携帯のアプリケーションを用いた、琴里からの呼び出し。それに応じた侑理達は、士道が倒れた事、倒れる前の士道は異常な状態であった事を知った。
呼び出されたのも、恐らくはそれについて説明をする為。無論、それだけならばわざわざ侑理と真那、それに精霊達を集める必要はない…それこそグループメッセージで伝えてしまえばいいだけにも思えるが、逆にいえば琴里はそうしなかった…即ち、集まってもらうだけの理由があったとも考えられる。そんな風にも考えながら、侑理は真那達と共に令音から話を聞いていた。
「……この通り、シンは精霊の霊力を封印する力を持つが、それは精霊から完全に力を奪って隔離してしまう訳ではなく、自分と精霊の間に目に見えない
持っていた端末を操作、そこに表示されている映像を部屋の壁掛けモニターへと映し出しながら、令音は侑理達へと説明する。現在映っているのは、士道と精霊達の間にある
「次に、君達精霊の精神状態が不安的になった際の図がこれだ。シンと君達の中における霊力の比率が変わり、君達は限定霊装や天使を顕現させる事が出来るようになる」
「ふむ……成る程な」
「指摘。耶倶矢が理解出来たフリをしています」
「ふ、フリじゃないき!ちゃんと分かってるし!」
映像内の表示が変わり、士道の側に集中していた光…霊力が各精霊の側でその強さを増す。するとそこで八舞姉妹が口を開き、彼女等のやり取りに侑理はついつい苦笑をする。
今ので分かった事は二つ。一つは、限定霊装や天使を顕現出来る状態となっても、霊力の割合としては依然士道の方が遥かに多いのだという事。それは限定霊装状態の十香達が、DEMのデータベースにあった程の強さを有していない…悪い言い方をすれば、今の侑理であれば一対一で互角以上に渡り合えそうな事からも間違いない。本来なら、五年前の世界の折紙の様に、〈ヨルムンガンド〉という強力なCR-ユニットを用いて、全身全霊を尽くしても尚、何とか喰らい付くので精一杯…それ位の強さが、精霊にはある筈なのだから。
そしてもう一つは、薄々感じてはいたが、どうやら夕弦は耶倶矢をからかうのが好きなようだという事。そのからかいたくなる気持ちは、侑理にとって非常に分かる、ある種のシンパシーを抱くものであり…しかしその後、令音から咳払いと共に静かな声で「続けてもいいかな?」と言われた二人は、一転してしゅんとしていた。
「……そして、これが今シンの身に起こっている事だ。解析の結果、シンと君達を繋ぐ
言葉の通り、次に表示されたのは士道と各精霊の間にある線が細くなり、霊力の流れが滞っている画面。それを見て、侑理が連想したのは動脈硬化。血液と霊力とでは色々違うだろうが…士道が倒れた現状を思えば、問題がない筈がない。
「それって……どうなるんですか?」
「……ああ。本来であれば循環する筈の霊力がシンに留まり続け──オーバーヒートの様な状態を起こしてしまう。それが、シンの症状の原因だ。更に放出場所を失った霊力がシンの身体を通じて発現し、異常な身体能力として現れてしまったのだろう」
「なんと……大変ではないか!」
「ええ。あまり芳しくない状況よ。このままの状態がずっと続けば、士道の中に溜まった霊力が暴走してしまう可能性だってある。八人分の霊力の爆発よ。考えただけでも恐ろしいわ」
四糸乃と十香、二人の言葉に令音と琴里がそれぞれ応じる。既に異常が士道の身に起きているのだから、令音達の説明を疑う者はいない。そして、全員が状況を把握したところで、真那がすっと手を挙げた。
「今の話を聞く限り、兄様の中で霊力が溜まっちまってるのが原因…って事でいやがるんですよね?だったら、その分を放出すればいいんじゃねーんですか?」
