デート・ア・ライブ DEAR EL MANA   作:シモツキ

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第九十七話 一進一退

 二次元にしか恋をしないという、二亜との勝負。そこで辛うじて繋いだ可能性と、見えた光明。それを覆い尽くしたのが、突然の反転だった。希望が絶望へと変わる瞬間…そうとしか思えない光景が、そこにはあった。

 だが、諦めるにはまだ早いと、侑理は真那達と共に奮起した。決意を固めた士道を送り届けるべく、折紙が反転したあの時の様に、また道を切り開こうとしていた。…そこに舞い降りた第二の脅威が、エレンだった。絶望を覆さんとする侑理達の前に現れたのは、最強の存在だった。

 

「──成る程。素敵な様になったではありませんか、〈シスター〉。流石はアイクです」

 

 全員の視線がエレンへと向かう中、当のエレンはその目を二亜へと向け、言葉を漏らす。それを聞いた琴里が、不快そうに鼻を鳴らす。

 

「……随分タイミングがいいと思ったら、貴女達の仕業って訳?」

「ええ。元よりその精霊の所有権はDEMにあります。──幸運でしたね。私はこれからすべき事があります。潔くこの場から立ち去るのならば、今日のところは見逃してあげましょう」

 

 ちらりと琴里を、続けて真那や士道、それに精霊達を順に見ていったエレンは、最後にその視線を侑理へと送る。賢明な判断をするべきですよ?と、エレンの視線は侑理に言ってきているような気がする。…確かに、タイミングが良過ぎる。先程空間震警報が鳴った…即ち霊波が感知されているとはいえ、こうも早くエレンがこの場に現れるなど、予めこうなる事態を想定し準備していたとしか思えない。

 そんなエレンに対し、士道はふざけるなと返す。当然侑理も、エレンの言葉に従うつもりはない。二亜を助ける、その為に退く訳にはいかない…それが今の、侑理達の総意。だがエレンもエレンで素直に退くだろうとは思っていなかったのか、問答するつもりはないと一蹴すると、その装い…CR-ユニットの背に装備されたレイザーブレイドの柄を抜く。

 次の瞬間、形成される魔力の刃。エレンが臨戦態勢となった事で、一触即発の空気となり……されど真っ先に動いたのは、二亜の周囲で蟠る怪物達だった。

 

「──ふん」

 

 エレンが剣を抜いた事に反応したのか、怪物は殺到。一瞬エレンの姿は見えなくなり……次の瞬間、怪物達は纏めて弾き飛ばされる。展開していた随意領域(テリトリー)が怪物の攻撃を悉く押し留め、逆に難なく跳ね返す。

 

「魔王の力は少々厄介ですね。早めに始末を付けるあげましょう」

 

 微塵も動揺していないエレンだったが、それも当然の事。改変前の世界では、〈救世魔王(サタン)〉の荒れ狂う戦場でも唯一無傷だったエレンがこの程度で焦る訳がないと、侑理は初めから分かっていた。

 そのエレンは始末を付けると言った直後、軽く地面を蹴って二亜へと肉薄。随意領域(テリトリー)で身体を弾く事により、レイザーブレイドを振り上げつつ一気に距離を詰め……

 

『させ(ない・るか)ッ!』

 

 持ち上げられた刃が振り下ろされる寸前、侑理は〈オルムスファング〉のトリガーを弾き、エレンへ一発撃ち込んだ。同時に十香が踏み込み、侑理の射撃を随意領域(テリトリー)で防御すべくエレンの動きが鈍った一瞬を突いて、エレンの正面へと割って入った。

 振るわれる刃と刃。霊力の剣と魔力の剣。十香とエレンの斬撃はぶつかり合い…エレンの背後を、真那が取る。

 

「侑理!十香さん!まずは……」

「ああ、引き剥がす…ッ!」

 

 斬り結んだ状態で背後から振るわれた横薙ぎに対し、エレンは十香を押し返しつつ後方宙返りを掛ける事で鮮やかに回避。更に着地の直前で刺突を放ち…真那もまた、側転を掛けるようにして躱す。

