全員の力で、目一杯の決意と想いを込めた戦いで、侑理達はいつもの士道を取り戻す事が出来た。当初の計画からは大きく逸れてしまったものの、目的を達する事が出来た。
とはいえ、士道が正気を取り戻した後も、大変といえば大変だった。安心感と喜びから精霊達は士道を揉みくちゃにし(侑理は冷静に止めていた…とは言えない)、更に十香が気を失ってしまった事で慌て、元に戻ったとはいえ士道は色々と検査する必要があった事もあり、士道と気を失った十香を連れて、侑理達は〈ラタトスク〉の地下施設へと行く事になった。検査の最中、士道も度重なる霊力の行使…そしてそれ以前に暴走状態であった事の負荷故か、士道も気絶するように眠ってしまったらしく…今は、施設内にある部屋の一つで士道が目覚めるのを待っていた。
「うぅ〜、やっぱり落ち着けないですー…。十香さんだけじゃなく、私もだーりんのお側に……」
「やはり貴女も気になる?なら私も同行する」
「折紙さん…!」
「お二人共、何か邪な事考えてません…?」
すくっ、と椅子から立ち上がった美九と折紙に、侑理は半眼を向ける。無論、侑理も気持ちは分かる。士道の事は心配であるし、目を覚ました十香が士道の様子を見ながらでないと眠れない、安静に出来ないと我を通したのだから、だったら自分も…と思うのは、決しておかしな事ではないと思う。ただそれはそれとして、二人からは何となく怪しい感じがしてきたのだ。
「そんな事ないですよー、侑理さん。それにむしろ、だーりんや十香さんも見守ってくれる人がいた方が、安心して眠れると思いませんかー?」
「そ、それは…一理あるかも、しれませんけど……」
「逆に、まだ士道は100%、完全に大丈夫だと断言出来る訳でもない。であれば、万が一に備えて近くで待機するべき。そうでしょう?」
「…それも、そうですね…じゃ、じゃあうちも一緒に……」
「いや、何言いくるめられていやがるんですか…」
言われてみればそうじゃないか、と思わず二人に続きそうになった侑理だったが、真那の突っ込みで我に返る。そして真那はしれーっと部屋を出ていこうとする折紙達を阻むべく、門番の様に扉の前へ立ち…ここにいるとまた二人に言いくるめられそうだと思った侑理は、視線を別の方へと移す。そして、横を向いた侑理の視界に映ったのは……
「十香は霊力が尽きてもあんなに頑張ってたのに、それに引き替え私は……」
「え、えっと…七罪さんも、頑張ってたと思います…よ……?」
「…確かに凄かったよね、十香…正直、格好良かったかも……」
「同感。心の強さ、想いの強さを感じました」
部屋の隅、角に当たる場所で膝を抱えていじける七罪。その近くの椅子に座る八舞姉妹のやり取りも、侑理にとっては非常に共感出来るものだったが…それよりも今はと、席を立って七罪と彼女を慰める四糸乃へ近付く。
「えっと…七罪?結果論だとは思うけど、七罪の行動がなかったら、士道にぃを助けるのはもっと難しくなってたんじゃないかな」
侑理の発した言葉に、七罪は…否、七罪も四糸乃も揃って目を丸くする。一体何を言って…そんな表情を、侑理に見せる。
「だって、皆が霊力を使える時間をざっくりとでも予想出来たのは、七罪が一度使っていたからでしょ?もしそれが分かっていなかったら、すぐ霊力が尽きる可能性を考慮してもっとギリギリになるまで使えない、近付くまでのリスクは受け入れるしかない…って思って動くか、逆に意外といけるんじゃないか、って楽観視して活動限界を見誤るかしてた可能性があるでしょ?」
「それは……」
「そ、そうですよ七罪さん…!もし分かっていなかったら、力を使うのは、もっと怖かった…と思います。七罪さんのおかげで、そうじゃなくなったんです……!」
「…侑理、四糸乃……」
すぐに乗ってくれた四糸乃の言葉に、こくりと頷く。嘘も誇張もない。七罪自身にそのつもりはなかっただろうが、前例があるかどうか、0か1かというのは非常に大きな違いであり…だからこそ、卑下する必要なんてないと、侑理は本心で思っていた。
