デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第七十一話 選ぶ道

 一日の中で、デートの中で、折紙が見せた数々の奇行。初めこそ翻弄される士道だったが、次第にその反応から元の世界の折紙を…クラスメートとして過ごしてきた時間を思い出した事で、書き換わる前の世界はもうなくとも、今いる折紙の中でもう一人の折紙は確かに眠っているのだと感じられた事が、どこか嬉しく思えていた。

 そして、流れ星を見つける前、折紙は言った。ASTを辞めた理由の一つは、貧血…実際には反転してしまっている間の記憶がない為、そう誤認しているだけのようだが…によるものだが、もう一つの理由として、精霊を討つ事が本当に正しいのか分からなくなってしまったからだと。あれだけ精霊を憎んでいた折紙が、その原因となる両親の死から解放されたとはいえ、精霊へ歩み寄る可能性を見せてくれた…そんな姿に、希望を感じた。だからこそ士道は、今の折紙の状態を何とかしたかった。霊力封印により、本当の意味で平穏な日々を歩めるようになってほしいと心から思った。

 だが、後一歩のところで、届きかけた手は空を切る。怪我に対し、士道の意思とは関係なく発動し癒す〈イフリート〉の炎により、折紙は反転精霊としての…元の世界で絶望に沈んだ、もう一人の自分となってしまった。この世界の折紙の内側には、元の世界の折紙もいる──その事実を、これ以上ない程示すように。

 

「……ッ、折紙!」

 

 士道は叫ぶ。目の前で反転してしまった少女の名を。しかし反応はない。士道の声は届かず…折紙の瞳には、何も映らない。

 されど、だからと言って諦める士道でもない。拳を握り締め、彼女へ向かって地面を蹴り…しかしまた、弾き飛ばされてしまう。

 

「士道!?何してるのよ!」

「今……折紙を止めないと、大変な事になる!」

 

 慌てた様子で止めようとしてくる琴里へ、インカム越しに言葉を返す。反転した精霊に突っ込もうとしたのだから、驚かれるのも当然の事。だが、士道は知っている。この目で見ている。絶望に染まった折紙が、世界へ振り撒いた厄災を。あの惨劇を。

 それを回避するには、霊力を封印するか、折紙を正気に戻すか、或いは反転精霊となる…元の世界の折紙が表に出てくる条件を満たさないようにするしかない。そして来禅高校屋上での件からすれば、士道の死によって一先ずは収まる可能性が高いが…それは即ち、折紙の霊力封印が永遠に不可能となるのと同義。それどころか、士道が死んだ場合、これまでに封印してきた十香達の霊力もどうなるか分からない。もし全て霊力が戻ってしまうのだとしたら…皆の今の暮らしも、失われてしまう。…そんな事を、士道は許容出来ない。殆ど自殺をするような形で折紙の両親を助けた士道が言える事ではないが、他に可能性がある内から、命を投げ出す事が正解である筈がない。

 

(諦めるかよ…諦めて、堪るかよ…ッ!)

 

 そう。結局のところ、士道は諦めたくないのだ。この世界の折紙の事も、元の世界の折紙の事も。十香達と同じように、幸せになってほしいのだ。

 そして今、折紙は反転し、その身に霊装を纏いながらも、あの『羽』を出現させてはいない。理由は定かではないが、もしこれが士道という『霊力を有するが精霊ではない』という特殊な存在をトリガーに反転し、腕の治癒が完了した結果、『精霊を撃破ないし撃退した訳ではないが、倒すべき対象がいない』という状態に陥ってしまったが故の事であれば、まだ士道にも出来る事はある。ならばやはり、諦める訳にはいかない。声が届かずとも、見えない壁に阻まれようと、手を伸ばし続けてみせる。

 

「待ちなさい、士道!今すぐ折紙から離れて!」

「な、何言ってるんだよ!チャンスは今しか──」

 

