日本国召喚〜Orbital War〜 作:ガバガバ宇宙開発センター
中央暦1644年3月5日
グラ・バルカス帝国 南方諸島 ロケット発射試験場
グラ・バルカス領の南方の離島。
そこには、かつての地球でV2ロケットなどの開発が行われていたことで知られる、ドイツのペーネミュンデ陸軍兵器実験場と似たような景色が広がっていた。
土がむき出しの地面に、堤防のような盛り土で囲まれた空間、その中央に金属質で先端だけが細長く尖った全長十メートル程度の円錐──ロケットが鎮座している。
それは日本との講和後、大急ぎで宇宙進出に乗り出したグラ・バルカス帝国が開発した国産ロケット『アトモス2型』であった。
「5……4……3……2……1……発射!」
アトモス2型ロケットのエンジンが点火し、下部から激しい火焔を迸しらせつつ、轟音とともに飛翔が始まる。
日本のH-3やイプシロン、ミリシアルが躍起になって打ち上げを試みているミスリル級ロケットと比較すると、まるで子供の玩具のような小さいロケットだが、飛翔する姿には他に劣らない力強さがあった。
「よし、行ったぞ!!」
「現在の高度は1000m!まだまだ上がります!」
技術者たちは、打ち上げられたアトモス2型ロケットを固唾を飲んで見守る。
軍が防空用途で使っていた測高レーダーをそのまま転用した高度観測レーダーは、ロケットが順調に高度を上げていることを捉えていた。
観測所内のテレメトリデータ受信器も、ロケットの慣性誘導装置から送られてくる高度や加速度などのデータを記した計測紙を吐き出していく。
「5000m!……10km!」
「よし、1型を塗り替えたぞ!」
2型の前に何度か打ち上げられた『アトモス1型』ロケットは、海軍が開発を進めていた大型対艦ロケット弾をほぼそのまま流用した代物であった。
対艦ロケット弾は先の戦争中、ミリシアルが投入した空中戦艦を撃破すべく作られ、空中戦艦の堅固な防空網を掻い潜るために推力を高く設計されている。
それを日本から入手した書籍をもとに、打ち上げロケットとして改造を加えたのがアトモス1型である。それでも到達高度は10kmが限界だったが──
「35km!」
「第一段、切り離し……!」
改良型のアトモス2型では、胴体を延長して二段式ロケットとするなど各部への改良で、1型の到達高度10kmという記録を大きく塗り替えることに成功していた。
日本との国交締結後、日本から正式なルートで輸入された各種書籍の情報をもとに、より宇宙ロケットとして洗練された設計の2型は一段目の時点でかなりの速度と高度を稼いでいる。
そして一段目は燃料を完全に使い尽くしたことで直ちに切り離され、二段目のエンジンが点火、さらに加速しつつ上昇する。
「50km!」
「よしよしよし……」
「まだ行くか……頑張れ……!」
技術者たちは祈るように両手を合わせる。
ここまで来るとロケットは点のように小さくなっていたため、技術者たちの視線はレーダー・スコープやデータ受信器から吐き出される計測紙などに向いていた。
アトモス1型を大きく上回る記録を出した時点で大成功だが、ロケットがまだまだ限界を迎えていない以上、技術者たちもまたアトモス2型ロケットがどこまで翔けていけるのかと期待する。
そして──
「高度、100km通過!!」
「よし!行ったぞ!!」
「実験は成功だ!!」
アトモス2型ロケットは高度100kmに到達した。
しかしそれが限界だったらしく、みるみる速度が落ち始め、数秒後には落下を始めていた。それでも観測所には歓喜の声と拍手が溢れている。
高度100kmは宇宙と空の境目であり、帝国は初めて宇宙に手を触れたのだった。
「よくやった皆、大成功だな!」
「ありがとうございます。これも皇太子殿下のご助力のお陰です」
そう言って技術者たちに賛辞を贈ったのは、グラ・バルカス帝国皇太子のカバルであった。彼は観測所の中から今回の打ち上げ試験に立ち会っていたのだった。
昨年、日本の宇宙兵器でミレケネス大将率いる艦隊と帝都ラグナが一方的に叩かれたことを受け、帝国では宇宙進出が大慌てで始まることとなった。
宇宙へ進出しなければ自分たちは一方的に叩きのめされる──その強迫観念が国内に蔓延し、宇宙進出を目的とする統合組織として『帝国統合宇宙開発局』も設立されていた。
だがそれだけでなく、宇宙開発局への多額の出資を皇太子カバルが個人的にしていたことも、帝国の宇宙進出を推し進める大きな要因となっていた。
「なに、私はあくまで出資者だよ。これは君たちの成果だ、誇りたまえ」
「ははっ……ありがとうございます!」
「それに、これからも道はまだまだ険しく遠いんだ。私も君たちもここで満足せず、さらに進んで行かねばならぬのだからな!」
「ははっ……!」
