メリナのことが心配だったが、いつまでも此処に居るわけにはいかない。
もしメリナが戻ったら、先に行っている旨をユースさんに伝えた俺は、黄金樹へと続く二階へ上り先に進んだ。
「うわ、なんだこりゃ⋯⋯」
隣の施設へと繋がる通路には、エンヤ婆と同じ格好をしたお婆さんたちが、行き倒れていた。
黄金樹に向かって祈るように跪きながら息絶えた老婆たちの姿に、薄ら寒いものを感じつつ通路を歩くと、奇妙な場所に出た。
大量の石板に囲まれた半月状の腰掛け。頭上から垂れ下がった幕が弧を描き、優美な空間を彩っている。
腰掛けにはこれまた大きなシーツが敷かれているのだが、石で出来ているため非常に座りが悪そう。ていうか絶対尻が痛いだろコレ。
「──お待ち申し上げておりました」
暗闇から滲み出るように姿を現したのは、黒き刃の人。
俺の前に膝をついた彼女は、此処がマリカの寝室であることを明かす。えっ、マジで? これベッドなの?
「この先は玉座の間ですが、忌み王モーゴットが待ち伏せております」
モーゴットというとあのスーパージジイか。何気に忌み鬼から忌み王にランクアップしてるけど、あの爺さんがいるのかぁ。
エルデンリングを求めるやつ全員殺すッ! なんて気概を見せていたからなぁ。どの道、戦う羽目にはなっていたか。
「忌み王は、これまで玉座に辿り着いた褪せ人たちを皆返り討ちにしています。どうかお気をつけて」
「情報サンクス!」
恭しく頭を下げる黒き刃の構成員の肩を軽く叩いた俺は、モーゴットが待つ玉座の間へ向かった。
1
開けた空間に並ぶ六つの椅子。
その奥に一際豪奢な椅子があり、背後に伸びる階段が黄金樹へと続いている。
玉座の間というよりは開放的な会議室といった空間だ。
思ったより寂れているなと思いながら周囲を見回していると、黄金樹に続く階段からモーゴットが降りてきた。
「祝福なき褪せ人よ。王の座に、何の用がある」
エルデの王になりに来ました! と威勢よく返事をしようと思ったが、ふと脳裏に過る疑問。そもそもどうやってエルデの王を決めるんだっけ。
この長い旅の間に蓄積された知識の辞書。そのページには、エルデンリングを手にした人がエルデの王になれるよ!“と書かれている。
さて、手元にある大ルーンは三つ。デミゴッドの数だけ大ルーンがあると考えると、なんと、後五つも必要じゃないか!
半数も集めていなかった事実に愕然とする俺を他所に、各々の椅子に座るであろう人物の名を懐かしむように口ずさむモーゴット。
「黄金のゴドリック、天賦の双子ミケラとマレニア、将軍ラダーン、法務官ライカード、月の王女ラニ⋯⋯まつろわぬ、裏切り者共。お前たちは、皆同じ。野心の火に焼かれた、略奪者よ」
懐かしむにしては些か怒りが強いようだが。
余程怒りが収まらないのか、杖を握る手に力が込められ。
ヒビ割れる音とともに杖の表面が砕け落ちると、まるで夜空を宿したかのような鮮やかな刀身が露わになった。
「愚かな墓標に刻むがよい。最後の王、モーゴットの名を!」
か、カッケーぇえええ!
まさかの仕込み杖。しかも中二心をメチャクチャ擽ってくる演出に俺の中の男の子が熱い拳を握った。
殺気を漲らせてヤル気満々のモーゴットだが、現状ただの観光に来ただけの褪せ人な俺。今すぐエルデの王になれないのなら、モーゴットと戦う意味はないのだが。
まあ、遅かれ早かれモーゴットの大ルーンも回収しないといけないし、致し方ないか。
そう考えた俺は、無言で遺灰を取り出した。
遺灰組古参メンバーである一郎、二郎、三郎のはぐれ狼に、遺灰系ヒロインであるラティナ。
そして、新たに仲間となったしろがね人に、調香師のトリシャが現れるとモーゴットの眉が一瞬跳ね上がるが、この程度障害にもならんと言わんばかりの顔つきで剣を構える。
が、影に隠れていたアレクトーが姿を見せると顰め面に、シャムシールを構えたミリセントちゃんと滑車の弩に矢をセットしたボックが前に出ると頰を引き攣らせ。
ダメ押しとばかりに宙に浮いたミニラニ様が術式を構築し始めると「いや、お前はダメだろう」と真顔になった。
「そこの遺灰たちは良い。従者の者共も、まだ分かる。だが、お前はダメだろう!」
「ダメとはおかしなことを言うものだ。戦いに良いもダメもあるものか」
「〜〜ッ!」
ド正論を吐かれ、苦虫を噛み潰したような顔で押し黙るモーゴットに同情を禁じ得ない。
一対一の戦いかと思ったら相手は八人ときたら、そりゃちょっと待てと思うだろう。俺だって思う。
でも、残念ながらこれはルールありのスポーツでもなければ、一対一の決闘でもないんだよね。
結局は力と数がモノをいう世界なのだ。
「褪せ人、貴様⋯⋯ッ!」
「勝てば良かろうなのだァーッ!」
「貴様ぁあああああ!」
2
その後、予定調和と言わんばかりに数の暴力でボッコボコにされたモーゴットは、干からびたお爺ちゃんのような覇気の欠片もない姿となって地面に倒れた。
少し大人気なかったかなと思わなくはないが、勝負の世界に卑怯もクソもない。
モーゴットは既に虫の息。苦しめるつもりないため介錯しようと愛刀を振り上げると、微かに唇が動いていることに気付いた。
