デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第九十五話 打てる手全てで

 始まった同人誌即売会。二亜との売り上げ勝負。開幕と同時に一般参加者が大挙を成してホール内へと広がっていく中、先に入れる事を活かしたサークル参加者の列も動き始め…販売が、スタートする。

 当たり前だが、スタートダッシュで優勢を取ったのは二亜の方。まずそもそも、侑理達〈ラタトスク〉は無名である為サークル参加者による列がなく…しかしそこは、美少女バニーガール集団の圧倒的見た目でカバー。十香の無邪気な、そしてそれ故にちょっと強引な接客で一冊目が売れると、それを皮切りに次々と人が寄ってきた。こちらにも、列が発生した。

 売ってしまえばこちらのものな、あまり胸は張れない集客&販売方法。されど…侑理達は知っている。七罪達漫画制作班の努力を。その結晶たる同人誌が、決してただの素人の満足ではなく、ちゃんと人に見せられるものである事を。

 

「最後尾、こちらになりまーす!」

「あ、〈ラタトスク〉の本をお買い求めでやがりますか?それならこっちでいやがります!」

 

 真那と共に、並んでくれる人達へと声を発し、案内をする。今、侑理達が行っているのは列の整理。琴里達の行う売り子と違い、こちらは集客力に殆ど繋がらない…が、ここは様々なサークルが立ち並ぶ同人誌即売会の会場であり、既に中は人酔いをしそうなレベルで大混雑状態。きちんと整理をしなければすぐに列は乱れ、買いたいと思ってもらえても購入まで辿り着けなかった…というパターンが普通に発生し得る上、無名サークルは積み重ねがない…即ち今の時点でプラスとなる評価がゼロである以上は、購入におけるマイナス点を出来る限り排除しなければ、簡単に客は離れてしまうのだ。

 

「けど、ほんとにすっごいね!冬なのにうち、かなり暑いかも!」

「同感でいやがります!こんな環境としちゃ快適に程遠い場に来てまで、基本は素人が作った作品を買う…本当に、好きの力は偉大ってもんです!」

「ほんとだよねッ!好きって偉大だよねッ!」

「あぁはい乗ってくると思っていやがりましたよ!」

 

 とにかく人の数が多い上あちらこちらで会話が発生している為、声を張らなければ近くの真那ともやり取りが出来ない。それ程までに大変な環境ながら、このホールを訪れる者は時間が経てども一向に減る様子がなく…改めて、サブカル及び同人業界の凄まじさを感じられる。

 

(この調子が最後まで続けば、完売も決して夢じゃない。…けど……)

 

 極端に発行部数を絞っているとかでもない限り、無名の初参加サークルで完売…となれば、それはきっと誇れる事なのだろう。七罪達の努力が世間に認められるようで、嬉しくもなる。だが…これは二亜との勝負。そして今…どころか、開始からずっと列の長さは二亜のサークル〈本条堂〉に劣っている。このままでは、向こうが先に完売してしまう可能性が高い。

 と、まるで侑理のそんな思考を感じ取ったかのようなタイミングで、列の大元からやってきたのは琴里。営業スマイルできっちり周囲へサービスしつつも合流した琴里は、すぐさま言う。

 

「真那!侑理!そろそろ『仕込み』が効いてくる筈よ。それにもう、向こうの準備も出来てる筈だし…二人も、行ってもらえる?」

『合点!』

 

 遂にこの時が来たか、と侑理は真那と頷き合う。そして列の整理を琴里に任せ、この場から離脱する。

 今日に至るまで、士道は七罪達と共に、本当に頑張っていた。それは琴里達も同じであり、今も販売に精を出している。だから今度は、侑理と真那の番。出番で、本番。

 

「すみませーん、登録お願いします!」

 

 向かった先は、更衣室。道中琴里からの指示を受け荷物を用意してくれた機関員から衣装とリストバンドを受け取り、それを持って更衣室前で受付を行う。そして登録証を得て、更衣室の中に入る。

 

「…改めて考えてみると、これを着て大勢の前に…ってのは、中々緊張するもんでいやがりますね……」

「え、もしかして真那、尻込みしてる?」

「緊張、って言ったじゃねーですか。…確認した時は徹夜で頭がぼんやりしてたとこもあって、何の不安も感じちゃいませんでしたが……」

「今、改めて思うと…って事?」

 

