「龍園翔、Cクラスの王だ」
その堂々とした態度の生徒に俺が興奮冷めやらぬ中、椎名が勢いよく立ち上がって龍園に詰め寄る。
「龍園くん!何でここにいるんですか!?」
龍園は椎名の想像以上の怒り様に少し驚き、俺の肩から手を離す。そして、やれやれといった具合に手を振りながら口を開く。
「お前がこいつとだらだら話してるから口を出しに来たのさ。言ったよな?松雄とかいう野郎から色仕掛けでもしてプライベートポイントを毟り取り、最後には拒絶して可能な限りの絶望を与えて別れろと」
かなり悪辣な作戦を立てて実行するよう命じていたことを暴露する龍園。俺の興奮は加速する中、そんな計画を実行するしないに関わらず、命じられていたことを暴露された椎名の怒りも加速する。
「私は!そんなことをするつもりはないと初めに言ったはずです!」
「了承しねぇなら会わせすらしねぇとも言ったはずだぜ。約束を破ったのはそっちだろうが」
「それは、、、」
椎名はここで押し黙る。つまりは龍園の言っていることが事実だということだろう。問題はそれを知って俺がどう行動するかだ。
椎名は俺の方を見て、目で訴えかけてくる。信じて欲しいといった目だ。龍園はそんな様子の椎名のことなど気にも留めずに俺に話を振ってくる。
「こうなっちまったからには仕方ねぇ。力で解決もいいが、金で解決させてやってもいい」
龍園は嘲笑うような笑みを浮かべながらそう口にする。元より金を毟り取るつもりであった龍園がわざわざ交渉という手段を用いるのか?
「金?」
「あぁ、勿論ポイント、プライベートポイントのことだ。お前今いくら持ってる?」
そう聞かれ、俺は端末を取り出し龍園に向けて画面を見せる。今俺からは見えないが、画面には俺のポイント量が出ているはずだ。龍園は画面を見つめると笑った。
「十一万三千ポイントか。はっ!流石は優秀なBクラス様だ。マヌケなDクラスのカスどもとは比べものにならねぇわけだ」
俺のポイントの量を確認した龍園は、俺に向けて煽るようにそう口にしてくる。そして続け様に、
「十万だ。十万寄越せば椎名との関係に俺が口出しすることはねぇ」
龍園は俺にそんな話を持ちかけてくる。全額ではないのは、俺が最低限の生活は送れる状態にしておくことでBクラスにこの交渉のことがバレないようにするためだろう。俺がクラスメイトに泣き付かずに男のプライドを保とうとできる最低ラインということだ。
さて、この話の答えは決まりきっている。即答するのも違和感を覚えられるかもしれないので少しだけ間を置いてから返答する。
「断らせてもらおう」
「何だと?」
龍園は心底驚いた様子を見せる。大方俺が椎名に惚れるまではいかずともある程度入れ込んでおり、無理してでも格好つけて助けると考えていたのだろう。そして隣の椎名も僅かに悲しげな表情を見せていた。しかしそれは自身の望みにすぎないと考えたのか、直ぐにそれを正そうとしていた。
「悪いが条件の交渉は出来ねぇ。話を持ちかけていいのは俺だけだ」
俺が十万ポイントは高いので安くしてくれと言いたいのだと考えたのであろう龍園はそう告げてくる。確かに俺は今ポイントを惜しんでいる。今考えている作戦を実行するためにそれなりの額のポイントを必要としているからだ。だがそれとは別に理由がある。
「別にそういうわけじゃない。ただここで話に応じたところで今後お前が本当に関わってこないとも思えない。だったらここで払うだけ無駄だ。安心しろ。椎名とはもう関わらない。何なら連絡先も消してやるよ」
そう言い俺は龍園に見せるために手に持っていた端末を自身の方に向けて操作する。そしてメッセージアプリで椎名の連絡先を削除する。
「ほれっ」
そしてそれを龍園に向けて見せてやる。龍園はそれに正気を疑うような視線を向けてくる。本来このような目立つ行動は避けたがったが、今回ばかりは仕方なかった。
「お前、、、椎名を」
「これで満足だろ?話は済んだはずだ。じゃあな」
俺は図書室から出て行こうとするが、それは呼び止められた。
「待てよ、話はまだ済んじゃいねぇ」
龍園は納得がいかないのか、俺に向けて問いかけてくる。
「お前にとって椎名は何なんだ?教えろ」
そう問われ、俺も改めて椎名との関係について考える。友達、知り合い、好きな人、同級生、読書友達、あるいは親密な男女の関係。別にどれでも構わないが、どれでもいいからこそ、
「他人だ」
俺の無感情なその返答に龍園は笑う。
「はっ!ははははは!あぁ、いいじゃねぇかお前、笑わせてもらえるぜ。松雄、お前は恐怖を感じるか?」
