デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第九話 強者への証明

 隣界。精霊がこの世界に現界する以前、そして消失(ロスト)以降に存在しているという、この世界とは異なる空間。どのような世界なのか、そちらにいる間精霊はどうしているのか、精霊以外で行き来する手段はあるのか…多くの事が謎であり、多くの魔術師(ウィザード)にとって精霊は束になっても勝てない存在…即ち、消失(ロスト)するまで何とか喰らい付き耐えるしかないという現状もあって、調査や研究は進んでいない。そもそも調べようという動き自体、どの程度行われているのかも分からない。…と、いうのが侑理の認識であった。恐らくは、精霊の存在を知る者の多くがこのような認識を持っている。

 だが、DEMは…その中枢たるアイザックやエレンは違っていた。彼等はより多くの情報を有し、それ故に研究も進めており…降って湧いた機会を逃さず、直接の調査に踏み込もうとしていた。そして今…侑理もまた、その調査に関わろうとしていた。

 

「ここが……」

 

 イギリスのある街外れ。既に人の活動はなく、朽ちつつあったある廃ビルに、侑理は訪れていた。

 現在ここは、立ち入り禁止となっている。だが当然、単なる立ち入り禁止ではない。隣界と接続し得ると判明した時点で、DEMからの働き掛けによって、徹底的な立ち入り禁止が施されており…幾つもの機材が設置された部屋に、侑理はエレンと共に入る。

 

「各員、準備は出来ていますね?」

「はい、観測機含む全機材が正常に稼働中。合図を頂ければ、すぐにでも開く事が可能です」

「宜しい。侑理、貴女も抜かりはありませんか?」

「大丈夫で……あっ」

「…まさか、何か忘れ物でも?」

「真那に、今から調査開始するってメッセージ送っておこうかなー…と…」

「…遊びに行くのではないのですよ?全く……」

 

 呆れた表情をしつつも、駄目だとは言わないエレン。その寛容さに感謝しつつ、侑理は頑張るね、とメッセージを送る。つい先日、真那からは日本でも〈ナイトメア〉を一度撃破した事、そしてなんと、本当に真那のお兄様と出会う事が出来たのだという方を伝えられた。真那も日本で頑張っている。それが侑理に活力を、自分も頑張ろうという思いを与えてくれていた。

 そうしてメッセージを送った侑理は、エレンと共に随意領域(テリトリー)を操作しワイヤリングスーツ、それにCR-ユニットを装着。各部、各装備の状態を確認した後、部屋の中央付近へと立つ。

 

「では、孔の顕現を」

 

 専用の装備を纏ったエレンの合図を受け、観測・解析班の人員が機材を操作。設置された基礎顕現装置(ベーシック・リアライザ)が稼働し、機械制御の随意領域(テリトリー)が展開、部屋の中を包み込む。そして、稼働に合わせて侑理とエレンがタイマーを…未知の領域である事を踏まえた、安全確保の為の作戦強制終了時間までのカウントダウンを起動させる中、部屋の奥の空間が歪み始め…歪みは、その奥が見えない『孔』へと変貌する。

 

「……っ…」

「…緊張しているのですか?」

「す、すみません…」

「謝る事ではありませんよ。むしろ、適度な緊張は必要なものです。それにあくまで貴女は同行者。私がいる時点で磐石の体制なのですから、気を楽にすれば良いのです」

「は、はい…(相変わらずの、物凄い自信…やっぱり最強の魔術師(ウィザード)は伊達じゃない……)」

 

 気を楽にしろと言われても、そう易々と出来るものではない。とはいえ、無理だ無理だと言っていても仕方ないし…と、侑理は一つ深呼吸。それからエレンを見やり…この人がいるんだから大丈夫、と自分に言い聞かせる。人任せな考え方は良くないけれど、変にガチガチになるよりは良い筈と、自分の胸を軽く叩く。

 

「それでは行きますよ」

「りょ、了解です…!皆さんも、孔の維持を宜しくお願いします…!」

 

 躊躇う事なく、エレンは足を踏み入れる。侑理もエレンの後に続く…前に振り返り、お願いしますと頭を下げた上で孔へ飛び込む。

 一瞬のような、けれどそうでもないような、上手く形容出来ない感覚。随意領域(テリトリー)を展開していても尚肌に、全身に伝わるその感覚を味わいながら、侑理は無意識の内に閉じていた目を開く。目を開き、確かに足で地面に触れて……隣界へと、踏み入る。

 

「……え?」

「…これは……」

 

 初めに口を衝いて出たのは、困惑の声。隣に立つエレンもまた、驚き混じりの声を上げる。

 自分達がいるのとは別の空間。精霊の住まう世界。侑理が想像していたのは、それこそ想像も付かないような異界や異空間だった。しかし、違う。今目の前にあるのは、隣界として踏み込んだ先にあったのは…地球上と大して変わらない、街の景色。