 こくり、と頷きを返す真那。尻込みしてる?…とからかいはしたものの、その気持ちは侑理も同じ。こうして今もう一度見ると、細かい部分の荒さがどうしても気になってしまう。これは製作者だから気になるだけで、周りからすれば気になる程でもない…という事もあり得るが、だとしても気になる事には変わりない。……だが。

 

「…だとしても、やるしかないよ。もう衣装はどうにもならないし…きっと大丈夫。うちは、そう信じてる」

「……えぇ、そうですね。それじゃあ侑理…やってやろうじゃねーですか」

「うん!」

 

 にっ、と勝気に笑う真那へと笑みを返し、衣装を身に付けていく。準備を整え、アイテムを確認し……準備完了、と更衣室を出る。

 

「さて、次の問題は場所でいやがりますかね」

「んー…まあやっぱり、導線が大事だよね。だからこことかどう?」

 

 真那が手にしていた会場マップの一角を指差す。そして、そのままその場所へと歩いていく。

 選んだのは、野外エリア。どこを見ても人だらけながら、それでもまだ外は多少の余裕があり、場所によってはそれなりに身体も動かす事が出来そうなところ。選出としては中々悪くなく…移動する中、聞こえてきたのは周囲の声。

 

「お、あれは…何の格好だ?」

「ひょっとして、オリジナル…?だとしたら、中々にチャレンジャーじゃないか……」

 

 自分達へ向けられた声が聞こえる度、肩が微かに震えてしまう。緊張が、じわりと心の奥から滲んでくる。

 されど本当に、もう出来る事などない。選択肢は二つ。やるか、逃げるかの二択。ならば逆に考える事などないではないか、と侑理は軽く自嘲し……目的地へ、到着。そうしてまた、真那と頷き合い……戦いが、始まる。

 

「ふー……よし!それじゃあ真那──せーのっ!」

 

 周囲からの注目を引き付けられるよう、意図的に大きな掛け声を上げる。その声と共に真那と背中合わせになり、決めておいたポーズを取る。バッと、シュバっと、キレッキレにポーズを取り……不敵に、微笑む。

 

「…………」

「…………」

 

 ポーズを決める事、数秒間。狙い通り、そこそこの視線を集める事は出来た…が、それだけ。特に何も起こらず、恥ずかしさが湧き上がってくる。

 

「…侑理、初手からずっこけてねーですか…?」

「だ、大丈夫…!一応これも、想定の範囲内だから……!」

 

 嫌な汗が衣装の内側で滲むのを感じながら、侑理は真那に大丈夫だと返す。正直ちょっと…いやかなりショックではあったが、別に虚勢ではない。すぐに人が寄ってきてくれるとは限らない事など、本当に初めから分かっていた。…何せ、今侑理達が纏っている衣装は、完全なオリジナルなのだから。

 そして想定していた事なのだから、当然打つ手も考えてある。侑理は自分の胸を軽くとんとんと叩き、ゆっくりと見回す。それから深呼吸をし、心を決め…動く。

 

「あの、そこのお兄さん!」

「……へ?お、俺?」

 

 数歩前に出て、声を上げる。呼び掛けた相手は…一番近くにいた、カメラを持った男性。驚き、きょろきょろと左右を見た後訊き返してくるその男性に、侑理は頷き更に近付く。

 

「そうです、お兄さんです!その、実はうち達、こうやってコスプレするの初めてで…だから、いざここまで来たはいいものの、どうすればいいか分からないんです」

「あ、そ、そうなんだ…うん、そうだよね。こういうところって、初めてだと何をしていいか迷うよね……」

「ですよね!だから、お兄さん…うち達の事、撮ってくれませんか?こういう場で、うち等みたいな『コスプレイヤー』が何をしたらいいか、撮りながら教えてくれませんか……?」

 

 言葉と共に、訴え掛けるように侑理は見つめる。初めこそ見ているだけだった真那も、侑理が頼み込んだところで隣まで来て、同じように見つめてくれる。

 訪れる沈黙。見つめられた男性は顔を赤くしながらたじろぎ、再び周囲をきょろきょろと見て…その視線を、侑理達へと向けて戻す。沈黙の中、唾を飲み込むように彼の喉が微かに震え……無言のまま、男性は頷く。