 避けた事で空いた空間へ、再び十香が突進し斬撃。それに合わせる形で侑理も飛び、側面からエレンを撃つ。真那と十香が入れ替わり立ち替わり攻勢を仕掛け、侑理が支援をする事により、三人掛かりで二亜への攻撃を阻む。

 

「そういう事ね…耶倶矢、夕弦、二人も十香と真那の援護をお願い!四糸乃、七罪、折紙は二亜の周りの黒い連中を片付けて士道の道を作って頂戴!美九は全体のサポートを頼むわ!」

 

 意図と狙いを理解してくれた琴里が、精霊達へと素早く指示を飛ばしていく。それを受け、八舞姉妹の二人が風を纏ってこちらへと参戦してきてくれる。

 強大な力を持つエレンに対し、近接戦闘能力に長ける十香と、機動力なら精霊達の中でも随一な耶倶矢、夕弦をぶつけるという琴里の判断は、単純ながらも有効な判断。勿論十香は指示が飛ぶ前から仕掛けていた訳だが、退かせる事なく、真正面から打ち合える真那との前衛二人体制を選んだ辺りに、琴里の戦術眼が伺えるというもの。

 

「五人掛かりなら私を倒せるとでも?随分と舐めてくれますね」

「安心して頂戴、別に倒そうだなんて思ってないわ。そんな目先の勝利に拘るつもりなんてないもの」

「まあ、私的には倒せるなら倒しておきてーところですがねッ!」

 

 侑理の射撃と八舞姉妹の烈風による十字砲火。それにより足を止めたエレンへと真那が斬り込む。数度打ち合い、退き、三度十香が突撃を掛ける。勢いを乗せた突進斬りで、エレンを後ろへ弾く。

 少しずつながらも、着実に侑理達はエレンを二亜から引き離していく。五人掛かりである以上、何も胸を張れる要素などないのだが…琴里の言う通り、元よりこの場でエレンに勝つ事は重要ではない。四糸乃達が道を開き、士道が二亜にキスするまでエレンを押し留められれば、それで良い。

 

(よし、いける…!これならいける……!)

 

 ちらりと視線を向ければ、巨大な兎の氷獣となった〈氷結傀儡(サドキエル)〉に乗った四糸乃が怪物達の足を凍結させ、動きの止まった怪物を折紙が〈絶滅天使(メタトロン)〉で片っ端から撃ち抜き、地面に散らばるページは七罪が〈贋造魔女(ハニエル)〉で木の葉へと変えていた。

 三人の連携攻撃を持ってしても、増殖を続ける怪物の軍勢を一掃するには至らない。それでもその一角は切り崩され、二亜へと繋がる道が出来ていた。そこから三人は左右へ攻撃を広げる事で、道が塞がれるのを防いでいた。士道と二亜との距離は、決して遠くない。横槍が入りさえしなければ、エレンをこのまま食い止めていられれば、数秒の内に士道は二亜の下へと駆け寄れる筈。だから、これでいける。……そう、思った時だった。確かな希望を抱いた、その次の瞬間だった。

 

「──え?」

 

 視線を後方からエレンへと戻そうとした直前、視界の端で放たれた〈絶滅天使(メタトロン)〉の一撃。羽の様な端末の一つに光が灯り、光線となった霊力は真っ直ぐに伸びて……折紙の身体を、脇腹を撃つ。

 限定霊装を剥がされ、表情を歪めながら血の滲む脇腹を押さえる折紙。一瞬侑理は、折紙が操作を誤ったのかと考えた。火力も機動力も優秀な遠隔操作端末を多数同時に操る…その行いが至難の業である事は体験せずとも明白であり、操作を誤る瞬間があってもおかしくないと一度は考えたが、長期戦で疲弊しているならともかく、今の段階であの折紙が、最強の欠陥機と名高い〈ホワイト・リコリス〉すら活動限界まで使いこなしていた折紙が、こんなミスをするとは思えない。そして、侑理の抱いた疑念は、直後に起こった事態によって確信へと変わる。

 

「きゃっ……!?」

「わっ、な、何よこれ……!」

 

 続けざまに上がった二つの声。その声に反応して侑理が視線を動かせば、そこでは四糸乃が冷気によって〈氷結傀儡(サドキエル)〉の脚を地面へと縛られ、その近くでは妙なマスコットキャラクターらしき存在が七罪の声を出していた。…否、七罪が変な姿に変身してしまったいた。──折紙が、四糸乃が、七罪が…自らの天使によって、攻撃をされていた。