「だから、元気出して?」
「私も、元気な七罪さんの方が…良いと、思います」
両膝を突き、四糸乃の共に左右から七罪へと言う。二人で見つめる。そして数秒後、七罪は顔を上げ、侑理と四糸乃の顔を順に見やり……
「…二人には助けてもらった挙句、更に気まで遣わせる、短慮な愚者でごめんなさい……」
『えぇぇ……』
まさかのネガティヴ発言おかわりだった。ちょっとは前向きに考えてくれると思いきや、更に落ち込んでいた。ならば一体どうしたらいいのかと、侑理は四糸乃と顔を見合わせ…だがその直後、部屋の扉が開かれる。
「皆、待たせたわね。──士道が、目を覚ましたわ」
『……!』
その瞬間、入ってきた琴里の言葉に、全員が反応する。暗い顔をしていた七罪も目を見開き…そこから速攻で、士道に会いに行こうとなった事は言うまでもない。
「いい?士道がまだ快調じゃない事は間違いないんだから、行動には気を付けるのよ?」
「琴里さん、それ兄様が検査に入る前にも言ってやがりませんでした?」
「これは多分、安心感から琴里も気が緩んじゃってるって事なんじゃないかなー」
「う、うっさい」
道中真那に続いて侑理が言えば、琴里は不服そうに口を尖らせる。返しに普段の鋭さがない辺り、本当に気が緩んでいる面はあるのだろう。…きっと、この中で誰よりも苦しい思いをしていたのは、琴里なのだから。
(…そういえば、琴里の目元が赤いような……)
よく見れば、若干赤く腫れぼったいようにも見える琴里の目元。士道を殺す選択をしようとしていた時の彼女は、罪の意識で潰れてしまいそうな程に涙を流していたのであり、それを思えば当然の事…と言いたいところだが、あの時から暫く時間が経っており、少し前に見た時の琴里は大分目元の赤みも引いていた筈。にも関わらず、今はまた赤くなっている。そして琴里は、先程から士道と十香の様子を見に行っていた。即ち琴里は、目を覚ました士道と何か話していてもおかしくないという事であり……だがこれ以上は考えないようにした。女の涙について深く詮索するのは野暮というものなのだ。…侑理も同じ女ではあるが。正直、何となくこの言葉が浮かんだだけだが。
まあそれはともかく、侑理達は士道がいるという部屋に到着。先頭を歩いていた琴里がドアノブに手を掛け、そのまま開ける。
「待たせたわね、士道。皆を連れてきたわ──」
言葉の途中で、突然ぴたりと止まる琴里。何事か、と侑理達は部屋の中を覗き込み……そうして、目にする。部屋の中にいた士道と十香、二人が唇を重ねていた事を。それも、ベットで横になる士道へ、十香が覆い被さるような体勢でキスをしていた事を。
直後、慌てた様子で十香は唇を離す…が、名残惜しいかのように士道の唇は少しだけ持ち上がり、それから元の位置に戻る。二人の唇は離れたものの、その唇の間にはキラキラと光る唾液の線が一筋残る。……完全に、お楽しみ中であった。
「ちょ、こんな短い間に何してるのよ士道!?」
「あ、あの……二人共病み上がりですし、あまり……」
「か、かか…十香も中々やってくれるではないか」
「指摘。耶倶矢が悔しそうです」
「きゃー!えっ、よく見えなかったのでもう一回!もう一回お願いします!」
「うっわぁ……目覚めていきなりそれとか、引くわ……」
「……やはり、油断ならない」
「兄様!一体何を!?」
一瞬の沈黙を経て、部屋内は喧騒に包まれる。全員が部屋内に雪崩れ込み、ベット上の二人を取り囲む。
こんなのを、こんな光景を見て、軽く流せる訳がない。流せる筈がない。そしてそれは、侑理も同じ事。
「どうかと思うなー!?うち等が素直に待ってた中でそれは、流石にどうかと思うなー!?」
わーきゃーと、精霊達に混じって侑理も強く声を上げる。そう。士道の事を心配していたのは、十香だけではない。この場にいる全員が、等しく士道の事を心配しており…同時に、一番ぼろぼろになった十香の事も心配していた。傷付いていようと精霊は精霊であり、手当ても済んでいるとはいえ、安静にしていなければいけない…という話は、侑理達も聞いていたのだ。だというのに、いざ蓋を開けてみれば二人でいちゃいちゃしていたとなれば…どうかと思うなー!?…となっちゃうのだ。
