デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第八十一話 悲痛なる決意

 防衛戦において重要な点は幾つかある。その内の一つが、出来る限り防衛対象から離れた距離で相手を倒す事と、出来るだけ防衛対象から離れない事。その両方を満たす為に、今回侑理は狙撃で立ち回る事となった。いきなり爆撃されて施設の屋根を破壊された時には、早速計画が崩れる事になったかと思ったが、士道の意外過ぎる活躍のおかげで、侑理は予定通りのポジションに戻る事が出来た。

 その中で、まさかエレンから称賛されるとは思っていなかった。嘗て支援役という立場、在り方に甘んじている事へ言及され、それが自分自身の強さを追求する切っ掛けになったエレンから、支援としての狙撃を称賛されたという事はつまり、エレンの言う『個人としての強さを磨いた上での支援』が、今の自分には出来ているという事。少なくとも、あの頃よりは確実に向上しているという事。賛辞自体は真那からされる事もあるが、やはり相棒と指導をしてくれた相手とでは違うもので、思わず心が踊ってしまった。そして…だからこそ、侑理は一層奮起した。エレンと戦う真那の支援と、〈バンダー・スナッチ〉の迎撃とを両立しようとしたのも、真那が自分と二人での強さを誇ってくれたのと、エレンの言葉があったから。どちらかが欠けていた場合、侑理は迎撃に専念していたかもしれない。そう思う位には、やはり侑理にとって、真那と同様に、エレンの存在も大きかった。

 

「ふー、ぅ……次…!」

 

 長距離からの狙撃が、狙っていた〈バンダー・スナッチ〉の随意領域(テリトリー)へ着弾。その本体には当たっていないものの、随意領域(テリトリー)を貫通した事で、その姿勢は大きく崩れる。撃墜こそ出来ていないが、これで十分。脅威になる、警戒しなければいけない…そう認識させられるだけで動きは慎重になり、攻める勢いは弱まるのだから。その上で直撃させられる狙撃もあれば、少しずつだろうと数は減っていくのだから。

 しかし侑理は、着弾した後の状態について見てはいない。その時点でもう、次を…エレンを見ていた。理由は単純。そうしなければ、支援と迎撃を両立出来ない。常に次へと目を向けていなければ…間に合わない。

 

(落ち着け、うち…焦るな、焦るな……)

 

 エレンが言った通り、今の侑理は一発の威力を重視せず、それよりも狙撃のスパンを短くする事へ重点を置いている。必要最低限の威力だけを出力している為、魔力の消耗ペースはそこまで早い訳ではない…が、最強の魔術師(ウィザード)たるエレンと、そのエレンに真正面から喰らい付ける真那の超高速戦闘へ支援の狙撃を行いながら、〈バンダー・スナッチ〉の迎撃も平行して行うのは、相当な集中力が求められる。加えて侑理は決して狙撃が得意という訳でもないのだから、常に集中し続けなければとても実現など出来ない。エレンに啖呵を切ってみたものの、その実かなりギリギリの戦い。

 

「大丈夫。うちなら出来る…真那と一緒のうちになら、やれる……!」

 

 自分に言い聞かせるようにしながら、またトリガーを引く。なんともまあ単純な精神構造だが、真那と共にいると認識するだけで、侑理の心からは何度でも気力が湧いてくる。

 それに、何も自分だけが不利という訳ではない。無人機である〈バンダー・スナッチ〉は魔術師(ウィザード)より遥かに替えの利く戦力ではあるだろうが、瞬時に生産出来る訳でもなければ、無尽蔵に保有している訳でもない。そんな事はあり得ない。エレンとて人間である以上、疲労はするしいつかは集中力も途切れる。余力や消耗のペースはそれぞれ違うにしても、有限のリソースの中で戦っているのは全員が同じ事。故に盤石ではないが、たった一度のミスで瓦解する可能性も十分にあるが、この作戦そのものへの勝機は確かにある……そう、思っていた時だった。

 

「──え?きゃっ……!」

 

