デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第八話 強さとは

 現れては消える、攻撃目標。時にゆっくりと、時に激しく、更に時には瞬時に別の場所へと移動をする目標に対し、スコープ越しに捉えて見据える。無闇矢鱈に撃とうとはせず、機を待ち…今だ、と直感的に感じた瞬間、目標へ向けてトリガーを引く。

 

「…よし……!」

 

 放った一撃は、狙い通りに目標へ直撃。すぐに次の目標が現れ、攻撃を続ける。狙いを定めて、侑理は撃つ。

 ここは、シミュレーターによって形成された空間の中。侑理は今シミュレーターを用いた狙撃の訓練を行っていた。

 

「そろそろ、かな…」

 

 何度か撃ったところで、侑理はその場から離れる。先に目星を付けておいた次の狙撃ポイントへ移動し、狙撃を再開する。狙撃において重要なのは、相手に場所を把握されない事。それも想定して侑理は動き…移動と狙撃を繰り返した末、設定していた全行程が終了。シミュレーションが終了し、周囲が元の部屋へと戻る。

 

「…ふぅ…やっぱり目を凝らし続けるのも、結構大変だよね……って、うん?」

 

 中・長距離の射撃を主体とする侑理だが、当然普段の戦闘で行う射撃と、今回行った狙撃はその性質が大きく異なる。経験が少ない事もあってか、じんわりとした疲労感が身体を包む。

 そんな中、外から開かれる部屋の扉。そこから現れた人物を見て、侑理は目を瞬かせた。

 

「あれ、エレンさん…?」

 

 現れたのは、スーツに身を包んだ姿のエレン。今回の自主訓練で、侑理はエレンに声を掛けておいた…などという事はなく、今はまだ侑理がシミュレーターの申請し、許可を受けた時間内の筈。後は、自分に用事があるという場合だが…アデプタス・ナンバーにおける上位でもない自分の下に、普段から忙しい部長がわざわざ出向いたりするのだろうか?

 

「少し見させてもらいましたが、良い判断です。上手くいっている中でも移動を、狙撃における鉄則を忘れる事なく実行する…その冷静さと判断力は、我が社の他の魔術師(ウィザード)達にも見習ってほしいものですね」

「え、あ…ありがとう、ございます…」

 

 後半は別の意図があったものの、開口一番発された褒め言葉に、侑理は驚く。それに続いて、最強の名を欲しいままにする彼女から、エレンから褒められた事に、じんわりとした喜びも抱く。

 

「…あ、でも…そういえば、前に真那と模擬戦をしていた時も、良いって言ってくれましたよね?それに最近は、こうして会う事も多いような……」

「私は良いと思ったものは、はっきり良いと言っているつもりです。それに私は、貴女の直属の上司ですよ?」

 

 当然の事だ、とばかりにエレンは返す。一見愛想のない…実際側から見れば素っ気ない返答ではあるが、彼女へ密かに憧れを持つ侑理の目には、クールな格好良さに映る。

 

「えへへ…はっきりそう言われると、何だか照れちゃいますね…」

「……………」

「……?エレンさん?」

 

 嬉しさと気恥ずかしさで頬を掻く侑理。それはそうと、エレンは何をしに来たのだろうか。そんな当初の疑問を思い出す侑理だったが、エレンは今の侑理の言葉には何も返さず、じっと自身の事を見つめてくる。

 意図の読めない、無言の視線。そして、居心地の悪さを侑理が感じ始める中、エレンは見つめたままに言う。

 

「侑理。貴女の支援能力は、評価に値します。ですが──貴女は一体いつまで、真那の隷下でいるつもりですか?」

「え……?」

 

 それは、思いもよらぬ…それどころか、考える事すらなかった言葉。全く以って想定外なその言葉に、侑理は目を丸くし…嘆息と共に、続ける。

 

「自覚なし、ですか。では、何故今回のシミュレーターで、対象からの攻撃を設定しなかったですか?まさか、一方的に撃って悦に浸りたかった訳ではないでしょう?」

「それは……」

「自分が攻撃を受ける前提の訓練ではなかった…より正確に言えば、前衛がいる中での狙撃訓練をしていた。そうでしょう、侑理」

 