「お、おい、お前等、落ち着けって。これはだな……」
目を泳がせながら、士道は侑理達へ弁明をしようとする…が、一向に言葉が出てこない。しかしそれも当然の事。キスをしている真っ最中という、決定的な瞬間を捉えたのだから、ここから「なんだ、そういう事だったんだ〜」と流せるような説明に繋げるなど、難しいどころの騒ぎではないのだから。それにそもそも、侑理も他の面々も、求めているのは説明ではない。ぶつけているのは疑問ではなく、二人へ対する抗議なのだ。
しかし、取り囲んで圧を掛けてしまったのがよくなかった。同じように説明を…いや、言い訳をしようとしていた様子の十香だったが、もうこれはどうしようもない、と開き直ったのか、ばっと士道に横から抱き着く。その思いきった行動で更に大騒ぎとなるのだが、十香は頑として譲らない。
「十香さんまで!?し、しかもこんな、大勢に見られている前でなんて……!」
「…あ、真那がちょっと赤くなってる。ふふっ、かーわいっ♪」
「分かりますー!真那さんって普段は頼もしいというか、格好良い系の女の子ですけど、だからこそ時々見せる可愛いところの破壊力が抜群なんですよね〜♪」
「こっちに注目しねーでくれませんかねぇ!?」
「そう。今はそれより優先すべき事項がある。真那、侑理、二人の
「保護って…貴女絶対そのまま連れ去る気でしょ」
「連れ去る、か…ふっ、我等が健脚の前から逃げおおせるつもりならば、試してみるがいいぞ折紙よ」
「自信。マスター折紙といえども負けません。八舞は精霊において最速、です」
全員が全員個性的な精霊達が一堂に会している事もあり、大騒ぎはそう簡単には収まらない。士道も士道で何とかする事は諦めたのか、はは…と苦笑をするばかり。
(……でも…)
行動には気を付けるよう言っていた琴里もヒートアップしている為に、誰もこの喧騒を止めはしない。もしここに医務の機関員が来たならば、全員揃って正座させられそうな状況であり……だがこれも、士道を助け、いつもの彼を取り戻す事が出来たからこそ。諦めない事を選び、目一杯手を伸ばしたからこそ、掴んだ今。皆の力、絆の力…こう表現すると少し気取った風になってしまうが、士道を助けたいという思いと、全員が全員を信じ、それぞれが出来る事を繋いでいった末の今なのだと、侑理は心から思っている。そうなのだと、胸を張れる。
だから…今はこれでいいのではないだろうか。そう思える位には…この騒がしさが、皆で作る賑やかさが、侑理には心地良かった。
*
目を覚ました士道を取り囲んでの大騒ぎから数時間後。元々士道が正気に戻った時点で時刻は深夜であり、そこに士道が目を覚ましてくれた事への安堵が重なったのか、一人、また一人と精霊達は寝入ってしまった。
そしてそれは、士道も同じ事。全身筋肉痛らしい士道は、ベットへ沈むようにぐっすりと寝ており……
「私も今日は、ここに泊まらせてもらう。お休みなさい」
『いや何(士道にぃ・兄様・士道)のベットに潜り込もうとして(るんですか・やがるんですか・るのよ)!?』
迷いのない動きで毛布を捲り上げ、隣に入ろうとした折紙を三人掛かりで強引に止める。流石に多勢に無勢だと判断したのか、折紙は諦めてくれたが…そこはかとなく、不服そうな顔をしていた。
「全く…さっき貴女、十香に油断ならないって言ってたけど、貴女こそ油断も隙もあったもんじゃないわね……」
「同感…。ほんと、世界改変がされてからの折紙さんは色々ぶっ飛び過ぎてるっていうか……」
「え?こういう部分については、前からそうじゃない」
「…そ、そうなの……?」
何を言っているのやら、とばかりの琴里の返しに、むしろ侑理は驚かされる。世界改変の影響…もっといえば、もう一人の折紙の影響か何かでぶっ飛んだ一面を見せるようになったものだと思っていた侑理だが、どうやら違うらしい。
