デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第九十一話 二次元ならば

 二次元にしか恋した事がない。そんな二亜から好感を得るべく打った二つの手は、どちらも失敗した。一度目は二亜へのリサーチ不足、二度目は〈囁告篇帙(ラジエル)〉の存在の失念が大きく響き、むしろ二亜を怒らせる事となってしまった。

 それを受けての、琴里の…〈ラタトスク〉の選択。それは、同じ精霊達からの意見を募るというものであった。

 

「ふん、本条蒼二が女だったとはな…我が目を謀るとへ中々やりおる」

「あ、耶倶矢も知ってたのか?」

 

 夜、精霊一同に地下施設へと来てもらった時、初めに口を開いたのは折紙だった。二亜の在り方について確認をし、次に美九が似たような事を知り合いのアイドルも言っていると話をした。そのアイドルはあくまでキャラ付けとしてそう言っているだけであり、普通に彼氏がいるらしいが…当然二亜は、そういうパターンとは違う。

 そしてその上で、声を上げたのは耶倶矢。その発言に士道が聞き返すと、耶倶矢は頷く。

 

「当然だ。颶風の御子は大衆の娯楽にも通じておるわ」

「密告。耶倶矢は主に少年漫画を好んで読むのですが、バトル漫画やスポーツ漫画の間に、ちょっとえっちな漫画を挟んで買っているのです」

「ちょっと夕弦!?」

 

 密告と言いつつ全員に聞こえる声で夕弦が言えば、耶倶矢は声を裏返らせる。ついでに真那が「えっ?」という顔をする。…そういえば、真那は耶倶矢と漫画の趣味がそこそこ合うのか、前に借りていた事があった。だが今の反応からして、真那はそのえっちな漫画とやらは知らなかったらしい。

 

「適当な事言わないでくれる!?ていうかあれだし!夕弦の読んでる少女漫画の方がヤバめの描写多いじゃん!」

「疑問。ヤバめのとはどうヤバめなのでしょうか。具体例を挙げて説明して下さい」

 

 反撃?…に出た耶倶矢だったが、夕弦の方が一枚上手だったようで、恥ずかしがらせるどころかむしろ余計に追い詰められてしまう。かぁっと赤くした顔で耶倶矢はもごもごと言うも、夕弦は聞こえないからもう一回と容赦なく返す。…折紙程ではないにせよ、基本表情の変化が控えめなのが夕弦なのだが…今は明らかに、楽しそうな顔となっていた。

 だが、それはそれとして……この時、侑理には一つ、確かめたい事があった。

 

「あの、夕弦さん。…そういう漫画も、あるんですか…?」

「認識。そういえば、侑理には紹介した事がありませんでした。夕弦としては、中々気に入っている作品なのですが…興味がありますか?」

 

 隣まで移動し、小声で訊けば、夕弦は訊き返してくる。真那が耶倶矢から漫画を借りているのとは逆に、侑理はどちらかというと夕弦と漫画の趣味が合うのであり……彼女からの問いに、小さく、だが確かに侑理は頷いた。

 

「ちょっと?仲が良いのは結構だけど、お喋りは後にして頂戴。──今は、二亜をどう攻略するかが重要よ」

 

 注意を受け、侑理は元の席へ。真那と耶倶矢から「え、今何の話をしてたの…?」的視線を受けたがそれは気にしない事にし…琴里の言葉に、おずおずと四糸乃が手を挙げる。

 

「その……やっぱり、もっと時間を掛けて二亜さんっていう人と仲良くなっていった方が、良いと思います。きちんと向き合えば、士道さんの良さは分かってもらえると思います」

「四糸乃……」

 

 士道の呟きに、四糸乃は恥じらうように頬を染める。きちんと向き合う…勿論それは良い事。相手に好きになってもらいたいのならそうするのが真っ当なのであり、二亜とて機械ではない。二次元にしか…というのもこれまではそうだったというだけで、未来永劫そうだと断言出来る訳ではないだろう。

