デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第九十話 致命的な問題

 漫画に、小説に、アニメに、ゲーム。サブカルを片っ端から網羅するぞ、と言わんばかりの熱量で、二亜は士道を連れて秋葉原を回った。元々デートを兼ねたオタク活動…という事もあってか、今回は折紙の時と違い、どこへ行くにも二亜が主体となっていた。やはりそういう事は珍しいらしく、基本は士道…というか元々組み立てられていたデートプランを主体に進めていた事が多かった琴里達も、今回は翻弄され気味だったらしい。

 

「およ?前話ラストの選択は?少年的にはどれが一番好みなの?」

『──!?』

「い、いや、前話ってなんだよ…あれか?また俺をからかう冗談……」

「あ、でもこういうネタは三話前にもやってたわね。いやー、失敬失敬。そういうのをメインに据えてる訳じゃないなら、雑に多用するのは良くないもんね」

「だから何の話をしてんの!?」

 

 もう止めてくれ、とばかりに士道が叫ぶ。……因みに、あの三択ならどれが一番好みなのか…それが内心気になった侑理である事は、言うまでもない。ついでに恐らく、真那と琴里も気になった事であろう。

 

「あははははっ!いやでも、ほんと満足満足。堪能したわー」

「あ、ああ…こんなにじっくり秋葉原巡ったの初めてだけど、意外と楽しかったな」

 

 そんな士道と二亜は今、遅めの昼食を取る為にハンバーガーショップに来ている。最初は士道の方からレストランや喫茶店に、と提案をしたのだが、そういうお店よりこっちの方が、と二亜が言い、ファーストフード店であるここで食事をする事となっていた。

 

「でしょー?やっぱりお宝は直接手に取って買わないとねー。ネット通販とか便利なんだけど、どうしてもこの感覚ばかりは再現出来ないのよ」

「あー……なんか分からないでもないかなあ」

「えっへっへ、少年も分かってるねぇ。便利なのはいいけど、実物の感触に優るものはないのだよ」

 

 同意を得られて嬉しいとばかりに、二亜は笑う。それは、大人な容姿にはどこか似合わないような人懐っこい笑みであり…だからこそ逆に、ギャップの良さが醸し出される。

 そんな二亜の持ってきたリュックやケースは、今やどれもパンパンになっていた。各種作品だけでなく、フィギュアや資料集、更にはアナログゲーム…即ちカードゲームや所謂ホビーと呼ばれる品々まで見ていった為、とにかく凄い量なのだ。…恐らく、合計金額も凄い。

 

「──いい感じね。っていうか、こんなに順調なデート久々じゃない?」

「確かに、折紙さんの時はホテルに行こうとしたり、変な薬を買おうとしたり、何よりちょいちょい折紙さんが改変前の人格に引っ張られてるっぽい様子を見せたりして、大変だったもんね……」

「いや、うん…あれはこれまでの中でも特にイレギュラーなケースっていうか、流石にちょっと比較材料にならないっていうか……」

 

 思い返せばあの時は自分達だけでなく、折紙自身すら動揺の連続だった。逆に士道だけは「やっぱりな」とばかりの反応だった、と懐かしむ(そんなに前でもないのだが)中、琴里が微妙そうな声を出す。

 

「まあ、順調であるに越した事はねーですね。…順調にいった末の事を考えると、ちょっと複雑なもんはありやがりますが……」

「複雑って…ま、まさか遂に貴女も、士道への想いが……」

「ちょっ、そういう事じゃねーです琴里さん…!妹として、兄様のキス経験人数がまた一人増える事が複雑だって事です…!」

「そ、そう…そうよね、安心したわ……」

「そっか…うち、それならそれで悪くないと思ったのに……」

「思ったのに、じゃねーですよ…何を期待してやがるんですか……」

 

 呆れ声がヘッドセット越しに聞こえてくるが、これ位の反応はいつもの事。真那の触れた部分については、侑理も思うところはなくもない…が、それよりも今は上手くいってほしいと思っている。良い雰囲気だったのに最後の最後で戦いとなった前回を思えば、やはり滞りなく進んでくれるのが一番なのだ。