アトモス2型ロケットが到達した高度100kmは、グラ・バルカスの保有する全航空機が到達できない超高空ではあったが、この星の周回軌道の最低値に到達するまで半分の高度でしかない。
もっとも、日本から輸入された各種書籍や、地球の宇宙ロケットの
もちろん日本からの知識をただ真似するだけでは、ミリシアルのように上手くいくはずもないが、帝国は科学文明かつ工業国であり、日本の情報を理解して応用できる基礎技術と科学的知識をすでに有していたのが幸いした。
また、アトモス2型は固体燃料式だが、宇宙ロケットとしてはより適した液体燃料式エンジンの新型ロケットの開発も進んでおり、グラ・バルカス帝国のロケットは今後さらに高性能化していく予定だ。
ゆくゆくは有人宇宙飛行すらも、そう遠くない数年後の話になるかもしれない。
「しかし殿下……出資していただけるのはありがたいのですが、そこまでしていただいて大丈夫なのですか?」
「ん、何がだ?」
「いえ、その……懐の方は……」
「ああ、その心配か!」
あまりに高額な出資のせいで、カバルの懐事情が非常によろしくないことになっているのでは、と技術者は本気で心配する。
だがカバルは、何も気にすることはないとばかりにおどけて笑ってみせた。
「問題ない。実は最近、帝王府のオルダイカとか言うやつが汚職で逮捕されてな。攻撃されたカルスライン本社を調べてたら、たまたま証拠が見つかったらしい」
「ああ……そう言えばそんな報道がございましたね」
「それで、奴の相当な量の汚職金が帝王府に戻って来てな。だが持ち腐れてしまうからと、父上が私にくれたのだよ。帰還祝いとしてな」
「ま、まさかそれを、全額私たちに……?」
「もちろんだ!まだまだ貯えているからいくらでも出せるぞ!」
この帝国を腐らせていた多額の汚職金を、すべて自分たちの研究に回してもらっていた──帝国を救う、宇宙進出への研究に。
その事実に技術者たちは目をぱちくりさせつつも、皇太子の人柄に多大に感謝した。
言うなれば、カバルがこの国の老若男女から慕われる理由の一端がそこに現れていた、と言えるかもしれない。
「それに今も、お前たちの予算を増やせないか、父上や議会の議員たちに掛け合っている所だ。だからお前たちは気にせず好きなようにやりたまえ!」
「か、必ず、殿下の恩威に応えて見せます……」
「うむ!期待しているぞ!」
技術者たちは多大なプレッシャーを感じつつも、カバルの期待に絶対に応えてみせますと、本人だけでなく
中央暦1644年3月9日
ムー国 首都オタハイト 外務省
煉瓦造りのレトロな街並みが広がる、ムー国の首都オタハイトにて。
ムーの政治の中枢を担う議政府回廊の一角に、ムー国外務省が存在した。今日はその外務省の会議室に、日本国の御園が訪れていた。
ムー外務省の外交官オーディクスは、彼が手渡してきた資料を手に取りながら、御園の要件を口に出す。
「宇宙観測所の建設、ですか?」
「はい。我が国の
御園が差し出した資料には、巨大なレドームに囲まれた幾つものレーダーが、宇宙空間に向けられているイメージ画像が添付されていた。
障害物のない、平野地帯のなだらかな土地にその観測所が建っているそのイメージは、かなりの威圧感を感じる。
「巨大なアンテナを設置し、宇宙空間の物体や探査機を追跡する……と。なるほど」
「貴国の位置は、ミリシアルやグラ・バルカスの打ち上げた物体を監視するのに役立ちます。西と東に射点があり、なおかつ我が国の観測所の範囲外をカバーできる。これ以上にない好立地なのです」
御園はそう言って、今回の観測所の重要性を新たに強調した。オーディオは少し考えて唸った後、まず工事の規模を聞き出すことにした。
「建設の規模と費用は?」
「アンテナの設置には、それ相応の立地とその買収が必要になります。工事の費用は全額こちらが持ちますが、かなり大掛かりな工事となりますので、ムー国政府には用地買収の交渉でご助力いただきたいのです」
「なるほど、理解しました。しかし……建設候補地の用地買収は一筋縄ではいかないでしょう。いかんせん大規模農場なども多く、交渉には時間がかかるかもしれません」
オーディクスはそう言って、ムー側の事情を説明しつつ、更なる条件を引き出そうとした。
「もちろん、日本には先のグラ・バルカスとの戦争で多大な恩があります。我が国としても全力を尽くして交渉を致します」
「はい」
「しかし、これが取引と言うのであれば……見返り次第では用地買収の交渉に全力を注ぐ所存ではあります。我が政府としても、タダでと言うわけにはいかないのです」
オーディクスは日本側が何か条件を用意していると見越し、それを引き出そうとしていた。交渉における遠回しな譲歩や見返りの要求、そのやり方そのものだ。
そしてもちろん日本側も、条件を求められるのは想定内だった。御園は部下と顔を合わせ、傍の鞄から新しい資料を取り出した。
