黙々と、黙々と、ひたすら黙々と制作作業に没頭する。初めこそ会話を交わしつつ衣装作りをしていた侑理達だったが、疲れていくに連れ、素人がやるには如何に難しい事なのかを痛感していく事となった。手を抜こうと思えば出来る。最低限形にするだけなら、もっと負担も小さかっただろう。だがこれは趣味でも練習でもなく、この先にあるのは勝負である以上、手抜きなど出来ない。戦場だろうとそうでなかろうと、素人である事は、戦いの場に立ってしまえば何の言い訳にもならない。
恐らくそれは、士道達も同じ事だろう。ひたすら目の前の作業に向かっていると集中力が落ち、効率が悪くなってしまうものである為、休憩を兼ねて一度漫画制作班の方を覗きにいったのだが…なんというか、向こうは凄い雰囲気だった。俗に言う、デスマーチ状態のようであった。
それでも休む訳にはいかない。何としても間に合わせなければいけない。そう意思を奮い立たせ、侑理がミシンを操っていた時…衣装制作班の下へ、ある〈ラタトスク〉機関員が訪れた。
「え?…そう、分かったわ」
現れたのは、〈
「真那、侑理。ちょっと付き合ってくれる?」
「えっ、琴里さんがお二人に告白…!?二人一遍にですか……!?」
「違うっての……」
「あーん、いつもの勢いがないじゃないですか琴里さーん!」
「えらい元気でいやがりますね、美九さんは……」
何を言っているのやら、と皆の視線が美九へと向く。当然美九とて疲れていない筈はないのだが…これも好きな感情が成せる技だろう。…多分。
「えーと…それはいいけど、その間の作業はどうするの?ぱぱっと終わる事ならいいけど、そうじゃないなら半数が抜けるのって結構大きいよね?」
「あ…その間は、私達が代わりにやりますよ」
「まあ、得意って訳じゃないから、あまり期待はしないでほしいけどね」
代打は自分達が、と椎崎と箕輪の二人が言う。それを受け、侑理は真那と顔を見合わせ…頷く。
何の事かは分からないが、時間がない今、わざわざ作業以外の事をしようとするなら、それ相応の理由がある筈。そして時間がないからこそ、今は迷う時間も惜しい。
「うむ、宜しく頼むぞ!」
「えと…大変ですけど、頑張り……ましょう」
「ふふふー、お二人と一緒に作業出来るの嬉しいですー。実は私、お二人共仲良くなりたいと思ってたんですよー?」
「ぶ、ぶれないわね美九ちゃんは…こほん、こっちこそ宜しくお願いするわ」
「あはは…じゃあまずは、何をどこまで進めてるか見せてもらっていいですか?」
進捗情報を二人へと伝え、侑理は真那、琴里と共に部屋を出る。どうやら士道も必要らしく、道中琴里は漫画制作班へと寄って士道を部屋から連行する。
「…兄様、大丈夫でいやがりますか…?何かこう、目元が令音さんみてーになってやがりますよ…?」
「やっぱり俺もそうなってるか…真那達こそ、凄くやつれ……」
『……?』
「…てないな…昨日までよりは疲れてる感じだけど、流石に二人は鍛え方が違うって事か……」
「まあ、真那は自己研鑽が好きだからねー。ふふん、ふふふん」
「なんで私の事なのに侑理が得意気なんでいやがりますかね…まあ、今に始まった事じゃねーですけど……」
四人で廊下を歩く中、真那からは呆れの視線を、士道からは苦笑を向けられる。…先程美九の元気さを、好きが成せる技だろうと思った訳だが、あれは多分間違っていない。胸を張りながら、侑理はそう思った。
そうして侑理達は、マンションの外へ。その瞬間冬の日差しに晒され、侑理も真那達も目を細める。自分達も士道も目を酷使していたからこそ、この明るさがキツい。
「うく……もうこんなに明るくなってたのか。やばいな、後何時間だ?」
「原稿も大事だけど、取り敢えず乗って頂戴」
マンションの前に停まっていたのは一台の車。琴里に促され、侑理達はその横へ。そして士道が後部座席の扉を開け、中に入ろうとし……そこで侑理は、ある事に気が付いた。
「……あ。ねぇ真那、琴里。これ座席の配置的に、後ろ三人助手席一人…って感じになるよね?」
『あ……』
ぴたり、と二人が動きを止める。士道は怪訝な顔をし…その最中、侑理達の視線は交錯する。
「…どうする?」
「どうするって…そりゃ、私達の内誰か一人は助手席に座る形にやるって話でいやがりますが……」
「あー…悪いけど私、士道に予め説明しておきたい事があるのよね」
「あ、そうなんだ。でも別に説明なら、助手席からでも出来るよね?それとうち、お疲れの士道にぃを