「あ、そっか。士道にぃだって天使を使えるんだもんね。なら、〈
「いいや、それでは駄目だ」
循環させる事が出来ないのなら、消費してしまえばいい。その発想に成る程と思った侑理だったが、令音は首を横に振る。
「確かに侑理の言う通り、シンも天使を振るう事が出来る。だが、今言ったような方法でははっきり言って焼け石に水でね。勿論やらないよりはマシになるだろうが…本来精霊のものである天使をシンが扱うのは、それだけで身体に大きな負荷が掛かるんだ。平時でも安全とは言えない行為を、十分消耗出来るまでやり続ける、或いは一気に消費する程の大規模な霊力行使に出るというのは……」
「危険な状態を避ける為に危険を冒す、完全な本末転倒になっちゃう…って訳なんですね…」
「それにもう一つ。仮に今言った方法が安全且つ効率的だったとしても、『溜まった霊力を何とかする』というのは対症療法に過ぎない。そもそもの原因に対処しなければ、その場凌ぎにしかならないんだ」
「…それもそう、ですね…すみません、浅慮でした……」
「いや、君も真那もシンの事を想って、方法を考えてくれたんだろう?ならば落ち込む必要はないし、私はそんな君達の気持ちを好ましく思っているよ」
浅はかだったと気落ちする中で、令音が返してくれた言葉。それは穏やかで、しかも何故か親しみを感じる言葉で…侑理は少しだけ、気持ちが上向きになったような気がした。
「…で、では他に何か、シドーを助ける方法はないのか!?」
「勿論、あるわ。──だからこそ、貴女達を呼んだんだもの」
「む……?」
不安そうな十香の頭をぽふぽふとする事で落ち着かせつつ、策はあると琴里は言う。全員がその言葉にぴくりと肩を震わせる中、琴里は続ける。
「要は、士道と私達の間にある
霊力が溜まっている状態への対処ではなく、その原因となる
何故急に言い淀むのか。方法が分からないのか、分かっているが難しいのか。精霊達から上がる当然の疑問に対して琴里は否定をするが、なら何が理由なのかとむしろ疑問は深まっていく。唯一明らかなのは、琴里的に言い辛い内容なのだろうという事だけで…そんな中、一時は黙っていた令音が言う。
「……キス、だよ」
『えっ?』
「……シンは、精霊の霊力を封印する為に、キスをする。つまりその行動によって互いの間に
皆が目をぱちくりとさせる中、令音は具体的に話してくれる。狭まったのなら、広げればいい。意外にも、その方法というのは割と単純なものだった。発想としては、電子機器の調子の悪い時に『一度電源を落として、入れ直す』という対処をするのと近いのかもしれない。
そして完全に余談だが、この時初めて十香は、霊力封印にはキスが必要…即ち、琴里や四糸乃達も全員一度は士道とキスをしているのだと知ったらしい。
「よし……やる!私はやるぞ!私はシドーに助けられた。今度は私がシドーを救う番だ!」
先陣を切るように十香が言い、他の精霊達もそれに続く。その口振りにはそれぞれの個性があり、中には個人的な欲求が混じってるような者も見られたが…誰一人として拒否を示さなかったところから、侑理は士道の人徳を感じた。
無論それは、侑理も同じ事。士道を助ける為ならば、どんな努力も苦労も侑理にとっては望むところ。
「うん、やろう皆!士道にぃを、うち等のキスで助けよう!」
「応!…っていや、侑理はキスする必要ねーでしょうが……」
「あ、バレた?」
真那のノリ突っ込みを受けて、侑理は軽く後頭部を掻く。流石に今のは冗談である。侑理がキスをしても、それは本当にただの口付けにしかならないのだから。
「……ありがとう。では早速、シンのいる部屋に案内しよう。あまり長引かせると、彼も辛いだろうからね」
(…ありがとう?)