 見透かしたようなエレンの言葉に、侑理は言い返せない。…その通りだと、思ってしまったから。自分は自覚なく、前衛が…真那がいる前提での訓練をしていたと、その言葉で気付いてしまったから。

 

「…でも…第二執行部として動くなら、前衛がいる前提で立ち回る事も……」

「えぇ、確かに間違ってはいませんね。ですが基本的に、我々第二執行部は部隊単位で動く事はあれど、作戦行動中は個々の判断での交戦が主体です。真那は貴女の支援を前提に、自身が前に出る戦法を構築しているのでしょうが、他の者が同じように動くとは限りません。それに何より…貴女は個人としての強さを磨いた上で、支援に重きを置いているのですか?初めから『自分は支援役だ』と、個の強さを二の次にしているのではありませんか?」

「あ……」

 

 更に侑理は気付かされる。自分でも気が付かなかった、自分の深層心理を。勿論侑理とて、個の強さを完全に捨てている訳ではない。自衛すらままならない者が支援をするなど、以ての外。だが確かに、今の…今までの自分の考え方が、立ち回りが、『味方の誰か』を前提にばかりしていた事は…否めない。

 

「支援そのものが悪いとは言いません、それも貴女の強みである事は事実です。ですが…今のままでは、貴女の才覚が無駄になる。個の強さをおざなりにした、誰かを頼りにするその思考は…もう、止めなさい」

 

 厳しくも、芯を突いたエレンの指摘。提案ではなく、助言でもない…止めろという、明確な否定。

 侑理は驚いた。まさかそんな事を言われるとは…と。直属の部下とはいえ、そんな指摘をされるとは、と。…だが、この時侑理が感じていたのは、単なるショック…だけではなかった。

 

「……うちの事、そんなに気に掛けてくれてたんですか…?」

「…はい?」

「支援がうちの強みだっていうのは、うちを見ていたからこそ分かる事ですよね?うちの才覚が無駄になるっていうのも、うちにまだ伸び代があるって思ってるからこそですよね?うちの思考まで推測出来るのは、色々気に掛けてくれてるからですよね?…エレンさんが、そこまでうちの事を気に掛けてくれてたなんて……」

「…やたらと前向きですね」

「はい!真那にもそんな感じに言われた事があります!」

 

 再びじーんとなる侑理の心。エレンからすれば有象無象に過ぎない程度な筈の自分の事を、こうも気に掛けてくれたのだという思いが、侑理に感動を与えてくれる。一方エレンはそんな侑理の反応に半眼を向けていたのだが…感動の前では、そんな事など気にならなかった。というか、気付いてすらいない侑理である。

 

「まぁ、捉え方はどうあれ考えを改める事です。…貴女の力を、真那の支援で終わらせるのはあまりにも勿体無い」

「む、勿体なくはないですー。うちの力で真那を手助け出来るなら、それ以上に価値のある事なんて……って、あれ?…やっぱりエレンさん…うちにまだまだ伸び代があるって思ってくれてるんですか…?」

「…それをどう捉えるかは貴女次第です。そして私の言葉を受け入れるかどうかも貴女次第ですが…折角の助言を不意にはしないでほしいものですね」

 

 思わず舞い上がった侑理だが、落ち着けば何もエレンは全肯定してくれた訳ではない…とすぐに気付く。だからこそ、次なる言葉で伸び代…潜在的な部分については、本当に期待してくれているのでは?と思い…一瞬の間の後、どちらとも取れる言葉でエレンは返した。返し、くるりと背を向け歩いていく。

 

(…え?話終わり?まさか、今の話をする為だけに来てくれたの…?)

