デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第八十五話 定期検査

 十二月の一日。一年の最後の月、その一日目にして士道が封印した霊力を暴走させたあの日から、半月が経った。元に戻ったとはいえ、士道が完全に快調、もう心配はなし…と思える程楽観的な経緯ではなかった為に、また何かあるかも…という不安感が拭えなかった侑理だったが、結論から言えば何もなかった。何日かは全身の筋肉痛で苦労していたのと、精霊達がやたらと心配して士道が逆に反応に困っていたのとを除けば、士道の調子は良さそうだった。

 無論、だからといって検査がない訳ではない。体調に表れていないだけで、体内で何かが起きているかもしれない、進んでいるかもしれない…その可能性もある為に、連日きっちりと検査を行っていた。今日もまた、士道は検査の為に〈ラタトスク〉所有の地下施設を訪れており……同様に、侑理と真那も、同じ施設に来ていた。士道と同じように、士道とは違う検査を受ける為に。

 

「侑理。先に謝っておきます。申し訳ねーです」

「へ?えっと、それは何に対し…てぇぇッ!?」

 

 施設内にある検査室。そこへ検査の為の病衣に着替えて入ったのが、つい十数秒前の事。そこで待ち構えていた琴里と、静かに機器の準備を進めている令音を視認したところで、真那はゆっくりと息を吐き…今の発言と、それに続くバックアタック(突き飛ばし)を侑理に繰り出してきた。

 

「きゃっ!?や、やってくれたわね真那!」

「この通り、私は元気ばっちりです!つー訳で、これにて失礼……え?」

 

 つんのめるようにして倒れる形になった侑理は、正面にいた琴里と接触。力一杯吹っ飛ばされた訳ではなかった為、琴里もまたよろけつつも何とか侑理を受け止めてくれる。

 しかしその間に、真那はくるりと背を向け疾走。一瞬で扉の前まで移動し、そのまま逃走を図ろうとした……が、どういう訳か電子扉が反応しない。入る時は正常だったそれが、今は開かず…困惑する真那の背に、立て直した琴里が忍び寄る。

 

「──残念だけど、扉はロックさせてもらってるわ。誰かさんが逃げようとする事なんて、十分想定出来てたからね」

「くッ…不覚……!」

 

 がしっ、と真那を羽交い締めにする琴里。逃げようともがく真那だが、琴里はそれを許さない。そして二人のやり取りを見ながら…侑理は軽く苦笑をする。

 何故真那が逃げようとしたのか。それは至って単純で、真那は検査を嫌がっているのだ。と言っても別に、採血の為の注射が怖いだとか、検査の中で難しい事をやらされるだとか、そういう理由ではないし、そもそも難しい事なんてない。ただ受ければいいだけの話ではあるのだが、先程自分自身でも言った通り真那は元気そのもので、だからこそ「それなのに検査をさせられる」…というのがどうにも嫌であるようなのだ。

 

「きゃー!きゃぁぁぁぁぁっ!」

「この!大人しくしなさい……!脱がせ辛いでしょうが!」

「…お、おおぅ……」

 

 捕らえた状態から琴里は病衣の紐に手を伸ばそうとし、真那は悲鳴を上げて抵抗する。何だかとんでもない光景になってしまって、侑理は圧倒される。一方この場にいるもう一人の女性、令音はといえば、特に何か言うでもなく、依然として機器の準備中。これはこれで凄い。動じないが過ぎる。

 しかしまあ、何というか……侑理にとってこれは、目の毒過ぎた。何せ真那が今、後ろから捕まって、ひん剥かれそうになっているのである。しかも普段は凛々しいあの真那が、女の子の様な…いや、女の子なのだが。ウルトラ可愛い女の子なのだが…とにかく普段は上げない類いの悲鳴を上げて、必死になって逃げようとしているのである。一歩間違えれば…否、間違えずとも今の時点で大分アブナイ光景であり、見ているとドキドキしてしまう。それどころか、この場においてただ見ているだけな自分の存在を思うと、割と不味いタイプの扉を開けてしまいそうな気すらした。

 

「ゆ、侑理!見てねーで助けて下さい!このままじゃ私は、真那は……っ!」

「は……ッ!ご、ごめん真那!今すぐうちが……」

「いやそっちに助力しちゃ駄目でしょ!今からやるの検査なのよ!?」

「あっ……」

 