 もう一度。そう思って駆け出そうとした士道へ再び琴里の制止が入る。それに士道は異を唱えようとして、空中にいるであろう〈フラクシナス〉へ目を向けようとして…気付く。視界の端で微かに煌めく、魔力の光に。

 一瞬、〈フラクシナス〉が何かしようとしているのかと思った。だが違う。確信はないものの、それにしては高度が低過ぎる。そして同時に思い出す。先程士道が折紙を引っ張り上げた直後、仰向けになっている時ほんの一瞬だが侑理の姿が見えたような気がした事に。

 

(……ぁ──)

 

 そこからはもう、確かな思考などなかった。本能的に、直感的に、これから起こる事を感じ取ったのか…或いはそれとも、見晴らしの良い場所、遠くの存在、目の前に立つ精霊の少女、それに何より折紙……それ等の要素から、無意識の内に四月にあったとある出来事を思い出したのか…気付けば士道は駆けていた。霊力の障壁を迂回するように、後先考えず走り、突っ込む。折紙を守るように、間に割って立つように、突っ込んだ先で両腕を開き……

 

 

──士道の左腕を、閃光が貫く。一際強く輝いた魔力の光が、士道の広げた腕を灼く。

 

 

 

 

「あ、ああ…ああああああああああぁ…!」

 

 込み上げてくる嘔吐感。後悔と、罪悪感と、絶望。視界が歪む。随意領域(テリトリー)の制御がままならなくなり、段々と装備本来の重量が侑理の身体にのしかかってくる。

 侑理は、折紙を…反転精霊〈デビル〉を狙撃しようとした。その為に、折紙だけを撃ち抜く為に、収束率を上げて魔力を充填し、折紙を狙っていた。幸い今折紙は背を向けており、尚且つ動いてもいない…狙撃をするには絶好のチャンスであったと言える。そして狙撃を…攻撃をする上で最大の障害となる『躊躇い』はもうなかった。五年前の世界で、折紙と戦った時…あの時と同じ精神に、今の侑理は戻っていた。

 だからこその一射。討滅の為の一撃。されどそれは外れた。外れてしまった。士道が、間に立った事で。侑理は撃ってしまった。折紙ではなく、精霊ではなく──五河士道を。

 

「う、うちが…うちが、うちが…士道、にぃを……」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。撃ってしまった現実が、侑理の心を引き裂き抉る。直視出来ない。精神がそれを拒絶する。しかし逃避も出来ない。意識が自らの過ちをどうしようもない程に頭の中で反響させる。侑理の身体は装備の重量に、侑理の心は現実に押し潰されそうになり……

 

「侑理ッ!今は絶望してる場合じゃねーでしょうがッ!!」

 

 次の瞬間、真那の声が響いた。それが通信越しによるものなのか、直接聞こえたものなのかは分からない。だが確かに真那の声が、侑理の頬を張るような大音声が響き渡り…侑理は()()()()に引き戻される。そして、気付く。

 

「……──ッッ!」

 

 見えたのは二つ。一つは士道へ向けて空中から凄まじい勢いで向かっていく真那の姿。それからもう一つは…()()()血を流し倒れる士道の姿。

 幻覚ではない。妄想でもない。確かに侑理は士道を撃ってしまったが…当たったのは、致命傷となり得る場所ではない。

 偶然?幸運?……否。違う。これは他でもない、侑理自身が起こした事。侑理が撃つよりも、ほんの僅かに士道が割って入ったタイミングの方が早く…反射的に、無意識的に、侑理は射線を逸らしていた。一瞬にも満たない猶予であった為、完全に逸らす事は出来なかったが…それでもその微かな猶予が、動きが、最悪の事態から士道を守ってくれていた。

 

「……っ、士道にぃッ!」

 

 そこからはもう、侑理も宙を駆けていた。全力で、全身全霊で、士道の下へと飛んでいた。安堵はしていない。場所がどこであろうと、撃ってしまった事には変わりない。されど真那の言う通り…今は、絶望などしている場合ではないのだからと。

 

