ようこそ実力至上主義の実験場へ   作:ゼリアサイ8世

9 / 10
悪熊の手のひら

 

 中間試験、その時が実際にやって来てから数日が経った。俺が一之瀬に渡した過去問はテスト当日の三日程前、無事にBクラス全員に共有された。そして他クラスへその存在は教えないという話になった。Aクラスはともかく、CクラスとDクラスは退学者が出るかもしれないと、本来なら一之瀬はそのことを気に病み苦しんでいたことだろう。だが俺が最底辺のDクラスの救済に動いていることを知っている一之瀬はそこまで気に病んでる様子はなかった。Cクラスはどうにもならない可能性もあるがDクラス程の不安は抱かないので問題ないのだろう。

 

 そしてテストは返ってくる。過去問が共有された結果、Bクラス全員が百点を取っていた。ちゃんと全員が過去問を解いて答えを覚えており、ケアレスミスすらなかったことは流石はBクラスと言ったところだ。

 一之瀬が俺の方を向いてきていた。俺がそれに気づくと、気づいたことに気づいた一之瀬が笑顔をこちらに向けてくる。やったね、といった感じか。

 一之瀬の笑顔にクラス中の男子が見惚れていた中、突如として悲鳴が上がった。

 

「キャァァァァァ!!!」「ウッソだろ!!!」「ふざけんなよ!!!」

 

 そんな声が響き渡る。当然この声の出元はこのクラスではない。どこか遠くのクラスから聞こえてくることは明らかだった。クラス全員がそれらの声に戸惑いを隠せずにいる中、俺だけがただこの先を楽しみにしていた。

 

 

 さぁ、ここからが計画の大詰めだ。

 

 俺はこの先の展開に期待を抱きながら端末を手にした。

 

 ーーーーーー

 

 

 あの日、松雄に呼び出されたときのことを思い返す。

 

「は?」

 

 松雄の話を読み解いた結果出した、Dクラスに過去問を配ってもらいたいという要望だという結論を否定される。俺は思わず声が出ており、そんな自分にまた少し驚く。

 

「なら何で連れてきたんだ?」

 

「最初に言ったはずだ。お前にこの方法について伝えるためだ。もっと分かりやすく言おうか?お前がこの過去問を手に入れてDクラスにばら撒くようなことはするなと教えてやりたかったんだ」

 

 そう口にする松雄には得体の知れないものを感じた。俺は淡々とその言葉について否定する。

 

「いや、それは俺のこと期待しすぎだって。過去問なんて俺には思いついてなかったぞ」

 

 もちろん嘘だが俺は松雄にはそう話す。俺の実力が知られるのは避けたいがためだ。もしかしたらもう気づかれているのか?松雄にバレるような行動をした覚えはないが。

 松雄は俺のその否定の言葉を聞くと、意外にも朗らかな顔を見せる。

 

「そうか、なら良かった。あんまり目立ちたくないらしいお前がこれをやったら望まない結果になるんじゃないかって気にしてたんだ。万が一にでもそれをやらないように警告しておこうと思ったんだよ。お前常識知らずなところあるし」

 

 松雄のその発言を聞き、俺はその意図に納得する。確かに俺にはそんな部分がある。しかし過去問のために動くなどすれば目立つことぐらい流石に分かる。そう思われるのは非常に心外だった。

 

「それは馬鹿にしすぎだろ。あぁ分かった。過去問については何もしないさ」

 

「誰かを使ってやるのとかもやめとけよ」

 

「そんなに信用がないのか?俺?」

 

 松雄の疑いように思わずそう口にしてしまう。しかし実際どうしたものか。堀北にはクラスメイトを見捨てるなと言っておいて悪いが、俺は別にクラスメイト達のことを見捨ててしまっても構わないと考えている。少なくとも俺が表舞台に立たされるよりは優先度が低い。ならば松雄のアドバイス通りに従うべきか。

 答えは出た。

 

「まぁ、しないってんならそれでいい。じゃあな」

 

 松雄は過去問を持って去っていった。俺は本当にくれないんだと少しだけしょぼくれていた。

 

 ーーーーーーー

 

 そんな訳で中間テストが終わり、今日結果が発表された。その結果はとてつもなくひどい物だった。

 

 四十人中、八人が何かしらの教科で赤点を取っていた。正直に言って俺にとってもこの結果は予想外だった。堀北の勉強会が上手くいかなかったことは知っている。そのため過去問なしの須藤、山内、池あたりが赤点なのは予想の範囲内だ。だが平田達が面倒を見ていた生徒達まで数人赤点を取ってしまっている。これは一体どういうことか?