 そう。侑理が呼び掛けたのは、所謂「カメコ」と呼ばれる参加者。そして、今の侑理達は…コスプレを纏った、コスプレイヤー。

 

「ありがとうございます!じゃあ早速ですけど…えと、どういう格好をすればいいんでしょう?」

「そ、そうだな…まずはその武器を構えてみる…とか…?」

「ほうほう、こんな感じでいやがりますかね?」

 

 言われた通り、再び侑理達はポーズを取る。ライフルと剣、衣装とは別で用意をしてもらったグッズを手に、再度背中合わせになる。

 次の瞬間、聞こえてきたのはパシャリという音。いつの間にか男性はカメラを構えており、更に数度侑理達の姿を撮る。

 

「い、良い…!中々良いよ、えっと……」

「あ、うちはリア、こっちの子はミヤって呼んで下さいね?」

「そ、そっか、良いよリアさんにミヤさん!何かこう、背中合わせのポーズがさまになってるっていうか……」

「それはまぁ、慣れてる事…こほん。練習してきた格好でいやがりますからね」

 

 本名では不味い、という事で仮の名前を語り、そこから更に侑理は真那と男性の指示を受けて色々なポーズをする。何度か二人でやった後は、個人個人のポーズもしてみる。

 初めは緊張の様子が伺えた男性だったが、段々と乗ってきたのか、次第に声に熱が籠り始める。だがそれも当然の事だろう。何せ今ここでは、真那がコスプレをしているのだから。しかもその真那を撮っていいのだから。もし侑理が彼の立場なら、心の中で小躍りどころかバク宙も余裕でしていたに違いない。というか、後で撮った写真を欲しい。

 

「お、向こうでもコスプレやってんじゃん。しかも二人共、結構可愛いな……」

「いやぁ、楽しんでるのが伝わってくるねぇ。ああいう子達を見ると、こちらも撮らねばという気持ちになるというか……」

「っていうか、アレ何の格好?誰か知ってる?」

 

 そうしている内に、初めは遠巻きな視線がちらほら向けられる程度だった侑理達の所へ、カメラを持った参加者達が集まってくる。自分もいいですか?こっち向いてもらえますか?という声が聞こえてくる。

 

「よっし、そろそろだねま…じゃなくて、ミヤ!」

「えぇ、そうでいやがりますね侑理」

「ちょっと!?」

 

 何で本名で呼ぶの!?…と侑理は振り向く。実際には小声の返しであった為周りには聞かれていないだろうが、不意討ち過ぎるボケだった。

 なんだなんだ?という視線を向けられる中、侑理は頭を軽く振り、気を取り直すように咳払い。そして大きく息を吸い…言う。

 

「実はうち達、サークルの仲間が今回作った同人誌に出てくるキャラクターのコスプレをしてるんです!うちのリアって名前も、こっちのミヤも、作中のキャラの名前なんです!」

「こうしてコスプレをしてるのも、皆さんに私達の同人誌の事を知ってもらいてーからです!私達がコスプレしてるキャラは、出番が多い方ではねーですが…どのキャラも魅力的な事は、自信を持って言えるってもんです!」

 

 真那と共に、身に纏ったコスプレの正体を明かす。そしてこれこそが、今語った事こそが、侑理と真那の狙い。その為に作った、コスプレ衣装。

 勿論その作りは、〈ヨルムンガンド〉や〈ヴァナルガンド〉の完全再現という訳ではない。制作難度(漫画上でも描くという点含めて)という意味でも、コスプレとしての強度や動き易さという意味でも、何より世間に公開する上でCR-ユニットそのままな外見にする訳にはいかないという意味でも、それぞれの特徴を残しつつも全体的には簡略化し、代わりにドレスっぽさを足して別方向での見栄えを確保したのが、今の装い。

 ホール内では売り子としてバニーガール衣装を纏った琴里達が集客を行い、外ではコスプレ姿となった侑理と真那が宣伝を行う。初手から宣伝に出なかったのは、列を長くし過ぎない為。有名なサークルなら列が長くても買う価値がある…と思ってもらえるだろうが、無名だと「こんなに長いなら、まぁいいか」と見送られてしまう可能性があった為、策の一斉投下ではなく、順次手札を切っていく形を選んだのである。