「ぅ、ぐッ…ぁ……ッ!」

「真那!…って、何を……?」

 

 真那を追う形で駆け寄った侑理は、即座に士道へ応急手当てを施そうとする。だがすぐに、先に駆け寄り士道を随意領域(テリトリー)で包んでいた真那が手当てをしていない事、むしろ別の何かをしている事に気付く。

 

「兄様をこの場から離します。侑理、手伝ってくれねーですか?」

「も、勿論…!」

 

 こくりと頷き、侑理も随意領域(テリトリー)で士道を包む。負傷した士道の身体を極力揺らさないようにしながら、二人で士道を運び…ゆっくりと、降ろす。

 移動した先は、折紙の死角となる場所。そこに降ろしたところで、真那は小さく息を吐き…直後、士道の腕に炎が灯る。先程も見た霊力の炎が、貫通した腕の傷を覆うように燃え上がり…みるみる内に傷を癒す。

 

(そっか…だから、真那は……)

 

 再生していくさまを見ながら、侑理は理解する。真那はこの治癒の力が折紙の側で再び発生した場合、士道が攻撃されてしまう可能性があると危惧して随意領域(テリトリー)での妨害を施していたのだ。そしてその甲斐あってか、折紙は気付く事も、反応を見せる事もなく…苦しだった士道の呻きも、再生に伴い落ち着いていく。

 

「はぁ…はぁ……っ、うぁ…。…た、助かった、真那…」

「なんの、この位妹として当然の事をしたまでです」

「そう言ってもらえると、助かる。…侑理も、ありがとな」

「……っ…!…なんで……」

「…侑理?」

 

 蹲った状態から、身体を起こしつつ士道が言った言葉。ありがとうという、感謝の言葉。それが聞こえた瞬間、侑理の思考は一瞬止まり…気付けばなんで、と言っていた。

 

「なんで、ありがとうなの士道にぃ…違うよ、違うでしょ…?だって、うちは…うちは、士道にぃを…なのになんで、どうして……!」

「あ…いや、これは……」

「……っ!…ち、違う、そうじゃない…!ごめん、ごめんね士道にぃ…!ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」

 

 分からない、あり得ない、信じられない。込み上げる混乱と動揺はそのまま言葉となって口を衝き…ハッとした。そんな自分の言葉が、士道を困らせていた事に。

 そんな事が、あっていい訳がない。あっていい筈がない。傷付けた者が、苦しめた侑理が、更に士道を困らせるなど、絶対的に間違っている。そう、侑理には言うべき事がある。しなければならない行為がある。助かったとはいえ、侑理は士道を撃ってしまったのだから、自分の恩人であり真那の兄であり、大切な相手でもある士道の命を奪っていたかもしれないのだから、謝罪を、償いを、贖罪を……

 

「ふんっ!」

「ふぎゃッ!?」

 

──殴られた。握り拳で、真那に拳骨を落とされた。ごすっ、とまあまあ鈍い音がした。

 

「い、痛ッ、いったぁ!?ちょっ、何するの真那!?」

「全く、侑理は本当に状況が分かってねーみたいですね。気持ちは分からねーでもねーですが、少しは冷静になれってんです」

「じょ、状況って…どんな状況だったとしても、うちは……」

「兄様を撃った」

「……ッ…そうだよ、だから……」

「けど、見ての通り兄様は無事…ではなくとも、ばっちり回復済みです。でもって兄様は、これに関して侑理を責める気はない。そうでいやがりますよね?」

「あ、ああ…。…真那の言う通りだ。俺は侑理を責める気なんてないし…そもそも自分で射線に入った以上、これは俺の自己責任以外の何物でもねぇよ」

 

 ちらりと真那が視線を送れば、士道は頷き、真剣な眼差しで侑理を見やる。これは自分の責任だと、だから謝る必要なんてないんだと、侑理に伝えてくる。

 

