デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第九十四話 大晦日の戦い

 ほぼ丸一日、最低限の休息を除いて作業をし続けるというのは、とにかく体力を、精神力を喰らい尽くしていくものだった。人は働き過ぎによって命を落とす事もある…それが一体どういうものなのか、この一日でよーく分かったと共に、こういう生活を一度ならず何度も経験しているような人の(そうせざるを得ない状況や環境含めて)恐ろしさを、身に沁みて理解した。…やはり戦場の方が楽なのではないか、と思うのは、慣れの差か、それとも侑理自身並みの魔術師(ウィザード)よりは強く、幸いこれまで大きな怪我を負う事なくやってこれたが故の感想か。何れにせよ、戦場が比較対象として出てきてしまっている時点で、相当な状態である事は間違いない。

 ただそれでも、途中で力尽きる事や、心が折れる事はなかった。辛く厳しい道のりだが、不可能ではない、ギリギリ間に合うかもしれないと思えるペースで進められた事と、苦楽を共にする友がいてくれて事が、侑理の支えになってくれた。同時に侑理の存在が、真那や琴里達の支えの一端になれていたのなら…それは、嬉しい。そして、慣れない作業との格闘の末……出口の光明が、ふっと差し込む。

 

「あ、後は…実際に身に付けての、確認だけ……」

「はは…これで修正不可能な問題が見つかったら…二人で泣こうじゃねーですか、侑理……」

 

 ふらふらと立ち上がり、衣装を持って部屋の端へ。疲れのせいか珍しい発言をする真那に乾いた笑いで返しつつ、自身の服に手を掛ける。着替えるのだから、本来なら自分の部屋か誰もいない場所に行くべきだが、この部屋には美九もいるのだが…疲れている今は、それすら面倒だったのである。

 服を脱ぎ、下着姿になり、着ていたものを軽く畳む。それから慎重に、衣装へと腕を通していく。その間、美九はといえば…こちらを一瞥もしていなかった。流石の美九も、今は体力的、心情的に、邪な事を考えていられる余裕はないという事なのかもしれない。そして……

 

「…お…おおぉ……」

「これは……」

 

 自身の口から漏れる、興奮と感嘆の混ざり合ったような声。隣の真那も、似たような響きの声を発する。ゆっくりと自分の姿を確認し、身体を動かし、真那と顔を見合わせ……ハイタッチをするように、真那と両の手を握り合う。

 

「や、やった…完成したよ、真那…!」

「えぇ、時間にしちゃ一日程度の突貫衣装でいやがりますが…感動ものでいやがります……!」

 

 喜びの声を、表情を真那と交わす。確かに真那の言う通り、長い時間を掛けて作られた、プロの緻密な衣装に比べれば質は劣る事だろう。それでも、嬉しいのだ。完成した嬉しさと安堵は、半端ないのだ。

 そう。完成したのである。ずっとミシンに向かい続けていたのではなく、気分転換(と言えるかは怪しいが)を兼ねて別の作業も途中で挟んでいた…つまり、他にやるべき事は既に済ませていた為、これで本当に終わったのである。

 

「やったわね、二人共…。こっちも、これで……」

「ふふふ、終了…ですー……!」

 

 続けて聞こえてくる、琴里と美九の声。二人は一度着てみた上での最終調整を行っていたのであり、完成と共にぐてーっと背もたれへ深く身体を預ける。それを聞いた十香と四糸乃は、あちらも感動したように二人で何度も頷き合う。

 

「本当に…本当に、間に合ったんですね……!」

「ああ、夢ではないぞ四糸乃…!これで……。……いや」

 

 表情に疲労を色濃く感じさせながらも四糸乃は興奮を帯びた声で言い、十香はそれを肯定する。だがそこから十香は一度口を噤み…表情を、引き締める。

 

「…えぇ、そうよ。確かにここまでも大仕事だったけど、まだ決戦の準備が整っただけ。一番の勝負が、まだ残っているわ」

 

 椅子から立ち上がった琴里の言葉。それを受けた侑理達は顔を見合わせ、頷いて返す。

 そう。これは完成して終わりではない。同人誌の売り上げで、二亜に勝つ…それが果たされなければ、安堵も、喜びも、真の意味では訪れない。

 

