デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第六十四話 今こそ力を結集せよ

 過去を変える。それによって未来を変える。夢の様な、荒唐無稽にも思える可能性を、奇跡を、士道は成した。狂三の、侑理の、そして過去と未来を変えるに至るまでで皆の力を借りて、実現した。そこに後悔はない。ある筈などない。

 だが過去と未来を変えるというのは、即ち歴史を紡ぎ直すのと同義。上流から下流へ流れる水の様に、過去ありきで未来はあるからこそ、士道は過去を変える事でその先にある未来を、絶望を覆す事に成功したが、同時に士道は五年前から今に至るまでの全てを改変したのではない。あくまで過去のある一点、出来事の一つを少しだけ変えたに過ぎないからこそ、未来がその一点絡みを除いて大きく変わる事はなかったが…その一点、その少女の歩む道だけは、確かに大きく変わった。士道の知る未来から、恐らくまるで違う未来へと、切り替わってしまった。

 それは決して、不幸な事ではない…筈。その一点が変わった事で、少女は…折紙はきっと、精霊(未来の自分)によって両親を奪われる事なく、士道の知る未来を歩まずに済んだからこそ──士道の知らない未来で、士道と出会う事なく、生きている。…ただ、それだけの事なのだ。

 

「……っ、危ね」

 

 夕食の準備中、無意識の内に自分の指を切りそうになって、ひやりとした感覚と共に我に返る。

 士道は今日の事を思い返していた。あの絶望が訪れる事なく迎えられた翌日。琴里が普通に家にいて、十香と耶倶矢、夕弦と共に当たり前の事として学校へ行く事の出来る、ありふれた…けれど今ならはっきりと分かる、幸せな朝。侑理と真那の無事も分かり、四糸乃と七罪もいて、恐らく美九も普段通りに生活している…絶望を覆したからこその未来。だがその未来に、折紙の姿はなかった。DEMへの移籍に際する方便としての『転校』をしてしまったのではなく、そもそも元から士道達の通う来禅高校に折紙は在籍していなかった。…何も、おかしな事ではない。士道の『選択』によって折紙は両親を失わずに済んだ以上、両親を失うというあまりに大きい出来事が消滅した以上、そこから先の未来はむしろ大きく変化する筈なのだから。

 それは士道が望んだ事。望み、そうなるように行動した結果。だからこの世で唯一、士道だけは違う未来を歩んだ事へ文句など言える訳がないのだが、言うつもりも毛頭ないのだが…士道は、悲しかった。切なかった。何も変えられなかった一度目の時間遡行…そこで両親の死を目の当たりにしてしまった幼い折紙の心を士道が受け止めた時、その日を最後に涙も笑顔も封じ込めた折紙が、普通に笑う姿を…一目でいいから、見てみたかった。

 

(駄目だな。これじゃ折紙の幸せも、折紙の両親の事も、蔑ろにしてるみたいじゃないか…)

 

 無論そんな事は微塵も思っていないが、そんな風に考えてしまう。折紙の事が、どうしても頭から離れない。とはいえ、このままでは本当にいけない。取り敢えず今は料理に集中しなくては、怪我をするかもしれないし、火事を起こすかもしれない。今日は侑理と真那を夕食に招いているのだが、二人が来た時士道は家全体を巻き込む超絶フランベ(勿論アルコールなど使っていない)をしていた…なんて事になったら、全くもって洒落にならない。

 

「よし……」

 

 深呼吸をし、渦巻いていた思考を一旦脇に置く。折紙の事はまだすぐには割り切れないだろうが、今はまず夕飯の事。その次は…侑理の事。そう考え直し、包丁を握り直したその時。

 

「──し、士道。手伝うわ」

「今、野菜を切ってたんだよね?それ位ならうちにも出来るから、任せてっ」

「ん?ああ、ありがとう。っていうか、侑理はもう来てたん、だ…な……」

 

 聞こえてきたのは、微かに震えているような琴里の声と、若干上擦っただような侑理の声。侑理が来ている事を知らなかった…というより気付いていなかった士道は驚きつつも、何気ない調子で振り返り…固まる。