「そうなの?って…むしろなんで知らないのよ……」
「いやだって、うちが知ってるAST時代の折紙さんは、こんな行動する事なんてまずなかったし……」
「あー…そうか、士道が絡まない場ならそれもそうよね……」
「…………」
「えぇと…二人共、本人の前でそういう話をするのは止めた方がいいんじゃねーですかね……」
『あ……』
気になってつい話し込んでしまった侑理だが、全く以って真那の言う通り。折紙は何も言わず、その表情もこれといって崩れてはいなかったが…一見無反応なのが逆に怖かった。取り敢えず、琴里と二人で謝った。
「…こ、こほん。まあそれはともかく、皆もそろそろ休んだ方が良いわ。
「それはまあ、そうでいやがりますが……」
「それを言ったら、琴里もでしょ?」
「私はまだやる事があるのよ。士道を元に戻せたとはいえ、それでめでたしめでたしとはいかないんだから」
言葉を返しながら、琴里は表情を引き締める。それは本当にその通り。加えて司令官という立場上、さっさと休む訳にもいかない…というのも理解は出来る。…だが……
「琴里、今位は立場を忘れて休んでもバチは当たらない…っていうか、責任感が強過ぎるのも問題じゃないかな」
「私も侑理と同意見。琴里、貴女のしてきた事には敬服しているし、立派だとも思う。でも──貴女は思い詰めた末に、その責任感から士道を殺そうとした。非難するつもりはないけれど…それは、事実」
「…それは……」
怒りを見せる訳ではない…されど鋭く突き刺さるような、折紙の言葉。それに琴里は声を詰まらせ……微かに、嘆息。
「…そうね。ごめんなさい、一日どころか半日も経たずに同じ過ちを繰り返すところだったわ」
「分かってくれたのなら、いい。貴女の存在は、士道にとって必要だから」
「…こうも直球で言われると、何か照れるわね……」
「照れる事はない。将来的に義理の姉妹になり得る事を考えれば、これ位普通」
「うん、今の発言で色々吹っ飛んだわ」
真剣な話だった筈が何故か妙な方向へ脱線した事に、侑理は真那と顔を見合わせ苦笑する。真顔でこんな事を言える辺り、本当に折紙という少女は凄いものである。…侑理的に、真似したいとは微塵も思わないが。
「…でも、その前に『これから考えるべき事』だけは纏めておきたいの。寝て起きたら、その内の何割かを忘れてた…なんて事になるのは御免だし」
「琴里さんも強情でいやがりますね…」
「勿論、だから先に寝ててとは言わないわ。簡単に纏めるだけだから…皆も手伝ってくれる?」
それなら良いでしょう?…と軽く肩を竦める琴里。一人でまたごちゃごちゃ考えるつもりでないのなら、と侑理達はこくりと頷く。そうして場所を、先の部屋へと移し…琴里はタブレット端末を用意した。
「じゃあ早速…と言いてーところですが、具体的にはどう手伝えばいいんで?」
「今日…いや、厳密には昨日だけど…あった事の内、腑に落ちてなかったり、気になってたりする事について、皆の見解を聞きたいのよ。纏めるのは私がやるから、皆は適当に言ってくれる?」
「そういう事なら……気になる点は四つ…いや、五つあるかな」
「五つ?私としてはざっくり三つだと思ってたんだけど…取り敢えず聞かせて」
腑に落ちない事。気になる事。それは振り返るまでもなく、ずっと頭の片隅にあった。そして侑理は琴里の言葉に再び頷き…指を立てつつ、話し始める。
「まず、一番気になるのは…やっぱり〈ファントム〉の事だよね」
「同意見です。〈ファントム〉が現れた事も、言動も、全部が予想外でいやがりましたから」
侑理と真那の発言に、琴里と折紙も同意を示してくれる。〈ダインスレイフ〉が起動し、決死の覚悟で士道を守ろうとした瞬間に現れ、衛星軌道上からの砲撃を防いでくれたばかりか、士道の状態を最悪からその一歩手前へ引き戻してくれた〈ファントム〉。結果から言えば、今回侑理達は〈ファントム〉に助けられた訳だが…だからといって、そう簡単には喜べない。
