デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第六十六話 屋上で

 士道の思いと、侑理の望み。公式お兄ちゃんという、個人間で言うには何とも妙な…しかし侑理にとっては、とてつもない価値のある関係の構築。反転精霊の件や、その前の騒動にも負けない程、士道の部屋で交わしたやり取りは、深い意味のあるものとなった。

 それから侑理は士道達と別れ、真那と共に〈フラクシナス〉へ戻った。士道は別に泊まっていってくれても構わない、というスタンスであったが、士道の部屋で二人きりの密会をした後、更に五河宅に泊まるという選択をした場合、一応は納得してくれた様子の真那達が再び疑念を持ってしまってもおかしくない。そして事実無根…まぁ、公式お兄ちゃんの公認を受けている為、本当に何もなかった訳でもないのだが…の事で疑われても困ると、侑理はお暇する事を選び…現在は、一夜明けた朝。

 

「ふッ、でやぁああぁぁッ!」

「よっ、ほっ…っとぉッ!」

 

 刺突。横薙ぎ。その勢いを利用した回し蹴り。急接近からの流れるような真那の三連撃を、侑理は見切りギリギリで躱す。下手に大きく避ければ、飛んだ先へチャージ済みの魔力砲を撃ち込まれる…それが分かっているからこそ近距離のまま回避を行い、こちらもお返しに〈オルムススケイル〉を三連射。

 

「良い切り返しでいやがりますが…あめーですッ!」

 

 タイミングも狙いもばっちり、そう思える形で放った射撃。しかし真那は、三発全てを随意領域(テリトリー)で防ぎ弾く。難なく、余裕そうな表情で、すぐさま次の攻撃へ移る。

 

(やっぱり工夫なしじゃ厳しいか…!)

 

 〈ヴォルフテイル〉による斬り上げを、後方宙返りを掛けて避ける。回避と共に距離を空け、上下逆さまの状態で侑理は〈オルムスファング〉の射撃を撃ち込む。単射を撃った直後に連射へと切り替え、サイドステップで躱した真那に追撃を掛ける。

 簡単に防がれた〈オルムススケイル〉の射撃だが、決して武器の性能が低い訳ではない。〈オルムススケイル〉は取り回しの良さに重点を置きながらも最低限の性能はきっちりと確保している、優秀な装備であり…これは単に、最低限程度では高位の魔術師(ウィザード)には通用しない、当てる為の工夫や策が必要になるというだけの事。それにそもそも〈オルムススケイル〉は主兵装である〈オルムスファング〉の短所を補う為の装備である以上、これ単体の性能で勝負しようとする事自体が間違いというもの。

 

「そこッ!」

「そっちこそ…甘いッ!」

 

 フルオート射撃をホバー移動の様に躱す真那は、鋭いターンで一瞬射撃を振り切った直後に左腕の〈ヴォルフファング〉を展開。内部の魔力砲を露出させ、侑理へ高出力の砲撃を放つ。

 だがそれは、予想の範疇。むしろ誘ったと言っても過言ではない動き。威力こそ凄まじいものの、連射は効かず、口径もある程度把握しているからこそ、侑理は上向きのスラスター噴射を行い、更に敢えて随意領域(テリトリー)による重量軽減を切る事で素早く身体を下にずらし、随意領域(テリトリー)自体も範囲を狭める事で紙一重で回避。頭上を魔力の奔流が駆け抜ける中、目を見開く真那へ向けて、照射に切り替えた一撃を〈オルムスファング〉で叩き込む。

 

「やるじゃねーですか、侑理ッ!」

「……ッ!」

 

 今の返しに、確かに真那は驚いていた。されど流石の切り替えの早さと言うべきか、驚きながらも真那は照射を横に躱し、そこから真っ直ぐ突っ込んでくる。当然侑理は横から薙ぎ払う形で真那に当てるが、真那も随意領域(テリトリー)を凝縮し、密度を高める事で照射を防ぎながら無理矢理に距離を詰める。

