僕の心のヤバイやつ 鞍馬祢音と山田杏奈の邂逅 作:北村 貴之
市川京太郎…。
東京都目黒区の中学校に通う、片目が髪で隠れた地味な雰囲気を漂わせる中学生の少年だ。
内気な性格で、ラインのアイコンをとあるアニメのヒロインにしている、至って普通の少年である。
彼は、同じ中学校のクラスメイトの少女である、山田杏奈に想いを寄せていた。
当初は敵対心を抱いていたが、触れ合っていくうちに次第に彼女に惹かれていき、山田もまた、市川に惹かれていたのであった。
そんな市川京太郎は、いまどこにいるのかというと…。
「波動拳!昇〜龍拳!」
知っている人なら聞き覚えのある声が聞こえてくる。
どこか懐かしい、アーケードゲームの台が何台か並んでおり、薄暗い店内を煌々と照らすモニターの放つ光が、店内にいる人たちをぼんやりと照らし出している。
そこで、対戦格闘ゲームをプレイして楽しんでいる人たちがいた。
先程の少年、市川京太郎がゲームの台のモニターに食らいつくように見て、手元のボタンとスティックを忙しそうに操る。
「波動拳!昇〜龍拳!波動拳!昇龍拳っ!」
モニターの中にいる市川が操作するキャラクターが、必殺技を放つ度に叫んでいた。
そう。市川がプレイしているゲームは何かのかというと…。
ゲームの台に書かれているタイトル。
「スーパーストリートファイター2X」と書かれている。
1990年代後半あたりに、日本中で流行した、カプコンより発売されている対戦格闘ゲームであった。
通称「スパ2X」。
「おりゃっ!」
画面上に相手のキャラクターの体力ゲージが無くなり、自分のキャラクターの勝利を示すと、市川は歓喜の声を上げた。
「よし!勝った!」
「やあ。楽しそうだな」
市川が勝利に酔いしれていると、後ろから男性の声がした。
振り返ると、そこには黒髪の七三分けをした、183cmくらいの身長の青年の姿があった。
黒いジャケットを羽織っている。
「誰だっ…!」
市川は声の方を振り向いた。
そして、驚いた表情をする。
市川はその青年を知っていた。
最近市川がこうして、放課後にひとりさびしくスパ2Xに興じたきっかけとなった人物であったからだ。
「あ、あんたは…!」
市川は身体を震わせて青年を見つめていた。
青年は強者の余裕の如く、笑みを浮かべている。
「う…。浮世英寿か…!?」
青年の名は浮世英寿というようだ。
どうやら彼が、市川がゲームにはまるきっかけを作ったようである。
「いかにも俺が浮世英寿だけど…。こんな場所に制服着た子が来ちゃ、絡まれるぞ?」
確かに市川のいるゲームセンターは、いかにも不良がたむろする場所だ。
しかし、周りを見るとそのような人物はおらず、いかにもなおじさんがゲームをプレイしている。
英寿に出会えるとは思いもしなかった様子の市川だが、目を見開いたままの状態だ。
「だって、都内でなおかつ家の近くでできるのがここくらいしかなくって…」
市川は急に現れた英寿に動揺を隠せていない。
「ふ〜ん。で、こうしてこの西日暮里にいるってわけか」
英寿は口元に微笑を浮かべると、ゲーム台の椅子に腰を下ろした。
「一局どうだ?これハマってるってことはこの前の番組見てくれたってことだよな」
「ふぇっ…!?」
突然の試合の申し込みに、市川は動揺を隠せなかった。
断ってしまえば、ここで浮世英寿と二度と対戦ができないであろう。
そう思った市川は、
「わかった。ひと勝負お願いします!」
と思いきって対戦を引き受けたのだった。
「手加減しねぇぞ?」
「あ、ああ。俺だって…!」
ゲームが起動すると、英寿と市川はキャラクター選択画面に移った。
「流石はスターオブスターズオブスターズ…」
英寿の操作するキャラに一方的に押されている市川。
日々使いこんだ『リュウ』を選び英寿に勝負を挑んだが、英寿が選んだ『ガイル』に圧倒されていた。
英寿は自らの手足の如く、ガイルにソニックブームやサマーソルトキックを放ち迎撃している。
まるで市川の動きを把握しているかのように、画面の中のガイルは、市川のリュウに攻撃を繰り出していた。
「ううっ…。強い…!」