席から立ち上がった令音、その直前に発した言葉に侑理はふと疑問を抱いた。これが琴里の発言なら分かる。何せ琴里は司令官である以前に士道の妹…つまり家族なのだから。されど令音はそうではない。令音はあくまで〈ラタトスク〉の機関員…言葉を選ばずに表現するなら、士道に対しては仕事で接しているだけとも言えるのだから、ここで十香達が士道を助けようとする事へ感謝をするのが一瞬変に思えたのである。
だが、同時に侑理は令音の優しさも、精霊は勿論自身や真那の事すら気に掛けてくれる女性である事も知っている。そんな彼女ならば仕事関係なく士道を心配してくれているのだとしてもおかしくはないし、自分には助ける事が出来ないからこそ、迷いなく助けようとする十香達へ感謝を抱いたのだとすれば、それは令音らしいと言えるかもしれない。
「…にしても、士道にぃを助ける方法がキスだなんて、何かのお伽話みたいだね」
「それに関しちゃ、霊力封印の方法がキスな時点で今更じゃねーですか?」
「それはまあ、確かに。…ほんと、なんでキスなんだろう…何かこう、ちゅーっと吸ってるとかかな……」
「いや、キスで
ぞろぞろと、令音を先頭に歩いていく。その最中、キスをする時は一人ずつ部屋に入って…の方がいいだろうかと令音は問い、ほんのりと顔を赤くした十香達は一旦頷いたのだが、折紙が最後でいい、鍵や防音設備について教えてほしいと怪しい発言をした事により、全員で入る事になった。後、美九はキスする側だけでなく、皆にされる側へ回る欲求も口にしていた。……この二人は、いつもぶっ飛んでいる。
「……ここだ。多分まだ眠っていると思うから、静かに入ってくれ」「うむ、分かったぞ」
案内していた令音が横に避け、頷いた十香が扉を開ける。中は病室、それも少し広めな個人部屋の様な造りとなっており、当然そこにはベットがあった。ベットはあった。──ベットだけが、あった。
「ぬ……?」
「あれ……士道さん、は……」
初めに十香が、次に四糸乃が困惑の声を上げる。侑理も他の面々も、揃って目の前の光景にぽかんとなる。
部屋を間違えた…という事では、恐らくない。無人の部屋だが、ベットには誰かが寝ていたであろう事を思わせる窪みがあるし、毛布は捲られているし、何より点滴の針や電極が無造作に散らばっている。いっそお手本であるかのように、『さっきまで誰かがいた』事を示している。にも関わらず、無人であるという事はつまり……
「……えっ、士道にぃまさかのまた失踪?」
──先月に続いての、二度目の疾走。そういう事であるとしか、思えなかった。
*
体調が悪いどころではない筈の士道の疾走から数十分後。侑理は真那と共に、先日同様空から士道を捜索していた。
因みに侑理達だけでなく、今は精霊達も総出で士道を探している。〈フラクシナス〉が動ければ、捜索の難易度は大きく下がるのだが…今は動けない以上、地道に探していく他ない。
「全く、私達だけならともかく十香さん達にまで心配と手間をかけさせるなんて、困った兄様でいやがります」
「でも、どうしていなくなっちゃったんだろうね。…また誰かに捕まってるとかじゃなきゃいいんだけど……」
通信越しのやり取りを真那と交わしながら、侑理は眼下の街並みに目を走らせる。流石に〈ラタトスク〉の地下施設から何者かが士道を連れ去った…というのは考え辛いが、そうなると士道は自分の意思でどこかに行ってしまったという事になる。それはそれで、何故?…という疑問が当然浮かぶ。
「まあなんであれ、兄様に直接訊けば分かる話です。その為にも……」
「早く士道にぃを見つけないと、だよね」
案ずるより産むが易し…とは少し違うが、考えて分かるような事でもないのもまた事実。それを示した真那の言葉に同意をし、侑理はスラスターの出力を上げる。士道を探して、東へ西へと探し回る。
そうして暫く経った頃、不意に侑理の目はあるものを…ある人物を、発見する。
「……!あの後ろ姿は……」
白に近いブロンドの髪と、背後からでも分かるスタイルの良さ。日本ではあまり見ないようなその後ろ姿に、しかし侑理は見覚えがあった。今は厚手のコートとロシア帽を被っているが…その位で分からなくなる侑理ではない。
もしや。そう思いながら、侑理は空中で前方に回る。上空から、その人物の顔が見える位置へと移動し……息を呑む。
「…エレン、さん……」
そう。侑理の目が捉えたのは、街中を歩くエレンの姿。DEMに所属していた頃は上司という事もあり数え切れない程に顔を合わせてきた、今の立場となってからも複数回遭遇した、世界最強の
予想外の発見に侑理は戸惑い、それからどうしようと迷う。勿論今優先すべきは士道の事。加えてエレンは〈ラタトスク〉の敵であり、侑理も今は自らの意思で〈ヨルムンガント〉を纏っている以上、気付かれてしまえば戦闘になる可能性はある。逆に侑理は、出来る事なら戦いたくない…即ちこの場は気付かれないようにする事こそが、最も無難。
されど…恐らくだが、今のエレンは任務中ではない。ひょっとすると、休日なのかもしれない。故に、思ってしまうのだ。侑理もまた、武装解除し一人の人間としてエレンに会えば、戦う事なく話せるのではないか、と。希望的観測である事は理解しているが、だとしても今はエレンとじっくり話す千載一遇のチャンスではないのかと。侑理の心は、確かにそうする事を望んでおり……
「──え?……えっ?」
だが、その思考は中断させられる。不意に、路上を歩いていたエレンが人とぶつかった事で。そして、そのぶつかった相手が……士道であった事で。
(ど、どういう事!?こんな偶然ある…!?)