「じゃあ、衣装を仕舞って向こうの様子を確認しに行きましょ。…くれぐれも、慎重にね…?」

「…真那、手伝ってもらっていい?一人でやったら、うっかり破きそうな気がする……」

「私もそうさせてもらえると助かります。この眠い状態じゃ、どんな失敗をしてもおかしくねー気がするんで……」

 

 二人で分担し、自分達の衣装一式を用意しておいた段ボール箱へ入れる。そうして琴里達と共に部屋を出て、もう一つの作業部屋…漫画制作班の戦場へとノックして入る。

 

「……ハイ、士道」

「ああ、琴里……って、お前等……その顔、何してたんだ?」

 

 情報収集の為の外出ぶり会った士道。その表情は、あの時以上に酷くなっていた。酷い顔で、机に突っ伏していた。

 だがそんな士道も、こちらを見るや否や驚いた様子を見せる。…どうやら、自分で思っている以上に侑理も凄い顔になっているらしい。

 

「それは秘密だぞ、シドー」

「お楽しみ……です」

「うふふ……本当なら睡眠不足は美容の大敵なんですけど、だーりん達にだけお仕事をさせる訳にはいきませんからねー」

 

 そんな士道からの問いに、疲労は隠さず、しかし笑みを浮かべて十香達は答える。この笑みも、完成に行き着いたからこそのものだろう。喉元過ぎれば熱さを忘れる、という言葉もある通り、辛い事も終わってしまえば「悪い事ばかりではなかった」…と思うものなのだ。

 

「それより、作業の方はどう?」

「ああ……俺は丁度今終わったところだ。後はゴムかけしてスキャンしたら、アシスタントチームに送れる。耶倶矢と夕弦と折紙も多分、終わったんじゃないかな」

 

 答えながら、士道はちらりと机の方へ視線を送る。要は、残りは原稿を綺麗にし、スキャナーでデジタルデータに変換した上で送信をすれば完了という事だろう。

 更に視線を動かせば、八舞姉妹や折紙の席にある原稿も、確かに完成していた。力尽きたように…というか本当に力尽きた様子で耶倶矢と夕弦もぴたっと額を机にくっ付けており…折紙は、座った姿勢のまま動かなくなっていた。人形の様に端正な顔立ちの折紙が、今は本物の人形が如き状態だった。…やはり、より大変だったのは士道達の方だろう。作業の内容もそうだが、士道達の同人誌制作は作戦の根幹…即ち完成しなければその時点で即失敗となるという精神的な負荷は、間違いなく大きい。

 それでも、士道達は己が役目を完遂していた。やりきっていた。…だが、漫画制作班も、完全に終了した訳ではない。完成によりダウンしていた士道達の奥で…まだ一人、作業を続けている少女がいる。

 

「七罪?」

 

 ゆっくり立ち上がった士道が、まだ奮闘している少女…漫画制作班のエースたる七罪に声を掛ける。侑理達も集まっていくが、七罪からの返答はなく、再度士道が声を掛けたところで、漸く七罪は呼ばれた事、更には侑理達が訪れていた事に気付く。

 凄まじい集中力故か、疲労困憊で周囲を認識出来なくなっていたのか、或いはその両方か。この場の誰よりも酷い顔をした七罪へ、士道達は後は自分達が…と言って休む事を勧めるも、七罪はそれを一貫して拒否する。今にも倒れてしまいそうなのに、虚ろな瞳でペンを握り、漫画を描き続ける。諦める事も、挫ける事も…自分を卑下する事もなく。

 

(…凄い……)

 

 その手元にある原稿は、圧巻のものだった。ただ上手いだけではない。疲労に疲労を重ねている筈なのに、最初に書いたイラストから殆ど劣化していない絵を描き続けている事が、とにかく凄かった。

 しかも、それを行っているのは七罪。ネガティヴを体現したような、どんな方向からでも後ろ向き思考に繋げてしまう少女。その七罪が今、誰よりも頑張っていて、誰よりも自分を貫こうとしている。強く、凛々しく…格好良いと、心から思える程に。

