異界冒険譚シリーズ【アメリア編】-聖女の証- 作:とーふ@毎日なんか書いてる
こんな師匠を見るのは初めてかもしれない。
僕は、水場で半裸のエルフたちを見ながら眉間にしわを寄せている師匠を見て、そんな事を思った。
「それで? レーニの奴はどこに行ったんだよ」
「それは私たちにも分からないよ。彼女は風の様に空を駆けているからね」
「話にならねぇな」
「同じ言葉を使っていても気持ちは通らない。悲しい物だね」
師匠はエルフの言葉に舌打ちをすると、少し離れた所に立っていた僕の所へ戻ってきた。
「行くぞ。ルーク。とんだ無駄足だった」
「は、はい」
「リアム!」
「……なんだ! もうお前らに用はねぇぞ!」
「エルフは愛に生きる種族だ」
「……」
「だから、レーニはあの方が失われたと知って、あの方の思い出が濃く残る場所に居るのでは無いかな?」
「……思い出が濃く残る場所……か」
エルフの言葉に、師匠は静かに頷いて、歩き始めた。
僕も師匠に付いて足を動かす。
それから僕と師匠は、深い森の奥にある隠れた家や、聖都、様々な街を見て回った。
しかし、どこにも支障が探す人はおらず、無駄足となってしまうのだった。
そして、いよいよ師匠もどこへ行けば良いか分からなくなってしまったのか、たき火を見ながら深いため息を吐いていたのだが、ふと何かを思い立ったかの様に顔を上げた。
「……ルーク」
「はい」
「明日は、花畑に行ってみよう」
「花畑、ですか?」
「あぁ。あそこはアメリアが最期に想いを残した場所だからな」
師匠の言葉に、僕は小さくアメリア様、と呟いてから話に聞くだけの人を想った。
世界に光を与えてくれた人。
何かがあって失われてしまった人。
そして、師匠たちの心に深く刻みつけられた人。
どんな人なのだろうか。
今となっては会う事も出来ないが、僕はアメリア様に一度で良いから会ってみたいと思うのだった。
そして、僕らは深い森を抜け、師匠が言う花畑へとたどり着いた。
そこはここに来るまでに支障が教えてくれた通り、湖の近くで色とりどりの花が咲き乱れる場所で。
今までに見たどんな景色よりも綺麗な場所だった。
「……すごい」
「そうだな。前よりも花が増えた様な気もするな」
「そうなんですね」
「あぁ。だが、花が増えているという事はオーガの連中が居るかもしれねぇな。ちと探してみるか」
それから僕と師匠は花畑の周囲を散策し、オーガを探そうとしたのだが、意外にもすぐにオーガを見つける事が出来たのだった。
僕や師匠よりもずっと大きな体で、鍛え抜かれた腕は、僕の腕とは比べ物にならない程に太い。
そして、振り向いた時に見えた顔は厳しく、見ているだけで恐怖を感じる物であった。
「よう。久しぶりだな」
「……お前、リアムか」
「そうだ。アメリアのお友達のリアムだ。覚えてるか?」
「あぁ。懐かしい」
「そうだな」
二、三会話をかわして、師匠はオーガからレーニなる人物について聞き出すと、いつも夕方になると現れるというその人に会う為に花畑へと戻るのだった。
そして、少しの間花畑の近くで休み、日が沈み始めた頃、僕たちは花畑でその人の到着を待つ。
「……来たか」
師匠の言葉に僕は周囲を見渡すが、それらしい人はどこにもおらず、首を傾げていると、レーニさんは何もない場所から僕らの目の前に現れた。
「わっ!?」
「……っ! なんだ。お前!」
突如として現れたレーニさんは僕の声に反応して僕に手のひらを向けるが、師匠がレーニさんが攻撃するよりも早く僕の前に立ってレーニさんに語り掛ける。
「待て。俺だ」
「……なんだ。リアムか。という事はこっちの奴はリアムの知り合いか」
「そうだ」
「そうか。なら始めからそう言え」
レーニさんはこの世の物とは思えない程に美しい姿をした少女であり、キラキラと夕日に輝く蒼い髪を靡かせながら、無表情で師匠に文句を言うのだった。
