デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第八十二話 皆となら

 思えば侑理は、色々重いものを背負って戦ってきた気がする。それは決して背負わされたものではなく、自ら背負ったものなのだが、だとしてもまだ年端もいかないような外見をした侑理、それに真那が何度も戦場に出て、強大な存在と戦い、それどころか時には組織と、仲間だった者達とも敵として相見えるというのは、精霊達とはまた違った意味で、過酷な歩みなのだろうと思う。

 されどそれは、大変なだけ。痛みもある、苦しみもある、それでも自分の思いを貫く事が出来る。だが…だからこそ、思う。戦いだけでない、司令官としての責任を、決断を背負い、その立場故に大切に思う相手へ危険な真似をさせなければいけない事もあり……何より、責務があるからこそ自分を貫く事も出来なくなる琴里の方が、きっとずっと…辛いのだろうと。

 

「と、止めるって…そんなの、一体どうやって……!」

 

 侑理が真那と共に選んだ答え。琴里が考えていたのとは違う選択肢。それに琴里は、当然の疑問で返してくる。

 

「どう、って……侑理。ここから衛星軌道上まで撃ち抜く事は出来やがりますか?」

「任せてよ。…と、言いたいところだけど…どうかな」

 

 ちらりと視線を送ってくる真那へ、率直に返す。出来ないとは言わない。何せ、やった事も、考えた事もないのだから。

 

「まあ、確実性がねーって事ならそれはやらねー方向で。この状況なら色々試すより、一つに絞って全力を尽くす方がきっと良いです」

「了解。なら……」

「ええ。二人で守ろうじゃねーですか。私達で…兄様を」

 

 もう一度、顔を見合わせ頷き合う。これから行おうとしているのは、非常識且つ無茶な事。それでも恐れや不安はない。心の中にあるのは、やってみせるという強い意思だけ。そしてその思いを胸に、侑理は真那と飛び立とうとし…琴里の声に、止められる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!守るって…まさか、〈ダインスレイフ〉を随意領域(テリトリー)で受け止めるつもり!?そんなの出来る訳が──」

「真那は、兄様の事を諦める方がずっと無理です。例えそれがあまりに危険で、向こう見ずだとしても…諦めるなんて、出来ねーです」

「……っ…!…だとしても…それならこれを、私を叩き潰した方がずっと楽だし確実じゃない…!なのになんで、そんな……」

「それじゃあ、駄目だよ琴里。確かに琴里の持ってる端末をどうにかする方が楽だけど…それじゃ、琴里は自分の責任を果たせなくなるでしょ?」

 

 だからだ、と侑理は告げる。それに琴里は、息を呑む。反論しなかったという事は、その通りなのだろう。奪われるにせよ破壊されるにせよ、撃つ事が出来なければ、それは琴里の失態になる。そうなる事を、侑理は勿論きっと真那も望んではいない。

 

「うちね、本当に琴里に感謝してるんだよ?うちがここにいるのは、真那がうちを諦めないでいてくれて、士道にぃが背中を押してくれて…それから、琴里が受け入れてくれたからだから。琴里がうちを信じてくれたおかげだから。その琴里が、そんなに辛い思いを、苦しい思いをしてまで、心を殺そうとするなら…うちが覆す。うち達が、跳ね返す。そうでしょ?真那」

「そういう事です。まあ、大丈夫ですよ琴里さん。私一人じゃ流石に無理な話でしょうが、侑理一人だともっと無理でしょうが…私達二人だったら、可能性はあるんじゃねーかと思いますから」

「二人共…けど、駄目よ…!二人は〈ダインスレイフ〉がどんなものか分かってない…!そんな事をしたら、士道だけじゃなくて、二人まで……」

「でも、それだって顕現装置(リアライザ)を使った、要は巨大な魔力砲って事でしょ?だったら──エレンさんより強い訳がない。エレンさんより、恐ろしい訳がない」

 

 そう。守りたいという思い。真那と一緒なのだからという勇気。そして、頂点に君臨するエレンから直接手解きを受け、その強さを味方としても相対する存在としても感じてきたからこその、自信。それが、侑理を奮い立たせている。

 無論、防ぎきれる確証はない。琴里の言う通り、自分達まで犠牲になって…その上で士道を守らず終わってしまうかもしれない。だとしても、これが何も諦めない道なのだ。諦めない道があるのなら、どんなに危険でも、それを侑理は諦めたくないのだ。

 