 

「…あの、エレンさん…今通ったのって、実は隣界に繋がる孔じゃなくて、ただのどこでも行ける扉だったり……」

「そんな訳ないでしょう。というかそれは、『ただの』では片付けられないものでは?」

「いやまあ、それはそうですけど…」

 

 真顔で返され、侑理は次の言葉が続かなくなる。ただでさえ困惑している中でばっさりと返されたら、もう同意する他ないのだ。

 それに、初めこそ「どこかの国の街そのもの」だと思っていた侑理だが、見回している内にある事に気付く。

 

「…何か、やけに荒れてるような…それに、人気も全然……」

「…侑理。この街…いえ、この空間自体が不可解だという事には同意しますが、我々にじっくりと調べている時間はありません。変だ、と思う程度の事は全て頭の中に残すに留めて、先に進みますよ」

「あ、は、はい」

 

 そう言って、エレンはスラスターを用いて飛翔。一歩遅れて、侑理も続く。現状変だと思う事だらけで、すぐに頭の中が一杯になってしまいそうなものだが…エレンの言う通り、作戦時間は有限。故に調べるものも取捨選択をしなければいけない。

 

「それと、言うまでもないとは思いますが、随意領域(テリトリー)は絶対に切らさないように」

「…確認なんですが、もし随意領域(テリトリー)が途切れるような事があればどうなるんです?」

「どうなるか分からないからこそ言っているんです。ただ少なくとも、観測班は私達の存在を随意領域(テリトリー)とその魔力で探知しているので、切れれば探知も出来なくなり、万が一の事があっても救援が来る事なくこのままここで……」

「こ、怖い事言わないで下さい…」

「訊いたのは貴女でしょうが」

 

 何が起こるか分からない異界に一人取り残される。想像するだけでも恐ろしいけど、確かにその通りなんだから気を付けない訳にはいかない。それに、ここは精霊の住まう世界である以上、随意領域(テリトリー)を用いた索敵と警戒も欠かせない…のだが…これはこれで、侑理からするとエレンが恐ろしい。何が恐ろしいのかといえば、今侑理は基本の展開範囲である3mより随意領域(テリトリー)を大きく広げて、密度と引き換えに普段より広い範囲の状態を把握出来るようにしている訳なのだが、エレンは侑理より遥かに広い範囲を随意領域(テリトリー)圏内に収めておきながら、密度も段違いなのである。これを恐ろしいと言わずしてなんと言うのだ、という話であった。

 

「……!人…じゃ、ない…?」

「…えぇ。傀儡、人形…評するのであれば、この辺りでしょう」

 

 ある程度の高度と速度で街の上を進む中、目に付いたのは人の姿。だが、道路沿いの店舗に散見されるその存在は、姿こそ人なれど、人間ではない。かといって精霊でもなさそうな人型の存在に侑理は困惑し…エレンの表現に、納得を抱く。動きがぎこちないだとか、関節が不自然だとか、直接そう感じる要素がある訳ではない。しかし侑理は、その表現がしっくりくる…そんな感覚を抱いていた。

 

「…………」

「…………」

 

 更に街を進む。相変わらず気になる事柄は沢山あるが、「これは…!」…と感じるものは中々ない。加えてエレンは饒舌なタイプという訳ではなく、普段から気軽に雑談をする間柄という訳でもない為…暫く前から、侑理達を沈黙が包んでいる。侑理にとっては何とも気不味い沈黙が続いている。

 作戦行動中なのだから、と言ってしまえばそれまでだが、作戦中だろうが何だろうが、気不味いものは気不味い。そして侑理はその気不味さに耐えられなくなり…ある問いを口にする。

 

「…あの、エレンさん。うちは、エレンさんが選出してくれたって話でしたけど…実力だったら、うちより上の人もいましたよね…?それこそ、ジェシカさんならエレンさんと真那に次ぐアデプタス3ですし、他にもアデプタス・ナンバー上位はいる訳ですし…」

「つまり、私に同行するのが不満だったと?」

「あ、ち、違いますよ!?違います違います、全然そんな事思ってないです!むしろ光栄ですし!物凄く嬉しかったですしっ!」

「分かりました分かりました、だから興奮気味に詰め寄るのは止めなさい」

 

 ぐいっ、と手ではなく随意領域(テリトリー)で押し返されて、侑理は我に返る。何故かやたら気持ちが籠ってしまったが、実際不満などは微塵もなく、口にしたのは全て本心。どうやらそれは伝わったようで、エレンは吐息を漏らして返す。

 

「アイクの言葉を借りる訳ではありませんが、私がこちらにいる間は、どうしたって我々の空間での出来事に対応出来ません。故に、有事に備えた戦力と、それを取り纏める人間は残しておく必要があったのです」

「あぁ、そういう…。…つまりうちは、有事に備える戦力からは漏れていたと……」

「……そう思うのなら、更に鍛錬を積み、力を蓄える事ですね」

(…あれ……?)

