嘗て一度だけ、侑理はその女性と会った事がある。意外な形で出会い、言葉を交わし…短い時間ではあったが、その時侑理は好感を抱いた。話し易い、印象の良い女性だと感じた。
その後、ある時侑理はその女性の強さに関する話を聞いた。そう深く語られたものではなく、真那と比較しての形ではあるが…その強さは、エレンすらも認めるものであった。
出会ったのも、話を聞いたのも、まだ侑理がDEMの
「…アルテミシア、さん……」
助けるべき二亜が腹部をレイザーブレイドで貫かれ、重傷を負っている。一刻を争う事態である事は分かっているのに、そのあまりにも想定外な人物の存在に、侑理は動きが止まってしまう。真那や折紙も驚愕しており…一方でアルテミシア、それにエレンも動かない。
だが、考えてみればそれも当然の事。こちらからすれば、世界最強の
そんな中で、アルテミシアはゆっくりと瞳を動かす。感情の伺えない面持ちのまま、一人一人の姿を確認するように視線を移していき……最後に侑理の事を見る。
「…久し振りだね。話には聞いていたけど…どうして君が、そっち側にいるのかな」
「……っ、うちは…。それに、それを言うならアルテミシアさんこそ……」
それは、アルテミシアからすれば当然の疑問。同時に侑理からしても、アルテミシアがSSSではなく、DEMにいるなど驚きの事態。何故?と侑理は訊き返そうとし…それを阻んだのは、エレンの声。
「アルテミシア。貴女には、まだやるべき事がある…そうでしょう?」
「…そうだね」
軽く跳躍するようにアルテミシアの隣へと降り立ったエレンの言葉に、アルテミシアは小さく頷く。そして、二亜の胴からレイザーブレイドを引き抜く。その瞬間大量の血が噴き出し、士道は叫びながら駆け寄ろうとする…が、その腕を折紙が掴んで止める。
しかしそれも、当然の事。目の前にいるのは、フリーな状態のエレンと、同じくレイザーブレイドを引き抜き振れる状態となったアルテミシアの二人。幾ら天使を扱えるとはいえ、戦闘においてはまだまだ素人且つ、天使は扱えても霊装を纏っている訳ではない士道が不用意に突っ込めば、冗談抜きに一瞬で細切れにされかねない。
(けど、どうする?それに、やるべき事って一体……)
安易に動く事は出来ないからこその、睨み合い。しかし二亜が重傷を負い、今も血を流し続けている今、早く動かなければならない。…そんな状況の中、アルテミシアは構えを解いたかと思うと、片手を倒れた二亜の胸元…その真上へと掲げる。そして、小声で何かを呟き…次の瞬間、変化が現れる。アルテミシアの
「何を……!」
動こうとした真那を、エレンが視線で制する。その間も二亜の変化が、彼女の身体に現れた黒い発光現象は進んでいき、今や苦悶の声すら漏れない二亜の指先が微かに震える。そうして光は二亜の胸元から広がっていき…全身を包んだ直後、起点となった胸元から、深淵を思わせる闇色の結晶体が、浮かび上がるようにして出現する。その結晶体に力を奪われるように、或いは力の源を失ったかのように、続けて二亜が纏っていた霊装が消滅する。
「……!」
「
聞こえてくるのは、折紙が息を呑む音と、琴里の驚愕したような声。確かに琴里が言う通り、二亜の身体から出現した結晶は、〈ファントム〉が琴里へ渡したあの赤い宝石の様なもの…即ち
そしてこれは、どういう事か。霊装が消えた事からして、二亜から精霊としての力を抜き出したという事なのか。だがだとしたら、一体何故そんな技術をDEMが……と、そこまで思考した時だった。本能が、直感が、反転した精霊とも違う…されど反転精霊のそれに微塵も劣らない、圧倒的に『異質』な人物の存在を感じ取ったのは。
『……──っ!』
再び聞こえた、息を呑む音。しかしそれは、今度は自分と真那の口から発されたもの。そして侑理や真那だけでなく、士道や精霊達全員も同じ方向を見やる中、そこにいた存在は、悠然とエレン、アルテミシアの下へと歩いていく。霞んだアッシュブロンドの髪と、黒一色のスーツの裾を揺らしながら。錆び付いたような色の瞳で、ちらりとこちらを見やりながら。
「アイザック・ウェストコット……!」
「直接顔を合わせるのは久し振りだね、イツカシドウ。壮健そうで何よりだ」
初めに声を発したのは士道。激しい怒気を孕んだ声でその名を呼び、呼ばれた男性は……嘗ては真那共々、組織のトップとして接していたDEMの業務執行取締役社長、アイザック・レイ・ペラム・ウェストコットは薄く笑う。
「素晴らしい。これが──
そうしてウェストコットは二亜の前まで歩くと、彼女の直上に浮かぶ闇色の結晶…
(これが、あの…ウェストコットさん……?)