 

「(よし、感触は悪くない…!だったら、ここで……)ミヤ!」

「……?どうかし…おわっ!?」

 

 発された紹介に対し、人だかりから返ってくるのは「へぇ?」という反応。たった今、サークルと同人誌の存在を知ってもらえた。気になった、と思ってくれた人も、いるような気がする。

 だからこそ、必要なのはもう一足。試しに買ってみよう、買ってみたいという思いにまで至ってもらう事。そしてその感情を引き出す為に……侑理は真那の手を掴む。ライフルを路面へ置き、両手で真那を引っ張り、身体を身体を密着させる。

 瞬間、周りから巻き起こる「おぉっ!」という声。その盛り上がりを背中で感じながら、侑理は真那とアイコンタクトを交わし、更にぴったりと肩同士をくっ付け、手と手を握り合ったまま…言う。

 

「だから、これを通じて興味を持ってもらえたら、買ってもらえたら──嬉しいなっ♪」

 

 二人で揃って浮かべる、満面の笑み。自然さでは、琴里が見せたそれに一歩劣るかもしれないが、それでも精一杯の気持ちを込めて作ったスマイル。笑みに、声に、仲睦まじく見えるであろう(いや、侑理的には何の偽りもないのだが)仕草に周りの参加者達はしんと静まり返り……次の瞬間、爆発するような歓声が上がる。瞬く間に、熱狂が包む。

 

「私達のサークルの名前は、〈ラタトスク〉でいやがります!まだまだ私達はここでコスプレをしてーと思ってるので、焦る必要はねーですよ!」

「それから皆さん、〈ラタトスク〉の事も、うち達がここで撮影会をやってる事も、良かったらお友達やお仲間に教えてあげて下さいね!それじゃあ、次のポーズいきますよー!」

 

 冬の寒さを跳ね返すような熱を更に煽るように、侑理はびしっと指鉄砲を作る。そこからばんっ、と撃つようなジェスチャーを行い、周囲は更に盛り上がってくれる。左から右からポーズのリクエストや、視線をこちらへ向けてほしいという要望が上がり、侑理は真那と共に目一杯応える。

 侑理は感じていた。この熱に、心地良さを。こういう形で注目を浴びるのを。そして…侑理にはあるのだ。真那には遠く及ばすとも、自分もそれなりには可愛い筈だという自負が。

 それに、何も嘘を吐いたり誇張表現をしたりはしていない。あくまで漫画のメインは士道と十香で、正直侑理も真那も作中での出番は少ないのだが…ちゃんと現実に負けず劣らずの仲良しシーンがある事は、事前に確認済みなのだ。だからさっきの絡みも、決して誤りなどはないのである。

 

「全く…あんまり調子の良い事を言ったりやったりしてると、どこかで自分の首を絞める事になりかねねーですからね?」

「そういうミヤだって、実は楽しんでる癖にー」

「すみませーん!今度はこっちを向いてもらえますかー?」

『はーい!』

 

 ぱっと二人して振り向き、サービスでウインクもしてみる。確かにちょっと、調子の良い事をしている気もするが…これも売り上げへ繋げる為。それに撮っている参加者達も楽しんでくれているのなら、過激な事さえしなければ互いにとって良い時間となる…そんな風に、侑理は思うのだ。

 

(サークルの近くにまで来てくれれば、きっと皆が引き込んでくれる。だからうちは、うち等で、もっと…もっと……!)

 

 コミコに参加しているサークルは多い。どんなに良い作品であったとしても、売り子の魅力で購買意欲をがっつり刺激する事が出来ても、そもそもまず知ってもらわなければ、興味を持ってもらえなければ、購入には繋がらない、最初の一歩がなければ、辿り着けない。

 その第一歩を踏み出してもらえるようにするのが、侑理達の役目。責任重大な役目ではあるが…もう侑理に、気負いはなかった。そんな気持ちよりも…今は、この熱と声援の中で、目一杯ポーズをする事が楽しかった。楽しんでいる場合ではないのはその通りではある…が、ここは同人誌即売会の会場。同人…同好の士が集まるイベント。だからきっと、楽しむ事は……間違っては、いない。

 