「それも隣じゃなくても出来るでしょう、というか私でもやれるかどうか怪しい芸当を、どうして侑理は出来る前提でいやがるんですかね…。…それはさておき、披露しているのは侑理や琴里さんも同じ事。そして兄様なら、自分が疲れていても隣に二人がいるようなら、気配りをするのは必至。だからこそここは、その必要もない肉親たる私が……」
「いやいや、生き別れの肉親だからこそ、疲れているなら優しくしてあげようって思うのが士道よ。その点私ならずっと一緒にいたからこそ……」
「えーっと…よく分からないが、俺が助手席に座れば丸く収まる話…だよな?すみません、失礼します」
『…………』
繰り広げられる、静かな駆け引き。侑理含めて誰も退かない、女ならぬ妹の戦いが巻き起こり…しかしそれは、士道の行動によりあっさりと閉幕した。運転手に声を掛け、さっさと助手席に座ってしまった。
あまりに拍子抜け且つ、どの想定からもかけ離れた結末。それを迎えた侑理達は、数秒黙り……呟く。
『…これだから(士道にぃ・兄様・士道)は……』
「えぇ…!?なんで俺が呆れられてんの……!?」
確かに士道は間違っていた訳ではない。手っ取り早く丸く収める選択としては、それが正解であるとも言える。だが、そういう事ではない訳で……同時にある意味、この鈍さがあるからこそ今の士道や周りの環境があるのかもしれない。そんな風にも、侑理は思った。
「…こほん。三人に来てもらったのは、他でもないわ。──実は、二亜の漫画家仲間だって人にコンタクトが取れたの」
「ほ、本当か!?なら、その人に話を聞けば──」
ばっ、と助手席から振り向いた士道に、琴里は頷く。これで二亜の過去が何か分かるかも、と言葉を返す。
そういえば、琴里は調査をすると言っていた。あれからまだ、一日経っていない。にも関わらず、更には同人誌関連で人員を割かれている状態で大きな手掛かりの可能性を掴んできてくれた事には、感謝する他ない。
「で、だけど…その人と話している間、二人は車で待っていてもらえる?勿論、話の内容は相手に許可を得た上で話すから」
「ああ、構わねーですよ。初対面の人間がぞろぞろと来たら、相手も身構えちまうでしょうしね」
今度は真那の言葉に侑理が頷く。…因みに今三人で座っている後部座席は、侑理達が全員小柄な少女なおかげで、余裕があった。もし誰かの代わりに士道がいれば、もう少し狭かった事だろう。肩とか触れていただろう。
そして二十分程の走行を経て、車はある喫茶店へと停まる。そこで士道と琴里は降り…少ししたところで、窓際の席の一つに、士道と琴里の姿が見えた。よく見れば、その席には令音もおり(後から聞いた話では、先に接触していたとか)…更にそこには、分厚い眼鏡を掛けた、二十代後半辺りに見える女性がいた。
「…多分、あの人が二亜さんの漫画家仲間…だよね」
「恐らくそうでしょうね。…しかし、後から話すつもりなら、どうして琴里さんは私達も連れてきやがったんでしょう」
「んー…運転手さんもいるとはいえ、皆が頑張ってる中自分だけは士道にぃと密会するなんて申し訳ないと思ったからとか?」
「密会って…今の発言、後できっちり琴里さんに伝えておくとしやがりますかね」
「ちょっ、止めてよ真那ー」
つんつんと、真那の肩を指先でつつく。どっちかというと、今の侑理が真那と密会になっている気がする。…ちらりルームミラーに目をやると、運転手が苦笑をしている顔が見えた。
まあ、実際のところはまず琴里が一度席を離れ、次に戻ってきた琴里が今度は侑理達を連れてまた不在となり…となったら十香達に不信感を抱かせてしまうだろうから、という想定があっての事だろう。精霊やDEM絡みでは想定外や緊急の事態がよく起こる為、致し方ない気がするのだが、基本保護した精霊を荒事に巻き込みたくはないらしい琴里の性格からすれば、そういう判断をしていてもおかしくはない。
「……あの席が範囲内になるように
「そんな盗み聞きをしてーなら、すればいいんじゃねーですか?」
「ちょっ、冷たいよ真那ー」
待っている今、他にやる事もないし…と侑理自身本気で行うつもりのない事を言ってみたり、再び真那をつっついたりする。しかしそれも、長くは続かない。先程までずっと集中していた事、結構疲れている事がある中で暇になると、当然睡魔が襲ってくるのであり…いつしか侑理はうつらうつらとしていた。何とか耐えようとする中で横を見れば、真那もうとうとしていた。そうして結局、いつの間にか侑理はまどろんでしまい…琴里達が戻ってきた、という運転手の呼び掛けで、はっとなって目を覚ました。