龍園は俺にそんなことを聞いてくる。突如始まった禅問答のようなものに俺は少々思考を巡らせて答える。
「当たり前だろ。誰だって怖いものは怖い、それが無いなんてのは人間じゃないだろ」
「あぁ、そうだ人間じゃねぇ。そして俺は恐怖なんて知らねぇ。俺が王だと誰よりも知覚してるからだ」
俺はその龍園の返答を聞き、やはり興奮する。こいつは想像以上の逸材であると、坂柳も面白かったがコイツは下手をすればそれ以上だった。現時点での実力はおそらく遠く及ばないが、今後次第ではあるいはといった具合だろう。
「それはなかなか。本当ならすごいんじゃないか?」
「そんな俺がお前のことを評価した。それだけ覚えておけ」
龍園はそう言うと俺よりも先に図書室を出ていこうとする。図書室の扉を潜り抜ける直前、こちらを振り向き声を出す。
「本当の本当に最後の会話だけは許してやる。好きにしろ」
そうして龍園は消えていった。俺はしばらくの間ただ佇んでいた。そしてそんな俺の袖を掴む小さな手があることに気づく。そしてそれは当然椎名のものであった。
「龍園くんの許可も貰えましたし、最後に少しだけ良いでしょうか?」
振り向き、椎名の顔を見ると涙が流れていた。おそらくは俺の他人発言に対してのものだろう。あるいは最初意図せずとも騙すような形になってしまったことに対する罪悪感か。まぁどちらでもよいことだ。
「まずはその、ごめんなさい。龍園くんにああ脅されて、最後に松雄くんと話すためにはこれしかなくて」
椎名は言い訳をつらつらと語る。俺はそれをただただそれを受け入れ続ける。
「だから、、その、本当にそんなことをするつもりは無くてですね。だからもう、あんまり関わることがないとしても、、その、」
椎名はここで言い淀む。椎名の言いたいことを俺は既に察していた。
「『他人』ではなく、俺たちはいつまでも『読書友達』だってな?」
俺はその察した内容を口にする。自身の方から信用を失わさせた手前、口に出しづらく言い淀んでいた椎名は、俺がその考えを提示してくれたことに救いの手が差し伸べられたとばかりに歓喜し、その手を取らんとする。
「はい!そうです。私達は『読書友達』、ですよね!」
椎名は賛同を求めるように少しだけ圧のある確認をしてくる。椎名の求めている回答を俺は分かっていた。だから、
「んなわけねぇだろ、クソ女」
「へ?」
椎名は何が起こったのか分からないといった表情で俺を見上げ続ける。俺は続けて口を開く。
「その涙も罠か?今まで紹介してきた本も罠か?どこからが本当でどこからが嘘なのか教えてくれよ。耳障りのいい言葉だけ並べやがって」
椎名は慌てて否定しなければと涙を拭って答える。
「待っ、待ってください。私は初めから松雄くんのことを騙すつまりなんて無くて、今もさっきもそうです!信じてください!」
図書室だというのにあの椎名がここまで大声を上げることを面白いと感じつつ、俺はさらに言葉を紡ぐ。ちなみに今図書室には俺ら以外誰もいないので椎名のこれはそれほど問題行動にはならないだろう。
「根拠のねぇ戯言を吐くなよ、文学少女。俺はもうお前を信じないし、名前も呼ばない」
俺はそれだけ言って立ち去ろうとする。それを呼び止める声が背後から聞こえてくる。俺は立ち止まらない。
「待ってく、ださい!私初めてで、初めての『読書友達』で、本当に嬉しくて、大切で、絶対に捨てたくない関係なんです!だからっ」
立ち去ろうとする俺を運動が苦手であろうに必死になって追いかけてくる椎名。言葉も途切れ途切れになっていた。
「お願いしまっ」
俺は図書室のドアを閉める。椎名との間に壁がある間に俺は走り、椎名が確実に見つけれない距離にまで逃げる。
なぜ俺が椎名のことを見捨てるような真似をしたのか。それは龍園のクラスリーダーとしての意思を尊重するためというのが一番の理由だ。あいつがどんな策を練るにしろそれの邪魔をしたくなかった。そしてもう一つ理由を設けるとするならば、これによって発生するだろう椎名の変化を求めたからだ。変化するであろう姿は想像通りであろうが、そんな生徒がいることがおそらくはこの先の特別試験で面白い化学反応を引き起こす。そしてその変化は計画に利用できる。
俺は昇降口へと向かいながら、龍園翔について考えていた。
あいつ『ぇ』とか『ゃ』使いすぎじゃね?
ちなみにひよりはまだ恋とかなどまでには至っていません。あくまで初めての読書友達に対して思い入れが強いだけです。要は大きめな親愛ですね。