デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第七十二話 届ける為に

 鳶一折紙を自らの手で終わらせるか、士道と共に救うか。そのどちらかを選ぶ事の出来なかった侑理は、選んだ上で意図的に失敗し、自らを納得させられる『言い訳』を作って、士道に力を貸す事を選択した。それが正解であったかどうかは分からない。結論は、終わらなければ下せない。

 ただ…その選択が、行動が、折紙に『敵』である事を認識させてしまった。それに気付いた時にはもう遅く……夜闇の中でも更に深く濃い闇色の光芒が、侑理達へと放たれる。

 

「……──ッ!」

 

 回避は間に合わない。直感的にそう悟った侑理は、随意領域(テリトリー)を広げつつ防性を高める。防御の点でいえば、広げるのは悪手だが…今背後には、真那と士道がいる。真那には不要でも、士道の事は守らねばならない。そして真那の事も、狙われているのは侑理である以上、巻き込みたくはない。

 その思いと共に展開した防御。直撃する光線による衝撃を、脳への負荷を想像して侑理は歯を食い縛る。…だが、その痛みはやってこない。確かに放たれた光線は、しかし放たれた直後に逸れ、周囲や宙へと駆け抜けていく。

 

「…な、何が……」

「琴里さん?…あぁ、そういう事でいやがりますか」

 

 〈フラクシナス〉にいる司令官の名が聞こえた直後、折紙の周囲の空間が歪み、葉を思わせる形状をした複数の金属塊が現れる。ついでに、侑理は通信用の回線を切っていた事も思い出す。

 それは、〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉。〈フラクシナス〉の装備の一つである、遠隔操作可能な顕現装置(リアライザ)端末。琴里は何らかの意図…恐らくは万が一への備えとして、いつからかは不明だがこれを折紙の周囲に不可視状態で展開していたのだろう。そしてその随意領域(テリトリー)で以って折紙の攻撃を逸らした…それが、事の真相。

 

「…ごめん、助かったよ琴里」

「ったく、念の為って言って出てった貴女が状況を悪くしてどうするのよ。しかも未遂とはいえ、折紙を討滅しようとするなんて。まさか〈ヨルムンガンド〉を託した件で泥を塗られそうになるとは思わなかったわ」

「うっ…それもその、ごめん……」

「…ふん、まあいいわ。〈ラタトスク〉だって、精霊の為ならどれだけの被害が、人死が出てもいいなんて考えてる訳じゃないもの。だけどそんな選択をするのは、他の凡ゆる手を尽くした後でも遅くはない…そうは思ってほしいものね」

 

 回線を開いて謝罪した直後、ご立腹な琴里の声が聞こえてくる。だが後半の言葉は、どこか侑理を気遣ってくれているようでもあり…琴里にも、随分と恩を受けてしまっている。そう感じた侑理であった。

 

「侑理、そう悠長に話していられる状況じゃねーですよ…!」

「まあ、そうだろうね…ッ!」

 

 放った攻撃が当たらなかった。その結果から、当然の事として再び光線を撃ち込んでくる折紙。今度は侑理も真那も士道を連れて回避し、〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉もそう何度も折紙の攻撃を受けてはいられないという事か、侑理達が避けた直後に射線から逃れる。

 

「真那!侑理!折紙の動きはこっちで抑えるわ!その隙に、二人で霊力障壁を引っ剥がして頂戴!」

「了解!」

「分かった!けど、その後は…!?」

「俺が行く!分析通りなら、もう霊力封印は可能なんだ!だから……」

 

 必要なのは、士道が折紙の下へ辿り着く事。その答えを得たと同時に、〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉は再び折紙を取り囲む。そのまま随意領域(テリトリー)の出力を上げ、上昇する事が出来ないよう物理的に抑え込む。

 その折紙へと突進する真那。それに合わせて侑理は弾幕を形成し、真那と〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉を狙おうとする羽を逆に蹴散らす。相変わらず羽の強度は生半可ではないが…邪魔さえ出来れば、それで十分。

 

「はぁああぁぁッ!」

 

 勢いそのままに、真那は刺突。霊力障壁に〈ヴォルフテイル〉が突き刺さり、チェーンソウが如く蠢動する無数の刃が障壁を削り取っていく。これならばいける。切り崩せる。そう感じた様子の真那は声を上げ、退避していた士道を呼び……だが次の瞬間、羽の動きが変わる。