「け、けど……」

「他でもない兄様がそう言ってるんだからいいじゃねーですか。それに侑理は、もうその分の罰を受けた。これでもまだ足りねーと?」

「いや、それは士道にぃじゃなくて真那が……」

「この程度、兄様の手を煩わせるまでもねーって事です。…と、いう事で構わねーですか?」

「お、おう。…さっきのあれ、そういう意図だったんだな……」

「兄に先回りして求められる事を行う、これが賢母ならぬ賢妹妹ってもんですから」

 

 これ位は当然だとばかりに真那は胸を張る。そんな真那の言う事には筋が通っている。侑理自身、そうは思う。だが…それでも納得出来ないのだ。自分は撃ってしまったのに、なのにこんな態度でという思いが心に渦巻き……

 

「…はぁ。なんでいやがりますか、その不服そうな顔は」

「や、別に不服って訳じゃ……」

「やれやれ、この私がここまで言っているというのに、いつまでもうだうだしてるだなんて、元の世界とやらから来た侑理は、私が知っている侑理程私を好きじゃねーみてーですね。…正直、寂しいです」

「な……っ!?」

「元の世界の私は大して魅力がなかったのか、元の世界で私達はあまり付き合いがなかったのか…まあ何れにせよ、仕方ねーですね。私は侑理に然程愛されていない、ただそれだけの事で……」

「そ…そんな訳ないでしょうッ!?何をふざけた事抜かしてんの真那!ぶっ飛ばすよッ!?」

 

 言葉を遮り、声を張る。侑理は真那に詰め寄り、眼前で凄む。幾ら真那でも、言って良い事と悪い事がある。誤解や勘違いでは許されない事柄がある。そう…侑理の真那愛は、絶対にして真実なのだ。永遠不変、永久不滅、未来永劫森羅万象兎にも角にもいつもいつでも侑理は真那大好きに決まっているのだ。

 

「え、あ、はい…。…ぶっ飛ばす…?」

「ぶっ飛ばすよ!それ位の事を言ったんだからね!?」

「…あの、兄様…これ、私がわりーんですか…?」

「…すまん、俺も全く分からん……」

 

 ふーッ!ふーッ!と威嚇するような勢いで(やってないが)更に侑理が言えば、真那は気圧された様子でこくりと頷く。全くもう、と理解を得られた事で侑理は怒りを収め…ゆっくりと、息を吐く。

 

「…ごめん、真那。だけどもう、大丈夫」

「みてーですね。だったら……」

「おう。真那、侑理、力を貸してくれ。俺は、折紙を……」

 

 真那が視線を士道へ向け、士道は頷く。そして士道は、その瞳に強い意思を灯らせる。

 それは、予想していた事。そこから続く言葉も、侑理には分かる。確信がある。…だからこそ、侑理は士道を遮る。自らの言葉で、士道の言葉を遮り……言う。

 

「ううん。折紙さんは──〈デビル〉は、うちが討つ」

 

 その瞬間、ほんの一瞬だが時間が止まったような…そんな静寂があった。士道は息を呑み、真那は目を見開いた。…それも、予想の出来ていた反応。

 

「な……何を言ってるんだよ侑理…!それは……」

「今なら無防備な〈デビル〉を討てる。霊力障壁を展開してるみたいだけど……〈ヨルムンガンド〉の最大出力なら、きっと撃ち抜ける」

「……っ!侑理……」

 

 半端な覚悟で言っているのではないと、ましてや冗談などでは断じてないと、士道も分かったのだろう。その表情を歪めながらも、士道は侑理を見つめてくる。

 侑理も、士道にそんな顔をさせたい訳ではない。だが、そんな顔をさせてしまってでも、討たねばならないのだ。たったそれだけで止まる位ならば、彼女を…鳶一折紙を本気で討とうだなんて思わないのだから。

 

「真那、念の為士道にぃを退避させて。一撃で済めばいいけど、もしそうならなかったら……」

「それは、聞けねー話ですね」

「…相手が赤の他人、ただの精霊なんかじゃないから?」

「確かにそれも理由の一つです。けど、それを抜きにしても、侑理のやろうとしているのは、兄様が望んじゃいねー事です。…私達は、兄様が自分を貫けるように、側で守る…そう決めたじゃねーですか、侑理」

