デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第六十五話 後悔、思い──そして願い

 良くも悪くも、侑理にとっても恐らくは士道…というか全員にとっても刺激的だった、刺激的過ぎた『士道を癒して元気にしよう作戦』とその顛末。結論からいえばあまり思い出したくはない…思い出すとそれだけで顔が熱くなりそうな結果となってしまったが、なんだかんだ士道の元気を取り戻す事には成功した。結果オーライ…とは言えないものの、やって良かったと思える位のところへと落ち着いた。

 それからやり取りの流れの中で耳にした、〈デビル〉という識別名。侑理の、そして士道の知らないその精霊の存在は…あまりにも、侑理達にとって予想外のものであった。

 

「反転…っていうのは、確かな事なの?時崎狂三みたいに、単に凶悪なだけ…って事はない?」

「違うわ。分かってると思うけど、反転は行動じゃなくて状態を指すものだもの」

 

 頭に浮かんだ可能性を口にするも、琴里は首を横に振って否定を示す。だが正直、この答えは予想していた。一応訊きはしたものの、それはないだろうと侑理自身思ってはいたのだ。

 

「なら、さっき言ってた『精霊狩り』っていうのは?」

「言葉通りの意味よ。──〈デビル〉は、単独では出現しないの。必ず、他の精霊が顕現した際に現れては……その精霊に攻撃を仕掛けるのよ。七罪なんて、十香達が助けに入らなかったらヤバかったんだから」

『え?』

 

 侑理に続いて士道も問う。それに琴里が答え…侑理は先程の様に、士道と顔を見合わせる。説明の意味が分からなかった訳ではない。ただ、七罪が襲われた事、そこに十香達が助けに入った事…それについて、覚えがあるのだ。そして覚えはあるものの、その記憶の中に〈デビル〉と呼ばれる精霊はいない。

 

「ヤバかったって…それは、エレンさんによる攻撃の話じゃ…?」

「エレン?確かにあの場にはDEMの魔術師(ウィザード)もいたし、うちと〈デビル〉、それにDEMの三つ巴状態ではあったけど、七罪を追い詰めたのは間違いなく〈デビル〉よ。…まぁ、流れ次第じゃあの魔術師(ウィザード)が取って代わっていてもおかしくはなかったでしょうけど」

 

 知っている知らないの話ではなく、知っている内容についての齟齬。どうやらこの世界においては、あの場に〈デビル〉もいた…というより現れたらしく、その上でやはり七罪はピンチに陥ったらしい。そして当事者たる七罪はと言えば、その時の事を思い出したようで顔を青くしていた。

 

「三つ巴、って事は〈デビル〉はASTやDEMに協力してる訳じゃないのか…じゃあ、なんで〈デビル〉は精霊を……」

「さあね。何か理由があるんでしょうけど、そればっかりは本人に聞いてみない事には分からないわ。すぐどこかへ姿を絡ませちゃうものだから、〈ラタトスク〉もまだ、一度も接触出来てないのよ」

「そ、っか…。…なあ……その〈デビル〉の映像か画像って見られるのか……?」

 

 一筋の汗を垂らし、顎に手を当てる士道。深刻そうな面持ちは、琴里達からすれば〈デビル〉の危険性を思い出したように見えるのかもしれないが、思い出すも何も侑理達はその識別名自体が初耳の状態。だからこそ逆に、侑理も士道の反応の意味が分からず、疑問を抱いている内に琴里が返す。

 

「あるにはあるけど……見てもあんまり意味ないと思うわよ?」

「え?どういう事だ?」

「うーん……ま、百聞は一見に如かずよ。ちょっと待ってなさい」

 

 いつの間にか咥えていたチュッパチャップスの棒を上下にピコピコさせた後、そう言って琴里はリビングを出ていく。それを侑理は見送り…ふと、考える。

 

「…………」

 

 今のやり取りに思うところがある訳ではない。考えていたのは、先程分かった『齟齬』についての事。ある可能性、ひょっとしたらという思いが侑理の頭には浮かんでいて…その侑理へと掛けられるのは、隣からの声。

 

「侑理?どうかしやがりましたか?」

「あ…えっと……」

 

