デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第九十二話 突貫作業

 漫画の売り上げ勝負。半ばなし崩し的に決まったその駆け引きへ向けて、侑理達は動き出す事となった。それ自体は、問題ない…訳ではないが、二亜の霊力封印へ漕ぎ着ける為には、仕方のなかった事。自画自賛になってしまうが、あの場で得られる結果としては、十分なものだったのではないかと思う。

 とはいえ、ハードルは高い。言うまでもなく、漫画というのは…創作というのは、一筋縄ではいかないもの。しかしそれでも、何とか勝負の舞台に上がる為、侑理達は動き出した。

 

『おおぉ……!』

 

 二亜とのやり取りから数時間。たったそれだけの間に、精霊マンションの一階にある一室へ、漫画家の作業部屋が如き空間が完成していた。大きな作業机に大量の道具と、どれも新品である事を除けば誰かしらのプロの部屋だと思わせるような内装になっていた。元々このマンションの一階は、厨房及び食堂を始め、精霊達が集まって何か出来るように色々あるのだが…その一室を、数時間足らずで漫画制作仕様へと変えてしまう辺り、相変わらず〈ラタトスク〉とは凄まじい組織である。

 そしてその部屋にて、まずは漫画になくてはならない画力のチェックを行った。主人公となる士道のイラストを、全員が描く事となり…結論からいうと、侑理のイラストはそんなに上手くなかった。流石にバラエティ番組の企画になるようなレベルの酷さではないが、子供の落書き程度のものであった。真那や琴里、美九も似たり寄ったり(何故か美九の描く士道はスカートを履いていたが。美九は目をキラキラさせながら描いていたが)で、精霊の中でも特に人間社会に疎かったらしい十香と四糸乃は、そもそも絵を描く事自体を殆どやった事がないようなイラストであった。

 一方、中々上手かったのは耶倶矢と夕弦。何でも二人は『珍しい双子からのイラスト』という煽りで雑誌に掲載された事もあるらしく(それも対決の一環で投稿したんだとか)、本職レベル…ではないにせよ、侑理達とは一線を画する技量だった。同様に折紙も非常に上手く、この三人は作画の担当候補になった。八舞姉妹や折紙にはやや劣るものの、それなりに絵を描いた事があるらしい士道もそこそこ上手く…まぁ、どんな絵を描いたのか侑理が訊こうとしたところ、「訊かないで!」…という必死そうな視線を返されたのだが…補助役としては十分だろう、という評価を受けていた。そして、最後に公開する事になった、渋り続けた挙句に琴里から取り上げられる形でお披露目する形になったのが七罪であり……それを見た全員の反応が、これである。

 

「す、凄い……です」

「なん…だと?」

「ああ、本当に凄いじゃないか七罪。こんな特技があったのか?」

「……いや、特技というか……昔ちょっと興味持って……漫画家の『真似』をした事があったから……」

 

 称賛と驚愕の声が次々と上がる中、士道に問われた七罪は目を逸らしながら答える。だがそれもその筈。七罪の描いたイラストは、誇張抜きにプロかと思わせる上手さだった。勿論一枚のイラストと漫画とでは勝手が違う部分があるのかもしれないが、だとしても漫画制作における主力となるのは間違いなしの画力だった。

 それを七罪は、真似事だと言う。真似でそこまで出来るものか…と一度は思った侑理だが、思い返せば封印前の七罪が琴里の姿に変身した時には、士道含め誰もそれが七罪であると気付けなかったという。更に七罪は他者の天使を〈贋造魔女(ハニエル)〉で模倣する事が出来るが、それも出力こそ劣りはすれども、外観や機能そのものは本物と何ら変わらなかった。つまり…七罪は絵を描く力云々ではなく、『真似』自体がとびきり得意なのだ。観察し、分析し、把握する…その上でそれを自分に落とし込み、模倣し再現する事こそが、七罪の特技であるのだ。

 