「…真那、侑理。可能性が低いまま行うのは愚行。士道の命が掛かっている以上、二人でやれば…で思考を止めるのは甘い」

「折紙の言う通りよ…!世の中に絶対なんてないわ。だけどあまりに低い可能性を、ゼロじゃないからって行おうとするのは……」

「──だから、私も力を貸す」

「な……っ!?」

 

 拳銃を降ろし、一歩前に出た折紙。初めに口にしたのは制止の言葉で…そこから続いたのは、強力の言葉。それに琴里は、息を呑む。

 

「…いいんで?折紙さん」

「当然。今の私に随意領域(テリトリー)はないけど、限定的でも霊装がある。そうでなくとも、この身体を盾にすればいい」

 

 躊躇いのない、折紙の言葉と瞳。…侑理に、止める気はなかった。自分達も相当な無茶をしようとしている以上、そして相手が折紙である以上、端から止める事など出来ないのだ。

 

「…なら、折紙さんは士道にぃの側に。うちと真那で、攻撃を限界まで削ります」

「侑理、それは……」

「別に、自分の命より折紙さんを優先してるとか、そういう事じゃありません。そうじゃなくて、活動限界の問題です。上で防御しようと待っていたら、いざ攻撃が来たタイミングで霊力が尽きた…なんて事になったら、それこそ折紙さんは生身で受ける事になっちゃうんですから」

 

 短時間で霊力切れを起こしてしまったという七罪の件を思い出しながら侑理が言えば、折紙は数秒の沈黙の後、こくりと首肯を返してくれる。

 話は付いた。縦横無尽に暴れ回っていた士道は今静止しており、すぐにでも飛んでいける。故に後は、琴里が起動をさせるだけ。結局一番苦しいのは、自分ではない人間の命を賭ける事になる琴里だが、そこはどうしようもなかった事が侑理は不甲斐なかったが…琴里を信じて、或いは司令官としての決意に期待をして、その瞬間をただ待つのみ。

 だが…違う。違った。琴里と折紙のやり取りが聞こえていたのは、侑理達だけではなかった。士道を心から想うのも、侑理達のみではなかった。そして、何より──琴里は、一人ではなかった。

 

「琴里!」

 

 響く声と、幾つもの足音。それに反応して振り向けば、そこには十香が、精霊達がいた。

 考えてみれば、当然の事。インカムによる通信をオープン…即ち全回線へ繋げていたのなら、十香達の耳に届いていても、何もおかしな事はない。侑理達との時間差は、単なる機動力の違いでしかない。

 

「皆……」

「水臭いぞ琴里!そんな事情があったなら、何故相談してくれなかったのだ!」

 

 ぽつりと呟くように声を漏らした琴里へ、強く、勇ましく十香は言い切る。相談してくれれば…思えばそれは、侑理達が誰も言わなかった言葉。DEMやASTに所属していた…なまじ組織や責任について理解していたが為に出てこなかった、友としての当たり前の言葉を、十香は真っ直ぐ口にしていた。

 

「追従。夕弦達は、皆で士道を助けようとしていた筈です。それなのに仲間外れは悲しいです」

「夕弦さんの言う通りですー。それに…折紙さん達も、自分達だけ危ない真似をしようだなんてめっ、ですよー?」

「同じ志を持つ者同士、一連托生でなくて何とする!……ほんと、勝手に無茶しようとしないでよ。そんなの、望んでないし」

「う…それは、その……」

「…申し訳ねーです……」

 

 何故相談してくれなかったのか。その言葉は琴里だけでなく、侑理達に向けられたものでもあった。勿論、ゆっくりじっくり考え話せる状況ではなかった。だとしても、十香達に…皆に何も言わず、自分達だけで決めて一か八かの賭けに出ようとしていた時点で、侑理達も琴里と大差はなかったのかもしれない。

 

「真那さん、侑理さん、折紙さん……私にも、手伝わせて下さい。私も、守りたいんです。士道さんと…皆さんを…!」

「…琴里も、いつまでもそんな顔してないでよ。皆は私を、このどうしようもない私を変えてくれたんじゃない。私自身信じられないようなミラクルを起こしてるんだから…もうちょっと位、足掻いてみてもいいんじゃ……ない、でしょうか…」

 

 意思の籠った…反転した折紙の下へ士道を送り届けたあの時を思い出させる瞳を、四糸乃は侑理達に向けてくる。最後は何故か自信なさ気な敬語になっていたが…あの七罪が、琴里に諦めるなと言葉を送る。

