「なんじゃいお前は! まーた異教徒の奴らか!?」
巨大な戦斧を構えた筋骨隆々な大男。
その身には甲冑ではなく、灰色のコートの上に紺色の肩帯を垂らした格好をしており、両手に持った戦斧が非常に場違い感を与えている。
年齢を感じさせる顎髭を蓄えて好戦的な笑みを浮かべる大男に、慌ててポーチから【竜の騎士の聖印】を取り出した。
「異教徒でも邪教徒でもないっす! 大司教ユースさんに会いに来ました!」
今にも戦斧で頭をかち割ろうとしていた大男だが、【竜の騎士の聖印】を目にするとキョトンとした表情を浮かべた。
なお異教徒でも邪教徒でもないのは本当だが、そもそも特定の宗教に入信していないので悪しからず。
「こりゃ、竜の騎士の聖印じゃないか。これをどこで?」
「王都の前にいた竜の騎士様から貰いました。これを見せれば大司教に逢えると」
「王都の前……今、警備に当たってる竜のツリーガードっていうと、メタリカの坊主か。なんじゃい、メタリカの坊主から貰ったんか」
メタリカ、非常にヘヴィでメタルなバンドチックの名前ですね。もしくは磁力を有してそうな暗殺者。
「ふーむ……まあええじゃろう。こっち来んさい」
しばし顎髭を擦っていた大男だが、戦斧を下ろすと壁の一角に歩み寄り、徐に石版に指を這わせた。
重々しい音とともに壁がせり上がり、地下に続く階段が姿を現す。
階段を下った先は十畳一間程度の部屋。壁には書架が並び、机の上には読みかけの書物や文書が乱雑に置かれている。
「さて、儂がユースじゃ」
「えっと……えっ、大司教?」
「うむ。なんじゃ意外か? まあ分らんでもないが、儂がユース大司教じゃ。まあこの見てくれで大司教とは思えんよな。わっはっはっ!」
豪快に笑い飛ばす爺さん。いや、全然大司教ユースって感じしないです。
まあでも、この人がユースさんなら話は早い。
簡単にこちらの素性を明かし、エルデンリングを求めてやってきた旨も伝えると、ユースさんは大きく息を吐いた。
「いやはや、なんとも……これほど驚いたのは、いつぶりじゃろうか」
顎髭を何度も擦りながら目を細めるユースさん。その目が俺の後ろに向けられると「そこに、メリナ嬢がいるのですな」と声を掛けた。
黄金樹の祈祷でメリナを顕現させる。
いつもの涼しげな顔で姿を表したメリナを一目見たユースさんは、懐かしそうに目を細めて言った。
「まさか、もう一度この目で見ることが叶うとは。まさしくマリカ様の落とし子……」
「マリカの、落とし子?」
落とし子って普通、正妻以外に産ませた子供のことを指すんだけど⋯⋯。
いや、そんなことより!
「……私が、マリカの子供?」
まさかもまさかな情報に驚きを隠せない様子のメリナ。
顎髭を擦るユースさんは、穏やかな声で語る。
「今のメリナ嬢は記憶がないんじゃったな。では、儂が知る限りのすべてを教えるとしよう。女神マリカの意志と、彼女に纏わる歴史を」
1
改めて名乗るとしよう。
儂の名はユース・ルー。初代エルデの副王ホーラ・ルーの実兄であり、此処王都ローデイルの大司教を務めておる。
儂らは元よりこの狭間の地を統治していた。王は儂の兄であるホーラ・ルーじゃったが、ある日、空から黄金の星が落ち、同時に狭間の地の外より黒き影を従えた女神が一柱、やって来た。それが、女神マリカじゃ。
探し人を追ってこの地に降り立ったマリカが、まず初めに行なったことは何じゃと思う?
そう、儂らに喧嘩を売ったのじゃよ。
強き者こそ群れの長を務める。元より力こそが正義を掲げていた儂らは、腕に覚えのある者を率いてマリカと対峙し、そしてコテンパンに敗れた。いやぁ、あの負けっぷりは寧ろ清々しいくらいじゃわい!
