中、七罪にぎょっとした目で見られてしまう。だが、それより今気にするべきは士道の事。何か知らないのかと侑理は琴里を見やるが、意図を理解した様子の琴里は首を横に振る。

 

「朝から変ではあったのよ?いきなり来たかと思えば日付を訊いてくるし、その後は抱き付いてくるし…」

「そ、そんな事あったん、ですか…?」

「ふーん…兄妹だけあって、普段からスキンシップも盛んなのね」

「なっ、違っ…!そ、そんな普段からイチャイチャしてる訳じゃないわよ…!」

「…なんか、私も似たような経験を今朝しやがったんですが……」

「えっ、そっちにも士道行ったの?朝から義妹実妹ダブルで抱きに行ったの?」

「そっちじゃねーですよ…!?」

 

 独特な解釈をしてくる七罪に、琴里も真那も顔を赤くしつつ突っ込む。そのやり取りを眺めつつ、侑理は士道も自分と同じような行動をしていたんだと知り、なんだか少しほっこりとした。

 

「…けど、ほんとにどうしたんだろう…朝はそうでもなかったんだから、学校で何かあったのかな……?」

 

 あの結末を覆す事が出来た、その喜びはそんな簡単に萎れてしまうものではない筈。となれば相当辛い事や悲しい事があったのではないかという思考に自然となるが、具体的な事は何も思い付かない。そして思い浮かばないのは琴里達も同じようで、全員がうむむ…と頭を悩ませる中、不意に七罪は…言う。

 

「……あのアンニュイな感じ。──女ね」

「な──ッ!?」

「えっ……?」

「うぇ……っ!?」

「は……ッ!?」

 

 女。その言葉に、全員が目を見開いた。琴里は愕然とし、四糸乃は驚愕し、真那は唖然としていた。侑理も仰天した。

 一体全体どういう事なのか。士道に向けられていた目は、一気に七罪へと向けられ…しかし注目された七罪は、途端に自信なさげになる。

 

「……あ、いや、違うかもしんないし、あんま気にしないで……」

「いやそこで弱きになるんじゃないわよ。言いなさいって」

 

 顔を背けた七罪を両手で自分の方へと向き直らせる琴里。少し前までなら、それだけでびくびくがくがくしていたであろう七罪だが、今は逃げる事なく…まあ目は泳がせていたが…おずおずながらも琴里に頷く。

 

「……男子高校生が悩んでるっていったら、そりゃ大体女が原因でしょ」

「それって、士道が誰かに振られたって事……?」

「そこまでは言わないけど……」

 

 いやまさか、そんな…という空気感になる中、七罪は私見を述べていく。実際そうかどうかはともかく、七罪の語りは説得力があり…だが段々と、その語りはネガティヴ方面に偏っていった。落とし物を拾ってあげるという何気ない展開から、入部というそれなりに緊張するイベントまで、学校生活であり得る様々な落ち込みポイントを上げていき……聞けば聞く程、なんだか心が苦しくなっていくようだった。というか、妙に七罪は学校生活に詳しかった。

 

「……と、とにかく。学校で何かあったのは間違いないと思う訳よ……」

 

 次から次へと七罪の口から出てくる鬱屈発言に、ずーん…とした気持ちになる侑理達。なんとか琴里が止めてくれたが、このまま聞き続けていたら、侑理も真那も四糸乃も、ソファで膝を抱えて俯く事になっていたかもしれない。

 

「…って、よく考えたらこの結論、侑理がさっき言ったのとほぼ同じじゃない……」

「へ?…あー、言われてみれば、確かに…?」

「…はは、長々と喋った挙句、何の意味もない無駄な内容だったとか…皆さんの視界に映ってごめんなさい、ゴミ箱に入ってきます…」

「な、七罪さん…!?どうしてゴミ箱に…!?」

「そうだよ七罪ちゃん!幾ら七罪ちゃんでも、ゴミ箱に入れる程のボディーじゃないって!」

『その突っ込みはおかしく(ない・ねーですか)…?』

 