 そして、本当に今は調子良く進んでいる。一先ず今回は意識してもらうだけに留めるのか、それとも今日だけで一気にいけるところまでいくつもりなのかは琴里達次第だが、意外と後者もあり得なくはないのではないか……そう、思っていた時だった。

 

「……!?し、司令!これを──」

「何、一体どうしたのよ、箕輪」

 

 突然の、酷く動揺したような声。一体何事か、まさかDEMや ASTの探知に二亜が引っ掛かってしまったのか、と真っ先に侑理は荒事の可能性を考え…箕輪は、言う。

 

「この数値を見て下さい……!二亜ちゃんの好感度の推移なんですが……今日一日、初期値から殆ど変化していません……!これでは、せいぜい友達レベル……!仮にキスをしても、恐らく完全には霊力を封印出来ません!」

「な、なんですって!?」

 

 好感度が、今日一日で殆ど変わっていない。それは、荒事よりも遥かに予想外の事態。その言葉に侑理も琴里も、ショップ内の士道も勿論驚いてしまう。そして、店内では向かい合う形で座っていた事もあってか、二亜は士道の反応に気付く。

 

「……あー、もしかして、琴里ちゃん達、何か揉めてる?」

「え?いや、その」

「んー……多分あれでしょ?好感度。それが一定以上上がらないと封印出来ないってやつ」

 

 こちらの状況を、見事に言い当ててくる二亜。一通り情報を得ている事を踏まえても、これは鋭いと言わざるを得ない。

 

「やー……あたしもねぇ、狙われたままの生活っての窮屈だし、封印出来るもんならしてもらって構わなかったんだけど……やっぱ駄目っぽいわ。なんかごめんね、無駄足踏ませちゃって」

「な、何か俺、気に触る事でもしたか?」

 

 狼狽する士道の、当然の疑問。侑理からすれば、今日の士道の言動に二亜の気分を害するようなものがあったとは思えない…が、それ以外の理由が思い当たらないのも事実。

 一方士道から問われた二亜は言い辛そうに、そういう事でもないと、問題は自分にあるのだと言う。そして、更に士道が困惑する中……告げる。

 

「──実はあたし……()()()()()()()()()()()()んだよね……」

 

 二次元にしか恋していない。言い換えるのなら、三次元に興味がない。その、全く以って、一切合切誰一人として微塵も予想していなかった二亜の答えに、侑理も、映像の中の士道も、真那も琴里も司令室の面々も……全員が揃って、ぽかんとしてしまうのだった。

 

 

 

 

 衝撃の告白(勿論恋愛的な意味ではない)から数時間後。侑理は〈ラタトスク〉の地下施設、その一角にある臨時司令室に訪れていた。

 といっても、司令部要員として呼ばれた訳ではない。今ここには、琴里達に加えて、真那や士道もいる。…要は、戻ってきたのだ。作戦失敗という、非常に残念な結果と共に。

 

「惜しかったわね。後一歩だったのに」

「何が後一歩だよ…思いっきり地雷踏み抜いて、ここまでの事がパァになっちまったじゃねぇか……」

 

 そう言って、士道はげんなりと肩を落とす。その士道に、侑理は同情の視線を送る。

 二次元にしか恋した事がない、という想定外過ぎるカミングアウトを受けた後、琴里は一度士道に席を離れるよう伝え、お手洗いに移動した士道と共に緊急会議を行った。プランを根本から覆すような状況を前に、一時はどうしたものかとなり…しかし〈次元を越える者(ディメンション・ブレイカー)〉こと中津川の意見を参考にした琴里は、『二次元の()()()になら恋する事が出来る』という推測を打ち立てた。そして、その推測の下、士道は二亜が嫁とまで豪語していたキャラクター、『時空綺譚(クロノクル)』の朱鷺夜に扮する事となった。