 あまりに不可解な光景。意味不明な状況。更に突然、走り出していた士道は足を止める。琴里も全く動かないでいる。二人もこの現象に困惑しているのかと思ったが…違う。その表情は、困惑よりも混乱に近い。それもまるで、外界ではなく自分に対して混乱しているような雰囲気であり……

 

「侑理!」

「……っ、しまった…!」

 

 次の瞬間、耳に響いたのは真那の声。それとほぼ同時に、エレンが侑理の横を駆け抜けていく。侑理達の足止めを突破し、猛烈な勢いで二亜へと肉薄する。

 突破されてから、完全に注意がエレンから外れてしまっていた事に気付く。その際見えた真那達の反応からして、侑理のみならず、真那達も多かれ少なかれ折紙達に起こった事態を認識し、エレンに集中しきれていなかったのかもしれない。そして…エレンだけは、気を取られていなかった。気を取られる事なく、この状況をチャンスに繋げていた。

 瞬く間に距離を詰めたエレンは、斬撃と随意領域(テリトリー)で怪物達の防御をこじ開ける。二亜とエレンの間に穴が開く中、侑理が何とかエレンを止めようと銃口を向け、真那や精霊達も動こうとする中、再びエレンは刺突の体勢を取り……レイザーブレイドが突き出される直前、()()は起こった。

 

「な……ッ!?」

 

 ぴたり、と身体の動きが止まる。腕も、脚も、トリガーへと掛けた指先に至るまで、全く身体が動かなくなる。更にその直後、十香と八舞姉妹の苦しげな声が聞こえてくる。

 そうして、侑理は理解した。士道が動きを止めた理由を。それは、自分の意思ではなく、今の侑理と同じく、何らかの力によって止められたのだという事を。そして……それが恐らくは、〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉によるものである事を。

 

(……ッ、これが未来を確定させる力…!)

 

 琴里は言っていた。〈囁告篇帙(ラジエル)〉には全知としての力だけでなく、書き込んだ内容を現実のものとする力もあるのだと。ただ書けばいいのではなく、漫画という形で描く必要がある為、瞬時に使う事は出来ない…という話だったが、今二亜の前に浮かぶ〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉には、いつの間にか現れていたペンが、凄まじい勢いで何かを書き入れている。であれば十中八九、侑理や士道の身体が動かないのも、折紙達が自分の天使に攻撃されているのも、その力によるものと見て間違いない。

 実際に体験した事で改めて感じる、現実干渉能力の恐ろしさ。こんな事をされれば、手の打ちようがない。誰も、何も出来ない。嘘も誇張もなく、一瞬侑理はそう思い…されど次の瞬間、そんな思考は覆される。二亜の側に出来ていた、怪物達が折り重なった山…その塊が吹き飛び、中からエレンが現れた事で。

 

「…今のは少しばかりひやりとしました。ですが…これ程の力を持つのであれば、尚更価値があるというもの」

 

 跳躍し、エレンは侑理の視界から消える。二亜から大きく距離を取る。随意領域(テリトリー)内の光を屈折させ、エレンの姿を追えば、着地したエレンは何かを確かめるように拳を閉じて開いてを数度繰り返していた。

 それが意味するのは何か。…それは、〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉の力はエレンをも縛り、動けなくなったエレンは怪物に襲われていたのだという事。そして……魔王による力すら、エレンは捩じ伏せたのだという事。

 

(…そうだ…うちは、随意領域(テリトリー)は……)

 

 彼女の姿を、捩じ伏せた姿を見て、侑理は気付く。思い出す。そもそも随意領域(テリトリー)は、自在に操る事の出来る空間…文字通り、魔術師(ウィザード)にとっての領域であると。ならば、何も出来ない訳がない。何も出来ない、筈がない。

 

魔術師(ウィザード)を…舐めるなぁああああぁぁッ!」

 

 脳内で指示を出し、随意領域(テリトリー)の出力を上げる。その内側を満たす魔力の密度を上げ、領域内の支配力を引き上げ……身体の操作権を、〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉から取り返す。