 

 

 

 売り上げ勝負に勝つ為に、侑理達は…〈ラタトスク〉は、幾つもの手を用意し、打っていった。最初の一手が、精霊達によるバニーガール売り子作戦。次の一手が、サクラ…ではなく機関員や友人を始めとする『知人』を呼び、買ってもらうと共に列に並んでもらう事で、バンドワゴン効果を狙う作戦。それと前後する形で行ったのが、侑理と真那によるコスプレ宣伝作戦。実は知人呼び込み作戦にて、折紙は美紀恵やミルドレッド、燎子といったASTの面々も来てくれたらしいのだが、すれ違いになったのか侑理は会う事が出来なかった。

 ともかくこれ等の作戦により、〈ラタトスク〉は二亜の〈本条堂〉へと追い縋った。完全無名の新規サークルが、十分な知名度を持ち、プロの漫画家が在籍しているサークルに追い縋れている時点で、大したものと言えるだろう。されど、それだけでは勝利条件を満たせない。追い縋るだけでは、勝てない。そして幾ら〈ラタトスク〉の実態が巨大な組織だとしても、たったの数日で確実に勝てるだけの策を用意出来る筈がなく…後から聞いた話だが、万事休すかと思われた瞬間もあったという。──だが、そうはならなかった。ある人物が…そうは、させなかった。

 

「ねぇ真那、これって……」

「ええ、随分と大きな一手を打ったみてーですね」

 

 たっぷりとコスプレ撮影会をした上で、侑理は真那と共にサークルスペースへと戻る事となった。琴里から、ラストスパートとして客を捌く為戻ってきてほしいという連絡があったのである。それは販売側の人手が足りなくなる程の盛況になっているという事であり、それ自体は非常に喜ばしい事なのだが…戻る道中、気になる声が何度も聞こえているのである。

 

「なぁ、やっぱりこれってここだよな…!」

「ああ、間違いない。でも、どうして美九たんがコミコに……」

「さぁな。けど、美九たんがお渡し会をやってるっていうなら、見逃せる訳ないだろうよ…!」

 

 疑問と興奮の混じったやり取り。その会話の中で頻繁に聞こえるのは……美九の名前。そして、サークルスペースの近くまで戻った時…侑理は目にした。今も尚、長蛇の列を作っている〈本条堂〉。その隣で、〈ラタトスク〉にもまた同等の……否、それ以上ではないかと思わせる程の列が出来ている光景を。

 

『すっご……』

 

 思わず足を止め、茫然としてしまう。真那も同じ心境なようで、声が重なる。

 

「……!待ってたわよ二人共!早速列の整理に入って頂戴!」

「あ、う、うん!因みにこれって何をやったの!?」

「美九がSNSを使って宣伝をしたのよ!それもお渡し会って形で、写真もOKっていう大奮発の内容でね!」

 

 侑理達が戻った事に気付いた琴里が、早速指示を飛ばしてくる。それに従いつつ訊けば、やはり美九が動いたのだと教えてくれる。

 次から次へと押し寄せる参加者。この同人誌即売会は言うまでもなく二次元を主題としたイベントであり、美九は三次元のアイドルなのだが…それを忘れてしまう程の、圧倒的な人気が美九にはあった。確かに美九は疑う余地のない美人であり、スタイルも良く、その声はあまりに甘い…霊力を封印された状態でも〈破軍歌妓(ガブリエル)〉の力が僅かに籠っているのではないかと思わせる程魅力的である為、そんな彼女がアイドルをやれば人気が出るのも必然なのだが……そんな詰まらない分析などどうでも良いと思う程に、ここには美九というアイドルと、そのファンが生み出す熱があった。アイドルとしての美九の姿を、侑理は初めて知り……心から、凄いと思った。

 

「最後尾、こちらになります!」

「他のサークルの邪魔にならねーよう、真っ直ぐ並びやがって下さい!」

「あ、君達はさっきの……あの、お渡しってリアさんミヤさんからでもいいんですか?」

『え?……勿論!』

 

 あまりに意外過ぎる問い掛け。それに侑理は真那と顔を見合わせ…二人で揃って、快く承諾した。当然これは売る側としてのサービスである。サービスではあるのだが…だとしても、嬉しかった。なんだか、その思いに応えたくなった。