 早い話が、二亜の好きなキャラのコスプレをし、そのキャラになりきる事で、二亜から好意を向けてもらおうという事。即席のなりきりなど、そのキャラが好きな相手にはむしろ逆効果になりそうなものだが、〈ラタトスク〉の力をフル活用する事で中々にそれっぽい衣装を用意する事に成功。更に中津川も朱鷺夜を知っていた事、言動に関してはインカムで常に司令室から指示を出せる事から、意外にも途中までは上手くいっていた。計測上では、十分霊力を封印出来るレベルにまで達していたとな事だったが……そこからの動き、朱鷺夜に扮した士道が二亜にキスをしようとしたのが良くなかった。それはファンからすれば酷い解釈違い…要は「朱鷺夜はそんな事しないし言わない、そして自分もそんな事を望んでいない」行為だったようで、完全に二亜は怒り、士道を蹴っ飛ばした上で帰ってしまった。その結果、あっという間の失敗となったのである。

 

「いやはや、まさかあそこまで朱鷺夜のカップリングに対する熱量を持っていたとは……趣味の差で読み違えてしまった事は否めません」

「取り敢えず、采配に問題があった事は間違いねーんじゃねーですか?」

 

 自分もまだまだだった、とばかりに中津川が首を横に振り、真那が半眼で言う。実際問題、失敗の要因は朱鷺夜らしからぬ言動をしてしまった事。その朱鷺夜の事を士道がよく知らないのを踏まえた上で実行させたのは司令部側であり、一方でキスする必要がある以上、その解釈違いをせざるを得ない一面があったのも事実。平たく言えば、そもそも作戦自体に問題があったという事で……しかしそれを理解していない琴里ではなかった。

 

「仕方ないじゃない。二次元好きを公言されてしまった以上、あそこで出来る事は限られていたわ。それに──結果としては失敗に終わったかもしれないけれど、確かに一度は好感度が上がっていたのよ。これは重要なデータだわ」

「って言ったって、それは朱鷺夜に対する好感度だろ?もう同じ手は通用しないだろうし、あんまり意味はないんじゃあ……」

「……いや、一概にそうとは言えない。この結果はつまり、一度好きになったキャラクターならば、それが三次元に具現化しても一定の好感度が得られるという事を示している」

 

 このデータに意味はある、と返したのは令音。確かにそれはその通りで、これは二亜は二次元にしか恋をしない…つまり、三次元というだけでアウトになるという、どうしようもない詰み状態ではない事の他ならぬ詳細。問題は封印可能なレベルにまで好感度が達していない事ではなく、好感度の変化が殆どない…どれだけアプローチしても響いていないという事だったのだから、可能性があると分かっただけでも大きな進歩。

 

(というか…今更ながら、真那の予測って当たらずとも遠からずだったんだ……)

 

 そこてふと思い出したのは、侑理が思った「二亜は性的な事への禁忌感がないのでは?」という考えに対する、真那の「まだ士道を異性として強く意識していないだけ」という答え。禁忌感云々はまた別かもしれないが、士道を異性(というか恋愛対象)として見ていなかったのは殆ど事実。やはり流石は真那、侑理の相棒はすこぶる鋭いようだ。

 

「成る程……。でも、結局それじゃあ同じ事なんじゃないですかね。俺、どれだけ注意しても、二亜が納得出来るレベルでキャラ演じられる自信ないですし、もし仮にそれで封印出来たとしても、後が怖いんじゃあ……」

「後が怖い…って、どういう事?確かに今日みたいに怒る事はあるかもしれないけど、一度封印出来れば力は……あ」

 

 封印状態ならば精霊本来の力は発揮出来ないのだから、怒らせてしまっても大事になったりはしないのでは?…と一度は思った侑理だが、そこである事を思い出す。

 改変前の世界で、折紙が精霊と化した時、その折紙と対峙する十香は十全の力を発揮していた。完全に、本来の精霊〈プリンセス〉としての力を見せており…その後士道は、『再封印』という言葉を発していた。あの後は色々あり過ぎたせいで、すっかり忘れていたが…恐らくそれは、何かしらの条件…例えば、限定霊装を顕現させられる状態より更に精神が不安定となる事で、霊力が全て精霊に戻り、封印が解除されてしまうような現象もある…という事なのだろう。そうであれば、士道の懸念も理解出来る。

 それでも尚、二次元を踏まえた攻略をするのだろうか。士道と同様の事を憂慮が気にしていると、それも尤もだというように令音は頷き…手は打ってある、と言った。更にその言葉を受けて、今度は琴里の方も頷く。

 