市川は、英寿の強さを実感していた。
しかし、彼はまだ諦めていなかった。
「でも…!負けたくねぇ!俺は…!」
「そうも言ってられないよ?」
「へ?」
市川が一瞬油断したような声をあげると、英寿のガイルのスーパーコンボが、容赦なく市川のリュウに直撃してしまった。
「ああっ!もうっ…!」
市川が顔を青くして、天を仰いだ。
英寿にボロ負けしまった市川。
英寿は微笑んでいる。
「悪いね、俺の圧勝のようだ」
「くそっ!もう一戦!」
「ふ〜ん。いいよ」
再びゲーム画面に戻った2人。しかし…。
「あ〜あ…。やっぱり英寿さんは強いよなぁ…」
市川はがっかりした表情を見せると、椅子から立ち上がった。
再び対戦したものの、結局負けてしまったようだ。
実力の差を痛感してしまい気落ちした市川。
そして、そのまま荷物を持ってゲームセンターから出て行った。
英寿はそんな彼を、腕組みをしながら見ていた。
「市川京太郎…、か。確かタイクーンとナーゴがあった子の、好きな子だっけか」
英寿がフッと笑みを浮かべると、ゲームの筐体にコインを入れてゲームを始めた。
「ただいまー…」
市川が自宅に帰ってきた。
彼の母親が、玄関まで出迎えに来た。
「おかえり、京太郎」
母親は息子である市川の顔を見て、ホッと胸を撫で下ろしたようだ。
「遅かったけど…。また西日暮里だな」
母親が何かを察したかのような顔をしている。
確かに母親の言うように、すでに時刻は午後7時を回っていた。
英寿とのゲームに熱中して、帰りが遅くなったようである。
「あぁ…。ちょっとな…」
市川はバツが悪いといった表情を浮かべた。
「さあ、着替えて夕飯にするわよ」
母親にそう言われた市川は、靴を脱いで家の奥へと入って行った。
「お前は相変わらず西日暮里が好きなんだなぁ」
市川の父親がビールをがぶ飲みしながらそう言った。
リビングには両親と姉がおり、市川は家族と夕食を食べていた。
「母さん。あのさあ…」
母親が市川の方を見た。
「何?京太郎」
「…英寿さんに会ったよ。浮世英寿に」
「ブフェッ!」
浮世英寿という名を聞いた姉の香菜が、飲んでいた味噌汁を口から盛大に吹き出した。
その光景を目にした家族が、一斉に香菜の方を見る。
「おいっ!きたねぇな!」
市川が思わず顔をしかめる。
幸い彼の食事に姉の吹き出した味噌汁はかかっていない。
姉が顔を赤らめて、布巾を持ってきてテーブルと壁を拭いている。
どうやら市川の姉は、英寿のファンであるようだ。
母親は溜息をつくと、市川に話しかけた。
「京太郎。あんたホントにその浮世英寿に合ったのよね?」
「そだけど…?」
「だって…。浮世英寿って…」
母親が何か言いたげだ。すると、父親が口を開いた。
「この前のテレビチャンピオンに出てたイケメンの兄ちゃんか。なんか相方もかなりイケメンだったな。スパ2Xのやつで出てたっけか」
英寿はどうやら、スーパーストリートファイター2Xの日本一決定戦に出場していたようだ。
なんでも相方を連れて、テレビチャンピオンで放送されていた際に、出てきたそうだ。
この放送がきっかけで、市川は西日暮里のゲームセンターに頻繁に足を運ぶようになった。
「そうなんだけど…。七三分けで背が高くて高そうなスーツを着ていて…」
「本人じゃない?」
母親はジト目で市川を睨んでいる。
すると香菜が口を開いた。
「でもさ!京太郎が英寿様に出会ったなんて凄いじゃないの」
香菜が目を輝かせて市川を見ている。
しかし、市川は浮かない顔をしている。
「いや…、俺は別にそんなつもりじゃ…」
「んなことを言うな!折角テレビで出てた有名人に会えたんだ。幸運なことだ」
父親が笑いながら、市川の肩を軽く叩いた。
「今度、英寿様に会ったらまた教えて?」
香菜は鼻息を荒くしている。
その様子を見て、市川は呆れ顔になって見ているが、姉は乗り気であった。
「あそこに行ったからって本人に会えるとは限らないだろ…。俺も何日か来て、今日やっと出会えたってのに」
市川はうんざりした顔をした。
こうして、市川家の食卓は英寿の話で盛り上がっていった。