 振り返ると共に、今度こそトリガーを引く。再度二亜へと攻撃しようとしていたエレンへ魔力の照射を叩き込む。

 

「ほぅ…しかし気付くのが遅いですよ侑理。随意領域(テリトリー)の、魔術師(ウィザード)の本質を常に意識していれば、対処方法など即座に分かる──」

「わざわざ御託を並べるなんざ、相変わらず余裕綽々でいやがりますね…ッ!」

 

 真正面からの大出力照射を、エレンは随意領域(テリトリー)で真正面から受け止める。上手く表面で受け流すでも散らすでもなく、恐らくは敢えて真正面から受け止める事で、見せ付けてくる。

 だがその直後、真上からエレンを真那が強襲。急降下と共に〈ヴォルフテイル〉を振り抜き、エレンにレイザーブレイドでの防御を強いる。

 数瞬の激突。斬り結ぶ真那とエレン。次の瞬間、エレンのレイザーブレイドは煌めき、真那は押し返される。

 

「ふん…とはいえまあ、エレンが余裕ぶっこいてるのは今に始まった事でもねーですしね。それよりも……」

「うん。多分まともに戦えるのは、うちと真那だけ。エレンさんを押し留めつつ、士道にぃが二亜さんの下へ辿り着けるようにしなきゃいけない状況は変わっていない。だとしたら……」

 

 くるりと宙で回り、隣に着地してきた真那と軽く視線を交わらせる。そして小さく息を吐き…言う。

 

「士道にぃ!今度はうちが、士道にぃごと二亜さんの所まで突っ込む!状況が状況だから荒っぽくなるけど、我慢して──」

 

 以心伝心で、打ち合わせなく互いの役目を決める。真那はエレンに向かっていき、侑理は声を上げながら士道の方を向く。士道も動けなくなっている以上、彼を抱え、随意領域(テリトリー)で士道の縛めも解きつつ二亜へ近付く他ない。解除も突破も護衛も全てやらなければならない以上、難易度は高いがやるしかない。侑理はそう思っていた、が……

 

「──うおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 反転した直後、響いた叫び。その叫びと共に巻き起こった、猛烈な突風。まるで八舞姉妹…否、限定霊装状態の彼女達が繰り出すのとは段階が違うような突風の中心に、士道がいた。止まっていた筈の士道は、よろけるように動き出し……にっ、と笑う。

 

「し、士道にぃ!?どうして……」

「へっ…侑理と真那のおかげだよ。二人のおかげで、絶対抗えないもんじゃないと分かった。美九の『声』もそうだったが…相手に直接作用するタイプの力は、相手の力次第でどれだけ効くかどうかも変わるみたいだ」

 

 その言葉で、侑理は理解する。成る程確かに、今の士道は何人もの精霊の霊力をその身に宿している…純粋な霊力量だけなら、単独の精霊以上ではないかと思えるレベルに達している存在。一方で十香達は、士道に力の大部分を封印されている、謂わば大きく弱体化した存在。であればそこに、抵抗力の差があっても不思議ではない。

 そして士道は、地面を蹴って駆け出す。それに反応し、怪物は群がってくるが…士道は臆する事なく、地面に踏み締める。その脚に、冷気が渦巻く。

 

「──〈氷結傀儡(サドキエル)〉!」

 

 士道が叫ぶのと同時に、踏み締めた脚を起点に地面が凍結していく。迫り来る怪物達の脚も、凍り付いて動かなくなる。

 それは、先程四糸乃が行ったのと同じ攻撃。本来の使い手たる四糸乃とはやはり練度の差があるのか、凍結の広がり具合には些か無駄が感じられたが、その効果は十分。更に進軍を止められた怪物を踏み台にして進まんとする後続に対し、士道は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を呼び出し構える。まるで、暴走してしまった時のように…されど今は彼自身の意思で、士道は天使を操り自らの道をこじ開ける。

 

「俺なら、大丈夫だ!だから、そっちは…頼む!」

「任せてッ!」

 