 助けを求める真那の声。その声で我に返った(?)侑理は、即座に琴里の背後へ回り込み、逆に琴里を羽交い締め…にしようとして、彼女からの突っ込みで今度こそちゃんと我に返った。全くもってその通り、琴里の言う通りである。というか、さっき真那は侑理を突き飛ばしてもいたのである。勿論その件について怒ってはいないが…流石にこれで真那の逃走を手助けするのは違うというもの。

 

「そんな!侑理は私より琴里さんを選ぶんで!?」

「こ、琴里を選ぶっていうか…うぅ、うちはどうしたら……」

「なんでこの状況で迷うのよ…。っていうか、ほんと暴れないで……あーもうっ!侑理!私に協力して頂戴!そうすれば……」

「…そうすれば?」

「真那を、脱がせられるわ!」

「──っっ!」

 

 その瞬間、雷に打たれた様な衝撃が走る。真那を脱がせる事が出来る…よく考えずとも、それは当たり前の事。当然の行為であり、検査をする上で必要な事。だが、脱がせる…脱いでもらうではない、脱ぐではない──自らの手で脱がせるという事には、嘗てない程の魅力があった。

 ゆらり、と真那の正面に移る侑理。そして侑理は、がしっと真那の両手首を掴む。

 

「ひっ…!ゆ、侑理…?目が大分ヤバげになっていやがりませんか……?」

「協力を求めた私が言うのもアレだけど、これでその気になるってどうなのよ…後、冷静になると私の発言自体も大分アレね……。…まあそれはともかく、このまま頼むわよ侑理!」

 

 怯えた表情をする真那の前で頷き、侑理は真那を脱がしにかかる。胸の奥底から湧き上がる、今さっき感じたのとはまた少し違う衝動。侑理の中で、これまた変な扉が開きそうになっていた。

 だがしかし、こうなってもまだ真那は抵抗を続ける。というか、涙目になってじたばたしている。これもまた、本当に侑理を狂わせてしまいそうな程とんでもないのだが、苛烈な抵抗を前に中々病衣を脱がせない。琴里と二人がかりだというのに、今は取り押さえるので精一杯。

 

「だ、誰か…ッ!兄様、兄様ぁぁぁぁっ!」

「なんて強情な…ッ!えぇい侑理、そこのベットに押さえ付けるわよ!せーのッ!」

 

 タイミングを合わせ、琴里と協力して真那をベットへ押し倒す。頭側に回った琴里が手首をベットに押し付けて、侑理は真那の上へとジャンプ。膝立ちで真那へと跨がり、二人で完全にホールドする。……何かもう、検査前の一幕としてはあり得ない領域まで来ている気がするが…その程度、瑣末事。それよりも遥かに価値のある、意義のある、ワンダーのある瞬間が…この先には、ある。

 

「ふふ…ふふふふ……♪」

「侑理!?もう本当に擁護のしようがねー顔してやがりますよ!?ひぃぃぃぃッ!」

 

 引いているような琴里の視線と、完全に怯えきっている真那の視線。一対二組の視線を受けながら、侑理は真那の病衣に手を掛ける。ここまでのどたばたで侑理の病衣もややはだけていたが、気にしない。気にならない。

 病衣の前を締めている紐、それを指で摘んでぱっと解く。続けて布を両手で掴む。そして真那が息を詰まらせる中、溜めるように一拍の間を経て、侑理は思いきり病衣を開──

 

「おーい、琴里。椎崎さんから預かり物……って」

『あっ……』

 

 突如開いた扉。聞こえてきた男性の声。どうやら外からは普通に開けられたらしく、部屋の中に現れた……五河士道。思いもよらぬ事態に、士道の登場に、侑理達は硬直し…沈黙の中、士道は言う。

 

「…まぁ、うん…趣味は人それぞれだもんな……」

『絶対何か勘違いして(やがります・るわ)よねぇッ!?』

「いや、いい。いいんだ。おにーちゃん、妹同士が仲良くて嬉しいよ。…でも、あんまり過激な事はしない方がいいと思うぞ」

「だからちげーんですって!」

「そうよ!っていうか侑理も否定しなさい否定!」

「え、いやでも…うち的には、特に否定する事もないかなーって……」

『この流れでややこしくなるような事言わ(ねー・ない)でくれませんかねぇ!?』

 

