日本国召喚〜Orbital War〜 作:ガバガバ宇宙開発センター
中央暦1643年8月29日夜
日本国首都東京 霞ヶ関 首相官邸
殺風景でありながら、重苦しい雰囲気を感じる白い壁の部屋。楕円のテーブルとモニターだけが目に入るその会議室に、日本国の首脳陣が集められていた。
前回の報告会では文部科学大臣しか居なかった大臣クラスが、この日は全員が集まっている。それもそのはず、今日集まった理由は緊急だからだ。
「こちらが、らいちょうが最後に捉えた映像です」
会議室のモニターに、破壊された「らいちょう二号」が撮影した映像が映る。
機体が最後に捉えた映像には、高速で接近するデブリの雨が太陽の光を反射し、キラリと輝いているのが映し出されていた。
この映像を最後に、らいちょうは信号が途絶し破壊された。現在、らいちょうは制御不能になりバラバラの状態で高度が下がっている。おそらく数日以内に大気圏に突入し、燃え尽きるだろう。
「この映像を分析したところ、らいちょうを撃墜したのは小型の鉄球の雨だということがわかりました」
映像が一時停止され、光る丸い物体が拡大される。閣僚達の注目が、その鉄球に集まっていく。
「もちろん管制室でもこれを探知し、回避機動を取ろうとしましたが、相手はそれに対応して軌道を変更しました。これは人工物でなければありえない事です」
その言葉に、閣僚達は息を呑んだ。
宇宙空間で軌道変更ができるということは、それができる装置を積んだ人工衛星ということになる。今までそれができるのは日本だけだと思っていたので、驚きを隠せなかった。
「断言しますが、これは明らか人為的な攻撃です。何者かがらいちょうを狙って攻撃したと見るべきです」
そう言って、JAXAの職員は報告を終えた。
つまりらいちょうを撃墜したのは、日本と同じく宇宙開発技術を持つ勢力ということだ。
しかもそれが、攻撃という形で威力を発揮した。そこになんとも遺憾し難い恐怖を感じる。
偶発的な事故ではない。少なくとも誰かが、自分たちのサンプルリターンを阻止しようと動いたということだ。これは宇宙空間のみならず、日本の安全保障にも関わる重大な案件だ。
「今回の件はJAXAだけでなく、防衛省にも問いたい」
内閣総理大臣の武田首相が、まず先んじて口を開いた。彼の胸内には危機感が募っているのか、その口調は固く重たい。
「この人為的な攻撃は一体どこから来たんだ。誰が何の目的のため、我々の機体を破壊したのか。それについて詳しい調査はなされているのか、それに関して問いたい」
武田首相はそう言って言葉を締めくくると、JAXAと防衛省の職員を見た。それに応じて、まずJAXAの職員から説明を開始した。
「まず、我々JAXAの方から。今回の攻撃の前、およそ一時間ほど前に宇宙通信所から不審な物体の上昇を確認しておりました。それがこちらです」
JAXAの職員は、その時のデータをモニターに映し出す。モニターには赤道付近から急に現れた物体が、ゆっくりと上昇していくのが確認できた。
「これは……」
「例の攻撃物体は、この上昇する飛翔体から打ち出されたものかと思われます。出現位置は南方のアニュンリールからです」
アニュンリール、その国名に外務大臣が反応した。他の閣僚も各々の反応を示し、皆で顔を見合わせた。
「これは明らかなロケットです。軌道の位置を逆算し、発射位置を特定したところ、打ち上げられたのはアニュンリール国内の赤道付近の群島と判明しました」
JAXAの職員が説明を終えると、次は防衛省の幹部がマイクを代わり、説明を開始した。
「防衛省です。今回の攻撃について、かのアニュンリールを改めて情報収集衛星で確認してみました。特にJAXAから提供された、赤道付近の群島について」
防衛省の幹部が画面を切り替え、日本の情報収集衛星の画像を出した。群島を宇宙空間から撮影した何枚かの画像が、分析された状態で提出される。
「見た目ではわかりづらいですが、ここやここ、さらにはここなど……ところどころに宇宙センターらしき施設が見受けられます」
