侑理達とは別行動で士道を探していた琴里達は、令音からの情報を受け、侑理達が見失ってしまった後の士道と接触していた。接触は出来たものの、どうも士道に逃げられてしまったらしい。
それは、仕方のない事。良くはないが、そういうものかそのまま流せるような結果。故に、逃げられたという結果よりも、逃げられるまでの過程…何がどうして逃げられたかの方が、侑理にとっては衝撃的だった。
「えぇっと、今の話を確認するけど、まず琴里達が士道にぃを発見した時、士道にぃは四糸乃の力を使った巨大な氷の彫刻を作っていて、皆に気付いたところで彫刻の蝋燭へ琴里の力を使った火を点けて、更に美九さんの力で通行人の人を操作して皆を歓迎した…んだよね?」
「で、琴里さんが兄様の状態について説明したところ、一応信じてはくれたもののそのままき…キスを受け入れてはくれず、今日の十二時丁度にするって事、それまでにデレさせてほしいと皆さんに言いやがった、と」
「そして琴里達が実力行使に出ようとしたところ、七罪の力で女装ではなく完全に女性の姿へと変身する事でキスを躊躇わせ、美九がむしろ興奮した事で更に七罪と美九の力の合わせ技をする事で『大量の士織』という混沌とした状況を作り上げ、殺到する士織姿の通行人に皆が動きを封じられている間に耶倶矢と夕弦の力を用いて飛び去ってしまった訳だね」
一連の流れを侑理達が順に確認していくと、琴里達はこくんと揃って頷いた。そしてその反応を受けた侑理は、真那と顔を見合わせ……言う。
『…何の冗談?』
「えぇ、そんな馬鹿なって言いたい気持ちは分かるわ。私も説明してて、何よこの話って思ったもの。…けど、本当の事よ。最初から最後まで、全部ね」
無論、ふざけている訳ではない事は分かっている。それでも冗談か何かではないかと思ってしまう程、滅茶苦茶な話であった。…まあ、かく言う侑理が見たもの、経験した事も、大概ではあるのだが。
因みに、何故十二時かというと、士道曰く魔法が解けるのは十二時だと相場が決まっているから…らしい。本当にそんな事を言ったのかと疑いたくなるが、本当に言ったんだとか。
「けどまさか、士道にぃがそんな条件を出すなんて…うち等が見た時も、途中までは全然具合が悪い感じじゃなかったし、やっぱり自分の状態が理解出来てないのかな……」
「いや、多分理由の一つは琴里にあるんじゃない?正直かなり前のめりになってた気がするし、売り言葉に買い言葉…って訳じゃないけど、そんな琴里をからかってるような感じもあったし」
「同感。キスする為の嘘じゃないかと言われた時や、愛していると言われた瞬間の琴里は、非常に可愛らしいものでした」
「え、そんなやり取りもありやがったんですか?」
「ちょっと!?それは言わなくても良くない!?」
にやり、と笑みを浮かべながら言う八舞姉妹の言葉に、琴里は顔を赤くする。しかしそれも数秒の事で、紅潮が引いていくと共に琴里は表じょを歪ませる。
「…前のめりにも、なるわよ…だって、このままじゃ……」
不安そうな、苦しそうな琴里。水を打ったように、部屋の中は静まり返る。
恐らく全員、今の士道が危険な状態である事は理解している筈。ただきっと、司令官である琴里は侑理達以上に色々知っていて、報告を受けていて…だから誰よりも、危ないという事を感じているのだろう。だからこそ、焦りもするという事なのかもしれない。
「……大丈夫だよ、琴里。まだ時間はある。それに、想定外の事態にはなったが、それでも状況は前進してると言えるのだから」
「令音……。…そうね、ごめんなさい。今は嘆いてる場合なんかじゃなかったわ」
いつも通りの、静かな声。しかしだからこそ、今はその声が染み渡るようで…一度顔を伏せた琴里が次に顔を上げた時、その時にはもう普段の強気な面持ちへと戻っていた。
「では、本題に戻ろうか。まずは皆も気にしている、シンらしからぬ言動だが、やはりあれは高熱と霊力の影響で、少々自制心が外れ、ハイになっている状態にあるようだ」
「えっ、もしかしてだーりん、女の子になりたい願望とかあるんですかー?」
