「ありがとうございます!」
「あぁ、こっちこそ助かる」
俺は相手からそれなりの量の紙の束を受け取ると、そう言い放ちお辞儀する。相手は俺のそれを見て手を上げて礼を受け取ってくれたことを表明する。
そしてその相手はもう契約は済んだとばかりに颯爽と去っていく。俺もここで引き止める必要性はないので、それをただただ眺め続ける。
そして俺はたった今話をしていた人物とは別の、横にいる人物から声が掛けられる。
「おい、何で俺を連れてきたんだ?」
「今回の中間試験、過去問って対策方法があると教えておきたくてな」
俺に問いかけ、そして俺が答えた人物は化け物こと綾小路清隆その人だ。俺が先程まで話していた人物は二年生のDクラスの先輩であり、ポイントを碌に保有していないであろう彼ら相手ならそれを餌に容易に過去問を買えると踏んでのことだ。
「よく分からないな、俺達は一応別クラスで争う関係じゃないのか?」
「だからこそ、今この場に連れてきている意味を理解して欲しいな」
「ふっ、、、俺たちの友情は永遠ってことだな」
「いや、違う」
綾小路の妙に気取った回答を俺は即座に否定する。しょぼくれる綾小路に説明を再開しようとする。なぜ俺がわざわざ綾小路を連れてきたのか、それを説明するためには少しばかり時を遡る必要があるだろう。
というわけで回想だ。
ーーーーーー
俺は一昨日、ケヤキモールのカフェにやって来ていた。勿論ただ、ケーキやコーヒーなんかを味わいに来たのではない。だからといって自習室代わりにやってきたわけでもない。俺がここに来たのはある人物と話をするためだ。その人物は、
「おはようだね松尾くん。結構早くに来たんだね?」
俺が待ち合わせをしていた人物、それは綺麗な桃色の髪を携えた善良な美少女。つまりは我らがBクラスのリーダー、一之瀬帆波である。ちなみに俺は待ち合わせの時間より三十分程前からここに来ていた。こちらが勝手に早く来ていただけなので、後から来た一之瀬は何ら悪くないだろう。
「女子を待たせるわけにはいかないだろう?それに一之瀬も性格的に早く来そうなんでな、俺もそれに合わせようとしただけだ」
「にゃはは〜、紳士なんだね。ありがとう。それで、そんな松雄君はどうして今日ここに呼び出したのかな?」
一之瀬はこの会合の目的を語るように促す。そう、今回のこの場をセッティングしたのは一之瀬からではなく俺からである。俺はメッセージアプリのBクラスのグループのトークルームから一之瀬の個人の連絡先を登録し、今日この場で会いたいと送ったのだ。
普通に考えればたいして仲良くもない生徒が勝手にそんなことをして誘ってくるなど断られて当然だが、一之瀬ならそうはならないという確信があってのことだ。とはいえ一之瀬ならその容姿から今回の目的を邪推してしまっていることだろう。告白であろうなどと。
当然だが俺はそんなことをするつもりない。別にしてもいいが、したところで得られる成果は知れているためやらない。さて、では結局何故一之瀬を呼んだのか?それを今から語ろう。
「あぁ、実はな今回の中間試験で絶対に退学者が出ない方法を思いついたんでそれに協力してもらいたい」
俺のその発言に目を見開く一之瀬。告白かと思ったら真面目な話で驚いたってところか。しかし一之瀬はそんな風に唖然とし続けるのではなく、その話に食いつく様子を見せる。クラスメイトが僅かにでも失う可能性が存在する中、そんな話をされて一之瀬の興味が湧かなはずがない。一之瀬は冷静に俺にその内容を問わんとする。
「へ〜、それは全然いいんだけど。具体的にどういう方法なのかな?」
「四月にあった抜き打ちテスト、覚えてるか?」
そう言うと一之瀬は顎に手を当て、そのテストのことを思い返している。当然覚えており、返答は早かった。
「あぁ〜、結構簡単めだったよね。最後の問題は難ったけど。正直あのレベルのテストなら確実に私達のクラスは全員乗り越えられると思うけど、やっぱり少しは不安だよね」
「あぁ、そうだな。だからこその提案だ。一之瀬の言ったようにあのテストは最後の方の問題のみ難易度がおかしかった。俺はそれに隠された意図を考えてみた」
一之瀬は俺のその発言を聞き、深く考え込む。ただ答えを聞くだけでなく、自身で一度考えてみるということが出来ているのは良いリーダーの証拠である。しかしどれだけ考えても答えが思いつかないのか、最終的には俺の答えを聞こうとする。変に意固地にならないのもまた評価できる。
「う〜ん、だめだね。私には分かりそうもないよ。だから教えてもらえるかな、松雄君」
「当然だ。つまりは正攻法では百点は不可能であることをあのテストは示していた。ではどうすれば百点を取れるのか?俺達一年生に想像の及ぶ範囲で最も現実的なのは過去問の存在だ。これなら全一年生に機会が平等かつ、上の学年との関係の構築も進む。どうだ?」
俺は自身の考えを吐露し、一之瀬にその考えの是非を問う。一之瀬は考えにもなかった答えを出され、一瞬だけ気圧されていたが回答はすぐに返ってきた。
