「⋯⋯取り逃がした、やはり辞めたい、色々な報告を聞いてきた私だが、このケースは初めてだよ」
イシュトバーンさんを連れて火山館に戻った俺は、早速タニスさんに報告。
重々しい沈黙を保っていた彼女は、大きく息を吐いた。
「本当に我ら火山館に与するのだな?」
「二言はない」
「⋯⋯良かろう。貴殿を火山館の一員と認める。客間があるから自由に使ってくれ」
一礼してから部屋を出るイシュトバーンさん。では俺も、と後に続き退室しようとするが「貴公は待て」と呼び止められてしまった。
まあ、そうですよね。
「どういうつもりだ?」
「えーっと、何がでしょう」
「イシュトバーンの件だ。貴公に頼んだ依頼は、ただ標的を始末して欲しいだけではない。大義のために同胞を討つ、その覚悟があるかも見ているのだ。よもや、討つのが嫌だったから勧誘した、訳ではあるまいな」
仮面越しに鋭い視線を送ってくるタニスさん。これがゲームの世界だったら【信頼度−5】の表記があっただろう。
無論、今回の事案は先の説明以上でも以下でもないため、きっぱりと首を振って否定した。
無益な殺生は好まないが、必要とあらば手を汚す覚悟はとうの昔に出来ている。
「そうか。であれば、次こそ良き報告を期待している」
そういって渡してきたのは一通の封書。
開けなくても察してしまったが、中身はやはり次のターゲットの抹殺だった。
1
次なるターゲットは『暮れなずむライリー』とやら。格好いい二つ名を持つことから相当な実力者と窺える。
「ライリー⋯⋯? いや、まさかな⋯⋯」
ライリーという名に聞き覚えがあるのか、訝しむミニラニ様。どうしたのかと訪ねるも、何でもないの一点張りだ。
釈然としないものを感じつつ、トレントを走らせること一時間。ターゲットがいるとされている場所に辿り着いた。
場所はアルター高原の一角で、紅葉が綺麗な場所だ。
ヤギやリスたちがのんびりと過ごしている風景に癒されながら、それらしき人物の姿を探っていると──。
「イヤァァァァッ!」
「──っ!」
高所からの奇襲に見舞われた。
前方へ回避すると、今しがた立っていた場所に一人の男が飛び蹴りの姿勢で着地する。
舞い上がる木の葉で一瞬視界が塞がれる中、疾風のような速さで距離を詰めた男は、怒涛の連撃を叩き込んできた。
狭間の地では滅多に見ない徒手空拳。拳を捌く中で、岩のような硬さが峰を通じて伝わってくる。
「離れろっ⋯⋯!」
振り払うように刀を薙ぎ、猟犬ステップで距離を取った。
今の数手で大まかながら相手の力量を察することが出来た。無手において、これまで戦った人の中でも跳び抜けている。
まあ、徒手空拳の使い手なんて片手で数えるレベルだけども。
「良い奇襲だったが相手が悪かったな! お前さんはなに、もの……」
奇襲を仕掛けた男の恰好は、奇妙という他なかった。
頭部を覆っているのは、重罪を犯した囚人が被せられる【虜囚の鉄仮面】。
体をすっぽり囲える黒のマントはボロボロで、タコみたいな形の鉄仮面は右目と口部分に穴が開いており、餓えた獣のような唸り声が聞こえる。
低い姿勢でこちらを警戒するように間合いを測る男。その視線が肩に座すミニラニ様へ向けられると、擦り切れたような枯れた声で言った。
「⋯⋯お久しゅうございます、ラニ様。よもや、このような場所で、三度お会い出来るとは⋯⋯幸甚の至り」
「その声、やはりライリーか!」
「知り合いですか?」
何故か苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているミニラニ様が小さく頷く。
名前はライリー。かつてラニ様に仕えていた元従者。しかも何の前触れもなく行方を眩ませ、その後も一切音沙汰なしとか高校生のバイトかよ。
どうやら今回のターゲットは、そんな責任感も忠誠心もペラッペラな元同僚のようだ。
セルブスとは別方向で気色悪い男だったと言うミニラニ様に、「キヒヒヒヒ⋯⋯」と気色悪い嗤い声を上げる男は、その特徴的な枯れた声で言う。
「ソイツは、新しいオモチャですか? ご自身も、そのような体を使って、今度はどのような遊びを、思いついたので⋯⋯?」
「何を言っている⋯⋯? そも、何も言わずに立ち去ったお前が、よくノコノコと私の前に姿を現したものだな」
「それは、申し訳ございません⋯⋯。あの頃は、身を焦がすほどの焦燥感に、駆られていたもので⋯⋯。ですが、ご安心下さい。このライリー、ラニ様にご満足頂ける領域まで登り詰めました。我が集大成、とくとご覧あれ⋯⋯ッ!」
ボロ布のマントを投げるように脱ぎ捨てるライリー。視界を奪う目眩ましのマントを横っ飛びで回避すると同時に斬り裂き──。
「ぶほっ!」
視界の暴力とも言えるその光景に、思わず吹いてしまった。
よく亜人たちが持っている印象のあるロープで全裸の上から亀甲縛り。後ろに回した両手は、首に取り付けたロープで前に回らないように固定。
両の乳首にぶら下がったタリスマン【シャブリリの禍】と【デーディカの禍】。
股間の部分は辛うじて黒い布で隠されているが、アソコはモッコリしてるし、極めつけが三角木馬。いつの間に召喚したのか、そしていつ騎乗したのか、SMで使用するような三角木馬に乗っていたのだ。
ご丁寧に足には鉄球が付いてるし、生粋のドМそのものだ!