 

 赤点を取った生徒達は退学であるという事実を突きつけられ軒並みが悲鳴を上げる。俺はそれを冷めた目で見ていた。平田が採点ミスの可能性を探るも、その結果は虚しいものに終わった。

 

「お前達らしい最後だったな」

 

 我らがDクラスの教師、茶柱佐枝先生がそう捨てるように言い放ち教室から出ていく。出ていく先生のことなど気にも留めずに赤点の生徒達は譫言のように何かを呟いていた。そんな生徒達を慰める退学にならなかった生徒達。そういった生徒こそ俺は気にも留めずに教室を出る。横目に顔を青ざめさせている堀北を見ながら。

 

 何やかんやで責任を感じているのだろうか?

 

 教室を出て行こうとする俺に声がかかる。

 

「おい!どこ行くんだよ綾小路!」

 

「トイレだ」

 

 それだけ答え、俺は教室を出ると走り出す。廊下は走ってはいけないことぐらい俺でも知っているが、今回ばかりは例外であった。俺は茶柱先生が向かっているであろう職員室の方に向かう。可能であれば廊下にいる内に話をしてしまいたい。

 俺は全力で走り、茶柱先生を追いかける。そして茶柱先生を見つけたタイミングで僅かに速度を落とし、ついに声を掛ける。

 

「待ってください茶柱先生」

 

 俺のその呼びかけに応えるように茶柱先生は振り向く。俺は口を開く。

 

「茶柱先生、今回のテストには納得のいかない部分があります」

 

 俺は茶柱先生に直球に言いたい事を伝えようとする。本当は『平等』とは何か的な話を入りとしてしようと考えていたのだが、直前になって松雄が、『誰も今の社会で平等が本当に成り立ってるのか何て話してぇとは思わねぇよ馬鹿』と言っていたことを思い出しやめた。会話は相手に合わせるようにするのが良いと教えてもらったからな。

俺に呼び止められ不機嫌そうな茶柱先生は、俺の発言に対して食ってかかる。

 

「納得がいかないだと?残念だが問題に不備はなければ、採点にもないことは何重にも確認済みだ。特に問題に関してはお前達は気づかなかった様だが「去年や一昨年、ずっと変わってないものだ、ですか?」、、、何?」

 

 茶柱先生の発言に被せるように、俺は茶柱先生の話す内容を先読みして口にする。茶柱先生は不愉快そうにこちらを睨みつけてくる。

 

「ほう、気づいていたのか。ならば分かるはずだ。奴らは退学、それ以外に選択肢はない」

 

「過去問での攻略法はあくまで裏道なはずです。正道で挑むために必要な試験範囲が変わったという情報を先生は伝えるのが遅かった。十分に不満を抱いて然るべきことだと思いますが」

 

「確かにそうかもしれんな。抱きたければ抱けばいい、それで終わりだ。今回の試験はそもそも四月のテストで過去問の存在に気づけるかが試される試験とも言える。それに気づけなかった奴らに情状酌量の余地などない。そんなに文句があるなら気づいていたお前が動けば良かった話。違うか?」

 

 茶柱先生はあくまで自身は悪くなく、退学が覆ることはないと口にする。そして俺は茶柱先生のその態度をもって、この方針で退学を回避させる方法を諦める。ならばもう手は一つしかない。

 茶柱先生は黙る俺を見て話は終わったと判断したのだろう、振り返って職員室を目指そうと一歩踏み出す。その瞬間に俺は再び声をかけた。

 

「待ってください。ではこれならどうです?」

 

 またもや振り返る茶柱先生に俺は学校支給の端末を画面をつけながら向ける。茶柱先生はそれを見ても意図が理解できないのか怪訝な視線を向けてくる。

 