 一転して驚かされる侑理。その間にも真那は肉薄し、勢いそのままに〈ヴォルフテイル〉で袈裟懸け。それに何とか〈オルムススケイル〉の出力を間に合わせた侑理は、自身も張り出す事で真那と打ち合う。

 

「はぁあぁぁぁぁッ!」

「う、ぐッ…まだ、まだぁッ!」

 

 ぶつかり合うレイザーブレイドとレイザーエッジ。ブレイドを構成する侑理の魔力とエッジに纏った真那の魔力が火花の様に周囲へと散る中、突進の勢いに押されて侑理は押し込まれそうになる。

 しかし侑理とて、このままやられるつもりはない。まずは一度力を抜き、腕だけでなく全身を押される事で逆に負荷を分散し、立て直した直後にスラスター全開。声を上げ、真正面から受けて立つ。

 〈ヨルムンガンド〉と〈ヴァナルガンド〉。姉妹機であるそれぞれのCR-ユニットの間に、単純なメインスラスター出力の差は殆どない。姿勢制御スラスターの数や配置まで含めれば、近・中距離に重点を置く〈ヴァナルガンド〉に軍配が上がるが、それでも真っ向から押し合うだけなら、それは勝敗を分ける大きな要因にはならず…目一杯力を込めた激突の末、侑理も真那もほぼ同時に飛び退く。

 

「はぁ…はぁ……」

「…ふー、ぅ…今日は、この位にするとしやがりましょうか」

「そう、だね……」

 

 着地と同時に構え直し、侑理は銃口を、真那は斬っ先を互いへと向ける。その状態で、数秒沈黙。息遣いだけが聞こえる時間が流れ……ふっ、と真那が構えを解く。それに応じる形で、侑理も銃身を下ろし…訓練を兼ねた模擬戦を、終了する。

 

「さっきのは驚かされました。いやまさか、ああも最小限の動きで避けられちまうとは」

「まぁ、よく知る味方だからこそ出来る方法だったんだけどね。…やっぱりまだ、真那には敵わないな…」

「そんな事はねーですよ。というより、同等のCR-ユニットとはいえこうも渡り合ってくるなんて、少し前までの事を思えば本当に大したもんですよ、侑理は」

 

 肩を竦めて爽やかに笑う真那。それは侑理にとって眩しい、見るだけで癒されるような表情なのだが、実際癒されるが、同時に悔しい気持ちも心に残る。

 確かに、かなりのレベルで渡り合う事が出来た。全く歯が立たなかったDEM所属の頃や、未来を捨てたジェシカと二人掛かりでも戦闘としては勝った訳ではない日本支社での戦闘を思えば、それこそCR-ユニットの要素も大きいとはいえ、少し前の自分からすれば驚きの結果とも言える。だがそれでも、息の上がり方が違った。侑理は努めて呼吸を整えようとしていたのに対し、真那はまだそこまでではなかった。一見渡り合えているように見えても、実のところまだ余裕のある真那へ侑理が必死に食らい付いていただけに過ぎないのだ。

 

(…前だったら、これで満足出来てたのかな……)

 

 それは、恐らくそう。ただ真那を支えたい、隣に立ちたいと思うだけだった頃からすれば、今の状態でも十分だろう。それを今、悔しいと思うのは、もっと上に行きたいと思う人間の欲、人としての性か、自ら最強を謳うエレンに鍛えられた事で強さへの欲求が増していたのか、或いは今の思い…真那と共にいる事だけでなく、もっと沢山の友や仲間を守りたいと思うからこそなのか。その答えが、侑理には分からない。分からないが…悔しいと思う事、もっと強くと願う事は、決して間違ってはいない筈だと、そう思った。

 