「……さてね。あれは琴里達から逃れる為の手段だったようにも思えるが」
目を輝かせながら言う美九に、令音が頬を掻きつつ返す。その言葉に、琴里は「止めて頂戴……」と本気で嫌そうな顔をしていたのに対し、真那は「いやいやまさか…」とあまり信じていない様子。同じ妹でも、こういうところには反応の差があるらしい。
「自制心が外れて、ハイになってる、か…まあでも確かに、私よりよっぽど派手で凄い皆の力を使えるなら、思う存分使ってみたくなるのは当然の事よね……」
「え、でも、七罪さんの力も使ってました…よね……?」
「うむ。それに七罪は、〈
「そ、それはその…ありがと……」
真っ直ぐ見つめて言う十香の言葉に、七罪はぴくっと肩を震わせ、顔を赤くし…目を逸らしながら、小声で感謝を口にする。四糸乃と仲の良い七罪だが、常にストレートで嘘を感じる余地などない十香とも、案外相性は悪くないのかもしれない…なんて思う侑理だった。
「…しかし、そういう事であれば何故私の力は使わなかったのだ…むぅ……」
「それは単に、君の…いや、十香や折紙の天使は、戦闘に特化しているからだろうね。実際侑理達の話によれば、攻防戦となったそちらでは折紙の力を使っているようだし。そして、逆に美九や七罪の力を複数回使用しているのは、直接的な攻撃力がない分他者を傷付ける危険性が低い事と、戦闘以外でも使える場面が多くあるからだろう」
「自制心が弱くなっていても、兄様の本質が変わっちまった訳ではないからこそ…って訳でいやがりますか。…いや、けどそうなると、私に掛けた言葉も……っ、ぅぅ〜〜…!」
「真那…。…えと、真那の事は気にせず、話を続けて下さい……」
どうしたらいいか分からない。そんな風に頭をくしゃくしゃと掻く真那の姿に侑理は肩を竦めつつ、大丈夫だろうかと気にする皆へ言う。…まあ、さっぱりした性格の真那である為、恐らく大丈夫だろう。…多分。
「…こほん。次に、我々がすべき事だが…シンは君達に、自分をデレさせてみろと言った。それは間違いないね?」
「間違いない。士道は自分をドキッとさせさえすれば、今日の夜十二時にキスを受け入れると言っている。ならば、それを行うしかない。──時間の猶予は?」
「……数値を見るに、今日の十二時にキスをする事が出来るなら十分間に合うだろう。ただ問題は──それまでに全員がシンをデレさせられるか、だが」
その言葉と共に、令音は部屋の掛け時計を見る。つられる形で侑理も見る。時刻は現在午後六時。即ち後六時間で、ここにいる八人の精霊全員が士道をドキッとさせられなければ、士道を助ける事は出来ないのだ。
「とにかく、士道さんをドキッとさせないといけないん……ですよね」
「……でも、どうやって?」
「それは……」
「やぁん、四糸乃に何言わせようとしてるのかなー?七罪ちゃんのエッチー」
「なっ、わ、私はそんなつもりじゃ……」
突如発生した『パペットにからかわれて慌てる七罪』という珍妙な光景に、すぐ側にいる四糸乃も侑理達も苦笑をする。そして数秒の間を経て、令音が「考えがある」と言う。…ぴっ、と立てた人差し指で、自身の右耳をトントンと叩くようなジェスチャーをしながら。
「成る程!或美島で我等が用いた手だな!」
「納得。最適な手です」
意図を理解した様子の八舞姉妹が声を上げる…が、全員が理解出来た訳ではない。十香はどういう事かと問い掛け、侑理も首を傾げる。というかまず、侑理は或美島とやら自体を知らないのである。
…と、思っていると、それを察した琴里が教えてくれた。何でも或美島というのは観光地として有名な島の名前で、士道や十香達が修学旅行として行った地で…何より、耶倶矢と夕弦に出会った場所なんだとか。
(…って、あれ?その時期って、確か……)
聞いている中でふと思い出したのは、まだ侑理がDEM所属であった頃、エレンがウェストコットと共に日本に行った時の事。記憶違いでなければ、その時と修学旅行とは時期が重なる。ついでにその時は、DEMの空中艦も日本に向かっていたような覚えがある。あれからまだ半年程度しか経っていないのだが…侑理はそれを、随分と昔の事のように感じていた。