「確かに士道の言う通り、キャラクターを演じるのにはいずれ無理が生じてしまうわ。──でも、もし、士道が完璧に演じる事が出来て、尚且つ無理なくその状態を維持する事が出来るキャラクターがいたら、話は別だと思わない?」

「は……?まあ、そりゃそうかもしれないけど……そんなキャラいる筈がないじゃないか」

「まあ、見てなさい。そろそろ届く頃よ」

「届く?」

 

 何とも勿体ぶった言い方をする琴里に士道が怪訝な顔をし、侑理も真那と顔を見合わせる。一体どういう事なのか。どんな手を打ったのか。今のやり取りではさっぱり分からず……そこで部屋に、一本の通信が入る。それを受けた琴里は小さく笑みを浮かべ、指示を出し…令音の操作によって、臨時司令室内のモニターにある映像が映し出される。

 そこは、どこかの部屋。とにかく本が沢山ある、しかも書庫の様に整理されている訳ではない、あちらこちらに本が置かれて積み重なった、本で散らかりまくってるとでも言うべき場所。そして、その部屋の一角、PCの前に座っていたのは……暫く前に士道を置いて帰ってしまった精霊、二亜であった。

 

 

 

 

「──へぇ、そっか。二亜はこういう本が好きなのか。……いや?構わないと思うぞ?何かに夢中になれるのって、素敵な事じゃないか」

 

 地下司令室の中で発される、士道の声。ヘッドフォンを装着し、壁の大型モニタとは別の個人用モニタを見ながら、散発的に話す士道。しかしここに、士道の話している相手…士道の言葉に返事をする者はいない。

 

「…なんていうか…あれだよね。士道にぃが、動画配信者になったみたいだよね」

「あー」

 

 確かに、と真那は小声で反応する。その間も、士道は時折話しては黙り、また話しては一時黙る。…側から見たら、明らかにヤバい独り言。しかも誰かと会話しているような内容なのだから、尚更画としてはとんてもない。

 とはいえ、勿論士道がどうかしてしまった訳ではない。一見独り言を言っているだけな士道だが…その実、ちゃんと会話をしているのだ。──画面の向こう、マンションの自室で恋愛シミュレーションゲームをしている()()()であろう二亜と。

 

「……おい、これ本当に大丈夫なんだろうな?」

「ええ。好感度は順調に推移しているわ。後は二亜にこのゲームを十分堪能させた後、士道が『五樹くん』として二亜の前に現れればオーケーよ。今度は演技をする必要もないわ。何しろ──このキャラクターは士道そのものなんだから」

 

 タイミングを見てマイクを切り、振り向いた士道へ、琴里がにっと口角を上げながら返す。

 先程琴里が言った『届く』という単語。それが、このゲームだった。士道からの情報で二亜の住居を把握し、『恋してマイ・リトル・シード 〜ガールズサイド〜』…という〈ラタトスク〉製のゲームを届けていたのだった。…何故そんなゲームを作っているのだ、と一度は思った侑理だが、精霊の力を封印する為にデートをする組織である事を考えれば、ある意味おかしくない…のかもしれない。そして、このゲームの存在を知った瞬間、士道は遠い目をしていたが……そちらは本当に分からない。

 

「しかし本当に、驚きの発想でいやがりますね。兄様と似た…どころかほぼそのままの兄様とゲームの形で交流してもらう事で、ゲームのキャラクターとして恋してもらおうだなんて」

「ねー。何を食べたらそんな思考が出来るんだろう…。……えっ、まさか琴里のチュッパチャップスって、非合法な成分が使われてたりとかはしないよね…?」

「侑理。百歩譲って私を疑うのは良いわ。だけどチュッパチャップスを怪しいものかのように言う事だけは許さないわよ」

「あ、うん…ごめん……」

 