その画像データには、目標の群島に何かしらの施設があることを示すデータが残されていた。
地表付近には怪しげな構造物があり、発射台らしき円卓状の施設も含まれていた。さらには宇宙空間へと向けられた巨大なアンテナらしき施設もある。
「さらには、情報収集衛星の熱源探知を用いたところ、この発射台には化学燃料が噴射された跡があることが判明しました。つまりこれは、ロケット発射の痕跡という訳です」
確実な証拠が揃っていた。
現在のところ、日本以外に宇宙開発が可能なのはアニュンリールしかいない。今回の件ではっきりとわかった。
その上、観測データと衛星画像の証拠もある。これは明確な国際問題だった。
「……外務省に問いたい。今回の件、アニュンリールへ直接異議を申し立てること、もしくは責任を追及させることは可能か?」
武田首相は次に外務大臣に質問する。外務大臣は少し手を組んで悩んで唸った末に、結論を見出した。
「無理ですね。アニュンリールの鎖国体制から察するに、惚けられて終わりだと思います」
「そもそもエスペラントの件ですら、あれだけ証拠が出揃っても知らん顔されたんです。そう言う国だと思うしかないでしょう」
外務大臣とその部下が、口を揃えてそう言った。武田首相はその報告を聞き、頭を抱える。アニュンリールを直接追及できないとなれば、今回の件は泣き寝入りとなる。それは危険だ。
「首相。今回のような攻撃が繰り返されれば、日本は宇宙機どころか、衛星網ですらも破壊されてしまうかもしれません。これは国家の安全保障に関わる一大事です」
「わかっている。しかし、外交で解決できないとなればどうするつもりだ。アニュンリールと直接矛を交えるつもりか、グラ・バルカスだって片付いてないのに」
武田首相が次から次へと飛び出してくる問題に頭を抱えていると、防衛省の幹部が一人挙手した。
「それに関しては、私の方からよろしいですか」
「君は……?」
「航空自衛隊の三津木です。本件に関して、ご意見を述べさせていただきたいです」
「いいぞ。なんでも言ってくれ」
三津木と名乗った若手の幹部は、そう言って話を切り出す。武田首相は意見が欲しいので二つ返事で了承した。
「宇宙空間を守りたいのなら、簡単なことです。航空自衛隊の任務領域を、宇宙空間にまで拡大させてしまえばいいのですよ」
その発言には、ほとんどの大臣達が困惑した。
確かに自衛隊が国家インフラの防衛を担うのは当然のことだ。しかし宇宙という領域においてまでそれをするのか、可能なのかと疑問に思ってしまう。
「自衛隊が、軌道上を防衛するというのか?」
「はい。衛星網も含めて、自衛隊が実際に宇宙空間を防衛を担当します。時には積極的な反撃も必要になってくるでしょう」
「まるでSFの世界だ」
「我々はアニメでも見ているのか?」
他の大臣や官僚達が茶化すが、三津木は明確に反論する。
「しかし現状、武力を用いなければ軌道上ですら守れないような時代になってきています。それを考えれば、軌道上防衛のための自衛隊……航空自衛隊を発展させて"航空宇宙自衛隊"を設立するというのは、他に手段がなければ致し方ないかとかと思われます」
若手の彼から出た案は突拍子もなかったが、説得力はあった。確かに現状、軌道上を防衛するには武力の力を借りるしかないのかもしれない。
「わかった。彼の意見を検討しよう」
「首相……」
「今は何より、国民の生活にまで根付いている衛星網の保守が大切だ。今からできることがあるのなら、自衛隊の手でもなんでも借りて欲しい。JAXAの方々にもぜひ協力をお願いしたい」
武田首相はJAXAの職員の方を見る。彼らも現状はわかっているのか、即座に頷いた。
「もちろんです。我々も宇宙が閉ざされるのは御免です。武力を用いなければ、宇宙の平等性すら守れないのならば協力します」
「頼んだぞ。できるだけ早く、航宙自衛隊の設立を急ごう。今のうちからできることをやってくれ」
「はい」