その笑みに、雰囲気に、侑理は茫然としていた。管理職でもない侑理が社長であるウェストコットと会う機会などそう多くはなかったが、それでも何度か話した事はある。あのDEM日本支社での戦いの直前には、一言二言ではないやり取りを交わした事も覚えている。彼が只ならぬ人物である事は、その頃から感じてはいた。
だが、彼は…ウェストコットという人間は、ここまで異質な雰囲気を、存在感を纏っていただろうか。反転精霊を闇と評するのであれば、彼は理解など遠く及ばない異界の何かである…誇張抜きにそんな思考が過ってしまう程の、異常な存在だっただろうか。もしそうなのだとしたら、何故これまでそれを感じる事が出来なかったのか。DEMという彼の手中から離れ、新たな繋がりや日々を得たからこそ、この異質さをはっきりと感じられるようになったのか。…確かな事は、分からない。分からないが…その底知れなさは、間違いなく最強の
「ご苦労、アルテミシア。念の為君を潜ませておいて正解だった。──イツカシドウに〈ラタトスク〉の諸君。君達にも礼を言っておこう。君達のおかげで、私は漸く悲願への一歩を踏み出す事が出来る」
暫しの間
そんなウェストコットは、
「あんた……何を!」
「──何を?はは、君がそれを言うのかね?
明らかに含みを持たせた、ウェストコットの声。その発言に、侑理達は全員が困惑する…が、それについて考えている時間はなかった。考えるより早く、思考するよりも先に…ウェストコットは、伸ばした手で
次の瞬間、闇色の霊力の奔流が、閃光となって撒き散らされる。ウェストコットが叫びを上げる。世界を喰らう、闇の暴威…そんな大仰な表現が自然と頭に浮かんでしまう程の光景が、
誰もが、沈黙する。言葉を失う。目の前で起こった光景に。その結果に。そうして残った…スーツの胸元に焼け落ちた跡を残しながらも、その身に霊力を漲らせたウェストコットの姿に。
「はは、はははははははははッ!ははははははははははははははは──ッ!」
静寂の中に響き渡る、ウェストコットの高笑い。本当に、本当に嬉しそうな、歓喜に満ちた笑い声。そのさまに、侑理は…否、全員が圧倒される。ただ笑っているだけの筈なのに、気圧されてしまう。
だが…意識すべきは、そこではない。たった今、確かに今…ウェストコットは、
「──〈
ただの一言。たったの一言。…それだけで、答えが示される。そして次の瞬間、消えていた巨大な本が、再び宙に…ウェストコットの手元に現れた事で、証明される。──ウェストコットが、魔王の力を手にしたのだと。琴里や美九、折紙が
「ほう……?不思議なものだね。魔王に触れるのは初めてだというのに、その力、権能までもが手に取るように分かる」
幾ら強大な味方を従えているとはいえ、ウェストコットがいるのは侑理や士道達の眼前。されどそんな事を、侑理達を気にも留めず、興味深そうに声を漏らす。更にウェストコットは、〈
(使い、こなしてる……!?)