 突如、侑理が狙撃態勢で身を預けていた施設全体が発光する。その直後、先の一撃…あの『瞬閃光轟爆破』を思わせる光芒が施設の天井を貫き、激しい振動と衝撃波が侑理を襲う。

 一瞬、見落としていた〈バンダー・スナッチ〉か、別働隊が施設に攻撃をしたのかと思った。だが今の閃光は〈バンダー・スナッチ〉は勿論、並の魔術師(ウィザード)でもまず出来ないようなレベルの光芒であり、何より観測出来た反応は魔力ではなく霊力のそれ。だから違うと考えた侑理は、再び士道が迎撃を行ったのかとも考えたが、今は施設にDEMの戦力が接近していた訳ではなかったし、そもそもあの後施設は変形、内装を屋内プールから豪華なパーティー会場へと一変させると共に、天井も『穴の空いた屋内プール用』から『パーティー会場用』へと変わった事で塞がっていた為、外の状況を士道が把握出来ていたとも思えない。

 なら、一体何が。…その疑問に対する答えが、施設の中からゆっくりと現れる。

 

「……士道、にぃ…?」

 

 淡い霊力の光を纏い、再び大穴の空いた施設の屋根から姿を現したのは、士道。状況把握の為聞いていた施設内でのやり取りからして、会場チェンジに合わせて水着姿からタキシード姿へと変わっていた(因みにどちらも七罪の変身能力を用いていた)らしい士道だが、今は元の制服姿になっていた。その上で士道は浮遊している…が、風を纏っているようには見えない。天使の力ではなく、精霊そのものが持つ浮遊能力で浮いているかのようだった。

 

「な、何が…令音さん、中で一体……」

「く──」

「真那!?」

 

 飛び出したくなる気持ちをぐっと堪え、通信で何が起こってこうなだたのか訊こうとする。だが言い切る前に、ヘッドセットから真那の息を詰まらせるような声が聞こえ…次の瞬間、真那が凄まじい勢いでそらから地上へ飛来する。

 先の光芒に気を取られたのか、光芒が放った衝撃波に煽られたのか、或いは真那も士道の存在に気付いて動揺したのか…その辺りは分からない。されど、真那が何かによって隙を晒した事、そしてその隙を突いたエレンに強烈な一撃を貰ってしまった事は明白。

 

(不味い…不味い不味い不味い……ッ!)

 

 これまでよりも出力を上げた、高威力の光芒を空のエレンへと放つ。しかしエレンには難なく防御される。それどころか、ちらりとこちらを見られる。流石に距離が距離であり、侑理は物陰に隠れる形で狙撃態勢を取っている為、自分の姿を正確に捕捉された事はないと思うが…狙撃において、場所を特定されるのは致命的。これまでは真那の存在がエレンの注意を引いてくれていた為把握されていなかったものが、咄嗟に放った一撃でバレてしまった。

 だがここで動かない訳にはいかない。何とか墜落直前に減速出来たようだが真那は大きく体勢を崩しており、守るべき士道はおかしな状況になっており、まだエレンも落としきれていない一部の〈バンダー・スナッチ〉も健在。均衡が崩れたどころか…瞬く間に、最大級の窮地。

 

「…こうなったら…真那!うちが前に出る!なんとかちょっとでも時間を稼ぐから、その間に戻ってッ!」

 

 手で身体を屋根の上から押し出すと共に、飛び上がる。元より狙撃地点がバレてしまっている以上、ここに留まっても意味はない。そして向かうのは、当然次の狙撃地点などではない。

 まずは全力で、速攻で〈バンダー・スナッチ〉を蹴散らす。とにかく数を減らして、対応能力の限界を超えられる状況を潰す。無論、エレンがいる場で彼女を後回しにしようものなら、彼女からは痛烈な攻撃をされるだろうが…そうなればそうなったで、エレンの注意を引き付けられたとも言える。むしろそこまで含めて、侑理の狙い。