「にしても、やっぱり朝から模擬戦をすると、気分がさっぱりしやがりますね。出来る事なら毎日でもやりてーもんです」

「ほんと真那は模擬戦好きだよねぇ。交戦的っていうか、心の中に猛獣を飼っているというか…」

「失礼な、私は自分を高めるのが好きなだけでいやがりますよ」

「つまり、本質的にはエレンさんと同じって事?」

「うげ、エレンと同類扱いはされたくねーです…。…けど、よくこんな施設知っていやがりましたね」

「あー…うん、まぁ…ね」

 

 返答を濁す侑理に対し、真那は怪訝な顔こそしたものの、特に追求はせずにいてくれる。

 今侑理達がいるのは、侑理にとっての『一昨日』にも、模擬戦の場所として使わせてもらったラタトスク所有の地下施設。今の世界における真那の実力は、自分が知るものと相違ないかを確かめるべく、侑理は真那を模擬戦に誘ったのだのだが…今の発言からも分かる通り、この世界で侑理達は、一昨日模擬戦をしていないらしい。

 

「…あれ、でも…ねぇ真那、一昨日のお昼ご飯って覚えてる?」

「へ?一昨日の昼は……あぁ、そういえば四糸乃さん、七罪さんと一緒に食べた日じゃねーですか」

「だ、だよね(あ、それはあったんだ…これほんと、何があって何がなかったのかの判別が難しいな……)」

 

 これはうっかりしていなくても認識の齟齬にそこかしこで当たるかもしれない、と侑理は現状を改めて把握。再び困惑気味の顔をする真那へと誤魔化すように侑理はCR-ユニットと随意領域(テリトリー)を解除し、ぐぐっと軽くストレッチ。

 

「あ、そういえば昨日の事だけど…自分も参加するだけじゃなく、水着メイド姿にまでなるだなんて、ほんと真那も思い切ったよねー」

「うっ…あ、あれは本当に気の迷いというか、明らかに間違った選択だったというか……」

「えー、でも可愛かったし綺麗だったよー?まぁ勿論、真那は今だって可愛いし綺麗なんだけども」

「それを兄様に披露してどうするってんですよ……」

「けど、士道にぃに似合ってるとか可愛いとか言われたら嬉しいでしょ?」

「…それは、まぁ……」

「んふふ〜、じゃあ今度は特に理由もなく水着姿を披露してみる?やっぱり本来の姿も見てほしいしさ」

「特に理由もなく妹が水着姿を兄に見せる訳ねーでしょうが…!全く、侑理は兄妹をなんだと思っていやがるんですかね…」

 

 同じく私服姿に戻った真那は、呆れた様子でさっさと歩いていく。上手い事話を逸らせた事に安堵しつつ、侑理はその後を追う。

 真那の、侑理の相棒が変わらず強い事は分かった。〈デビル〉と呼ばれる反転精霊、恐らくこの世界の折紙と思しき存在は気になるものの、現界していない以上こちらから同行する事も出来ない。しかし逆に言えば、すぐに対応しなければいけない問題も現状ではないという事。昨日も昨日でなんだかんだゆっくりとは出来なかったのだから、今日はのんびりした一日を過ごそう…先を行く真那の背中と揺れるポニーテールを見ながら、侑理はそんな事を思うのだった。

 

 

 

 

「真那、侑理。突然で申し訳ないんだけど、今から来禅高校へ行ってくれないかしら」

「あ、のんびり過ごすの無理だった…」

 

 朝から昼になり、更に経つ事数時間。真那の携帯に掛かってきた琴里からの連絡をスピーカーモードで聞いていた侑理は、その内容に思わず呟く。

 

『のんびり過ごす?』

「ご、ごめん、気にしないで…。…えっと、来禅高校?士道にぃ達に何かあったの?」

「あったどころの騒ぎじゃないわ。士道曰く、転校してきたらしいのよ。──あの、〈デビル〉が」

『はい!?』

 

 いきなりこんな連絡が来たのだから、それなりの事態なのだろうと予想していた侑理だったが、琴里からの返答はその予想の遥か上。何かの間違いでは、と一瞬思ってしまう程侑理は仰天し…しかし、すぐに気付く。〈デビル〉が転校してきたという事は…即ち、折紙が現れたのだという事に。

