『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか』
他の古則もまたそうであるように、少々理解に困る言葉の羅列だ。ただ、1つの解釈としては、これを『楽園の存在証明に対するパラドックス』であると見ることができる。
もし楽園というものが存在するのならば、そこに辿り着いた者は至上の満足と喜びを抱くが故に、永遠に楽園の外に出ることはない。もし楽園の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような『本当の楽園』ではなかったということだ。であるならば、楽園に到達した者が、楽園の外で観測されることはない。存在を捕捉され得るはずがない。
存在しない者の真実を証明することはできるのか? つまるところ……この5つ目の古則は、初めから証明することができないことに関する『不可能な問い』なのだよ。
しかしここで同時に思うことがある。証明できない真実は無価値だろうか? この冷笑にも近い文章を通じて、何か真に問いたいことがあるのではないだろうか?
エデン……経典に出てくる
第1話 補習授業部の日常
「もう嫌っ!! こんなことやってらんない! 分かんない! つまんない! めんどくさい! それもこれも、全部先生のせい!!」
“えぇ、私……?”
私は連邦捜査部『シャーレ』の先生としてトリニティ総合学園を訪れ、補習授業部の顧問を任されていた。問題を抱えた生徒
丁度今私に不満をぶつけているピンク髪の小柄な生徒は正義実現委員会所属の1年、
「もう、コハルちゃん。そんな無茶苦茶なことを言ったら、先生が困ってしまうでしょう?あくまで先生と
そう言って助け船を出してくれたのは2年の
「そもそもコハル様が試験に落ちさえしなければ、このような無様な姿を晒すことはなかったはずです」
「うっ……!! わ、私は正義実現委員会の一員だから! それで、授業に出られないことが多くて―――」
「正義実現委員会に所属している生徒の成績は全て把握しているのですが、試験に合格できなかったのはコハル様だけでした。よって、コハル様は単純に学力が足りていないということになります」
「……」
口調こそ丁寧だが厳しい言葉をコハルに浴びせたのは、同じく2年の
「アズサ様はどう思われますか?」
「まあ、それも強ち間違ってはいない。仕方のないものは仕方ない、人生は往々にして虚しいものだ」
「確かに人生は苦痛の連続ですからね……そういうこともあります」
シエルに会話を振られたのはこれまた同じ2年の
「ああもう、うるさいなぁっ!? そんなこといったらあんたたちもみんな一緒じゃん! 私がバカならここにいる全員バカでしょバーカ!!!!」
「ただし、教育係であるこの粟国シエルは例外です」
「あはは……。えっと、それはその……」
不満を露わにするコハルを前に返事を詰まらせていたのは
「な、何も間違ってないでしょ? バカだからここにいるんでしょ!?」
「……バカかどうかと言われたら、私も否定できませんね……何せ、試験があるのを知ったうえで、遅刻してしまったわけですから……」
「ちょっ、ステラは黙ってて!!」
話に加わってきたシスター服の生徒は1年の
「……それはそれとして……コハルさんはもう少し落ち着いた方がいいですよ……」
「落ち着いてなんていられないわよ! みんな仲良く退学になりそうな、こんな状況で……! もし退学になったら……せ、正義実現委員会のメンバーじゃ、なくなっちゃう……うぅ……」
「もちろん私も、退学になるつもりはない。何をしてでも、例え惨めな思いをしても、乗り越えてみせる」
「まあまあ、退学になったからといって何もかもが終わりというわけではありませんから、気楽に行きましょう。むしろ……」
「あ、あのっっ!!」
「……ヒフミ様?」
退学を恐れ神経質になっているコハルを落ち着かせるべく他の生徒達が必死になる中、補習授業部にヒフミの声が響く。あまりに突然だったので、シエル以外は言葉に詰まっているようだ。