「褪せ人よ、お前は愚かだ⋯⋯⋯」
耳を澄ませると、そんな言葉が聞こえてきた。
「黄金樹は、全てを拒んでいる⋯⋯我らは、見捨てられたのだ⋯⋯もう誰も、エルデの王にはなれぬのだ⋯⋯⋯私と、同じようにな⋯⋯⋯」
「それってどういう⋯⋯あ、おい! おい!」
言いたいことを言って満足したのか、最期の最期で意味深なことを告げて息を引き取ったモーゴット。
彼の遺体を玉座の前に横たえた俺は、その言葉の意味を確かめるべく黄金樹の元へ向かった。
「⋯⋯中に入れるのか」
階段を登った先に、黄金樹の中へ続く扉がある。
この距離まで近づくと、黄金樹が実体のない霊子で構成されているのが、目隠しをしている状態でも視えた。
扉の隙間から漏れ出ている黄金の光が、辺りを柔らかく照らしている。祝福と同じ光だ。
そんな扉だが、なんか黒い茨のようなものが巻き付いている。試しに扉を開こうとすると、茨が独りでに蠢き、俺の腕を傷つける。
火気厳禁だが刀ならどうだろう。
「うーん、ダメか⋯⋯」
何度か斬り掛かるも、茨はゴムのような弾性があり刃が食い込まない。
絶対に扉の先には行かせないという、強い意志を感じる。
ちょーっと困りましたねぇ⋯⋯。
「雷斗」
「メリナ!」
玉座の間に現れた祝福に触れて腰掛けると、メリナがやって来た。
いつもの涼し気な顔で、一見すると思い悩んでいるようには見えないが。
「大丈夫か?」
「ええ。⋯⋯それより、黄金樹の内に入れなかったのでしょう? 棘の覆いが雷斗を拒んだ」
「――っ! 何か思い出したのか?」
「あれは、拒絶の刺。外のすべてを拒む、黄金樹の防衛機構よ。エルデンリングに見え、エルデの王になるためには、その刺を越えなければならない」
泰然とした態度で説明していたメリナだったが、声の調子が落ちる。
目を伏せた少女は、静かな声で「記憶が戻ったの」と語った。
「ユース大司教のいう通りだった。私は、マリカの魂から分かたれた、隠し子。母から託された使命は――マリカの意志は、黄金樹を燃やすこと。私はそのために生まれた存在だったの」
「メリナ⋯⋯」
自身の存在意義を悟り、淡々と事実を語るメリナだが、その姿が逆に痛々しい。
いつもはマウントを取り合うラニ様も顔を曇らせ、ミリセントちゃんは感じ入るものがあったのかメリナの肩を抱いた。
俺も、なんて声を掛ければいいか分からない。
「だから、また私と旅をして欲しい。遥か雲の上、雪深い飛竜たちの山嶺。その頂きにある“滅びの火”まで。そうしたら、黄金樹を焼くことができる。⋯⋯そして雷斗を導ける。エルデの王たる道に」
「ちょっと待ったちょっと待った。ストップストーップ!」
契約の更新ね、なんて言うメリナに慌ててストップをかける。
可愛らしく首を傾げる巫女を前に頭を押さえた俺は、一つ一つ確認することにした。
「えーっと、メリナの使命が黄金樹を燃やすことなのは分かったけど、前に自分の納得できる形で答えを出したいって言ってたよな。納得できたのか?」
「ええ。母から与えられた使命が私の生きる意味なんだと思ったけど、よく考えたら違ったの。確かに私の使命は黄金樹を燃やすことだけど、それは母からそうあれと望まれたからじゃない。雷斗をエルデの王にするために必要なことだから」
「お、おう。それは嬉しいんだが⋯⋯えっと、黄金樹を焼くってことは」
「――ええ。私が火種となって、黄金樹を焼く。⋯⋯分かっているの。私は貴方を、大罪に誘っている。けれど、その先が望む道ならば、私はそれを行きたい」
狭間の地において最も重い罪は、黄金樹を焼くことだ。原初の大罪と呼ばれ、それを口にすることはもちろん夢想することすら禁じられている。
メリナがやろうとしていることは、そういうことなのだ。
「俺は別にいい。原初の罪だか何だか知らないが、俺は別に気にしない。だけど、前にも言ったが⋯⋯メリナを犠牲にする選択肢は俺の中にはない」
「⋯⋯私も言ったわ。私の使命が、この身を焦がすものだったとしても、私は私が納得出来る選択をしたい。私が心に決めたものよ⋯⋯誰にも、それを侮辱させない。もちろん、貴方にも」
どちらも、引く気はないようだ。
自然と互いに武器を構える。仲間に、それも愛する人に刃を向けることになるなんて、な。
だが、これは理屈ではない。エゴを貫く強さが求められているのだ。
(うっかり殺めるようなヘマはしないが、最悪腕の一本は覚悟しねぇと。大丈夫、祈祷があれば腕もくっつくはずだ)
互いに緊張感が高まり、闘気がぶつかり合う。
今にも飛び掛かろうと、重心をつま先に移動した、その時――。
「二人とも、少し頭を冷やせ」
頭上から氷の塊が落ちて来て、思わず頭を押さえる。
見ればメリナも、痛そうに頭を擦っていた。
「まったく、今すぐ結論を出すような話ではないし、お前たちだけで辿り着く問題でもあるまい」
ミニラニ様の呆れたような声に、ぐうの音も出ない。
確かに、今すぐ結論を出す必要はないわな。
「ここは、知恵者の力を借りようではないか」
ラニ様の心強いお言葉に、改めて惚れ直すのであった。
⋯⋯惚れ直してばかりやな。