 

 ここまではついでの話で、ここから本題に入るのだろう…という予想を裏切るエレンの行動。だがそれは即ち、侑理への指摘、助言を目的に、わざわざ自分の下へと来てくれたのだという事。ならばそれは、あのエレン・ミラ・メイザースが言ってくれた事であれば尚更、無下には出来ない。それにエレンの言う通り、支援…誰かを支えるというのは、自分自身にもそれなりの力があってこそ成り立つもの。逆に言えば、自身の力を高める事は、支援能力の向上や支援出来る幅を広げる事にも繋がる…筈。そんな思考が、侑理の心に火を付ける。元から真那との約束もあり、訓練へのやる気はあった。だからこそこれからは、個人としての強さにもちゃんと目を向けようと、新たな目標を一つ定める。

 だが…同時に気付く。個人としての強さを高めるには、どうしたらいいのだろうか、と。これまでと同じ、個人的な自主訓練だけで何とかなるのだろうか、と。以前であれば、個人としての強さを…それこそ侑理の支援も、あれば助かるが無くても別に困らないという場面が多いレベルの実力者である真那がいた為、彼女に稽古を付けてもらうという手もあったが、それも今は叶わぬ話。他の同僚についても、ジェシカを始め侑理より実力のある者は複数いれども真那と比較すれば一方どころか二歩も三歩も譲っている。ならばどうしたら良いのか、自力で試行錯誤するしかないのか…そこまで考えたところで、更に気付いた。…いるじゃないか、と。実力に関しては自分がどうこう言うのも烏滸がましい程の、尚且つ自分を本当に気に掛けてくれている…のかもしれないと思える、もし指導をしてくれるならこの上なく良いと言える相手がいると。

 

「…あ、あの!」

「何か?」

「もし、良かったら…うちに、稽古を付けてくれませんか…!」

 

 呼び止める声に、振り向くエレン。すぐさま侑理は駆け寄って…言葉に続けて、頭を下げる。彼女の言う強さを得られるよう、稽古を付けてほしいと頼み込む。

 もしこの場にジェシカ達がいれば、ぎょっとしていた事だろう。何せ、エレンは容赦がない。異常な程の実力に加えて遠慮を一切持たない為に、彼女が模擬戦に参加をすれば、高確率で阿鼻叫喚な状況が生まれる。彼女へまともに付いていけるのは、せいぜい真那位のものであり、その真那でさえ余裕がなくなる…普段の模擬戦では常に余力を残している真那すらそこまでの状態になるのだから、そのエレンに単独での稽古を頼むなど、第二執行部の面々からすれば自殺行為かマゾに目覚めたかの二択でしかないのである。実際エレンも自分がどう思われているのかはある程度分かっているのか、侑理の頼みを聞いた瞬間少し驚いたような表情を見せ…しかしその後、小さくではあるが笑みを浮かべる。

 

「…ふ、大きく出ましたね。アデプタス8の貴女が、他の上位者を飛び越えてアデプタス1である私から、直々に稽古を付けてもらおうとは」

「わ、分かってます。でも……」

「──とはいえ、その向上心と積極性は尊重されるべきものです。それに、貴女に発破を掛けた私には、その思いに応える責任もあると言えるでしょう」

 

 食い下がろうとする侑理だったが、その侑理をエレン自身が制し、言葉を続ける。目を見開く侑理へ向けて、更にそこからエレンは言う。

 

「ですが、私はこの後予定があります」

「…あ…で、ですよね。なら、時間のある時に──」

「ですので早速始めますよ。構えなさい侑理。自分から言った以上、生半可な気持ちでやる事は許しませんよ」

「……!は、はいっ!」

 

 エレンの周囲が煌めくと共に、彼女の身を魔術師(ウィザード)としての装いが…彼女専用に仕立て上げられた白金のCR-ユニット〈ペンドラゴン〉が包み込む。豪奢にして華麗なる鎧を身に纏い、堂々たる威圧感をエレンは放つ。

 その迫力を肌で感じながらも、強く返事を上げた侑理は普段よく使う装備に切り替え、エレンから距離を取る。その間に再度シミュレーターが起動し、部屋の中の風景が変わり……準備は出来た、と侑理が答えた次の瞬間には、エレンが一瞬で踏み込んでくる。

 

「さぁ、まずは今の貴女の力を見せてみなさい、侑理!」

 

 武器ではない、武器を引き抜く事すら行われずに突き出される、エレンの貫手。しかし下手な近接戦闘用武装以上の力と鋭さを持つその貫手は、一瞬の接近に反応する事で精一杯だった侑理の随意領域(テリトリー)をいとも容易く貫き脳へと負荷のダメージを与える。その痛みに侑理が表情を歪めるのも束の間、続けて振り出された後ろ蹴りが再び随意領域(テリトリー)を叩き、今度は易々と跳ね飛ばされる。