 そして、全員が奮戦している。士道も、精霊達も、売買や列の整理に奮戦し、〈ラタトスク〉の機関員もテーブルへの同人誌の補充を始めとしたサポートに全力を尽くしてくれている。幾らお渡し会という名目で宣伝したとはいえ、同人誌の受け渡しを美九一人で行うのはあまりに無理のある人数だったが…そこは美少女揃いの精霊一行。侑理達の時の様に指名を受ける事も多く、ギリギリながらも何とか回す事が出来ていた。

 これならば分からない。本当に、どちらが勝つか予測出来ない。もう大分在庫も減ってきた今、確かに〈ラタトスク〉と〈本条堂〉は接戦となっていて……そんな中、ある人物が〈本条堂〉の最前列に、二亜の正面に出る。

 

「た、高城……先生」

 

 それは、昨日士道達が話した人物。侑理も車内から目にした、二亜と嘗て親しくしていたという漫画家の女性。彼女を見た瞬間、二亜は動きを止め…そこからの会話も、明らかにこれまでより調子を落としていた。

 大混雑の会場内である為、二人のやり取りは断片的にしか聞こえない。しかし、はっきりと聞こえたのは、二亜の「そんな事ある筈がない」という言葉。それだけでは、何に対する返答なのか全く分からなかったが…その瞬間の二亜の表情に、悪意や怒りなどはなかった。むしろ、強い動揺の浮かんだ…そんな風に思ってほしくない、と伝えるような面持ちだった。

 それから暫しの時を経て、同人誌を買った高城は去っていく。去り際、ちらりと見えた彼女は…満足気ではないものの、どこか安心したような顔をしていた。…やはり、僅かな声と表情だけでは、二人のやり取りなど理解のしようがない。だが……

 

「二亜」

「……!ああ、少年。みっともないところを見せたね。でも勝負は……」

「お前……あの人の事、好きなんだな」

 

 気になる、という思いが心理学におけるカクテルパーティー効果を引き出してくれたのか、直後の士道と二亜とのやり取りもまた、列整理中の侑理の耳に届く。士道の発言に、二亜は目を剥き…しかしすぐに、恋愛的な意味ではなく、友人としての話なのだと士道は訂正する。

 

「二亜、お前……もしかして、怖かったのか?」

「は?な、何を──」

「あのまま仲良くしてたら、いつか好奇心に負けて〈囁告篇秩(ラジエル)〉を使いそうだから──漸く出来た友達に失望したくないから、身を引いたのか?」

 

 そこから更に発された言葉。そこまで聞いて、やっと侑理も理解する。士道の言いたい事が、見えてくる。

 やはり、二亜は誰もが持つ人の裏側に失望していたのだろう。そういう人間もいる、ではなく誰も彼もが多かれ少なかれ後ろめたい部分を持っている事で、三次元に落胆し、二次元に傾倒してしまったのだろう。…だが…きっと二亜は、完全に諦め、割り切ってしまった訳ではないのだ。どうせ人なんて…と思いながらも、他者と接する内に、仲良くなりたい、友達になりたい、心を通わせたいという感情を抱いてしまう事が、高城を始め過去に何度もあったのだろう。

 されど二亜は、人の負の側面を想像や限られた経験ではなく、良くも悪くも『知識』で知ってしまっている。その気になれば、高城という女性の事も、〈囁告篇秩(ラジエル)〉で調べられる。故に、信じたいという気持ちと信じられないという気持ちの板挟みになり、同時に士道の言う通り、このままではいつか彼女の事も調べてしまい、失望してしまうだろうと思ったから、これ以上仲良くならない…距離を開けるという道を選んだのだろう。友達だろうと恋愛だろうと、好きになった相手の事は知りたくなる…それが、自然な心の動きなのだから。

 

「ぐぅぅぅぅ……!そうだよ怖くて何が悪いんだよ!あたしだって友達欲しいっての!でもどうしようもないじゃん!超高性能監視カメラで相手の事の一生をずっと覗けるような奴が、友達作れる筈ないじゃん!」

 

 士道も二亜も、お会計をしながら言葉の応酬を繰り広げる。ありがとうございました!…とか、お渡しはあちらになります!…とかの言葉を合間合間に挟みながら、互いに言って、言い返す。