「へ、変態だァァァァァッ!」
「──」
あまりにあまりな元従者の姿に、ミニラニ様も絶句していらっしゃる。
そりゃそうだ。突如姿を消して長年音信不通だったのなら、それなりに心配していたはず。ラニ様の性格的にも。
それが、こんなド変態になっての再会なのだ。何を感じ、何を考えろと言うのか。
そしてメリナたち! 関わり合いたくないのは分かるけど、お願いだから離れないで!
「ラニ様にご満足頂くため、どのようなプレイでも耐えられる体力を身につけました! さあ、このライリーを、ラニ様専用雄豚玩具をお使い下さいませ!」
「何を言ってるんだお前は⋯⋯? 寄るな気色悪い!」
重心移動で動くタイプなのか、カラカラ音を鳴らしながら木馬がゆっくり近付いて来る。
軽い恐慌状態に陥っているミニラニ様に、ひしっと抱き着かれた俺は、多幸感を味わいながらも奴から距離を取った。
「フフ、隠さなくても良いのです。このライリー、ラニ様がドSであることを既に承知しております」
「はぁ!? な、何を勝手な⋯⋯っ、違う! そんな目で見るな我が王!」
Sっ気があるのは知っていたが、ドが付くほどか?
そういう意味でミニラニ様に視線を向けていたのだが、何を勘違いしたのか縋るような目を向けてくる。
「ラニ様にお応えするため、ドМ修行に邁進しておりました。ラニ様の元を離れる決断は非常に胸が裂かれる思いでしたが、あらゆる苦痛を快感へ変える戦技を身につけました!」
そして、我が薔薇園もあらゆるサイズに対応可能ですぞ!
そう言って三角木馬の側面を足で叩くと、妙に機械チックな音が鳴り響き、男の野太い声が木霊する。
視なくても判る──というか、判りたくないけど分かってしまう。今、絶対ケツに太いのがぶっ刺さっただろ! そしてウィンウィン動いてるぅぅぅ!
「うぐぅぁぁぁ⋯⋯!」
「ぐぉおおおっ!?」
ミニラニ様の苦しげな声が聞こえるが、俺も途方もない苦しみに悶える。
名状しがたい冒涜的な何かに魂を犯される感覚! こ、これが発狂か!
「ぬぅぅ⋯⋯!」
近くにいるのは危険だと察した俺は、バックステップで距離を取ると同時にポーチから【カーリアの輝石杖】を取り出し、一振り。カーリア王家の魔術である【巨剣陣】を発動する。
頭上で展開される大剣は、グレートソード程の大きさはある。それが三本。
切先を変態に向けたまま大剣が射出され、それと同時に違う魔術式を構築。
以前、セレン師匠から名を授かった、オリジナル魔術!
その名も、ロイヤルカーリア!
「死に晒せ、この変態がぁぁぁ!」
「ぐわぁあああああ──ッ♡」
魔力で構成された巨剣に体を貫かれ、エクスカ○バーを彷彿とさせる極光に呑まれた変態。
奴は木馬で動ける状態じゃなかったし、自ら両手を封じていたため防御も出来ない。
完全な自業自得だ、ザマァねぇな!
「──ッ! ば、馬鹿な⋯⋯!」
ミニラニ様の動揺が伝わり、まさかという思いと共に顔を上げる。
そこには、傷付きながらも五体満足のライリーの姿が。
あれを食らってピンピンしているだと⋯⋯!