儂らを己の配下に収めたマリカは、エルデンリングを掲げてエルデの王となると、王命を下した。竜の御子の在り処を突き止めよという命じゃ。
とはいえ、儂らは脳筋を地で行く戦士ばかりじゃからのう。人探しなどてんで分からん!
じゃから、結局は黒き影を中心に捜索隊が組まれ、あちこちへ足を赴いたものじゃ。
やがて、星が大樹となりて黄金の輝きを宿す時、火の巨人たちが黄金樹を焼こうと画策するもマリカに阻まれ──いや、これは蛇足じゃな。巨人戦争と呼ばれる戦があったとだけ覚えていればよい。
それからしばらくして、此処王都ローデイルが建設された頃、唐突にマリカは我が愚弟と結婚を表明した。これには儂も含め皆驚いたわい。
一番驚いていたのは当事者の愚弟じゃろうなぁ。なにせ懇ろになるような関係など皆無じゃったわけじゃし。マリカが誰に懸想を抱いているかなど一目瞭然じゃった。
そんなマリカがある日突然、何の前触れもなく結婚すると言い出したのだから、捜索隊から色良い声が上がらないものだから乱心したと、そんな噂が流れるほどじゃ。
⋯⋯今思うと、乱心、というのは当たっていたかもしれんのぅ。時折マリカは頭痛に見舞われていたのじゃが、その時に限って内なる誰かと言葉を交わすような、そんな姿を見せておった。
それに気づきながらも踏み込めなかったのは、儂らの愚であるな。
やがてマリカは三人の子供を儲ける。黄金のゴッドウィン、忌み王モーゴット、血の君主モーグ。このうちのモーグとモーゴットは双子の忌み子での、王都の地下深くへ幽閉された。それを命じたのがマリカであり、実の子が忌み子であっても眉一つ動かさない様は、違和感を覚えたが⋯⋯。
ラダゴンなる小僧が英雄となる第一次リエーニエ戦役が勃発した。
ラダゴンはマリカが時折不在になった時に限って姿を見せる小僧でな、多くは語らぬがその腕前は一級品。戦役では破竹の勢いで大軍を蹴散らしたものじゃ。
その後、ラダゴンの小僧はカーリアの女王レナラと出会い恋に落ち結婚。ラダゴンとレナラの間に出来た子供が、星砕きのラダーン、司法官ライカード、そして雪の魔女ラニじゃ。
そして、マリカ軍がリムグレイブとケイリッドを占領した後に、マリカは儂らから祝福を奪い、目から祝福の光が褪せた時、褪せ人になることを宣告したんじゃ。
突然の暴挙、と言っていいじゃろう。
黄金樹の祝福はすべての民へ与えられるもの。それを取り上げるのは、狭間の地で生きる資格なしと告げるようなものじゃ。
その後、我が愚弟は付き従う戦士たちを引き連れて、狭間の地を去った。既に褪せ人であったかどうかは定かではないし、何を考えてこの地を去ったか我が弟ながら分からなんだ。
儂か? 儂は残ったよ。愚弟が居ない間、誰が他の者を纏めるというんじゃ。まあ、儂の柄じゃないがな……。
それからしばらくの間平穏な日々が続いたのじゃが、唐突にマリカが姿を眩ませ、ラダゴンの小僧がレナラを捨てマリカの玉座を奪い取り、二代目のエルデの王を宣言したんじゃ。暴挙もいいところじゃろ?