 加えて、ここまでの失敗…特に朱鷺夜作戦が上手くいかなかったのは、リサーチ不足であった事が大きな要因。時間を掛けて仲良くなれば、二亜の人となりや好き嫌いをちゃんと知っていけば、そのような失敗を犯す可能性も自然と減っていく筈。故に琴里もその意見に理解を示した……が、それは出来ないと否定する。時間を掛けるとなると、封印より先にDEMに所在を突き止められてしまう可能性がある。そしてそれは、こちらの世界に定着している…即ち隣界へ消失(ロスト)して足取りが途絶えるという事がなく、加えてDEMからすれば折角捕らえていたのに逃げられてしまった精霊が二亜である以上、他の精霊以上に意識しなければならないのだと、四糸乃に返す。

 とはいえ、四糸乃の言った事は状況が許してくれないだけで、間違っている訳でもない。本来はそうするべきだしそうしたいのだ、と琴里は否定に続いてフォローも入れ…ついでに、四糸乃の言う『士道の良さ』についても若干目を逸らしつつ肯定していた。

 

「まあ、そこは満場一致だよねー」

「当然。否定するべき部分はどこにもない」

 

 多分それは皆思ってる事では?…と思いつつ侑理が言えば、折紙が夕弦の真似…ではないだろうが、似たような言い方で同意をしてくる。そして当然、精霊達は全員同意し(七罪は顔を赤くし横を向きつつだったが)…何なら神奈月達〈ラタトスク〉の機関員も、優しい笑みを浮かべて頷いていた。士道はちょっと気恥ずかしそうだった。しかしこれも、士道の人徳である。

 

「なあシドー。二亜は何故二次元のキャラクターにしか恋をした事がないのだ?」

「え?うーん……それは……」

 

 数秒の間を置き、次に声を発したのは十香。言われてみれば、なその質問に士道は答えられず、侑理も理由が思い浮かばない。これまで恋心を抱いたのが、偶々全て二次元だった…というの一瞬浮かびはしたが、二亜の言い方はもっと違う、三次元には恋を出来ない確たる理由があるかのようなものだった。

 だが、それについては琴里も考えていたのか、既に調査をしているという。確かに現界と消失(ロスト)を繰り返すのではなく、長く人間社会で生活をしていたというのなら、どうやって漫画家になったのか、どんな人と関わってきたのかなど、何らかの情報は存在する筈。されど有益な情報が見つかる確証もなければ、程度時間が掛かるかも分からない今、ただ待っている訳にもいかず…今度は七罪が口を開く。

 

「……やっぱり、士道が向こうの好みに合わせるしかないんじゃないの?それが一番手っ取り早いでしょ」

「それはそうだけど……コスプレ作戦も、ゲーム作戦も失敗に終わってるのよ?誰かさんの時は女装で何とかなったけど……幾ら士道とはいえ、次元の壁は厚いんじゃないかしら。それとも何、ロードローラーか何かでぺしゃんこにしてもらう?」

「お、おいおい……」

「……あ、私の〈贋造魔女(ハニエル)〉で士道を漫画本の形に変身させるっていうのは……」

「なんかさっきから二次元へのアプローチがおかしくないか!?」

 

 ロードローラーだの本にするだの、なんだかどこかの少年漫画みたいな案が出てくる中、士道は叫ぶように突っ込みを入れる。すると琴里はけろっとしていた一方、七罪はそれを文句だと受け取ったのか、「悪かったわね、そういうキャラでもないのにジョークとか言って……」と、ネガティヴ思考を発動させて椅子からずり落ちていった。そして微妙な空気感になる中、隣に座る四糸乃は七罪を引っ張りあげようとしていた。

 とまあ、会議は脱線していた…と思われたのだが、なんと今のやり取りからヒントを得た人物がいた。

 

「成る程。七罪の案には、可能性があるかもしれない。──士道に、本になってもらう」

 

 それは、折紙の発言。恐らく侑理や真那、それに精霊達の中でも一二を争う程に聡明な少女の提案。しかしそれだけでは流石に意味が分からず…というか七罪の発言との違いが見えず、実際士道も言葉を返す。

 

「え?ちょ、ちょっと待ってくれよ。幾ら二亜が二次元にしか恋した事がないって言っても、それは漫画の中に登場するキャラクターにって事であって、漫画という本そのものにって訳じゃないだろ?俺が本になったって……」