 そこにいたのは、確かに二人…それに四糸乃を加えた三人だった。それはいい、それはいいのだが…一体全体どういう訳か、三人共中学生位の(琴里は実際中学生だが)まだ幼さの残る姿ではなく、士道と同じ位の外見年齢にまで成長していた。背が伸びているのは勿論、顔立ちも『少女』から『大人』に近付いた…されどまだ完全に変わった訳ではない、遷移の最中だからこその可愛らしさと美しさを併せ持つ在りようへと変化しており……つい見てしまったが、侑理と四糸乃の胸は見た目相応に大きくなっていた。琴里は…まあその、成長しても慎ましさを忘れない、そんな素敵な妹だった。

 それだけでも十分に驚きなのだが、更に士道を驚愕させたのは、三人の格好。これまたどういう事なのか謎だが、侑理は黄色と白のツートーンの、琴里は赤地に白の水玉模様の、四糸乃は桃色一色のビキニ水着を身に纏い、その上にフリル付きエプロンと頭にはヘッドドレスを装着した、水着メイド三人組になっていたのである。…冬が近付く秋の日にそんな格好をしている事もあって、如何わしいお店に来ちゃった感が半端ない。おまけに三人共今の格好を恥ずかしいとは思っているのか、個人差はあるものの全員顔を赤くしていて…結果、尚更イケナイ感じが凄い。

 

「さ、三人共、なんて格好してるんだ!?ていうかその身体──」

「い、いいじゃないそんな事」

「そう…ですよ。それより、私達にもお手伝いさせて……下さい」

 

 幾ら何でも情報過多が凄まじ過ぎる。色んな意味で目のやり場に困る。そんな思いで士道は後退るも、琴里と四糸乃は一瞬視線を交わらせた後、左右から士道へ寄り添ってくる。

 これでどう手伝うというのか…などと言っていられる状況ではない。腕に手を絡めているものだから、下手に動くと胸に触れてしまう。慎ましさを心得ている琴里はまだしも、四糸乃は既にギリギリの状態。…因みにもう一人の水着メイド、侑理は二人の行動にハッとした後、次の行動に迷うような表情を見せ…その後、腕を組んで自身のスタイルを士道へ向けて強調していた。でもやっぱり恥ずかしさはあるらしく、寄り添ってきた二人共々、更に顔は赤くなっていた。

 

「いや、ちょっ…七罪!お前の仕業か!?」

 

 このままでは危ない、色々な意味で危な過ぎると堪らず士道が叫べば、リビングにあるソファの背もたれ…その影からちょこんと出ていた頭頂部が、びくっと震える。そうして五河宅内は静かになり…静寂の中、観念したようにゆっくりと七罪が姿を現す。

 やはりというべきか、七罪も侑理達同様成長していた。それも何度か目にした大人モード…色っぽく妖艶なお姉さんとしてのそれではない、大人に差し掛かる最中の姿。

 そう。変身こそが、七罪の持つ精霊としての能力。その力を士道は何度も見ているし、昨日も『五年前の世界』で不審に思われないよう、士道自身五年前の頃の自分へ外見を変化させたばかりなのだから、分からない道理などない。ただ、一つ気になったのは七罪の格好。七罪も高校生位にまでなっていたが、メイド服を着ていたが…水着姿ではなかった。至って普通(?)のメイドさんだったのである。

 

「──って、ちょっと待てこらぁ!七罪!なんで自分だけ水着じゃないのよ!全員これでいくって言うから承諾したんじゃない!」

「……いや、だってほら……よく考えたらそんな恥ずかしいカッコ出来ないっていうか、なんだか馬鹿みたいっていうか……」

『馬鹿みたいな格好(うち・私)達にさせたんかいっ!』

「お、お二人とも……落ち着いて……」

 

 流石にちょっとあんまりな返しに、実は結構突っ込み気質な琴里は勿論、侑理も揃って強く抗議。四糸乃は宥めようとするが、侑理はともかく琴里は完全に怒ったようで、謎の袖を捲る動作(ビキニ水着なのに)をして七罪へ襲いかかっていく。

 

「このっ、同じ格好に…その服をひん剥いてやるわっ!」

「いやぁぁぁっ!おーかーさーれーるー!」

「誰がするかそんな事ッ!」

 

 涙目で逃げる七罪を、琴里は凄まじい気迫で追い掛ける。ぐるぐるどたばたと、どこぞの猫と鼠のコメディばりにリビングの中を走り回る。

 

「…あ、ど、どう…しましょう……」

「うーん…取り敢えずうち達は、士道にぃのお手伝いする?…って、いうか…士道にぃ、今のうち達はどう?可愛い?綺麗?」

「……!」

 