士道を探していた結果エレンを見つけ、そのエレンが士道と遭遇するという、まるで誰かに仕組まれたような展開。先程以上に侑理は戸惑い…しかしすぐに、これは不味い事態だと気付く。
どんな感情を向けているかは分からないが、少なくともエレンが士道に対して友好的に接してくれるとは思えない。好機とばかりに捕縛しようとするかもしれないし、五河宅であった事を思えば、士道を傷付ける事も十中八九厭わない。加えて今の士道は万全には程遠い状態であり、最悪のタイミングでの遭遇と言わざるを得ない。
そんな士道を守る為には、飛び込むしかない。されど飛び込めば、その時点でじっくり話す事は叶わなくなる。いやそれ以前に、士道とエレンが遭遇してしまった時点で、侑理の考えていた事は根本から成立しなくなる。折角のチャンスが、何か得られたかもしれない可能性が、何もしない内から零れ落ちて……
「……真那、聞こえる?士道にぃを見つけたよ。…エレンさん、共々ね」
だとしても、侑理に躊躇う理由などなかった。今士道は、危険な状態にある。ならばその時点で、何も迷う事などない。やらねばならない事など、決まっている。
真那へと連絡を入れ、急降下を掛けるタイミングを伺う。エレン相手に飛び込むなど普通は悪手だが、今は士道も、通行人もエレンのすぐ近くにいる。この状況では、撃つ訳にはいかない。
(エレンさんだって、沢山の人がいる街中で本気を出そうとは思わない筈。それなら……)
何か話をしているようで、士道とエレンは向き合ったまま動かない。上空から見下ろす形である為、侑理からは二人の表情が伺えない。
と、そこまではよかった。まだ予想の範疇であった。しかしそこから、士道は何故かおもむろにエレンの手を握る。相変わらず表情は見えない…が、何となく士道は、エレンの事を見つめている気がする。
「…え、いや…はい……?」
この時点で、意味不明。エレンが士道を取り押さえようとするなら分かる、だが士道から接触を図るというのは、全く以ってその意図が読めない。
「侑理!」
「あ、ま、真那……」
「兄様は…あそこでいやがりますか…!ちっ、よりにもよってなんでエレン…と……。…いや、これはどういう状態なんで…?」
猛烈な勢いで飛んできた真那は、急制動を掛けると共に地上へと目をやり…その表情は、困惑へと変わる。
無論、侑理とて訊かれても答えられない。むしろ自分が教えてほしい位である。
「士道にぃ、ぱっと見具合が悪い感じはないけど……ってあぁ!?エレンさんの腰に手を回した!?」
「ほ、ほんとに兄様は何をやっていやがるんですか…!?」
手を掴んだだけでも意味不明だというのに、士道は手を腰に回し、更にはエレンを近くの壁際へと追い詰める。しかもそれだけでは終わらず、なんと指先でエレンの顎をクイ、と上げる。
明らかにそれは、敵対者へ行うものではない。どう見てもそれは、口説こうとする相手…或いは恋仲の相手へとする行為。それを士道が、エレンに対して行っているという事実に侑理も真那も愕然となり……だが次の瞬間、それまでは普通だったエレンの動きが、身体能力が跳ね上がる。
「な……ッ!?士道にぃ──」
「待ちやがれです侑理!これは……」
反射的に、助けに向かおうとした侑理。しかしそれを真那に止められ…すぐに気付く。エレンの打ち込んだ一発、それを士道が躱した事に。
言うまでもなく、
更にあろう事か、士道は再びエレンに近付く。再度エレンも攻撃をし、仕掛けられる度に士道が避けては近付こうとする。一度限りの回避なら、偶然と幸運の賜物と考えられなくもないが…こうなるともう、超常現象としか思えない。
「…うちは、夢か何かでも見ているの…?」
「同感でいやがります…が、これはまたとない好機かもしれねーです。降りますよ、侑理」
「へ?ま、真那?」
とても理解が追い付かない中、真那は言うが早いか街の路地裏へと急降下を掛ける。理由も言われず先を行かれてしまえば、こちらもまた理解出来る筈がなく、それでもとにかく後を追う。真那の隣に着地をし、何を思ったか装備を解除した真那に習って侑理も私服姿に戻る。