背後で士道が驚愕の声を発する。侑理も目の前で起こった事に愕然とする。
改変前の世界、その五年前の天宮市で、侑理は琴里が精霊となった瞬間を見た。その時の琴里は、明らかに力を制御出来ていなかった。士道もまた、初めから今日の様に天使を自在に操れていた訳ではないらしく、実際あの暴走以前は、怪我に対して自動で機能する治癒の炎を除けば、〈鏖殺公《サンダルフォン》〉しか使っていなかったように思う。
だというのに、ウェストコットは今、手にしたばかりの〈
「成る程……本に記された存在の具現化か。ははは、魔王の名に違わず、世界の道理も条理も捻じ曲げる力だ。素晴らしいとは思わないかね?」
「く……」
愉快そうな面持ちで、ウェストコットは侑理達へ…否、士道へと視線を向けてくる。瞬く間に〈
「──どうかな、エレン。これが我等の道を照らす、荘厳なる魔王の輝きだ」
「──素晴らしい。ですが、まだ」
「ああ。これだけでは足りない。一つだけでは、まだ足りない。我等が悲願の成就の為にはね」
その言葉と共に、ウェストコットの視線が戻る。エレンから、再びこちらへ…精霊達へと向けられる。
この時まだ、侑理は目の前で起こった事を全て理解出来ていた訳ではなかった。何が起きたのかは分かっても、何故起きたのか、どうやって起こしたのか…その点はむしろ、分からない事ばかりだった。…だとしても、はっきりしている事がある。アルテミシアは、何らかの力で精霊の…より正確に言えば魔王の力を二亜から抜き出し、ウェストコットはそれを取り込んだ。その力を得たウェストコットは、更に求めている。そしてここには…霊力を封印され、十全の力を発揮出来ない精霊が何人もいる。エレン、アルテミシア、魔王を従えたウェストコット…そんな精霊達を、十香達を相手取るのに、向こうの戦力はあまりにも十分。
「……真那」
「えぇ。どうやら腹を括らなきゃいけねーようですね…」
「…侑理?真那?…まさか……」
呼び掛ければ、真那は緊張を帯びた声で返してくる。だが、それも当然の事。エレン一人でも、相手としては強大過ぎるというのに、そこにエレンと同等…とまでは言わずとも、侑理より強い事は間違いないアルテミシアと、更にはウェストコットまでいる状況で、そんな三人を相手にして……侑理は今、真那と二人で立ち向かう事を考えているのだから。
これはあまりに無謀な考え。だとしても今は、こうするしかない。万全の状態ならまだしも、今十香達は〈神蝕篇帙《ベルゼバブ》〉の力によって消耗させられている上、そもそもまず、
自然と僅かな言葉で意思疎通を果たした侑理は、真那と共に一歩前へ。対抗するようにエレンとアルテミシアもまた一歩出る中、考えを察した様子の士道は唖然としたような声を上げ……
「──だが、魔王を手に入れるという最大目的は達した。今日はここまでにしておこうじゃあないか」
されど、状況は変わる。現状優位に立っている筈のウェストコットが、ここで退こうという素振りを見せる。
無論、まだ安堵には程遠い。ウェストコットはただ言っただけで、その言葉が本心である確証など微塵もない。しかし、それは事前に示し合わせていた発言ではないようで、それにエレンが首を傾げる。
「宜しいのですか?」
「ああ。流石に私も、複数の魔王を一度に取り込んでは身体が持たないだろうからね。それに──」
楽しみは、一つずつ堪能しなければ勿体無いじゃないか。…そんな風に、ウェストコットは返答を締め括った。
如何に調子が良くとも、流れが来ているように思える状況でも、冷静に利益とリスク、現状の損益を考えて判断を下さる…世界的な企業のトップに立つ人間としての才覚が伺える、ウェストコットの発言。だがそれよりも、それ以上に……ここまでの行為を、こんな風に言えてしまう、思えてしまう彼の『異質』さに、この場の全員が絶句していた。エレンの強さを非常識だとするならば──ウェストコットから感じるものは、常識外。そもそも常識、普通という尺度で見る事自体が間違っているのだと、この時侑理は思い知らされた。…思えばあの時、ホテルでウェストコットと話した時にも侑理は恐怖を覚えたが、あの時も発言の内容にだけではなく、それをあっさりと言える事に…恐ろしい事を言ったり考えたりする事以上に、それを軽々と言えてしまう事自体に、深い恐怖を抱いたのだった。
