俺の知る知恵者というと、真っ先に思い浮かんだのは円卓のエンヤ婆だった。
そういえばレナラ様の大ルーンを獲得した旨も伝えていなかったから、諸々の報告も兼ねて円卓に帰還。
久しぶりに顔を合わせるローデリカが、何やら焦った様子で「部屋にネフェリさんが居ないんです!」と慌てていたが、彼女なら持ち直して王都で再会したことを話すと安堵の吐息をこぼした。
今度、ローデリカちゃんとの時間を作るから、今回は勘弁ね。
「──あんた、よく戻ったね。あぁ、分かっているさね。黄金樹がお主を拒絶したのだろう」
早速エンヤ婆の元に向かうと、すでに二本指から伝えられていたのか、こちらの情報を知っているようだった。
そして、件の指様こと二本指は、二本の指をピンと直立させた状態で固まってしまっている。
「⋯⋯⋯指様が、止まってしまわれた。起こるべきでないことが起き、迷われ、大いなる意志と交信しているのじゃ。交信が終われば指様はまた、お主たちに言葉を、指の導きを齎す⋯⋯⋯だがそれは数千、数万の日が経った先になるだろう」
黒い眼窩を二本指に向けたエンヤ婆も非常に困惑しているようだ。
ていうか数千、数万日とか何年待てばいいんだよ。そんな悠長にしてられる時間は流石にないと思う。
「私はいいさ。だが、あんたたちは、とても待てやしないだろう。⋯⋯さあて、どうしたものだろうね」
「エンヤ婆に聞きたいんだが、黄金樹を燃やすにはどうすればいい?」
突拍子もないことを突然言い出してゴメンだけど、メリナの命が掛かってるんだ。
俺の質問にとても驚いた顔をするエンヤ婆は、囁くように言う。
「あんた、それは⋯⋯それは、人の身には決して許されぬことじゃ。黄金樹を焼くは、原初の大罪。指様は──いや、大いなる意志が決して許さないじゃろう」
自分の中でも葛藤があったのだろう。
しばし黙考していたエンヤ婆は大きく、ゆっくり息を吐き、呟いた。
「──だが、今は⋯⋯今は、指様は止まり、我らには大いなる意志に触れる術もない。世界と生命は壊れ、指様すら知らぬ、起こるべきないことが起こっている。どうして、大罪が大罪のままであると言えようか⋯⋯。だから、あんた、やっておしまいよ。自分が正しいと思うことを、やればいいさね」
そう言い、小さく笑みを浮かべたエンヤ婆。
間違ったことを、許されないことをしようとしているのに、俺の意志を尊重して背中を押してくれる。
寄り掛かってもいいのだと、教えてくれたのは、セレン師匠以来だ。ちょっと胸に来るものがあるわ⋯⋯。
同時に、エンヤ婆がもう少し若ければ、そう思わずにはいられない俺はホント、人としてダメだと思います。
「世界樹を焼く火は、狭間の最も高い場所、巨人の大釜に燻っている。けれど、それを燃やすには特別な種火が必要なのさね⋯⋯火の幻視を宿す者、その贄だけが、大釜の火で世界樹を焼くんだよ」
それはメリナが言っていた正規ルートだな。
その場合だとメリナが生贄になってしまう。
「それ以外に火種となるものはないのか?」
「⋯⋯ないことはないが、これだけは止めておきな」
渋るエンヤ婆だが、そう言われると知りたくなるのが人の性。
なんとか拝み倒し、もう一つの心当たりを聞くことが出来た。
「三本指に見え、狂い火を拝領することだよ」
「狂い火?」
どこかで聞いたことある単語だな。名前からして相当ヤバそうだけど。
「狂い火⋯⋯すべてを焼き溶かす、外なる神の火さね。三本指も大いなる意識が遣わせた使者だが、狂い火を宿してしまった。狂い火は命の冒涜さね⋯⋯アレだけはダメだよ」
「うっす⋯⋯」
大罪を犯すことを容認してくれたエンヤ婆が、ここまで頑なに拒否するとは。やはり名前通り、かなりヤバい代物のようだ。
でも、狂い火という選択肢が生まれたのは大きい。
早速メリナたちに報告しよう!