こうしてこの会議で、自衛隊の宇宙作戦が拡大される事が決定した。これに合わせ、従来の航空自衛隊隷下の宇宙作戦群は、来年一月を目処に隊員を増強。航空自衛隊も、「航空宇宙自衛隊」として再編成されることが決定された。
彼らは後に「軌道上戦争」と呼ばれる宇宙開発競争において、重要な役割を果たすこととなる。
中央暦1643年8月30日
アニュンリール皇国 皇都マギカレギア 皇帝執務室
皇帝ザラストラは荘厳な部屋を好む。
その趣味は現在の執務室にも反映されている。壁一面と床一面に、彩度の低い橙色に塗られた木の板を張り巡らし、アクセントに金の装飾を張り巡らせている。
執務室には皇帝ザラストラの他、彼と向かい合う位置に三人の人物が立っていた。
一人は魔帝復活支援省の長官ヒスタスパ。もう一人は宇宙開発部門の局長、あとの一人はアニュンリール空軍の高級将校だった。
「こちらが、我が方の魔導飛翔弾が最後に捉えた最後の魔写であります」
皇帝ザラストラに一度深々と礼をし、ヒスタスパは彼の机に現像した魔写を差し出した。ザラストラはそれを手に取り、じっくりと見聞する。
「映っているのは日本国の大型宇宙機です」
「ほう……これがか」
この魔写は、日本国の大型宇宙機を撃墜した魔導飛翔弾から撮影したもので、衝突寸前まで地上へ送信されたものだ。
高速で接近し、爆散するまでの様子が描かれている。最後の魔写には日本の宇宙機の様子がかなり詳細に映し出されていた。機体の形状がよく見える。
「まずは褒めて遣わそう。魔法帝国復活の邪魔をする不届者に、よくぞ一矢報いてくれた」
そう言ってザラストラは、まずは彼らの功績を褒め称えた。ヒスタスパ達は深々とお辞儀し、そのお褒めの言葉をしっかりと受け取る。
「日本国も懲りたことだろう。我々が日本国を妨害できるとなれば、奴らも宇宙に出るのを少しは躊躇するはずだ」
「はい。少なくとも、魔法帝国の遺産に手を出せばどうなるかは伝わったはずです」
「そうだ。これで魔法帝国復活までの時間稼ぎにはなるはずだ。ヒスタスパ、これで貴様の失態は晴れて挽回となったな」
「ありがとうございます」
計画を打ち出した第一人者のヒスタスパは、かねてより抱えたいた失態を挽回できた事で、肩の荷が少し降りる。久しぶりに仕事で気が抜けた気分だった。
話がひと段落すると、宇宙開発部門の局長が挙手して発言を求めた。部屋の人物の視線が彼に集まる。
「しかし陛下、今回の攻撃方法では二度目は通用しないでしょう。出来るだけ早く、次の攻撃手段を打ち出す必要があります」
「ほう、それはなぜだ?」
宇宙開発部門の局長は、専門的な視点から訳を話す。
「今回は奇襲でしたから、相手は回避機動をとる前に破壊できました。しかし、警戒されている場合は簡単に回避されてしまうでしょう。それに……」
局長は新しい資料を取り出し、それをザラストラに差し出しつつ、言葉を続ける。
「観測所からの報告なのですが、突入に使われた飛翔弾の鉄球が制御不能に陥っているようです。宇宙でこれを止める手段はないので、これが危険なデブリになってしまいます」
「危険とな?」
「はい。宇宙空間でのデブリは非常に高速で、もろい宇宙機にとっては致命的な威力になります。今回は魔法帝国の僕の星には当たりませんでしたが、今後軌道が外れたりした場合、当たってしまう可能性はあります」
「ふぅむ……」
局長に促され、ザラストラは考える。
確かに制御不能に陥った小さいデブリが、古の魔法帝国の遺産にでも当たってしまったら、それこそ本末転倒だ。彼の伝えたいこともわかる気がする。
「危険ですので、この手の攻撃手段は何かしらの制限を設けるべきかと」
「しかし、代わりの手段はどうする?我々が僕の星を守るには、やはり宇宙での攻撃手段が必要だろうに」
「そこでなのですが、もっと確実な方法を使うべきではないでしょうか?」
「ほう、その心は?」
ザラストラが問いただすと、局長は不敵に笑う。そして自身の計画を言って見せた。
「この世で最も確実な制御手段……すなわち有人宇宙船ですよ」
次回もお楽しみに!