そして、レーニさんは手を振りながら師匠をどかし、花畑の中心に膝を抱えて座る。
「レーニ……お前」
「ここに来るとな。アメリアの魔力がよく感じられるんだ」
「……」
「もうアメリアは居ないから。レーニはここにきて、アメリアを思い出す事しか出来ない」
「知ってたのか」
「当然だ。アメリアはレーニの運命だ。この世界にたった一つしかない宝物なんだ。それが消えて気づかない訳がない」
「……そうか。すまなかったな」
師匠が、本当に珍しく沈んだ様子で落とした言葉に、レーニさんはため息で応えた。
「それは何に対しての謝罪だ?」
「そりゃ、お前……アメリアを助けられなかったから」
「図に乗るなよ。人間!」
「っ」
「レーニに出来なかった事が、お前ら人間に出来る物か。魔力が足りない。精霊と心を通わせて魔術を使う事も出来ない。魔法使いの真似事をしているだけのお前らに、できる事なんて何もない」
「……」
「ただ、唯一。お前らが悔やまなければいけないのは、アメリアを巻き込んだ事だけだ」
レーニさんは再び膝を抱えて座り込む。
そして、遠くの空を見ながら涙を零した。
「そして、レーニも同じ後悔を抱えている。アメリアを無理矢理にでも引っ張って行けば良かったと、今は感じている」
「……レーニ」
「リアム。エルフの宿命を知っているか?」
「いや」
「エルフは、その生涯でたった一人だけを心から愛するんだ。その人だけを想って生きてゆく」
「……あぁ」
「だから、その人が居なくなってしまったら。もう二度と出会えないのだと知ってしまえば、もう生きていく事だって出来ないんだ」
消えそうな声で、そう呟いたレーニさんは、その言葉通り何処かへ消えてしまいそうだった。
薄く、儚く存在が見えなくなってゆく。
そんな予感があった。
だから、僕は何か言葉をかけようと口を開いたのだが、僕よりも早くレーニさんに声をかけた人が居た。
師匠だ。
「レーニ」
「……なんだ、リアム」
「アメリアに、会いたくはないか?」
「っ!! どういう、意味だ!」
「お前も覚えているだろう? 空の果てだ」
「……」
師匠がいつも以上に、真剣な表情でレーニさんに語り掛けているのを見て、僕は疑問に思った事を飲み込んだ。
今は口を挟むべきじゃない。
「あの時の事は、俺達もアメリアから聞いた。だから、間違いなくアメリアは空の果てに居る」
「……でも、もう同じ世界に生きている事が出来ないのなら、同じ事だ! 今ここでレーニが死んでも!! 同じ事だ!!」
「違う!!」
「っ!」
「違うんだよ。レーニ」
「何が、違うっていうんだ」
「アメリアがそれを望まない」
「そ、んなの」
「俺のよく知っているアメリアなら、お前に死んでほしいなんて望まない。次の大切な物を探して欲しいと言うだろう」
師匠の言葉にレーニさんはグッと言葉を飲み込んで、静かに師匠を睨みつけた。
言葉は無いのに、その視線は様々な想いを師匠に向けている。
「レーニ。確かめに行こう。アメリアの想いを」
「どうやって」
「決まってるだろ? 行くのさ。俺たちも……空の果てへ」
「空の果て……か」
レーニさんは呟きながら星々が輝く空を見上げた。
僕が生まれた頃には、雲に覆われている日が多かった空も、最近はずっと綺麗な世界を映している。
アメリア様が世界を光で照らしたから、今日も世界は綺麗に輝いているのだ。
「……分かった」
「すまんな」
「礼を言うのは、多分レーニだ」
「それでもさ。お前が頷いてくれて嬉しいんだよ。俺は」
「そうか」
静かな二人の会話は、酷く僕の心に刺さり、いつまでも頭の中に焼き付いていた。
もしかしたら、師匠も、レーニさんも、もう死んでいるのかもしれない。
死んだように、生きているだけなのかもしれない。
そんな風に、僕は考えてしまうのだった。