 

 遠回しに力不足を指摘された気がする…と、自虐気味に言う侑理。勿論エレンが慰めてくれたり、そういうつもりじゃ…と慌てたりする事などは微塵も期待していなかったが、しかし実際に返ってきたのは、何だか面白くなさそうな反応。…何か、気に触るような言い方でもしてしまったのだろうか。そう考える侑理だが、思い当たる節はない。

 更に、再び訪れる沈黙。加えて直前のエレンの反応が気になるものであった事もあり、先程以上に侑理は沈黙を気不味く感じてしまう。

 

「…え、えっと…今度は別の話なんですが…というか、丁度エレンさんだけなので訊きたいんですが…今って、日本で新型CR-ユニットの試験運用がされているんですか…?」

「…ホワイト・リコリスの事ですか?確かにあれは日本の対精霊部隊に搬入される予定ですが…耳が早いですね」

「へ?あれが日本に?あれが搬入されても、日本でまともに使えるのなんて真那位じゃ…それに真那にしても、あんな無茶苦茶な大火力兵装より〈ムラクモ〉の方が…っていや、そうじゃなくて…。……ぼかした言い方ではあったんですけど、真那が言っていたんです。新型CR-ユニットとSSSが絡んだ、妙な事が起きた…って」

 

 それは、普段の真那とのやり取り…基本的には雑談に終始する中で出た、数少ない真面目な話の一つ。詳細は教えてくれなかった…恐らくは真那が伏せる事を選んだ、何らかの事態。暫く前にその話を聞いてから、侑理はそれがずっと気になっていた。しかし真那が全容を話す事を避けるような事柄であった為、これまでは中々訊くに訊けず…気不味さを何とかしたいという心境と、訊きたいけど中々訊けないという状態が合致した結果、侑理は踏み切るに至っていた。

 真那曰く、既に終わった話との事だが、一体何なのか。何故イギリスの対精霊部隊が日本に絡むのか。この件をDEM本社側は、エレンはどこまで把握しているのか。様々な事を思い浮かべながら訊いた侑理だが…エレンからの、返答はない。

 

「……エレンさん?」

「…侑理、人が問いに対して無言となる時には、様々な理由があります。答えたくない時、答えられない時、どう答えるか迷っている時…ですが、問いに対して返答がなかったからといって、はたしてそれは答えを得られなかったと受け取るべきでしょうか。捉え方はその一つでしょうか」

「それは…そんな事は、ないと思います。例えば、何も答えなかったという事が答えになっている場合だとか、他には返答する事そのものに意味が……あ」

 

 まさか、聞こえていなかったのだろうか。そう思い呼び掛けた侑理だったが、返ってきたのは何とも含みのある発言。訳が分からないながらも、今度は侑理がエレンからの問い掛けに答え…気付く。

 エレンは何も言わなかった。だが、第二執行部部長であり、代表取締役社長であるアイザックの代行が如く立ち振る舞う事すらある彼女が、新型CR-ユニットというDEMにとって大きな意味や価値を持つ存在絡みの事態を把握していない筈がない。にも関わらず何も言わなかったという事は、『答えられない』とすら言わなかったという事は、安易に…少なくとも、興味本位で首を突っ込んでいいような件ではないという事なのだ。

 

(…多分、真那もそういう事を察したから、詳しくは言ってくれなかったんだよね…いつか、分かる日が来るのかな……)

 

 何も言ってくれなかったのは、自分の立場が理由か、実力が理由か、それともその両方か。何れにせよ、今はこれ以上訊くべきではないと理解した侑理は気になる気持ちを心の奥底へ仕舞い、いつの間にか緩んでいた気を引き締める。

 とはいえやはり、中々特別なものは見つからない。何かが起こるという事もない。ただ進むだけという時間は、この後も少しの間続き…だがある時、不意にエレンは動きを止めた。

 

「……?…あ、学校…」

 

 斜め下方をじっと見つめるエレン。何事かと同じ方向を向いた侑理は、エレンがその先にある学校を見ているのだという事に気付く。

 

「…気になるんですか?」

「…その口振りだと、気付いていませんね…よく見てみなさい、戦闘の跡らしきものが多数あります」

「え?…あ……!」

 