 たった二撃、されども並の魔術師(ウィザード)であればその時点で戦闘不能になってもおかしくないような、重い突きと蹴撃。だがそこから更にエレンは仕掛けてくる。容赦無く、遠慮なく、侑理を攻め立て追い詰める。

 既に侑理は窮地の状況。だが…エレンによる稽古は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

「はぁッ、はぁッ…はぁっ…はぁっ……!」

 

 肺が焼けるような、潰れるような、痛みを伴う苦しみ。全身には疲労感が、多大な負荷を受けた頭にはギリギリと締め付けられるような苦痛が走り、随意領域(テリトリー)が消えかける。何とか持ち堪えるが…超人の域から、常人へと戻りかける。

 下手な実戦以上に辛い状況。更にそこへ、瀬戸際の精神へ追い討ちをかけているのは、自身とは対照的な息一つ乱さず見下ろしてくるエレンの姿。

 

「立ちなさい侑理。時間がない事は伝えた筈ですよ?」

「ちょ、ちょっと…待って、下さい……」

 

 気遣うでも身を案じるでもなく、段々と言葉を放つエレン。ここでも発揮される、容赦のなさ。四つん這いとなったまま侑理が待ってと伝えると、エレンは黙り…数秒の間、そのまま侑理を観察する。その間も侑理は頭痛に耐え、荒い呼吸を繰り返し…次に聞こえたのは、小さな嘆息。

 

「…ふむ、今はこれが限界と言ったところですか。ならば仕方ありませんね。まぁ、早々に根を上げなかっただけでも良しと……」

 

 もう限界に達している者をこれ以上訓練させても意味がない。そんな風にエレンは言葉を吐いて、シミュレーターを切ろうとする。ここで終わりにしようとする。

 だが次の瞬間、エレンはその動きを止める。…否、止められる。世界最強の魔術師(ウィザード)からすれば、恐らくあまりにも弱いのだろう…しかし確かに纏わり付く、彼女のものではない随意領域(テリトリー)の干渉によって。

 

「…エレン、さん…うちは、待ってとは言ったけど…もう限界だとは…一言も、言ってませんよ…?」

「ふっ…どうやら今のは失言だったようですね。これが限界だという言葉は、撤回するとしましょう」

 

 拳に、腕に、力を込める。胴に、脚に、全身に力を巡らせるイメージをする。そしてその力を放つ姿を思い浮かべて、随意領域(テリトリー)を編み直す。立ち上がって、エレンを…遥か高みに君臨する彼女をはたと見据える。余裕などない、殆ど虚勢を張っているだけ。それでもまだ、動ける。ほんの少しだけだけど、力は残っている。だからまだ、『これが限界』だなんて思われたくないと…気力を掻き集めて、意地を張る。

 そんな自分の姿がどう見えたのか、侑理には勿論分からない。だが、エレンは再び笑みを…先程よりも柔らかく、それでいて気分の良さそうな笑みを浮かべて…侑理の干渉を、自らの随意領域(テリトリー)で引き剥がす。そうしてまた…容赦皆無で攻め立てる。

 

「見切りなさい、動きなさい、攻めなさい。貴女はまだ未熟です、あまりにも未熟です。だからこそ、今は目の前の事だけを考えて…足掻きなさい」

「はい……ッ!」

 

 苛烈そのものな、エレンの猛攻。既に疲労困憊な侑理に見切れる訳などない、動く余裕などない、ましてや攻める隙などそもそもあるかも分からない。…だとしても、侑理は足掻く。エレンの攻め手を、彼女の事だけを考えて…目一杯、力の限りに足掻いてみせる。

 最早自分でも何をしているのか分からない、頭がちゃんと回っているかも分からないような、蹂躙されるが如き稽古。そして開始の瞬間から、数十分程したところで……漸く稽古は、終わりとなった。

 

「これ以上は後の予定に支障が出ますね…ここまでにするとしましょう」

「…う、ぅ…頭が、ぐわんぐわんするぅ……」

 