「…侑理?どうかしやがりましたか?」
「あ…ううん、何でもない」
少し前に復活した真那の問いに、首を横に振りつつ答える。それから侑理は、意識を目の前の事に戻す。
或美島。そこで耶倶矢と夕弦は、インカム越しに令音のサポートを受けて士道を攻略しようとしたらしい。無論これは令音が善意で手助けした訳ではなく、士道が二人を攻略する中で発生した展開との事だが、そこまで説明されれば分かる。要は、その時同様…そして通常時とは逆に、精霊達が士道を攻略する為に、〈ラタトスク〉がサポートを行うという事である。その為に重要となる最新絵AIも、〈フラクシナス〉の船体と違って無事であった為、問題ないという事である。
更に、攻略といっても精霊達へ対する士道の好感度は元から高い為、言われた通りドキッとさせる…それも一度でもさせられる事が出来れば、士道はキスを受け入れてくれるだろうと令音は言った。…まあ、理由はどうあれデートしてキスまでしている少女達(しかも全員、同性の侑理から見ても間違いなく美少女)への好感度が低かったら、それはそれでどうなの士道にぃ、と言いたくなるところだが。
「時間の余裕はない…けど、決して不可能な事じゃない、ってところかしらね」
「……そう思ってくれて構わないよ。それと、皆に一つ注意しておいて欲しい事がある。霊力の限定解除についてだ」
「……?
琴里の発言に頷いた令音は、続けて限定解除について触れる。それに対して七罪が首を傾げれば、令音は小さく頷いて続ける。
「……基本的にはね。だがそもそも君達の身体にも、極微量ではあるが霊力が残っている。恐らくその気になれば、僅かな時間ではあるがそれを顕在化させる事は不可能ではない筈だ」
出来ない事はない筈。そう肯定した上で、令音は出来る限りしないてくれと言う。普通ではない状態で、僅かしかない現状で、無理に力を引き出せばどうなるか分からない…と。
危ないのは、何も士道だけではない。その指摘に一度は息を呑む琴里達だったが、だとしても必要になったとしたら、それが士道を助ける事に繋がるのならと、十香は令音へ食い下がる。
しかしそんな十香を、令音は「君達が倒れてしまえばシンを助けられなくなる」と言って落ち着かせた。それは全くの正論であり…それでも不安そうな十香の姿を見て、侑理も言う。
「大丈夫ですよ、十香さん。何かあったら、その時はうちと真那が何とかします。士道にぃを助けたい、その為に力を尽くしたいって気持ちは、うち達も同じです」
「侑理の言う通りでいやがります。私達は直接兄様を助ける事は出来ねーんですから、その分『もしも』の時は任せやがって下さい」
「二人共…ああ、恩に着るぞ」
「恩に着るなんて、そんな……」
元から少々特徴的な喋り方をする十香ではあるが、今の堅苦しい言い方には流石に苦笑をしてしまう。恩も何も、侑理にとっても士道はかけがえのない相手の一人なのだから、そんな事を気にする必要はないのに…と思うのである。
「……後の問題はやはり、時間だ。出来る限り一ヶ所で攻略に当たりたいところだが」
移動や準備に時間を取られてしまえば、その分ドキッとさせる為の時間が減ってしまう。それを懸念する令音に対し、数秒の間を経て折紙がある提案をする。そして、その提案を元に作戦は決まり…令音の視線が、侑理達の方へ向く。
「……真那、侑理。〈フラクシナス〉が動けず、琴里達も極力霊力を使う訳にはいかない以上、二人の言った通り、もしもの時は君達だけが頼りだ。そして……」
「DEMが仕掛けてくる可能性も、十分にある。そういう事でしょう?」
時間とも、ドキッとさせられるかどうかとも違う、もっと明確で危険な脅威。その存在に、十香達は息を呑み、想定していたのであろう琴里と折紙も表情を歪める。
これは、かもしれない…の話ではない。他でもない士道が超常的な力を…それも、エレンに対して真正面から披露してしまった以上、DEMが何の動きも見せない筈がない。
「…つまり、士道の事は私達次第だけど、その士道も含めた私達全員の命は、二人に懸かってる…って訳ね……」