 ハッとして横を見れば、そこにあったのはこちらの顔を覗き込むようにしている真那の姿。どうかしたのかという問いに、侑理はどう答えるべきか数秒考え……言う。

 

「…あの、さ…ジェシカさんの事、覚えてる……?」

「……そりゃ、忘れる訳ねーです…」

「…だよ、ね……」

 

 驚いたような反応と、沈黙。そして返ってきた、短い答えと…とても一言では言い表せないような、暗く複雑そうな面持ち。

 侑理は思ったのだ。もし自分の知る歴史と、書き換わったこの世界の歴史に齟齬があるのなら、あの出来事…DEM日本支社での戦いも、何か違っていたのではないかと。もしかしたら、ジェシカは今も生きているのではないかと。

 だが、探りを入れるような侑理の問いに対する答えで、その声と表情で、理解する。分かってしまう。全く同じかどうかは不明だが…書き換わったこの世界においても、もうジェシカは過去の存在なのだと。違う未来を辿る事は出来なかったのだと。…だからといって、何か変わる訳ではない。同じ結末を迎えたのなら、そこにプラスもマイナスもない。それでもやはり…侑理は、悲しかった。

 

「待たせたわね。これよ」

 

 心がきゅっとなる感覚を抱いた数秒後、戻ってきた琴里はタブレット端末を士道に見せ、動画を再生する。侑理も頭をふるふると横に振って、その映像を覗き込む。

 

「これは……」

「戦闘の映像、だね」

 

 爆撃でも受けたような、無惨な有様の街並みと、至る所から上がる煙。宙には幾つもの攻撃が飛び交い、激戦のさまを見せている。

 その中で最も視線を引くのは、天に座するように浮かんだ『闇』。散らすように無数の羽を従え、無差別に攻撃をする『それ』の存在を、はっきり認識する事が出来ない。闇が衣の様に覆っている為、その中心にいるのが人…或いは人型の何かである事しか分からない。正体不明、判別不能、だが闇を纏い無差別に街を焼く異常な精霊とその配下の羽を見れば、〈デビル〉…悪魔という識別名を付けられるのも納得がいく。

 だが…そんな事は、どうでも良かった。そんな事は、あっという間に思考の片隅へと追いやられた。それよりも、遥かに、圧倒的に、侑理の思考を占領する『事実』が、そこにはあった。

 

(…嘘、でしょ……)

 

 茫然とする。唖然となる。恐らくは士道も同じ状態なのだろう、彼の方から微かに漏れ出るような声が聞こえてくる。

 はっきりとした姿は分からない。闇に…常闇を凝縮したような霊装に包まれていて、前はしない。それでも侑理には、見覚えがあった。その姿に、霊装に、闇の光芒を放つ羽の存在に、それによって蹂躙されていく光景に…まるで空が、世界が闇に飲み込まれていくような惨状に、確信を抱いてしまった。──何故なら、知っているから。見ているから。今のこの世界においては、侑理と士道だけが経験した『昨日』と、同じ景色がそこにはあったから。

 あぁ、そうだ。間違いない。間違えようがない。それは、そこにいるのは、〈デビル〉と呼ばれる反転精霊は……

 

「……折、紙……」

 

 自らの意思の為、決意の為、力を欲し、全てを捧げ、その果てに復讐を果たそうとして絶望した少女、鳶一折紙。彼女が精霊となり、真実を知って反転した精霊。それが、悪魔と呼ばれる存在だった。震える士道の声が、その声で呼ばれた名前こそが……偽りようのない、答えだった。

 

 

 

 

 変身も水着メイドもなしに、普通に士道の料理を手伝い、夕食を取り、片付けをし……士道と共に、侑理は彼の部屋へと訪れた。…当初の目的、朝の約束を果たす為に。

 

「えっと、お邪魔します」

「あ、おう」

 

 士道に続いて、士道の部屋へと入る。中へ入り、ぐるりと見回し…侑理は言う。

 

「…うち、士道にぃの部屋に入るのって、初めて…だったよね…?」

「それは…言われてみると、そうだな…」

 

 異性の部屋、それも真那の兄であり自らが慕う士道のプライベート空間に入ったのだという事実に、何となく侑理の心はドキドキする。もし平時、ただ遊びに来た際に部屋へ入ったとなれば、もっと好奇心が沸いたかもしれない。