 かなりまともな四糸乃とは対照的に、よしのんは色々エキセントリック過ぎる。そんな事も思いつつ、リビングの端にあったゴミ箱(勿論入れる訳がない)に沈もうとする七罪を宥めて侑理達はソファへと戻る。

 

「じゃあ、話を戻すとして…学校で何かあったってなら、私達に推理をするのは無理があるってもんですね。だからって、落ち込んでる兄様をそのままにはしたくねーですが……」

「私も、士道さんに元気がないのは……辛いです。何とか出来ないでしょうか……」

「そりゃあ、私だって何とかしたいとは思うけど、元気付けるって言っても……」

 

 何かしたい、何とかしてあげたい。皆そうは思うものの、その方法が思い付かない。そんな沈黙が侑理達を包み…ここで再び、ちょっと回復したらしい七罪が口を開く。

 

「……男子高校生に悲哀を与えるのが女なら、それを癒すのもまた、女でしょ」

「女って……えぇ、そういう……あれ?」

「…………っ」

「きゃーっ!七罪ちゃんのエッチー!」

 

 ストレート…ではないものの中々踏み込んだその発言に、琴里はハッとした後肩を揺らし、四糸乃は顔を赤くする。真那もぎょっとした顔になり…当然侑理とて、平然とはしていられない。いきなりだった事もあり、思わず七罪から目を逸らしてしまう。だが同時に、今ここにいるのがどんな面子なのかを思い出し…心の中に、衝撃が走る。

 

「……!そっか…そういう事なんだね、七罪…!」

「え?…いや、あの…そういう事って…?」

「ここにいるのは、美九さんや夕弦さん達に如何ともし難い戦力差を開けられている面々…つまりここでうち達が力を結集して、士道にぃを元気付けて、うち等ならではの魅力の虜になってもらおうという作戦…そうでしょう?」

 

 そう。ここにいるのは、見事に全員スタイルが慎ましい者達。真那達は覚えていないのだろうが、丁度昨日の昼間、「ここに琴里もいれば…」と話した面々。そして偶然ながらもその状態となった事を活かそうとしているのであろう七罪の考えに、侑理は感嘆の念を抱き……

 

「あ、いや、そんな事全然考えてなかったんだけど……」

「そうなの!?」

 

 残念。思いっきり空振りだった。しかも清々しさのある空振りではなく、全然違う方向にフルスイングという、目も当てられないような大事故だった。

 

「あー…これは赤っ恥でいやがりますね、侑理」

「うっ…い、言わないでよそんな事…!言われるまでもなく、滅茶苦茶自覚してるんだから…!」

「っていうか…言いたい事は分かるけど、それはそれで悲しいでしょその発想…如何ともし難い戦力差って……」

『…………』

 

 先の侑理の言葉を繰り返した琴里。それを受けて、無言の内に全員が下を見る。下を、自分の胸元を見やり……全員ちょっと、落ち込んだ。

 

「こ、こほんっ!…じゃあ七罪はどうするつもり…?まさか女子力とかじゃないよね?女子力なんて、悲しいけどうち等が束になって掛かっても士道にぃには及ばないと思うよ?」

「それはまあ、でしょうね…。そうじゃなくて、さっきの想像のせいで今なら私、ちょっとだけ霊力が使えそうなのよね」

 

 霊力が使えそう。それは即ち、ネガティヴな想像により精神状態が不安定になり、士道により封印された霊力の逆流が起こっているという事。少しだけなら、七罪は自身の精霊としての力…変身能力を行使出来るという事。だが……

 

「ちょ、ちょっと待った。もしかしてまた私達を子供にして、『僕だけの動物園』するつもりじゃないでしょうね?駄目よあれは。士道保父さんモードに入っちゃって、逆に負担増えるわよ」