 

「転校って…ラタトスクが絡む形でもねーのに精霊が転校なんて、そんなのまるで……」

「〈ナイトメア〉…狂三みたいよね。まあ尤も、今の段階じゃ士道がそう言ってるだけで、本当に〈デビル〉なのかどうか分からない…っていうか、そもそもなんで転校生が〈デビル〉だって分かったのか、士道がそう思ったのかすら不明な段階なんだけども」

「…つまり、兄様の勘違いって可能性もまだあるんで?」

「えぇ。まぁ士道の口振り…っていうか、これまで何人もの精霊と関わってきた士道が真剣に言ってきた以上、確かめてみる価値はあると思うけどね」

 

 それはそうだ、と返す琴里の発言に、侑理は真那と顔を見合わせる。それから小さく肩を竦めて…言う。

 

「つまり、琴里は士道にぃを信じるって事だよね」

「へっ?あ、や、それはその…ご、合理的判断よ合理的判断!調べるコストや〈デビル〉だった場合の可能性なんかも考えて、総合的に判断するならその方が良いってだけで……」

「おや、私は兄様の言葉ならそんな事関係なしに信じるってもんですけど?」

「うちも士道にぃが真剣に言う事なら、まずは信じてみるかなー」

「なっ…は、図ったわね……!」

 

 電話越しでも感じる(気がする)、琴里の睨み付ける視線。図るも何も、琴里が変に深読みして自爆しただけなのだが…それを言うと更に怒りそうな上、今は別に駄弁っている訳ではないのだから、侑理は流れを元に戻す。

 

「…まあでも、士道にぃの言ってる事は正しいと思うよ。信じる信じないとかじゃなくて…士道にぃがそう言うなら、その転校生は〈デビル〉で間違いない筈だから」

「…侑理まで、なんでそんな…いや、それより今は話の続きよ。士道の言う転校生を確かめる為に、今から観測機を回すんだけど…さっき言った通り、二人にも行ってほしいの。士道の事だから、接触してみようとするかもしれないし…それでもし万が一の事があったら、危ないどころの騒ぎじゃないわ」

 

 真面目な調子に戻った琴里へ、侑理も真那も同意を示す。もし学校で精霊、それもあの反転精霊が現れたとなれば、士道は勿論、同じく来禅高校に通う十香達や、無関係の生徒及び先生達まで全員が危機に晒される。当然それは、何としても避けなければならない。

 

「それから、その転校生だけど…ねぇ真那、貴女鳶一折紙って知ってる?」

「……!」

「へ?鳶一折紙といえば、ASTに鳶一一曹という方がいやがりましたが…って、まさか……」

 

 怪訝な顔を見せた後、その表情に段々と驚きの、動揺の色が帯びていく真那。だがこの時、侑理も驚いていた。琴里が折紙の名前を出したのは、士道が伝えたからだろうと考えられる。されどこの世界、折紙の両親が恐らく『精霊』に命を奪われる事のなかった未来においてもASTに所属していたというのは、予想外以外の何物でもない。

 

「どうして、鳶一一曹が……」

「それも不明よ。少し前に退職してるみたいだけど、精霊になった事が理由なのか、それとも元から精霊で、バレてしまったから表向きは退職という事になったのか…いやでも精霊だと把握されてるなら、普通に転校なんてしてこられないわよね……」

 

 理由と経緯。それぞれの思案から、真那と琴里は呟きを漏らす。侑理もこの世界の折紙がASTになっているのは何故なのかと、頭の中でごちゃごちゃと考えていたが、暫し独り言を漏らしていた琴里の咳払いで意識を現実に引き戻される。

 

「とにかく今は分からない事が多過ぎる状況よ。これじゃこれから起こり得る展開だって碌に予測出来ないし、かといって〈デビル〉と接触出来る可能性をみすみす逃すって事も出来る事ならしたくない。だから……」