「うん、そうだね。確かにそうかも!すごいね松雄君!」
一之瀬は素直に俺を褒め称える。俺としても悪くない気分だ。だがこんな考えを伝えるためだけに一之瀬を呼び出したわけではない。最初に一之瀬に話した通り協力を取り付けるのが今回の目的だ。
「ありがとう。それにあたって上級生から過去問を買いたいんだが、そのためのポイントを工面してもらいたい」
俺の要件を一之瀬に伝える。Bクラスは今、Sシステムの詳細が発表されて以来、一之瀬に一定の額を預け続ける制度を取っている。これは今後何かがあった時に貯めておきたいという一之瀬の提案によるものだ。俺はこの策を高く評価していたし、何よりもそれを実現できることを評価していた。俺が同じことを提案すれば間違いなくこれは成り立たない。これは一之瀬のクラスメイトからの信頼ありきの策なのだ。俺はこの策があって一之瀬帆波という生徒に魅力を感じつつあった。とまぁ、そんなBクラスの全体で貯めた金をくれというのが俺が持ちかけた話なわけだ。
俺自身のポイントは全然余裕はある。しかしこの後一之瀬と別れた後にそれなりにまとまった額を使う予定なので、過去問に対する費用は別にしたかった。要は経費で落とすというやつをしたかった。
「うん、全然いいよ!クラスのためだし、皆んなも納得すると思う!」
一ノ瀬は二つ返事で了承してくれる。それはありがたいが、一つだけ言っておくことがあった。
「それと悪いが一之瀬、この過去問については俺ではなく一之瀬自身が思いつき、クラスメイトに配るという形にしてもらいたい」
俺がそう言うと一之瀬は首を傾げる。理解できないという様子だ。俺は詳しく理由を語る。
「えっとぉ、何でなのかな?私、松雄君の功績を奪うみたいになっちゃわない?」
「理由はいくつかある。一つに俺が目立たなくないこと。二つに俺より一之瀬から渡された方が話を信用でき、飲み込みやすいこと。三つに一之瀬でも思いつかなかったことを思いついた俺の存在を確実に他クラスにも秘匿できることだ」
俺は一之瀬に淡々とそう告げる。最後の理由は少々かっこつけているが、これで一之瀬は論理的にも感情的にも納得せざるを得ないだろう。
一之瀬は渋りつつも了承しようとしてくれる。
「うん、、、分かった。そこまで言われちゃあね。じゃあ期待してるよ松雄君!Bクラスの隠し玉として!」
一之瀬には要らぬ期待を抱かせてしまったが、これは必要経費だ。むしろ今後Bクラスに間接的に影響を与えられる可能性が出来たと考えれば、むしろ有難いとまで言える。
「あんまり期待しすぎないでくれよ」
「うん!一緒に頑張っていこうね!」
どこまでも明るく一之瀬はそう言ってくる。そんな一之瀬に俺から最後のお願いがあった。
「最後に少しだけお願いがあるんだけど良いか?」
「良いに決まってるよ!何かな?」
「俺の友達に綾小路っていうDクラスの友達がいるんだが、クラスには結構赤点が出かねない生徒が多いらしくてな。過去問を買いに行く際に一緒に連れてっても良いか?一応クラスのリーダーにその判断は仰ぐのが筋だと思ってな」
クラス争いをしていこうという中で本来考えられないようなその発言は、普通のリーダーなら殴ってでも止めるところだろう。いや、それは龍園ぐらいか。まぁそれは良いとして、どっちにしろ止めるのが普通だ。だが一之瀬ならおそらくは、
「当然だよ!同じ学年で退学する子なんて少ければ少ないだけ良いんだから!」
俺がDクラスのことを心配しているなどというのは当然方便であり、真の目的は別にあるが、一之瀬はその方便に感動してくれる。
「何か嬉しいなぁ。私以外にもそういう風に考えてくれてる生徒がいるなんて。多分クラスのみんなはそれを望まないと思う。でも私はその考えに共感するし、協力したいな」
「あぁ、ありがとう」
その後、少しだけ雑談しこの場は解散となった。一之瀬はクラス間での争いで他を蹴落とすような考えが出来ないことをリーダーとして悩んでいたのだろう。しかし、それをしたくないという同じ意見があることを知れたことを想像以上に喜んでいたように見えた。これは使えるかもしれない。
俺は解散後、また別の店に向かって行った。
ーーーーーーー
俺はこの回想に嘘を混ぜ込みながら綾小路に話す。具体的には一之瀬が過去問について思いつき、俺に過去問を買ってくるように命じた。そして俺が過去問のことを知り、綾小路のクラスのために過去問を買う際に連れて行きたいと申し出たという具合にだ。一之瀬に語ったDクラスの現状は嘘でなく、実際に俺が綾小路から聞いていたことのため、俺が語った話におかしな点はなかった。
綾小路はその俺の説明を聞き、納得した様子を見せた。
「なるほど、つまり俺にもその過去問を渡すからそれをクラスに回せということか?」
綾小路は俺が綾小路を連れてきた理由をそう推察する。俺が綾小路のクラスから退学者が出ないように行動していると。
「いや違う」
「は?」
綾小路は話が不透明になっていくことに怪訝な表情を見せた。