「お待たせ。……って、侑理?貴女、涎が垂れてない…?」
「うぇ!?こ、これは…あれだよ!真那を見てたら、つい……」
『ええぇ……』
寝ていた事がバレかねない痕跡を発見されてしまった侑理は、慌てて誤魔化そうとする…が、その結果全員から引かれてしまった。侑理自身、流石にこれはない、と思うレベルの酷い言い訳だった。…これならば、士道達が情報を得ようとする中寝てしまっていたのだと正直に話した方が、まだ傷は浅かったのかもしれない。
「…えぇと…取り敢えず、分かった事を話してもいいかしら」
「う、うん…お願いします……」
再び車に乗り込んだ(元々人数オーバーだからか令音は別で帰るらしい。そしてやはり士道は助手席を選んでいた)琴里へ、侑理は頷く。そして琴里はこほんと一つ咳払いをし…車が発進する中、得られた情報を掻い摘んで話してくれる。
まず、二亜の漫画家仲間だという女性は、高城弘貴という名前で仕事をしているらしく、二亜とは八、九年前程前に出版社のパーティーで会ったのを切っ掛けに、仲の良い関係を築いていたとの事。そしてDEMに囚われていたのだから当然だが、最近になるまで二亜とは音信不通だったらしく…しかもそうなるより前に、急に二亜の方から距離を取るようになり、疎遠になってしまったらしい。彼女はその理由を、自分が気付かぬ内に二亜を不快にしていたのではないか、自分が勝手に一番仲の良い作家仲間だと思っていたがあまり、油断から嫌われるような事をしてしまったのかもしれない…と考えていたのだとか。
「あくまで高城先生の主観って話だが、二亜は人当たりのいい、誰に対してもフレンドリーに接する人…って印象だったみたいだな」
「確かにそういう印象は、不機嫌になるまでのデートでも見られたわよね。…で、そんな二亜だけど、漫画家になるより前の話になったり、その中でも交友関係の話になったりすると、あんまり答えてくれなくなってたらしいわよ」
「んで、もう一つ。高城先生みたいに、仲良くなれたと思ったら逆に疎遠に…ってのは、他にも経験した人がいるみたいなんだ。まあ、これに関しては、二亜がフレンドリーだからこそ、深い関係ではなくてもそれなりに仲良し…って言える相手が自然と多くなるが故、って面もあるんだろうけどさ」
二亜はどんな人物だったのか、どんな交流をしてきたのか…そういう話を、高城はじっくり士道達に話してくれたらしい。…因みに琴里は「自分達と二亜は遠縁の親戚で、仲の良かった二亜と最近連絡を取れず情報を集めている』…というでっちあげの嘘を語る事で、高城から信用を得たのだとか。…このクレバーさを心強いというべきか、それとも恐ろしいというべきか、非常に難しい問題である。
「以上が得られた情報よ。一番気になったのは、ある時から急に距離を取られてそのまま疎遠に、って話だけど……」
「…まあ、思い付くのは〈
ふっ、と表情を曇らせながら、琴里の言葉に士道が答える。その返答に、侑理も真那と共に頷く。全知の天使は、人付き合いにおいても大きな力を発揮する…良くも悪くも活躍してしまう可能性が高いからこそ、真っ先にその存在が思い浮かぶ。
「考えてみればおかしな事じゃないわ。世界の全てを知れる天使なんてものを持っていたら、誰だって周りの人間の事を調べたり位するでしょうし」
「そうだな……でも」
「ええ。恐らく、それによって二亜は人間に不信感を抱いてしまった。──それはそうよね。四六時中聖人の様な振る舞いをしている人間なんて存在しないわ。陰口も言えば誰も見ていないところでは悪さもする。〈
難しい顔で、琴里は自分の考えを話す。その内容は、侑理にとっても理解の出来るものだった。
そして、現実の人間に対して不信感を抱いたから、醜いと感じてしまったから、恋もしなくなった。三次元に心を開かなくなったから、二次元に傾倒してしまった。そういう事であれば、一応の辻褄は合っている。琴里はその推測に対して、複雑そうな…悲しそうな表情を浮かべている。真那も同様であり、士道も何か考え込んでいるような面持ちを浮かべていて……
「……だとしたら、案外…っていうか、本当に二亜さんって──結構、子供っぽいのかもね」