 怒るところそこなんだ…と琴里のチュッパチャップス愛に微妙な感想を抱きつつ、侑理は士道へ視線を戻す。

 朱鷺夜なりきり作戦失敗を受けた二の矢、それがこのゲーム作戦。二亜にはゲームだと、自分が接しているのはゲームに登場する『志籐五樹』だと思わせつつも、実際には士道が応対するという、中々に驚きの攻略手段。士道が二次元のキャラに合わせるのではなく、士道へ二次元のキャラを合わせるという、逆転の発想。しかも機械ではなく生身の人間が応対しているからこそキャラのボイスも滑らかで、加えてプレイヤーは決められた選択肢の中から展開を選ぶのではなく、キーボードでやりたい事をそのまま打てるという、二亜からすれば超ハイテク仕様になっている(要は二次元の映像を間に挟んだボイスチャット的なものである為当然だが)為、とにかく彼女からは好評だった。…コスプレである事が二亜にも分かっていたらしい先程と違い、こちらは完全に騙している形故に、申し訳ない気持ちも侑理にはあったが……やり方はアレでも、士道も琴里達も精霊の平穏の為に全力を尽くしているのだ。ならば、代案もなしに軽々しく否定するのは違うだろう。

 

「…んー……んん?」

「……?士道にぃ?どうかしたの?」

「いや…何か、重要な事を忘れてるような……っと」

 

 言葉の途中で二亜がキーボードを打ち終えた…つまり、こちらが答える番となった為、士道はマイクをオンにしてまた話す。そうしてまた、ゲームは続く。表示されている精神状態の推移データを見る限り、順調に進んでいる事は間違いない。ならば、今度こそ上手くいくかもしれない……そんな風に、侑理が思った時だった。

 

「はー……すっごいなぁ、最近のゲームって。これで体験版ってんだから、こりゃ製品版を買うしかないなあ。……ええと?製品版はいつ出るんだろ。ていうかこのゲーム作ってる会社の今までの製品って……」

「……!あ──」

 

 カメラによる映像の中で、二亜は満足気な、そして興味深そうな感想を漏らす。そして二亜は左手を掲げ…空間が、歪む。虚空から一冊の本らしきものが現れ、その本を二亜は掴む。──侑理には、一目で分かった。それがただの本ではなく……天使であると。

 二亜の天使が持つ力は全知。それが意味するところに気付いた優里はハッとし、ほぼ同時に士道も声を上げるが…もう遅い。

 

「……って、これもあんた等の仕業かッ!」

 

 天使〈囁告篇帙(ラジエル)〉により全てを把握した様子の二亜は憤慨の声を上げる。更に椅子から立ち上がると、部屋の一角…同じくその存在を知ったのだろう部屋内の自律カメラの方を向くと、怒りを孕んだ瞳でこちらを睨む。

 

「……あのさぁ、あたしもキミ達の目的は分かってるつもりよ?でも流石にこれはないんじゃないの?朱鷺夜を冒瀆しただけじゃ飽き足らず、今度はあたしの純心まで弄んでさぁ」

「に、二亜、違うんだ、これは──」

「五樹くんは黙ってて!」

 

 騙していた事への皮肉なのか、それとも想定以上にこのゲームに入れ込んでいたのか、仮想のキャラクターの名前で二亜は士道を一喝する。そして、次同じような真似をしたら今度こそ許さない事、自律カメラを部屋に侵入させるようなプライバシーを侵害する行為も許容しない事を強く言い切り、それを最後に顔を背けた。

 そうして再び椅子に座ると、再度〈囁告篇帙(ラジエル)〉に手を触れさせる。それは恐らく、こっそりカメラを残そうとしても無駄だ、という事であり…部下からの視線を向けられた琴里は、無言で頷く。それにより、自律カメラも撤収し……二亜の特殊性を踏まえた第二の作戦も、失敗に終わる。

 

「……大丈夫じゃなかったじゃねぇか」

「失敗してからそんな事言うなんて、随分とみみっちい性格になったのね士道。今は保身してる場合じゃないのよ?」

「いやまあそうだけども……」

 

 確かに士道は懸念を口にしていた…という事は一切意に介さず、琴里はぴしゃりと一蹴する。……が、今回は前回以上に士道に問題があった訳ではない。強いて言えば、士道含む全員が〈囁告篇帙(ラジエル)〉の存在を失念していた訳だが…全知の天使を持つ精霊を騙そうとした時点で、やはり作戦として問題があったと言わざるを得ない。にも関わらず、こうも一蹴している辺り、内心琴里も心穏やかではないのだろう。そして信頼する兄だからこそ、ついつい強く当たってしまうのかもしれない。

