精霊の霊力を封印する。その為にデートして、デレさせる。…言葉にするとふざけているようにしか思えないが、士道は、〈ラタトスク〉は、それを本気で行っている。全力で行い、結果これまでに六種七人もの精霊の霊力を、封印するに至っている。どんなに馬鹿馬鹿しい話でも、実績があるのなら、それは受け入れるしかない。
とはいえ、実際どのようにやっているのか。デートしてというが、本当にただデートしているだけなのか。侑理はそれが、ずっと気になっていた。
「──にしても、少し早くない?約束の時間は十一時なんでしょう?」
上空約15000mに浮遊する空中艦〈フラクシナス〉。そのブリッジで、琴里は納得がいかないとばかりの声を漏らす。
今日は土曜日、士道が折紙との約束を取り付けていた日。〈ラタトスク〉はサポートの準備を整えた上で、この日を迎えていた。士道も今は、待ち合わせ場所である天宮駅前に向かっている。
「いや……折紙なら、もう来ててもおかしくない。勿論、こっちの折紙は俺の知ってる折紙とは微妙に違うから確実とは言えないけど……長く待たせちまうよりはマシだろう?」
「ふーん……随分詳しいのねぇ──
「……元はといえば、折紙と知り合う切っ掛けになったのはお前等なんだけどな」
疑っている感ありありの声で琴里が言えば、装着したインカム越しに士道は乾いた笑い声を漏らした後、こちらも恨めしそうな声で言う。それに琴里は、何の事やらと軽く返す。
ただのクラスメートというのは、あの後琴里に詰問された士道が最終的に口にした答え。流石にそれは違うだろう、と侑理は思ったが、追い詰められている士道の為に黙っていた。追い詰める琴里は何か楽しそうで、侑理もちょっと一緒に追い詰めてみたい気持ちになったが、可哀想なので止めておいた。
因みに後から士道に聞いた事なのだが、その切っ掛けというのは、精霊とのデートの練習の為に、ASTでもある同級生の折紙に声を掛けてみるよう琴里から命令された…というものらしい。そしてその際、どうせ断られるだろうと思って(これも練習の為に)「付き合ってくれないか?」と士道が言ったところ、折紙はなんと了承した…これが折紙の言う、士道との『恋人関係』の正体だったらしい。この時点で折紙は士道の事を知っていた…それこそ士道が時間遡行をした五年前にて、両親の死を前に絶望しかけていた折紙の心を士道が守ってくれたという経緯がある事を思えば、初めから折紙が士道に対して深い想いを抱いているのは何もおかしくない訳だが、だとしてもやはり折紙という少女は前のめりが過ぎる。日本よりずっと恋愛におけるフットワークが軽いイギリスを知る侑理からしても、それにはびっくりなのだ(そもそもイギリスにおいては、付き合おうとわざわざ言う事自体があまりない…というのは別として)。
「…さてと。士道が待ち合わせ場所に着くまでにはもう少し掛かるし、ここで一度、ちゃんと説明をしておくわ」
くるり、と司令席を回転させ、斜め後ろに立つ侑理へと向き直る琴里。今日も今日とてチュッパチャップスを咥えて棒をぴこぴこさせている琴里へ、侑理は予想をしながら問う。
「…それは、〈ラタトスク〉が何をやるか…どう士道にぃを支援するか、って話?」
「そういう事。といっても別に、そんな難しい話じゃないわ。私達はここから展開した機材を用いて士道と精霊とのデートを観測、その場その場に応じた提案や助言、或いは逆に制止を掛けたりしてるのよ」
「…人のデートを多数の観測器で覗く事への罪悪感とかは?」
「相手は生きる天災、精霊よ?デートの内容、士道の言動一つで多くの被害が出るかもしれないし、勿論士道の身にも危険が及ぶ。封印する事が出来なければ、空間震やASTとの戦いで、やっぱり多くの死傷者が出る。多数の人命が懸かっているってのに、覗きだなんだって気にするべきなのかしら?」
「それは、まぁ…。……ごめん、琴里の言う通りだよ。ASTにしろDEMにしろ、対精霊は基本的に空間震が『起きてから』になっちゃう以上、どうしたって被害ゼロには出来ない…その前提を覆して、皆を守ろうとしてるのが〈ラタトスク〉なんだもんね」