「──決まりね。メイン作画は七罪、サポートで八舞姉妹、士道、折紙に入ってもらうわ」

 

 断トツの七罪に、上手いの域にいる四人という、五人体制の作画班。その決定に全員が首肯し、メインとなる七罪へと期待の言葉が向けられる。やはりというべきか、その状況に七罪は動揺し、すぐに答えられずにいたが……

 

「頼む、七罪。──二亜を助ける為に、力を貸してくれ」

「へ──っ!?…………あ、後で文句言うんじゃないわよ」

 

 手を握り、真摯な眼差しを向ける士道の頼み。それを受けた七罪は、逡巡するような沈黙の後、恥ずかしそうにそう答えた。それに皆が拍手をすれば、更に七罪は顔を赤くし俯いた。…これが、惚れた女の弱みというやつであろう。尤も、同じ事をされたら侑理も断れないだろうし、真那だって同じだろうが。要は、士道が良い男なのだ。

 

「しかし、絵一つとっても個性が出るもんでいやがりますね。耶倶矢さんと夕弦さんも、少年漫画風と少女漫画風に分かれてやがるもんですし」

「参考元、意識した作品の違い…とかかな?…まあ、それで言うと一番個性的というか、ある意味七罪以上に衝撃的だったのは折紙さんだけど……」

 

 そう言いながら、ちらりと侑理は折紙の描いたイラストを見る。折紙のタッチは、この中で最も写実的。漫画というコンセプトで見れば七罪に軍配が上がるものの、緻密さや技術力でいえば負けず劣らずの可能性も十分あり……ただそれ以上に驚きだったのが、折紙のイラストの中の士道が、何故か全裸であった事。もっといえば、同じく全裸の折紙と濃密な絡みをしていた事。…一人だけ、R-18指定になりそうなイラストだった。

 

「…でも、なんかこう…良いよね。最初は驚いたし、恥ずかしくて即目を逸らしちゃったけど……凄く、良いと思うの」

「同意。これは非常に見る価値があります」

「分かりますー。折紙さんってば、本当に大胆ですよねー」

「……ちょっと。まさかとは思うけど、侑理もあっち側なの…?」

「い、いや、そんな事はねーと思いてーところですが……」

 

 ドキドキしながら再びそのイラストに目をやると、夕弦と美九が同感をしつつ左右に来る。背後からは真那と琴里の焦りを滲ませたようなやり取りが聞こえてきたが……侑理は聞かなかった事にする。

 

「…こほん。それじゃあ作画担当が決まったし、次は同人誌のストーリーを考えましょう」

 

 気を取り直すように、琴里は咳払い。その発言を受けて、侑理達も振り返る。

 同人誌。商業作品として出版されるものではない、プロアマ問わず非営利目的で制作される、雑誌媒体。まあ、だからといって本当に誰も利益を出していないのかといえば、その辺りは色々とグレーなのだが、とにかくその同人誌というジャンルで、二亜と勝負する事になった。これは、流石に〈ラタトスク〉といえどいきなりプロとして商業媒体に漫画を載せる事は出来ない…というより、そうするのは流石に不正な部分が多過ぎて勝負が成り立ちそうにないという事と、士道が二亜と初めて会って会話した日に、彼女が『コミックコロシアム』という、今月の終わり…即ち年末行われる同人業界の祭典に出展するという話を聞いていた事から、その祭典、同人誌即売会での勝負を仕掛けようという事になったのである。

 そしてその為の、ストーリー構築。琴里の言葉に対し、十香は士道の事を書くのでは?…と訊き返す。実際それは間違っていない。間違ってはいないが、琴里曰く今(今日は二十九日。そして即売会が三十一日である為、なんと一日とちょっとで完成させなければならないのだ)からだと、表紙や奥付を除いた五十九ページ程度の作品にしなければ製本作業を含めて間に合わない為、そのページ内で士道の物語を纏めなければならないらしい。

 