 部屋の角、何もないところを見ながら言う士道へ、真那と琴里が全力で弁明。確かにちょっと過激過ぎたかもしれない。もう少し優しく、互いの気持ちを確かめ合いながらの方が良かったかもしれない…と侑理は士道の指摘で我が身を振り返ってしたのだが、がっつり二人に怒られてしまった。

 

(…って、うん?そういえば士道にぃは、どうして明後日の方向を向いてるんだろう?あっちには何もないし、横を見る理由なんて……)

 

 と、そこで遅れてやってきた疑問。あれに一体どんな意図があるのだろうかと侑理が首を傾けると、その拍子にはだけ気味だった病衣が更に崩れ……

 

「……──っ!ま、真那前!前隠して隠して!」

「へ?──〜〜〜〜っっ!」

 

 その瞬間、そこで漸く士道が変な方向を向いていた…否、自分達から目を逸らしていた理由に気付き、侑理は慌ててはだけていた病衣を整えた。

 不幸中の幸いというべきか、侑理の病衣は大胆にはだけていた訳ではなかった為、殆ど見られていないか、見えていてもお腹や首筋程度で済んでいる可能性が高い。だが問題は真那の方で、真那は完全にフロント部分がオープンしていた。していたというか、侑理が思いきり開いてしまっていた。しかも検査という事で素肌にそのまま病衣を着ていた為…全部見られている可能性がある。これはとんでもない事である。

 

「に、兄様…まさか……」

「み、見てない!見てないからな!?」

「…………」

「…………」

「…真那は、兄様が誠実な人間だと信じていやがりますからね……?」

 

 数秒間の、しかしそれよりも遥かに長い気がする沈黙の末、真那は静かに病衣の紐を締め直す。士道は安堵したように吐息を漏らす。そして、「見られてないみたいで良かったね」と小声で侑理が言うと、真那は誰のせいで…とばかりに睨んでくるのだった。…そもそも真那が素直に検査を受ければこうはならなかったのに、とは言わない事にした。

 

「えーっと…それで、勘違いって言うなら三人は何を……って、あぁ…そういう事か」

「そ。二人共、元はDEMの魔術師(ウィザード)でしょ?二人が知らぬ間に何かされていてもおかしくないから、定期的に検査をしてるのよ」

 

 侑理と真那の病衣で理解した様子の士道へ、琴里が頷き返答をする。DEMに行われた魔力処置の件について、士道には言っていない…という話を思い出した侑理は、一瞬琴里の発言が心配になった…が、そういう事かと納得したような顔を士道が見せた事で、まるっきり秘密にするのではなく、今のようにそれっぽい返答をする事によって詮索されるのを避けたのだと気が付いた。恐らくその思考と判断を、琴里は瞬時に行ったのだろう。相変わらず只者ではない。

 

「こ、こほん。…士道にぃも、検査だったんだよね?」

「そうだ。これなら前からやってる定期検査に戻しても大丈夫そうだ…って事でほっとしてるよ。…まあ、別の問題もあるんだが……」

「別の問題?」

「…ちょっと、対人関係で…な……」

 

 そう言って、遠い目をする士道。それが、暴走中の出来事…知人を次から次へと口説いていった件への追及やら何やらであると理解した侑理は、真那と顔を見合わせ…心の中で、合掌をした。

 

「……あ…ところで士道にぃ、一ついい?」

「うん?なんだ、侑理」

「その時の事だけど…士道にぃ、うちと真那を口説いてたよね?」

「うっ…いや、その…覚えてないとはいえ、申し訳ない……」

「あ、ううん。別に謝ってほしい訳じゃないの。士道にぃに口説かれる真那を見るのは何かドキドキしたし、多分真那もなんだかんだで嬉しくなっちゃってただろうし」

「な、なってねーですよ!?」

「でも完全に陥落してたよね?骨抜きになった真那の姿、うち忘れてないよ?」

 

 じっ、と侑理が見つめれば、真那は顔を赤くする。横から琴里の「容赦ないわね……」という呟きが聞こえたが、侑理は気にしない。

 