 時計を確認したのか、それともアラームでも設定していたのか、それまでの圧倒的な威圧感を瞬時に霧散させて、尚且つ装いも普段のスーツ姿へと戻すエレン。そのエレンの前で、侑理は…うつ伏せに伸びていた。女の子としては品がなさ過ぎる位に、大の字になってぶっ倒れていた。

 あまりにも疲労し過ぎて、今の自分の格好をはしたないと認識する事すら出来ない。疲労のせいか息切れのせいか、それとも脳の酷使のせいかは分からないが、吐き気すらして仕方がない。

 

「分かりましたか、侑理。個としての強さを二の次にした結果がこれです」

「こんなの…うちじゃなくても…エレンさんが、相手なら……あぅー…」

「…何か?」

「…何でもないれふ……」

 

 呂律すらも碌に回らず、割と本当にどうしようもない。ああ、これは駄目だ。暫くは何も出来ない…冗談抜きに、侑理は今の自分の状態についてそう感じ…しかし次に聞こえたのは、侑理にとって意外な言葉だった。

 

「…とはいえ、根性に関しては見込んでいた以上でした。心の鍛錬は、おざなりにはしていなかったようですね」

「…エレンさん……」

 

 厳しい言葉と結果をぶつけられた後の、評価の言葉が胸に響く。側から見れば完全に飴と鞭状態だが、そんな事など全く思いもしないのが侑理。疲れている事もあって、エレンの言葉はすっと胸の内へと入っていき…少しだけ、体力も回復…したような気がしてくる。

 

「では、私はこれで」

「あ…ありがとう、ございました…!……それと、その…」

「……?」

「…起こして、もらっても…?」

 

 今度こそ本当に去ろうとするエレンへ、感謝の言葉を伝える。そして…ついでとばかりに、上目遣いで(というか這い蹲っている為上目遣い以外出来ないのだが)起こしてくれないだろうかと頼んでみる。

 ちょっぴりとだけ、回復した。気分的には良くなった。…が、そのせいでこれまで感じていなかった装備の重量を、思い出すが如く感じるようになってしまい、それはもう辛かった。随意領域(テリトリー)による身体能力強化と重量軽減を前提とした鉄塊が、今も侑理を押し潰さんとしていた。

 再びエレンから向けられる、呆れの視線。しかしその数秒後、ふわりと何かに包まれる感覚がしたかと思えば、一気に身体が軽くなる。持ち上げられるようにして、侑理は立つ。

 

「全く…世話が焼けますね」

「…本当に、エレンさんは凄いです…真那もですけど、それ以上に余裕に満ちているというか…」

 

 本来ならばワイヤリングスーツを装着した上での展開を前提とする随意領域(テリトリー)を、涼しい顔で…それこそ何の負担も感じていないかのように操るエレンの姿に、侑理は感服するばかり。格が違う、次元が違う…本当に、この世界最強の魔術師(ウィザード)を見ているとそう思わずにはいられない。

 

「当然です。そしてもし、私の様になりたいのであれば…精進あるのみです」

「で、ですよね…頑張ります」

「えぇ。…あぁ、そうだ。まさかとは思いますが…よもや、稽古は今日一日で十分だ、などと思ってはいませんね?」

「まさか。…うちはもっと、強くなりたいんです。だから…これからも、宜しくお願いします」

 

 そんな事は言わせない、一日で根を上げるなど許さないとばかりの、言外から溢れ出る続行強要。だが侑理は焦る事も、臆する事もなく、軽く肩を竦めて返す。これからも稽古を付けてほしいと、改めて頭を下げる。

 そうしてエレンの手を借りる形でシミュレーター室から出た侑理。その後エレンは自ら言った通り、次の予定…仕事の為に行ってしまったのだが…何となく、普段よりも気分が良さそうに見える。去っていくエレンの後ろ姿から、そんな風に感じた侑理だった。

 

 

 

 

 エレンとの稽古は、連日の様に行われた。多忙なエレンである為いつも同じ時間に…とはいかず、基本的に侑理がエレンの予定に合わせる形ではあったが、それでもエレンはほぼ毎日、侑理に特訓を付けてくれた。…毎度毎度叩きのめされる事を、特訓と言えるかどうかは別として。