「うち達に、って事だよね。勿論良いよ、真那は?」

「私も良いに決まってます。兄様や皆さんの安全確保は当然でいやがりますが…もし本当に〈デビル〉が鳶一一曹…あぁいや、退職してるなら元一曹でいやがりますかね?…ともかく彼女だってんなら、見過ごす事なんて出来ねーですから」

「助かるわ、二人共。けど、くれぐれも慎重にね?士道も相手も学生である以上、動くとすれば放課後だと思って二人に声を掛けた訳だけど、その貴女達に気付いて戦闘モードに…なんて事になったら本末転倒だもの」

 

 分かっている、と真那共々返事を行い、通話を切る。丁度これから二人でおやつでも…と思っていたところなのだが、こうなってしまえば仕方がないと侑理は取り敢えず個包装のクッキーを二つ取り、一つを真那に渡して〈フラクシナス〉の部屋から出る。そして〈ヨルムンガンド〉を纏った状態で、高高度から空へ飛び立つ。

 

「そういえば、電話で伝えてきたって事は、琴里も今学校なのかな?」

「でしょうね。中学生と司令官で二足の草鞋とは、琴里さんも大したもんです」

「ついでに性格も白と黒で二足の草鞋だしね」

「あれはまあ…大変、なんでいやがるんでしょうかねぇ…?」

 

 多少の無駄話も挟みつつ、上空から一直線に来禅高校へと向かう。道中一昨日の事、一昨日も折紙絡みで昼の空を飛んだ事を思い出し、不安な気持ちが湧き上がってしまったが、侑理は首を振ってその思考を頭から振り払う。

 

「ところで真那、気付かれるのは不味い訳だけど…どうする?どっかに隠れる?それとも空から観察する?」

「どっちにしろ、兄様達がどの教室にいるのか分からなきゃ話にならねーです。だからまずは、兄様に連絡を……」

 

 連絡を取る。恐らくはそう言おうとして、真那は言葉を途切れさせる。その理由が一瞬分からなかった侑理だったが、直後に高校の屋上に一つの人影を…士道の姿を発見した事で、何故真那が沈黙したのかを理解する。

 しかし真那が沈黙したのは、何も士道を見つけたからというだけではない。それも侑理は、一瞬で分かった。いやむしろ、考えるまでもない。何せ、屋上にいる士道は…床は仰向けに倒れていたのだから。

 

「まさか、もう〈デビル〉に……!」

「いや、待って…!今、動いた…っていうか、寝返りみたいな動きしたよね……?」

 

 士道が屋上で倒れているという状況に血の気が引いた侑理だったが、その士道が動いた…というより、硬い床の上だからかぎこちなくだがごろんと横に転がった事で、単に寝ているだけだと気付く。何故こんなところで寝ているのか、と別の疑問が浮かぶ状況な訳だが、ともかく危険な状態という訳ではないらしい。それが分かった事で、侑理は今にも急降下を掛けそうになっていた真那と揃って安堵の吐息を漏らし……

 

 

──だが、正にその次の瞬間だった。士道のいる屋上、その床の一角が遮蔽物がないにも関わらず急に暗くなったかと思えば、瞬く間に暗闇に包まれた『影』のようになり…そこから漆黒の衣を纏った一人の少女が現れたのは。

 

「な……ッ!?」

「時崎、狂三…!?」

 

 そう。寝ている士道を見ているのか、顔が下向きである為侑理達のいる位置から容姿を伺う事は出来なかったが、その少女は〈ナイトメア〉…時崎狂三に違いない。神出鬼没と呼ばれている通り、突如として現れた彼女の存在に、侑理は目を剥き…されどすぐに我に返って、再び真那を制止する。

 

「ちょっ、は、早まらないで真那!」

「はぁ!?何のつもりでいやがりますか侑理!」

「え、と…ほら、見てあの格好!あれは霊装じゃないし、銃や天使も出してない!って事は、少なくとも今すぐ襲おうとしてる訳ではないって事だよね?」

「だとしても、〈ナイトメア〉が近付いてる時点で危険極まりねーじゃねーですか!それとも侑理は、このまま見ていろってんで!?」

「そうじゃなくて…!…ここは、うちが行く。だから真那は、待って」

 