 だが、今は別。色々じっくり見てみたいが、ちょっと探索してみたい気持ちもあるが…それよりも今は、話すべき事がある。

 

「…けど、驚いたね。まさか、鳶一折紙……さんが、今の世界でも精霊になってて、しかも反転までしてるなんて……」

「ああ…どうして、折紙がまた……。…もしかして、俺達は過去を変えられなかったのか…?」

「ううん、それはないと思う。あ、いや、勿論何かがあって、結局過去を変える前と同じような結果になっちゃった…って事はあるのかもしれないけど、少なくともうち等の知っている『昨日』とは違う『未来』に変わったから、皆との日常が今ここにある…そうでしょ?士道にぃ」

「…そう、だな。うん、侑理の言う通りだ」

 

 首を横に振り、侑理は否定した。きっと違うと、今ここにある日常こそがその証明だと士道に伝え…軽く肩を竦めた士道は、頬を緩める。表情にあった険しさが薄れる。

 とはいえ、精霊化し、更には反転までしているのは事実。歴史が変わった以上、少なくとも元々の世界で存在していた『反転の理由』はなくなっている筈で、尚且つ精霊化した間接的な原因が『十全の力を取り戻した十香との戦闘』であり、それもまた琴里達が誰も折紙の存在を知らないらしい事を思えば、今の世界においては起こっていない筈の事。どう考えてもあの少女が反転精霊になっているというのはおかしな話で……同時にこの時、侑理は複雑な思いにもなっていた。彼女の名前を口にした時、自然と出たのがこれまでの「折紙さん」ではなく、「鳶一折紙」という親しさを拒絶するような呼び方だった事が…そして彼女の事を思うと、酷く心の中がもやもやする事が、しこりの様になっていた。

 

「…でも、不思議な感覚だね。なんだかこう、違う世界に迷い込んじゃったっていうか、望んだ未来の筈なのに、しっくりこないっていうか……」

「俺もだよ。殆ど一緒なのに、ふとしたところが違うっていうか、だから実はもっと他にも色んな事が違ってるんじゃないかって気がしてならないんだ」

「あ、それなら士道にぃ、うちが今日調べた範囲の事を教えよっか?士道にぃは学校があったからあまり調べられてないだろうし、例えば……」

「待った。そうしてくれるのは助かるが…それよりもまず、俺は侑理と話したい事がある。言わなくちゃいけない事がある」

 

 制止を掛けた士道が次に向けてきたのは、真剣な眼差し。侑理を見る、侑理だけを見つめる瞳。その瞳に、侑理はぴくっと自分の肩が揺れるのを感じ……片手を士道の前に出す。

 

「士道にぃこそ、待った。そういう事なら…話の前に、誰か盗み聞きしてないか確認しておいてもいい?」

「盗み聞き?いやそんな……」

 

 何故そんな心配を…という面持ちを士道が見せる中、侑理は小さく息を吐き…反転と同時に床を蹴る。トレンカソックスから露出している指先でしっかりと踏み切り、一気に扉の前まで突進を掛けて、勢いそのままに扉を開く。

 

「えい」

『うわぁっ!?』

「って、本当にいた!?」

 

 部屋と廊下とを隔てる扉を開いた直後、雪崩の様に部屋へと倒れ込んでくる出歯亀ガールズ達。真那に琴里、四糸乃に七罪(とよしのん)と、なんと全員が盗み聞きしていた。というか開く際に気付いたが、元から扉は若干開いており…盗み聞きどころか、覗きまでしていたようだった。

 

「痛た…ちょっ、いきなり開けるなんて危ないじゃない…!」

「うん、違うよね?普通に覗きと盗み聞きしてた皆が悪いよね?」

「うっ……」

 

 事が事、何をどう考えても悪いのは自分達だからか、侑理の指摘に琴里はバツが悪そうな顔をする。更に侑理が両手を腰に当ててじっと見下ろせば、真那達も同じような顔で目を逸らす。

 

「…どうしよっか士道にぃ。取り敢えずふん縛っておく?」

「い、いやそれは流石に……」

「あ、勿論縛って逆にこれからやる事から目を離せなくさせるとかじゃないよ?」

「いや侑理はこれから何をする気でいやがるんで…!?」

 