 

「これは…士道にぃ待って!」

「え?──うわぁッ!?」

 

 咄嗟に侑理が制止を掛けた直後、光線の一つが士道の足元を貫く。続いて公園のベンチを、木を、更には何もない空中を光線が抉る。それまでは自身に向かって来るもの、邪魔するものを狙っていた羽が、突然バラバラの方向を向き、滅茶苦茶な砲撃をし始める。

 全方位への、無差別攻撃。対処出来ていない状況に対して、折紙がその方法を切り替えたのは明白だった。

 

「ちッ、面倒な真似を…ッ!」

 

 無茶苦茶な攻撃へと変わった事で、一気に上がった難易度。ここまでは狙いがはっきりしていたおかげで、羽へ横槍を入れるのも楽だった。基本攻撃は真那と〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉へ集中している事もあり、侑理はほぼ一方的に撃てていた。しかし無差別攻撃となった事で防御や回避も必要となった上、多数の羽があちらこちらへ飛んではそれぞれに攻撃を行う為、動きも狙いも読めず、侑理の迎撃から逃れる羽が次々と出てきてしまう。結果真那も霊力障壁の突破に専念する事が出来なくなり、〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉ごと随意領域(テリトリー)で守るのを余儀なくされる。集中攻撃でないが故に連続で何発も当たる訳ではなく、真那の防御がすぐに突破される心配はないが…読めないからこそ、真那も的確な対応が出来ていない。

 

「やってくれるわね…真那、一気に障壁を破るのは無理?」

「侮られねーで下さい。もう霊力障壁の性質と強度は把握済みです。やろうと思えば、一気に切り開く事も不可能じゃねーですよ」

「なら、〈ミストルティン〉で纏めて羽を吹き飛ばすわ。撃ち漏らしは侑理が片付けてくれる?」

「任せて!」

 

 〈フラクシナス〉が有する収束魔力砲。魔術師(ウィザード)のレイザーカノンとは桁違いの出力と口径を持つ艦砲であれば、確かに実現可能な事であり、巻き込まれるであろう折紙も、霊力障壁のおかげで恐らく何とかなる。むしろ上手くいけば、真那が切り開くまでもなく障壁を剥がせるかもしれない。

 善は急げとばかりに、不可視迷彩(インビジブル)を解いた〈フラクシナス〉が夜空にその姿を現す。そこから大きく艦首を下げ、艦中央の〈ミストルティン〉を羽に…というよりこの公園に向ける。通常の航空機ならば即座に墜落コースへ向かうような姿勢ながらも、〈フラクシナス〉の挙動にふらつきと言うべきものは何もない。…それもまた、随意領域(テリトリー)の賜物。顕現装置(リアライザ)がもたらした、不可能の打開。

 

「目標、地上、鳶一折紙の周辺一帯!真那と侑理の離脱に合わせて──」

 

 通信越しに聞こえる指示。侑理は真那と頷き合い、士道を連れて空中へ退避しようとする。

 だが次の瞬間、琴里の声を遮るように、警報のアラームが響き渡る。音の発生源は、ヘッドセットの向こう側。そしてその直後、空にシミが出来るように、幾つもの闇が生まれ出る。それ等は膨れ上がり、その全てが新たな羽となり…空から闇の光線を落とす。

 

「きゃぁッ!」

「琴里!琴里……ッ!」

 

 暗い輝きを線として残しながら、羽は霊力の砲撃を落とす。その内の幾本かは〈フラクシナス〉の随意領域(テリトリー)へと突き刺さり、悲鳴と衝撃音が侑理達の耳に届く。

 侑理に抱えられた状態で、士道が上げる悲痛な声。元の世界で〈フラクシナス〉が墜とされた瞬間の光景がフラッシュバックし、侑理も叫びそうになったが、空からの砲撃が自身の近くにも飛来した事で、叫びを飲み込みとにかく避ける。

 

「……ッ、侑理!〈フラクシナス〉を!今ならまだ……」

「──まだ助けられる、って?…〈フラクシナス〉は、そう簡単に墜ちたりはしないわ」

「琴里!良かった、無事なんだな!?」

「だから、そう言ってるでしょ?…と言いたいところだけど…安心出来る状況じゃないわね…」

「みてーですね。このままだと……」

 