 それと共に、というか当然の話として、第二執行部としての訓練や模擬戦も行われている。今日もまたそうであり…この日は、エレンも参加する形での模擬戦だった。……つまり、エレンの独壇場である。

 

「きょ、今日の模擬戦はこれまデ…各自、解散……」

 

 何ともまあ疲労した様子の、ジェシカの声。それに応える同僚達の声もまた、覇気がなく…悠然と立つのは、エレンのみ。

 

「…やはり、歯応えが足りませんね。真那の出向が、こんな形で響いてくるとは……」

 

 自分達を散々圧倒しておいて、まだ物足りないのか…とエレンの言葉に一同は戦慄する。実際、これまで第二執行部としての模擬戦にエレンが参加する場合は、ほぼ必ず真那がエレンの相手をしていた。というより、真那でなければまともに斬り結ぶ事など出来ないのだから、その真那が不在の今、誰もがぐったりしているこの惨状が生まれるのはある種必然の事であった。

 

「ユーリ、大丈夫?」

「息してる?心肺蘇生必要?」

「土葬と火葬ならどっちがいい?」

「うち、死んでないんですけどぉー……?」

 

 とはいえ、全員が平等に圧倒された訳ではなく、エレンも相手を選んではいたのか、集中的に狙われたのはジェシカを初めとするアデプタス・ナンバー上位数名……と、侑理だけであった。更に終盤は上手い事ジェシカ達が侑理をエレンにぶつけた事で、普段の稽古さながらに侑理はぼっこぼこにされていた。結果今日もまた、侑理は床に這い蹲っており…まだマシな内容で済んだアデプタス・ナンバー下位の数名が、侑理の頬や脇腹をつついていた。

 そして侑理が力なく突っ込んでいると、同僚達は各々の行動に移り始める。普段ならここで、エレンもすぐに立ち去るのだが…今日は立ち去る事なく、侑理の方へと歩いてくる。

 

「何を寝ているのですか、侑理。訓練終了後は、速やかに退出する…その規則を忘れている訳ではないでしょう?」

「…こういう状況になっている原因が、一体誰にあるかは……」

「貴女が弱いからですね」

「…ですよねー…。…ふっ……」

 

 今日も今日とて、模擬戦中も模擬戦後も容赦のないエレンに、侑理の周囲にいた数名はさっと退避。侑理の遠回しな言葉もすげなく返され…観念した侑理は、疲労と負荷とで重く感じる頭の中で指令を出し、随意領域(テリトリー)を操作する。敢えて普段よりも低出力、低精度で身体能力強化と重量軽減を働かせ、立ち上がる上で必要な最低限度の状態のみを確保する。

 日々の苛烈な稽古、毎日の様に戦闘不能となるまでしごかれるという訓練の中で、侑理が身に付けたのがこの『極限まで脳への負荷を減らした随意領域(テリトリー)の操作と運用』という技術だった。実戦で使える機会など殆どない…そもそもこうしなければいけない程追い詰められている時点で絶体絶命である事には変わりなさそうな技ではあるが、取り敢えず今この場では役立っていた。

 

「それじゃあ、うちはこれで……」

「待ちなさい侑理。…ふッ」

「……ッ!?」

 

 退出しようとした矢先、呼び止められる。エレンは片手を差し出すように侑理へと近付け…次の瞬間、侑理以外には誰にも見えないような角度で手刀を侑理の胸へと突き出す。

 あまりにも…本当にあまりにも唐突で不可解な、エレンの不意打ち。咄嗟に、反射的に、侑理は随意領域(テリトリー)の防性を高め…紙一重。ギリギリもギリギリ、ワイヤリングスーツの胸元に触れるか触れないかの間際の位置で、エレンの突き出した手刀は止まる。

 

「な、何を…!?…って、あれ…?…エレンさん、今自分で止めて……」

「…まあ、及第点と言ったところですね。侑理、貴女に話があります。着替えて付いてきなさい」

「へ?え…?」

 