「どんな物語にするか…というより、どこに重点を置くか、になるんだよね?」

「そうね。満遍なく、どの時期の事も同程度に…ってやると、全体的に内容が薄い、いまいち印象に残らない物語になってしまう筈よ。だから……」

「待った。その前に一つ、提案がある」

「やっぱり十八禁の内容にしよう、って意見なら却下よ」

「流石琴里。やはり将来義理の姉妹になるだけあって、もう私の思考を理解している」

「意味不明なポジティブ解釈しないでくれる!?」

 

 真顔でとんでもない事を言う折紙に、琴里が叫ぶような突っ込みを返す。これには皆唖然としていた。美九は「義理の姉妹…良い響きです〜」と全然違う思考をしていたが。

 

「えぇと…俺も十八禁は駄目だと思うぞ?理由は色々あるけど…取り敢えず、俺達自身がまず十八歳にも満たないだろ?」

「確かにそれはそう。けど、よく考えてほしい。琴里の言う通り、ページ数が限られている以上、どう工夫をしてもストーリーは薄くなる。加えて七罪の画力が相当なものだとしても、相手が本物のプロである事を考えれば、負けていない要素にはなっても強みにはならない。そして初参加の私達には、当然同人サークルとしての『ファン』がいない。つまり、現状の私達に、勝機を生み出すだけの武器はないと言える」

「それはまあ、そうだが……」

「その状態で、本職の漫画家を相手取るのはあまりにも無謀。だからこそ、成人向けの作品にするべき。その系統の作品であれば、元から全年齢向けに比べればストーリーもそこまで重要視されていない…つまり、短いが故の欠点が影響し辛い上に、向こうが全年齢向け作品ならば、正面から相手取る形も避けられる。ジャンルや購買層の年齢にも留意する必要はあるけれど、全年齢版より成人向けの方が売れるという話もある。売り上げ勝負ならば、その点は重要になる筈」

 

 困り顔の士道に対し折紙が口にしたのは、意外にも割と説得力のある説明の数々。一体何故折紙が同人誌やその即売会について詳しいのか全く以って謎ではあるが、なんというか、折紙であれば不思議ではあってもおかしくはないのかもしれない…そんな気がしないでもない侑理だった。

 

「いや、けど…それはなんか、ズルくないか…?そんな裏をかくやり方で勝っても、二亜が納得してくれるかどうか怪しいような……」

「士道、これは戦い。戦場において、『ズルい』を意識するのは常に強者の側。けれど私達は、強者の側ではない。そして…二亜が漫画に、プロである事に誇りを持っているのなら、恐らくズルいとは言わない。それを言ってしまえば、その瞬間自分の作品は姑息な手段に負ける程度のものと認める形になるのだから」

「…む、むぅ……」

「ちょっ、何言いくるめられてるのよ…!?そうなった場合、私が成人向けの漫画をメインで描かなきゃいけなくなるんだけど…!?って、いうか…仮にそうするとしても、私絶対無理だから…!成人向けなんてそんな、何をどう描けばいいか……」

 

 いよいよ士道が何も言えなくなる中、七罪が泡を食って反論。確かにそれはその通り。成人向けとなれば、当然あんな事やこんな事を描く訳だが、少なくとも侑理には出来ない。女性の描写はともかく、士道の…男性の描写は、知識的な意味で無理がある。

 しかし、その反論に対しても折紙は動じていなかった。それどころか、想定していたとばかりに小さく息を吐き……言う。

 

「それならば、問題はない。濡れ場ならば、私が士道と幾らでも提供する。必要なら、今からでも早速──」

『いやそれはアウトぉおおおおおおッ!』

 

 おもむろに士道へ近付きながら自らの服に手を掛けようとした折紙に、ほぼ全員で突っ込み叫ぶ。今ので分かった。折紙の狙いはこれだったのだ。物凄くちゃんとしているような理論武装で、この何とも直線的な我欲を通そうとしていたのだ。……ついでにこの時、「えっ、えっ、だーりんと折紙さんの濡れ場ですかー!?是非見せて下さーい!それから私も混ぜて下さいー!」…という、これまた我欲に満ちた発言も飛び出てきたのだが、これについては誰も触れなかった。

