セレン師匠は元の肉体に無関心のようだが、流石に師の遺体をそのまま放置する訳にはいかないので、一旦幽閉されていた廃墟に戻った。
「ほう、おぬしか。祭りの勇者と意外なところで会うものだ。まさか、セレンの関係者か?」
かび臭い階段を降りると、何時ぞや出会った蓄えた髭が特徴の赤頭巾のお爺さんと再会した。
確かジェーレンという名前だったか。ラダーン将軍に仕えていた人物でラダーン祭りを開催した人と記憶している。
波打った刀身が特徴のフランベルジュを担いだジェーレン爺さんは鋭い視線を向けてくるが、何故お爺さんも此処に?
「だがいずれにしろ、この女は死んだ。もう忘れることだ。……この女は塊の魔女。源流思想に耽り、数えきれぬ魔術師をその手にかけたレアルカリアの学院史上、最悪の災厄だったのだ」
もしかして、爺さんが師匠を幽閉したのか?
何気に腰には【カーリアの輝石杖】を差してるし、ラダーン将軍に仕える前はカーリア王家に仕えていたのかもしれない。
ジェーレンは訝しげに力なく項垂れる師匠の遺体を見下ろす。
「……だが、妙だ。この女は、まるで魂の抜けた抜け殻のようだった。セレンの本質は、まだどこかに生き延びていて、いつか別の身体を得てまた現れるのではないか……不吉だが、そう思えてならないのだ」
なんちゅう勘の良さだ。師匠の肉体がそこにあるんだから、普通死んだと思うだろ⋯⋯。
流石、その歳まで生き抜いた老兵。この思慮深さが師匠をここまで追い詰めたのかも。
釈然としない顔つきのまま牢獄を後にするジェーレン。
気配が廃墟から完全に遠ざかるのを待ってから師の遺体を埋めた俺は、ジェーレンのことを報告するため急いでセレン師匠の元へ戻ったのだが。
「なんで居ないの!?」
まさかの師匠不在ときた。
門番をしているカボチャ頭のエディに師匠のことを尋ねると、一通の手紙を差し出してくる。
そこには、カーリアの王家を廃して源流を復興するため、学院に戻る旨が書かれていた。
「⋯⋯ヤバい」
あそこにはレナラ様がいる。
カーリア王家を目の敵にしているセレン師匠にとって、レナラ様は倒すべき相手。
カーリア王家も学長の座にも未練はないと言っていたレナラ様だが、果たして師匠が聞き入れるかどうか。
最悪、盛大にバトってしまう可能性も⋯⋯!
「早まるな師匠、レナラ様ぁッ!」
慌ててレアルカリア大書庫の祝福に跳ぶ。
魔術が飛び交う阿鼻叫喚な光景が広がっていると思いきや、師匠とレナラ様は冷静に顔を突き合わせていた。
経営がどうの復興がこうのと冷静に話し合い、とても喧嘩を売り買いする姿ではない。
何があったんや!?