 

 強い否定とは違う、意思を確かめるような真那の言葉。その言葉で、侑理改変された今の世界でもそれは変わっていないのだと実感する。

 勿論、侑理も気持ちは同じ。しかし、だとしても、譲れない。だから侑理は、心の中に嫌なものを抱きながらも…言う。

 

「──なら真那も、〈ナイトメア〉を討つ事を止められる?」

「……っ…!…そ、れは……」

 

 それはあまりに、意地の悪い返し。〈ナイトメア〉…時崎狂三を殺し続けた事で傷付いたのは、他でもない真那の心。それが分かっていながら引き合いに出す自分に、侑理は不愉快さを覚え…その怒りもぶつけるように、折紙を睨め付ける。

 殺したい訳ではない。渦巻く憎しみを自覚しても尚、その憎悪の為に引き金へ指を掛けるつもりはない。ただ…討たねばならないのだ。そういうところにまで、彼女は…鳶一折紙は成り果ててしまっているのだ。

 

(今度こそ、止める…今度こそ、うちが……!)

 

 もう逃がしはしない。もう負けない。たとえこれが、誰も望まぬ道だとしても、この世界の折紙に罪がなくとも、それで皆を守れるのならば、それで良い。だから侑理は、〈オルムスファング〉を折紙へと向け……

 

「…駄目だ…駄目なんだよ、それじゃ……!」

「……っ!」

 

 真っ直ぐに折紙へ向けた銃口が、士道の胸へと触れる。先と同じように、士道は割って入るように…侑理の、その銃口の前に立つ。

 

「…退いて、士道にぃ」

「駄目だ、絶対に退かない」

「それなら、飛んで狙うまでだよ」

「だったら、俺は侑理の脚に縋り付いてでも止める」

 

 それは無駄だと侑理は示すも、士道は躊躇う事なく返してくる。何が何でも止める…そんな意思が、伝わってくる。

 

「…士道にぃの思いを否定するつもりはないよ。この世界の鳶一折紙って人間は、きっと善良なんだとも思う。だとしても〈デビル〉は、あの精霊は……」

「違う!勿論折紙には討たれてほしくねぇ、けどそれだけじゃなくて…侑理にも、討ってほしくないんだよ!」

 

 その言葉が発された瞬間、真那はびくりと肩を震わせた。侑理は知らない…知らないがきっと、真那も通ってきた道なのだろう。狂三を追う中で、真那もまた同じ思いに触れたのだろう。

 

「……ッ…士道にぃだって、分かってるでしょ!?あの精霊が、何をしたのか!どれだけのものが、どれだけの人が、失われたのか!」

「だから止めるんだよ!けどその方法が排除だなんて間違ってる!それじゃあ、皆は守れるかもしれねぇけど…折紙と、侑理が、救われない!」

「うちは、別に……」

「そんな訳あるか!勝手な事言うなって思うかもしれないが、それでも言わせてもらう!侑理は、折紙を討って、それで何も後悔せずにいられるような人間じゃねぇよ!」

 

 強い言葉。本気の声音。されどそこに籠っているのは、侑理への信用。…そう思ってもらえる事は、嬉しかった。決してまだ長い付き合いではない筈の自身に、断言出来る程の信じる気持ちを寄せてくれている…それが嬉しく、だからこそ辛くもなる。

 

「知らないんだよ、士道にぃは…!鳶一折紙は、目的の為なら…望みの為なら、何もかも捨てられる存在なんだって…!それで心を痛めたとしても、悔やみながらでも、人を殺せるんだって…!だから止めなきゃ、ここで終わらせなきゃ、きっと鳶一折紙は──士道にぃだって、殺す!」

「……っ!…それは……」

 