 そう。精霊達は、誰も諦めていない。そして…自分だけで、自分一人で背負おうとする者も、誰一人としていなかった。

 

「でも、だけど…私は〈ラタトスク〉の司令官として…皆を守らなくちゃいけなくて……」

「琴里も、皆の中の一人だッ!」

「……──っ!」

 

 強く強い、十香の言葉。迷いのない…心の籠った、真っ直ぐな思い。その言葉に琴里は目を見開き…十香は、告げる。

 

「詳しい事は分からない。だが、もしそれが絶望的な状況だったとしても、私達が力になる!だから…皆を頼ってくれ、琴里!」

 

 夜闇に響く、心に響く十香の声に、精霊達も、侑理や真那も頷く。士道を助けたいという思い、それだけではない。これまで様々な形で助けてきてくれた、今も一人で背負おうとしていた琴里を支えたいという思いも、十香や皆からは伝わってきた。そして……それは、侑理も同じ。

 

「みん、な……」

 

 琴里の声が、端末を持つ手が震える。その瞳から迷いを感じるのは、そこに迷いがあるのは…それだけ琴里が、強い責任感を持っているから。或いは、自分が背負わなくてはと思っているから。それは否定されるべきものではない。そんな琴里を、侑理は凄いと思うし…だから、支えたいのだ。力になりたいのだ。

 見つめる視線を受けながら、琴里は沈黙する。決して長くはない、されど深い深い沈黙の中で、琴里は俯き──静かに、その手から端末が落ちる。そして…琴里は、顔を上げる。

 

「…ごめんなさい、皆。私は前に、士道は士道の考える『皆』の中に、自分を入れていないって言った事があったのに…いつの間にか、私も同じ考えになっちゃってたみたいね」

 

 自嘲気味に、呆れたように、琴里は笑う。されど、その声音はこれまでと違う。その声はもう…暗くない。

 

「だけどもう、大丈夫。私にとって、一番の力は何か…私の周りにいてくれるのが誰なのかって、ちゃんと分かった……ううん、思い出したから」

 

 手の甲で顔を拭い、琴里はもう一度笑みを見せる。今度の笑顔は…真っ直ぐで、明るい。

 その琴里はもう、手放した端末には目もくれない。それが、琴里の選択。琴里の、答え。

 

「…さて、それじゃあ琴里さん。これからどうするつもりで?」

「なんだってやるわよ。けどまずは、士道の状態について少しでも情報が欲しいわ。だから観測機を──」

 

 真那からの問いに、琴里は一つ頷く。それと共に、琴里は表情を引き締める。そしてまずは情報を、その為の観測機をと言おうとした……その時。

 

【──《ダインスレイフ〉起動コードを確認しました。当該目標への攻撃を開始します】

『……ッ!?』

 

 無機質な、電子音で作られた声。アラームと共に聞こえたその音に、その声に、全員が絶句する。青ざめた顔で琴里が端末を拾い上げ、侑理も反射的にその端末を覗く。そうして目にする、目にしてしまう。画面に表示された、〈ダインスレイフ〉起動の表示を。

 

 

 

 

 士道を殺す。その選択肢を手放すというのはつまり、多くの人を巻き込んだ破滅の可能性を背負うという事。何の関係もない、何も知らない人々の命を、勝手に危険に晒すという事。それは、侑理も分かっていた。だが…だから士道を犠牲にするのが正しいのかといえば、それはきっと違う。誰かの事を犠牲にしてしまえば、それを『仕方ない』と認めてしまえば、これからずっと何かある度、犠牲を容認してしまう。それも仕方ない事だと、受け入れる事に躊躇いがなくなる。そうしてどんどん、理想からは遠ざかっていく。…そんな気がする。

 だからこそ、だから尚更、守る事を、助ける事を諦めてはいけないと思っていた。皆を守る…嘗てDEMの魔術師(ウィザード)として、純粋に自らの組織を信じていた時からの思いを、よくよく考えれば何となくの思い出しかないその曖昧な意思を、まだ侑理は捨てずにいたから。それも自分が歩んできた道であり…その思いを持ち続けられる自分でいたいと思っていたから。故に難しくとも、限りなく不可能に近い事だとしても、士道を守り、多くの犠牲も回避出来る道を望みたいと、気持ちを強く固めていた…そんな時だったのだ。〈ダインスレイフ〉が、起動してしまったのは。

 