「分かってくれればいいのよ。…それに私も、少し言葉選びが悪かったわ」
思い出すのは、見るも無惨な程に破壊され尽くした街並み。侑理はDEMの
そんな侑理の心情を察してくれたのか、琴里の声音は柔らかくなる。しかしそれも束の間の事。すぐに雰囲気の戻った琴里は、言葉を続ける。
「で、時にはこっちからの指示だけじゃなくて、直接うちの機関員が出向く事もあるわ。会話してる通行人を装って、士道だけじゃなくて精霊の側にも何かを伝えたり、店員に扮して〈ラタトスク〉が管理してる施設に誘導したりとかね」
「そんな事も…ん?あれ?なんかうち、身に覚えがあるような、ないような……」
「さてね。それから〈フラクシナス〉では、精霊のモニタリングや周囲の情報収集、更にはAIが提案してくる指示の検討なんかもしてるわ。だからここにいるのは、皆精霊攻略におけるプロフェッショナルよ」
「あ、艦の運用とか、万が一における戦闘の…ではないんだ」
「まぁ勿論艦の運用においてもプロなんだけどね。って訳で、ちょっと紹介しておくわ」
プロフェッショナルと言われた瞬間、クルーの大半が侑理の方を向き、ぐっとサムズアップをしてくる。ノリが良いなぁ、と侑理は思い…琴里は一つ咳払い。
「こほん。それじゃあ端から順に、〈
「ちょちょっ、ちょっと待った!え、何、何!?」
「侑理こそ何よ、急に最近片方がキッチンカーで成功してるコンビみたいな事言い出して」
「ただでさえ混乱してるのに突っ込みどころ増やさないでくれる!?…えぇと…何?今のは二つ名?ここにいる皆さんは、有名な人達なの?」
「んー…まあ、残りの〈
「前者は全く名誉な事じゃないし、後者は有名だけど違うじゃん!本人の功績じゃないじゃん!」
あれ、自分は今琴里と漫才をしていたんだろうか、と思う程いきなり突っ込みに追われる侑理。とても納得がいかない為もう少し聞いてみると、それぞれ、
・川越…五度もの結婚を経験した恋愛マスター(しかし、重婚が許されていない日本で五度も経験しているという事は……)
・幹本…夜のお店のフィリピーナに絶大な人気(されど二つ名の呼び方と、夜のお店である事を考えると恐らく人気の理由は……)
・椎崎…恋のライバルに次々と不幸が訪れる、午前二時の女(こちらも二つ名と合わせて考えるとシンプルに怖い、一番怖い)
・中津川…百人の嫁を持つ(再度言うが日本で重婚は不可。というかそもそも、その嫁は本当に次元を越えられるのか……)
・箕輪…愛の深さ故法で愛する者の半径500m以内へ近付けなくなった女(もう完全に法のお世話になっている。女性陣どっちもヤバい)
……という、訊かなきゃよかったと本気で思うような面々であった。そして誰もその説明に対し動揺や反論をしない辺りが尚更アレだった。
「うち、人の性格や趣味にとやかく言うつもりはないけど、ここは一体どうなってるの…?」
「どうも何も、封印に必要なのはデートして、デレさせる事。であれば当然、恋愛方面で多彩な人材が求められるのは当然の事でしょ?」
「そうだけど、そうだけどさぁ…。……流石に神奈月さんは違うよね…?神奈月さんは、戦闘時における艦の操縦要員だよね…?」
「神奈月なら…んー、これとかいいかしら。侑理、これちょっと神奈月に掛けてみなさい」
そう言って琴里が差し出してきたのは、恐らく艦内の自販機のものであろうミネラルウォーター。蓋を外した状態で渡された侑理は困惑するも、琴里は何も言ってくれない。
「あの…神奈月さん…?これは、どういう……」
「ふふ、司令の言う通りにして頂いて構いませんよ」
さあどうぞ、とばかりに侑理へ身体を向けてくる神奈月に、一層困惑。しかし数秒の思考を経て、侑理は思い付く。これは、百聞は一見に如かず、という事なのではないか、と。
彼は有事の際、
ならば、と侑理は容器を構える。そして、穏やかな笑みで見つめてくる神奈月へ向けて、中身の水ごと容器を投げ付け……
「あはぁっ!躊躇いこそあったとはいえ、遠慮なく顔面に向けて投げるその容赦のなさ…良い、良いですよ侑理さん!ただ、出来ればもう少し睨んでほしかったです!そして容器も顔に当たるようなら更にベスト──」