 続く侑理の言葉でぎょっとする真那だったが、勿論今の発言は冗談。故に侑理は小さく一つ嘆息をし、四人が各々立ち上がったところで言う。

 

「全くもう…止めてよね?確かにうちもさっき、ご飯を終えたところで士道にぃがおもむろに『…侑理、この後…いいか?』って言ってきた時は、もうちょっと言い方気を付けた方が…とは思ったけどさ」

「うぅ、すみません……」

「…変な事、するつもりじゃないのよね……?」

「おやおやぁ?七罪ちゃん、変な事っていうのはどんな事かなー?」

「あっ、やっ…へ、変な事は変な事よっ!」

「ふぅん?…まぁ実際、変な事なんてしないから。多分だけど…凄く、真面目な話だと思うから。…だよね?士道にぃ」

 

 わざと訊いて軽く反応を楽しんだ後、声のトーンを落として侑理は問う。それに士道は黙って頷き…納得してくれた様子の四人を見送り、侑理は部屋の扉を閉じる。

 

「えっと…それじゃあ改めて、どうぞ」

「な、なんか仕切り直されると、凄く言い辛いな…。……けど」

 

 一先ず出歯亀の心配はもうなくなったものの、微妙な雰囲気は残ったまま。士道も困ったような顔をしており…しかし一度目を閉じ、その目を再び開いた時には、もう士道の顔に真面目さは、真剣さは戻っていた。その面持ちに、侑理もほんのりと緊張を抱き…じっと侑理か見つめる中で、士道は言った。

 

「──俺は侑理に、謝らなくちゃいけない。ごめん、侑理」

「え……?」

 

 謝罪の言葉と、深く深く下げられた頭。全く予想していなかったその言葉に、行動に、侑理は一瞬訳が分からず…慌てる。

 

「ちょっ…ま、待ってよ士道にぃ!え、謝る?な、何?何の事?」

「何の事って、そりゃ……」

「あぁその前に頭上げて!もっと楽な姿勢取って!えぇと…ほら、ここ座ろここっ!」

 

 わたわたとテンパりながら、侑理は部屋のベットに士道を誘導。まず士道に座ってもらい、それから自分も隣に座る。…考えるまでもなくこれは士道のベットであり、そこへ侑理が誘導するというのは何ともおかしな話なのだが…それ以上に今は理解の追い付かない状況なのだから、仕方ない。

 

「…すまん、侑理。いきなり謝られたら、困惑するよな……」

「う、うん…。…ごめん、って…もしかして、あれの事…?」

「…ああ。ずっと思ってたんだ。俺は、謝らなくちゃいけないって」

 

 何に対する謝罪か。それを考えた時、侑理の頭に浮かんだのは先程の事。士道が転倒した際のハプニング。であれば誠実な士道が謝るのも無理はないと思いつつ、侑理は首を横に振る。

 

「そんなの、士道にぃが謝る事じゃないよ。だってあれは、仕方のない事で、士道にぃもやりたくてやった訳じゃないでしょ?」

「それは…なんて言ったらいいかな。確かに、気乗りしてた訳じゃないけど…それでも確かに、俺は俺の意思でやったんだ。…いや、違うな…思考なんてものは後から着いてきただけで、気付いたら身体が動いてたんだ」

「え…えぇっ!?そうなの…?(え、待って…なら士道にぃは、触りたくて触ったって事…!?)」

 

 自分の意思でやった、身体が勝手に動いていた。そんな予想外の自白に驚く侑理。しかしその反応に気付いていないのか、士道は神妙な面持ちのまま更に言う。

 

「…分かってる、最低だって。でも、俺は…あの時俺は、こうするしかないって…何か出来る事があるとしたら、これしかないって…そう、思っちまってたんだよ……」

「そ、その判断はどうかと思うよ…!?いや、ちょっ…結構士道にぃってどさくさ紛れに美味しい思いしようとか思うタイプなの!?だとしたら流石にちょっと幻滅だよ!?」

「だよな、侑理は怒って当然……って、ん?どさくさ紛れに、美味しい思い…?」

「そこ引っ掛かる!?引っ掛かるところかなぁ!?え、まさか大きさが不満だったとでも!?」

「ちょっ、待て待て侑理!何の話をしてるんだ!?」

「何って、さっきうちの胸を触った時の話でしょう!?」

「え?」

「え?」

 