 学校に何か思うところが?…と思った侑理への、嘆息混じりのエレンの回答。それを受け、驚きと共に侑理が見やれば…確かにその通り、校舎にも校庭にも斬撃や射撃、殴打等を思わせる跡が多数あった。

 

「…ここに精霊が…それも恐らく、複数いたという事でしょうか…」

「この空間に存在する生命が精霊だけならば、そうでしょう。そして…まだ、『いた』とは限りませんよ?」

「…それって……」

 

 含みを持たせた、エレンの表現。一瞬、この場における精霊の存在を否定されたのかと思った侑理だが…違う。エレンが否定したのは、『いたかどうか』などではない。無意識の内に、侑理は『いた』…つまり過去形で表現し、その通り過去形として目の前の状況を捉えていたが、まだ過去形…今はもういないと断言出来るような証拠はどこにもなく……侑理がその事に気付いたのと、横から激しい衝撃を受けたのは、殆ど同時の事だった。

 

「……──ッ!?」

 

 それは、広範囲に展開していた随意領域(テリトリー)が攻撃を受けた事による衝撃。反射的に随意領域(テリトリー)を凝縮させ、防御体勢を取った侑理は、衝撃が来た方向へと振り向き視線を走らせる。

 

「ふぅん、不意を突いた筈なのに防ぐんだ」

「変な格好だとは思ってたけど、やっぱりただの人間じゃないみたいだし…私達とも、違うみたいね」

「つーか今、触れる前防がれてたよな?バリアでも貼ってんのか?」

 

 襲撃者はどこか。それに対する答えは、然程苦労する事なく得られた。よく見れば先程気付いた跡の他にも、大小様々な損傷の残る校舎…中でも壁が完全に吹き飛び、中が剥き出しとなった教室の一つに、何人もの人の姿があった。

 鋼の鎧を身に纏い飛んでいる自分達にも、さして驚いた様子のない表情。声音や雰囲気はそれぞれ異なっていながらも、冷静に…見定めるようにして向けられている瞳。間違いなく彼女達は…彼女達こそ、『ただの人間』ではない。

 

「霊波反応…漸く精霊のお出ましですか」

「けど、これは…幾ら何でも多過ぎませんか…!?…それに、霊波反応も……」

 

 待ちくたびれた、とばかりにエレンは言うが、侑理に彼女の様な余裕などない。ぱっと見るだけでも、相手の…精霊の数は数十人以上。一体一体が脅威である精霊が、一度に数十も…それも恐らくは一つの仲間として現れたとなれば、落ち着いていられる魔術師(ウィザード)など殆どいない。

 加えて彼女等が発する霊波…精霊としての反応は、これまで侑理が見てきた、或いはDEMのデータベースにあるものの多くとは、些か違っていた。具体的に言えば、検知される霊波の出力が全体的にやや低かった。

 

(霊波が弱い…それは、精霊としての力の出力そのものが低いって事?…いや、だとしてもこの数じゃ……)

 

 仮に個々が弱くても、通常一体で現れる…一体でも災害そのものである精霊が何十といるという状況では、全くもって楽観視など出来ない。

 瞬く間に募っていく緊張感。何一つ見逃すまい、と侑理は精霊達に目を凝らし…その精霊達の一人が言う。

 

「取り敢えず、貴女達は何者?どうしてここに?」

「無作法に不意打ちをするような輩に教える事などありません。貴女達こそ、精霊ですか?精霊だとしたら…随分と、矮小ですね」

「……っ、矮小だと?」

「自分は答えない癖に訊こうだなんて、そっちこそ無作法にも程があると思うんだけど?」

 

 遠慮もオブラートもないエレンの返しに、複数の精霊が不愉快そうに眉根を寄せる。一方的に訊くつもりである方が余程無作法だと、反論の言葉も返ってくる。……実はこの時、侑理も内心「それは確かに…」と反論に同意していたのだが…勿論それを言いはしない。

 

「まあまあ、落ち着いて皆。…突然仕掛けて悪かったわね。ここは元々争いの絶えない場所だし、最近は一層悪くなってるから、怪しい相手は取り敢えず叩いておくのが定石なの」

「つまり、貴女達は…この空間の精霊は何かと、或いは精霊同士で戦っているという訳ですか」

「そういう事。…で、だけど…貴女達、私達の仲間にならない?不意打ちでも対応し得る実力のは分かったし、この状況でも落ち着いている辺り、精神面も申し分なさそうだもの。貴女達だって、こんな場所に二人じゃ不安でしょ?そっちにその気があるなら、私達は歓迎するわよ?」

 

 周囲を嗜めるように前へと出る、一体の精霊。彼女は先のエレンの言葉にも然程動じていない様子で、不意打ちに対する謝罪と説明を口にする。そしてそこから、彼女は冷静沈着な面持ちで返したエレンと侑理を順番に見やり…仲間にならないかと、予想外の提案を口にした。