 

(やっぱり、うちもちゃんと言うべきだったかな……)

 

 騙すようなやり方は良くないんじゃないか。その考えを口にしていれば、待ったを掛けていれば、この失敗は避けられたのかもしれない…そんな風に侑理は思ったが、口にはしない。それは、無意味なたらればなのだから。

 

「…こほん。失敗は失敗、受け入れるしかないわ。そしてその上で、次の策を練らなきゃ二亜の攻略なんて不可能だもの」

「……一先ず、下手に策を弄するのはむしろ悪手になるのではないかな。天使の力で文字通り読まれてしまう、というのは勿論だが、ここまでの事から二亜は小細工や裏での画策に対して強い抵抗感を抱いている可能性が高い。となれば、彼女を騙すようなやり方でなかったとしても、読まれた時点で好感度は上がらなくなるだろうからね」

「そうよね…例えばだけど、士道が本気で朱鷺夜を好きになって、無意識レベルで再現が出来るようになれば行けると思う?それならボロが出る事はないし、そこに確かな『好き』があれば、二亜も冒瀆されたとは思わない気がするのよね」

「さらっと無理難題を言ってくれるな…普通に難し過ぎるし、その場合仮に出来たとしても、今度はそれこそキスに持っていけないんじゃないか?」

「けど、二亜の口ぶりからして、朱鷺夜がそんな事しない…っていうのは公式設定な訳じゃないでしょ?それなら士道の思い描く朱鷺夜で、二亜のイメージを塗り替えればいいのよ。大丈夫よ、中二の頃の士道は色々な自分を『想像』してきたんだから」

「ちょっ、お前なぁ……!」

 

 にやり、と意地悪な笑みを浮かべる琴里に対し、士道は若干顔を赤くする。そんな士道の反応に、臨時司令室の面々は同情や苦笑、或いは昔を懐かしむような表情を見せ、二度の失敗により悪くなっていた空気は若干好転。ただ、それはそれとして、侑理には一つ気になる事があった。

 

「…えっと…あのさ、琴里。今回思った…というか、思い返せば折紙さんの時もそうだったと思うんだけど……ちょっと、行き当たりばったりなところない…?」

 

 若干の言い辛さから頬を掻きつつ、侑理は言う。ここにいるのは全員、何度もデートのサポートをし、今まで霊力封印という成功に導いてきた面々。故にこの指摘は的外れなのかもしれないと思いつつも、侑理は問い…それを聞いた琴里は、小さく肩を竦める。

 

「あー…まあ、行き当たりばったりっていうか、その場その場の判断や対応で動いてる部分は確かに結構あるわね」

「だ、だよね…それってもうちょっと練っておくというか、上手くいかない場合に備えた次善の策を用意しておくとかは出来ないの?」

「出来ない事はないわよ。それこそやろうと思えば、デートプラン上で想定される展開や発生し得るハプニングに備えて、何十通りと対応策を用意する事だって難しくはないし」

「だったら……」

 

 どうしてそうしないのか。そう言おうとした侑理を、琴里は待った、というジェスチャーで止める。そして、言う。

 

「だけど、デートっていうのは人と人との交流よ。それも明確なルールや利潤の追求がある訳じゃない、行動を通じて心を通わせる行為よ。だから『これだけ想定しておけば大丈夫』なんて事はないし、下手に色々想定しておくと、その想定通りに進めたり対応したりする事に固執しちゃって、むしろ対応能力が低下する事だってあり得る…っていうのは分かるでしょ?」

「それは、まぁ……」

「…それに、最初から最後までガチガチに決めて、こうなったらこう、こうしたらこう、って決めた内容に沿うばかりのデートなんて、まるで作業じゃない。精霊の為って思いはあったとしても、その日、その時同じ時間を過ごす相手の事は見ていないデートなんて、相手に失礼だし…何より悲しいって、私は思ってるわ。……まぁ、今回は二亜を怒らせちゃった訳だし、本当に相手の事を見ているか…って言われたら、私もまだまだだなって思うけどね」

 