 殺す。その言葉に、士道は口籠った。そんな事はないとは、言わなかった。或いは、ひょっとしたら……言えなかった。

 何故、こうなったのだろうか。これは、士道の為である筈。勿論士道の為だけでなく、真那を、皆を守る為の、討つという意思ではあるのだが…だとしてもこんなのは、侑理が望んだ事ではない。

 それでも侑理が銃を降ろせないのは、知っているから。直接ぶつかって、戦って…殺し合ったからこそ肌で感じた、鳶一折紙の在り方を。だからこそ、そうはさせない。何が何でも、何をしてでも…それこそ士道の言う通り、後でどうしようもない程後悔する事になったとしても、絶対に止める事こそが、元の世界で折紙を止められなかった侑理の使命で……

 

「…そうかも、しれねぇ…だけど俺だって知ってるんだよ!折紙が、優しいやつなんだって事を!怒りがあって、憎しみがあって、精霊を許せない理由があって……それでも十香達との毎日の中で、十香達との毎日を受け入れ始めてる自分がいるって言ってくれたのも、折紙なんだよ!折紙は、侑理の言う通りの人間かもしれないが…それだけの人間なんかじゃ、絶対にない!」

 

 されど、士道は諦めなかった。折紙の事を…そして、侑理が真那と共に守りたいと思う、彼自身の思いを。

 そして士道は続ける。侑理の事を否定はしない。侑理の言葉を、全部受け止めた上で…その真っ直ぐな瞳と共に、訴える。

 

「俺だって、もうあんな事にはなってほしくない!でもそれは、折紙だってきっとそうだ!折紙だって、何もかも破壊する事なんて望んじゃいない筈だ!俺も、侑理も、折紙だって、向いてる方向は同じ筈なんだ…!だから、頼む…!もう一度だけ、俺に力を貸してくれ…!終わらせるなんて……そんな悲しい事、言わないでくれ…!」

「…士道、にぃ……」

 

 士道から向けられるのは、言葉と思いだけ。縋り付いてでも、とは言っていたが、力尽くで止めようとする気配は微塵もない。そしてそれが、魔術師(ウィザード)を力で止めるなど困難だという、現実的視点からくるものではない事を…侑理は、分かっていた。

 彼は信じているのだ。侑理の事も、折紙の事も。だから諦めたくないし…力を貸してくれと言ったのだ。それはある種一方的で、自己都合な思いだが……侑理の心は、揺れていた。少しずつ士道の思いが心へ響き、自分の決意は間違っていない筈だと思いながらも、士道の示す可能性を否定しきれなくなっていた。

 

(今が、皆を守る最大の好機。今ならやれる、今度こそ討てる。…だけど、もし……)

 

 もし、違う道もあったとしたら。もし終わらせるのではなく、救える道もあるのだとしたら。それが士道の望みであり…それに必要なのが、自分の力なのだとしたら。…勿論、士道に確証はないのだろう。確率だけでいえば、より確実なのは間違いなく侑理の方だろう。現に士道も一度、状況が違うとはいえ失敗しているのだから。

 しかし…侑理の選ぼうとしている道では、守れないものがある。それは、侑理が皆の命の為なら、と割り切ろうとしていたものであり…士道の願う道であれば、守る事が出来るもの。より確率の高い方、不確定でも全て守る事が出来る方、自分が感じた鳶一折紙の在りよう、士道の信じる折紙の在り方…頭の中で、幾つもの言葉と思いがぐるぐると回る。

 

(うちは…うちは……)

 

 指が震える。生じた迷いは意思を鈍らせ、消えた筈の躊躇いが心を縛る。士道の望みに添えば全て守れるかもしれない、だがその結果全てを失うかもしれないのだ。責任なんてどうでもいい、されどまたあの喪失感を味わうのは嫌なのだ、絶対に嫌なのだ。…でも、それでも……今はもう、思ってしまっている。士道が自分を信じてくれるように…侑理も士道を信じたいと。そして……

 

「…う、うぁああああああぁぁぁぁッ!!」

 