だが、侑理は違った。琴里の話は理解出来る。そういう事なのかもしれない、と思っている。されど…それに対して感じたものが、違う。
「…子供っぽい…って、どういう事?」
「だって、考えてもみてよ。人には誰しも嘘や隠し事がある……なんて、誰でも知ってる事でしょ?それとも皆は、誰にでも裏の顔があるって聞いたら驚く?そんな事はない、って否定しようと思う?」
「…それは……ない、な」
「でしょ?実際にその『裏』を知る機会があるかどうかは別にしても、人が他人に見せる姿は、その人の一面に過ぎない…なんて事は、〈
そう。侑理の中で引っ掛かったのは、違和感となったのは、人の裏面を知って不信感を抱いた…という解釈。理屈としておかしな点がある訳ではないとしても、それを現実に落とし込もうとすると、どうにも腑に落ちない、納得が出来ないのだ。
「…逆じゃないかしら。長く人間社会の中で生きてきたのに理解してないんじゃなくて、人間社会に馴染む前に、人が日々の中で人間の裏表を自然と理解していくような経験をするより先に、二亜は自分の力で知ってしまったとしたら…そこには、受け入れるだけの精神的土壌がまだ出来てなくてもおかしくはないわ」
「うん、そうだね。その可能性は、確かにあると思う。だけど…だとしたら、二亜さん自身はどうなのかな?」
「どう?どうって、そりゃ……あ」
「うち達が、人の裏表について理解してる、受け入れてるのは、琴里の言う『慣れ』も勿論あると思うけど、一番の理由はやっぱり、自分もそうだから…でしょ?うちだって、誰かを憎んだりした事はあるし、後ろめたいと思うような事だってしてきた。自分自身もそうなんだから、他人が…真那や士道にぃ、琴里や皆に裏の顔があったとしても、その内容次第で驚いたり引いたりする事はあるかもしれないけど、裏表そのものを拒絶するなんて事はないと思う。逆に言えば、誰しもある筈の裏の顔に対して醜いなんて思うのは、自分には裏の顔なんてないと純粋に思い込んでいるか、自分の裏の顔だけは醜いものじゃないと都合良く考えているかの二択なんじゃないの?それがどっちだったとしても、そんなの子供っぽいって思わない?」
言いたい事を察した様子の真那に頷き、侑理は言葉を続けた。まさか、二亜に裏の顔、嘘や隠し事が一切ないなんて事はないだろう。ひょっとすると、自分に後ろめたい事はないと本気で思っている、後ろめたい事をそうだと認識していないというパターンもあり得なくはないが…そうであったとしても、やはり精神的に幼い、悪い意味で純粋な性格をしてしまっていると言わざるを得ない。
「それから、もう一つ。仮に、二亜さんが周りの人間を調べていたとしても、調べた人数なんてせいぜい数人から数十人、多くても数百人ってところだろうけど…この世界には、何十億人と人がいるんだよ?毎日どこかで赤ちゃんが、新たな人が生まれているんだよ?それなのに、人類全体から見れば極々一部に過ぎない人数だけ見て、人間を知ったつもりになって、それで失望するだなんて……あんまりにも、勝手だよ」
勝手だと、侑理は締め括る。だから、そんな思考は子供っぽい…大人のそれではないと、はっきり言い切る。調べた相手の裏の顔を知り、それで失望するのならば仕方のない事。二亜の許容範囲にもよるが、それ位の事なら誰にでもあり得る話。
しかし、琴里の言う通り、調べた相手のみではなく『人間』全体に失望の対象を向けているのだとしたら、それはいき過ぎというもの。知りもしないのに、調べる術もあるというのに、勝手に決め付け失望する…そんなのは酷いと、侑理は思うのだ。
勿論、ここまで語った事は全て、仮定に過ぎない。単なる推測であり、侑理の考えは勿論、琴里の見解も見当違いである可能性はまだある。…だが…それならそれで良いとも、侑理は思う。むしろ、そういう身勝手で子供っぽい思いだけが二亜の本質ではない方が良い…そんな風にすら思っていた。
『…………』
「……?士道にぃ?琴里?どうかした?」
「いや、なんていうか……結構容赦ないんだな、侑理って…」
自分の考えを、感じた事を言葉にした侑理。全て言い切り、締め括ったところで、真那達から返ってきたのは…沈黙。真那はまだ普段通りだが、士道と琴里からは、少し困惑したような雰囲気が漂っており…尋ねた侑理に対し、士道は頬を掻きつつ言う。
「私も正直驚いたわ。まさか、侑理がここまで言うなんて…ね」
「…うち、そんな驚く程言ってた?」
『言ってた』