 出来ない事はない。必要なのは、エレンに背を向ける勇気と覚悟だけ。それを前に侑理が心を決める中…通信越しに、真那の声が聞こえてくる。

 

「兄……様?」

 

 困惑混じりの、真那の声。当然凄まじい霊力の奔流が空へと放たれ、その後士道が浮遊しながら現れたのだから、困惑するのも当然の事。一度はそう思った侑理だが、何か違う。違う気がする。

 ほんの一瞬、本当に一瞬だけ向けた視線。そこではいつの間にか、士道が真那の側にまだ来て、対面していた。間近という程ではない為、先のエレンの様に士道の声が通信で聞こえてくるという事はなかったが、真那と士道は何かを話している…そんな風に、侑理には見えた。

 

「──。──」

「……攫われて?兄様、どういう事でいやがりますか?」

 

  聞こえる真那の声からやり取りを推測しようとするも、その真那も士道の言っている事が理解出来ていないようで、会話のやり取りを読み取れない。そこから士道は更に何か言ったようだが、相変わらず真那とは会話が上手く成立していないらしく……次の瞬間、不意に真那の声が途切れる。何かがあった。即座にそう察せる呻きが、一拍の間を経て聞こえてくる。

 しかし侑理は、それを気にする事が出来なかった。〈オルムスファング〉を拡散モードに切り替え、〈バンダー・スナッチ〉へ広範囲への射撃を掛けた次の瞬間、随意領域(テリトリー)へ激しい衝撃が襲い掛かる。

 

「ぐぅッ……!」

「私の攻撃を見越して、予め防性を高めていましたか。ですが……」

 

 超巨大な物体、超質量の存在が衝突したのかと思う程の衝撃。エレンの言う通り、先んじて防御態勢を整えていた為何とか随意領域(テリトリー)を破られる事はなかったが、それでもエレンの突進突きで一瞬視界が滅茶苦茶になる。脳を直接殴られたような激痛が走る。

 そのままレイザーブレイドの斬っ先に押されて斜めに落ちていく侑理。奥歯を噛み締め、メインスラスターフルスロットルで勢いに抗うも、エレンもまたスラスターを吹かして押し込んでくる。

 体勢の崩れた今のままでは地面にまで落とされる。墜落時の対ショック防御までしようとすれば、エレンの刺突を受け止めきれなくなる可能性が高い。全スラスターを全開噴射し抵抗するか、今の間合いでも向けられる〈オルムススケイル〉での反撃に出るか。侑理はその二択を迫られ…だが次の瞬間、エレンはレイザーブレイドを振り抜く。侑理は横に弾かれ……気付く。

 

「あ、しまっ……ッ!」

 

 ボールの様に弾かれた侑理が姿勢制御のスラスターを駆使して立て直した時、エレンはもう侑理に背を向け、真那と士道の方へ向かっていた。即ちエレンの目的は、初めから横槍を入れ得る侑理を退かす事だったのであり…既にエレンは攻撃体勢。今からでは、撃っても間に合わない。そして真那にはやはり何かあったのか、明らかに反応が追い付いていない。

 

「真那ぁああああああああッ!!」

 

 間に合わないと頭では分かっていても、感情のままに身体は飛び出す。されど、どうにもならない、飛び出し叫ぼうがどうしようもない。ただ侑理の視界の中で、エレンの刃が振り下ろされ……だが、止まる。真那の身体に触れる寸前、見えない何かに──否、すぐ側の士道が纏っていた霊力が膨張し、それがエレンの一撃を受け止める。

 

(何あれ…あんなの、まるで……)

 

 随意領域(テリトリー)。魔力と霊力という違いこそあれど、士道が真那を守った方法は、正に侑理達が纏う随意領域(テリトリー)での防御に酷似していた。

 その士道に向けて、エレンは睨む。まだ声が聞こえる距離ではないが、恐らく恨み節をぶつけているのだろう。そしてエレンの言葉と不敵に口の端を釣り上げた表情に対し、どこかぼうっとした…それこそ街中での去り際に見せたような、心がどこか別のところにあるような面持ちだった士道は、突如その顔付きを険しくし…何かを呟いた直後、咆哮が響く。