「…って訳で、ご覧の通り真那は怒ってないし、うちだって嫌だとは微塵も思ってない。…けどさ士道にぃ、幾ら霊力の暴走で我を失っていたといっても、口説くだけ口説いておきながら、あれは正気じゃない時にやった事でした…でなかった事にするのは流石にあんまりだと思わない?」

「それは…そう、だな……」

「だよね?だからさ士道にぃ、口説いた以上はそれ相応の事をしてもらわなくっちゃ。ね?真那」

「な…なんでそこで私に……」

「何でも何も、真那も口説かれただし当然でしょ?んふふ、何してもらおうかな〜。でも逆に、何をするか士道にぃに決めてもらうのもいいかな〜」

 

 してもらいたい事をしてもらうのと、してあげたい事をしてもらうのと、一体どちらの方がいいか。何とも魅力的な二者択一に、侑理は心を躍らせ…ていると、横から半眼を向けられる。

 

「ちょっと?そういう士道の人の良さにつけ込むのはどうかと思うわよ?」

「…それは…ど、どうしよう真那。凄くご尤もな事言われちゃったんだけど……」

「そう思うなら、要求を取り下げたらいいんじゃねーですか?」

「だよね…ついでに琴里はこの一件で一番辛い思いをしてただろうし、琴里にも何か…って言おうと思ったけど、確かにこういうのは姑息だよね……」

「へ?……ま、まあでもこういうのって、何かしてもらった方がお互い後腐れなくいられる…って面もあるわよね、うん!」

『琴里(さん)……』

 

 我ながら卑怯な言い方をしてしまった…と侑理が肩を落とす中、琴里は主張をがらりと転換。その変わり身の早さに、真那と士道は兄妹らしく同じような目をして琴里を見やる。

 因みに、琴里を丸め込む為に侑理は言った訳ではない。だが元々、琴里を味方に付ける為に言うつもりではあった為…半分狙い通り、半分意外といったところ。

 

「な、何よ。言いたい事があるなら言えばいいじゃない」

「いやまぁ……でも確かに、琴里の言う通りでもあるんだよな。三人に限らず、十香達にもそうだけど、迷惑をかけちまった分の埋め合わせはしたいと思ってたし……またちょっと、時間を作ってくれるか?」

「え、あ、いいの?…そ、そういう事なら…まあ……」

「んもう、琴里ったら煮え切らない態度を取って……それじゃあ、真那はどうする?うちも琴里は埋め合わせしてもらうけど…遠慮しとく?」

「え、遠慮するとは言ってねーじゃねーですか。…迷惑なんて、水くせー事を…とも思いますが、兄様の気持ちを無碍にもしたくねーですからね」

「……もっと二人共、正直に喜べばいいのにね」

「はは……」

 

 すっと近寄り、手の甲を壁にして士道に囁けば、士道はやんわりとした苦笑を漏らす。そういう性格をしている琴里はまだしも、何故真那までそちら側なのか。口説かれた時の事を思い出して、恥ずかしくなっているのだろうか。だとしたら……やっぱり真那は可愛いと思う侑理だった。

 

「で、ええと…結局士道にぃは何の用事なんだっけ?」

「っと、そうだった。琴里、ちゃんと渡したからな」

「ん。…へぇ、流石椎崎ね。私の好みをちゃんと分かってるじゃない」

 

 士道が差し出すビニール袋。中を見た琴里は、満足そうに口元を緩める。一体何が入っているのか気になった侑理も覗いてみると、そこにあったのは大量のチュッパチャップス。

 

「……琴里…幾ら何でも、部下にパシリをさせるのはどうかと思うよ…?」

「ち、違うわよ!?これは椎崎が、買い物に出るからついでに何か買ってくるって言ってくれたから頼んだだけで、私から行ってくるよう言った訳じゃないからね!?」

 

 先の琴里の様に半眼を向けると、琴里は全力で否定をする。ここで椎崎から預かったという士道が何も言わない事からして、恐らく嘘ではないのだろう。…と思ったところで、侑理はある事が気になり軽く振り向く。

 

「ところで真那、さっきから静かだけどどうかし──あれ?」

「げっ」

 