 そんな二人から士道へ視線を戻したかと思えば、やっぱりちょっと赤い顔で…されどじっと見つめて感想を求めてくる侑理。その言葉を聞き、ぴくっと肩を揺らした四糸乃も、隣で士道を見つめてくる。

 色素の薄い黒と、深く濃い蒼。二人の双眸に映る、士道の姿。いつもより自分に近い、距離の縮まった二人の瞳に、士道はどきりとさせられる。そして、数秒の沈黙の後…士道は、口を開く。

 

「…そりゃ……」

『そりゃ…?』

「…滅茶苦茶、良い…と、思う……」

 

 自分自身顔が赤く、頬が熱くなるのを感じながら、士道は答える。瞬間、二人の顔は更に紅潮し…だが、それから嬉しそうに頬が緩む。

 実際、本当に良かった。お世辞など一切なしに、とんでもなく良かった。四糸乃はその儚くも可愛らしい雰囲気そのままに成長している為、可愛らしさに大人っぽい色香が直で加算されたようであるし、逆に侑理は愛らしいという印象だったが、成長によりぐっと大人の魅力が…それこそ『綺麗』というべき容貌へと変わっている。何かもう、四糸乃からは他の追随を許さないレベルの包容力すら感じるし、侑理はクォーターである事を痛烈に思い出させる位異国の美人感が溢れている。

 無論、二人だけの話じゃない。琴里も成長により黒リボンの時に纏う凛とした雰囲気や堂々たる様子がぴったりと合うようになり、それでいて昔から変わらない愛嬌ある面持ちも面影の様に残っているからこそ、美少女と美女の両要素を高次元で両立している。同じく七罪もメイド服というそこまでスタイルが分かり易い訳ではない服装だからこそ、大きく大人っぽくなりながらも主張し過ぎてはおらず、それによって七罪が生来持つ純粋な魅力…即ちクールで静かな女性という、心惹かれる良さを遺憾無く発揮していると言っても過言ではない。

 

「あ、あの…その…そう思ってもらえて、嬉しい…です……」

「んふふ〜、でしょでしょ?ちょっとだけど、今のうちってエレンさんみたいでしょ?」

「…はは……」

 

 恥ずかしいと嬉しいが混ざり合ってような顔をする、照れながらもこちらをちらちらと見てくる四糸乃はやっぱり大人っぽくなっても可愛らしい。一方侑理はこれまた分かり易く上機嫌になり…そこで出てきたある人物の言葉に、士道は乾いた笑いを漏らす。

 顔立ちこそそうでもないが、黙っていた場合の雰囲気であれば、確かに今の侑理はエレン…DEMの魔術師(ウィザード)である、エレン・ミラ・メイザースと似ていなくもない。そしてそのエレンと侑理は元仲間なのだから、離反した今もただの『敵』とは考えられない、という思いがあってもおかしくはない。だが士道からすればエレンは厄介どころではない、あの得体の知れないアイザック・ウェストコットと同様最大の脅威と言えるだけの相手であり…そんな彼女と似てるでしょ?…と嬉しそうに言われても、反応に困ってしまうのだ。

 

「観念しなさい七罪ぃッ!」

「ひぃいぃぃぃぃぃぃッ!」

「お、おい、落ち着けって二人共!」

 

 と、思っていたところで再び聞こえてきた二人の叫び。なんだかもう本当に事案みたいな光景になってきた事と、あんまり暴れられると埃が舞って料理に入ってしまう可能性がある事から、士道は止めに入ろうとする。

 だが、結構な速度で走り回る二人を下手に止めようとすれば、お互い怪我をしかねない。特にフローリングの床での転倒は危険だと、一旦カーペットの敷いてあるリビングの方まで移動をし……

 

「──へっ?」

「あ……」

 

 その瞬間、回り込む形でソファの向こう側へと出た瞬間、士道はそこにいたもう一人の人物と目が合った。

 侑理達と同じ位の背格好に、これまた三人と同様のビキニメイドさんスタイル。青地に黒で縁取られたビキニを身に付けた、ソファへ隠れるようにして小さくなっていた少女。後頭部で一纏めになった紺青色の髪と、琥珀色の瞳、それに左目の下へ打たれた泣き黒子が特徴的な、やや中性的にも思える容姿。そこにいた人物は、女性は、少女は──士道の実妹、崇宮真那。