「〈ファントム〉が士道にぃを守った…これを以て〈ファントム〉は敵じゃないとするのは流石に早計だけど、ただの敵でもない…とは考えなくちゃいけないよね。少なくとも、士道にぃの死を望む存在ではないんだろうし」
「そうね。だけど、それはあくまで『今は』よ。言ってたでしょ?まだ君には…って」
そうか、と侑理は琴里に気付かされる。まだ君には生きていてもらわないと困る…一見これは死を望んでいない発言に思えるが、裏を返せばどこかのタイミングに至れば生きていなくてもいい、という発言だと捉える事も出来る。
「望み…その観点で言えば、〈ファントム〉の最終目標は、精霊による世界の破壊…或いは、私達が特殊災害指定生命体として『普通の日々』から隔絶させられる事ではないと推測出来る。それが目的なら、霊力を封印出来る士道の存在は目標である達成の障害でしかないのだから」
「確かに、兄様のしている事は〈ファントム〉の行為をある意味で打ち消しているようなもんでいやがりますからね。…けど…それで言うと、そもそも〈ファントム〉の狙いってなんなんでしょう?お二人は、何か聞いてねーですか?」
〈ファントム〉の狙い。考えてみればはっきりとしていなかったその疑問について、真那が言及。そして問われた二人、琴里と折紙は顔を見合わせ…ゆっくりと、首を横に振った。
「〈ファントム〉は、自分の狙いや目的について何も語らなかった。ただ、力が欲しいかと問いただけ」
「私の時も、似たような感じだったわ。…まあ、あの時の私はまだ幼かったし、いいように言葉で誘導されて
「力が欲しいか、って…また怪しいというか、悪役みてーな誘い文句でいやがりますね……」
「というか、姿形もよく分からない時点で怪し過ぎるっていうのに、それで琴里も折紙さんも
知らない人に声を掛けられてもついていかない。ましてや物を貰ったりしてはいけない。それは国を問わず、現代人なら…いや、ある程度昔の人でも当たり前のように知っている事。百歩譲って琴里はまだ幼かったからとも考えられるが、折紙が精霊化したのは(世界改変こそされてるが)ほんの少し前の事。流石にこちらは擁護のしようがなく……
「…我ながら、本当に軽率だったと思う。けど…あの時は力を、精霊を討つ事が出来る強さを手に入れられるのならと、本気で思っていた。それ以外の事を、考えられなかった」
……だが、その気持ちは理解出来た。侑理とて、力に対する同じ思いを抱いた事があるから。あの日の折紙の事を、今も侑理はよく覚えていたから。
「…まあ、過ぎた事を言っても仕方ねーですからね。分からねーのなら、これからも情報収集と警戒をするしかないってもんでしょう」
「そうね。…というか、ほんとに何者なのかしら…私達の事を『子供達』って言ってたし……」
「それで言うと、うち達の事を知ってるみたいでもあるんだよね…しかも口振り的に、敵対したい感じでもなかったし……」
「…〈ファントム〉を、単独犯だとは考えない方がいいのかもしれない。あの姿なら、仮に中身が複数いたとしても、私達には判別する事が出来ないし、〈ファントム〉が誰かの指示で動いている…自分自身の望みとは違う行動を強いられているというのなら、今回のケースは私的な行動、侑理達に敵対の意思を見せないのも本心とは違う行動をさせられているから…辺りで説明が付く。…勿論、『かもしれない』の域は出ないけども」
成る程、と琴里は折紙の発言に頷き、タブレットに指を走らせる。同時に〈ファントム〉に纏わる話はそこで止まり…侑理は二つ目を口にする。
「次は、〈ダインスレイフ〉の事かな。…というか、何気にうちが仕切ってる感じだけど、いいの?」
「構わない」
「別にいいんじゃねーですか?」
「…って事らしいわよ?私もメモしていきたいし、むしろやってくれるならこのまま最後まで任せたいわ」
「そう?じゃあ……改めて訊くけど、あれは誤作動で起動したものじゃないんだよね?」
「それはないわ。勿論、絶対とまでは言えないけど…そんな訳がない、そんな筈がないと、私は思ってる」