 いると思っていた場所にいない真那と、聞こえてきた声。その声のした方向へ目を向ければ、そこでは真那が扉を開けようとしていた。その格好のまま、バレたか…とばかりの顔でこちらを見ていた。

 

「…………」

『…………』

「……じゃあ、私はこの辺で…」

「えぇ……って、いい訳ないでしょうが!確保ッ!」

「よしきた任せて!」

 

 ばっ、と部屋から今度こそ脱出しようとする真那へ、侑理は飛び掛かる。なんだか琴里の手下みたいな動きになってしまったが…多分これは乗った方が面白い。侑理の勘がそう伝えていた。

 そして当然琴里も追従し、二人掛かりで再び真那を確保。暴れる真那を何とか運び、今一度ベットに押さえ付ける。

 

「きゃーっ!きゃぁぁぁっ!」

「だから暴れるんじゃないっての!いい加減観念しなさい!」

「兄様ぁぁぁ!たーすーけーてー!」

「いや、検査は受けないと駄目だろ……また後でな」

 

 まさか真那がここまで困った子になるとは…とばかりの表情を浮かべて、士道は部屋から出ていく。先程は想定外の事態で中断されてしまったが…これで今度こそ、もう真那を逃しはしない。

 

「う、うぅぅ…信じていた相手に、こんな辱めを受けるだなんて……」

「人聞きの悪い事言うんじゃないわよ…何もなければ大して時間もかからないんだから、大人しく受けて頂戴。セッティングが済み次第、まずは……」

「──もう、いつでも行えるよ」

『うわぁ!?』

 

 突如聞こえた声に、侑理は真那や琴里と揃って仰天。しかしその声の主は、先の士道の様にいきなり現れた存在ではなく、ずっと部屋にいた、準備をしてくれていた令音だった。

 

「……どうかしたかい?」

「いや、その…何でもないですけど……」

 

 一切動じていない、平常運転ばっちりな様子の令音。考えてみれば、令音はずっと部屋にいた…つまり、ここまでのドタバタも全て聞こえていながらスルーしていた訳で……それを思うと、彼女も彼女で中々にぶっ飛んでいる気がしないでもない。

 

「…こほん。じゃあまずは真那よ。やっちゃって令音、多少痛くしてもいいから」

「よくねーですけど!?というか、検査で痛いって何事でいやがりますか!?」

「ものによってはあるでしょ、採血とか胃カメラとか。とにかくまた逃げようとしない内に頼むわね」

「令音さん、また暴れるかもしれませんが宜しくお願いします」

「うぐっ…人を聞き分けのない子供みてーに……」

『さっきまでぎゃーぎゃー騒いでた癖に?』

「むぐぐ……」

 

 流石にもう観念したようで、病衣を脱いだ真那は寝台へと横たわる。そこで令音が操作をすると、検査機械は駆動音と共に寝台を内部へと取り込んでいく。

 この機械で行われるのは、身体のスキャン。搭載された光学式のスキャン装置で全身を検査し、身体の状態を見てくれるというもの。

 

(そういえば、これにも顕現装置(リアライザ)が搭載されてるんだよね…ほんと、凄い組織だな……)

 

 魔術師(ウィザード)である侑理にとっては馴染み深い機械だが、世間一般において顕現装置(リアライザ)とは、その存在を認知されていない、現代科学を大きく上回るような代物。それをDEMの力を借りる事なく製造出来るという企業、アスガルド・エレクトロニクスの存在も、それを母体とした〈ラタトスク〉も、考えれば考える程凄まじい。それが味方となってくれているのだから、心強い事この上ない。

 だが同時に、だからこそ、分からなくもなる。一体何故、〈ラタトスク〉は精霊を保護しようとし、アスガルド・エレクトロニクスはそれを支援するのか。ただの善意や思いやり…を持っている人間もきっといる、少なくとも〈フラクシナス〉のクルーからはそれを感じられる訳だが、気持ちだけでこれだけの組織が回る筈がない事など、侑理でも分かる。士道の暴走を聞いたあの時、その直前に折紙達と話した時にも浮かんだ疑問…或いは疑念とでも言うべき思考が、今もまた鎌首をもたげ……しかしそのタイミングで、真那の検査が終了した。