「見返りに関しても、もちろんご用意しています。こちらも相応の条件を持ってきましたので、それに関しては、こちらをご覧ください」
御園はファイルの中から、少し薄い分厚さの資料を取り出し、それをオーディクスに差し出した。
それを受け取ったオーディクスは、資料を捲り、最初のページに目を奪われた。
「……我が国から宇宙飛行士を?」
そこに書いてあったのは、ムー国の宇宙飛行士を日本が打ち上げると言う内容だった。
ロケット打ち上げ技術のないムーの代わりに、日本が代わりに宇宙船を提供する。見返りとしては、かなり破格の条件である。
「今後日本で行われる有人宇宙飛行に向け、我が国は宇宙飛行士の大規模拡大を行なっております。その拡大した施設を用いて、貴国からも宇宙飛行士を輩出していただきたいのです」
「なるほど……ついに日本は宇宙に人を送り込むのですな」
「はい。明確な時期は未定ですが、我が国が独自に宇宙飛行士を打ち上げるのは確定しております」
「なるほど。我が国も、こうして衰退するまでは宇宙空間に飛び出していたのは同じでした。再びその舞台に戻れる第一歩となるのなら、感無量であります。これだけでも政府を納得させるには良い条件でしょう」
オーディクスが納得したのを皮切りに、御園は更なる条件を持ち出し、彼の身の回りを固めようとする。
「さらには、我が国から貴国のロケット開発に関して技術供与が出来ればと思っております。こちらに関しては、段階的に技術を提供していく形になるでしょう」
「おお、そこまでしていただけるとは……それほど今回の宇宙観測所は重要な施設になり得る、と言うことでしょうか?」
「その通り、我が国にとって宇宙空間の監視は急務でありますので」
日本にとって、宇宙空間の全面監視はもちろん急務である。そのため、ムーに掛け合って観測所の建設を急いでいる。
日本はそれほどまでに、ミリシアルやグラ・バルカス、そしてアニュンリールの宇宙開発競争を警戒していたのだ。
しかしムーには、現状ロケットを打ち上げる技術を持ち合わせていない。今から必死になって技術を開拓している最中だった。
そんな両者を結ぶこの取引は、両国の現状を打開するための最善策であった。
そして両者の思惑が交差する中、さらに交渉は進む。
「以上の条件にて、政府に上申してみます。御園さん、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
こうしてムー国は、国内に日本のJAXAの宇宙観測所が建設されることを認めた。そこから大規模農場の地主などと交渉し、数ヶ月後には用地買収のほとんどを終えることに成功。
宇宙観測所の建設が始まったのは、交渉から半年が経ってからだった。
中央暦1644年3月13日
日本国 和歌山県 紀伊スペースポート
和歌山にある、海に程近い山地の只中に、その射場は存在した。
JAXAのそれと比べると、幾分か小さく見えるVABから、小型のロケットが発射台にゆっくりと搬入される。
今回打ち上げれるのは、とある民間企業が開発した固体燃料ロケットであった。この射場も、その企業が建設したものだ。
最近、日本国内の規制緩和により宇宙開発を狙う民間宇宙企業が次々と誕生した。今回打ち上げられる機体も、そんな競争の激しいベンチャー企業の挑戦である。
「10、9、8、7、6!」
カウントダウンが迫る。ロケット周辺にウォーターカーテンが撒かれ、発射の衝撃に備える。
「5、4、3、2、1、0!」
『メインエンジン点火!リフトオフ!』
固体燃料が点火され、小型ロケットが射場を離れた。勢いよく噴射される爆炎に紛れ、小型ロケットが離昇する。
「おお!!」
遠くからそれを見守っていた観客たちは、その挑戦の様子を見ながら歓喜の声を漏らした。機体はぐんぐん空へと昇っていき、そのうちに雲を飛び越え……
しかしその直後、ロケットはエンジン部分から大爆発を起こした。観客たちの歓声が止まり、一瞬のうちに沈黙が流れる。
「あっ──」
「うそ、爆発した?」
「あらら……」
爆発によりロケットは、広範囲に火の付いた燃料を撒き散らし、残骸は墜落していった。
観客たちは残念そうな声をあげていたが、このところ数多くのベンチャー企業の失敗を目にしてきた彼らは、そんなものだなと心の底で納得していた。
「(ロケット開発に失敗は付き物と聞いていたが、こりゃ、派手にやらかしたな……)」
そんな大爆発の様子を、日本へロケット工学の留学に赴いていたマイラス・ルクレールは遠目に見守っていた。
我がムーも、ロケットの失敗は覚悟しなければならないなと、彼は改めて失敗を受け入れる姿勢の重要性を理解した。
こうして様々な失敗を重ねる中、日本のベンチャー企業たちの挑戦は続いていく。
次回もお楽しみに!