 精霊からの、仲間への勧誘。それは本当に、全くの予想外。思わぬ提案に侑理は面食らい…しかしすぐに、我に返る。確かにここは…精霊が何十と、或いはそれ以上に存在し、その精霊達が日頃から戦っている場所だと言うのなら、徒党を組みたくなるのも分かる。だが、この場における侑理はただの同行者。決定権を持つのは、勿論エレンの方であり…そのエレンは、表情一つ崩さずに言う。

 

「制圧しますよ、侑理。貴女はこの私が同行者に選んだのです、一体位は仕留めてみせなさい」

「が、頑張ります…!」

 

 侑理はエレンの言葉に頷く。エレンが、彼女がそう言う事は分かっていた。だからこそ、声に緊張が滲みつつも侑理はすぐに言葉を返し…リーダー格らしき精霊は、にわかに視線を鋭くさせる。

 

「その気はない、って事かしら?もしそうなら、理由を訊いても?」

「当然の事です。私に貴女達の力は、貴女達程度の存在などは必要ないのですから。それに…丁度良い回収物になりそうな精霊と、わざわざ仲間になる理由があるとでも?」

「…あ、そう。だったら仕方ないわね…人形遣い(ドールマスター)の側に付かれても困るし…貴女達には、ここで消えてもらうとするわッ!」

 

 呆れたような、エレンの返し。いっそ強者の余裕すら漂う、痛烈な煽り。それに精霊は鼻を鳴らし……次の瞬間、敵意を、殺意を剥き出しにする。

 彼女の言葉に呼応するように、床を蹴り飛び上がる精霊達。迎え撃つべく前へ出るエレンと、後方からの支援の為に下がる侑理。それぞれが手にした武器を構え…隣界での、戦闘が始まった。

 

 

 

 

 一口に強いと言っても、その内容は千差万別。高い技術からくる強さ、高度な戦術を用いた強さ、駆け引きで相手を制する強さ、特異な能力を駆使する強さ…例を挙げればキリはない。圧倒的な財力やカリスマ性で味方を増やす事もまた強さであり、対話で解決する…そもそも戦う事なくその場を収めるというのもまた、ある意味では強さと言える。

 では、エレンの強さの根幹は何か。彼女を世界最強の魔術師(ウィザード)たらしめているのは、一体どんな強さか。…それは、極めて単純だった。分析するまでもなく、百人が見たら百人が即同じ答えを出すような明快さだった。エレン・ミラ・メイザース…彼女は単に、シンプルに……ただただ、純粋に能力が桁違いなのである。

 

「──ふッ」

 

 宙でエレンを取り囲み、一斉に仕掛ける精霊達。ある者は直接の斬撃や殴打を仕掛け、ある者は銃火器のトリガーを引き、またある者は斬撃や衝撃波を飛ばしてエレンに襲い掛かる…が、それ等は一つたりともエレンに触れる事などなく、全てが何もない場所を通り過ぎる。

 だが決して、エレンは避けた訳ではなかった。避けたのではなく…攻撃が届くよりも遥かに早く、一人の精霊の眼前にまで迫っていた。そして、常軌を逸した速度の接近に精霊が目を見開く中、エレンは一閃。手にしたレイザーブレイド〈カレドヴルフ〉を振り抜き…ただの一撃で、霊装諸共精霊を斬り裂く。

 

「あ…がッ……」

「やはり脆いですね。霊装の強度は〈ハーミット〉…いえ、〈ナイトメア〉以下といったところですか」

「ちッ…臆しちゃ駄目!とにかく攻める、畳み掛けるの!」

「そうだ!どんだけ速くても一度に全員を相手に出来る訳が…んなッ!?」

 

 血飛沫を上げながら落下していく精霊を一瞥し、軽く呟く。そのエレンの背後に再び精霊達は集団で仕掛けるも、近付く前にその動きは止まる。まるで見えない壁か何かに阻まれるように、その場で止まり…直後、跳ね返されるように弾かれる。

 飛んでいった精霊の一人へ、再びエレンは強襲。先と同じようにレイザーブレイドを振るい、高出力且つ濃密な魔力の刃が先と同じようにたったの一太刀で精霊を斬り伏せる。それを見て、別の一人が距離を取ろうと下がるが…それより遥かに速いエレンからは逃れられず、また一人落下していく。

 力も、速度も、全くもって敵わない。攻撃も回避も通用しない。それが、エレンと精霊達の間にある差。集団で個人に当たっても尚遠く及ばない…絶対的な、格の違い。

 

