真那の宿敵であり、最悪の精霊であり、世界が書き換わる前には期せずして協力関係にもなった時崎狂三との、実質的な一時休戦。寝ている士道を前にした、待ったの呼び掛けとその応答。それは侑理にとって予想外の展開であった。……別に士道の寝顔を前に一時休戦を選んでしまった訳ではない。違う、違うのだ。
「そう、これは最善にして最良の判断…!そうに違いない…!」
「どこへ向けて話していますの…?…まあそれはともかく、こんな場所でよく眠れるものですわ。余程疲れていたのか、或いは寝不足だったのか……」
「…まあ、寝不足ではあるのかもね」
昨日別れる前に、士道は自分でももう少しこの世界の事を調べてみると言っていたし…と、侑理は心の中で呟く。
或いは、折紙の事が気掛かりでぐっすりとは眠れなかったのかもしれない。それを思えば士道を起こすのは気が引けるし、そういう意味でも士道が起きるまで狂三に大人しくしていてもらうのは妥当な選択。だからそれはいい、いいのだが……
「…ねぇ、時崎狂三」
「なんですの?」
「なんでさっきから…しれっと士道にぃに膝枕してるのかなぁ…!?」
そう。一先ず侑理と話が付いた数分後、狂三はおもむろに士道の側に座ったかと思えば、士道の頭を持ち上げ、自身の膝の上に乗せたのだ。因みに膝という言葉は、太腿まで含めて指す事もあるらしい。だが今は、そんな言葉尻に気を取られている場合ではない。
「何故って、こんなところで枕一つなく寝る士道さんを見て、侑理さんは何も思いませんの?」
「だからってお前が膝枕する必要はないよねぇ…!?」
「それはまあ。…ところで侑理さん、貴女こそどうして膝枕をしようとしている途中で止める事なく、しっかり膝枕をしてから言ったんですの?先程のずっこけといいこれといい、やってる事が完全にコメディですわよ?」
「は、話を逸らさないでくれる…!?」
本当は大声で抗議したいところだが、それで士道を起こしてしまっては申し訳ない、と声量を抑えつつ突っ込む侑理。一方狂三は余裕綽々。これがまた、侑理からすれば何とも腹立たしいというもの。
「では、何がご不満なんですの?…あぁ、侑理さんも膝枕をしたいんですのね?」
「そ、そういう事じゃ……!…なくも、ない……!」
「自分に正直ですわね。されど侑理さん、膝枕をしようにもその格好では無理があるのではありませんこと?そんな大腿部を枕にしたら、首が詰まってしまいますわ」
「うぐっ…ここまで読んで膝枕をするだなんて、なんて卑劣な……!」
「いや幾ら何でもそれは濡れ衣が過ぎますわよ…」
やはり時崎狂三は最悪の精霊だ、と侑理が睨み付ければ、狂三は辟易とした表情を見せる。だがとにかく、このままにしておく訳にはいかない。狂三の言う通り、今纏っている〈ヨルムンガンド〉の大腿部外側は装甲があって枕にするには適さないが、内側…内股側であれば、何とかなる。内股側で寝てもらうにはかなり危ない格好をする事になるが、しかも装甲どころかワイヤリングスーツもない素肌である為更にアレな状態になってしまうが…このまま狂三にやらせているよりは遥かにいい。
そうして意を決した侑理は、ぽすんと割座で屋上に座る。そして狂三の魔の手(というか太腿)から士道を救うべく、彼の頭へ手を伸ばし……
「ん…んぅ……」
「あっ……」
「あらあら…」
士道と、目が合った。薄っすら瞼が開いた士道の瞳に、自分自身の姿が写った。
「…………」
「…………」
「…え、っと……」
「……お、おはよう…?」
「おう、おはよう……じゃなくてッ!え、侑理!?狂三!?どういう状況!?どういうじょ……いやほんとにどういう状況なの!?」
どうしていいか分からず、思わず侑理が口にした挨拶に対し、士道は返答…したところで目の前の光景に思考が追い付いたのか、ぎょっとした顔で大声を上げる。更に今自分が置かれた状況…狂三に膝枕をされ、侑理が頭の側で股を広げて手を伸ばしているというトンデモな状況下である事に気付いたようで、目を白黒させながら跳ね起きる。