 士道の事と狂三の事という、感情的になり易い二大要素を前に声を荒げる真那の正面へ回り、その両肩(厳密には肩の装甲)へと手を置いて侑理は見つめる。半端な考えで言っている訳ではないと伝わったのか、真那はぴくりと肩を震わせ…されど、まだ納得には至らない。

 

「行くのは私の方が適任でしょう。経験も装備も、侑理より私の方が……」

「だからだよ。うちは真那に比べて舐められてるだろうし、近接戦より距離を開けての戦闘に長ける装備のうちが行った方が、不必要に警戒を煽らずに済む。そして士道にぃの安全を考えるなら、まずは戦闘を避けた方が良い…そうでしょ?」

 

 真面目なトーンのまま語る侑理の言葉で、段々と真那の雰囲気も落ち着いていく。侑理自身も、話しながら気持ちを整える。

 早まるな、と止めた侑理だが、何もこの場においては戦わない事、下手に仕掛けない事が最善だと思っている訳ではない。今真那へと語ったのは、全て建前。勿論真那に一理あると思ってもらえるよう、頭をフル回転させて論理的な説得をしたつもりではあるが…本心は、全くの別。──侑理は、思ったのだ。今この時、狂三が士道の側に現れたのは、何か特別な意味があるのではないかと。そして侑理にも、狂三に確かめたい事があるのだ。

 

「…言いてー事は分かりました。それにあの卑劣な〈ナイトメア〉の事を思えば、兄様を人質にしようとしてもおかしくねーです。であれば確かに、この状況じゃ敢えて侑理が出ていった方がいいかもしれねーですね」

「分かってくれて嬉しいよ、真那。なら、理解ついでに出来る限り離れていてもらえる?」

「…理由を訊いても?」

「だって、うちと真那の真侑又は真理コンビといえば、世界でも有名でしょ?だったらうちの姿が見えた時点で、時崎狂三は真那の事も警戒する筈。でもって真那を見つけちゃったら、間違いなく何かの策だと警戒すると思わない?」

「どこの世界の話をしてやがるんですか…けど、それもそうでいやがりますね…助かりました、侑理。…自分の見えていなかったもの、頭から抜けていた考えに気付かせてくれる。やっぱり相棒ってのはいいもんです」

「だ、だよね。うちもそう思うよ、うちも……」

 

 ふっと笑う真那の笑みで、侑理の心はチクリと痛む。納得と引き換えに、なんだか物凄く申し訳ない事をしてしまった気がする。

 だが、それに心を痛めている場合ではない。相手は最悪の精霊。それが士道に近寄っているのだから、油断など一瞬も出来ない。

 

「それじゃあ…何かあったら頼むね、真那」

「えぇ。何かある前に仕留めちまいたいもんでいやがりますけどね」

 

 くるりと振り向き、屋上へ向けて急降下を掛ける。それと共に、真那には申し訳ないと思いつつ、一度全ての通信回線を切る。

 一直線に、来禅高校屋上へと降下。辿り着く直前に減速を掛け、そっと着地。随意領域(テリトリー)で音を消す事により、無音のまま狂三の背後へと降り立ち……

 

「──あらあら、物音を一切立たずに背後を取るとは、まるで忍者か暗殺者ですわね」

 

 驚く事なく、振り向く事なく、狂三は投げ掛けてきた。相手が相手故、全く予想していなかった訳ではない。だがそれでも、さも当然の様にこちらの存在に気付いた狂三に対し、侑理は肝を冷やした。

 

「…そういう事が得意な癖に、よく言う」

「うふふ、わたくし驚かせるのが好きなんですの。特に貴女や士道さんの様な、愉快な反応をして下さる方が」

 