「うっわ、あっちヤバいじゃん…割とマジで、冗談じゃ済まなくない?」

「みたいね。こっち選んで正解だったかも」

「そんな事言ってる場合か。さっさと片付けて向こうの加勢にいくぞ」

 

 最早見ていて惚れ惚れする程の、圧倒的強さ。小細工も小難しい解釈も必要ない、ただひたすらに強いエレン。しかし侑理に、それを惚れ惚れと眺めている余裕などなかった。

 迫り来る精霊達を相手に、二丁のレイザーカノンをそれぞれ撃つ。今回侑理はエレンから「私がいる以上、貴女が弾幕を張る必要はありません」…と言われていた為、ここのところよく使っている〈メリーラム〉に加え、ガトリングガンの代わりにもう一丁DEM仕様の普及型レイザーカノンを装備していたが、複数の精霊を相手取るとなると、やはり連射性能に長けるガトリングが欲しいところだった。…尤も、ガトリングがあれば何とかなるかと言われたら、そうでもないのだが。

 

(あの精霊の攻撃は、妙に重い…あっちの精霊は、なんか普通の事みたいに剣からビームを撃ってくる…どれも、天使の力……!?)

 

 追い払い切らずに接近してきた精霊の突きと、別の精霊によって撃ち込まれるビームを、随意領域(テリトリー)で受け止める。大きく揺さ振られながらも何とか堪え、二体にカノンの銃口を向けて反撃を掛ける。しかし侑理の攻撃は難なく躱され、再び後退と迎撃を余儀なくされる。

 天使。鎧である霊装と対を成す、精霊がそれぞれに持つ力。固有の武器、或いは固有能力とでも言うべき力が、精霊の身体能力と共に侑理を追い詰め、苦しめる。

 

「う、ぐッ…この……ッ!」

 

 後方からの、また別の精霊の攻撃。それも随意領域(テリトリー)で受け止めるが、防御で身体は無事でも、脳への負荷は蓄積していく。よろめいた直後、不味いと思った侑理は包囲される寸前に急降下を掛け、走り幅跳び用と思われる砂場へ突進。ギリギリまで近付いたところで随意領域(テリトリー)を操作し、その砂を巻き上げる。砂煙を起こし…煙の内側から、マイクロミサイルを放つ。

 

「わおっと…って、どこ狙って…ぅわッ!?」

「へー、上手いじゃん。けど、上手いだけだな!」

 

 砂煙の中から飛び出す多数のマイクロミサイル。しかしばら撒く為に放ったミサイルは、誘導が機能する事なくただ空へ飛んでいき…そのミサイルに気を取られた隙を狙って、二丁のカノンを同時発射。精霊の内の一体へと、魔力の光が伸び…辛うじて防御を間に合わせた精霊の姿勢を、大きく崩す。

 一対一であれば、それだけでも十分な効果。ここから追撃をする事で、十分形成逆転に持っていける。だがこれは、一対多の戦い。そしてその状況で、一体の動きを止めただけでは…あまりにも、効果が薄い。

 

「そらそらッ、そんだけかよ!逃げて撃つだけなら誰にも出来るっての!」

「精霊のくせに、集団で仕掛けてきておいて…よく言う…ッ!」

「こっちの誘いを蹴ったんだから、当然だろうがよッ!それとアタシ達は精霊じゃねぇ、準精霊だ!」

 

 突出してきた一体の連撃を避け、凌ぎ、反撃の機会を伺う。その動きは、エレンに比べれば遥かに遅く、その攻撃は遥かに軽い。エレンとの稽古のおかげで、それ自体はそこまで脅威に感じない。おかげで何とかそのチャンスを見切り、随意領域(テリトリー)での押し返しからの射撃を掛けようとする侑理だったが、一発撃ったところで横槍を入れられる。精霊…もとい、当人曰く準精霊は、エレンや精霊に比べれば確かに弱いが、それでも侑理にとっては個々が脅威である事には変わりない。

 完全な、防戦一方。もしここにいるのが平均的な魔術師(ウィザード)だった場合、あっという間にやられていた筈であり、それを思えば侑理もやはり強いのだが…防戦一方の中では、そんな事何の慰めにもならなかった。

 

(不味い…この位置取りは、本当に不味い……!)