「……あ、折紙の意見はちゃんと聞くんだ。……そうよね。私と折紙じゃ頭の出来が違うもんね。言葉の説得力が違うのも当たり前よね。いいのよ。気にしてない。だって当然の事だもの……」

 

 四糸乃によって復活していた七罪が、再びネガティヴ思考を発動させてまた沈んでいく。士道はそうじゃなくて…と弁明しようとしていたが、それより先に折紙が言う。

 

「そういう意味ではない。士道が本という物質に変身するのではなく──『士道』というキャラクターが登場する漫画を制作する、という事」

『な……っ!?』

 

 その言葉に、全員が(十香だけは皆の反応を見てからだったが)驚愕の声を上げる。その手があったかと、侑理は感嘆の念を抱く。士道が本になるのではなく、士道の本を作る…確かにそれならば、コスプレ作戦の様な『原作』との乖離もなく、きちんとノンフィクションとして描けば、ゲーム作戦の様に二亜を騙す事にもならない。これぞ正に、今の状況にうってつけの案というもの。

 

「ま、待ってくれ皆!ただのイラストじゃなくて『漫画』にするなら、ストーリーが必要だよな?けど俺と関係ないような設定や物語になってたら、朱鷺夜の時と同じ結果になるだけだよな?だったら俺が実際に経験した事を描かなきゃいけない訳だが、そんなので二亜が面白いと思ってくれるなんて……」

「いや、それは心配ねーでしょう。精霊、超常の力、秘密組織、そして霊力を封印し、その力を引き出せる能力を持つ存在…これだけの要素があって、一体何が足りねーと言うんですか?」

「そうだよ士道にぃ。士道にぃが今に至るまでに経験してきた事は、きっと小説なら十三冊+α位の密度があるって!」

「なんでそんな妙に具体的なんだよ!?」

 

 びしっと侑理がサムズアップをして見せれば、士道は唖然とした顔で突っ込んでくる。まあ小説云々は置いておくにしても、今の士道には十分物語に出来るだけの積み重ねがある。それは、まだ付き合いが長い訳ではない侑理にも分かる事。だから当然、十香達がそれを疑う筈などなく、次々と同意の声が上がる。士道の経験は、その中で見せてきた士道の姿は、決して詰まらないと思われるようなものではないと、精霊達は勿論機関員達も納得していく。

 そうしていよいよ、会議は決を採る段階にまで到達。士道漫画化計画には、士道以外の全員が賛成。自分が題材になる事、更に皆から「士道モチーフなら絶対良い作品になる!」…と太鼓判を押された事で照れてしまっていた士道も、全員から視線を向けられた事でおずおずと手を上げ…満場一致で、次の作戦が決定した。

 そしてその勢いのまま、琴里は漫画制作の第一歩目としてプロットの話に入ろうとした。その号令を出そうとした。だがそこで、不意に臨時司令室内に電子音が…何かの通信らしき音が聞こえてくる。

 

「外部通信……?」

 

 コンソールへと目をやった琴里の、怪訝そうな声。それに続いて、見覚えのない番号だという呟きが聞こえてきた事で、侑理もその通信が気になってくる。一体誰からの連絡なのか…まず気になったのはそれであり、しかしその疑問は即座に解消される事となった。

 

「──や。企んでるねー、少年」

 

 スピーカーから聞こえてきた声。軽い調子と、恐らくは士道を指しているのだろう呼称。それは紛れもなく、二亜のものであった。ここに通信を掛けてきたのは、他でもない二亜であった。

 そんな馬鹿な、という声が機関員の一人、幹本から上がる。一体どうやって〈ラタトスク〉の回線を把握し、対傍受用のプロテクトも潜り抜けてきたのか、と。しかしその言葉は途中で止まり、ほぼ同時に侑理も気付く。〈囁告篇秩(ラジエル)〉があれば、パスワードだろうと何だろうと簡単に分かってしまうのだと。その力を持ってすれば、電子的なロックなど大した意味を為さないのだと。

 

「成る程。全部お見通し……って訳か」

「まあねー。基本的にネタバレ嫌いだから、〈囁告篇秩(ラジエル)〉をこういう使い方したくなかったんだけど、また朱鷺夜やあたしの乙女心を玩具にされたら堪んないからねぇ」