1
「駄目よ、狂い火なんて絶対」
エンヤ婆に聞いた話を伝えると、真っ先に否定の言葉を口にしたのはメリナであった。
これまで見たことがないほど険しい表情を浮かべている。
その選択だけは取らせない、そんな心の声が聞こえてきそうな形相で、羽織ったローブを握る手に力が籠められる。
「エンヤ婆も言ってたけど、狂い火の何がそんなにダメなんだ? すべて焼き尽くすから?」
エンヤ婆から聞いた話だと、すべてを焼いて溶かす禁断の火とのこと。
黄金樹すら焼き尽くすのだから、それが大罪扱いされるのは分かるが、この拒否感はそれだけではない気がする。
「⋯⋯あれは、そんな生優しいものじゃないわ」
忌々しい記憶を掘り起こすように顔を顰めたメリナは、重々しい声で吐き捨てる。
「ユース大司教が言っていたこと、覚えてる? 私が地下に幽閉されていたこと」
確か、竜たちと盟約を交わして黄金樹勢力に反旗を翻したんだっけ。結果、敗戦したメリナは地下牢に封じられた。
そうか。記憶が戻ったからその時のことも思い出したのか。
「あの頃の私は絶望していた。使命を果たすことなく、このまま果ててしまうことを。唯一の存在理由を取り上げられてしまったことを。絶望して狂うことが出来れば、どんなに良かったことか⋯⋯でも、マリカの魂を分かたれた私は、狂うことが出来なかった。絶望し気が狂おうと、すぐ正気に戻る。そんなことを何度も何度も繰り返した」
竜の御子を追い掛けて狭間の地までやって来たうえに、当時の統治者を下して王様になるくらいだ。それも、すべて竜の御子を探し出すという目的のためだけという。
それほどの行動力の化身の魂から分かたれたのだから、並外れた精神力を有していたのだろう。
ところで話の腰を折って悪いが、マリカの魂から分かたれたということは、メリナ=マリカなのか?
その人格はマリカのものなのか、それともメリナという新たに芽生えたものなのか。
「確かに私はマリカから分かたれた存在だけど、私は私よ。マリカに起源を持つだけで、私のこれまでの人生は私だけのもの」
「そっか。話の腰を折って悪いな」
「気になるのも無理はないわ⋯⋯話を戻すわね。そんな折に、牢獄の中で異変が起きた。牢獄の奥深くに封じられていた三本指に、狂い火が宿ったの。そして、三本指の信者たちに狂い火を授けた」
ん? 三本指は地下に封じられていた?
角を生やして生まれた忌み子や、大罪を犯した人が地下牢に投獄されるみたいだけど、三本指もそれと同格の扱いなのか。
大いなる意思のコミュニケーションツールである二本指。三本指を足すと合わせて五本指⋯⋯。
なんだかきな臭くなってきました。
これ、もしかしなくても、大いなる意思が複数いる疑惑出てきたんじゃね? 二本指と三本指、敵対してたんじゃね?