「分かりました。では」
「ああ。行こうか」
ウェストコットからもエレンからも、無事に撤収出来るか…という不安は欠片も感じられない。この撤収は、こちらからすれば命拾いであり、それをわざわざ邪魔しようとする理由がない…それを分かっているという事だろう。
故に、最後まで油断出来ないのはこちらの方。嘘である事は勿論、心変わりをする可能性もまだ残っていると侑理は決して警戒を緩めず…そんな中、思い出したようにウェストコットは言う。
「──そうだ。ユウリ、それにマナ。先日エレンが言った時は断ったらしいが…今もまだ、戻ってくるつもりはないかな?君達は共に、
「……ッ…今更、何を…!」
「…………」
まるで久し振りにあった友人を誘うような、ウェストコットの口振り。こんな状況下でそれを言うのか、と言いたくなる発言に対し、真那は食ってかかり……侑理も、無言を返す。それからちらりと、少しだけ視線をエレンに送る。
「それは残念だ。だが、それならばせめて、『ラタトスクの
予想の範疇だったのか、あっさりと引き下がったウェストコットは肩を竦める。そして、ウェストコットはエレンとアルテミシアへ視線を送り…彼女達は地面を軽く蹴って跳躍。その二人の
『……っ…』
まだ油断は出来ない…と〈オルムスファング〉を構えていた、いつでも狙撃出来るように魔力の充填をしていた侑理は、三人の姿が見えなくなると共に脱力。どっと疲労感が押し寄せてきて、
隣を見れば、真那の表情にも濃い疲労の色が浮かんでいた。考えてみれば、今の侑理達は徹夜明けの状態。仮眠を取ったとはいえ、その後も同人誌即売会に精を出していたのだから、コンディションとしては非常に悪い。むしろよくこんな状態でエレン相手に持ち堪えたものだと、侑理は自分を褒めたい位なもの。
だがなんであれ、凌ぐ事は出来た。見逃された形ではあるが、生き残った事には変わりない。故に、漸く侑理も安堵する事が……
「二亜!」
──周囲に響く、士道の叫び。その声で、侑理の思考は現実へと引き戻された。…そう。まだ終わってはいない。安心は出来ない。
「真那、侑理」
「分かっていやがります…!」
真っ先に駆け寄った士道に続いて二亜の下へ走った折紙は、振り返ると共に侑理達の名前を呼ぶ。
それは、
「二人共、何とかなりそうか…!?」
「ごめん士道にぃ、正直かなり厳しい…!止血だけなら何とかなるけど、ここまでの傷になると
応急処置に全力を注ぎながらも、思い出すのは改変前の世界であった事。反転した折紙との戦闘で、真那が重傷を負った時の事。あの時と違い、今は真那も共に処置へ当たってくれている…が、そもそもの機能、性能的に、
「……っ…一体どうすれば…!」
「落ち着いて。──七罪、美九」
「へっ!?」
「もしかして、私の出番って事ですかー?」
何とかしたいが、自分にはどうする事も出来ない。そんな思いの滲む声を上げた士道の肩へ、琴里は手を置く。それから振り向き、二人の精霊の名前を呼ぶ。
それを受けて驚いたような顔をした七罪と、何かを察した様子の美九。続けて七罪も琴里の言わんとしている事を理解したらしく…二人は折紙と入れ替わる形で二亜の側へ。
「〈
「〈
掲げられる箒型の天使と、地面から伸びるようにして現れるパイプオルガン型の天使。箒の先端に隠されていた鏡が煌めき、奏でられた音色が響く。
次の瞬間、二亜の全身を痛ましく彩っていた無数の傷が、拭われるようにして消えていく。ほんの少しではあるものの、消え入りそうだった二亜の呼吸が大きくなる。
それはまるで、二亜の身体が回復しているような光景。されど、違う。七罪は〈
「これで……少しはマシだと思う。でも、失われた血が戻る訳じゃないし、損傷した臓器が正確に修復出来てる訳でもないわ。早く治療をしないと……」
「そう、か…だったら美九、もっと活性化させてやる事は出来ないか?それが出来れば……」
「それは得策ではない。自然治癒力だけを高められるならともかく、そうでないなら巡りの良くなった血が損傷した臓器に回って、体内での出血が悪化する可能性が高い」