手始めにラダゴンの小僧は、黄金律原理主義を提唱し、今までの黄金樹に対する盲信を捨てて理をもって信仰することを宣告した。これを機に黄金樹の全盛期が到来したわけじゃな。
マリカか。いや、ラダゴンが玉座を奪い取ろうと、黄金律原理主義を提唱しようと現われなんだ。
で、肝心なのはここからじゃ。
王都ローデイルに大古竜グランサクスが襲来したんじゃ。彼らが信仰する御子の匂いを嗅ぎつけたらしいのぅ。
今思えばマリカに竜の御子の匂いを感じたのかもしれん。が、ラダゴンの小僧からすれば身に覚えのない因縁を吹っ掛けられたも同然。
元々、竜の勢力を問題視していたラダゴンにとってこれは好機じゃった。大義名分を掲げ侵略するための餌がやって来たようなものじゃからな。
竜の御子を侮辱することでグランサクスを怒らせたラダゴンは彼の竜を退治し、その遺骸を王都に置いた。そう、王都にいるあの巨竜がグランサクスじゃ、が……昨日まですぐそこに居たんじゃが、居ないのぉ。……なんじゃ、お主が解放したんか。そうか、グランサクスはようやく休むことが出来たんじゃな……。ありがとうのう、竜の御子よ。
さて、話を戻すが、ラダゴンの小僧によって竜の勢力と全面戦争となった。後に古龍戦役と呼ばれる戦じゃ。
敵将である古竜フォルサクスにゴッドウィンが打ち勝つことで、王都勢力の処理に終わったんじゃが……何を思ったのかゴッドウィンの小僧、フォルサクスに情を抱いたようでのう。友になろうとアプローチするも強く拒絶されていたわい。
まあ、当たり前よな。彼らにとって御子は至宝の存在のようじゃし、そんな大切なものを侮辱されたんじゃ。当の本人ではないにせよ、そんな奴の息子など敵以外の何者でもないじゃろう。
それからしばらくの月日が流れた頃、マリカは一人の娘を連れて戻ってきた。
その頃の儂はただの司祭だったんじゃが、マリカは娘を連れて儂に言うんじゃ。“この子は私の意志を継ぐものである。陰ながらこの子を助けてやってくれ”とな。
なんのことだかさっぱりじゃろう。儂もさっぱりじゃった。
じゃから訊ねた。マリカの意志とは何なのか。今までどこにいたのか。
そして分かったんじゃ。マリカが黄金樹を憎んでいること、自分の手では排除できないこと、二本指──いや、大いなる意思の干渉により、己が己でなくなることを。
残された時間が僅かであることを悟ったマリカは最後の力を使い、魂を切り分け小娘の姿を与えた。己の意志を──世界樹を破壊すべしという想いを継ぐ娘を。
それがお主、メリナ嬢じゃ。
御子を主上とする竜たちと盟約を交わしたメリナ嬢は、王都に古竜信仰を広げたのじゃが、同時に黄金樹勢力であるラダゴンたちを敵に回す羽目となった。王都古竜信仰戦役の勃発じゃ。
メリナ嬢率いる竜勢力とラダゴン率いる黄金樹勢力の戦いは、黄金樹勢力が勝利した。……メリナ嬢は王都の地下深くに封じられることとなる。
2
「メリナ嬢が投獄された場所は【忌み捨ての地下】と呼ばれ、厳重に封をされておる。自力で這い出るのは困難な場所じゃ。どうやってそこを抜け出たのか分からんが、こうしてお主の顔を見れたことを嬉しく思う。……すまんなぁ。儂にもっと力があれば、もっと早くに解放してやることが出来たのに……」
メリナの生い立ちとマリカとの関係を語ったユースさんが肩を落とす。
本当に忸怩たる思いだったのだろう。見上げるほどの巨体が小さく見えるほど気落ちしている。
誰も、言葉を発せられなかった。
まさか、メリナがマリカの魂を継ぎ、黄金樹を破壊するために生まれた存在だなんて、誰が予想できようか。
「──私が、マリカの⋯⋯」
ショックが大きいのだろう。
愕然とした顔で固まるメリナは、茫然と言葉を口の中で転がすのみで、今し方聞かされた話を受け止めきれていない、そんな様子だ。
「⋯⋯大丈夫か?」
「正直、大丈夫、とは言えないけど⋯⋯」
少し、時間を頂戴。
そう言い残し、霊体となって去っていく。
他にかける言葉が見つからない俺は、ただ茫然と、去っていく背中を見送るのであった。