 侑理の随意領域(テリトリー)による干渉を軽く払い除け、今度こそエレンは踵を返して歩いていく。

 何とか反応出来たとはいえ、防御も間に合ったとはいえ、疲弊している自分がエレンの不意打ちを止められる訳がない。という事はやはり、手刀は止まったのではなく『止めた』だけ。だが不意打ち含め、それは何故?及第点?話?…と、侑理の中では疑問ばかりが浮かんでいたが、ぽかんとしている間にもエレンはさっさと行ってしまう。仕方なく侑理は慌てて戦闘の装いからDEMの制服へと姿を変え、侑理以上に状況が分かっていない同僚達へ先に行くとだけ伝えてエレンに追い付……

 

「これから重要な話をするというのに、汗をかいたままでいるつもりですか?シャワー位は浴びてきなさい」

 

……エレンさんは、時々…時々?…凄く理不尽だ。…そう思う侑理であった。

 

 

 

 

 手早く、本当にただ汗を流し身体の清潔さを取り戻す為だけのシャワーを終え、随意領域(テリトリー)を用いて高速で水分を取っ払うという、なんだか凄く勿体無い使い方で髪を乾かした後、侑理は待っていたエレンと合流。今度こそ、エレンの言う『話』をする為に歩いていく。

 

「けど、やっぱりエレンさんって凄いですね。気付いた時にはうち、脱帽しちゃいました」

「おや、突然なんですか」

「……?今日の模擬戦ですけど…ジェシカさん達が下がって、最終的にうちが一人でエレンさんとぶつかる形になったのって、最初に言っていた『皆も真那の様に動いてくれるとは限らない』っていうのを、うちに実感させる為に上手くエレンさんが全体を誘導したんですよね?」

 

 廊下を進みながら、侑理はエレンに言う。稽古の初日、侑理が頼み込むより前にエレンが言っていた事を、その時も「確かにそうだ」とは思っていたものの、それを頭で理解しているだけなのと、実際に経験するのとではまるで違う。その事を、第二執行部での模擬戦を通じて教えてくれたのだと、これも自身への稽古の一つにしたのだと、そう侑理は捉えていた。多忙なエレンだからこそ、普段の稽古以外でも自身を鍛えようとしてくれているのだと、侑理は感謝と感服を抱いていたのだ。

 

「あ、あー…。…その事に気付くとは、侑理も物事を見極める目が養われつつあるようですね」

「これもエレンさんのおかげですっ」

「…………」

 

 純粋な敬意を込めて言った侑理だったが、エレンは何故か一瞬固まり、その後若干目を逸らしながら言葉を返す。やはりそうだったか、と侑理が感謝を重ねれば、エレンは更に目を逸らしていた。よく見ると、ちょっと申し訳なさそうでもあった。…何故だろうか。ひょっとすると、理由はどうあれ第二執行部としての模擬戦ながら、一部に自分への稽古という贔屓的な側面を持たせてしまった事へ負い目を感じているのだろうか。

 

「…こほん。それはともかく、入りますよ」

「あ、はい…って、え?ここって……」

 

 咳払いをした後、足を止めて扉をノックするエレン。特に何も考えずに付いてきた侑理は、それが何の部屋なのかに気付き…一瞬、ぽかんとする。

 今侑理の正面にあるのは、第一執務室…大企業DEM社のトップが主に仕事を行う部屋である。という事はつまり、これからあるのはそのトップとの話であり…途端に訳が分からなくなる侑理だったが、エレンはそのまま入ってしまう。となれば侑理も入らない訳にはいかず、慌ててエレンの後に続く。

 

「お待たせしました、アイク」

「お、遅くなってすみません!」

「別に待ってなどいないさ。むしろ訓練の直後だというのに、早速来てもらって悪いね」

 

 代表取締役社長の部屋という、否が応でも緊張をする場。思わず固くなってしまいながらも侑理がエレンに続いて挨拶をすれば、奥にいた人物…アイザックが肩を竦め、和やかな声で返してくる。

 

「い、いえ。…あの、それで…うちに話というのは……」

「あぁ。けれどまずは、確認をしておこうか。ユーリ・フォグウィステリア。君は隣界の事を知っているかな?」

「隣界…っていうと、精霊が普段住んでいるという…?」

「…その口振りだと、逆にそれ以上は知らないようだね。ならばエレン、出発前にある程度彼女に教えておいてもらえるかな?事前情報があれば、その分落ち着いて事に当たれる筈だ」