「どういう事。まさか、落下のショックで?」

「その程度で誤作動するようには出来ていないわ!一体なんで──!」

「それを考えるのは後ですッ!侑理!」

 

 戦慄の表情を浮かべた折紙の言葉を、琴里が否定する。一体何故。琴理が発したその言葉は、侑理も…恐らくはこの場にいる全員が思った事で……しかしその思考は、真那の声で断ち切られる。

 そう。今は、考えていられる時間など一瞬もない。言うが早いか、真那は飛び立ち…真那の言葉で思考が切り替わった侑理もまた、地面を蹴る。

 

「全力全開、ありったけの力でいくよ、真那ッ!」

「当然ッ!」

 

 魂が抜けたように止まる士道の直上、そこで侑理は真那と並び立つ。地面を背に、生成する魔力を片っ端から随意領域(テリトリー)の対魔力防御とスラスターへ回す。

 重量軽減や随意領域(テリトリー)そのものの維持等へ回す分以外を全て防性強化へと注ぐ、正真正銘全力の防御。それも今は、対魔力特化。魔術師(ウィザード)の物理攻撃は勿論、拳銃程度も止める事が出来ないような…もし何者かに襲われたら、一溜まりもない乾坤一擲。だが今は、これが最適解。出し惜しみなど、出来る筈がない。

 

「…守ろう、真那。うち達で……皆で」

 

 夜空を見据えながらの侑理の言葉に、真那は何も言わない。言わないが…しっかりと一つ、頷いた。

 〈ダインスレイフ〉の威力も、防ぎ切れるかどうかも未知数。仮に防げたとしても、それで終わりではない。今の士道の状態を何とかする事が出来なければ、琴里が口にした最悪の結末を迎えてしまう事になる。だがそれは、防いだ後に考えるべき事。だから今は、防ぐ事だけを考える。力も、意識も、思いも…侑理が持つ全てを、今は士道を守る事のみに注ぐ。

 琴里達も、士道の下に駆ける。その姿をちらりと見て、視線を空に戻した時…遥か遠い空の向こうに、一つの強い光が輝く。

 

(……ッ!来る……!)

 

 遥か彼方、宇宙からですら見える光。それがどれ程強力であるかなど、考えるまでもない事。最強たるエレン以上の力である筈がない、と言い切ってみせた侑理だったが…一瞬後にはもう、侑理も真那も消し飛んでいるかもしれない。士道も消え去っているかもしれない。…だとしても、退かない。恐れない。望む未来は、この先にしかないのだから。

 そして、光は膨張する。膨大な、濃密な、空中艦の収束魔力砲を超える奔流となって、宇宙から地上へ降り注ぐ。一瞬前までは夜闇ばかりが映っていた視界が、瞬く間に魔力の光に覆い尽くされ、閃光が全てを飲み込む──

 

【──やれやれ、危ないね】

 

……そう、思った時だった。目の前に、光に埋め尽くされる視界に、『何か』が現れ……魔力の奔流を、受け止めたのは。

 

「…何、が……」

「……──ッ!お前は……!」

 

 霊力の防壁。そうとしか表現出来ない膜の様なものが『何か』の更に上に広がり、降り注ぐ閃光を真っ向から防ぐ。防壁にぶつかった奔流は、周囲に魔力を撒き散らす。

 想定外としか言いようのない状況に、真那が発する唖然の声。驚愕しているのは侑理も同じ。しかし侑理の驚きは、謎の存在が〈ダインスレイフ〉の砲撃を防いだ事に対してだけではない。現れた『何か』…まるでその姿全体がノイズがかっているような、はっきりした形を捉えられない謎の存在の事を、()()()侑理は目にしている。

 

『〈ファントム〉……ッ!』

 

 その存在の仮称を口にした時、全く同じタイミングで、十香達と共に士道へ駆け寄ろうとしていた琴里も同じ呼び名を発していた。認識するのが一歩遅れていたのか、琴里の声は侑理より驚きの色が強かったが…そんなのは、瑣末事。

 〈ファントム〉。改変前の世界、その五年前の時間において、侑理が士道と共に相対した存在。その時琴里に霊結晶(セフィラ)を渡し、その後も美九や折紙に同様の事を行い、彼女達を精霊に変えた──精霊を生む精霊。

 全員が、息を呑んでいた。驚き、戸惑い…その上で、折紙は警戒をしていた。そしてそれは…侑理も同じ。

 