 

「う──あ、あああああああああああああああああああああああッ!」

 

 獣が如き叫びを上げた士道。それに呼応するように士道が纏っていた霊力は激しく渦を巻き、真那もエレンも吹き飛ばす。それによって生まれた衝撃が、侑理の方にまで及ぶ。

 

「真那!?士道にぃ!?な、何が……」

 

 予想だにしない状況が続く。明らかに、そして輪を掛けて士道は異常な状態。そんな士道を放っておける訳などなく…しかし気が付く。今守るべき士道は、外に出ている。真那とエレンは共に吹き飛ばされながらも立て直しを図っており、今自由に動けるのは侑理と……〈バンダー・スナッチ〉の残存部隊。ならば何をするべきか。最優先すべき行動は何か。…そんなものは、一つ。

 

「……ッ!」

 

 脚を前に振り出し、メインスラスターを前方に向ける事で逆噴射。減速と共に反転し、上昇を掛ける。向かう先にいるのは〈バンダー・スナッチ〉。両腕それぞれの火器に魔力を込め、面制圧の射撃を放つ。

 〈バンダー・スナッチ〉最大の強みは、物量を確保し易い事。逆に言えば、十分な数でないのならそこまでの脅威ではないという事。ここまでで過半数が落とされ、エレンも立て直しを図っている今こそが、一気に叩く絶好のチャンス。続けざまに単射へ切り替えた〈オルムスファング〉の攻撃で二機撃墜。側面へ回り込んで来ようとする別の機体へ〈オルムススケイル〉を向けて、連射を浴びせ三機目撃墜。各部スラスターで身体を振り回し、随意領域(テリトリー)で慣性の緩和と姿勢制御を図り、次々と〈バンダー・スナッチ〉を落としていく。

 

「兄様!何なんですかこれは!それに今のは一体──」

 

 立て直したらしい真那の声が聞こえてくる。そして真那は、何かの…誰かの名前を呼んだ気がしたが、両腕の火器を同時稼働させつつ迫り来るレイザーカノンやミサイルの攻撃を随意領域(テリトリー)で防御していた侑理には、その轟音のせいで上手く聞き取れなかった。

──そう。聞き取れなかっただけの筈である。士道の発した、真那が不可解な反応を見せた……その名前を。

 

 

 

 

 トップスピードで、〈バンダー・スナッチ〉を撃墜していく。一瞬の隙を見て、或いは自ら使って、エレンと激突する真那へ支援射撃を送る。状況はかなり混沌としてしまったが、もう〈バンダー・スナッチ〉の残機は僅かであり、増援がなければすぐにまた二対一でエレンと戦う事が出来る…そう、思っていた時だった。

 

「……!…今の、は……」

 

 人のものとは思えない、それこそ人外のそれとしか思えない咆哮。先にも一度聞いた…そしてその時以上に猛々しいそれが、地に、夜空に響く。

 

「士道にぃ……!」

 

 出し惜しみなしの照射と薙ぎ払い。残る〈バンダー・スナッチ〉の半数を吹き飛ばし、残る半数にも被弾させる。全機に魔力の光芒を叩き付ける為に、侑理は大立ち回りをし、射線上に引き摺り込んでいた。

 これが魔術師(ウィザード)であれば、最早作戦続行は不可能だと撤退した筈。しかし結局はただの『物』故に退く事はなく、特攻紛いの突撃を仕掛けてくる。それを侑理は、〈オルムススケイル〉の射撃で一機ずつ潰していく。一機落とし、また一機撃ち抜き…他の〈バンダー・スナッチ〉を囮にする形で直上を取っていた最後の機体、既に被弾で隻腕となっていた〈バンダー・スナッチ〉が、出力したレイザーブレイドと共に急降下からの斬撃を敢行。中・長距離の射撃を強みとする〈ヨルムンガンド〉に対して接近戦を仕掛けるというのは、単純ながらも堅実な選択だが…所詮は一機、それも手負いの無人機。今の侑理の敵ではなく、随意領域(テリトリー)で斬撃をしっかりと受け止める。そのまま〈オルムススケイル〉をレイザーブレイドへと切り替え、反撃の一閃で残った腕も斬り飛ばす。