 

「ふー…何か、検査しただけなのに疲れた気がしやがります……」

「それはさっきまで暴れてたせいじゃないの?…ま、それはともかく次は侑理ね」

「あ、うん。…真那、うちの病衣…脱がしてもいいよ…?」

「えー、興味ねーですー」

「うっわ、ほんとに興味なさそうな声……」

 

 つれないけれど仕方ない、と侑理は真那と交代するように病衣を脱ぎ、寝台へ仰向けになる。すぐに検査が始まり、寝台共々機械の中へ。暗い中、内部で線の様な光が複数照射され、侑理の身体も調べられていく。

 ここまで真那を困った子扱いしてきたが…確かにこの機械の中は圧迫感があるし、身体を隅々まで調べられる、解析されるというのには、侑理も少しだけ抵抗感があった。だから実のところ、拒否こそせずとも気持ちは分からないでもなかったのだ。

 

「……ふぅ…」

 

 とはいえ時間にすれば、そう長い事でもない。定期的にやっている(そして大体いつも真那は嫌がる)為、そこまでの時間がかかる事なく検査は終わり、寝台と共に機械の外へ。琴里と令音が得られたデータを見ている中、侑理は病衣を着直し、二人からの報告を待つ。

 

「…あ、そうだ真那。さっき士道にぃ、また後でな…って言ってたけど、真那は何か約束してたの?」

「いや、特にはねーですが…恐らく琴里さんに言ったんじゃねーですか?帰る家が同じな以上、また後で…ってのは特におかしくもねーですし」

「そういう事か…いい響きだよね、また後で……って」

「…まあ、正直分からねー事はねーです」

「でしょ?今度言ってあげよっか?」

「言ってあげるも何も、侑理は普段しょっちゅうこっちゅう私に付いてきてるじゃねーですか。それで言う機会があると?」

「もー、そういう詰まらない事は言わなくていーの」

 

 つんつん、と柔らかくもちもちな真那の頬をつつけば、真那は「えー……」という顔を見せる。そうこうしてる内に分析が済んだようで、琴里がこほんと咳払い。

 

「…待たせたわね。じゃ、検査の結果だけど……」

「……これまでと変わらずだ。これまでと変わらず……悪い水準で、安定している」

 

 飾る事も隠す事もない、令音のストレートな報告。つい十数秒前までは気楽に話していた侑理も、流石に少しは感情が揺れる。

 

「わりーところで安定している……つまり、悪化はしてねーって事ですね?」

「回復もしてないって事よ。捉え方は人それぞれだけど、楽観視はしないでほしいわ」

「…でも、うち等は安静にしてた上で回復してない訳じゃなくて、普通に活動した上で悪化してない…って事でもあるよね?それ自体は前向きに捉えてもいい…んじゃ、ないかな……?」

「……確かに、それは事実だ。だが、この検査結果が全ての真実という訳でもない。君達は特殊なケースであるが故に、検査では分からない問題や、私達が気付いていない部分での悪化が存在している可能性は否めないんだ。だから、今は安定していても、どこかで急に、一気に深刻化する危険はある。それにそもそも、悪い水準というのがどういう事なのか……それを忘れている訳ではないだろう?」

 

 じっと見つめる令音の視線に、侑理も真那も黙って小さく首肯する。壊された、と表現する程にまで全身に魔力処置を施されている侑理と真那の未来は明るくない。今は何も不調を感じていなくても、これがいつまで続くか…いつまで真っ当に生活出来るかは、定かではない。…だから、琴里も令音も心配してくれているのだ。二人の忠告が大事なものである事は、侑理も重々承知の上なのだ。……だが、それでも。

 

「…うちと真那には、戦う理由がある。力がなくちゃ、守れないものがある。それはやっぱり……譲れないよ」

「……分かってるわ。分かってるし…現に士道の事だって、二人がいなければ失敗していた可能性が高いもの。だから……ごめんなさい、二人共。偉そうな事を言っておきながら、本来安静にしなきゃいけない二人を戦わせているのは、私の力不足のせいよ」

「そんな事は……それは、ねーですよ琴里さん。侑理の言う通り、私達が戦っているのは、私達の意思です。そこに琴里さんが責任を感じる必要はねーですし…むしろ、私達の意思を勝手に背負うなって話です」