 事故ならば仕方がないし、非は自分達にもある、と思っていた侑理だったが、士道のあんまりな物言いを受けて流石に憤慨。だが何の話だと訊いてくる士道に前のめりで返せば、士道はぽかんとした顔になり……お互い、沈黙。そして……

 

「…いや、あの…俺は昨日の事を話してるつもりだったんだが……」

「〜〜〜〜っっ!」

 

 まさかの誤解、それもかなりアクロバティックな勘違いであったと理解した瞬間、一気に熱くなる侑理の顔。それはもう、燃えているんじゃないかと思う程熱くなり……そこから気持ちを立て直すまでは、数分の時間を要するのだった。

 

「うぅ…なんかごめん、ほんとにごめん……」

「お、俺は大丈夫だぞ、俺は…。…こっちこそ、はっきり言わなくてすまん……」

「う、ううん…。…けど、昨日って…そんな、改めて謝られるような事あったっけ…?」

「…気にして、ないのか…?」

「気にしてないっていうか、心当たりがないっていうか…えと、だからこのままお流れにしちゃってもうちはいいよ…?」

「そうはいかねぇよ。それをしたら、俺は自分を許せなくなる。──侑理を見捨てた、俺自身を」

「──え?…あ……」

 

 見捨てた。今度こそ士道自身の言葉で理由がはっきりするも、一瞬侑理は訳が分からなくなる。本当に、士道が何の事を言っているのか分からず…しかし、次の瞬間思い出す。自分が覚えている、最後の記憶を。意識が途絶える直前、最後に見たものと聞こえたものを。

 

「ちょ、ちょっと待って…!うちを、見捨てたって…あの時は、あの時の士道にぃは──折紙さんのご両親を、助けようとしたんでしょ…?」

 

 そう。五年前の結末がどうなったのかを侑理は知らない。その前に、意識が途絶えてしまったから。されどあの時、士道は侑理の側を駆け抜けていった。侑理の背後、少し離れた場所には、折紙の両親がいた。そして何より、闇に飲まれていく未来は覆されている。それは、その事実は、折紙の絶望が回避されたという事に他ならない。

 ここまでピースが揃っていれば、誰にでも分かる。一瞬で分かる。士道と通話をした後、侑理もその事を考えて…すぐに気付いた。あの時士道は、あの瞬間士道が、折紙の両親を助けたのだと。それにより『精霊に両親を殺される』という折紙の過去が塗り変わり…新たな未来に辿り着けたのだと。

 

「そうだ。あの時俺は、折紙の両親を助けようとした。あの後どうなったのかは、俺も分からないが…きっと、助けられたんだと思う」

「なら、何も間違ってないじゃん…!間違ってないっていうか、その為にうち達は行動してたんだから、むしろ正しい行動じゃん…!…それにうちは、随意領域(テリトリー)で防御する事だって出来る。防ぎきれたかどうかは別にしても、あの状況で一番危なかったのは、折紙さんの両親に決まってる…士道にぃも、それが分かっていたからこその行動だったんじゃないの…?」

「…否定は、しない。けど…だとしても俺は、侑理を見捨てたんだよ。どんな理由があったって、そうするしかなくたって…あの時俺は、侑理を助ける事を諦めた。俺の事を慕ってくれる、真那と一緒に守ろうとしてくれる侑理より、何の面識もない…折紙の両親ったって、結局は他人である二人の事を、優先した…それが、事実なんだ……」

「…士道、にぃ……」

 

 罪悪感を帯びた瞳と、微かに震える拳。悲しさ、情けなさ、自分への侮蔑に…怒り。そんな感情が入り混じったような、表情と声。それを見た、感じてしまった侑理は、なんと声を掛ければいいか分からなくなり…恐らくそれに気付いたのだろう。士道は我に返ったような顔をすると、強く握られていた拳を解く。

 