「折紙の言う通りよ。二人共、内臓の方は手を出せる?」
「やれるだけの事はやってみる…!」
向けられた視線に頷き、二亜の身体を、その体内を
七罪の力、〈
「くそ、やっと二亜が…やっと俺達の事を信じてくれようとしたのに、なのに……ッ!」
やるせない思いを吐き出すように、士道は拳を地面へと突き立てる。その思いは、侑理も…恐らくは全員が同じように抱いているもの。後少しで上手くいっていたのに…というだけではない。信じたくても信じられなかった二亜が、その恐れを踏み越えて前に進もうとしていた…そう思うからこそ、それがこんな形で潰えてしまいそうな事が、どうしたって許容出来ない。
されど、この思いだけではどうにもならない。もうこれ以上出来る事など、何もない……そう、思っていた時。
「……っ!待て、シドー!──やはり、微かだが二亜に霊力が残っているぞ!」
はっとした顔になり、二亜の隣に膝を突いた十香が、やはりと言って声を上げる。
「そうか……私の認識が間違っていなければ、上から降ってきたあの女に刺される前に、士道は二亜の意識をほんの僅かだけど引き戻していた……!あの時点で、完全な反転状態ではなくなっていたのよ!」
「ど、どういう事だ?」
「ウェストコットに奪われた
それは、あくまで一つの可能性。されど、二亜からまだ僅かでも霊力を…精霊としての力を感じるのなら、決してあり得なくはない話。…だが、それが分かったところでどうなるのか。そう思った侑理だったが、次の瞬間士道は肩を揺らす。…士道もまた、何かに気付いたかのように。
「琴里──俺と皆の間には、目に見えない
「ええ、それが……って、まさか」
「ああ──一か八か、二亜を封印する……!」
元来精霊は、霊力さえあれば生命維持に支障をきたす事はないらしい。逆に言えば、霊力が枯渇した状況…それこそ霊力の根源であろう
「…兄様、それは……」
「分かってる。…皆。皆の力を、霊力を…俺に貸してくれないか?二亜を助けるのに、どれだけの霊力が必要になるか分からない。皆の身を危険に晒しちまうかもしれない。だけど、俺は……」
「シドー」
言い切る前に、十香が名前を呼んで遮る。静かに頷き、琴里達もそれに続く。迷う事はない。躊躇う必要はない。そんな意思を、士道に示す。
「ありがとう、皆……!」
深く頭を下げた士道は、二亜へと向き直る。…恐らく士道は、皆の優しさに救われたと考えているのだろうが…侑理には分かる。皆が優しいのは勿論だが…同時に士道のこれまでの積み重ねが、信頼や人徳があるからこそ、誰もが自分の霊力を使ってほしいと思ったのだと。
「──二亜。頼む。俺を……受け入れてくれ。俺の力、全部持っていっても構わない!だから──!」
祈るように、思いを振り絞るように士道は呼び掛け、二亜へと顔を近付ける。ゆっくりと、士道の唇が二亜の唇へと重なる。
数秒の沈黙。霊装が既に消えている今、外見の状態で封印出来たかどうかを判別する事は出来ない。だが…今も内臓の保護と並行して二亜の身体状態を確認していた侑理には分かった。二亜の中で、上手く表現する事は出来ないが確かに何か変化があったと。
顔を上げた士道は、二亜の名前を叫ぶ。十香達も呼び掛け、侑理や真那も声を上げる。そんな声が折り重なり…微かに、閉じていた二亜の瞼が動く。
「…………、そんなに……叫ばなくって、も……聞こえて……るって……の……」
「──!二亜!」
「よし……!真那と侑理はそのまま続けつつ、逐次二亜の状態を教えて!私がそれに合わせて判断するから、美九は私の言った通りに活性化を調整!折紙、私も医療に関しては素人に毛が生えた程度だから、知識を貸してもらえる?」
『了解!』
湧き上がる歓喜の声。されど油断する事なく、すぐさま琴里は指揮を取る。それに従い、侑理は真那達と共に処置を続ける。士道もその間、二亜の手を包むようにして握り締める。
繋ぎ止められた可能性。二亜が危機的状況である事には変わりなく、今もまだ死力を尽くす必要がある。それでも…侑理の目には、見えていた。再び目を伏せた二亜の口元…その唇が、ありがとうの形を取っていたと。