【……人間も、中々荒っぽい事をするね】

「……っ、どの口が──!」

 

 長い長い、〈ダインスレイフ〉の照射。しかし霊力の防壁は崩れる事なく、宇宙からの砲撃を防ぎきった。そして魔力の光が消え、元の闇が戻る中、冗談めかすように〈ファントム〉は言う。声質を上手く理解出来ない声でそう言って、形を上手く把握出来ないその身体を翻し…次の瞬間、展開していた防壁は消える。

 その〈ファントム〉へ発される、怒りを孕んだ琴里の声。しかしそれも、当然の事。確かに今、〈ファントム〉は砲撃から士道を、侑理達を守ってくれた訳だが…そもそも琴里を精霊にしなければ、士道が霊力封印をする事もなく、当然今のような暴走のリスクを抱える事もなかった筈なのだから。

 されど、それに続く言葉は罵詈雑言ではなかった。次に琴里の口から発されたのは、問いの言葉だった。

 

「〈ファントム〉……あなた、一体」

 

 それは、正体を尋ねる言葉…というだけではない。何故今突然現れたのか、どうして士道を守ったのか…そんな意図も、琴里の声からは感じられた。…しかし、〈ファントム〉は答えない。身体の向きも、はっきりと分からないのだが…恐らく既に、琴里達の事も見ていない。

 

【……成る程、確かに彼は今危険な状態だ。君の悲痛な覚悟も分からないではない。──でも、まだ彼には生きていてもらわないと困るんだ】

「な……何を言って……」

 

 これまでとは、何か雰囲気の違う言葉。狼狽する琴里を意にも介さず、〈ファントム〉は士道の側に降りる。今の士道は、嵐の様に渦巻く霊力に包まれている。されどその側に降り立ち……頬に、触れる。

 

【──いい子】

 

 機械を通したような事。だというのに、優しさを…穏やかさを感じさせる声音。その声と共に、〈ファントム〉が触れた……次の瞬間だった。士道が身の毛もよだつような絶叫を上げ、苦し気に身を捩らせたのは。

 

「し、シドー!?」

「だーりん!」

「おのれ貴様、一体士道に何をした!」

「同調。状況が悪化している気がします」

 

 叫びを上げながら、周囲の何もかもを打ち砕くように霊力を放ちながら、士道は再び動き出す。苦しみから逃れるように…或いは、どこかへと向かうように。

 その豹変に、再び暴走したような士道の有り様に、十香達が声を上げる。侑理も反射的に〈オルムススケイル〉を〈ファントム〉へ向け、真那も別方向に回り込みつつ〈ヴォルフテイル〉を振り上げる。──が。

 

【──ご挨拶だね。折角、君達にチャンスをあげたのに】

 

 ひらりと身を翻し、攻撃を受ける前にその場を離れた〈ファントム〉の、含みを持たせたような言葉。そして一瞬の間を経て、十香が士道をを見るよう声を上げる。その声に全員が振り向き…気付く。士道の周囲で荒れ狂う霊力。その衣が、先程までより弱まっている事に。

 

「これは──」

【……ここから先は君達の領分だ。検討を祈っているよ。──じゃあね、()()()()()()()()

「……!?何を──」

 

 とても冗談や戯れとは思えない、〈ファントム〉の言葉。されどそれに対する琴里の声には取り合わず、滑るようにその場を離れる。

 逃げるつもりか。それともまだ何か企んでいるのか。分からないが、油断は出来ない。飛び上がった〈ファントム〉と、真那と共に空中にいる侑理との距離は自然と近付き……

 

【──危ない真似は、しないでほしいな。そんな事を、彼は望まないから。もしまた何かあったら…きっと、悲しむから】

『え……?』

 

 すれ違いざま、〈ファントム〉は言った。先の声とも違う、静かに奏でるような声で、〈ファントム〉は言い……侑理達の間を、通り過ぎていった。

 

(彼……って、士道にぃの事…?…だとしたら……)

 

 振り向くのも追い掛けるのも忘れ、侑理は思い出す。五年前の天宮市で接触した際の、〈ファントム〉の反応を。やはり〈ファントム〉は自分達を知っているのか。彼というのが士道の事なら、何をどこまで知っているというのか。〈ファントム〉の人となり(人と呼んでいいのかは怪しいが)がほんの少し見えたようで、その実謎や疑問はむしろ増え……しかし聞こえてきた琴里の声が、思考に耽りそうになっていた侑理の意識を現実に戻す。

 