「牢獄は地獄と化したわ。混乱に乗じて牢から抜け出せたのは不幸中の幸いだった。⋯⋯でも、それも束の間。逃げた先は三本指が封じられていた部屋だった」
「⋯⋯」
見れば神妙な面持ちで聞き入っているミニラニ様。
そうか、メリナもマリカの子供ということは、ラニ様とは従姉妹になるのか。
「三本指の存在を知らなかった私は、奴の甘言に乗せられて奴の巫女となってしまった。その時に狂い火が宿り、とんでもない過ちを犯したことに気付いたの⋯⋯。
狂い火はすべてを焼き溶かし、一つに纏める。生命のあり方を受け入れる黄金樹とは真逆。すべての生命を否定する。どんな形であれ、生まれてきた命は尊ぶものと思っている私にとってもタブーな存在。それが狂い火よ。
そして、三本指は狂い火の王を頂き、すべての命を焼き溶かして一つに纏めることで、この世界を一から作り直そうとしている。現黄金樹の思想と相反するから、地下牢の奥深くに封じられたのでしょうね」
「この世界を坩堝に変えようということか」
メリナの話を聞き、神妙に頷くミニラニ様。
聞き慣れない単語に首を傾げると、有り難くも説明してくれる。
「すべての命が混じり合うことだ。原初の黄金樹はすべての命が混じり合っていた。そこから現在のように様々な命へ派生したと言われている」
「⋯⋯なるほど」
原初の黄金樹という新たなワードが出てきたが、それは一旦置いておくとして。
ということは、三本指はこの世界規模で原初の黄金樹を再現しようとしているってことか。
えっ、なんのために?
「三本指が言っていたわ⋯⋯」
──すべては、大きな一つから分かたれた。分かたれ、生まれ、心を持った。けれどそれは、大いなる意志の過ちだった。
──苦難、絶望、そして呪い。あらゆる罪と苦しみ、それらはみな、過ちにより生じた。
──だから、戻さなくてはならない。混沌の黄色い火で、何もかもを焼き溶かし、すべてを、大きなひとつに。
かつてメリナに狂い火を授けた時に告げた言葉。
そこから察するに、どうやら三本指はこの世から苦難や苦痛、あらゆる罪などを消し去りたいらしい。ようは極楽浄土を作ろうってことか。
そのために、狂い火ですべてを一つに纏め上げる必要があると。
うーん、方法はともかく目的は凄い立派というか、高尚なのがなぁ。
まあ、余計なお世話感が凄まじいけど。
「本来なら、私も狂い火によって目を焼かれていたと思う。でも、私にはマリカが用意した火種があったから、狂い火から逃れることが出来た」
狂い火を宿すと両の目が焼けるのか。
そういえば、旅の途中で両目を押さえて悶え苦しむ人たちを見かけたけど、あれは狂い火を宿した人だったんか。
メリナもああなる寸前だと考えると、非常に肝が冷える思いである。
(あ、だからメリナの身体は爛れているのか。三本指の巫女になった名残がそのような形で残るとは⋯⋯)
俺の中で三本指の株が猛烈に下落した。
「だから、私は雷斗に狂い火を求めて欲しくない。あなたが狂い火を受領し、狂い火の王となるなら⋯⋯あなたを殺して私も死ぬわ」
うーん、メリナの心情を聞かされた今、おいそれと狂い火ルートに行けなくなったぞ。
でも、それ以外だとメリナが犠牲になっちゃうし⋯⋯。
メリナを犠牲にするくらいなら、俺は──。
「あの、ちょっと思ったんですけど⋯⋯」
苦渋の決断を下そうとした時、恐る恐る手を上げるボック。
皆の視線が集まり一瞬気圧された我が従者だが、そろそろと前に出てきて言った。
「わが王は様々な魔術や祈祷をおさめてますよね。なら、狂い火に纏わる祈祷とかも、使えたりするのでは⋯⋯」
「確かに使えるが⋯⋯あれ?」
そういえば、これまで使う機会がなかったが、俺の扱う魔術・祈祷術の中には確かに狂い火に連なるものがある。
本来なら狂い火を受領しないと使えない代物だが、このスーパーチートボディなら恐らく問題なく使用できるだろう。
そして、元々狂い火を受領するという話は、メリナの代わりとなる火種がソレであるわけで。
あれ? もしかして、狂い火系の祈祷でその役割、果たせるんじゃね?
「うぉおおおおおおお、ボックぅうううッ!!」
「うわっ、わ、わが王!?」
その答えに行き着いた瞬間、思わずボックを抱きしめていた。
やっぱり、ボックしか勝たんッ!
取りあえずここまで。
15話も更新したよ。誰か褒めて。