 

「…ま、真那…?そこで一体、何を…?というか、その格好は……」

「あ、あああのこれはっ、いやっ、その……!」

 

 あまりに予想外、想定外過ぎる遭遇に士道は茫然とし、真那はかぁっと顔を赤くする。これまでに見た事ない程、激しく狼狽える。

 ここに真那がいる事そのものは、理解出来る。真那の事も侑理と共に呼んでいた訳だし、その侑理が今はいるのだから。また、侑理達の格好…というかやっている事もまた、まぁ理解出来ない訳ではない。動機や目的は分からないが、士道と侑理達はデートをした中であるし、侑理以外とはキスもした事があるのだから。少なくとも琴里達については、今も士道の事を嫌いにならないでいてくれているのなら…友達や単なる兄妹以上の関係ではある筈なのだから。だが、真那は違う。違うし、そもそも実妹なのだ。真那にこんな格好をする趣味もなかった筈なのだ。どう考えたって、何をどうしたって、真那が侑理達と共にこんな格好をしているなんておかしい訳で……しかし状況的に仕方ないとはいえ、茫然として立ち止まってしまったのは不味かった。周囲への注意力が皆無となってしまったのは、致命的だった。

 

「わっ、わわっ!」

「うぇ…ッ!?」

「ふぇ…っ!?」

「ちょっ、士道に…いぃッ!?」

「な──!」

「きゃっ……!」

 

 背後から七罪の慌てるような声が聞こえてきた直後、背中に激しい衝撃が走る。恐らく急に立ち止まった士道へ七罪が突っ込んでしまったのだろう、という事は分かったが、分かったところでどうしようもなく、そのまま士道は正面…即ち真那の方へ倒れ込む。

 更に侑理、琴里、四糸乃の声がしたのとほぼ同時に、今度は左右と脚へ衝撃が来る。どたんばたんどすんごつんとあちらこちらから音が響き、リビングへ盛大に埃が舞う。

 

「いてて……って、うん…?」

 

 ちょっとした交通事故かと思う程の大惨事。しかし衝撃や音の割に、士道は床へ強打した膝以外に大して痛みを感じない。その事に違和感を抱きつつも、士道は起き上がろうとし…気付く。自分の、今の状態に。今、自分の目の前には…いや、目の前どころか思いきり密着する状態で、水着メイド姿の真那がいる事に。しかも真那を押し倒す形で倒れ込んだ結果、程良くそのサイズを増した真那の胸へ顔を埋めていた事に。

 

「ぇ、あ…に…にい、さま……?」

「ぅああすまんッ!すまん真那──」

「ひゃんっ!」

「ええぇッ!?」

 

 曲がった事が嫌いな真那に、事故とはいえこんな事をすればどうなるか。それが脳裏に浮かび血の気が引いた士道だったが、あまりにとんでもない状況過ぎて理解が追い付いていないのか、真那は耳まで真っ赤に染まった顔でぱくぱくと口を震わせる。そんな中、先に我に返った士道は泡を食って今度こそ立ち上がろうとするも、跳ね上げた後頭部が柔らかな感触に包まれる。一瞬してから、目の前が白い布で覆われ…それが七罪のメイド服、そのスカートの裏地である事、自分が後頭部に当てたのは七罪のお尻である事を理解してしまったからさぁ大変。余計に士道はテンパり、手も足も勢いのままに動かしてしまった事で、それぞれに何かを引っ掛けその度新たな悲鳴が上がる。

 

「あ、し、士道さん……!?」

「ちょっと!?し、士道待って…いやほんとに待ってぇええええぇッ!」

 

 伸ばした指がビキニのトップスの紐に引っ掛かり、解けてしまう四糸乃の水着。辛うじてよしのんが見えちゃ不味い部分は押さえていたものの、冗談抜きに裸エプロン状態となってしまった四糸乃。

 跳ね上げた足先がビキニのボトムスの端に引っ掛かり、あろう事かずり落ちる琴里の水着。本能的にヤバいと思って間一髪目を逸らしたものの、多分もう完全に隠れているべきところが出ている琴里。

 そして、四糸乃がいるのとは逆の腕。その手の内にあるのは、柔らかくも滑らかな感触。テンパっていた士道は、それが何かも分からないまま反射的に掴んでしまい……

 