「…っていうか、それで士道にぃが元気になったら、それはそれで嫌でしょ…。今のうち等はまだその、成長途中…?…だと思うけど、あの時の姿はもう、そういう段階ですらないし……」

 

 またあれを…幼児化&ケモミミ&レオタード&檻というトンデモコンボをやるつもりかと琴里は待ったをかけ、侑理達三人も「あれはちょっと…」と首を横に振る。

 しかしどうやら、そういう事ではないらしい。それを示すように、七罪もまた首を横に振って否定する。

 

「今回は……逆」

「え?」

「逆……ですか?」

 

 その回答に、琴里と四糸乃は顔を見合わせる。侑理もまたよく分からず、真那に問うように目をやるが、真那も「さぁ?」と肩を竦めてみせるだけ。

 

「ええ、逆。確かに私は、さっき侑理の言った事を否定したけど…正直、その通りだとも思うのよ。…ほんと、戦力差は絶望的だし……」

『それって……』

 

 逆という言葉。それだけでは分からなかった意味が、戦力差という言葉も並ぶ事で薄っすらと見えてくる。

 

「いや、でも…それって上手くいく…?良い悪いじゃなくて、私イマイチ展開が想像出来ないんだけど……」

「わ、私……やります。それで、士道さんが元気になるなら……」

「…うん、うちもやるよ。うちだって、士道にぃには元気でいてほしいから」

「…じゃあ、二人がやるって事でいい?」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!…やらないとは言ってないでしょ、やらないとは……!」

「そ、そう……じゃあ、琴里もやるとして……」

「へっ?わ、私もでいやがりますか?…いや、その、あの…私、兄様の妹で……」

『あっ…』

 

 四糸乃に続く形で、侑理も志願する。実際侑理も不安はある…が、それより今は士道を元気付けたい。その気持ちの方がずっと強い。そして侑理達がやると言えば、琴里も慌てた様子で後に続き、視線は当然残る一人となった真那に向く……が、そこからの困惑気味な真那の返しに、数秒会話は停止した。

 それはそうである。真那は士道と血縁関係にあるのである。そしてその真那が『女』として士道を癒すのは……ハードルが高いだろう。色々な意味で。

 

「……でも、待って…真那と士道にぃ…」

『……?』

「…悪く、ないかも……」

『ちょっと!?』

「わー、変な拗らせ方してるねぇ、侑理ちゃん」

 

 大親友にして大好きオブ大好きな真那と、既にもう自分の中で士道()()という呼び方が定着している士道。好きと好きの組み合わせなら良いのではないか、料理の様に最高の何かになるのではないか…ふとそんな風にも思った侑理であった。…よく考えてみれば、人間関係は勿論料理にしても好き×好きが上手くいくとは限らない訳だが。

 

「と、とにかく…やれるのね?七罪」

「た、多分。…あ、でも、やるなら急いで?気持ちが落ち着いたら使えなくなりそうだし、また色々想像するのも嫌だし……」

「わ、分かりました。お願いします、七罪さん」

 

 じっと見つめる四糸乃に、七罪は頷く。…が、見つめられてちょっと恥ずかしくなったのか、目を逸らし…今度は侑理と目が合った。はっとした七罪はまた目を逸らすも、今度は琴里、更にその後は真那と目が合い続け…まごまごし始めてしまった七罪の様子に、侑理達は苦笑。それから侑理はこほんと一つ咳払いをし、全員を見回す。

 

「皆。傷心の士道にぃを、うち達で癒してあげるよ!」

『おー!』

 

 侑理の掛け声に応じて挙げられる三つの拳。四糸乃や琴里は勿論、なんだかんだ七罪もやる気のようであり……真那だけが、何とも言えない表情をしていた。

…それはそうと、これだけ騒いでいるのに全くこちらに反応をしない辺り、士道の状態は本当に相当なものらしい。

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