 

 目を走らせ、必死に準精霊達の動きと周囲を確認し続ける。何とかしなければいけない事は分かっている。されどそれが出来ない、能力や状況がそれを許してくれない。

 そして次の瞬間、侑理の射撃が途切れた一瞬を突くようにして、二体の準精霊が左右から同時に斬り掛かる。侑理は随意領域(テリトリー)を凝縮させた上で防性を高めて両方共受け止めるが、単純な衝撃に加え、天使の力らしきものも随意領域(テリトリー)を、侑理を蝕む。

 更にそこへ正面から切り込む三体目の準精霊。侑理は歯を食い縛って左右からの攻撃を止めつつ、レイザーカノンを交互に撃つ事で三体目の接近を阻む。この準精霊にまで接近される訳にはいかないと、目一杯の力で迎撃を掛け……

 

「そぉら、終わりだよッ!」

「しまッ……」

 

 だがその時、侑理が必死に迎撃を行っていた時にはもう、四体目が侑理の背後を取っていた。既に、攻撃体勢に入っていた。

 直感的に、もうこれは防げないと感じる。仮に防げても、後方からの攻撃まだ防御するとなると、正面と左右、その何れかがほぼ間違いなく緩んでしまう。そこを突破されてしまう。つまり…詰みの状況。どうしようもない、敗北の確定。

 そんな状況でありながら、特に恐怖はなかった。というより、感情が追い付くより先に攻撃が届くような状況だった。気付いた時には、攻撃が目前。何かするよりも早く、何もする事が出来ないまま、背後の準精霊は武器を振り下ろし……

 

 

 

 

──その姿は、その身体は、吹き飛ばされる。限界まで引き絞られて放たれた矢が如く、この場の誰にも真似出来ない速度で強襲したエレンの蹴撃によって、校舎の壁面へと吹き飛ぶ。

 

「なッ…いつの間に…!?」

 

 突然の強襲に、離れた位置で多数を相手に戦っていた筈のエレンの攻撃に、侑理も準精霊達も揃って狼狽。それによって一瞬の空白が生まれ…それを逃す理由などないエレンは、立て続けの斬撃によって左右の準精霊も二撃で斬り裂く。そこで我に返った侑理はカノンを撃ち、正面の準精霊を引き下がらせる。

 

「え、エレンさん…すみません、助かりまし……」

「貴女はもう下がりなさい」

「──ぁ…」

 

 驚きはしたものの、助けられたのは、助けてくれたのは事実。その感謝と申し訳なさから、侑理はそれぞれの意味を持つ言葉を口にしようとし…だがそれよりも早く、告げられる。言い渡される。

 それは、事実上の戦力外通告。侑理にとっては、心に突き刺さるような言葉であり…しかし、当然の通達でもあった。

 

「あ、あの…うち、うちは……」

「出来ればもう少し、と思っていましたが…まあ、これが今の貴女の実力なのですから、仕方ありません。…もう一度言います、下がりなさい侑理」

「……はい…」

 

 二度目の通告に、侑理は構えていた武器を下ろす。エレンの言葉そのものに、侑理を咎めるようなものはない。しかし出来ればもう少しという表現も、仕方ないという単語も、エレンの期待に応える事が出来なかったのだという事実を、如実に表していた。

 これが稽古であれば、期待外れでも立ち上がる事、喰らい付く事を求められたかもしれない。だがこれは実戦であり、エレンは上司。何よりわざわざ離れた位置にある侑理を助けにきた、助けさせてしまった以上、今の自分の存在が足手纏いでしかない事は否定のしようがない。故に侑理は、俯きながらエレンの後ろへと後退し……そんな中、立て直す為か一度集合した準精霊達の声が聞こえてくる。

 

「ちょっと、なに逃げられてるのよ!」

「仕方ないでしょ、あっちの女は強過ぎるのよ!」

「本当に、あっちの方は強過ぎるって…なんであんな化け物がここに……」

「…お静かに。そちらの方、改めて改めて提案させてもらうけど…本当に、私達と来る気はない?貴女の目的は知らないけど、少なくともそっちの子よりは私達の方が強いわ。それに私達は、ここの事もよく知っている。味方に付けるなら、どっちの方が有益かなんて明白でしょう?」

 

 リーダー格の準精霊からの、再度の呼び掛け。対するエレンは何も言わない。DEMの目的が目的な以上、エレンがその誘いに乗る事などない、と侑理は分かっていたが、準精霊達は沈黙を迷っている為だとでも勘違いしたのか、更に彼女達の言葉は続く。

 

「そうそう、どうせ仲間にするなら強い相手をってね」

「貴女は気配も凄いけど、そっちの子は大した事ないし、ぶっちゃけただのお手伝いか何かでしょ?それを連れ回すなんて大変じゃない?」

「っていうか、なんでそんなの連れてる訳?お守り?だとしたら、折角の強さをそんな事に使わなきゃなんて、君も大変だね」

「その点わたし達は、一人でも十分強い。能力だって実戦向きだし、そっちの子より絶対戦い易くなるわよ?だから、そんな弱いやつなんか捨てて、わたし達と……」

 

 敵対しているのだから気を遣う理由もないとはいえ、心ない言葉がエレンへ…更には侑理へ投げ掛けられる。とはいえ、どうもその全てが嘲笑という訳ではないらしく、ただ事実を述べているだけ…そんな気配も感じられる。