「ぁっ…ふぁ……っ」

 

 瞬間聞こえた、艶っぽい吐息の様な声。普段の明るく、活気ある声とは違う、女性としての色香が滲むような、心を掻き乱され衝動を駆り立ててくるような侑理の声音。その声に、艶めきに、自分の手が侑理の胸元にあるという事実に、士道は思考が真っ白となり……直後、静寂の中で士道の下から声が響く。

 

「…何を…してやがるんですか兄様はぁああああああああああッ!!」

『へっ、ちょッ…きゃああああぁぁぁぁッ!?』

 

 侑理への凶行がトリガーになったのか、真那の瞳に蘇った正気。怒りと恥ずかしさ、それが極限まで融合したような顔で真那は士道を突き飛ばし…されど士道は四人の少女、いや女性に囲まれた状態。押された結果、立ち上がろうとしていた七罪のスカートの中に、それも今度は下から薄布へ頭を突っ込む形となり、更に姿勢が変わった事で四糸乃と琴里の水着をいよいよ完全に引っ剥がしてしまう。おまけに身体へ力が入り、侑理を、彼女の胸を鷲掴みにまでしてしまい……その日、その時、五河宅では、怒号と悲鳴と士道の声にならない叫びが家中に響き渡るのだった。

 

 

 

 

 色々な意味で一生忘れる事なんてなさそうな大騒動から数分後。士道は元の姿に戻った五人から話を聞いた事で、侑理達が何をしたかったのか…そして、今の士道が周りからはどう見えていたのかを知るに至る。

 

「ふん……悪かったわよ」

「すみません……士道さん」

「申し訳ねーです…」

「ほんと、お詫びします…」

「……ごめん」

 

 ソファに座った状態でそれぞれ目を逸らしていたり、若干俯いていたりしながらも謝る五人。何故か侑理が敬語だったのは、やはり士道のやってしまった事がショッキングだった…という事なのだろうか。…深くは考えないでおく。

 

「いいよ。気にすんな。──こっちこそ、気を遣わせちまって悪かったな。俺を元気付けようとしてくれたんだろ?」

 

 そう言って、士道は侑理達に笑いかける。確かにえらい目に遭いはしたが、士道が折紙の件で分かり易く落ち込んでいたのがそもそもの要因。それに、妹二人を始め落ち込んでいた自分を気遣い、癒してくれようとする相手がこんなにもいる事は、素直に嬉しかったのだ。……後はまぁ、健全な男子高校生としてさっきの経験が嫌なものだったかと言えば、全然そんな事はない訳で…ともかく士道としては、この事を引き摺るつもりはなかった。──ある一点を、除いては。

 

「…ただその、ちょっと分からない事があるっていうか…なんでまた、真那まであんな格好を……?」

「う……」

 

 訊かない方がいいかもしれないと思いつつも士道が言えば、真那はびくりと肩を揺らす。それからまた顔を赤くし、両手の指を胸の前でつんつんとし…小さく、呟く。

 

「今思えば…というか、事が始まって以降はずっと正気じゃねーとは思ってはいやがりましたが、七罪さんに頼む時点では、妹として琴里さんに遅れを取る訳にはいかねーというか、義妹の琴里さんがそこまでするなら、実妹たる私もやらねばという思いがあったというか……」

「あ、あー…そういう……」

「…士道にぃ。分かってるとは思うけど、真那も士道にぃを思ってやったんだからね?対抗心故に…っぽく言ってるけど、一番な思いはそこじゃないからね?」

「ちょっ、侑理…!今そんな事を言われても恥ずかしいだけ──」

「後、可愛かったでしょ?妹云々を抜きにして考えたら、超絶可愛くて美人だったでしょ?」

「私の実の兄に何を訊いていやがるんですか!?」

 

 フォローしてるんだか更に追い詰めようとしているんだかよく分からない侑理の発言。それに真那が目を剥き、琴里達は困惑気味の表情を浮かべる。そして、成長した真那の姿はどうだったかと訊かれた士道は、先程の姿を思い出し……言った。

 

「どう、って言われると……女装した自分にそっくりで、言葉に出来ない思いが込み上げてきたかな…」

『…おおぅ……』

 

 リビング内を席巻する、複雑過ぎる程複雑な空気。疑問は晴れたが、全然心は晴れやかではなく…気を取り直すように、士道は一つ咳払い。

 