「…だから、安心したんだ。今日、侑理の声が聞けて。侑理が生きているんだって分かって。見捨てたのは自分の癖に、さ…」

「いやだから、それは…。…確かにあの時、士道にぃはうちより折紙さんのご両親を優先したのかもしれない。だけど結果としてうちは生きてるし、過去を変える事も出来たんだから、それでいいんじゃないの…?それじゃ、駄目なの…?」

「駄目だ、駄目なんだよ。侑理はあの時命を掛けてくれていた。あの時だけじゃなくて、七罪の時だって自分から力を貸してくれた。今日だって、まぁ結果的には変な感じになっちまったけど、俺の為に何かしようとしてくれたんだろ?それなのに、それだから…このままじゃ、俺は俺を許せなくなる。精霊の皆の事も、侑理や真那の事も大事だって思ってる癖に、土壇場でこうやって諦めちまう、何とかするだけの力もない…俺自身を」

 

 そう言って、士道は一度言葉を切る。数拍の後、今一度謝る。ごめん、と。これじゃ全部、自分自身の都合だよな、と。

 不器用だと、思った。そんな彼を、そんな風に思ってしまう士道を。言いたい事は分かる。侑理も同じ立場なら、心に蟠るものがあったのかもしれない。それでも現実として、侑理は無事で、過去も変えられて、更に言えばあの状況では同じく危険だった筈の士道も今こうしているのだ。であればあの時の選択もしてはやはり正解で、出来なかった…存在しなかった選択肢を思い浮かべて自責の念に駆られるというのは、いっそ無駄であるとすら思える行為なのだ。されどそれをしてしまうのが、それでも気にしてしまうのが、きっと五河士道という人間で……

 

「……ふふっ」

「…侑理?」

「あ、いや…ごめんね士道にぃ。ただ、ちょっと思っちゃったんだ。…もし真那が士道にぃの立場にいたら、同じ事を思って、同じ事を言ってただろうな…って」

 

 だから、侑理は思うのだ。優しくも不器用な、真面目で誠実で、だからこそ変なところを気にしてしまっている士道の事を、守りたいと。大好きな真那と同じように…士道にも、今の士道らしくいてほしいと。

 

「士道にぃ。うちは本当に気にしてないし、士道にぃは正しい事をしたと思ってる。だって全部、上手くいったもん。真那も、元気なんだもん」

「結果的には、な。だから、これで良かった…で終わらせちゃ駄目なんだよ。もしかしたら上手くいかなかったかもしれないのに、俺は俺の選択で侑理を失っちまったかもしれないのに、それをただ受け入れる事なんて……」

「…そっか。なら…あー、なんだか悲しくなってきたなー。士道にぃが助けに来てくれたと思ったのに、そのうちを見捨てて他の人を優先しただなんて、すっごく辛いなー。これは、お詫びをしてもらわないと気が済まないな〜」

 

 薄々感じてはいた。これは正しいかどうか、合理的か否かではなく、納得の話だと。実利ではなく、心だと。それを士道の言う『もしも』で確信した侑理は、小さく息を吐き…わざとらしく、言う。悲しい、辛いと並べ立てて、ちらりと士道の方を見る。侑理の急な態度の変化に、士道は目を丸くし……されど意図を理解したようで、侑理へ向けて一つ頷く。

 

「…勿論だ、侑理。侑理が望むなら、俺はなんだってする」

「…なんでも?」

「するさ。ちょっと位の無理なら、それこそ無理矢理にでも。…誰かを傷付けるような事以外なら、だけどさ」

「いやそれは…むしろうちが、そんな事を望むと思ってるの?…まぁでも、そこまで言ってくれるんだったら……」

 

 大真面目に言い切る士道に、むしろ侑理の方が軽く動揺してしまう。同時にそこまで士道は気にしていたのだと再度理解する事で、やはりこれは必要だと改めて感じる。そうして侑理は、自身を見つめる士道を見つめ、大きく息を吸い……言った。

 

「士道にぃ。これを機に──うちの公式お兄ちゃんに、正式になって下さい!」

「へ……?」

 

 伝えた直後、侑理はぺこんと頭を下げる。瞬間、士道の拍子抜けしたような声が聞こえ…頭を上げれば、やはり顔も完全に拍子抜けした時のそれ。

 