 そして、七罪は大丈夫だからと言う。手を震わせながらも綺麗な線を引き、言いながらも作業を続ける。完成へと、歩み続ける。

 

「……多分、私、本番じゃ役に立たないし、私に出来るのなんて……これ位だから。……だから、やらせて。こんな私が必要とされるなんて、思ってもみなかった。私だって、皆の役に立ちたい……」

『七罪……』

「……私ね、士道や、皆に助けられて、本当に嬉しかったんだ……それで、今度は、別の精霊を助ける為に、一緒に力を合わせられる。それが、本当に……本当に、嬉しいの。だから、辛くなんてない。楽しくて楽しくて仕方がないわ。あの二亜っていう分からず屋にも……早く教えてあげたい」

 

 最後の力を振り絞るように腕を上げる。その言葉が嘘でないと分かるような、確かな笑みを浮かべる。そして七罪は、ペン先を用紙へと触れさせ……

 

「──友達って──、素敵だよ……って」

 

 最後の線を、引き終えた。それと共に、七罪は椅子から崩れ落ち……その小さな身体を、士道が抱き抱える。倒れた七罪へ侑理達は呼び掛けるが、反応はなく…代わりに聞こえてきたのは、安らかな寝息だった。

 

「……頑張ったな、七罪」

 

 そんな七罪を、士道は撫でる。その言葉に、侑理は無意識の内に頷いていた。

 思い出すのは、士道が暴走してしまった際、七罪が霊力を使ってすぐに限界を迎えてしまった時の事。あの時侑理は、自分を蔑ろにするような事を、友達として言ってほしくないと伝えた。その時も七罪の反応から、自分の言葉はちゃんと届いている筈だと感じたが…そういう七罪だからこそ、彼女自身の口から友達への思いを聞く事が出来たのが、侑理も嬉しかった。

 だが、これで良かった良かった、ではない。この場でやるべき事はやり切ったが…まだ、この先があるのだから。

 

「──お見事」

 

 士道が七罪を部屋に運ぶべく抱き上げる中、完成した原稿を手にした琴里は小さく呟く。そして、全員へと視線を送る。

 

「七罪の魂の玉稿よ。これで、武器は揃ったわ。──皆、この勝負、絶対に勝つわよ」

 

 全員が全員、疲弊している。万全には程遠い。それでも琴里の言葉に、これから向かうべき目標に…侑理達は、心からの声で応えるのだった。

 

 

 

 

 十二月三十一日。今年最後の朝を迎えた天宮市の一角、天空スクエア。そこは今、多数の人間が訪れ、忙しなく動いていた。

 ここが、夏と冬、年二回行われる同人誌即売会、コミコことコミックコロシアムの会場。今の侑理達にとっての、決戦の地。会場と同時に様々なサークル…所謂売る側の人間が個人もグループも関係なく、あれよあれよと押し寄せていたらしい(無論安全面から落ち着いてくるようアナウンスもあり、当然気を付けているものも多い)のだが、出店する場所は事前に決まっている以上ブース確保の心配はない事と、少しでも長く身体を休めて体力を回復しようという判断から、侑理達が訪れたのは開場から一時間程してからの事。

 

「…これはまた、すげー光景でいやがりますね……」

「うん…参加する人達の熱意が押し寄せてくるみたいだよね……」

 

 人数もさる事ながら、凄まじいのはその活気。参加者は全員、侑理達と同等の何かを賭けているのではないかと思ってしまう程の熱量が、ここにはある。

 

「ふふふー、天空スクエア…懐かしいですねー、皆さん」

「む?…そうか、美九との勝負をしたのもここであったな」

 

 にこやかな調子で美九が言えば、十香や士道達が「あー」という反応を見せる。因みにその美九は今、寝相と言い張って琴里と四糸乃を抱き締めながら寝ていたとして容疑を掛けられている。ついでに折紙は士道が寝ている場所に忍び込んだ、と同様の容疑を、更には侑理も真那を抱き枕にしていたという容疑を掛けられていて、全員これは冤罪だと主張しているのだが…中々難しいものがあった。

