「やあ、いい朝だネ♢」
朝を告げる銅鑼の音で目を覚ました俺は、同じく寝ぼけ眼で上体を起こすメリナに声を掛けた。
目覚めの気分は最高潮。いつもならもう少し惰眠を貪っていたところだが、最近は活力が漲り素晴らしいスタートを切れている。
これもやはり、メリナ身投げルート回避の算段がついたからか。
「いい朝、とはとてもかけ離れた気分だけど」
「おや、ダメじゃないカ。ちゃんと“メリ”って付けないと♤」
顰め面のメリナに笑顔を向ける。
昨夜、添い寝の番をミニラニ様に譲ってもらう条件”今日一日、語尾にメリを付けて過ごす“を承諾したのだから。俺が言い出したことじゃないけど、約束は守らないと。
至極当然な指摘に顔を顰めたメリナは、苦し紛れに話題を逸らす。
「……それと、その話し方も止めて。なんていうか、酷く鬱陶しいわ」
「メリ♡」
「……」
「メリ♧」
「…………」
「メリメリ♢」
「………………めり」
「よろしい」
俺も些かテンションがあがっているのを自覚しているため、ヒ○カごっこを中断した。
さて、ボックとミリセントちゃんは周囲の見回りかな。寝ずの番だから見回りまでする必要ないのに、相変わらず真面目というか。
ミニラニ様はまだ此方にいらっしゃっていないため、ただの人形と化している。普段からミニラニ様に憑依している訳ではなく、一日の半分は本体の元へ帰って暗き道とやらを進んでいるらしい。
特にここ数日はやることが増えたとの話で、ますますミニラニ様をやっている時間が減っている。
「棟梁、朝ですぜ!」
「おーう、今行く!」
部屋の外から聞こえてきた野太いダミ声に返事を返した俺は、今日も気合を入れるため鉢巻を巻く。
「さて、今日も一日頑張りますか!」
ボックの天才的閃きに光明を見い出したあの日から、今日で一週間。
現在、俺たちは王都の下層エリアの一角にある井戸の中──通称、忌み捨ての地下に来ていた。
そう。此処はかつてメリナが投獄されていた地下牢で、忌み鬼と呼ばれる種族が暮らす場所である。
何故、そんな場所に足を赴いたのか。色々と理由はあるが、一番大きな動機は三本指の抹殺だ。
あの後、セレン師匠やレナラ様も含めて行なった話し合いで、メリナ身投げ回避の最善策を師匠たちにも相談。確証は得ないが試してみる価値は十分あると太鼓判を貰った俺は、次に三本指の扱いについて議論した。
色々な意見が出たが、やはり狂い火で世界を一つにする、という思想は危険だと全会一致。
今も狂い火を求めている褪せ人がいるかもしれないため、先手を打って三本指を殺そうとの話になった。幸いにして指殺しのアイテムはラニ様が持っている。
そういった経緯があり、忌み捨ての地下へ潜ったのだが、あまりの不衛生さに精神的に参った人が続出。俺もユビムシが生息している場所を探索するのは非常に困難だと感じ、更には此処で暮らす忌み鬼たちがあまりにも哀れすぎて。
こうなったら、虫の一匹も寄り付かないくらい大改装して、見事なビフォーアフターをしてやる! と俺の中の職人魂に火がついた。
結果、見慣れぬ人種は条件反射で殺そうとする忌み鬼たちの正気を根こそぎ引っ叩いて覚醒させ、何が何だか分からないうちに強制ハント。
この地を忌み鬼たちの楽園に変えてやる、と轟々しながらこびり着いた泥や血の錆びを洗い落とす俺に感化され、今では十人の大工を背負う棟梁だ。
大工の真似事なんてして大丈夫かって? バッキャロー、こっちとら日曜大工が当たり前な世代でぇ!