「そ、そんな事でいいのか…?」

「そんな事、じゃないよ?むしろうちにとってこれはかなり大きい事。だってこれを士道にぃが認めてくれたら、うちの士道にぃ呼びも、勝手に呼んでるだけから晴れて公的なものになる訳だからね!」

「公的なものって…そんな誰に咎められる訳でもない、気持ち一つの事で……あ」

 

 呆れたような困ったような、どうしてそんなちょっとした事を…と言うように言葉を返していた士道。だが途中で、士道の言葉はぴたりと止まる。目を大きく見開き…そんな士道へ、侑理は肩を竦める。

 

「うん。同じだよ?うちが、公式お兄ちゃんになってほしいって思うのも、士道にぃがうちを見捨てたって考えるのも。…まぁ、流石に命が関わるような事と、完全に同列とは言わないけど…士道にぃがどうしても昨日の事を思う考えちゃうなら、うちがこれを重要視している事も、認めてほしいな」

「侑理……」

「…それで、どうかな?士道にぃは、うちの公式お兄ちゃんになってくれる?」

 

 少々この場には、真剣に思い詰めていた士道への返しとしてはそぐわないという自覚はある。しかしその上で、だからこそ、侑理は言った。本当に、侑理は見捨てられたなどと考えていないのだ。それが正しかったと思っているのだ。故に…思い詰めていた士道の気持ちが少しでも楽になるのなら、たとえ変に思われるような方法でも、それで良いのだ。そしてその上で、割と本当に望んでいた『公式お兄ちゃん』の認定を得られるのなら、侑理的には万々歳なのである。

 もう一度問い、侑理は士道をじっと見つめる。見つめる中で、士道は黙り、色々な思いに心を馳せているような表情を浮かべ、それからゆっくりと目を閉じ……

 

「…はは。…全く、本当に……はぁ…」

「…え、と…士道にぃ…?その反応は、一体どういう……」

「──ありがとな、侑理。こんな困った兄ちゃんを、思ってくれて」

「ぁ……」

 

 ほぷり、と頭に乗せられる手。髪を撫でるように、慈しむように、優しく撫でられる侑理の頭。その時にはもう、士道の声も表情も、穏やかなものになっていて……じんわりと、心の中に温かさが広がる。心地良く、嬉しく、どこか懐かしい…そんな気持ちに、包まれる。

 

「…えへへ…うちにとって士道にぃは、素敵で頼もしいにぃにだもん。その士道にぃの為に何かしたい、元気でいてほしいって思うのは、当然の事だよ」

「侑理にそう思ってもらえるのなら嬉しいよ。それに…頼もしいのは、侑理だってそうだ。そんな侑理に、俺は昨日も今も助けられてるんだからな」

「ふふふ、でしょ?でも本当に、士道にぃは恵まれてるね。真那っていう超絶最高の実妹がいて、琴里っていう立派な義妹がいて…それからうちまでいるんだから」

「だな。可愛い妹達がいてくれるんだ、これぞ兄冥利に尽きるってもんだよ」

 

 冗談半分で…つまりは半分は結構本気で侑理が笑えば、士道も明るさを取り戻した表情で笑う。…これで、士道の心が完全に晴れたかは分からない。少し位は、「それでも見捨てた事実は事実」として残るのかもしれない。…だとしても、前には進めた。多少なりとも軽くなり、変わるものがあった。…そう、侑理は感じられた。

 それに、もし士道の心に残るものがあるのなら、これからまた癒していけばいいのだ。それが出来る未来を、侑理は士道達と共に掴んだのだから。今はもう、『自称』でもないのだから。

 

「…けど、本当にこれで良かったのか?」

「これが良かったの。士道にぃの昨日の選択の結果が、今のこれに繋がってる。それを思えば、うちは感謝しかないんだから。…でも、そう言うなら…もうちょっとだけ、撫でててくれる…?」

「…俺の選択の結果が、これに…か。…確かに、それもそうかもな」

 

 小さな声で呟いた士道は、そのまま撫で続けてくれる。特別何かある訳でもない、ただ撫でるだけの時間。しかしそれが、侑理には幸せだった。士道も仕方なくなっているような面持ちではなく、柔和な表情をしてくれている事が、嬉しかった。

 

「…ありがと、士道にぃ。やっぱり士道にぃ、撫でるの上手だね」

「そうか?……じゃあ、ここからは侑理を叱るとするか」

「うん…え、なんで!?」

 