 聞こえた士道の力強い声へ、侑理は背中越しに答えた。言われるより前に、言われるより先に、侑理は心で大丈夫だと理解し…真那の支援に向かっていた。

 レイザーエッジとレイザーブレイドで斬り合う真那とエレン。その真上を侑理は取る。真那なら自分の動きが分かっている筈だと信じて、拡散モードの魔力射撃を叩き込む。

 

「っと……!」

「甘いですよ侑理。貴女の動きを理解しているのが、真那だけだとでも?」

「くッ…でも、それはそれで……!」

「なんでちょっと嬉しそうな声出していやがるんですかねぇ!」

 

 〈オルムスファング〉の銃口から降り注ぐ光線のシャワーに対し、真那とエレンはほぼ同時にバックステップ。すぐさま真那は再びエレンへと斬り掛かり…エレンは侑理へ突っ込んでくる。

 一気に距離を詰めての斬撃は、侑理もスラスターを用いた後退で回避。即座にまた近距離まで踏み込まれるが、一度目の回避で確保した時間を活かし、その間に出力した〈オルムススケイル〉のレイザーブレイドで斬撃を受ける。エレンと接近戦をするなど普通に考えれば悪手だが…これでいい。数瞬持ち堪えれば、真那が次の一手を打ち込んでくれる。

 

「でぇええええいッ!」

 

 逆巻くような、鋭い斬り上げ。下方から迫った真那に対し、エレンは侑理を押し切ると共に素早く躱す。だが真那はそれも読んでいたようで、避けられた直後に〈ヴォルフファング〉を展開し、魔力砲の一撃を放つ。至近距離から喰らい付く魔力の牙とエレンの随意領域(テリトリー)が、スパークするように激しく魔力の光を散らす。

 エレンとの激突の最中、士道の叫びが聞こえてくる。それは、人の身には余る天使を使う事による身体への負荷を、治癒の炎で癒やし、痛みと燃やされる熱を〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の力で鎮痛するという、あまりに強引な力の行使。だが士道は歩みを止める事なく、進み続ける。怪物を押し除け、薙ぎ倒し…自らの力で、二亜の前まで辿り着く。

 

【二亜!】

 

 呼び掛ける声が…ただの叫びではない、〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の力の籠った士道の声が、響く。その声で士道が二亜の意識を呼び覚まそうとするのを耳にしながら、侑理は左右の火器を同時に使用し、弾幕を形成。攻撃ではなくあくまで目眩しとして魔力の弾丸をばら撒き、真那の接近を支援する。今の士道は強い。きっとこのまま乗り切れると信じられる。だからこそ、それを阻まんとするエレンを、真那と共に全力で阻む。

 士道が暴走してしまった時と同じく、これは時間稼ぎの戦い。事が済むまで耐えられれば、それで勝利。そして士道が二亜の側に辿り着いた今の状況は、勝利へ王手を掛けたも同然というもの。……だが。

 

(…あ、れ……?)

 

 それなのに、だというのに、侑理の頭には一つの疑念が…不安が過った。それは、士道へ対するものではない。抱いた不安は、違和感は…今のエレンに対するもの。

 一体何故、エレンは単独で仕掛けてきたのか。最強たる自分一人で十分だと判断したから…というのは、士道の一件では〈バンダー・スナッチ〉を率いていた事からして考え辛い。二亜の反転が仕組まれたもの、エレンからすれば想定通りの事だとすれば、急だった為にエレンだけがまず駆け付けてきたという事もない筈。もし反転した二亜の力、〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉の能力をある程度でも把握していたのなら、半端な戦力は先程までの侑理や今の十香達の様にまともに戦えなくなるだけだと判断してこうなった事も考えられるが、これについてはエレンも驚いているようだった以上、やはりない。納得出来る理由はおろか、可能性はある…と感じられる程度のものすら、今のエレンからは見えてこない。

 分からない。何かある筈なのに、はっきりしない。芽生えた疑念は瞬く間に広がり、胸騒ぎとなり……

 

「──駄目だよ、そんな事しちゃ」

 

 その疑念は、すぐに明らかなものとなった。侑理の背後、士道と二亜かいる空間……そこで、何かが起こった。

 

「……ッ!?何が──」

「どこを見ているのですか?」

「く……ッ!」

「真那ッ!」

 