「ありがとよ、皆。気が引き締まった。もう大丈夫だ」

 

 その言葉で、五人は頬を緩め…顔を見合わせ、小さく笑う。引っ込み思案な四糸乃やどうしても後ろ向きに考えがちな七罪、元はDEM所属である侑理や真那、司令官として自分に厳しい面のある琴里…そんな五人が普通の友達の様にこうして笑っている姿が、ある意味一番元気をくれる…そんな風にも思う士道であった。

 

「ふ、ふん……それでいいのよ。別に何があったかなんて詮索するつもりはないけど、いつまでもそんな調子じゃ精霊達が不安がっちゃうでしょ?」

「えー、それは琴里もでしょー?」

「なっ…わ、私は別に……」

『…………』

「……わ、私だって一応精霊だし…!」

 

 恐らく士道は温かな目をしていたのだろう。そしてそういう目で見られるのが不服だったのか、強がるように腕組みをする琴里だったが、侑理よ返しで調子を崩し、更に四人からの「さっきまで一緒にあんな事してたのに?」…という視線を受けた事で、最初の言葉の中の『精霊』には自分も含まれている…という、誤魔化してるようで全然誤魔化せていない方向性へと舵を切る。しかし誤魔化せていない事も自覚していたようで、苦笑する士道の前で口をへの字に結んで更に続ける。

 

「いつまでも気を抜いていられちゃ困るのよ。またいつ精霊が現れるか分からないんだから。未知の精霊は勿論、狂三だっているし、それこそあの〈デビル〉だって……」

『え?』

 

 琴里の至極尤もな発言。だがその中にあった聞き覚えのない識別名に、士道は…否、士道と侑理は目を瞬かせる。それから二人で顔を見合わせ…知らないよね?というアイコンタクトに士道は頷く。

 

「何よその反応。あの精霊狩りの〈デビル〉よ?〈ナイトメア〉時崎狂三に並ぶ最重要警戒対象じゃない。忘れたなんて言わせないわよ?」

「狂三と……並ぶ?」

「よりにもよって、あの時崎狂三と…?」

 

 次なる琴里の言葉が、更に士道と侑理を困惑させる。歴史の書き換わった『今の世界』において、折紙は士道の通う来禅高校にいなかった…即ちこの世界の歴史で士道は折紙と出会わなかった事を今日知ったばかりの士道にとって、知らない精霊がいる事自体はそこまで驚きではない。ひょっとすると、精霊達と出会った順や霊力封印までの経緯も実は違うのかもしれない。しかしだとしても、最悪の精霊と呼ばれる狂三に並ぶというのは俄かには信じ難い事であり…それが顔に出ていたようで、琴里は訝しげな表情を見せる。

 

「士道はまだしも、侑理までって…本当に今日はどうしたってのよ」

「侑理は朝から変でいやがりましたからね…その侑理は、兄様と何かあったようですし……」

「え、何かって何?」

「おやおやぁ?それはよしのん気になるな〜?」

「…………」

 

 過去を変えた事について侑理も真那に殆ど話していないようだが、一方で妙な誤解をされそうな言い方をしていたらしい。それを知った七罪は半眼で、四糸乃は無言でじーっと士道を見やってきて…それを誤魔化すように、士道は急いで琴里へ問う。

 

「こ、琴里!おかしな事を言うようだけど、説明してもらえないか?その──〈デビル〉って精霊について」

 

 実質覚えていない(正しくは知らない)事を士道は認め、これに侑理がうんうんと便乗してくる。覚えていない事に呆れたのか、それとも誤魔化そうとしている事を見抜かれたのかは分からないが、琴里ははぁ、と溜め息を吐き…それからまた、口を開く。

 

「〈デビル〉。顕現は確認されているけど、一度も接触に成功した事のない、正体不明の精霊よ。そして……」

 

 語り始めてくれた琴里。それに士道達が耳を傾ける中、琴里は一拍置き…言う。

 

「──恐らくではあるけれど、反転体よ」

「な……!?」

「反転体、って……」

 

 あの狂三に並ぶ危険な精霊。その言葉にも士道達は驚いた。だが、今の言葉は…元々精霊は超常の存在だという事を踏まえても尚、異常だとしか言いようのない『反転』状態の精霊が、普通に出現しているという事実は、再び士道と侑理に深い驚きをもたらした。

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