「あの、真那…どういう事……?」
「兄様のトンデモな動きは本当に意味が分からねーです…が、こうは思えねーですか?今なら、このまま私達が加勢すればエレンに勝てると」
「勝てる…?……あ」
ポニーテールを揺らして振り向いた真那の問いで理解する。普通に考えれば、一対三となれば装備を展開するか、不利と判断して逃走を選ぶものだが…エレンは自分の実力に、強さに絶対の自信を持ち、だからこそプライドも高い女性。そのエレンが、如何に数的不利といえど生身で
「そっか、今ならエレンさんを押さえ込める…着装デバイスさえ奪う事が出来れば、無力化出来る…!そうすれば、エレンさんと戦わずに話す事だって……!」
「話す?…まあ、それも出来るでしょうね。時間を掛け過ぎると、エレンも流石にCR-ユニットの展開に踏み切ってくるかもしれねーですが」
「…けど、真那はいいの?こんな方法でエレンさんに勝って」
「いいに決まってるじゃねーですか。試合や模擬戦なら、勿論勝ち負けに拘るところですが…これは実戦、それも兄様が戦ってるんでいやがりますよ?」
「…そうだね。うん…やろう、真那」
頷き合い、路地裏から士道達がいる道路の近くまで移動する。
普段の戦闘とは違う緊張が、じわじわと広がる。士道の動きの問題、これも霊力が溜まってしまっているが故の事なのかは分からないが、士道を助ける為にも、今は目の前の事に、エレンの無力化に力を尽くすのが最善。そして侑理達が気を伺う中、痺れを切らしたようにエレンが被っていた帽子を掴むと、それを士道に投げ付ける。それ自体は威力などある筈もない投擲だが、十中八九エレンの狙いは注意をそちらへ向ける事。動きはエレンに張り合えても、やはり戦闘における駆け引きでは歴然の差があるという事なのか、帽子が目の前に飛んだ瞬間士道の動きは止まり、その瞬間エレンは鋭い回し蹴りを放つ。強化された身体能力と長い脚から繰り出される、刺突のような蹴撃が打ち込まれ──しかし、空を切る。蹴りが士道に触れる瞬間、まるで弾けるように士道の身体が光となって周囲に霧散した事で。
「んな……っ!?」
(これって……!)
隣から驚愕の声が聞こえる中、侑理も息を呑む。それは、見た事のある光景だった。改変前の世界、その五年前の時間軸で折紙と戦った時、彼女が見せた光の粒子化とでも言うべき回避。それにはエレンさえも驚き…粒子が集まる形でエレンの側に現れる。更に、予想外過ぎる展開にエレンが固まる中、士道はいつの間にか拾っていた帽子をエレンの頭に被せると、そのまま手をエレンの背中と脚にやり、軽やかに彼女を抱き上げる。
「なッ…なな……ッ!?」
どこからどう見ても、それはお姫様抱っこ。しかも揶揄うようなものではなく、相手を慈しむような、優しい所作。あり得ないその行為に真那は一層愕然としたような声を漏らし、エレンも顔を真っ赤にしている。そんなエレンに、士道はゆっくりと顔を近付けていく。じたばたとエレンはもがくが、動揺し過ぎて
どんどん近付いていく士道の顔。その向かう先にあるのは、真っ赤になったエレンの唇。そして士道が何かを呟くと、エレンはきゅっと目を瞑り、いよいよ二人の顔は鼻先が触れ合いそうな程にまで近くなって……
「──エレンさんに…何しようとしてんだこらぁああああああああああッ!!」
その瞬間、街中に怒号が響いた。凄まじい勢いで飛び蹴りが宙を舞い、士道へ向けて飛び込んだ。それを間一髪、士道がエレンを降ろす動きと共に後ろへ下がって回避すると、飛び蹴りを放った少女は向かい側の壁へと両足を突き、三角飛びの要領で再び跳ぶ。士道とエレンの間へ降り立ち、キッ、と鋭い視線を士道へ向ける。
士道とエレン、二人の間へ割って入った少女。威嚇する猫、或いは蛇の様にシャーッ!…と唸る乱入者。それは、その少女というのは……侑理自身だった。