「…七罪さん、それは……」
「二人にプレッシャーかけるねぇ、七罪ちゃ〜ん」
「え?あ……」
よしのんに言われて初めて気付いた様子の七罪は、さーっと顔を青くし、侑理達へ平謝りしてくる。それはもう凄い勢いの謝罪に、侑理も真那も苦笑いを禁じ得なかった……が、七罪の言っている事は間違いではない。間違いではないどころか、真っ当な事実。
「……すまない、二人共。本来危険且つ重要度の高い役目には、それ相応の準備と人員を割くべきだというのに、まるで戦力を用意する事が出来ず、君達に全て任せる事になってしまって」
「大丈夫です、令音さん。ちゃんと準備する余裕がない以上は仕方ないですし、戦いは万全の状態で臨める事ばかりじゃないって事も分かってますから。だよね?真那」
「侑理の言う通りです。それに、令音さんは一つ、認識を間違っていやがりますね」
「……間違っている?」
疑問の声と共に、首を傾げる令音。そんな令音に対し、真那はにっと笑うと、侑理の肩にぽんと手を置き……確かな自信と共に、言う。
「令音さんは、まるで戦力がねーと言っていやがりましたが…ここには私がいます。私がいて、侑理がいて、私達が組んで迎撃しようってんです。ならその時点で、戦力としちゃ十分も十分、十二分ってもんですよ」
「……ふっ。本当に真那は、頼もしいね」
「ふふふ、そうでしょう?なんたってうちの相棒、最愛の真那ですからねっ!」
ほんのりと目を見開き、それから柔らかな表情を見せた令音に、侑理は腕を組んでみせる。こういう事をさらっと言える真那だからこそ、格好良いし頼もしい。そんな思いで侑理もまた笑みを浮かべて、それから全員へ向けて頷く。
緊張しない…とは言えない。侑理に真那程の度胸や自信はない。だが、守りたいという気持ちはきっと、真那にも負けない、負けていない。それに…戦うとなっても、侑理は一人ではない。今言った通り、言ってくれた通り、真那がいる。最高の相棒がいる。ならば、何も恐れる必要があるかと、胸を張れる。
そして始まる、士道を助ける為の…精霊達が、士道を攻略する為の
*
勝負の舞台となったのは、街から離れたとある森林。その中に建造された大きな建物。
「現在、シンはこちらに向けて移動している。この調子なら、じきに姿も見えるだろう」
ヘッドセットから聞こえる令音の声。その声に小さく返答を返し、スコープ越しの光景へと目を凝らす。
とはいえ、流石に五秒十秒で現れたりはしない。だから侑理は、最低限の集中は維持しつつも、ふぅ…と一つ息を吐き、真那へと呼び掛ける。
「にしても、さっきは驚いちゃった。真那からあんな事を言って、しかもうちに触れてくるなんて……もしかして、うちが士道にぃに口説かれてるのを見て、嫉妬しちゃった?」
「何を言い出すかと思えば……そう言う侑理こそ、私と兄様のやり取りを見て嫉妬してたんじゃねーですか?」
「え?うーん…正直今振り返ると、上手く言葉に出来ないドキドキ感があったかも?」
「実の兄妹のやり取りに変な感情を抱かねーでくれませんかねぇ……」
街中での事を思い出し、感じたままに侑理は答える。大大大好きな真那と、暖かな気持ちにさせてくれる士道の、どこか禁断さを感じるやり取り。これはこれで有りかも…そう思ってしまっていた侑理が、心のどこかで確かにいた。
「…まあ、でも…あんな事を言われた後なんで、ちょっとばかり調子が狂ってた…ってのはあるかもしれねーですね」
「調子が狂ってなくたって、もっと触りにきてもいいんだよ?」
「じゃあ、今日の朝みてーに手が冷えた時は是非触らせてもらうとしやがります」
「あ、それは遠慮したいかなー……っと、真那…!皆さん…!」
いくら熱烈なスキンシップだとしても、それは勘弁…と思った直後、空に見えた一つの影。鳥より遥かに早いその影は、しかし戦闘機でも、
「……こちらでも確認したよ。この反応、やはり……」
「はい、耶倶矢さんと夕弦さん…〈ベルセルク〉の風の力で真っ直ぐ向かって来ています。…なんというか…それが、当たり前みたいに」