 焦りを伺わせる琴里と真那の声。侑理もその気持ちは分かった。分からない筈がなかった。…何せ、羽は更にその数を増やし、着々とその攻撃範囲を広げているのだから。

 加えて今の攻撃で制御が失われたのか、折紙を押さえていた〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉がただの金属塊に戻って落下。自由を取り戻した折紙は再度上昇を始め、ゆっくりと空に昇っていく。

 

「不味い…早く折紙…さんを止めないと……!」

「とはいえこの状況じゃ、一筋縄じゃいかねーです…!仮に今すぐ空間震警報が出たとしても、避難が間に合うかどうか……!」

 

 〈オルムスファング〉を振り上げ、上空の羽を狙い撃つも、次々と現れる羽が相手では分が悪い。仮に対処出来たとしても、こちらに時間を取られていては、折紙の霊力障壁突破が遠退いてしまう。

 そしてそう思っている間にも、羽は増える。無差別に攻撃を放つ羽と、空から地上を撃つ羽…そのそれぞれが、侑理達を追い詰める。少しずつ少しずつ、改変前の世界へと状況が近付いていく。…まるで、世界はそうあるべきだと修正されていくように。

 

「くそ…ッ!だったら、俺が…!俺にだって、力は……!」

「無茶言わないでよ士道にぃ!確かに天使を使えば霊力障壁を突破出来るかもしれないけど、それは折紙さんに狙われるって事でもあるんだよ!?幾ら再生出来るっていっても、集中砲火を浴びたら……!」

「けど、このままじゃあの時と同じになる!それに俺は、侑理を止めた…信じてもらった責任がある!だから……ッ!」

 

 幾ら天使を扱えるといっても、随意領域(テリトリー)もなければ飛べる訳でもない生身の士道は『防御』の面で危険が過ぎる。それを訴える侑理だったが、士道に躊躇う素振りはない。彼の決意が揺らぐようには思えない。

 だが…それでもやはり、無茶は無茶なのだ。明確な『敵』と認定されて砲撃の雨を浴びせられれば、耐えられる筈がないのだ。士道の気持ちは分かる。侑理とてなんとかしたい。しかしただリスクがあるだけならまだしも、自殺行為でしかない行いを士道がしようとするのなら、何としても侑理は止めなければならない……そう、思った時だった。

 

『え……?』

 

 密度を増していく無情の砲撃。それを放つ無数の黒羽。されど突然、猛烈な突風が吹き荒れ、上空の羽を多数纏めて吹き飛ばす。

 余波だけでも強いと感じるような、最早破壊力を持った攻撃の域にある一陣の烈風。明らかにそれは、自然に起こったものではなく…更にその直後、戦場となった公園に声が響く。

 

「──はぁぁぁっ!」

 

 堂々たる声と共に公園へ降り立つ、少女と大剣。淡い輝きを放つ限定霊装と、斬撃で以って羽を蹴散らす一振りの天使。そして夜闇にも負けない艶めきを見せる夜色の髪をなびかせる……夜刀神十香。

 

「無事か、シドー!…と、真那と侑理!」

「十香!」

 

 着地に続いて発された呼び掛けに、士道が応える。だがそれだけではない。降り立った十香に続く形で、四糸乃、美九、七罪、それに先程の烈風の主たる八舞姉妹が、それぞれに天使と限定霊装を備えた姿で空から公園へと降りてくる。

 

「お前ら──どうしてここに!?」

「あ、あの……」

「うふふ、だーりんや可愛い女の子のピンチに駆け付けるのは当然じゃないですかー」

「まあ、十香ちゃんの後に着いてきただけなんだけどね」

「あー、言っちゃ駄目ですよー!」

 

 ぱちん、と美九がウインクをすれば、七罪が余裕たっぷりな様子で肩を竦める。今の七罪は大人の姿をしていて…なんというか、本当に雰囲気が別人レベル。確かに大人の姿の七罪はこれでもかという程グラマラスで、同性の侑理からしても魅力が過ぎると言いたくなるレベルなのだが、だとしてもなんというか……難儀な性格をしているものである。

 そんな十香達だが、なんでも折紙の見せる霊力の光を察知して、五河宅の隣にある精霊マンションから急行してくれたらしい。特に十香は、霊力を察知する前から、胸騒ぎのようなものを感じていたのだとか。これは何か、十香の精霊としての力に起因しているのか、霊力の回路(パス)を通じて感じるものがあったのか、それとも単に直感が凄いだけなのかは…分からない。