こくん、と速攻で頷く二人の反応に、今度は侑理が頬を掻く。確かに言われてみると、かなりがっつり言っていた気がする。昨日は二亜を煽り誘導する為、真那共々意図的に二亜を刺激した訳だが…その時と同じかそれ以上に、色々言ってしまったようにも思う。…勿論、嘘は言っていないのだが。
「まあ、侑理は割とこんなもんでいやがりますよ。容赦がねーというか、結構感情的になり易い訳です」
「うっ…真那まで言う……?」
自身の最大の理解者たる(きっとそう、絶対そう)真那にまで言われてしまえば、もう逃げ場はない。そして、感情的になり易いという指摘も、これまでの経験…特に戦闘時の事を思うと、否定は出来ない。
「けど、侑理が言いたい事も分かるわ。実際のところ、二亜が人をどう思っているかなんて、想像するしかないけど……裏の顔があるとしても、それだけの理由で悪だと見做すのは早過ぎるし、嘘や隠し事があったとしても、それを知ったとしても、人と人は仲良くなれる…私は、そう思うもの」
「流石琴里さん。同じような事を言っているのに、侑理より遥かに簡潔で、しかも棘のねー言い方ですね」
「ま、真那?確かにそれはそうだと思うけど、だからってそこまではっきり言う必要ある…?」
「あー、疲れてて普段は出来てる気遣いが上手くいってねーのかもしれねーです」
「つまり普段から言わないだけで色々思ってたって事!?ねぇ!?」
残酷過ぎる真実を示唆する真那の肩を掴み、必死に侑理は訴える。明後日の方向を見ている真那の表情は見えなかった……が、士道と琴里の苦笑する面持ちからして、恐らく真那もにやりとしているのだろう。それはそれで酷い……が、冗談ならばほっとする。そんな侑理であった。
「…でも、まぁ…考えようによっては、プラスに働くかもしれないわね」
「…えっと、何が?」
「二亜が人に失望しているのなら、って事よ。その現状は悲しいけど、今がマイナスの状態なら、私達が漫画を通して『世の中には素敵な人間もいる』って思わせられた時の伸び幅は、きっとプラスもマイナスもないゼロの状態より大きくなる筈だもの」
「確かに、期待してねーところで光るものを見つけられたとしたら、誰でも興奮するもんでいやがりますしね」
「えぇ。まあ勿論、漫画の出来が良くなくちゃ成立しない話だけどね。だから、気張ってくれなきゃ困るわよ、士道」
腕を組みながら、助手席の士道へと呼び掛ける琴里。しかし何故か、士道からの反応はない。何事かと思えば、士道はこちらを向いたままぼーっとしており…だが侑理達の視線に気付いたようで、その表情は引き締まる。
「すまん、ちょっと考え事をしていた。俺も少し違和感っていうか、引っ掛かる事があってな」
何か気になる事があった様子の士道だが、迷いや不安は伝わってこない。もう自分の中で答えを得られた…という訳でもなさそうだが、見るべきもの、向かうべき方向は分かっている…今の士道の表情からは、そんな風に感じられた。
「とにかく──今は、同人誌を完成させよう。何をするにしても、二亜ともう一度話す事の出来る場所を作らない事には、話にならない」
「兄様……」
そうして士道が発した、前向きな意思の籠る言葉。思えば得られた情報も、そこからの推察も、喜べるようなものではなかった。考えようによってはプラスになるという琴里の視点も、現状がマイナスである事を前提にしているという意味では、やはり確かに悲しいものがある。故に士道の前向きな発言は侑理にとって意外だったし、それは恐らく真那達にとっても同じであり……だからこそ、心強い言葉でもあった。
「だよね。うち達も全力で支援態勢を整えているから…士道にぃも、頑張って!」
胸の前で、両手を並べるようにして握る。侑理達のやろうとしている事、やらねばならない事は変わらない。士道がその思いを貫けるよう、守り、支えるのが侑理の意思であり、〈ラタトスク〉に力を貸す事が侑理の恩返し。そして士道は、侑理の言葉にゆっくりと頷き……
「……ところで、三人共」
『……?』
「…なんかさっきから、段々気持ち悪くなってきた……」
「いや…走行中の車内でずっと後ろを向いてたら、そりゃ車酔いにもなるわよ!ましてや今は、疲労と寝不足で体調だって良い訳がないんだから!」
隠すのを止めたからなのか、若干青い顔を見せる士道。その何とも拍子抜けする発言に、琴里は鋭い突っ込みを浴びせ…流石にこれには、侑理や真那も軽く呆れてしまうのだった。