 

 士道の言葉を肯定し、二亜は続ける。その声に籠っているのは、怒りの感情。言い方も皮肉めいており、精霊達も二亜の怒りを感じでひそひそと呟く。

 しかしそのやり取りには反応せず、更に二亜は言う。その作戦には穴があると、はっきり言う。──仮にその漫画が完成したとして、何故自分がそれを読むと思うのかと。その作戦は、読んでくれる事が前提になっているではないか、と。…確かに、それはその通り。二亜が漫画好きである事は間違いないが、目の前に出せば身体が勝手に反応して読んでしまう…なんて事はある訳がない。皆無意識に、二亜なら読んでくれるだろう、と甘い想定をしていた面は否めない。

 

「だってそうっしょ?あたし仕事超忙しいし、読める本の数も限られてるんだよ?実際、今日買ってきた本、まだ一割も読めてないし。監禁されていた間に出たお気に入りのシリーズはまだいーっぱいあるし。そんな不純な動機で描かれた素人の漫画なんて読んでる暇ないの!ま……さっきまでだったら読んでたかもしれないけど、今のあたしはアングラーモードだからね。阿修羅にも勝る存在だからね。朱鷺夜を汚したキミ達の本なんて読んでやるもーんか!」

「そ、そんな……」

 

 次々と言葉を並べたて、最後は子供の悪口の様に二亜は言い切る。その勢いと、一転して窮地となった状況に、四糸乃がショックを受けた声を漏らし…そして司令室内は静まり返る。

 万事休すが如き展開。言いたい事は言えたという事なのか、二亜は通信を切り上げようとする。このままではいけないという事は分かっていたが、侑理に言える事は何もなく……

 

「……ぷっ」

 

 そんな時だった。不意に隣から、小さく吹き出すような声が聞こえてきたのは。

 

「え?」

「ちょ、ちょっと……?」

「あぁいや、申し訳ねーです。笑うつもりなんざなかったんですけど、思った以上に子供っぽいというか、見た目の割にえらい大人気ねーなと思っちまったもんで、つい」

「……へぇ?」

 

 予想だにしなかったその声に二亜が驚いた声を、侑理が困惑の声を上げる中、真那は謝罪をする……のだが、その内容は明らかに煽り。まさかの発言に士道達も唖然とし、二亜は不快そうな反応を見せ…凍り付いた空気の中で、真那は更に言う。

 

「だって、そうじゃねーですか。仮に漫画を作っても読まない…なんて、わざわざ言う必要のない、それこそ漫画を持ってきたところで読む気がないと突っ撥ねればいいだけの事でしょう?それなのにこの場で言ったのは、一体どうしてなのか。それは、私達に無駄な努力をさせるのが忍びないから…なんて訳ねーですよね。何せ二亜さんはご立腹でいやがるんですから。であればむしろ、自己顕示欲から言ってるって考えるのが普通かと思いますね」

「自己顕示欲……?」

「要は、二亜さんなら読んでくれるだろう…って思われてるのが、軽んじられてるみてーで気に食わなかったって事です。或いは、ここで口を挟まず漫画を持っていく段階にまで進んでしまったら、私達に『二亜を出し抜いた』と思われてしまう。そこで読むのを拒否したら、出し抜かれた悔しさから逃げたと勘違いされてしまう。それが許容出来ねーから、しなくてもいい口を挟んで、作戦を開始前から頓挫させて、それこそさっき言われたように『自分には全てお見通しだ』と私達に思わせたかった…まあ、こんなところでしょう。あぁ、それかひょっとすると、自分を不愉快にさせた事への仕返しとして、冷や水を浴びせたかった…とかもあるかもしれねーです」

 

 ぽんぽんと出てくる、煽りの言葉。訊き返した士道へ答える形で尚も真那は言い、一頻り言い終えたところでわざとらしく肩を竦める。

 真那の言葉に、いよいよこの場の全員が絶句。その中で、二亜の怒りを孕んだような吐息だけが微かに聞こえる。そしてそれに続いて、息を吸う音が聞こえた瞬間、二亜が何か言いそうな気配となった瞬間……侑理もまた、口を開いた。