「きゃっ…もう、いきなり頭を上げるなんて、危ないですわよ士道さん」
「あ、すまん…っていやいやそれどころじゃないって!何がどうしてこうなったんだよ!?」
「え、えっと…これは中々複雑な事情があるの!まず分かってほしいのは、うちは士道にぃの寝顔を眺めてたりとかは全然……」
「うんまず侑理は股を閉じてくれ…!着てるのはワイヤリングスーツなんだろうけど、だとしても格好として不味過ぎる…!」
「うわぁ忘れてた!ちょっ、見ないで士道にぃ!」
憎たらしい程狂三は余裕たっぷりな一方、侑理と士道はてんやわんや。士道の言う通り、股が開いているといってもワイヤリングスーツを着ている為、セーフといえばセーフなのだが…指摘されたり注目されたりすると、セーフでも恥ずかしくなるのが人の性。くるりと士道が背を向ける中、侑理は慌てて股を閉じ…落ち着いて考えれば、自分はさっきから何をやっているんだとがっくり肩を落とした。
「お、お待たせ士道にぃ…それで、事の次第だけど……」
まだ残る恥ずかしさを誤魔化すように前髪を指で弄りながら、侑理は今に至る経緯を…琴里から連絡を受け、急行し、狂三がいた為警戒しつつも降りてきたのだという事を士道へ話した。真那の存在と、降りてからの事は言わなかった。前者は狂三に知られないようにする為であり…後者は勿論、話しても誰も得をしそうにないからである。
「そういう事か…けど、なんで狂三が今ここに……」
一応は納得してくれた様子ながら、狂三に疑いの視線を向ける士道。しかしそれも当然の事。手を組んだ事があろうとも、狂三…〈ナイトメア〉は最悪の精霊であり、ここが学校の屋上である以上、偶々見かけたから…という事もまずあり得ない。実際侑理も、狂三の動きには常に気を付けていたのであり…そんな士道の言葉と態度を受けて、狂三は大仰に肩を竦めてみせた。
「疑り深いですわね。──共に世界を変えた仲ではありませんの」
「……!狂三、お前──」
発された言葉、一気に核心へ迫る返答に、士道は目を見開く。そして侑理も、今の言葉で答えを得る。やはり、狂三も歴史が書き換わる前の事を覚えているのだ、と。
「…やっぱり、お前も覚えていたのか…うちや士道にぃと違って、直接過去に飛んだ訳じゃない、時崎狂三も……」
「意識だけであれば、間接的に過去へ飛んだとも言えますわよ。…まあ、言いたい事は分かりますけれど。わたくしの存在が、改変前の世界を覚えているのは時間移動者のみ…という仮説を崩しますものね」
「…まあ、それはいい。別にそれは、そんなに重要な事でもないし」
「確かにそうですわね。しかしまぁ…一対一で矛を交えた時も思いましたけれど、意外と侑理さんは激情家というか、頭に血が昇り易いですわよね。これでは手を付けられない、むしろ下手に付けると状況が悪化すると、『わたくし』が呆れていましたわ」
「何を言って…って、あ……。…あの時、途中から全然声がしなくなったのって……」
思い出すのは、過去の世界における折紙との戦闘。その時、初めこそ狂三の分身体の声が聞こえていたが、いつの間にか全く聞こえなくなった。戦闘中はそんな事気にも留めていなかったが…今思えば、声を掛ける事によって侑理の気が逸れ、そこを折紙に突かれる可能性を考慮し分身体は黙っていたのかもしれない。侑理はそう思い…全く、と狂三は肩を竦める。
「…一応、感謝しておく」
「構いませんわ。──本気の殺し合いですもの、余計な口出しはされたくないですわよね」
「……っ…侑理……」
恐らくわざと、敢えて選んだのであろう『殺し合い』という言葉に、言われた侑理ではなく、士道が表情を歪める。その顔が、そんな表情をさせてしまっている事が、侑理の心を苦しめる。
しかし今、それも既に過去の事で感傷的になっても仕方がない。だから侑理は首を横に振り、視線を狂三へと戻す。