 まあ、それはともかく、美九が言っているのはここで行われたという合同文化祭の事だろう。そして、その時の侑理は……

 

「…あの時は、ほんとにごめんなさい折紙さん……」

「謝る必要はない。あの時貴女は、組織の命令に従っていただけ。もしあの場で責められるべき人間がいるとすれば、それは逆に命令違反を犯していた私だけ」

「でも……」

「まあ、いいじゃねーですか。当の折紙さんが気にしてねーんですから。それとも侑理は、その時の事で責められてーんで?」

「そ、そうじゃないけど……」

 

 普段通りの調子で返してくる真那と折紙。さっはりした性格の真那と、良くも悪くもとにかく真っ直ぐな折紙が、気休めでこんな事を言う訳がない。それを侑理は知っているからこそ、逡巡の末、二人の言葉に頷いた。

 そして、侑理達は全員で天宮スクエアの中に入り、連絡通路を進んでいく。目的地である東ホールへと到着し、既に多くのサークルがテーブルの設置や売り出す物の準備を進める中、自分達のスペースへと更に歩みを進め……ホールの壁付近まで来たところで、琴里が声を上げた。

 

「──いたわ。二亜よ」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、ふっ…と緊張感が包み込む。決戦の相手、勝つべき精霊を前に、侑理達は足を止め…士道が一人、二亜へと近付いていく。

 二亜も、自分のスペースの準備を複数人で行っていた。聞こえてくるやり取りから察するに、仲間同士ではなく、この場限りのバイトなのだろう。

 

「……うん?奇遇だねぇ、少年。まさかこんなところで会うとは思わなかったよ。おや、皆さんもお揃いで。初めましての人が多いかな?」

 

 こちらの存在に気付いたらしい二亜は、眼鏡をくいっと持ち上げ、向こうから声を掛けてくる。向けられた視線に、真那達は各々警戒した様子を見せたり、軽く会釈したり、同じく視線を送るのに留めたり、スレンダーな眼鏡美人も中々…と妙な事を呟いたりと反応を返す。そして侑理自身はといえば…昨日結構勝手な評価をしてしまった為か、いざ対面すると途端に申し訳ない気持ちが湧き上がってきて、思わずちょっと目を逸らしてしまった。

 

「……で、一体何しに来たの?そりゃあキミたちがコミコに来るのは自由だけど、一般参加者の入場は十時からだよ?」

「ご忠告どうも。──でも、私達は一般参加者じゃないのよね」

「ふうん……?ああ、成る程。おかしいとは思ってたんだよねぇ。マップではここにスペースなんてない筈なのに、来てみたら増設されてたからさ。てっきり運営側のミスかと思ってたけど……そっか、キミ達の仕業か」

 

 そしてそこから、士道と琴里が二亜と言葉を交わす。言葉と共に琴里が二亜のスペースの隣を指差した事で、二亜は全てを理解したようで、不愉快そうな、されど面白がっているようでもある、意図の読めない笑みを浮かべる。更にそこから、二亜はこちらの人数の多さに触れ…二亜の側にいるのがアルバイトだという事が、会話の中で明らかになる。

 

(二亜さん、この場所を〈ラタトスク〉が確保したって事を知らなかったんだ。って事は、やっぱり……)

 

 会話が続く中、それを聞きつつ侑理は考える。今の情報から分かったのは、全知の精霊を持つ二亜でも、本当に何でもかんでも知っている訳ではないという事。それ自体は士道から「〈囁告篇秩(ラジエル)〉は求めた情報を引き出すだけ。要は超々高性能検索エンジンの様なもの…らしい」…という内容で事前情報としても聞いていたし、ゲーム作戦が途中まで上手くいっていた事からも確認出来る訳だが…今のやり取りにより、二亜が気になった事でも、実際に〈囁告篇帙(ラジエル)〉を使用しなければ分からないのだという事がはっきりした。全知の天使はその名に偽り無しのようだが、あくまで全知なのは『天使』であって、二亜自身はその主でしかない…そういう事であれば、確かに襲撃を察知する事が出来ずDEMに捕まった…という事態が起きてもおかしくはないのだろう。