 

「…確かに、言われてみるとそうかも…最後の方で二亜さんは『さっきまでだったら読んでたかも』って言ってたけど、これこそ特に言う必要のない発言だよね。だって読む気がないんだし。ってなるとこれも、自分は悪くないんです、貴女達が悪いんです、自業自得ですー、って自己正当化しつつ嘲る為の発言だったのかな?」

「あー、それもそうかもしれねーですね」

「でも、駄目だよそんな事言っちゃ!例え事実でも、言っていい事と悪い事があるって!それにもし図星だったら、それをこんな大勢の前で暴露されたんだって思ったら、幾ら何で可哀想過ぎるでしょ!?」

「……っ、あんた等ねぇ…ッ!」

 

 更に凍り付く空気。一体何を言っているんだという、士道達の信じられないものを見るような目が向けられる中、いよいよ滲む程度ではない、明確な二亜の怒号が上がりそうになり……

 

「ったく、二人して馬鹿な事言ってるんじゃないわよ」

 

 ぽこんっ、といつの間にか背後に回っていた琴里に、丸めた紙の束(恐らく何かの書類)で頭を叩かれた。

 

「悪かったわね、二亜。生意気な事を抜かした二人には、後で私からちゃんと言っておくわ」

「……ふん、何を今更」

「そうね、貴女の言う通りよ。だけど、今更だから何も言わなくていい…なんて事はないと、私は思っているわ。だから、ごめんなさい。確かに私達は、貴女なら読んでくれるだろうと甘く見ていたわ。貴女を軽んじてしまっていたわ」

 

 鼻を鳴らす二亜に対し、琴里は真剣な物言いで謝罪。それを受けた二亜は黙り……琴里は続ける。

 

「でも、その上で訊かせてほしい事があるの。貴女の言いたい事って、要は私達が漫画を作ったとしても、それを読む理由も義理もない…って事よね?そうするだけの価値がないって事なのよね?」

「…そうだけど、それが何か?」

「だったら…もしその価値を示す事が出来たら、読んでくれるかしら。例えば…漫画家である貴女の作品に、売り上げで勝る事が出来たとしたら、どう?」

 

 問いにより訪れる、再びの沈黙。今一度、士道達は驚きの表情を浮かべる。

 売り上げ。それは、優劣を判断する事が難しいサブカル作品…というより芸術全般において、恐らく唯一と言える数値化された評価。宣伝であったり、やや通俗的な意味での付加価値であったりが売り上げに大きな影響を与える事もある為、『売り上げ≠作品の面白さの指標』ではあるが、だとしてもプロである二亜が、素人相手に売り上げ勝負と言われたら尻込みする事などないだろう。実際、次に二亜が口にしたのは…これまでとは、雰囲気の違う言葉。

 

「ふうん……面白いね。キミ、琴里ちゃんでしょ?あたしに、本条蒼二に本の売り上げで勝つって、本気で言ってんの?」

「えぇ。もしこちらが勝ったなら、その時は読んでくれる?」

 

 何の躊躇いもなく、二亜の言葉を琴里は肯定する。そしてその返答に、二亜は数秒黙り…そして、笑う。

 

「あっはっは!いいよ。やってみ。本当に勝てるもんならね」

 

 自信たっぷりな、二亜からの答え。それを最後に、通信は切れ……緊張の糸が切れたように、あちらこちらから深い溜め息の様な吐息が聞こえてきた。

 

「ちょ、ちょっと…二人して何言ってんのよ……」

「そうですよぉー!どうして二亜さんを激おこさせるような事を言ったんですかー!?」

 

 余程心臓に悪い思いをしたのかまだ青い顔をしている七罪と、『(><)』という感じの表情で問い詰めてくる美九。その二人の問いに、侑理は真那と顔を見合わせ…しかし答えるより先に、琴里が声を発する。

 

「助かったわ、二人共。でも、流石にちょっと煽り過ぎだったんじゃないかしら?」

『え?』

 

 どういう事?…と士道達がぽかんとする中、真那と肩を竦め合う。そして侑理は士道達へ向き直り、こほんと一つ咳払い。

 