「…それで、目的は何?まさか、無事に過去を変える事が出来た喜びをうち達と分かち合いたくて、話をしにきた訳じゃないでしょ?」
「勿論違いますわ。今わたくし達がいるのは、知っているようで知らない世界。であれば調べるのは当然な事でしょう?…それにどうやら、折紙さんはこの世界でも精霊になってしまったようですし」
「……っ、知っていたのか?」
ぴくりと肩を震わせた士道の問いに、狂三はつい先程知ったばかりだと返しつつ頷く。…さらっと答えているが、世界が書き変わってからまだ二日目、しかも侑理達と違って大きな組織のサポートがある訳でもない狂三が精霊化した折紙の事を知っているというのは、中々に凄い。分身体による人海戦術なのだろうが、本当に恐ろしい情報収集能力である。
「一体…どうしてこんな事になってるんだ?折紙に何があったっていうんだ?」
「それはわたくしにも分かりかねますわね。でェ、もォ──今の折紙さんならば……知る方法がないでもありませんわよ?」
「ほ、本当か?」
立ち上がった狂三は笑みを浮かべ、士道の言葉へ再び頷く。だが次の瞬間、軽快に踵を屋上の床へ打ち付けたかと思えば、狂三の足元に蟠っていた影が身体へと纏わり付く。そして影は形を変え、赤と黒のドレスを思わせる霊装へと姿を変える。
天使と双璧を成す力。霊力で編まれた精霊の鎧。それが展開されていくさまに、士道は目を見開き…侑理は、反射的に前へ出る。士道を背にし、左右の火器を向けると共に狂三を睨む。
「士道にぃ下がって!ここはうちが……」
「うふふ、そう警戒しないで下さいまし。わたくしは別に、一戦交えようと言うのではありませんわ」
「はッ、臨戦態勢を取っておいて何を…ッ!」
「あぁ、侑理さんは知らないんでしたのね。【
「【
「…士道にぃ、どういう事…?」
霊装に続いて天使を、巨大な文字盤と長短二挺の古式銃を狂三が展開させる中、あくまで侑理は視線を離さず、背後に立つ士道へと問う。
曰く、【
「きちんと覚えていて下さって嬉しいですわ。まあ、全て余すところなくとはとはいきませんけれど、何故精霊化するに至ったかに焦点を絞れば、望む情報は手に入ると思いますわよ」
「本当か…!…でも……それなら、元の世界で折紙が反転した時も、【
「あら、お忘れでして?【
大仰に肩を竦めながら言う狂三に、士道は言葉を詰まらせる。どうやらその事を本当に失念していた様子である。
「と、とにかく、それがあればこの世界で折紙が反転してる理由が分かるんだろう?頼む、狂三。力を貸してくれ!」
「うふふ、どうしましょうかしら」
短銃の銃口を唇に当て、からかうように言う狂三。確かにもう、狂三との過去を変える為の共同戦線は解消されている。だから狂三が頼みに応じなければいけない理由などないのだが……
「…時崎狂三、そっちこそ忘れてない?お前は今、うちの
「勿論忘れてなどいませんわ。けれど侑理さん、まさか貴女はわたくしをその
「どうだろうね。けど、この距離なら間違いなく動きは鈍る。士道にぃの話を前向きに考えるのと、それを試すのと、どっちがいい?」
懇願ではなく、遠回しの脅迫を口にする。こういう手法を士道は好まないだろうが…真剣に頼んでいる士道の気持ちを茶化されたとなれば、侑理も黙ってはいられない。
そうして訪れる沈黙。睨め付ける侑理に対し、狂三は考えの読めない笑みを浮かべたまま。そして数秒の時が流れ…不意に、背後から扉の開くような音が聞こえてきた。
「ん?……折紙?」
恐らくは振り向いたのであろう士道の言葉で、一瞬意識が背後へと引っ張られる。されどそれをぐっと堪え、侑理は狂三への威圧を続行。
「お、折紙、これはだな……」
次に聞こえてきたのは、焦りを帯びた士道の声。一瞬意味が分からなかったが…何の事はない。折紙からすれば、今ここはクラスメイトと、見知らぬ
だがしかし、すぐに様子がおかしくなる。聞こえてくる士道の声に、今度は困惑の色が混じる。
「折紙……?」
「……侑理さん。一つ貴女に忠告を致しますわ」
「…忠告?」