 両腕部を失った〈バンダー・スナッチ〉へ最後の一発を撃ち込み、掃討完了。すぐさま振り向き、地上に目を向ければ…そこでは士道が、霊力であろう様々な色の光を撒き散らすように輝かせ、この世のものとは思えない圧迫感を渦巻かせる存在が、空へ地へと滅茶苦茶に飛び回っていた。無秩序に、無軌道に、狂ったように。

 

「……っ…。──真那!」

「侑理…!…兄様が一層とんでもねー状態なのは分かっています。だから……」

「だからこそ絶対に、エレンさんには近付かせちゃいけない。そうでしょ?」

 

 侑理が叫べば、斬り結んだ状態から互いに飛び退いた真那とエレンが構え直す。近寄って初めて、真那の身体にもCR-ユニットにも細かな傷が数多く付いている事に気付く。

 対するエレンは、全くの無傷。否が応でも、その姿は王者の風格を感じさせる。

 

「…〈バンダー・スナッチ〉は全滅ですか。やはり、ただの機械ではまだこの辺りが限界のようですね」

「はんッ、ぞろぞろと引き連れていた配下を殆ど侑理一人に潰されておきながら、何を偉そうに言っていやがるんですかね」

「初めから〈バンダー・スナッチ〉などは消耗品。私が貴女達二人を下せばそれで済むだけの話です。確かに一掃はされましたが、既に侑理も真那も疲労している……そうでしょう?」

 

 疲れた状態で、この私とまともに戦えるとでも?…そんな風に、エレンは口角を上げる。

 確かに、それはそう。万全な状態でもまず勝ち目のない、二対一でも厳しい相手であるエレンを相手に、疲労状態で戦おうなど危険を超えて愚行の域。…されど、真那もまた口角を上げる。にぃ、と口の端を吊り上げて、言う。

 

「おやおや、随分と偉そうに言うじゃねーですか。成る程確かに私達は疲労していやがります。けどそれは、貴女も同じでは?」

「戯れ事を。同じ時間戦っているのだから、疲労も同じだとでも?私と貴女達では『格』が違う以上、当然単位時間当たりの消耗もまるで違う……」

「あー、確かにそうでいやがりますね。だって貴女、書類のファイルを二階から四階に運ぶ時、二回休憩入れやがっていましたし」

「な!?何故それを──」

「後、何回か何もないところでコケてるの見た事もありますね。まあ、これは体力以前の問題な気もしやがりますが」

 

 あっけらかんと言い放つ真那。その言葉に愕然とするエレン。そして真那の視線は、侑理へと向く。向けられた視線、その意味に気付いた侑理は迷い、それから頭の中の記憶を探り……頬を掻きつつ、呟く。

 

「…そういえばエレンさん、特訓に付き合ってもらう時間確保の為に、うちが何か出来る事があるか訊いた時、決まって毎回力仕事を頼んできましたよね…?しかも力仕事って言いましたけど、うちでも簡単に済ませられるような事でしたよね…?…もしかして、それって……」

 

 当時は所詮実働部隊、それも一戦闘員でしかない侑理にやらせられる事など、それこそ単純作業しかないからだろうと疑問にも思わなかった事。しかし真那の話を聞いた後では、別の可能性が見えてくる。そして、その可能性を感じながら侑理が見つめると、エレンはゆっくりと息を吐き…ギロリ、と刃の様に鋭い視線で睨み付けてくる。

 