 そしてもう一つ。これもここまでの事で分かっているが、〈囁告篇帙(ラジエル)〉は未来を知る事も出来ないらしい。だが、これはある意味当然だろうと侑理は思う。何せ、未来とはまだ起こっていない事…つまり、『今』に情報として存在している訳がないのだから。

 

「それで?参加するのはいいけど、何を売るの?見たところ手ぶらみたいだけど」

 

 次に発されたのは、当然の質問。言われた通り、侑理達は特に何も持ってきていない。何の準備もここにはない。…だが、それも今この瞬間までの事。

 二亜の言葉に答えるように、琴里は指を鳴らす。するとその直後、普段は〈フラクシナス〉のクルーを行っている中津川、川越、幹本の男性三人が、段ボール箱を山積みした台車を押してやってくる。勿論それは…アシスタントチームが仕上げ、製本された、士道が主人公の同人誌。そしてその冊数は……〈ラタトスク〉が事前に把握したという、二亜が今回用意した同人誌と同じ数。

 サークルの場所は隣同士。同人誌の冊数も同じ。即ち……完全に、フェア。

 

「…わっ、すっご……」

 

 手始めに、士道が開けた段ボール箱から出てきた漫画。それを手にした瞬間、士道は驚いた顔を上げ…覗き込むようにして見た侑理も、思わず声を漏らしてしまった。

 原稿の時点でも、十分に上手かった同人誌。それが今はきっちりと彩色が成され、表紙にはタイトルも描かれ…完全に、漫画となっている。その根幹部分を、七罪を中心とした士道達が作ったのだと思うと、改めて侑理は感服の念を抱く。

……因みに余談、完全なる余談だが、先程からちらほらとこちらに視線が向けられていた。だがそれは、美少女揃いの精霊達に向けられたものでも、プロの漫画家である(といっても職業柄顔はあまり知られてないだろうが)二亜へ対するものでもなく…クルーの一人、眼鏡と指抜きグローブが印象的な中津川への視線だった。しかもその視線と共に、『伝説のサークル〈妹々(まいまい)かぶり〉の代表MUNECHIKA』だの、『「舌足らずな幼い妹からの呼称はお兄たんかお兄たまか」の方向性の違いからサークルが分裂して以来姿を消していた』だのという、気にはなるが意味不明な声が聞こえてきた。…それに関して本人も「昔の話」と言っている為、余談に留めるべきだろう。色んな意味で。

 

(これを、相手より先に売り切れば勝ち。言葉にすれば単純だけど、そんな簡単な話な筈が……)

 

 勝利条件は二つ。より早く売るか、より多く売るかだが…後者が成立するのは、終了時点でお互い売れ残りが発生した場合。プロの作品がそうなるとは考え辛い為…やはり勝敗は、早さで決まる。そして開戦が近付く中、抱いた緊張感が少しずつ高まる中で、士道は手にした同人誌を持って二亜の前へと立ち……

 

「──今日は宜しくお願いします。サークル〈ラタトスク〉の五河士道です」

 

 挨拶を、行った。それと共に、同人誌を差し出した。士道の行為に、二亜はまず驚きの表情を、次に苦々しげな表情を浮かべ…その上で、同じように同人誌を差し出しながら、挨拶を返した。本条二亜ではなく、漫画家としての名前である『本条蒼二』の名を名乗り……隣り合ったサークル同士はこうして交流するのだという、コミコの通例に従った。

 そうして、会場用のセットが追加で搬入されたところで、まずはその中身を確認。その最中、二亜は無名のサークルと急拵えの作品で自分を超えるなんて…と言っていたが、それに対して琴里が不敵な笑みと共に言葉を返し、精霊達を連れてこの場を離れる。

 

「皆、一体何を…。…と、いうか…二人は行かないのか?」

「ふふん、うち等の出番はもう少し後だからねー」

 

 何をしに行ったかバラしてしまったら十香達が残念がるだろうと思い、侑理は黙っておく事にする。真那や士道、クルー達と共に、サークルとしての準備を整えていく。

 それが済めば、後は開始を待つのみ。まだ多少の時間はある為、焦る事はないだろう…そう思っていたのだが、気付けば先程の注目とは別の視線が、人だかりが生まれ始めていた。そこからちらほらと人が出て、段々と二亜のサークルのところへ並び始めた。