「神奈月五月蝿い」
「ありがとうございますッ!」
……水が、顔面にぶっかかった。整った顔も、綺麗な金の長髪も、一撃でびしょびしょだった。避けるのに失敗したとか、反応出来なかったとかではなく…神奈月は、微動だにしなかった。
しかもそこから、びしょびしょの顔でやたら嬉しそうに神奈月は熱弁する。思わず後退ってしまう程、神奈月は侑理の一投に対して熱く語り…直後、くるりと席を回転させた琴里に踵で足の甲を思い切り踏まれた。どうみても痛そうなのに、神奈月は感謝の言葉を口にしていた。
「ね?これで分かったでしょ?」
「分かりたくなかったよこんなの…!…え、っていうか……まさか令音さんも…?令音さんも、神奈月さん達に負けず劣らずの一面があるんです…?」
「いいや、私に語れる程の趣味はないよ。生き方についても、せいぜい三十年程寝ていない位だからね」
「方向性は全然違いますけど、ある意味令音さんが一番ヤバいですねっ!さ、三十年って……」
流石に違う筈、彼女だけはまともな筈…と内心願いつつも尋ねた侑理へ返ってきたのは、特大の寝てないアピール。これこそ流石に冗談だと思いたい…が、目元の濃いクマが、謎の説得力を発揮していた。
「説明は以上。これが〈ラタトスク〉が誇る、実働部隊の精鋭よ」
「うん、そうだね…。…うち、DEMに戻ろうかな……」
「ちょっと?私の部下の何が不満だって言うの?」
「何って……ん?…じゃあ、その精鋭を束ねる琴里も、実はやっぱり?」
「実はやっぱり、って変な日本語ね…詮索するのは勝手だけど、私に隠し事も、隠さなきゃいけないような事もないわよ?」
全く何を言っているのやら、とばかりに琴里は頬杖を突いて脚を組む。確かにその態度からは、隠さねばならぬ事など何もないとばかりの雰囲気が漂っていて……
「…あ、でもまぁそっか。小学生の頃からおにーちゃんに恋してるしキスもしてるとびきりブラコンな琴里なら、確かにここの司令であってもおかしくないよね」
「そんな理由で納得しないでくれる…!?っていうか言い方、言い方ってもんがあるでしょうか…ッ!」
「けど、事実だよね?五年前に精霊になって、それから普通に生活出来てたって事は、精霊になった後すぐに霊力封印をしてもらった…って事でしょ?」
「それは…そうだけども……!」
一転して顔を赤らめた琴里に、してやったりと侑理は笑う。だが実際、霊力封印は好感度を高める…それこそ具体的にはキスを拒まれない位には好意を持たれた状態でキスする必要がある以上、五年前の時点で封印が出来ていたなら、当然五年前の琴里もその条件を満たしていたという事になる。琴里が早熟なのか、それとも士道は幼い頃から凄かったという事なのかは分からないが…そんな琴里が士道をサポートする組織のリーダーをやっているというのは、非常にしっくりとくる話であった。
「ふんっ。侑理だって真那に対しては頭のネジが飛んでるんじゃないかと思う程ゾッコンの癖によく言うわ」
「何言ってるの琴里。うちが真那にゾッコンなのは、溢れんばかりどころかはち切れてぶちまけられてるの域で真那が魅力的だからだよ?」
「何よその嫌な印象を抱くような表現は…絶対それ、別の表現の方が良かったわよ…?」
「あー…その、盛り上がってるところ悪いが、こっちはそろそろ着くんだが…?」
全くおかしな事を、と侑理が腕を組み、琴里が片手で額を押さえる中、艦橋に士道の声が響く。その声で侑理が正面の大型モニターを見れば、確かに士道はもう駅前目前。艦橋内の雰囲気が引き締まる中、士道は駅前の広場に入り…次の瞬間、士道は折紙を発見する。ほぼ同時に、侑理達も観測機が捉えた折紙の姿を映像で見る。
「ほ、ほんとにいた…まだ約束の時間より大分早いのに……」
「士道?」
既にいたという事は、約束の一時間近く前に出発した士道より更に前から来ていたという事。勿論折紙の住まいから駅までの距離も関係する為、具体的にいつ出発したのかは分からないが、だとしても早い。早過ぎる。