 あまりに自然な流れで出てきた予想外の言葉を、うっかり一度流してしまう侑理。ぎょっとして士道を見るが、そこに冗談の気配はない。

 

「侑理。昨日は次善の策として折紙の足止めに行ったって狂三から聞いたが…無茶し過ぎだ。確かに打てる手は全部打っておくべき状況ではあったと思うけど、だとしても無茶はするな。本当に、どうなってたか分からないんだぞ?」

「うっ…そ、それはそうかもしれないけど…なんで今それを……」

「俺はもう、侑理の公式お兄ちゃんだからな。兄ちゃんである以上、その責任は果たさなきゃいけないんだよ」

「むぅぅ……」

 

 まさかこんな展開になるとは、公認を受ける事がこんなデメリットを生むとは…と、ついさっきまで幸せだった侑理は肩を落とす。そんな侑理へ士道は厳しい眼差しを向けていて…されどそれが、ふっと緩む。先程までは頭に触れていた手が、今度は侑理の肩へ置かれる。

 

「…俺は、侑理の事も大切なんだよ。侑理にも、これからもいてほしいんだよ。だから…怖かった。今日の朝、侑理の事を思い出した時、真那に連絡を取った時、この世界に侑理がいてくれるかどうか…生きていて、くれてるかどうかが」

「…それは……」

「それにもし、侑理がいなくなっちまったら…それが、折紙の手によるものだったら…きっと俺は、一生折紙を許せなくなる。恐らくあの映像の反転精霊は折紙だろうし、もしあの折紙と接触出来たら勿論俺は霊力封印に全力を尽くすし、どんな折紙でも俺は幸せになってほしいと思ってるけど…多分、元の関係には戻れない。恨むとか、憎むとか、そういう感情を折紙には向けたくないが…心の中で、どっかで折紙と距離を開けちまう気がするんだ。…だから、頼む。無茶はしないでくれ。侑理まで……いなくならないでくれ」

 

 思いもしなかった。あの時、あの場に現れた士道が、どんな思いを抱いていたかを。折紙に撃たれそうになっていた…そこから想像する未来が、どれだけ士道を苦しめていたのかを。過去を変え、未来を変えた結果、この世界においては折紙との繋がりが、築いてきたものが失われた事実を目の当たりにしている…侑理よりずっと折紙との時間を過ごしてきた、それすらこの世界においてはなくなっている士道の言葉は、いなくならないでくれという思いは……ずっしりと、重かった。

 

「…ごめんね、士道にぃ。無茶はしない…その約束は、出来ない。うちには、無茶をしてでも守りたいものがあるから。どんな無茶をしてでも、うちは真那を、皆を…士道にぃを、守りたいから」

「……っ…」

「…だけど、いなくならない事は約束する。うちだって、士道にぃと、皆といたいから。皆との今も、これからも、無くしたくないから。だから…安心して、士道にぃ。無茶でも何でもして、全力で、全身全霊で……うちは、いなくならないようにする。…って事で、どうかな…?」

「…仕方ないな。けど、それが侑理の思いだっていうなら……俺は、信じるよ」

 

 士道の思いは理解出来る。大切な相手に無茶や無理をしてほしくないというのは、侑理も…いや、誰しもが思う事。しかし、侑理にも譲れないものがある。貫きたい意思がある。だからこその、『無茶してでもいなくならない』であり…士道は、笑った。信じると、言ってくれた。…ならば、その思いに応えなければならない。侑理はそれに、応えたい。

 

(…うん、そうだ。うちは皆の事が大切で、皆と一緒にいたい。だから、皆の事を守りたいし…うちだって、いなくなっちゃいけない。守るのは、皆の事だけじゃなくて、自分もじゃなきゃいけない。皆とこれからもいる為に……うち自身の為に)

 

 今日も今日とて、朝から落ち着かない一日であった。あまりに多くの事があり過ぎた昨日とは違う方向性で、今日もまた凄まじかった。そして、そんな一日だからこそ…きっと侑理は、忘れない。今日という日を。この一日の中であった事を。また一つ、きっと昨日までよりも深く紡ぐ事の出来た……士道との、絆を。

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