1
魔術学院――というよりカーリア王家では源流の探求を禁忌としており、学院の運営を王家が担うようになってから当然この思想は浸透した。
そのため、源流の探求を目指した魔術師たちは学院を追われ、中でも師匠は多少の犠牲は厭わない過激な思想のため学位も剥奪。学院への復学にはカーリア王家、延いてはレナラ様の排除が必須だった。
のだが、レナラ様当人が「源流の復興? 別にいいわよ、好きにして」とまさかの許可が下り。
掌が百八十度変わった対応に罠を疑った師匠は、詳しくその胸の内を尋ねると。
まさかの弟子の大活躍に、しばし言葉を失ったらしい。
「うーん、まさかの展開……」
「それは私のセリフだ、我が弟子よ。一体いつの間にカーリアの女王を堕としたのだね。女の口説き方までは教えていなかったはずだが」
「いやぁ、まあ……気づいたらといいますか……」
琥珀の卵なんてポイしなさい、と体を張って忠告してたらいつの間にかフラグが建ってたと言いますか。
「私も驚きましたよ。あの血濡れた魔女の弟子が貴方だったなんて。貴方に出会う前の私でしたら縁に縋り、彼女の提案を受け入れなかったでしょうが、今の私には不要なものですから」
それはそうと、貴方が側にいないのはやはり寂しいので、ラニに倣って私も人形を作ってみました。どうでしょうか、私の雷斗人形は。
デフォルメされた俺の人形を見せてくるレナラ様。ミニラニ様の物欲しそうな目が出来栄えを物語っている。
「まあ、そういうことで源流の復興を許可してくれたというわけだ。とはいえ他の教授どもが黙っていないだろうがな。⋯⋯私が学長になれば手っ取り早いが、そうなると学院の運営や維持費の資金繰りに追われる羽目になりそうだ。そういう意味でもしばし彼女を隠れ蓑に活動するつもりだよ」
ところで、その雷斗人形とやらはいくらで譲って貰えるのかな。観賞用と実用のため二体ほどほしいのだが。
そう言い掌にルーンを出現させる師匠。本人より人形が人気だなんて、なんだか嫉妬しちまいそうだぜ。
快く承諾したレナラ様は奥に引っ込み、早速雷斗人形の作製に着手し始める。
その後ろ姿を少し複雑な気持ちで眺めていると、師匠のしんみりとした声が耳朶を叩いた。
「我が弟子よ。できれば、お前には、このまま学院に残って欲しい……だが、それは叶わぬ願いだろうな。お前にはお前の使命があり、エルデの王になるのだから」
輝石頭に手を伸ばした師匠が、初めてその素顔を明かす。
艷やかな黒髪に切れ長の目。群青色の瞳は優しい光を放っており、慈しみの眼差しを向けていた。
俺の肩に手を置いたセレン師匠が、優しく語りかける。
「これだけは忘れないでくれ。お前が王になろうとも、私はお前の師だ。お前は、私の可愛い弟子だ。そんなお前だからこそ、私は師として──いや、一人の女として……」
そこで言葉を区切った師匠は、小さく頭を振ると「いや、学院は、新しい王に忠誠を誓うだろう。我が弟子よ、エルデの王になりたまえ」と続けた。
何故言葉を濁したのか、その真意は分からないが、師と弟子の関係を越えた絆が俺たちの間にはあるのだと察する。
「――ああ、少し気が早いかもしれぬがな。これは、私と学院の忠誠の証だ」
ついにセレン師匠ルートを攻略したのだと、ここ最近のベッドシーン回収率に驚愕と喜びを禁じ得ない俺に、師匠からのプレゼント。
何だろう、婚約指輪かな?
【輝石のタリスマン】
源流の探求で生み出されたタリスマン。
竜の御子とセレンの魔力を有するそれは、奇跡以外のなにものでもない。
これでいつも一緒だな、我が弟子よ。
「……いつか、お前に話したことがあったな。輝石とは星の琥珀であり、魔術とは星とその生命の探究なのだと。お前がエルデの王になったなら、是非教えて欲しい。エルデンリングに宿る生命の神秘を。……お前の授業が楽しみだよ」
あの、タリスマンに刻まれた想いが呪いの如くネットリとしてるんですが、我が師よ。
これって確か、輝石に俺と師匠の魔力を混ぜたらとうなるかつて実験で生まれた奴ですよね。小指程度の大きさの輝石だったはずなのに、なんか育ってません?
「ああ。それとな。もし、お前が王になれなかったら、その時は私の元に帰ってくるといい。……なあに、心配するな。いかにバカな弟子とて、居場所くらいは用意できるだろうさ」
すごく感動的な台詞だと思うしシリアスな場面だというのも分かってますが、タリスマンに籠められた想いが強過ぎてツッコミ不可避です師匠!
あっ、なんかこのタリスマンすっげえジメジメする! 加湿器要らずだけど、ちょっと師匠! 師匠ぉ!?