「……侑理。真那。頭を差し出しなさい。記憶を飛ばします」

「うっわ、分かり易く怒っていやがりますねぇ。図星でやがりましたか」

「や、止めてあげて真那…だ、大丈夫ですよ!うち、ちょっと位非力でも、エレンさんならそれはそれでいいって思いますから!」

「何がそれはそれでいいですか…!えぇい、世の中には知らなくてもいい事、気付かない方がいい事もあるのです!そしてそれを知ってしまった以上、貴女達は……」

 

 レイザーブレイドを振り抜き、怒りを露わにエレンは言葉を叩き付けてくる。顕現装置(リアライザ)の制御は脳で行っている以上、頭に血が登れば視野狭窄や思考の単純化のみならず、随意領域(テリトリー)操作の質も低下する事で動きの鋭さも削がれるもの。恐らく真那はそれを狙っての挑発をしたのであり、改変前の世界で当のエレンにそれを指摘された侑理も当然その事は理解していたが…果たしてどの程度低下したかは分からない。故にまだ、これで少し有利になった…などとは安易に思えない。

 エレンが見せる、攻撃の姿勢。言葉を交わす事なく、侑理は半歩分後ろに、真那は同じ分前に。そしてまた激突する…そう、思った時。

 

「──はい。……なんですって?『資材A』が?」

 

 ぴくり、と眉を動かしたエレンは、誰かとの通信らしき言葉を発する。それから数秒、侑理達の事を見つめ…レイザーブレイドを、降ろす。

 

「運が良いですね。──ですが、この次はありませんよ」

 

 一方的に言い放ち、エレンは反転。背負った大型のスラスターから魔力を放出し、急加速と共に闇夜へと消えていく。相手を前にして背を向けるなど、先の真那の様に危険極まりない行為なのだが…侑理も真那も攻撃はしない。したところでどうせ防がれるだけ、背を向けた程度で一撃与えられる相手ではないと分かっているから。

 

「……ふん。相変わらず口の減らねー人です」

「ま、まぁ…うち達、もう何度も相対してるしね……」

 

 強襲された七罪を助けた時にしろ、〈フラクシナス〉が襲われた時にしろ、エレンとぶつかり、その上で決着が付く事なく戦闘終了となった事はこれまでにもあったし、と侑理は苦笑し…ふと思う。それはどちらも、改変前の世界であった事。前者はまだ今の世界でもあった可能性があるが、後者は折紙の存在が大きく関わっている為、起きていない可能性もある。そして…エレンは改変前の世界の事を、覚えているのだろうか。それは…分からない。

 

「…それに、しても……」

「うん?…って、そうだ…!士道にぃ──」

 

 完全にエレンの姿が見えなくなったところで、侑理も構えを解く。そこで真那が、何かを思い返すように小さく呟く。それに続く形で侑理も士道の事を思い出し、それを口にしようとし……

 

 

 

 

「……士道を、殺すわ」

 

──あり得ない言葉が、鼓膜を震わせた。信じられない、あってはならない…殺すという、言葉が。

 

「…今の、は……」

 

 理解が、思考が追い付かない。隣の真那も、茫然とした顔をしている。…一瞬、DEM側の回線が混ざったのかと思った。だが違う。今の声は…明らかに、琴里のもの。

 

「どういう事?それも〈ラタトスク〉の命令だと言うの?」

「……半分当たりで半分外れ」

 

 次に聞こえたのは、折紙の声。どうやら二人は言葉を交わしているらしい。そして、いつも通り…ではない、冷たさと動揺が混じったような声で問う折紙に対し、琴里は自嘲的な…酷く憔悴したような声音で答える。

 

「……今の士道は、言うなれば時限爆弾よ。霊力の膨張を繰り返し、このまま放っておけば南関東大空災を超える爆発を引き起こすわ」

 

 問われた事への答え。それを口にした琴里に折紙がだから殺すのかと更に問えば、それが自らに課せられた仕事だと、嘗て数え切れない程の人の命を奪った災害と同等以上の死を積み重ねながら士道が消えるのを見ているのと、自分自身の手で兄を殺すのとなら後者を選ぶと、琴里は言い切る。…自分のせいで沢山の人が死ぬなんて、士道が悲しむから…と。