 揶揄うような声音と共に、狂三はゆっくりと振り向く。先程までは気にしていなかったが、今は左右不揃いのツインテールではなく、両肩に掛けた二つ結びのおさげの髪型をしており、服装もよく見れば来禅高校生徒のそれ。まるで、人間社会に溶け込む為の装いであり…髪型はともかく、制服は一体どこで調達したのか。気にはなるところだが、それについてはぐっと堪える。

 

(…真那の事は気付いていない?それとも最初から全部気付いてる?…駄目だ、読めない…手掛かりがなさ過ぎる……)

 

 どちらとも取れる、狂三の曖昧な表情。探りを入れたいところだが、狡猾な狂三に対して、無策で仕掛ければむしろ状況が悪くなるだけなのは必至。それに…侑理は今、狂三と事を荒立てるつもりはない。…少なくとも、狂三にその気がないのなら。

 

「時崎狂三、お前に訊きたい事がある」

「それは、士道さんの前にこうして現れ、にも関わらず手を出さない事に対してでして?」

「…それもある。けど今は、それ以上に……」

「──わたくしが、何を、どこまで知っているか…いえ、()()()()()()、と?」

「……──ッ!」

 

 切り出した本題。真っ直ぐに見つめる瞳。狂三もまた、余裕のある…しかし茶化そうとしているのとは違う面持ちで視線を返し…言う。明言ではない……されど、それそのものがもう答えであるかのような、侑理への問いを。

 

「その言葉…そう言うって事は、まさか……」

「良いタイミングですわ。丁度わたくしも、それに関して士道さんとお話をしようと思っていましたの。…けれど、今は後にしませんこと?」

「……っ、どうして…!それは一体、何が狙いで……」

「狙い?そんなの勿論、決まっているではありませんの。そんなの……」

 

 薄っすらと、笑みを深める狂三。意図の…感情の読めない、底知れない佇まい。

 無意識の内に飲み込む生唾。緊張が走り、侑理の身体が強張る中、狂三は一拍の時を置き……言う。

 

「──今はそれより、士道さんの可愛らしい寝顔を眺めたいからですわ」

「すごーっ!」

 

 身構えた、場合によっては即座に仕掛ける事も選択肢に上がった中での、狂三の回答。あまりに呑気で、あまりに想像の斜め上過ぎる返答に、侑理は思わずずっこける。

 

「…わたくし、すごーっと言いながら本当にこける方を初めて見ましたわ……」

「こ、こういうもんでしょ多分!」

「まあ、それも分からなくはないですけれど」

「あぁそうですか…!…じゃなくて、そんなふざけた理由でうちが納得するとでも……」

「けれど本当に可愛らしい寝顔ですわよ?これを独り占め…いえ、二人占め出来るのに捨ててしまうなど、勿体無いとは思いませんの?」

 

 すっ、と横に移り、手で士道を指し示す狂三。確かにその言葉通り、安らかな…真那の兄である事を感じさせる、中性的な容姿をした士道の、無防備な寝顔。

 今はそれよりも重要な事がある。そうでなくとも、危険な精霊と人の寝顔を眺めるなど色々問題があり過ぎる。それは分かっている。分かってはいるが、士道の寝顔には何故か引き寄せられるようなものがあり……

 

「…ふ、ふん!ここはお前の口車に乗ってあげる。気を悪くして、士道にぃやこの学校の人達を危険に晒す訳にはいかないからねッ!」

 

 腕を組み、鼻を鳴らし、あくまで『敢えて口車に乗る』スタンスなのだと侑理は示す。何を考えているのか、そんな侑理の反応を見て狂三はまた愉快そうに笑っていたが、関係などない。

 そう。これがこの場における最善なのだ。決して私利私欲でも、湧き上がる欲求に負けた訳でもないのだ。そしてそれを誤解されてもらっては困るのだ。だから侑理は、尚更侑理は、他意はないと、論理的思考で導き出した答えなのだと、仁王立ちで宣言するのだった。

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