「この学校においてポイントで買えないものはない。赤点の生徒達の点数を売ってください。出来ますよね?」

 

 俺はそう茶柱先生に問い掛けた。茶柱先生はそれに笑い、その話を受け入れんとしてくれた。

 

 ーーーーーー

 

 

 私は綾小路君が教室を出て行ったのを見て、それを追いかけた。何故かは分からない。ただそうしなければならないと、私の中の何かが私に向けて言っていたのだ。このまま逃げることは許されないと。

 

 私は廊下で茶柱先生と話す綾小路君を見つける。綾小路君は私の想像にも及ばない話をしていた。ポイントでテストの点数を買うですって?そんな発想、私には出来やしなかった。きっと兄さんならできたのだろう。

 兄への劣等感、綾小路君への妬み、そういった感情が濁流のように押し寄せる。でもそんなことよりも言うべきことが今の私にはあった。

 

「その話、私も乗らせてもらうわ」

 

 それを口に出した瞬間、茶柱先生と綾小路君が私の方を向く。二人が私の行動を想定していたか、していなかったかなんてどうでもいい。私は私の意思を表明する。

 

「先生、テストの一点はいくらなんでしょうか?」

 

 私は茶柱先生を睨みつけるようにしてそう問いただす。茶柱先生は私がいることに目を丸くしつつも答える。

 

「よもや堀北まで来るとはな。なるほど、お前達がそこまで本気なら売ってやらんでもない。そうだな、実は点数を売るのは私も初めてでな。一点につき十万ポイントで売ってやろう。どうする?」

 

 私はここで唇を噛む。一点につき十万ポイントなど現時点でまともに払えるはずがないからだ。おそらくはそこの綾小路君と私とで二人合わせても一点買うのがせいぜいでしょう。だからといってこの話を受け入れないわけにもいかなかった。

 

 私は退学回避に必要な点数が一点で済む生徒がいることを思い出し、それ以外の生徒は残念だけど捨てる。そういった覚悟を込めて茶柱先生に向けて答えを口にしようとしたときだった。その声がしたのは、

 

『待ちなよ、まだ仲間を救う方法はあるぜ』

 

 妙に高い声が鳴り響く。私含め、三人がその声がした方を向く。そしてそこには廊下にあるには似つかわしくない可愛らしい小さな熊のぬいぐるみが置いてあった。私は話に夢中でその存在には先程まで気づいていなかった。

 

「どういうことだ?」

 

 綾小路君は突如喋り出したぬいぐるみ相手に狼狽えることもなく、その内容について聞き返す。

 

『案外簡単な話だぜ。点数をそこの先生、というより学校側から買うんじゃなくて俺から買わねぇかっつう話。分かる?』

 

 それは降って湧いたような助かる話であることを私は理解する。おそらくはこの生徒は格安で私達に点数を売ってくれるというのだろう。今後のクラス争いに影響を与える可能性もあるが、そんなことを気にすること以上にメリットがあるのは明白だった。しかし、

 

「それは、ありがたい話ね。でもそんなこと本当に可能なのかしら?」

 

『学校と生徒が売り買いできるんだ、生徒同士でそれが出来ないなんてことはないだろうよ。なぁ先生?』

 

 ぬいぐるみからの問いかけに奇妙な感覚を味わっているであろう先生は、その問いに少しだけ詰まった後に答える。

 

「確かに問題はない。だがいくらで売るつもりだ?態々こんな大層な仕掛けをしておいて、たかが十万ポイントしか得られなくていいのか?」

 

 茶柱先生は嘲るようにそう口にする。確かに私達のこの行動をどこまで読んでいたのかは知らないが、この状況を作り出しておいて十万近くしか貰えないのはやや安く感じるかもしれない。しかし相手はその十万に価値を見出しているのだろう。一円を笑う者は一円に泣くという話ではないが、それに近い例と言えるのだろう。

 しかしここでぬいぐるみは予想外のことを言い出した。

 

『何を勘違いしてるのかは知らねぇが俺が売る一点は十万ポイント以下じゃなくて二十万ポイントだぞ』

 

「何ですって?」

 