話している間にも、士道は降下を掛け、建物の側に着地する。身を潜めているからか、士道が侑理に気付いた様子はなく…そのまま士道は、建物の扉の前に立つ。
飛んでいた時も、今も、士道の纏う雰囲気には余裕と自信があった。それこそ先程の真那の様だった。とても異常な状態だとは思えない、むしろ本来の…真の力に目覚めたのだと側から見ても思ってしまうような、そんな士道の佇まい。
だが、それでも、だとしても…人間が精霊の力を自在に操るなど、あり得ない事なのだ。このままでは、いけないのだ。
「──目標、ドーム内に入りました!」
「宜しい。では、攻略を開始します。イレギュラーではありますが、これは非常に重要度の高いミッションです。総員、気を引き締めて下さい」
扉を開き、士道が中へ入った直後に、地下施設へ備えられた臨時司令室からの声が聞こえてくる。今はプレイヤーの一人である琴里に代わって指揮を担う神奈月の声に、普段は〈フラクシナス〉のブリッジ要員を担う面々が応じる。そして中では、精霊達が士道を迎え入れ…次に聞こえてきたのは、通信越しの琴里の声。
「……神奈月。分かってると思うけど、ふざけた選択はしないでよ?前に私がいなかった時は、随分と色々してくれたって聞いてるわよ?」
「……そうなの?」
低いトーンで発された琴里の声に侑理は反応するも、返答はない。ただそれは無視されたというより、聞かない方がいい…そんな意図の籠った沈黙であるような気がした。
「ふふ、ご安心下さい司令。私はいつでも真剣です。そして今日は…特に真剣に望もうと思っています」
「貴方の場合、その真剣が逆に不安だって言ってるのよ……いい?今回は士道の未来が懸かってるの。もしふざけた事をするようなら許さない──」
「だからですよ、司令」
穏やかな…それでいて芯を感じる、神奈月の声。その声に琴里は口を噤み…彼は、続ける。
「これまで我々は、何度も士道君くんを戦場に送ってきました。出来る限りのサポートはしていたとはいえ、大人の我々が、まだ学生である士道くんに最も危険な役目をさせていたのです。ならば、その士道くんの危機に対して全力を尽くすのが私の…私達大人のすべき事だと、私は思っています」
大人として。そう神奈月が語り合えると、通信の向こうからかそれに頷くような、同意をしているような空気感が伝わってくる。少し前に変な紹介を受けた面々だが、確かに全員ちょっと変わっている気がするが…だとしても、サポートする中で士道の事を見続けてきた人達なのだと、見えていなくともひしひしと感じる。そして、そんな神奈月達に向けて、琴里は小さな…しかし、はっきりとした声でいった。ありがとう、頼りにしてる……と。
「それでは、始めましょうか。不肖神奈月恭平、必ずや士道くんを落としてみせます!」
言葉選びが若干アレな気もするが、サポート体制に不安はない。急造とはいえ精霊達が一ヶ所で士道を攻略出来る環境も用意してあり、何より琴里達の士気は十分。時間は刻一刻と迫っているが……勝機は、ある。
「さて、それじゃあ私達も気を引き締め直すとしやがりますか」
「だね。考えてみれば今って、限定霊装すら十分に展開出来るか分からない精霊が勢揃いしてるって状況だし」
「それは…。……よく考えたらこれ、そういう意味でも滅茶苦茶危険な状況でいやがりましたね…」
士道の為には仕方ないとはいえ、今は非常にリスキーな状況。仮に仕掛けてくるのが理性的なASTなら何とかなるが、人工衛星すら落としてくるDEMとなると、この好機に何をしてくるか分からない。
そういう意味でも、時間との勝負。DEMなら空中艦隊に
「かか、士道よ、よくぞ恐れずに参ったな!」
「首肯。どうやら、余程夕弦達の魅力に骨抜きにされたいようです」
幕を開けた士道攻略の先陣を切ったのは八舞姉妹。当たり前だが全員でどうこうしようという事ではなく、一人ずつ(八舞姉妹は二人で一つの精霊である為二人同時だが)士道と交流し、ドキッとさせる寸法になっている。…まあ、美少女揃いな精霊達に、一斉にどうこうされるとなったら侑理でもドッキドキしてしまいそうな気がするが…まだそこまでなりふり構ってはいられない状況ではない。後、今後の全員の人生の為にも、多分宜しくない。