 

「……さ、本題に戻るわよ」

「何故?一体どこに問題が?」

「色々あるけど、何よりそれじゃあ意図的に作った物語になっちゃうでしょうが!何の為に漫画を作るのかを忘れないでよね…」

 

 まるで本当に頭痛でもしているかのように、琴里は折紙の発言で額に手を当てる。そして折り紙はというと…何も反論しなかった。不服そうなオーラが凄かったが、正論である事は認めたらしい。

 

「…さっき侑理が言った通り、問題はどこに重点を置くかよ。つまりこれは、誰との物語をメインにするかって事。って、訳で……自分との物語をメインにしたい人、挙手」

 

 琴里が反応を求めた瞬間、ばっ!…と一斉に手が上がる。やはりというべきか、精霊達は過半数が手を挙げており…挙げていないのは控えめな性格の四糸乃と、「私がメインなんて駄作確定だし…」と後ろ向きな事を呟いている七罪、それに挙手を求めた琴里の三人。偶然か否か、小柄精霊組の三名。…四糸乃の左手にいるよしのんは元気良く手を上げている為、これをカウントするなら二名になるが。

 

「メイン希望は四糸乃…もとい、よしのん含めて六人と一匹…分かってはいたけど、やっぱり皆そうよね。どうしたものかしら……」

(うん?琴里、一人数え間違えてるような……あ)

「……何よ、侑理」

「んーん、何でもない」

 

 じぃっ、と見てくる琴里の視線を、侑理は軽い調子で躱す。琴里は今、手を挙げた人数は…ではなく、メイン希望はと言った。つまりは…そういう事。

 因みに、侑理もメインをやりたい気持ちはあったが、手は挙げないでおいた。流石に自分は経緯が複雑過ぎて、その辺りを説明するのにそこそこページが必要になりそうだと思ったからである。

 ともかく今の問いで、メインをやりたいメンバーが多い事がはっきりした。こうして自ら手を挙げているのだから、誰がいいかを精霊達で話し合っても平行線になるのは自明の理。だからこそ侑理は、その話し合いになる前に声を上げる。

 

「えっと…やっぱりここは、十香さんをメインにするのがいいんじゃないかな」

「おお、侑理もそう思うか!」

「…理由は?」

「だって、士道にぃと精霊の皆さんとの物語を描くなら、その『始まり』は十香さんですよね?逆にいえば、他の皆さんの場合は多かれ少なかれ『続き』な部分があるというか、十香さんとの物語をさらっと流しちゃったら、二亜さん…というか読む人は、『あれ?これって何かの続編?』…って勘違いしちゃって、その時点で集中出来なくなっちゃうと思うんです」

 

 真っ直ぐ見つめてくる折紙へ答える形で、侑理はそう思った訳を話す。物語において、重要な要素の一つが没入感。その点において、何か読み飛ばしているのでは?…という疑問は間違いなくマイナスになるのだから、一本のみの勝負で重点を置くべきは十香との物語だろうと考えたのだ。

 

「私も侑理の意見に賛成です。始まり云々もそうでいやがりますが、必須になる登場人物の数って意味でも、十香さんに焦点を当てるのがいいんじゃねーでしょうか」

「確かに、私の時は皆で人工衛星の落下に対抗した訳だけど、仮に皆の描写をあらすじ程度にしてた場合、よく知らないキャラ達がよく知らないバックボーンで力を合わせてるっていう、読者置いてけぼりの展開になるもんね…まあ、そもそも私はメインにしなくていいんだけど。……でも、始まり…って点に注目するなら、十香より琴里なんじゃないの?」