「要は、わざと煽ったんです。そうだよね?真那」

「そういう事です。最初から二亜さんは怒っていやがりましたが、自分が優位な状況だからか、余裕があるみてーでしたからね。だからまずその余裕を崩さねーと、話を通しようがねーと思ったって訳です」

「で、それにうちが乗ったんです。誰か一人に言われただけなら、その人が勝手に言ってるだけって一蹴出来ますけど、複数人に言われたら、一人に言われるより何倍もカチンときますよね?後はまぁ、真那とは違う方向性から煽ろうとも思っていて……」

「ご立腹になったところで、敢えて私は下手に出たって事よ。散々怒らされたところで、いきなり殊勝な態度を取られたら、調子なんて完全に狂っちゃうでしょ?」

 

 真那、侑理、最後に琴里と、順に発言の真意を語る。まずは真那が真正面から怒らせ、侑理が客観視しているかのような言い方で怒りを加速させた上で、琴里に託した。侑理達の下準備を受けた琴里は、怒りのままに短絡的な判断をするよう仕向けるのではなく、非を認める形を取る事で、本人が言ったように完全に調子を狂わせ……勝負という、冷静に考えれば受けるメリットなどない要求に応じさせた。或いは下手に出る事で、その状態で向こうの土俵に乗る姿勢を見せた事で、二亜にどっしりと構えなければ…と思わせたのかもしれない。

 

「え、っと…その、お三人は打ち合わせって……」

「してないわよ。だからこれは、完全なアドリブ。そもそも打ち合わせなんてする余裕もなかったしね」

「そ、それなのに出来たのか……」

「ふふふ、これも共通の兄を持つからこそだよねー。だからある意味、士道にぃの教育の賜物とも言えるかな?」

『いやいやいや……』

 

 誇ってもいいんだよ?とばかりに士道へ視線を送る侑理だったが、士道達は勿論、真那や琴里にまで手を横に振られる。まあ実際、士道に真那の教育をした記憶はないだろうし、侑理に至ってはまだ出会って半年未満、士道に公式の兄となってからで言えば更に短い期間しか経っていないのにどんな教育をされたんだという話ではあるが、だとしてもこの成果の称賛を士道が受ける事になるのなら、それは侑理的に全然良いのだ。

 

「けど、ひでーじゃねーですか琴里さん。折角私達がお膳立てしたってのに、後ろから叩くだなんて」

「勝手に始めた上に一番責任重大な部分を丸投げしてきた癖によく言うわ。それに、叩いたって言っても痛くなかったでしょ?」

「それはまぁ、そうでいやがりますけど」

「…というか、ほんとよく自己判断であんな事やれたわね。煽りの内容もそうだけど、その度胸に何より感心するわ」

「そりゃ、ここには対応出来そうな人が複数人いやがりましたからね。…上手くやれるかどうかは別として、最悪察してはくれるだろうと思っていた侑理が、まさか追加で煽る側に回ったのは流石に驚きでいやごりましたが……」

「うちの本分は、決定打じゃなくてそこへ繋げる支援だからねー」

 

 確かにあれは痛くなかった。ハリセンではないが、あれと同じように痛みの割に大きな音が出るよう琴里が配慮してくれたのだろう。そんな事を思いつつ、侑理は折紙、それに令音へと目をやった。今回は琴里が動いてくれたが、恐らくこの二人でも多少内容は違えど似たような流れに持っていってくれたのではないかと侑理は思う。

 

「…まあ、何であれ助かったよ。けど……勝算はあるのか?相手はプロの漫画家だぞ?」

 

 気を取り直すような士道の発言で、やや緩んでいた空気がぴっと引き締まる。

 そう。侑理達の即興連携で漫画作戦が頓挫する事こそ回避出来たものの、プロの漫画家に売り上げで勝つという条件が追加された事で、難易度は跳ね上がってしまった。はっきり言って、まだ何も安堵出来る状況ではない。

 しかし、流石と言うべきか、琴里は無策で売り上げ勝負に踏み切った訳ではなかった。それを示すように、咥えたいたチュッパチャップスの棒をピンと立て、考えがない訳ではないと言うのだった。

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