 悔しかった。悔しくて、悔しくて…情けなかった。それに対し、言い返す事の出来ない自分が、言い返せない実情が、不甲斐なかった。真那が相棒と呼んでくれたのに、エレンが同行者として選んでくれたのに、そんな言葉をぶつけられる程度の自分が、侑理は恥ずかしかった。悔しさでレイザーカノンのグリップ握り締めるが、その手を上げる事は出来ない。準精霊の言う通り、この戦場においてエレンの足手纏いでしかない自分に、これ以上戦う資格などなく……だがそこで、不意に準精霊達の言葉が止まる。不自然なタイミングで止まり…怪訝に思った事で顔を上げた侑理は、すぐに気付く。ついさっきまで自分の前にいた筈のエレンが、いない事に。そのエレンは今、準精霊の集団の真ん前におり……彼女の持つ〈カレドヴルフ〉が、準精霊の一体の腹部を貫いたいる事に。

 

「…ぇ…?…ぁ、ぇ……?」

 

 言葉を言い切る事のないまま、茫然自失とする準精霊。エレンが魔力の刃を引き抜くと、その準精霊は力なく倒れ…愕然としながら、他の準精霊達は飛び退く。そして全員の視線を受ける中で、エレンは背中を向けたまま言う。

 

「気が変わりました。前言撤回です、最後まで戦い抜きなさい侑理」

「へ…?…で、でもうちは……」

「弱いと?役に立たないと?まさか、この精霊共の言葉に惑わされたのですか?…馬鹿馬鹿しい、こんな『力』に使われているだけの弱者の言葉など、聞く必要はありません」

 

 不愉快そうに鼻を鳴らして、エレンは振り向く。真っ直ぐな眼差しを、侑理に向ける。当然背を向けたエレンをただ眺める準精霊はおらず、次々と攻撃を仕掛けていたが、その尽くがエレンの随意領域(テリトリー)に弾かれ…向き合ったまま、エレンは続ける。

 

「侑理、貴女は弱さを知っている。自らの弱さを知り、されどその弱さに腐る事なく、高みへ登らんとする意思を持っている。その為の努力を重ねている。手を伸ばす事、折れる事なく伸ばし続け、這ってでも進む精神を宿している。…だから私は、貴女を鍛えようと思ったのです。だからこうして、私の同行者に選んだのです。貴女は、この有象無象とは違う。ただ今ある力を振るい、それが全てだと思い込んでいるような者よりも、貴女の方が遥かに、真に『強者』たり得る素養を秘めている」

「エレン、さん……」

「だから、戦いなさい。私が…最強たるエレン・ミラ・メイザースが保証します。戦い、示し、証明しなさい。侑理・フォグウィステリア──貴女の、強さを」

 

 それは、その言葉は、その思いは…どれも一つとして、想像した事などないものだった。気に掛けてくれているとは思っていた。でなければ、わざわざ自分に一対一で稽古を付けてくれる訳がないのだから。だが、そこまで思ってくれているとは…他でもないエレンが、誰よりも強く高みへと立つ、自分にとっての憧れの存在が、自分を『強い』と思ってくれているなど、思いもしなかった。勿論それは、単純な実力の話ではない事も分かっている。強者になり得る…つまり、今はまだ弱いのだという事も、エレンははっきりと示している。…それでも…嬉しかった。嬉しくて、嬉しくて……侑理の中で、何かが変わる。

 思考がクリアになる。見えるもの全てを、落ち着いて捉える事が出来る。沈んでいた心は晴れ、気力と勇気が満ち溢れる。負荷を感じていた脳の痛みは消え、全身に力が漲る。これまでにない位の…これまでで最高のコンディションが、侑理の内から姿を表す。

 

「…ここまで不甲斐ない姿を見せて、ごめんなさい。汚名返上、させてもらいます」

「えぇ、そうでなくては困ります。…侑理、私は……」

「指示は要りませんよ、エレンさん。エレンさんは、いつも通りに戦って下さい。エレンさんの戦い方は──熟知していますから」

 

 二丁のレイザーカノンを構え直す。エレンの向ける瞳へ、真っ直ぐに見つめ返す。侑理の言葉に、示したものに、エレンは一瞬目を見開き…それから、笑みを浮かべる。

 反転し、準精霊達へと向き直るエレン。その後ろで、火器を広げて準精霊を…否、戦場全体を見据える侑理。もう不安も、迷いも、心に渦巻く後ろ向きな気持ちなど何もない。ただ侑理はエレンへと見せるだけ、証明するだけ。エレンの認めてくれた、信じてくれた……自分の、強さを。

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