起動させた筈がないのに放たれた、〈ダインスレイフ〉。結果的には、それこそ〈ファントム〉によって防がれた訳だが…これもまた、だから良かった、で済ませて良い話ではない。
「琴里さんが…ってより、琴里さんの持っていた端末から起動したってんじゃねーなら、可能性としちゃ三つ…ですかね。端末じゃなくて、〈ダインスレイフ〉本体が誤作動したか、自動的に作動するようなシステムがあったか、或いは……」
「……誰かが、別の端末か何かで起動させたか」
三つの可能性の内、二つを真那が、最後の一つを折紙が口にする。それに対して、琴里は何も言わない。…恐らく、三つとも考えていたのだろう。本体側の問題も、知らない機能があった可能性も…自分達ではない誰かが、士道を始末しようとしたのかもしれない、という事も。
「…琴里。貴女は〈ラタトスク〉の司令という事だけど、それは……」
「えぇ。私はあくまで実働部隊…要は、現場のトップに過ぎないわ。私の上には、最高意思決定機関である
「…なら、〈ダインスレイフ〉の使用は、その
「…あまり考えたくはないけど、あると思うわ。そこには信頼出来る人もいるけど、そうじゃない人間もいるから。っていうより、信頼出来ない人間の方が多いから」
「世知辛いもんですね。いつだって組織の下っ端は苦労するもんです」
「非常に同意」
「あはは……」
やれやれ、と肩を竦めた真那に、折紙が深く頷く。DEMとAST、所属する組織は違ったものの、色々あって孤立しがちな真那と、その思いの強さ故に独断で動きがちらしい折紙とでは、この件に関して大変気が合うようだった。そして琴里は「私は下っ端ではないんだけど…?」と言いたげな視線を向けていた。
(…信頼出来る人間と、そうじゃない人間…か……)
そんな中でふと思い出すのは、エレンとウェストコットの事。侑理にとっては信頼出来る例と出来ない例ではなく、信頼したい相手と信頼以前に底知れない相手なのだが…よくよく考えてみれば、表向きにはDEMが世界で唯一
「…この件も、これ以上話せる事はなさそうですね。もしその
「ここは一度落ち着いて、万全の態勢を整えるべき。〈ダインスレイフ〉本体が残っている以上、下手に打って出れば、私達が離れた隙に二射目を放たれかねない」
「……侑理、お願いだから同調しないでね?この二人、冗談を言ってる目じゃないから、万が一の時は力を貸してね…?」
「う、うん…流石に、うん……」
これでは琴里が休むどころか更に眠れなくなりそうだ、と一抹の不安を感じながら、ぎこちなく侑理は首肯する。……真那に本気で頼まれたら同調してしまいそうな気もするが、琴里も大事な友達であり、恩のある相手。もしもの時はちゃんと助けてあげられるようにしよう、と侑理は心に決めるのだった。
「じゃ、三つ目。これは確認する以上の事は出来ない気もするけど……昨日みたいな事が、今後また起こる可能性も…あるんだよね?」
三番目の質問。再び士道が霊力の暴走状態に陥る可能性。それを口にした瞬間、真那と折紙はぴくりと肩を震わせ…琴里は、頷く。
「…あるわ。というより、否定出来ないわ。そもそも今回の事だって、人の身に霊力を封印する以上、いつかは起こり得る…って以上の予測が立てられなかったし、今も霊力の量が問題だったのか、何かしら暴走の切っ掛けになる事柄があったのか、それとも本当にただ、常に存在している暴走の可能性を昨日引き当ててしまっただけなのかすら分かっていないんだもの。だから明日まで暴走する、なんて事も可能性の上ではあり得るし…今後更に霊力を封印していけば、もっとリスクは増えるでしょうね」
それはもう、仕方のない事。そんな風に、琴里は締め括った。侑理も通信越しに聞いているから分かっている。暴走の可能性を根本から断ち切るには、霊力を全て
だからこれは仕方のない、どうしようもない事。…されど、昨日までとこれからとでは、一つ大きな違いがある。
「大丈夫だよ、琴里。うち達は一度、乗り越えたんだから。誰かの力でもおかげでもない、皆で士道にぃを元に戻したんだから」