 

「──シドー。あれは、一体何者なのだ?」

「あれは……折紙だ」

「何……?あれがあの転入生なのか?」

 

 精霊達はそれぞれが軽やかに跳びながら、羽の攻撃を打ち払う。侑理も一度士道を降ろし、射撃を撃ち込みながら、十香達へ状況を説明する。

 といっても、詳細にではない。元の世界の話をすると混乱を招いてしまうだろうし、そもそもじっくりと話す余裕はないのだからと、必要な事を…何としても折紙を止めなければならないという点だけを、全員に伝える。

 

「〈デビル〉を…折紙さんを止めなくちゃ、街が大変な事になる。沢山の人の命が奪われて、当たり前の生活がなくなって…きっと止めない限り、これは広がり続ける。だから……」

「…待ってくれ、侑理」

 

 伝えようとした言葉を制止する士道。何故今になって士道が…と一瞬思った侑理だったが、その士道の目を見て、理由に気付く。

 視線と共に向けられる意思へ、侑理は真那と首肯する。侑理達の肯定を受け取った士道は、小さく一つ深呼吸をし……言う。

 

「俺は折紙を助けたい。街を守りたいってのも勿論だが…それと同じ位、折紙の事も守りたいんだ。ただの、普通の毎日を過ごす事が出来るように…普通の女の子でいられるように、してやりたいんだ。だから──皆。あいつを助けるのに、手を……貸してくれ……っ」

 

 それはきっと、それもきっと、士道が譲るまいとした責任。この道は、この選択は、他でもない自分が望んだのだから、その為に力を借りようとしているのだからという、自らに課した責務。

 その言葉を、十香達は背中越しに聞いていた。戦いながらも、士道の言葉に、頼みに耳を傾けていた。そして、一拍の間が空き…十香が、答える。

 

「何を言っている。当然ではないか。シドーが私を救ってくれた。私に世界の美しさを教えてくれた。私の世界はシドーが作ってくれた。──ならば今度は、私がシドーを手伝う番だ」

 

 はっきりと、当たり前だと十香は言い切る。何の迷いも躊躇いもなく、清々しい程真っ直ぐに、頼もしい答えを士道へ返す。…だが、それは十香だけではない。

 

「私もよしのんも……士道さんのお役に立ちたいです……!」

「そうそう、素直にお姉さんに頼れば良いのよ。士道くんあんまり強くないんだから無理しちゃだーめ」

「ていうか、『逃げろ』だなんて言ったら、いくらだーりんでも怒っちゃいますよー?」

「かか、よかろう!御主の覚悟、聢と受け取った!この颶風の御子、八舞が力を貸してくれようぞ!」

「請負。空は夕弦と耶倶矢に任せて下さい」

「皆……」

 

 それぞれが、それぞれの言葉で士道に答える。話す内容は違えど、力になるという同じ思いを士道に伝える。

 思い出すのは、元の世界の事。元の世界でも、闇が空から降り注ぎ、虚空に反転した折紙が蹲る中で、士道は足を踏み出そうとした。その士道の力になろうと、十香達はそれぞれに応えた。やはりこれも、世界が元の形に戻ろうとしているが故なのか、似たような状況で同じ面々が揃えば自然とやり取りも似たようなものになるという事なのか…それとも、どんな世界であろうとも、十香達の信頼は変わらないという事なのか。…なんであれ、侑理は十香達の気持ちがよく分かった。侑理も今は、同じ気持ちなのだから。

 

「ありがとう。──行こう、折紙のところへ」

 

 拳を握り締めた士道の言葉に、全員が頷く。そして先陣を切るように、八舞姉妹が突撃を仕掛けようとする。だがその時、ヘッドセットへと通信が走る。

 

「待ちなさい、士道!それは許可出来ないわ!」

「な……っ!?許可出来ないって、一体なんで……」

「危険過ぎるからよ。さっきまではとはもう、状況が違う。それに、貴方が…私達が守らなきゃいけないのは、折紙だけじゃないでしょう?」

 

 琴里の返しに、士道は声を詰まらせる。確かにもう、先程までとは攻撃のレベルが違う。〈ラタトスク〉の司令官として簡単に了承する訳にはいかないというのは、当然の事。

 