 私は意味が分からずにそう聞き返してしまう。ポイントを碌に払えないからこのぬいぐるみの話を聞いていたのにその前提を無視するような発言だったからだ。ぬいぐるみはその説明をしてきた。

 

『お前は勘違いしてるようだが、お前らが困ってるのはポイントが足りないからじゃない。確かに一見手詰まりに見えるのはポイントが不足していることが原因だ。だが、不足してるから買えないのは何故だ?』

 

 またも意味のわからないことを喋るぬいぐるみに私はだんだんと腹が立つようになってきていた。コケにされているように感じたからだ。不足しているから買えないことに理由などない。ただ、お金がないという事実があるだけではないか。

 

『要はその瞬間の即時払いである必要があることがここで足を引っ張ってる。俺との契約ならポイントに関しては後払いで良い。この意味分かるか?』

 

 私はようやく話を理解する。確かに個人間での契約なら先払いか後払いかは契約者達の自由に決められるのだ。成程、これなら二十万ポイントなどという異常な額での交渉を求めてきたのにも頷ける。それと同時にそんなことに自分の考えが及ばなかったことに歯痒さを覚えていた。だが私はそれを正して返答する。

 

「話は分かったわ。で、貴方は一体何点まで私たちに売ってくれるのかしら?」

 

 この生徒が何者なのかは知らない。だが、テストの点数を持っていて売れるということは同じ一年生であることは確実で、そしてその一年生のテストでは赤点を取ったら退学だ。そうなってしまった生徒達を助けるために今奔走している私達だが、そんな私達を助けるためにぬいぐるみの中の人が点を売れば、それが原因でぬいぐるみの中の人の点が足りず赤点になる可能性があるだろう。だから私はそれを聞いたのだ。

 おそらくはせいぜい五十点近くが限度であろう。赤点ラインがどのクラスにしろ三、四十点あまりであろうことを考慮するとそこらへんが現実的だ。百点を取ることなど最後の方の問題の難しさからいってあり得ないのだから、これが正しいはずだ。

 

『百点』

 

 そんな私の予想とは裏腹に、あまりにもふざけた内容をぬいぐるみは口にした。

 

「あなたね!いい加減にしなさい!さっきから私たちを馬鹿にするような真似をして!」

 

『お前が可能かどうかを考えてる必要なんてねーんだよ。むしろお前の方が何点欲しいのか言えよ。百点を超えた場合は救えない生徒も出てくるが、それはもう仕方ねぇな』

 

 悔しい、そんな感情を押しつぶして欲しい点数を答える。私は赤点をとった生徒達の点数を記憶していたため、少し計算してから答えることが出来た。

 

「欲しいのも百点よ」

 

 偶然にもその点数は一致していた。ある種の運命的なことではあった。無論、運命は運命でも悪い方の意味でだが。

 

『そうか、じゃあ九十九点まで売ってやろう。九十九点はまとめてセットなんで買いたい点数は調整できないぞ。乗るか乗らないか、これが最後のチャンスだ。早く答えろ』

 

 ぬいぐるみのその発言はまたも私を憤慨させた。このぬいぐるみは私達が望むことを何度否定するというのか。差し伸べられた救いの手とはいえ、それが何度も出し引きされれば煽られているようなものだ。

 

「待ちなさい!何故百点がダメなのかを言いなさい!」

 

『俺の気分、以上だ。もし他に理由があったとしてもそれをお前が知る必要はない。嫌なら断ればいい、それで話は済むんだろう?堀北学の妹』

 

 私は兄さんの名前を出され、一瞬にして心が締め付けられる。そうだ、私は兄さんの妹で完璧でなくてはならないのだ。そのためには今、なりふり構わずに他の生徒達を助けることが必要なのだ。だからこそ、先のぬいぐるみの発言に噛みついたわけだが、これ以上は相手の気分を損ねかねない。それは正しい選択ではないことは明白だった。

 

『ここからは一秒ごとに一点につき一万ポイント分価値が上がらせるぞ。二十、二十一、「分かった、話は飲むわ」

 

 私はそう返答したのだった。そして、

 

「それと聞かせなさい。貴方の名前は何なの?」

 

『存在β、そう覚えておけ』

 





悪魔の手のひら
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。