「知っている、というのは大きなアドバンテージ。これからも、何度でも、どんな事でも、私は力の限りを尽くす。士道を、失いたくないから」
「そういう訳です、琴里さん。立場の違いはあれど、同じ妹として…末永く兄様を守っていこうじゃねーですか」
「……ありがとう、三人共。私は、仲間に恵まれてるわね」
三人で、それぞれに伝えた言葉。それに琴里はゆっくりと、しっかりと頷いて…柔らかく、笑った。
そう。リスクはあっても、不安はない。皆がいるのだから。皆で乗り越えた今が、確かにここにあるのだから。
「…ふぅ。一先ずこれで、私が考えていたものは済んだわね。もっとじっくり考えるのは、また今度にするとして…侑理、残りの二つは何なの?」
「あ、うん。四つ目は、エレンさんの事だよ。向こうも何かあったみたいで、途中で撤収しちゃったんだけど、一体何があったのかな…って」
「そういや、資材Aとか何とか言ってやがりましたね。あのエレンが与えられた屈辱をそう簡単に飲み込むとは思えねーですし、余程の事があったんでしょうが……」
「資材A、ね…元DEMの二人でもピンとこないなら、私が分かる筈もないけど…エレンは暴走状態の士道の事も見てるのよね?それでも尚撤収したなら、本当に相当の事だと思うわ」
「理由はどうあれ、エレンが退いたのは不幸中の幸い。もし退いていなかったのなら…失敗に終わっていたかもしれない」
微かに声のトーンを落とした折紙。確かに、それはそう。少なくともあのままであれば、侑理と真那は士道を助けるのに回れなかった。もしかすると、琴里達だけでも何とかなったかもしれないが…より厳しい状況になっていた事は間違いない。
そしてこれを以って、戦力の増強は出来ないのか…と真那や折紙が言う事はなかった。侑理も言うつもりはなかった。…多少戦力を増やしたところで、エレンという突出した強者を止めるのは厳しいのだから。自画自賛にはなってしまうが、それこそ自分や真那レベルの力がなければ、足止めも叶わないのだから。
だが…同時にふと、こんな事も考えてしまった。もしエレンが退かなかった場合、その状態で〈ダインスレイフ〉が撃たれそうになったら、「ここで士道が消えれば、エレンは雪辱を果たせなくなる。最強の
「まあ、DEMの動向はこれからも気にしておくわ。正直二度目の暴走と、DEMによる攻撃なら、後者の方がずっとあり得る話だし。何なら士道が直接狙われた事だって、もう一度や二度じゃないんだし」
「ついでに〈ナイトメア〉への警戒も怠れねーですね。今回はしゃしゃり出てくる事もなかったようですが、どこでどんな悪事をしてるのやら」
それぞれの発言に、侑理は首肯する。こうして考えると、精霊だけでなく、士道も中々に危険な立場に置かれている。そういう意味でも、侑理達は一層結束し、士道を守っていかねばならない。
「さて侑理、最後の一つは何なんです?私も今言った四つまでしか思い浮かんでねーんですけど」
「あー、五つ目?五つ目は、えっと……」
『……?』
「いや、ほら…さっき折紙さん、拳銃持ってたでしょ…?あれ、どこから用意したのかな…って……」
内容が内容だし、本人がいる前で言うのも…と思いはしたが、おずおずと侑理は最後の『気になる事』を口にする。
あの時、折紙が琴里を止めようとしていた時、確かに手にしていた拳銃。嘗ての、ASTに所属していた時の折紙であれば、自衛用として支給されたものだと考えられるが、現在は既に退職している。であれば持っている筈がない…というより、返却していなければ大問題で、仮にそれ以外のルートで手に入れたとしても、ここは日本である以上、やはり大問題である事に違いはない。侑理自身拳銃より遥かに危険な装備を使っている訳だが、それとこれとはまた別なのである。
その疑問を口にした事で、真那と琴里もゆっくりと折紙の方を見る。そして三人からの視線を受けた折紙は、数秒の間沈黙し……
「……では、お休みなさい」
『ちょっとぉ!?』
……結局、折紙の拳銃の出所は、最後まで分からないのであった。色んな意味で、本当に恐るべしである。