「琴里さんの言いてー事は分かります。けどそれで言うなら、七罪さんの時…人工衛星が落ちてきた時も、とびきり危険な状況だったじゃねーですか」

「あの時は、他に手がなかったからよ。加えて七罪が被害に巻き込まれるかもしれないって状況と、折紙本人は至って無事な今の状況とじゃ、全体からして大きく違うし…何より、折紙がここからどうなるかは未知数なの。結果的には色々予想外だったとはいえ、一応の想定は出来た人工衛星とじゃ、全く比較にはならないわ」

「それは……」

「…私だって、なんとかしたいわよ。皆の力を借りられれば、って思うわよ。だけど相手は反転精霊、対して皆は限定霊装状態なのよ?十全の力が振るえるならともかく、今の皆に無策でそんな危険な真似をさせるなんて事は……」

 

 兄と同じように声を詰まらせた真那へ、琴里が苦々しげな声音で言う。気持ちは分かる、だが駄目なのだと思いを話す。

 今語られた内容は、どれも筋が通っていた。理のある理由だからこそ、真那も士道も言い返せずにいた。だが、侑理は違う。琴里の言葉を、真っ向から覆せるような何かがある訳ではない。そんなものはどこにもないが……気付いた事ならば、ある。

 

「──無策じゃなきゃ、いいんだよね?」

『え?』

 

 呟くような侑理の返しに、士道と妹二人の声が揃って重なる。目を丸くした真那達の視線を受けながら、侑理は〈フラクシナス〉を見上げる形で更に言う。

 

「無策でそんな危険な真似をさせるなんて…って事はつまり、ちゃんと勝算のある策があれば、琴里も撤回する…そうでしょう?」

「…否定はしないわ」

「なら、うちに任せて。うちには、経験がある。この猛攻の中で、飛び回った経験が。折紙さんと…本気で戦った経験が」

 

 無謀な賭けに出る事を受け入れられないのなら、無謀ではないのだと示せばいい。大丈夫だと言える根拠があればいい。そしてそれが、侑理にはあった。この世界の者にはない…だが世界改変の当事者たる侑理にはある知識と経験が、この逆境を覆す鍵となる。

 

「でも、経験があっても、うち一人じゃ勝てない。万が一勝てたとしても、助ける事は出来ない。だから……」

 

 力を貸してほしい。改めて、今度は自分の言葉として言おうとしたそれは、しかし今度も侑理の口から出る事はなかった。──精霊達が、言うよりも早く頷いてくれた事で。その反応に、思わず侑理は驚き…だがすぐに、頷いて返す。

 

「なら…まずは耶倶矢さんと夕弦さん。二人には、片っ端から羽を吹き飛ばしてほしいんです。説明するまでもないかもしれませんが、あの羽は破壊するのは大変そうですけど、弾き飛ばすだけならそんなに難しくはないです。そして広範囲を纏めて吹き飛ばすなら……」

「我等風を司る八舞こそが適任という訳か。ふっ、任せるが良い!」

「了承。思いきり吹っ飛ばします」

「お願いします、二人共。次に四糸乃と十香さんには、士道にぃの直掩を頼みたいんです。四糸乃なら士道にぃをばっちり守れると思うし…撃ち漏らしの羽位、十香さんの敵じゃないですよね?」

「わ、分かりました。士道さんは…私が、守ります……!」

「うむ、私も了解したぞ!……む?撃ち漏らし…?」

 

  撃ち漏らしという言葉に引っ掛かりを覚えた様子の十香。しかしそれは当然の反応であり、すぐに侑理は十香へ答える。

 

「幾ら耶倶矢さんと夕弦さんが処理してくれると言っても、折紙さんに近付こうとすれば、無差別じゃない集中砲火が飛んでくる筈。だから、うちと真那がその露払いをする。いいよね?真那」

「兄様の道を切り開くって事でしょう?そんなの、断る理由がねーです」

「だよね。じゃあ…真那は、うちに合わせて」

「侑理……ふふっ、言うようになったじゃねーですか」

 