「んー、それはそうだけど…琴里の場合、『今』と『五年前』の二つの流れが発生しちゃうし、琴里は元人間っていうこれまた特殊な要素があるし、更に言えば『攻略対象は妹で司令官!』…なんて、それこそ続編でやるようなものだと思うんだよね。……まあいっその事、琴里と真那とうちに焦点を当てた、妹物の同人誌って事なら逆にいけるかもだけど…」

「いや、何しれっと自分をメインの一角にしようとしてるのよ…。……けどまあ正直、侑理の言ってる事は一理あるわ。皆はどう思う?」

 

 自分を推すような七罪の意見に乗る…という事はなく、むしろ侑理の指摘を肯定した琴里の、皆への問い掛け。流石司令官、こういうところはやっぱり信頼出来る…と侑理が思う中、精霊達は少考し…確かにそれもそうだという返答が続く。どの程度納得しているかは、ぱっと見人によりけりながらも、反対という声は上がらず……全員の意思がはっきりしたところで、結論が出る。

 

「決まりね。メインキャラクターは士道と十香。二人の交流を中心に、物語を構築していくわよ」

「うむ!任せろ!」

「いや、これは漫画のキャラクターの話であって、十香が何か演じる訳じゃないんだけどな……」

 

 胸を叩いてやる気を示す十香へと、士道が頬を掻きつつ突っ込む。その何とも十香らしい反応に、侑理達は苦笑を交わす。

 ともかくこれで、スタートの準備は整った。次にすべきは、ストーリーを具体的な形に詰める事。そしてそれを、漫画という形にする事。

 

「皆、無茶なスケジュールではあるけど、やりきってみせるわよ。さあ──私達の原稿(デート)を始めましょう」

 

 無理難題を前にしても、揺らぐ事のない堂々たる態度。そんな琴里の言葉に侑理達は頷き…同人誌制作が、始まった。

 

 

……余談だが、この時の琴里が発した『デート』のニュアンスはちょっと違ったような…と思った侑理が尋ねると、琴里は「べ、別にいいでしょ?」と言っていた。…このフレーズを、結構気に入っているのだろう。

 

 

 

 

 兎にも角にも漫画制作には絵を描く技術が求められ、それは一朝一夕で身に付けられるものではない。仮に一晩で身に付けられたとしても一日と少ししか時間がない以上、それでは間に合わない。故に、侑理達は漫画制作を手伝う事が出来ないのだが……勿論、だからといって何もやらない訳ではない。

 

「えぇと、次はこことここを繋ぎ合わせる…んだよね?」

「あっ…せ、線が……」

「だいじょーぶだよ四糸乃!まだこの位なら直せる直せる!」

 

 漫画制作ルームとなったのとは別の一室。同じく精霊マンションの一階にあるとある部屋に、ミシンの音が木霊する。

 

「うぅ…こういう作業は苦手だ……」

「苦手云々というか、ミシンなんて使った事自体殆どねーんですよね……」

「分かるわ。分かるけど頑張って。士道達は、もっと大変な筈なんだから」

 

 ミシンで布と布を縫い合わせるという、単純ながらも集中力がいる作業を繰り返しながら、琴里はチャコペンや布用の接着テープを使う十香と真那に声を掛ける。二人はそれに頷き、気を引き締めるように息を吐く。

 侑理達は今、ある衣装を作っていた。漫画制作チーム以外の全員で、衣装制作を行っていた。

 

「でも、このミシンのリズミカルな音は嫌いじゃないですー。それにこう、完成した後の光景を想像するだけで、元気が湧いてくるというか……」

「多分それで元気をもらえるのは美九さんだけかと…。…それはそれとして、上手ですね」

「ふふふー、家庭科の授業でそこそこ使った事がありますからねー。でも、侑理さんこそ中々お上手だと思いますよー?」

「うちはまあ、じっと一点に集中したり、指先で物を操作したりを前から結構してきてますし」

 