「──この場にいる精霊は、わたくし一人ではありませんわよ」
「……!」
侑理の肩越しに折紙を見ていたのであろう狂三は、ふっと表情から笑みを消すと、小声でそう言ってくる。精霊は一人ではない…その意味に気付いた侑理はハッとして振り向き、
絹の様な白い髪。すらりとしたスタイル。そこにいたのは、確かに鳶一折紙という少女。しかし侑理は、即座に分かった訳ではない。折紙は今、俯いている為顔がよく見えず…加えて、髪が長い。侑理の知る折紙は、肩を擽る位の髪の長さをしていたが、今ここにいる折紙は、背中どころか腰にも届く程の長さをしている。たったそれだけ(…ではないのだが。髪は女の命という言葉の通り、女性にとって髪は非常に重要なのだが)で、抱く印象は大きく違い…その上で、侑理は気付いた。現れた少女、この折紙は…何かおかしいと。
「この世界では初めまして……になりますかしら、折紙さん?まあ、もしかしたら貴女はわたくしに会った事があるかもしれませんけれど……」
(…うん?今、何か……)
先程までの雰囲気に戻った狂三は折紙へ呼び掛ける。その最中、狂三の霊力に揺らぎが生じ、ちらりと見れば狂三の姿も一瞬影に覆われて…されどすぐに、元に戻る。
一見すれば、普通の挨拶にも聞こえる呼び掛け。それに対し、俯いている…それどころか、両腕をだらんとさせている折紙は、微かな声で呟きを漏らす。
「精、霊……」
あまりに力のない、声ではなくただの音にしか聞こえないような折紙の呟き。それが侑理の耳に届き……次の瞬間、折紙の周囲に『闇』が現れる。蜘蛛の巣状に、常闇を張り巡らせるように、彼女の身体からそれは広がり…続けて折紙の姿を包む。蝕むようにして、闇色の霊力が新たな衣を形作っていく。
『霊装……!』
期せずして重なる、侑理と士道の声。されど士道の声は驚愕に満ちたものであるのに対し、侑理の口から発されたのは、自分でも分かる程緊迫の色を帯びた声。…だが、当たり前である。精霊が戦闘の…戦争の為の装いである霊装を纏ったのだから。
しかもその色は、黒。過去の世界で侑理が対峙した純白とは真逆の、凡ゆる色と光を失ったような闇色。世界が書き換わる前に見た、そして昨日映像でも目にした…反転精霊の、禍々しい彩り。ただ霊装を纏ったというだけで、それだけで重圧が、圧迫感が肌を刺す。
「やっぱり──〈デビル〉はお前だったのか……!?」
信じられない。そんな風に、士道は声を震わせる。対する折紙は、何の反応も返す事なく、ただゆっくりと表を上げ……
「……ッ!下がるよ士道にぃッ!」
「うぁ……ッ!」
その瞬間、反射的に、本能的に、侑理は床を蹴った。展開状態の〈オルムススケイル〉を手放し、その腕で士道の胴を掴んで、直後に逆噴射。一気に屋上の端まで飛んで折紙から距離を取る。
頭を上げた事で見えた顔。だがそこに表情はなかった。まるで魂が抜けているような面持ち、開ききった瞳孔…異常でしかない状態を前に、侑理の防衛本能が反応したのであり…次の瞬間、インクを落としたように、折紙の周囲に幾つもの闇の塊が出現する。それ等は膨張し、形を変え…鋭利な多数の『羽』となる。
「……〈
折紙の呟き、それに呼応するようにして先端を侑理や狂三達へと向ける羽。そして先端には暗い輝きが灯り……全ての羽から、一斉に光線が放たれる。大きく広がった羽の制圧砲撃が、屋上を切り裂く。
「ちッ……!」
「随分と──手荒なご挨拶ではありませんのッ!」
迫る光線に対し、侑理は
避ける事は出来た。むしろ今の攻撃のみならば、避けた方が楽だった。しかしそうしなかった事には理由がある。
「士道にぃ、隙を見て離脱するよ!ちゃんと掴まってて!」
「離脱、って…待ってくれ!ここにはまだ皆が…ッ!」
「分かってる!けど士道にぃを抱えたままじゃうちも──」
このまま反転した折紙が無差別攻撃をすればどうなるかなど、言われずとも分かっている。まだあの光景が脳裏に焼き付いている。