 叫びと共に、侑理は随意領域(テリトリー)を操作。士道の身体を絡め取り、真那の方へと無理矢理飛ばす。阻んでいた士道は勿論、真那にも士道を受け止めさせる事によって行動を縛り、反転精霊たる折紙へと狙いを定める。

 聞こえる士道の叫び。銃口から漏れる形で、限界まで充填と収束を果たした魔力が見せる輝き。微動だにしない折紙。震える指に力が籠り…トリガーを、引く。魔力光が、最大最高の一撃が、閃光となって夜闇を切り裂き……

 

 

 

 

──折紙のすぐ側を、駆け抜けた。霊力障壁を砕き、遥か彼方へと光は伸び……されど侑理の放った一閃が、折紙を貫く事はなかった。

 

「はぁっ…はぁっ……」

『侑理……』

 

 力が抜け、〈オルムスファング〉の銃口が地面を向く。背後から真那と士道、二人の呆気に取られたような声が聞こえ…極度の緊張で一気に息が上がってしまった中、侑理はゆっくりと振り向き…言う。

 

「……失敗、しちゃったんだから…次は、士道にぃの選びたい道に力を貸すのが、道理…ってものだよね…?」

 

 それは、ただの詭弁。一体何がどう道理なのか。そもそも失敗というのも外れた…否、自ら『外した』だけなのだから、もう一度試す事は出来る。我ながら、呆れてしまう程穴だらけの言葉であり……しかし、今の侑理には必要な事であった。──士道を信じ、士道に答え、士道へ力を貸す為の理由が。そうする為の、自分への…言い訳が。

 

「……っ、恩に着る、侑理…!」

「はぁ、この上なく面倒な事をしやがりますね…けど、これで……」

「ああ。これで、俺達で、折紙を……!」

 

 顔を見合わせ、真那と士道は頷き合う。不安はある。恐れはある。これから自分が後悔するかもしれない可能性は拭えない。それでもやっと…迷う事なく、二人と共に立つ事が出来る。

 だから後は、力を貸すのみ。そこに全力を尽くすのみ。この時侑理はそう思っていた。だが……

 

「……え?」

 

 それまで不動のまま、完全に沈黙していた折紙。その折紙が当然、ゆっくりと振り向く。以前瞳は虚ろなまま…されどその虚な瞳で、こちらを…侑理を見据える。

 それと共に、折紙の周囲の空間が歪む。歪みは渦巻く闇へと変わり、闇は凝縮し、幾つもの羽になる。その先端が、光と共に侑理達の方を向く。

 

「な…ッ!?どうして……!」

 

 愕然とした士道の声。反射的に侑理は振り向くが、士道の身体に先の霊力の炎はない。精霊である事を伺わせる要素は何もない。

 ならば何故、一体何に折紙は反応したのか。精霊や霊力以外に何か対象となる存在があったのか。侑理も一瞬動揺し…しかしすぐに、ある可能性へ思い至る。

 

(あ……)

 

 そもそもの話として、折紙が何故精霊を狙うのか。…それは、折紙にとって『精霊』は、自身含め憎悪の対象、撃滅すべき存在であるから。許容出来ないから。言い換えればそれは……敵であるから。

 そして今ここには、侑理がいる。反転した折紙…即ち元の世界の折紙と矛を交えた、相容れぬ思いから衝突し、本気で殺し合った『敵』がいる。その侑理が放った魔力の一撃が、たった今折紙のすぐ側を、折紙の纏っていた霊力障壁を打ち破る形で駆け抜けた。であれば折紙が、自らの果たさんとする事を阻み、脅かそうとする存在として、排除しようと考えるのは…何もおかしくない。

 

「不味い…ッ!士道にぃ、真那、逃げてッ!」

 

 こうなったのは、自分が原因。自分こそが、狙われている対象。そこまで至った侑理は弾かれるようにして叫んだのと、羽に灯る暗い霊力の光が一層強い輝きを見せたのは、全く同時の事だった。

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