「言ったはずだ。このライリー、あらゆる苦痛を快楽へ変える戦技を身につけたと。貴様の攻撃など、ラニ様の鞭にも及ばん!」
「ら、ラニ様の鞭?」
「なんだ知らないのか。ラニ様お気に入りの、愛用の鞭を。とするならば、貴様もまたラニ様のSを満たせていない」
やはり、ラニ様の専属ドМの座は、このライリーのものッ! 依然変わりなくッ!
何やら一人でヒートアップしている変態だが、念のため確認する必要がある。
「えーっと、ラニ様? あの変態が言ってた鞭とやらに、心当たりがあったりします?」
「あるわけがないだろう! 第一、私は鞭など使ったり──」
口を噤むミニラニ様を思わず二度見してしまう。
いや、まさか、そんな⋯⋯。
「⋯⋯ラニ様?」
「いや、確かに心当たりがあるといえばあるが、奴が喜ぶような用途のものじゃないぞ! アレは、衝撃が体内に蓄積される珍しい戦技が宿っていたから、少し気になっていただけで!」
ほう。それは確かに珍しい戦技ですね。
まあ、よくよく考えれば、仮にラニ様にSMの関心があったとしても、俺的にはだからどうしたと。
元々S気があるのは知っていたし、ドが付くほど底沼にハマったとしても性癖なんて人それぞれ。
別にドSになったからといって「じゃあお前はドМになれ」と言うような人ではないのは俺が一番よく分かっている。
そう思うと、何故ここまで取り乱していたのか。
今一度これまでの変態の言動を思い出し、思わず頭を抱えた。
なんてことはない。俺の知らないラニ様を知っているかもしれない。ただそれだけのことに嫉妬したのだ。
しかも、かもしれないという可能性の話だというのに。
「どうした我が王?」
「あーいや、何でもないっす。ところでそこの変態、ラニ様がドSだと思った理由は他にあったりするんか?」
「無論。ラニ様がブライヴを叱りつけていた時、奴は叱られていながら悦んでいた! きっとМとSの関係に違いない! セルブスも喜悦の声を出してラニ様に懇願していた!」
「あぁ。ブライヴは時々、叱られて嬉しそうにする時があるな。何時ぞや聞いた時には、自分のために叱ってくれるのが嬉しいと言っていたが⋯⋯。お前のような真性の変態と一緒にするな」
家族同然のブライヴを貶されたのが我慢ならないのだろう。
怒気を孕んだ声でそう呟いたミニラニ様は、肩からフワリと浮かび上がると、その周囲に鋭い氷柱を出現させた。
一本一本、俺の腕周りの大きさはある太い氷柱──いや、十を超える氷柱群。
氷のような冷めた目で元従者を見下ろしながら、凍てつく声で告げる。
「苦痛を快感に変えると言ったな。ならば、何一つ感じぬ氷の棺に閉ざされるとよい」
「おぉ、これが、ドSの世界⋯⋯! このライリー、ドМの極致に──」
それ以上言葉を紡ぐことはなく。
その後、氷の世界に閉ざされたド変態野郎は、火山館の側にあったマグマの中へ遺棄されるのだった。
1
尚、今度はちゃんと依頼を達成したため、ウキウキで火山館に戻ったのだが、まさかのライリー違いが発覚。
本物の『暮れなずむライリー』は密使のフードに鎧を着た古参の褪せ人で、決してそんな変態ではないと言う。
非常に申し訳なさそうにしながらも依頼は取り下げないタニスさん。
今度こそターゲットの『暮れなずむライリー』を探し出し、無事討伐するのだった。
なお、『暮れなずむ』さんは常時敵意剥き出しの対話が不可能なタイプのため、こちらも迷うことなく殲滅することが出来たと言っておこう。
「貴公、依頼をこなしてくれたのだな。嬉しいよ。これで貴公も背律者、真に火山館の一員というわけだ」
骨折り損をしたものの、ようやく依頼を熟せた俺に温かな言葉をくれるタニスさん。
報酬として受け取ったスクロールには、火山館らしい魔術【溶岩弾】の術式が記載されていた。何気にこの魔術は未習得なので有り難く拝借しておく。
「……貴公、忘れないでくれ。背律の戦いは、英雄への道だ。どれだけ汚れていようとも──いや、汚れているからこそ、それは英雄への道なのだ」
やけに英雄の道を説いてくるタニスさんだけど、全然頭に入らない。
すまない、眠気MAXなんだ。変態をブチのめしてから直ぐに暮れなずむさんの元へ向かったから、精神的に疲れてるんだ。
レム睡眠が⋯⋯レム睡眠が襲って来るぅ⋯⋯。
「これからも、よろしく頼むよ」
⋯⋯Zzz。