 

 うんうんと、今度は真那の発言に頷く。侑理達は、頼まれて戦った事はあれども、命令された事など一度もない。そしてその意思を二人で示せば、琴里は一度黙り…それから小さく、笑う。

 

「…二人がもっと頼りなければ、むしろ無理矢理にでも安静にさせちゃうところなんだけど…ね」

「そりゃ、出来ねー相談ですね。妹たるもの頼もしくあれ、これが崇宮家の家訓です。……多分」

「多分じゃなくて、絶対今適当に考えたでしょ。…けどほんと、せめてもう少し魔術師(ウィザード)の戦力を整えられればいいんだけど……」

「それは、あんまり意味ないんじゃないかな。〈バンダー・スナッチ〉程度ならある程度数が多くてもうち等だけで何とかなるし、魔術師(ウィザード)相手でも十香さん達がいる訳だし。それに何より……」

「相手がエレンとなったら、多少味方が増えたところで…いや、凡庸な魔術師(ウィザード)が何人いたところで、意味ねーです。エレン相手に必要なのは、数じゃなくて質…それも、一流の実力者でいやがりますから」

「でしょうね。〈ラタトスク〉全体で見ても、真那や侑理に肩を並べられるレベルの実力者なんてほぼいないし……」

 

 上手くいかないものだ、とばかりに琴里は溜め息を漏らす。見た目も実年齢もまだ中学生の琴里なのだが、その様子にはどこか疲れた社会人のようなものがあり、思わず侑理は苦笑する。その一方で、真那はぴくりと眉を動かす。

 

()()?それはつまり、私達に追い縋れる魔術師(ウィザード)も少しはいるってんで?」

「ああいや、今のは言葉の綾っていうか、絶対いないとまでは断言出来ない…ってだけの事よ。〈ラタトスク〉だって一枚岩じゃない以上、私の知らない人材…それこそ、円卓会議(ラウンズ)メンバーの私兵がいる可能性もゼロじゃないし」

「あぁ、そういう…でも、それは十分あり得る話だよね。だって〈ヨルムンガンド〉も〈ヴァナルガンド〉も、並の魔術師(ウィザード)じゃ真価を発揮出来ないだろうし」

 

 使い手もいないのに装備だけ作るなど愚の骨頂。逆にいえば、ある程度でも使いこなせる魔術師(ウィザード)がいるという事。例えばそれこそ、副司令である神奈月ならば使えるかもしれない。…何となく、彼の場合はわざと避けられる攻撃も随意領域(テリトリー)で受けて、脳への負荷を喜んで享受しそうな気もするが。

 

「とにかく、私は戦うなとは言わないわ。出来れば避けたいところだけど…二人の事も、味方として頼りにしてる。だから、検査はこれからも毎回受けるように。異常があっても早期なら何とかなるかもしれないし……検査を怠った結果まともに戦えなくなる程悪化して、そのせいで士道を守れなくなったってなったら、真那だってやりきれないでしょ?」

「それは、まぁ…。……って、うん?どうしてそこで私だけ……」

「自業自得よ自業自得。ね?」

「だよね。これは真那が悪いよー、真那が」

「……真那、素直に受け入れる事も大事だよ」

「令音さんまで!?侑理や琴里さんだけならまだしも、令音さんまででいやがりますか!?うぐぐ…納得いかねーですよぉー!」

 

 ぷんすか怒る真那の姿に、侑理は琴里、令音の二人と肩を竦める。それから真那を宥めつつ、自業自得なのに不満を露わにする真那という、まあまあ珍しい状態の彼女の様子を目と頭に焼き付ける。

 別段検査結果を、悪い水準で安定しているという事を、軽んじている訳ではない。検査はこれからも受けるつもりで、琴里達からの忠告が正しいものであるという事は、侑理もちゃんと分かってる。ただそれでも、だとしてもやはり、自分を曲げようとは思わない。士道や皆を守って力尽きるのならそれが本望…とまでは思わないが、戦える限り、戦う力がある限りは、この力の全てで大切なものを守りたい…その先にあるもの、自分が望むものを、自分の力で掴みたい…そんな風に思う侑理だった。

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