「──何をどうやったのか知らないけれど、士道を包む霊力に綻びが出来てるわ。これなら、もしかしたらまだ間に合うかもしれない」

「本当か、琴里!」

「ええ。……ただ、あくまで最悪から一歩前に戻ったってだけで、絶望的な状況に変わりはないわ。士道に追い付く事が出来なければ話にならないし、仮に追い付けたとしても、そこからあの霊力を掻い潜って士道にキスをしないといけない。今の私達じゃあ──」

 

 可能性の有無と、実現可能かどうかは別。そして琴里は絶望を振り切り、完全に冷静さを取り戻したようで…だからこそ厳しい表情を浮かべていた。

 だが、侑理はそうは思わなかった。確かに難しい状況ではあるが、決して不可能ではないと思い…言う。

 

「だったら、今度こそうち等の出番だね?」

「かか!なんだ、それだけか。簡単ではないか」

「ふっ、任せてもらおうじゃねーですか。琴里さん」

「同意。ならば、何も問題はありません」

 

 

『……へ?』

 

 発した直後、聞こえてきた別の声。侑理の声と、耶倶矢の声が重なり…それぞれ応じる形で、真那の声と夕弦の声も重なった。勿論、何も示し合わせてなどいない。完全な偶然、驚きのダブルハモりである。

 

「ええ、と……流石は〈ラタトスク〉が誇る、名コンビ二大巨頭の一角だね。同じ名コンビとして、鼻が高いよ」

「あー、っと…ふっ、我等と同じ領域に踏み入るとは、やはりお主等の繋がりも伊達ではないな」

「そんな意味の分からねー事言ってる場合じゃねーでしょうが…」

「追従。二人してアホの子アピールされても困ります」

『そんなアピールしてないん(です・だ)けど!?』

 

 アホの子呼ばわりで再び侑理は耶倶矢とハモるが…そんな事言ってる場合じゃないというのは、本当にその通り。だから侑理は意識を切り替え、改めて口を開く。

 

「琴里の言う通り、厳しい状況だとは思うよ?だけどうち等なら、今の士道にぃでも追い縋る事は出来るし、足止めだって多分出来る。…元々うち等魔術師(ウィザード)は、対精霊…対霊力の訓練を積んできた訳だから…ね」

「自信。普通に追い付くのは、確かに難しいと思います。ですが夕弦達なら、話は別です」

「……そうね。侑理達なら、出来るかもしれないわ。だけど幾ら速いって言ったって、今の士道にただの走りで追い付くなんて……」

 

 無理だ、と言いたかったのであろう琴里を、耶倶矢と夕弦の二人がちっちっち、と同時に指を振って制する。何故か妙に画になるその所作を経て、二人は視線を交わらせ……

 

「かーっ!現れ出でよ、颶風の力よ!」

「顕現。ていやー」

 

 八舞姉妹の装い…今は他の精霊達共々身に纏っていたドレスの上に、拘束衣を思わせる限定霊装が現れる。

 限定霊装の展開。精霊としての力の行使。それが今の精霊達にとって、非常に危険な行いである事は七罪の一件で判明済み。経路(パス)が狭まった状態のまま、身体に残る僅かな霊力で無理矢理力を引き出している状態の二人を見て、琴里はすぐに止めさせようとし…されど、口を噤む。…琴里も分かっているのだろう。たとえ危険だとしても…今は、やるしかないと。

 

「……さっきの七罪の事例を見るに、多分、その姿でいられるのは長くて五分位よ」

「かか、存外余裕があるではないか」

「首肯。最速の八舞には十分過ぎる時間です」

 

 自信に満ちた声で返す二人に、琴里も深く頷いて見せる。そして、琴里は侑理達の事も見る。続く言葉はない…が、思いは伝わってきた。だから今度は、侑理が琴里へと頷く。

 

「耶倶矢さん、夕弦さん、うち等が露払いをします。二人は、構えていて下さい。いつでも、士道にぃとキス出来るように」

「うむ。我等の先導は任せよう、侑理!真那!」

「依頼。宜しくお願いします」

「えぇ。それじゃあ…今度こそ、兄様を助けようじゃねーですか」

 

 二人の、精霊達の信頼を背に受け、木々を薙ぎ倒しながら進軍する士道を見据える。今はもう、士道の事、士道を助ける事だけを考える。そして魔力を、絶対に助けるのだという気持ちを漲らせ……真那達と共に、侑理は地を蹴った。

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