そんな折紙の存在、彼女が本当に相当早くから来ていた事に驚いたのか、それとも彼女のブラウスにカーディガン、そしてスカートという秋らしさも女の子らしさもばっちりな格好に目を奪われてしまったのか、ぴたりと足を止める士道。しかし琴里の呼び掛けで我に返ったらしく、続く注意を受けた後にゆっくりと一つ深呼吸。一方の琴里も、士道が気を引き締めたのを確認したところで息を吸い込み…言う。
「さあ──私達の
それは、過去は旅立つ前に士道も言っていた言葉。琴里が真似したのか、士道が真似したのかは分からない。だがその言葉には、全身全霊で貫かんとする強い意思が籠っており…琴里の発した宣言と共に、精霊〈デビル〉…この世界の鳶一折紙を攻略する為の作戦が始まった。
「五河くん?早いですね」
「はは……それはお互い様じゃないか?」
再び歩き出し、近付く士道に気付いた折紙が声を掛ける。それに士道は言葉を返し、二言三言やり取りを交わす。
(そういえば…士道にぃと折紙さんが喋ってるのって、あんまり見た事なかったかも……)
初々しさを感じる折紙と、落ち着いていながらも照れが漂う士道の会話を聞きながら、侑理は思う。意外と一緒にいるところを見た事がない(勿論学校では元の世界でも同級生だったようだし、自身が日本に来る以前の事は知らないが)、未だに実際の関係性がよく分からない二人のやり取りというのは、侑理からすれば何とも新鮮なもの。尤もこの世界の折紙の性格は、元の世界とはかなり違う為、元の世界における関係性の参考には恐らくあまりならないが。
…と、侑理が思っていたところで、士道が折紙に対し、クラスメートなのだから敬語は止めないか?と提案する。それに躊躇いながらも折紙は了承し、敬語ではない折紙の口調に士道は軽く頬を緩める。
「はは……やっぱり、折紙はそうじゃないとな」
「へっ?」
「あ……すまん。つい呼んじまうんだよな。その……なんだ、綺麗な名前だから」
士道からすれば折紙は知らぬ仲ではなく、元からそう呼んでいたのだから、自然に名前呼びとなるのは普通の事。だが折紙からすれば、まだ出会ったばかりの相手であり…本当の事を言う訳にはいかない士道は、綺麗な名前だからと誤魔化していた。
しかしそれは折紙にとって嬉しい理由だったらしく、表情を綻ばせる。そして、その理由を…両親が付けてくれた名前だからと士道に言う。そこから折紙は士道に、名前呼びをしたいのならそれで良いと伝え、逆に士道も名字ではなく名前でと返し…されど折紙的にはまだ落ち着かないようで、折紙からの名前呼びは保留となった。
「…なんか、早々に良い感じだね」
「まあ、悪くはなさそうね。彼女は我の強いタイプって訳じゃなさそうだし、四糸乃みたいに引っ込み思案って事もなさそうだし。でも…そういう性格だからこそ注意しなきゃいけない部分もあるわ」
「…そうなの?」
「グイグイ来るタイプっていうのは、見方を変えれば話題を自分から用意してくれる、何が好きで何が嫌いか積極的に示してくれるタイプって事よ。ほら士道、あまり会話がないのは望ましくないわ。何でもいいから場を繋いで頂戴」
自然な流れで琴里は士道へ指示を出す。確かに受け身であったり遠慮がちであったりする相手だと、どんな話題を振れば良いか、そもそも相手は必要以上の会話を好まないタイプなんじゃないか…と迷ってしまうもの。ただの人付き合いであればそこで失敗しても大きな損失を被る訳ではないが、これは相手が精霊であり、攻略の結果が多くの人命を左右する事にもなり得る以上、ミスは極力廃しなければいけない。デート、と称しているが…全く以って油断出来ない、気の抜けない作戦である。
「そういえば五河くん、今日は何をするの?」
「え?」
「ごめん。でも、時間と待ち合わせ場所しか聞いてなかったから」
「あ、ああ。そうだったな。今日は──」
先程琴里に促され口を開いた士道だったが、偶然にも折紙とタイミングが重なり、気恥ずかしさからお互い黙ってしまうという一幕があった。そこから数拍の後、折紙が問い、士道がそれに答えようとする。
だがその瞬間、艦橋に何やら合図の様な音が鳴る。そして次の瞬間、先程まで士道と折紙の映像を、更には各種情報を表示していたモニターに三つの文章が表れた。