 曰く、その人達はサークルとしての参加者…即ち自分達の売る場も有している者らしい。そしてこれは、一般参加者より先に入れる点を利用し、一足先に並ぶという、ちょっとグレーな行為らしい。つまり、これがどういう事かというと……

 

「同人誌の初動は、前評判で決まるの。勿論あたしはブランクあるし、今回は急な参加だったからカタログにも載ってないけど、少し前からブログで告知打ってたからね。あたしの本を第一に手に入れようって参加者が、少なからず存在するんだよ」

 

 人だかりと列の存在を中津川と話していた士道が、二亜の言葉で愕然とする。初動で負けてもその後巻き返せば良い…などと悠長な事は言っていられない。何せ、この勝負はスピードが命なのだから。今ある分をどっちが先に売り切るかの勝負な以上、先行逃げ切りも十分あり得てしまうのだから。

 だが、事前の告知だけが初動を左右する訳ではない。宣伝の手段は、ブログ一つではない。そして、正にピッタリというタイミングで、琴里達が戻ってくる。

 

「琴里?って……えぇっ!?」

 

 聞こえた声に振り向いた士道が、再び見せた愕然の顔。されど、それも当然の事だろう。何せ今、琴里達精霊は、全員が全員可愛い…しかし同時にセクシーさもあるバニーガールのコスチュームを纏っているのだから。

 

「お、お前等、その格好……」

「うむ!売り子と言うらしい!」

「昨日……皆で、作りました……!ちょっと恥ずかしいですけど……頑張ります……っ!」

 

 そう。これこそが、士道達同様徹夜で仕上げた衣装の正体。琴里や十香、四糸乃や美九だけでなく、折紙や八舞姉妹、七罪の分も売り子として動けるように作ってきたのだ。

 因みに漫画制作班の衣装も問題なく作れたのは、〈ラタトスク〉には定期検査によって得た各種身体データがある為。つまり侑理のスリーサイズなんかも、〈ラタトスク〉には筒抜けなのである。…ちょっと恥ずかしい。

 

「なんだあのサークル……すげえ可愛い子ばっかじゃねえか」

「えっ、カタログにはなかったぞ、あんなの」

「ていうかあの中にいるの、誘宵美九じゃないか?」

 

 狙い通り、美少女バニーガール集団の投入によって一気に注目が集まる。中でもアイドルとして知名度のある美九の存在は大きく、どんどん視線がこちらへと向く。

 言うまでもなくこれは、本の内容とは関係ない。魅力や面白さとは、無関係な集客方法。だが…これもまた、れっきとしたマーケティング方法の一つなのだ。侑理自身、ズルい手法だとは思うが、『売る』という目的を果たす為に最適な手段を用いるのは商売における基本であり、ズルくはあっても悪い事、非合法な手段を投じている訳ではない。何より、二亜が文句を言わない(問題ないと思っているのか、後出しでズルいと規制するのはそれこそズルだと考えているのかは不明だが)以上、これも良いのだ。有りなのだ。

 

「琴里、うち等はまだ、だよね?」

「えぇ。策にはそれぞれ打つべきタイミングがあるもの。…皆も気を引き締めて。もうすぐ、始まるわよ」

 

 中学生がしていると思うと、色々ぶっ飛んている気がする(思い返せば七罪の時はもっとトンデモな格好になっていたが)バニー衣装。しかしそんな格好でも普段の調子を崩す事なく、琴里は皆を見回して言う。そして、侑理は琴里に頷き……アナウンスが、響いた。大晦日の同人誌即売会、コミックコロシアムの開始を告げるアナウンスが。

 直後、鳴り響くのは拍手。それはサークル参加者からの、歓喜と歓迎の拍手であり……地鳴りのような音を立てながら、一般参加の人の波が押し寄せてくる。遥か昔、まだ銃火器も碌になかった時代の合戦はこのようにして敵軍に向かっていったのでは?と思う程の迫力で、数えきれない程の人がお目当ての作品を手に入れようとホールを邁進し……二亜との勝負が、幕を開ける。

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