「おはようごぜぇます棟梁!」
『おはようごぜぇます!』
「おう、おはよう。昨日は第二区画の途中まで進んだんだったな。今日は昨日の続きだ。今日中に第三区画まで終わらせるぞ!」
『応ッ!』
此処、忌み捨ての地下は広大かつ入り組んだ空間で、恐らく敷地面積は王都の三分の一程。
優に三メートル近くはある忌み鬼たちが問題なく戦闘を行えるのだから、その広さが窺えるだろう。
大雑把ながら完成図は頭にあるが、まずは下地作りからということで、この一週間はひたすら泥を掻き出しては燃やし、血痕を見つけては調香した【酸素系漂白剤】で消す作業。
なお、燃やす際は実験も兼ねて狂い火関連の祈祷を使っている。どの祈祷も一時的に目に宿した狂い火を放つ技のため、非常に目が疼くことを除けば今のところ異変はない。使うたびに発狂したり、目が焼け爛れたりしなくて本当によかったメリ。
【酸素系漂白剤】に関しては以前調香していた時にレシピを間違えたことで奇跡的に生み出された薬品だ。解析眼によると活性酸素の働きで、血液の色素分子を破壊してくれるらしい。
そんな感じで地下の構造を把握しながら汚物処理をすること一週間。
侵入者と見るや否や、何も考えずにただ殺し続けていた忌み鬼たちは逞しい大工へと変貌。身体中からビッシリと生えた角は彼らにとって凄まじいコンプレックスだったが、同時にそれは力強さを表すシンボルでもある。
角が生えれば生えるほど醜い姿へと変わっていく、そんな価値観がこの一週間で見事に様変わりし、今では余裕で数トンはする鉄板を持ち上げてみせる力の象徴となり。同時にそれは大工として類稀なる才を有する証しでもある。
1
黄金樹から見放され、両親に見捨てられ、生まれてきた意味に疑問を持つことなく、ただ生きる。
この閉ざされた世界が自分たちにとって当たり前であり、この世界に外があるなど思いもしなかった忌み鬼たち。
そんな彼らが自分たちの境遇に疑問を覚えたのは、忌み子以外の生き物が捨てられたからだ。
角を持たない人間や、しろがね人。
自分たち以外の知的生命体から、この世界に外があることを教えられ、自分たちが何故此処に居るのか、その理由を聞いた時。
当たり前が、当たり前ではないことを知った時。
彼らの中に深い憎悪が生まれた。
同時に、身体中に生える角を恥じた。
水溜りに写る、腫瘍や角を全身に生やしたその様は、醜いの一言。
自分たちを忌み嫌い、地下に閉じ込めた上の人間たちは依然憎いが、こんな姿で生まれてきたのなら捨てられても可笑しくない。
──我らは、産まれるべきではなかった。
──我らは、生まれてはいけない命だった。
いつしか己自身を肯定出来ず、こんな姿で生きる自分に恥じ。
同じ忌み鬼であろうと姿を晒すのを忌避した。
そんな世界を生き、多くの同胞たちを見てきたからこそ。
忌み捨てられ必要とされない者たちを肯定する、新たな王朝を築くことが、王族として生まれながら呪われた血を持つ己の役目だと。
彼──忌み子のモーグは語る。
「そして、王朝の門は既に開き、新たな民を迎え入れている。この地で暮らす者たちは、この地を故郷と受け入れた者。我が民ではないが、故郷を同じくする同胞として、彼らの暮らしが良くなるのであれば、歓迎こそすれ追い出す理由などあるまい」
工事は順調に進み、いよいよ地下の深部に着手。
吹き抜けの巨大な空間にある、螺旋階段の修理をするため足場を組んでいると、神父を彷彿とさせる格好をしたモーグさんがやってきた。
彼はデミゴッドの一人であり、あのモーゴットの弟だという。
普段は地下深部の最奥にある大聖堂に居るのだが、己が居城──更に言うなら聖地とも呼ぶべき神聖な場所が騒がしいことに気付き、やって来たのだ。
非常に険しい声で何をしているのか訪ねてきたモーグに、雷斗はこの地下を改装している旨を話した。
初めは「不敬にも程がある!」的な感じで敵意を示していたが、この改装が彼ら忌み鬼のためのもの、そして当の本人たちがとても清々しい顔で作業に取り組んでいるのを見て「まあ、話くらい聞いてやるか」と態度が軟化。
今ではこうして、肩を並べて雑談できる程度には信用されているだろう。
なお、此処にいるモーグさんは分身であり、本体はモーグウィン王朝という場所にいるらしい。
貴殿なら、と招待状を貰った雷斗は意図せず、モーグウィン王朝への片道切符を手に入れたのだった。
2
そうして、本来の目的である三本指の殺害をそっち退けてリフォームに精を出すこと一ヶ月。
何ということでしょう、悪臭に満ちていた地下空間は匠の技により様変わり。
床に広がる泥や人骨はすべて取り除かれ、飛び散った血も残さずクリーニング。天井から吊り下がる垂れ幕には“ようこそ、忌み捨ての地下へ!”、“ここは忌み鬼の楽園!”、“我が忌み鬼の建築力は世界一ィィィ!”といった文字が書かれ、忌み捨ての地下へ訪れた人を歓迎する。
迷路状の下水管内は、迷子にならないように案内板が設置され、さらには子供たちが遊べるように、多くの褪せ人たちから殺意を向けられているバシリスク、クソキモ生物のユビムシ、何故こんな場所に捨てられたのか分からないインプたちが一掃された。
自給自足という面では、巨大なザリガニやネズミ、ナメクジ、ミランダフラワーたちを一区画に集めて個別に飼育することで食糧難を脱する。
さらには忌み鬼大工たちが手掛けた小物やアクセサリーなども流行し、物々交換という文化が自然と出来上がったため、大通りには商店が並び、活気のある声が飛び交うように。
そして、彼ら忌み鬼たちにとって大工という職業は憧れの的。先人から技術と知識を受け継ぎ、次の代へと継承していく中で、彼らの故郷はさらなる進化と拡大を遂げていくのであった。
なお、忌み捨ての底に位置する大聖堂には、モーグが信仰する外なる神の一柱【姿なき母】と思われる女神像が安置されている。
【姿なき母】はモーグや忌み鬼たちにとって救いの母であり、大聖堂に足を赴いては祈りを捧げる忌み鬼たちも少なくない。
そんな神聖な場所に、とある褪せ人の像が設置された。
防具をすべて脱ぎ捨て鉢巻だけを巻いた褪せ人が、汗水垂らしながらトンカチを振るう、そんな躍動感溢れる像を忌み鬼たちは信頼と敬愛の念を込めて、【初代棟梁の像】と呼ばれていることを。
棟梁の座を継承する時は決まって、この像の前で行われていることを。
当の本人はまだ知らない。