 二人のやり取りは続く。士道を殺す方法…それは、衛星軌道上にある魔力砲〈ダインスレイフ〉による砲撃だと。士道の身体を調べ抜いて開発された、対士道用兵器とも呼べるそれの一撃を受ければ、たとえ再生能力を持つ士道でも、体組織を破壊し尽くされて消滅すると。その起動キーが…発射のトリガーが、琴里の手にはあると。

 その答えに、折紙は静かな怒りを見せる。霊力封印をさせておきながら、士道を利用しておきながら、都合が悪くなれば処理するのかと。同時に琴里へも、士道への想いがありながらそんな命令に何故従うのかと問い詰め……

 

「──違うッ!」

 

 琴里は声を張り上げる。やり切れない思いをぶつけるように。年相応の、少女の様に。

 

「確かに、〈ラタトスク〉の目的と、士道の能力は奇跡的な合致をしていたわ。──でも、少なくともウッドマン議長は士道の事を気に掛けてくれていた。人間の身体に精霊の力を封印しようだなんて、万事上手くいく筈がない。もしリスクがあるようならば、別の手段を探そうって。でも……遅かったの。士道が〈ラタトスク〉に見出された時点で、士道の身体にはもう既に、一体分の霊力が封印されていたのよ」

「……それは、まさか」

「そう。──私よ」

 

 たった一体、たった一人分でも霊力を封印する形で身体に宿してしまった時点で、こうなる可能性はあったのだと、自分のせいで士道は危険を背負う事になったのだと、琴里は声を震わせながら告げる。…琴里のせいである筈がない。要因ではあっても、琴里が悪い筈がない。実際に過去の世界で精霊化した直後の琴里を、怯え泣き叫ぶ姿を見ている侑理の心にある思いはそれだけだったが、折紙はそれについて何も言わなかった。…きっと、今それに触れても仕方がないと思ったから。

 一度繋がった経路(パス)は消せない。仮に霊力が全て精霊側に戻っても、消えはしない。そして士道からリスクを完全に取り除く唯一の手段は、体内にある霊力を霊結晶(セフィラ)と呼ばれる物質…〈ファントム〉が人を精霊にする手段として用いる存在と同質のものとして排出する事、その為には膨大な霊力が…今確認されている全ての精霊の霊力を『封印』という形で一つに集めるレベルで必要になるのだという事。それが、琴里の語った全てだった。多くの精霊の力をその身に宿す…一見暴走のリスクを増やす事になる行為も、単に精霊を救うというだけでなく、最終的な士道の安全の為には必要不可欠な行いでもあるのだった。

 

「でも──それももう、今更ね」

 

 後悔と、諦観と、罪悪感と……覚悟。そんな悲痛過ぎる思いを言葉に滲ませながら、琴里は言葉を締め括った。

 そうして琴里は手にした端末…恐らくはその〈ダインスレイフ〉の起動キーを操作しようとした。行おうとしたが……その手は、止まる。──否、止める。

 

「……え?…これ、は……」

 

 ぴくりと肩を震わせ、動揺を見せる琴里。彼女はこう思っている事だろう。指が、手が動かないと。或いは、知っているのかもしれない。琴里は、この感覚を……随意領域(テリトリー)に動きを阻害される、感覚を。

 

「琴里!折紙さん!」

 

 声を上げながら、侑理は真那を連れ立って着地する。通信越しに聞こえていた二人のやり取り。それを侑理達は、ただ聞いていた訳ではない。聞きながら飛び回り、二人の姿を探し…辛うじて、間に合った。着地に先んじて真那が限界まで随意領域(テリトリー)を拡大、琴里に干渉しその動きを鈍らせている間に侑理が先に距離を詰め、通常展開の随意領域(テリトリー)で完全に腕を止める…その連携を経て、今に至る。

 