「出たわね、選択肢……!総員、選択ッ!」
「へ?選択?」
琴里が号令を掛けた直後、恐らくはクルーの投票によるものであろう集計結果が表示される。しかし侑理は全く付いていけない。何が何だか分からない。
「〈フラクシナス〉に搭載されているAIには、対象…まあ主に精霊なのだが…の感情値の動きを観測し、必要に応じてシンが取るべき言動を選択肢として提案してくれる機能があるんだ。そして選択肢が提案された際には、我々が即座に判断するという事さ」
「ああ、そういう…えと、それって機械を頼る必要があるんです…?」
「人の知識や経験にはどうしたって偏りが生まれるし、更にそこには好みや趣味嗜好といった無意識の偏見が混ざってしまう。その点機械ならば、集計方法を誤らなければ膨大な情報から統計的に提案をする事が出来るからね。ただ勿論、機械も万能ではないからこそ、判断と決定は人が行うという訳だ」
集計結果について琴里とクルーが手早く意見を述べ合う中、令音が説明をしてくれる。その説明で侑理は理解するも、まだいまいち飲み込めない。というのも、表示された文章、所謂選択肢というのが、
①「実は、君と見たい映画があるんだ」映画館で恋愛映画を。
②「買い物をしようと思っていたんだ」楽しいショッピング。
③「まだるっこしいのはやめにしないか」大人のホテルに直行。
……という、なんだか壮大な説明とはミスマッチに思える程、人間臭い内容だったからである。後、①や②はともかく、③は異彩を放ち過ぎている。これにはクルーの一人、椎崎も困惑していた。
「…ふむ。総括すると、一番無難で汎用的なのが②。①も悪くないけど、相手の反応を見るという点でも初手としては②に一歩劣る…ってところかしらね。私はこの結果に賛成だけど…折角だし、ここは侑理にも訊いてみようかしら」
「う、うちも?っていうか、これ早く言ってあげないと士道にぃ困るんじゃ……」
「大丈夫よ。もう何度もこういう事を繰り返して、士道は時間を稼ぐのに慣れてる筈だから」
そう語る琴里の言う通り、士道はそれっぽい言葉を並べて時間を稼いでくれている。あんまり余裕そうでもない為、やっぱり早くした方が…と思うが、それについて琴里に意見をぶつけるよりも、さっさと問いに答えた方が良いのは明白。故に侑理は選択肢を見直し、極力早めに…しかししっかりと考えた上で、言う。
「……言われてみたいのは、③かなぁ」
「はぁ!?え、ちょっ…③!?」
「…あ、違うよ!?変な意味じゃないよ!?そういう事じゃなくて、あくまで自分に置き換えた場合、どれを言われたら一番ドキドキするかなーって思っただけで……」
「いやそりゃドキドキするでしょうよ、けどそれ動揺のドキドキじゃないの…?」
呆れた顔と共に発される返答。確かにこの内容で結論から先に言うのは軽率だったかもしれない…が、問われたから答えたのに、自分なりに考えて回答したのに呆れられるというのは、侑理的にちょっと不服。…と、いう事で食い下がる。
「…でもさ、琴里も自分に置き換えてみてよ」
「…自分に?」
「琴里からしたら、士道にぃと買い物なんて何度もした事あるでしょ?映画もまあ、家族で行った事位あるでしょ?けど、③はどう?あの士道にぃが、いつになく真面目…っていうか決意のある顔で誘ってきたら、そのまま手を引いてくれたら…どう思う?」
「…………」
距離を詰め、更に顔を近付けて、侑理から問う。何を、と困惑気味な琴里を見つめて言う。すると琴里は最初こそ怪訝な顔をしていたものの、次第に思案の表情へ変わり…沈黙。侑理が離れてからも、琴里の沈黙は続く。そして、数秒後……
「……士道。ここは③で──」
『司令!?』
「……はッ!?」
クルーからの愕然とした声で我に返る琴里。それから琴里は「唆したわね…!」とばかりの顔で侑理を睨んでくる。…流石にこれは責任転嫁ではないだろうか。というかこれで心が揺れた辺り、本当に琴里は筋金入りのブラコンである。