 その中で、遂に二亜自身の口から発された本音。もしかすると、仲良くなれた人の裏の顔を知りたくない、知って失望したくない、そういう経験をもう繰り返したくない…という思いの他に、勝手に相手の秘密を知り、一方的に失望する自分にも嫌気が差していたのかもしれない。能力でも、性根でも、まともに誰かと絆を結べる筈がないのだから……そんな、『人間』へ向けた諦観だけでなく、『自分自身』へ対する諦観もあって、二次元ばかりを頼りにしてしまっていたのだとしたら…なんというか、やっぱり子供っぽいと、侑理は思った。

 何せ、しっかりと考えてみれば二次元とて裏切らないとは限らないのだ。ストーリーが進む事でキャラの隠された一面が明かされ、それによってそのキャラの評価が大きく変わるのは創作においてよくある事。それが初めから想定されていた事で、その伏線もあったのなら良いが、後付けや続編等の都合で設定が変更される…なんて事も普通にあるのだから、二次元は裏切らない…なんていうのも、かなり二次元に対して幻想を抱いていると言わざるを得ないのだ。それを漫画家である二亜が理解していない筈もなく……だからきっと、二亜は諦めたくないのだろう。人も、二次元も、どこかに本当に信じられる『理想』がある…割り切る事なく、子供っぽく願い続けてきたからこそ、今の二亜があり、今の言葉があるのだ、きっと。

 

(…そっか、だからうちは……)

 

 気付いて、理解して、侑理は分かった。自分が二亜に対し、キツめの評価をしていた理由が。

──詰まるところ、侑理も同じなのだ。信じられないという理由がありながらも、それでも信じたい…心を通わせたいと思う二亜の思いは、侑理がDEMに対して、エレンに対して抱く思いと非常に近いのだ。DEMに幽閉されていた二亜からすれば、一緒にすんな、と怒るような理由かもしれないが…その全容が見えず、所詮は信じられない存在という二亜の思いの『表層』しか分かっていなかった段階の侑理はその思いを否定したくなり、だけど信じたいという『本心』まで見えた事で、拒否は共感へと変わっていた。

 しかし、侑理が共感したところで、それを伝えたところで、今の二亜には響かないだろう。現に、二亜の言葉にやってみなければ分からないと返した士道を、二亜は綺麗事だと一蹴していた。そんな訳ない、その気になれば四六時中覗けるし過去も調べられる相手と仲良く出来るものか、と。だが、どうやら……あまりにその主張は、士道には的外れだったらしい。

 

「はは……ははははははははははははははっ!」

「な、何がおかしいのさ!?」

「──悪いが、()()()()()()()には死ぬ程慣れててね!ああ……今漸く分かったよ。俺とお前は最高に相性ぴったりだ!プライバシー!?何それ美味しいの!?むしろそれを気に病んでくれるお前が天使に見える!」

 

……一体士道の身に何があったのだろうか。何がどうしたら、自分にプライバシーなんてないですよ宣言が出来てしまうのだろうか。…ふと視線を動かすと、琴里が全力で士道から顔を背けていた。〈ラタトスク〉の機関員も、深く同情するような表情をしていた。…この件は、深掘りしない方がいいのだろう。

 

「覗きたいなら好きなだけ覗け!漁りたいなら好きなだけ漁れ!俺はそれでも!お前を嫌ったりしない!」

 

 その叫びに、芯まで心が籠ったような声に、二亜は声を詰まらせた。一拍の後反論していたが…深く動揺している事は、その言葉が響いている事は、もう誰の目にも明らかだった。

 そうして遂に、段ボール箱が空になる。残りはテーブルに積み上げられた本だけになる。その時点でもまだ、〈本条堂〉が先行していたが、人数の差とコンビネーション能力…仕事開始までほぼ面識がなかったのであろうバイトが主体の二亜側にはない力で以て、〈ラタトスク〉が最後の追い上げを行っていた。どちらも、誰もが全力を尽くしていた。そしてその果てに、その末に…士道達の作った同人誌は、売り切れた。二亜の方も、売り切れていた。〈ラタトスク〉の同人誌と、〈本条堂〉の同人誌、隣合う二つのサークルの、それぞれの同人誌は──同時に、完売した。

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