「あ、えっと、その……。こうして集まっているのは、そもそも退学せずに済むようにするためですし……。取り合えずその、今はみんなで知恵を寄せ合って、何か良い方法を探さないと……。そうしないと、1週間後には本当に仲良く全員退学、なんてことに……」
「『知恵を寄せ合う』……なるほど、悪くないのですが、あまりグッと来る感じではありませんね。もう少しこう、何か……」
補習授業部の顧問をしばらく担当していた私には、これから何が起こるのか察してしまう。そして私の思った通り、ハナコはこんなことを口走った。
「ここは例えば、そうですね……『弱くて敏感な部分を寄せ合う』、という形でいかがでしょう?」
「い、いきなり何言ってんの!? 下ネタはダメ! 禁止! 死刑! 敏感な部分って、何をどう寄せ合おうっていうわけ!?」
「……口ではそう言ってますけど……本当は興味があるんじゃないですか……?」
「ちょっ、ちがっ……とにかく、ステラも黙ってて!!」
卑猥に思えるワードを口にしたハナコに対し、コハルが過剰なまでの拒絶反応を見せる。更にステラも便乗してコハルに絡んできた。普段は他人と接するのが苦手なステラも、何故かこういう時に限って積極性を見せることが多い。もっとこう、この積極性を他に活かせないのだろうか?
「では、実際にやってみせましょうか。もう少しこう、脚を開いていただいて……」
「ねぇ、ハナコちゃん、ステラちゃん。補習の途中なのに、一体何をしているの?」
「さ、サナさん!?」「サナ様!?」「お姉様!?」
そんなやり取りを繰り広げていると、朝焼けを思わせる薄紫の長髪をたなびかせ、根元から先端にかけて白から黒のグラデーションを描く1対の翼を備えた生徒が部室に入ってきた。
彼女の名は
「駄目よ2人とも。コハルちゃんが嫌がってるのに、どうしてそんなコトするの?」
「それは……コハルさんとの交流の一環ですね。サナさんこそどうしてここに?」
「大した理由もないのにこんな所まで来ませんよね、お姉様?」
「みんなが頑張ってると思って、お姉ちゃんから差し入れ持って来ちゃったのよ! どうかしら、私の手作りクッキー!」
「ありがとうございます、サナ様!」
「……別に、差し入れなんか貰わなくても頑張れるから!」
「そこに至るまでの過程がどれだけ虚しくても、いつか必ずその努力が報われる時が来る。今この瞬間も、これから先も……」
「……あれ? サナさん、私たちの分はどうされたのでしょうか?」
「酷いですよお姉様ぁ~。シエル先輩からも、何か言ってくれませんかぁ~?」
「誠に申し訳ないのですが、お二方にお渡しするものは一切ございません」
サナが手作りクッキーをヒフミ達にプレゼントしているのを見て、ハナコとステラが不満を口にした。しかし、シエルから帰ってきたのはやはり厳しい言葉だった。
「代わりと言っては何だけど、お姉ちゃんからちょっとした『
「……お、お姉様? それってまさか……」
「なるほど、私が『
「納得してる場合!?」
「とにかく、あなたたちが反省するまではお預けよ」
「……許してくださいお姉様許してくださいお姉様……」
「……どうやら、これは素直に従った方が良いみたいですね」
コハルのツッコミも入る中、ハナコとステラはサナに捕まってしまい、部室の外へと引きずり出されていった。アズサもその様子を興味津々に観察している。
「……せ、先生ぇ……」
“うん、私も頑張るね”
「よ、よろしくお願いします……。このままだと、本当に……私たちみんな、退学に……」
問題児揃いの補習授業部だが、このままで大丈夫なのだろうか? もし5人全員が合格しなければ、彼女達は―――
そんなことを考えながら、私はサナとシエル、及び補習授業部の5人―――正確にはヒフミを除く4人―――と初めて会った日のことを思い返すことにした。
Tips:
トリニティにおける彼女のポジションについては、第2話をお楽しみに。