 静かな声と閃光。侑理が認識したそれに、真那も気付き…ほんの僅かに意識が逸れた瞬間を、エレンに突かれる。比喩的にも、物理的にも突かれ、防御は出来ても弾き飛ばされた様子の真那を侑理が随意領域(テリトリー)で受け止める。

 

「…ふっ。残念でしたね、侑理、真那」

 

 まるで勝ち誇るような、余裕たっぷりの声と表情。そこからエレンは構えを維持しつつも、追撃してくる気配を見せない。これはどういう事か。何を言っているのか。新たな疑問が脳裏に浮かび…その答えが背後にあるのだろうと、考えるよりも前に察する。だから侑理は、警戒しつつも随意領域(テリトリー)内の光を屈折させる事で後ろを見やり……息を呑む。

 

『二亜さん……ッ!?』

 

 跪き、全身から血を流す二亜。誰も傷付けていない筈なのに、その身を無数の傷に彩られていた彼女は今…一本の剣に、貫かれていた。

 たったそれだけでも、ほんの少し前まであった希望が瓦解していくような、衝撃の光景。だが、それだけではない。それだけでは、留まらない。

 腹部を貫く両刃の剣。それは、レイザーブレイドであった。その刃の柄を握っているのは、魔術師(ウィザード)だった。それも、ASTの正式採用モデルやDEMで使用されている最新モデルとも違う…エレンや改変前の世界でDEM所属となった折紙が纏っていた装備とよく似た、白と紫のCR-ユニットであった。

 

(……ッ…そうか、だからエレンさんは…!)

 

 ハーフアップの長い金髪。後ろ姿故にその容貌は伺えないが、纏っている装備から彼女が一級の…それこそ世界でもトップクラスの魔術師(ウィザード)である事は間違いない。でなければ、エレンが自分と同系統のCR-ユニットの装着を許す筈がなく、またそのレベルのユニットをまともに扱える訳がない。現に士道は二亜を貫いた彼女に怒りの声を上げ〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の斬撃を飛ばしたが、その攻撃は随意領域(テリトリー)であっさりと弾かれ、更にその範囲を拡大したのか、次の瞬間には士道がその場から跳ね飛ばされてしまう。

 同時に、この光景で、彼女の存在で、はっきりした。エレンは最初から、ここぞというタイミングで投入する伏兵がいたからこそ、彼女を伏兵に回したからこそ、単独で仕掛けてきたのだと。

 

「ちッ…侑理!」

「分かってる…ッ!」

 

 やられた。完全に出し抜かれた。その悔しさと不甲斐なさを抱きながらも、侑理は真那と共に跳躍し、新たに現れた魔術師(ウィザード)の頭上を飛び越える。今の立ち位置では彼女とエレンに挟まれてしまうのと、このまま二亜から彼女を引き剥がそうとした場合、エレンに背を向ける形になってしまう事から、士道に合流し、相手二人と同時に正対出来る位置へと移る。

 不幸中の幸いというべきか、二亜は重傷を負った事で能力を維持出来なくなったようで、精霊達も普段通り動けるようになっていた。その為弾かれた士道は折紙が受け止めており、皆が動けるようになったのなら、まだやりようはあると、跳びながら侑理は思っていた。そして、着地をしようとしていた……その時。

 

「どうして貴女がここにいるの。──アルテミシア・アシュクロクト」

(──え?)

 

 いつも通りの静かな…されど動揺と戦慄を感じさせる、折紙の声。その声の中で発された…微塵も想像していなかったある人物の名前。

 着地し、士道や折紙の斜め前方に立つ。強襲してきたもう一人の魔術師(ウィザード)の姿が正面から見えるようになる。金色の髪、落ち着きを思わせる碧色の瞳、白くきめ細やかな肌。エレンよりもほんの少しだけ若く見える、少女と大人の境にいるような、可憐な女性。

 しかし、確かにそうだった。侑理には、その人物に見覚えがあった。突如現れ、二亜をレイザーブレイドで刺し貫いた女性。特別である事が一目で分かるワイヤリングスーツとCR-ユニットを纏った魔術師(ウィザード)。彼女は、その人物は……嘗てDEM主催のパーティーで出会った、アルテミシア・ベル・アシュクロクトであった。

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