「えぇ、分かりました」

 

 一見すれば、声も表情も雰囲気も、全てが穏やか。それなのに、何故か…どういう訳か落ち着かない感覚を侑理が抱いていると、アイザックは隣界の事を口にする。そしてエレンからの返答を受けると、彼は侑理へと視線を戻す。

 

「先日、その隣界に繋がる穴が発見された。…いや、この表現は正しくないね。隣界に繋がり得る場所が発見された」

「……!じゃあ、そこから精霊が現れるんじゃ……」

「いいや、『繋がり得る』場所だからね。そのままでは何も起こらないし、恐らくそれも一時的なもの。放置すれば、その内正常な状態に戻ってしまうだろう。だが、それではあまりにも勿体無い。まだ我々にも全容が把握出来ていない空間、隣界。そこへこちらから接触出来る可能性があるなら、それを取り零すのは非常に惜しい…そうは思わないかい?」

「…え、ええっと……」

「アイク、話が逸れています」

「おっと、これは失礼したね。…私はこの機会を逃したくない。だからエレンに調査をしてもらおうと思ったのだが…流石にエレンといえど、隣界では何があるか分からないからね。万が一に備えた同行者を、エレンに選出するよう伝えていた訳だが…その結果選ばれたのが、まさか君だったとはね」

 

 再び肩を竦め、小さく笑うアイザック。彼の言葉に、侑理は息を呑む。隣界調査の任務を受けたエレンと、その為の同行者。それにまつわる話を受けた自分。つまりは…そういう事。

 

「…隣界調査など、私一人で十分だというのに…むしろ下手な同行者は、足を引っ張るだけだというのに……」

「君も頑固だね、エレン。だが、分かっているだろう?優秀な人間は一人で二人分以上の働きが出来るが、二人以上になれる訳ではない。一人であれば、どうしたって物理的に出来ない事はある。例えば現時点での情報を伝える為の一時帰還と、更なる調査という選択が存在する時、その場に一人しかいなかったら、どちらかは諦めなければいけないだろう?」

「…それは、そうですが……」

「だからこれはあくまで保険、エレンの実力は誰よりも分かっているつもりだよ。それに、彼女を連れてきたのは他でもない君だ。ユーリが本当に足を引っ張るだけだと言うのなら、君は連れてきたりしない…そうだね?エレン」

 

 自分一人でも…と不満そうなエレンだったが、アイザックの論理的な返しに丸め込まれる。その上で、更に言う。足を引っ張るとは思っていないからこそ、選んだんだろう?と。そしてその言葉に、エレンは何も言わない。否定を、しない。

 

(そ、っか…だから、さっき……)

 

 そのやり取りで、侑理は理解する。先の不意打ちは、同行させるに値する実力があるかどうかを見極める、謂わばテストだったのだと。或いは今日の模擬戦や、これまでの稽古を含めて侑理の事を見定めており、手刀は最終確認だったのかもしれないと。及第点というのも、その結果エレンの考える『最低限必要な実力』を自分は満たせていたという事なのだろうと。

 稽古自体が、この件を見越してのものかは分からない。稽古の方が先で、偶々タイミングが重なっただけかもしれない。だが一つ、言える事がある。…侑理は、エレンから同行者として選ばれたのだ。選ぶに値すると、思われたのだ。

 

「そういう事だから、君にはエレンへの同行を、エレンと共に隣界調査を頼みたい。…引き受けてくれるかな?」

「は…はい!ユーリ・フォグウィステリア、エレンさんの隣界調査にお供させて頂きます!」

 

 姿勢を正し、はっきりと言い切る。こちらこそ宜しくお願いしますとばかりに、侑理の方から頭を下げる。

 つい先程までは、疲労とエレンへの感服が思考の大部分を締めていた。隣界の話となってからは、想定を大きく変える内容に戸惑っていた。しかし今は、どちらも侑理の頭にはない。今、侑理の頭にあるのは、密かに憧れるエレンに選ばれ、エレンと共に任務を行う事への喜びと、だからこそ選んでくれたエレンに応える働きをしなくてはという思いだけだった。

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