そして、建物の中にいる精霊達は今、全員が水着姿。中もレジャー施設の様な温水プールとなっており…『ドキッ!精霊だらけの水泳大会』という、名前だけ聞いたらどこの深夜バラエティ番組だと言いたくなるような作戦名が付けられていた。…因みに、この作戦の原案は折紙なのだが、彼女自身が語った時点では、ヌーディストビーチを提案していた。過度な露出は逆に士道を驚かせてしまい支障が出る、それでは男性クルーがサポート出来ない、最悪十二時に魔法が解けるどころか十七歳にして士道の魔法使い化ルートが完全に絶たれる等、若干意味の分からない反対意見を駆使して何とか軌道修正したものの(というか美九は賛成していた)、とにかく折紙に一任していたら間違いなく大変な事になっていた。
「…………」
中でのやり取りが、聞こえてくる。耶倶矢と夕弦は選択肢によるサポートの下、水着姿で左右から胸を押し付けた後、ソフトクリームで間接キス…を間違って士道とではなく八舞姉妹間でやった…しかもそれが凄く官能的だったんだとか。まあ、二人で一つのアイスを舐め合っていれば当然だが…結果、士道の興奮値が上昇。最後は偶々夕弦の胸元と耶倶矢の太腿に垂れたアイスを舐めてもらうという流れになったところで、令音達側が設定した数値…即ち、十分ドキッとしたという判定が出た事により、八舞姉妹はクリアをした。どうやら余裕綽々な態度の士道(実際クリアまでに何度も二人を赤面させていた)も、ちゃんと興奮したりドキドキしたりはするようであり、それが分かったという意味でも首尾は上々であると言えた。
そんな二人に続いて二番手となったのは七罪。しかし立候補した八舞姉妹と違い、七罪は士道からの指名(恐らく後ろ向きな七罪に対する敢えての行動)であり、臨時司令室からは今の姿のまま大人のお姉さん的対応でギャップ狙いを…という指示が出ていたが、七罪はかなり躊躇った(というか不安とネガティヴ思考で動けなくなっていた)末に、霊力を用いて大人の姿へと変身。止めるよう言う令音の制止を振り切り士道にアタックを掛けた…までは良かったものの、十分としない内に変身が解けてしまうという事態が発生。七罪自身苦痛を感じていた為万事休すかと全員が思うような状況に陥ったが……なんとその後の姿が、水着だけは用意されていた物を使った事で、子供の姿へ戻った事により水着がはだける…どころかほぼ全裸状態になった事が功を奏し、更にはネガティヴ妄想を全開にする七罪の様子が逆に愛らしさを感じさせていたのか、予想外の形で七罪もクリアしていた。ついでにその後七罪は士道に褒め殺しにされ、それはそれで叫んでいた。…羨ましいと思ったのは内緒。
「…順調…って言い方をしていいのか微妙なところではありますが、今のところは上手くいってるみてーですね」
「うん。まあでも、それはそれとして……」
「……?」
「…盗み聞きしてる感、半端ないね……」
「…それは、まあ……」
何とも言えないような、真那の返答。中のやり取りも聞こえるような通信設定にしているのは、いつでも動けるように、常に状況を把握出来るように、という真っ当な理由からなのだが、それでも状態的には盗み聞き同然。しかもそのやり取りがまたやり取りなもので、侑理は複雑な心境にならざるを得なかった。令音達と違い、映像は見られない…音声から想像するしかないというのも、色々と悪い刺激であった。
ただ、上手くいっているのは事実。八舞姉妹と七罪共に、開始時点で想定していた各々の待ち時間をオーバーするといった事もなく、このペースで最後までいけば、焦る事なく達成出来る。まだクリアしていない精霊達からすればとても落ち着いてなどいられないだろうが、それでも希望の持てる状況。
だが……やはり、最後まで何事もなく…とはいかなかった。そんな簡単には、進めさせてくれなかった。そしてそれは、三番手…士道の為に、と意を決して立候補した四糸乃が奮闘をしている最中に起こったのだった。