 まさか射撃や狙撃の経験がこんな形で役立つとは、と内心思いながら、侑理は美九へ肩を竦める。因みに「家庭科で使った事があるから」と美九が言った際、琴里は渋い顔をしていた。ちらりと見てみれば、琴里は丁寧でこそあるものの、仕上げるペース的には侑理や美九より遅いようで…何も言うまい、と侑理は自分の仕事に戻る。

 ミシンは侑理と琴里、美九が担当し、それ以外の部分を真那、十香、四糸乃が担当するという、二組体制での裁縫作業。少し気を抜くだけで縫い過ぎてしまったり、線からはみ出てしまう辺り、中々ミシンを使うのも大変なのだが、紙より遥かに書き辛いであろう布にチャコペンで縫うラインを書き続けたり、角度を細かく気にしながら折って貼ってを繰り返す真那達もまた、相当に大変な筈。…というかよく考えたら、片手によしのんを嵌めたまま、そのよしのんの手や口を使って作業をしている四糸乃が一番大変なのではないだろうか。そんな状態でもきっちりやってくれている辺り、実は結構四糸乃も手先は器用なのではないだろうか。

 

「…だが、思えば私達は、これまでもこうして支えられてきたのだな」

「そう……ですね。士道さんを助ける時の、水着やドレスも、全部用意してもらった物ですし……」

 

 ぽつりと呟いた十香と四糸乃、その言葉に侑理達も頷く。通常…それこそ平時であれば、今四糸乃が言った時の事や、朱鷺夜のコスプレの様に、衣装など〈ラタトスク〉の方ですぐに手配、準備をしてくれる。だが今は本番まで時間がなく、加えて漫画制作側に多くの人材を割いている(自分達で作った、と主張出来る範囲でのサポートや、製本及び即売会への出店手配等)為、自分達でやれる事は大変でもやるしかないのが現状。加えて今は年末故に、一般のお店を頼る(まあ勿論、一日で衣装を作ってくれと頼むのは無理があるが)選択肢も取れず…だが結果として、侑理達は日々、多くの支えを受けて事を成しているのだという事を感じられた。〈ラタトスク〉にお世話になっている、というのは前から感じていた事ではあるが、もう一歩理解する事が出来た。そしてこの気付きはきっと、無駄ではない。

 

「皆、言っておくけど完成したらそれで終わりなんかじゃないわよ?その後も練習する事があるし…真那と侑理も、一通りルールとマナーは頭に入れておいてね?基本貴女達は気を付けてもらう側になる訳だけど、サービスし過ぎてルールに引っ掛かった…なんてなったら笑えないんだから」

『はーい』

 

 そう。衣装は完成して終わりではない。そして作っている衣装も、実は使用用途別で二通りあり、侑理と真那は、琴里達とは別の物を作っている。

 まだまだ先は長く、終わってもそれは所詮『準備』が済んだだけの事。当日の事も意識しなければならない。そう考えるとやはり、これは大変な事で…だが、それでも。

 

「……ふふっ」

「……?急にどうしやがったんですか、侑理」

「いや…うち達って、戦場ではもう何度も力を合わせてる訳でしょ?でもこういう、戦いじゃない場で力を合わせて、同じ目的の為に頑張るっていうのも、なんだか良いな…なーんて、ね」

「分かり……ます。私も同じ気持ち、です」

「私もですー。なんだか文化祭直前の準備みたいで、一体感がありますよねー」

「その文化祭で色々あったってのに、よく美九は例えに出せたわね…。…けど、私も同感よ」

「戦場ではないが、これもまた一つの戦いなのだからな。皆、頑張ろう!二亜に、シドーの良さを伝える為に!」

 

 活気ある声で発された掛け声に、侑理も真那達も頷く。正直なところ、ただの戦闘の方がずっと楽かもしれない。そう思ってしまう程、今回の目標を達成するのは難しい。勝算は、かなり薄いのかもしれない。…だとしても、不思議と侑理に不安はない。大変でも、駆け抜けられるような気がする。そんな風に思えるのは……きっと、真那の存在は勿論、他にも苦楽を共に出来る友が、仲間がいるからだろう。

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