「…二人共。自分に置き換えるのは思考の基本ではあるけど、関係性が諸に出るような言動を自分に置き換えるのは悪手だと思うよ」
「い、言われてみると確かに……」
「令音の言う通りね…。訂正するわ士道、③じゃなくて②──」
「え?俺は③だと思うんだが」
「なんで!?」
まさかの士道からのホテル直行賛成に、琴里は…否、侑理もぎょっとする。さっき自分も③を推していたではないか、と言われそうなものだが、それはむしろ逆。普段の士道なら言わなそうな内容だからこそのドキドキも含んでいたのであり、いざ本当に言ったとなれば、驚かない訳がない。
「あ、でも待って。折紙さんは経緯こそ違うけど、元の世界と同じくASTの
「…世界が変わっても似たような運命を辿るなら、趣味嗜好も同様に共通ないしは酷似している可能性がある…って訳ね。──いいわ。今回は特別よ。貴方の思うようにして頂戴、士道」
意図を理解してくれた琴里と頷き合う。無論、ホテル直行からそのまま二人で一夜を明かす事を期待している訳ではない。そうではなく、元の世界で折紙が好きだと言っていた宿泊施設を士道が知っているとか、実は折紙がホテルマニアだとか、そういう選択肢そのままではない思考を士道がしてるのでは?と思ったのだ。
そして琴里の承諾を得た士道は、行きたいところがあると言って歩き出す。折紙と二人、並んで街の中を歩いていく。そうして暫く進んだところで辿り着いたのは……
「えっ?」
明るく人気のある通りから離れた、まだ日中なのに静かな裏通り。そこに立つ、看板に宿泊料金と休憩料金の書かれた、なんだか変な雰囲気のあるお城の様な建物。──ホテルだった。選択肢通りのホテルだった。未成年は風営法で入っちゃいけない筈の、だからそもそも選択肢としても成立させちゃいけない類いのホテルであった。
「感情値、安定しません!」
「鳶一折紙!動揺しています!」
「ったり前でしょ何考えてんの士道ぉおおおおおお!!」
先程うっかり③を提案しかけた事をもう忘れたのか、緊急事態を知らせるようなアラームが鳴り響く中、幹本と中津川の声に続いて琴里は絶叫。何故かこの選択で食い下がらんとする士道を琴里が怒号で制すると、士道は僅かに逡巡した後初めからここが目的地ではなかったとばかりの言動を見せて怪しいホテルから離れていく。
「はぁ……全く何考えてるのよ士道。最初のデートでいきなりそんなところに行ったら引かれるに決まってるでしょ」
「すまん。折紙は絶対ここだと思ったんだが……」
「いやどういう事よそれ」
明るい通りへ戻りつつ、小声で士道は琴里に答える。一先ず折紙も落ち着いたのか、アラームも収まり、当初選ぼうとしていたショッピングを改めて士道は提案する。
「…士道にぃって、こんな大胆な一面もあったんだね」
「あってほしくないわよこんな大胆さ…。…で、折紙の好感度はどうなの?あまり下がってないといいけど……」
「そ、それが……」
初手から大事故を起こしかけた事で、不安な雰囲気の漂う艦橋内。しかしそこで琴里に問われた中津川は困惑した様子を見せ…それから言う。
「感情値は大きく変動していたのですが……好感度は、一切低下しておりませぬ……いえ、それどころか、微かに上がってさえいるような……?」
「なんですって?」
動揺はしたが、侮蔑や失望には繋がっていない。むしろ、あの行動がプラスに働いたかもしれない。そんな意外過ぎる報告に琴理は訝しげな顔を見せる。というか誰だって、そんな結果が出たら驚くし変にも思う。
その上で、不可解な事象があれば、それに対して「何故?」と理由を求めるのが人というもの。しかし考えても思い付かなかったのだろう、琴里は改変前の世界を、即ち改変前の折紙を知る侑理へと視線を向けてくる。琴里以外からも視線を感じる。そうして理由を求められた侑理であったが……
「えぇ……?どういう事…?」
この結果は、侑理にとってもさっぱり分からないもの。いやそれどころか、真面目で強さに貪欲で、良くも悪くもひたすら真っ直ぐな折紙を知るからこそ、そういう人となりが鳶一折紙だと思っているからこそ、分かるどころかむしろ恐らく侑理こそが、この中で一番困惑をしてしまっていた。