されど今最も危険なのは自分達。それを示すように、すぐさま多数の羽から次なる攻撃が放たれそうになり……次の瞬間、側面から駆け抜けた魔力の光芒が、侑理達へと先端を向けていた羽の大半を吹き飛ばす。
「──全く、なんで突然こんな事に…ッ!」
『真那!』
再び重なる侑理と士道の声。羽を吹き飛ばした光芒と同じ方向から現れた一人の少女が、真那がスラスターから噴射炎をなびかせながら侑理達の前に立つ。
しかし別に、驚く事はない。タイミングこそ絶妙だったが、真那が離れた位置にいる事自体は侑理も把握していた…というより、そうしてもらうよう頼んだのだから。砲撃が側面から放たれたのも、恐らくは上から下では校舎内に被害が出てしまう可能性を危惧し、それを避けるべく回り込んだ…という事だろう。
「……!狂三!」
吹き飛んだ羽が戻ってくる中、士道がまた声を上げる。目だけを動かし横を見れば、狂三は跳躍しての回避行動を取りつつ反撃の射撃を撃ち込んでいた。しかし影の銃弾は射線上へ羽が集まり壁となる事で弾かれ、別の羽がぐるりと狂三を取り囲む。直後に四方八方から光線が放たれ…狂三の身体を、ズタズタに貫く。霊装を貫通し、全身を抉り……一瞬で精霊から人の形をした『モノ』に成り果てた狂三は、床へと落ちる。
そう。これこそが、侑理が防御を選んだ理由。跳躍をすれば、宙に上がれば、文字通り全方位から狙われる事になる。無数の羽を端末として展開している折紙相手に不用意に宙へと上がるのは、自ら狙ってくれと言うようなもの。勿論宙にいれば避けられる場所も増えるのであり、常に悪手という訳ではないが…狂三は判断を誤った。羽が包囲出来る状況で、『不用意に』跳んでしまった。それが、この結果の引き金。
「…ふん。侑理、まずは兄様を避難させやがって下さい。その後は……」
「…何とかして、〈デビル〉をここから引き剥がす…だね?」
身体のあちらこちらを貫かれ、更に床に落ちた事で、狂三だったモノはバラバラになる。そうしてそのまま、霧散するように崩れ落ちる。それを横目で見ながら真那は鼻を鳴らし…両足で床を踏み締める。
この場で戦う訳にはいかない。広範囲に火力を撒き散らすような戦い方をする折紙…それも反転状態の彼女が相手では、勝つにしろ負けるにしろ、周囲の被害が大き過ぎる。故に、沢山の人がいる学校の屋上で本腰を入れて戦う訳にはいかないのであり……また、あの感情が侑理の心の中に渦巻く。
(ここで戦えば、どうなるかなんて明白…それなのにこうも仕掛けてくるだなんて、やっぱりそれがお前の本質なのか…一体どこまで自分本位なんだ、鳶一折紙……ッ!)
ふつふつと湧き上がる怒り。収まっていた筈なのに、もう真那も皆も助けられたというのに、再燃していく憎悪の感情。侑理は拳を握り締め…されど視界に、斜め前に真那の背中がある事で、理性が衝動を押さえてくれる。…そう。自分は違うのだ。自分は憎しみではなく、守る為に戦うのだ。
その為にまずは、士道を避難させる。それからすぐに戻り、空中でも何でもとにかく折紙を押し出して……そう、思っていた時だった。
『え──?』
三度、それも今度は真那の声も侑理達と重なる。全員驚く。しかしそれも当然の事。何せ、つい先程まで重圧を放っていた折紙が膝を突いたかと思えば、周囲を浮遊していた羽が消滅し、続けて黒衣の霊装も消えていったのだから。
「これは……一体……」
困惑に満ちた声を漏らす士道。気持ちは侑理も、十中八九真那も同じだろうが、天使と霊装を引っ込めたからといってまだ油断は出来ない。そもそも先程から、状況がまるで飲み込めていない。
そんな中で、まるで電源が落ちたように、もう良いと…精霊たる狂三を撃滅出来たのだからこれで十分だとばかりに元の制服姿へと戻った折紙は、ゆっくりと顔を上げ……
「……あれ、五河くん?何してるんですか、こんなところで……って、
目の前の士道を目にして、あっけらかんと…次いで侑理達の存在に気付いて、仰天したような反応を見せるのだった。