 驚きの表情を見せた後、にっと笑う真那に、侑理も笑みを返す。普通ならば、合わせるのは射撃主体な侑理の方。されど今は、この状況においては、羽の攻撃に慣れている侑理が主体で動く方が合理的。逆に言えば真那は、まだ慣れないであろう攻撃の中、侑理に合わせる必要があるのだが…躊躇する様子は欠片もなかった。むしろその笑みからは、自信すらも感じられた。

 

「後は、七罪と美九さんだけど…出来る限り、落ちてくる攻撃を防ぐか逸らすかして街の被害を抑える…って事は出来そうですか?そうしてもらえれば、うち等も折紙さんへ専念する事が……」

「ストップ。二人にそれをしてもらうのは、効率的じゃないわ。──街の事は、こっちに任せなさい」

 

 再び待ったを掛けた琴里の声。だがその制止は先のものとは違う。言うが早いか、一旦後退していた〈フラクシナス〉は降り注ぐ砲撃の下へと滑り込み、その随意領域(テリトリー)を広範囲に広げる。

 

「こ、琴里!?大丈夫なのか…?」

「〈フラクシナス〉を舐めないで頂戴。防御と耐える事に専念すれば、暫くは持つわ」

「暫くは、か…。…分かった。〈フラクシナス〉の皆の事も──」

「自分が責任を持つって?ふん、余計なお世話ね。策を出したのは侑理でも、それに乗ったのは、〈フラクシナス〉を盾にする判断をしたのはこの私よ。だから貴女達はそんな事気にせず、目の前の事に集中なさい」

「…ありがと、琴里」

 

 ぴしゃりと跳ね除けた琴里の言葉に、感謝で返す。同時に出過ぎた真似だったと反省し…気を引き締め直すように軽く頬を叩く。

 

「だったら、美九さんは皆の支援をお願いします。美九さんの歌があれば、心強いですから」

「ふふふー、侑理さんにお願いされたら断る訳にはいきませんねー。張り切って歌っちゃいますよー?」

「それじゃあ、後は私ね。侑理ちゃんは、私に何をしてほしいのかしら?」

「えと、七罪には……。…………」

「えっ、侑理ちゃん…?……私に任せられるような役目はない、って事…?」

「あぁいや、そうじゃなくて!むしろ七罪は多分色んな事が出来るっていうか、出来る事の幅が広いからこそ、逆に何を頼めば良いのか迷っちゃうというか……」

「ああ、そういう…それなら私も、皆のサポートをする事にするわ。私なりの方法で、ね?」

 

 蠱惑的な笑みを見せ、ぱちんとウインクをする七罪。そうして全員の動きが決まる。何もかもを拒絶するような反転折紙の前へと、士道を送り届ける為の道筋が定まる。

 

(あの時と、状況は似てる。同じ結末になる可能性だってあるし、そうなった時また時崎狂三が現れるとは限らない。──でも)

 

 似ていても、違う。今の侑理には、士道共々経験がある。そのおかげで、闇雲だった改変前の世界と違い、明確な策を持って立ち向かう事が出来る。それに、もう一つ。侑理も、恐らくは士道も、何も守れなかったあの夜の記憶があるからこそ…もう絶対に繰り返すものかという、意思の炎が心の中で燃え上がっている。

 当然まだ、『鳶一折紙』に対する怒りや恨みが消えた訳ではない。いや…そもそも侑理は自らの憤怒より士道を信じる事を選んだだけで、あの感情は消えてなどいない。ただ…今は士道だけではなく、真那や十香達とも思いを重ねたい。憎悪よりも、許せないという思いよりも…皆への思いの方が、強くなっていた。

 

「頼む、皆!」

『応っ!』

 

 反転した精霊、絶望した少女、折紙を助ける為の決戦。その号砲の様に士道が声を上げ、侑理達は地面を蹴る。暴風を纏いながら耶倶矢と夕弦が飛び上がり、翼…ではなくスラスターを並べて侑理が真那と折紙へ突っ込む。その後ろを、士道を〈氷結傀儡(サドキエル)に乗せた四糸乃と十香が追従し、左右に分かれた美九と七罪が天使を用いた支援態勢に入る。離れた空では、次々と降り注ぐ闇の光線に船体を大きく揺らしながらも、〈フラクシナス〉が街への被害を最小限に食い止めている。

 この先にあるのが、嘗てと同じ結末か、違う未来かは分からない。だからこそ、侑理は全力を尽くす。きっとまだ未確定の未来を、自らが望む形で、皆と共に掴む為に。

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