 自嘲気味に笑い、琴里は自らの考えを締め括る。デートプランという、普通のデートでも考えるレベルの想定はしていても、個々の細かい対応案まで決めないのは、より良いデートをする為であり、相手となる精霊を思うが故。そう語った琴里の言葉に嘘の気配は微塵もなく…納得のいく、理由であった。

 そういう事であれば、決して間違いではないだろう。今回は失敗してしまったが、まだ次の機会が失われていないのだから、致命的でもない筈だ。…そんな風に思っていた侑理だったが……

 

「……や、なんかいい感じに纏めていやがりますけど…その場その場の対応で割を食ってるのって、いつも兄様なんじゃねーですか…?」

『あー……』

 

 何とも微妙そうな声と、微妙そうな顔。先の侑理の様に、真那もまた頬を掻きつつ一つの指摘を口にしており……臨時司令部の面々からは、『ですよねー』的な声が上がった。

 

「…まぁ、それはほら、結局のところ士道が当事者っていうか、実際にデートをしてるのは士道な以上、そうならざるを得ないっていうか」

「いやいやいや、確かに普通のデートなら何が起きても対応するのは当事者以外にいる訳ねーですが、これは普通のデートじゃねーじゃねーですか。それにさっきの件は相手が相手なおかげでこっちにも怒りが向いていやがりましたけど、朱鷺夜の件は完全に兄様一人が怒りを向けられた、しかも蹴られてるのが現実でいやがりましょう?そうでなくとも、選択肢の結果妙な展開になった場合の立て直しは基本兄様が即興でやってる以上、やっぱり私はどうかと思います。今でこそ私と侑理が待機してるとはいえ、前は本当に丸腰で精霊と相対していた訳でいやがりますし」

「丸腰云々に関しては、前にも一度言った筈よ。それに士道は、デートの訓練を受けた上で精霊攻略に当たっている。士道が矢面に立つ形になる…っていうのはその通りだけど、何も考えず士道に丸投げしてるみたいな言い方は止めてほしいわね」

「いや、デートの訓練って、あれ理不尽な恋愛シミュレーションゲームなだけだった気が……」

「でもあの頃の士道にとっては勉強になったでしょ?」

「それを言われると否定は出来ん……」

 

 デートの訓練が恋愛シミュレーションゲームという、凄まじい突っ込みどころのある発言が聞こえてきた…が、今はそれどころではない。あくまで質問程度だった侑理と違い、明らかに真那は是正するべきでは?…というトーンで言っており、対する琴里の表情も穏やかではない。実妹と義妹、気付けば一触即発の雰囲気。…だが……

 

「…でも、うん、そっか…言われてみれば俺、滅茶苦茶割を食ってるもんな……」

「えぇ……?兄様、今まで気付いていやがらなかったんですか…?」

「いや、なんかあまりにも毎回毎回理不尽な事が起こるから、もうそういうもんだって思っちゃってたっていうか…。…けど、いいんだ。琴里も言ってた通り、デートは作業じゃなくて、好きになってもらう為の交流だからな。だから提案はしてもらっても、一つ一つは俺が実行して、対応しなきゃ駄目なんだ。じゃなきゃ、そんなの不誠実だ」

「…兄様がそう言うなら、私もこれ以上は言わねーですが……」

「でも、嬉しいよ真那。こうやって俺の身を案じてくれる、命の危機がある訳じゃない場面でも俺を慮ってくれたのは、真那が初めてだよ。…なあ真那、今日食べたいものはあるか?兄ちゃん、何でも作ってやるぞ」

「兄様…なんか雰囲気に哀愁が漂っていやがりませんか…!?何か凄いくたびれた感じがするのは私だけなんで……!?」

 

 こういう反応を望んでいた訳じゃねーんですけど!?…とばかりに狼狽える真那へ、侑理はゆっくりと首を横に振る。くたびれた雰囲気を感じているのは真那だけではない。侑理から見える士道の背中も、やたら哀愁が漂っていた。とても高二の男子とは思えない空気感だった。

 

「……士道にぃの背中って、あんな切ない感じじゃなかったよね…?」

「…流石にちょっと、反省するわ……」

 

 そして、侑理が呟きながら視線を送れば、琴里もバツの悪そうな顔をするのであった。…これが、侑理の中で『士道は苦労人』という認識が生まれた瞬間である。

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