「二人共…どうして……」

「悪いけど、通信のチャンネルをオープンにしておいた。…必要な事だと、思ったから」

「という事は、やっぱり聞こえてきたのは意図的だったって訳ですか。流石でいやがります」

 

 感心を込めた声で真那が言い、折紙が小さく頷く。指示を受ける為に全員インカムを付けている事は侑理も知っていたが、この衝撃的な話を受ける中で、応援を呼び寄せる為に全回線へ繋げていたのは本当に流石の一言。琴里を止めたのは侑理達だが、止められたのは折紙のおかげに他ならない。

 

「…琴里。ここにはうちと真那…魔術師(ウィザード)二人に、折紙さんがいる。この状況で、強行しようだなんて思わないでよね」

「…………」

 

 色々と、言いたい事はあった。思いもあった。だが…初めに侑理が口にしたのは、牽制の言葉。そして琴里は、何も言わず…されど、抵抗する素振りもない。既に侑理達二人の随意領域(テリトリー)圏内で、尚且つ(気付いた時侑理も驚いたが)折紙が手にした拳銃をこめかみに突き付けられている状況…そこで無理矢理端末を操作しようと考える程、琴里は愚かでも、錯乱してもいなかった。

 

「琴里さん。兄様の事を諦めようだなんて、見損ないました…と、言いてーところですが…責められねーですよ。そんな顔をされちゃ」

 

 ゆっくりと首を横に振る真那。侑理も、その気持ちは分かった。牽制こそすれど、悪く言う事は出来ない…即座にそう思ってしまう程、琴里の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。その顔を見れば、どれだけ琴里が士道を想い、その上で多くの人の為に、世界の為に、何より士道の為に決断を下そうとしていたのかが一目瞭然だった。

 故に、侑理は琴里の事を非難はしない。折紙も、怒りを見せてはいたが琴里の思いを明確に否定はしていなかった。…だが、だからと言って琴里の決断を、やろうとしている事を、受け入れる訳ではない。受け入れるなど、出来ない。

 

「もう一つ、確かめたい事がある。作戦開始前の時点では、まだ猶予が…少なくとも、今日の十二時にキスが出来るのなら十分間に合うという話だった。あれは嘘、或いは何かの間違いだったという事?」

「…嘘じゃないわ。令音が嘘を吐く理由がないし、データは私だって確認してる。だからあの話をした時点では、間違いではなかった筈。だから…分からないの。どうしてこうなってるのか…こう、なっちゃったのか……」

 

 分からない。その言葉に偽りがあるようには思えなかった。だとすれば、想定外の何かがあって、士道の暴走状態が加速してしまったか、或いはそもそもデータが間違っていたのではなく、不十分だった…ある意味精霊以上に特異な存在たる士道の事を100%調べるには、〈ラタトスク〉の技術でも足りなかったか…思い付くのは、そんな辺り。

 されどそれは、この場で考えても仕方のない事。これからの為には必要かもしれないが…『今』考えるべき事は、別にある。

 

「全部、聞かせてもらったから。理由も、原因も、琴里の気持ちも、全部。…だから、一つだけ訊かせて。琴里はそれを、押したいの?それとも…押さなくちゃ、いけないの?」

「……そんなの…押したい訳が、ないじゃないッ!でも、私は……ッ!」

 

 吐き出すように、琴里は言う。溢れ出すように、琴里は思いを強く吐露する。…それだけ聞ければ、十分だった。だから侑理は…真那と、頷き合う。

 

「なら、やってくれて構わねーですよ、琴里さん」

「ぁ、え……?」

「……っ!真那、何を……」

「大丈夫です、折紙さん。うち等が、止めますから。琴里じゃなくて──〈ダインスレイフ〉を」

 

 茫然とする琴里、唖然とした折紙…その二人へ向けて、侑理は言った。士道を殺させなどしない。だが琴里は『司令官』として撃たねばならない事も十分に分かっている。だからこそ、侑理は、侑理と真那は、選ぶのだ。撃って士道を殺すか、撃たないかではない……そのどちらでもない、選択肢を。

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