「これは、完璧な隠し方だな」
スルスルっとロープを伝って底に下りたのだが行き止まり。
絶対何かあるだろと解析眼で隈なく視た結果、さらに地下があることが判明したため、【ハイマの大槌】で床を砕いてみたら案の定。ワンフロア分の隠しエリアが見つかった。
部屋は奥へ続いており、更にはこんなところにも祝福がある。どこにでもあるな祝福。
「こっちの体では久しぶりだな」
取りあえず祝福に触れると、珍しく本体のラニ様が現れた。
よく場所が分かりましたね。
「お前に持たせている人形にはマーキングが施してあってな。人形を経由することで何時でも渡れるということだ」
何そのギミック、知らないんだけど。
ていうか、いつでもこっちに来れるのならもう少し早く顔を見せてくださいよ!
「そういう訳にもいかん。人形に蓄積された魔力を消費して移動しているから、おいそれと使う訳にはいかないのだ。さて、そんなことより持ってきたぞ」
コートの内側から取り出したのは、ノクローンの秘宝である【指殺しの刃】。
すでにその効果はラニ様が実証済みであるため、コイツなら三本指でも殺せるだろうとわざわざ持ってきてくれたのだ。
なお、神話級含め多くの武器を有する俺だが、この【指殺しの刃】は持っていなかったりする。
「ありがとうございます! では、早速──」
「待て」
ノクローンの秘宝を受け取り、いざ先に進もうとするもラニ様に止められる。
何だろうとふり返ると、祝福の前に腰を下ろしたラニ様は妖艶な微笑みを浮かべながら手招きしているじゃないか。
「折角、こうして本体で出向いたのだ。邪魔者もいないことだし、此処らで一服しても問題あるまい」
本音を言えば夫婦の愛を育みたかったが、こんな風情の欠片もない場所ではな。時と場合というものを考慮する程度には、私も女ということだ。
腰を下ろした俺の後ろからハグしてくるラニ様が、耳元で囁いてくる。あ、アスナロ抱きでのASMR⋯⋯!
ラニ様とここまで密着したことはなかった。
人形の体なのだからマネキンのように無機質な質感かと思いきや、軟性ゴムのような程よい弾力があり、なによりも背中に感じる二つの母性。裏切り者の猟犬ことダリヴィルはAカップと判断した双丘は、明らかにCカップを超えた御嶽山だ。
──この柔らかさ、偽乳でもない。間違いなく自前のもの! どういうことだ、ラニパイは進化するのか!?
──ラニ様の本体である人形は、成長するとでもいうのか。馬鹿な、そんなこと律が赦すはずがない⋯⋯!
──では、この大きさをなんと説明する。整合性が取れないではないか。
冷静な俺と等身大の俺が頭の中で討論しているが、俺はそれどころではなかった。ミニラニ様からは感じられなかった華やかな香りが突如鼻腔を襲ったからだ。
唯でさえ触圧覚がオーバーフローを起こしているのに、ここにきて嗅覚への強襲。情報が処理しきれない!
すでに俺のお目目はグルグル状態。ラニ様の従者になってからそこそこ経つが、触れ合った時間は少ない。
当然だ、主人に懸想しているとはいえ、主従の関係なのだし適切な距離感を維持していたのだから。
──んぉおおおっ! ラニパイぎもぢぃぃぃ! 良いにおいずるぅぅぅッ!
冷静な俺も等身大な俺も仲良くノックアウトになりながら、主人の腕の中で悶えていると、頬をくっつけて来たラニ様が吐息を漏らす。
「ん⋯⋯ふふ、こうして身を寄せ合うのも、悪くないな。いつまでも、お前の温もりを抱き締めていたいが、別の機会に堪能するとしよう」
頬から顎にかけて指先を滑らせたラニ様が体を離す。
ラニ様と初夜を迎える時、気絶しないでいられるか。今から心配になる俺であった。
1
その後、霧に包まれて転移するラニ様を見送り、祝福経由でメリナたちを回収した俺は、いよいよ三本指が封じられている扉の前にやって来た。
扉は黒焦げた壁とほぼ同化しており、赤熱して奇妙なマークを浮き彫りにしている。
試しに扉に手を掛けてみた。見た目に反して熱さはそこまでだが、ビクともしない。
視れば扉に結界と封印が二重に施されており、力尽くでこじ開けるのは不可能のようだ。
この扉を通るには、相応しい装いと合言葉的なポーズが必要なのは判ったが、肝心な部分はモザイクで隠されている。
「相応しい装い⋯⋯」
そういえば、モーグさんが言っていたな。
薄皮1枚纏うことなく⋯⋯。
「き、君!?」
突然、すべての防具を取っ払い素っ裸になる俺に驚いたのか、慌てて顔を手で覆い、見ないようにするミリセントちゃん。
それでも指の隙間からチラ見してしまうのは、男女問わずどの世代でもやってしまう、あるあるらしい。
一方のメリナは、突然の奇行に走る彼氏を前にしても動じることなく、ジト目を送ってくるくらい。
「⋯⋯ちょっと、雷斗?」
「いやちゃうねん」
このままだと露出狂の気を疑われるため、ささっとネタばらし。
納得した様子のメリナたちだが、その視線は下半身にロックオン。
ミリセントちゃんは「あわわわ」言いながらも指の隙間からガッツリ見ているし。メリナも頰を薄っすら朱に染めて、潤んだ目で見つめてくる。
そんな視線を向けられると、その気がないのに股間が両手持ち状態になるので勘弁してください⋯⋯。
「んー、これもダメか」
全裸状態で壁を押しても開かず、肝心のポーズとやらが難産だった。
胡座を掻いてみたり、前や上下を指差してみたり、歓迎や拍手のポーズをしてみるが扉に変化はなく。
”貴公何用だ”や”、直立の姿勢で両手を右に向けて水平に上げる”内なる律“、反対の“外なる律”、ジャパニーズ“土下座“、バク宙からの土下座であるジャンピング土下座を披露しても、扉は一ミリも動かない。
万策が尽き、思わず大の字に。流石にヒントなしでパスワードを当てるのは至難の業だ。
さて、どうしようかと大の字になったまま、天井の岩肌を見つめていると。
「雷斗!」
「ん?」
メリナの声に体を起こす。
見ると、奇妙なマークの部分が赤熱している部分が赤々と輝いているではないか。
まさかと思いながら扉に触れてみると、先ほどまでとは比べ物にならないほど高温で、触れた部分が焼ける感覚があった。
「ぬぐぅぅぅ……!」
掌が焼ける痛みを堪えながら腕に力を入れていく。
それまでビクともしなかった扉が少しずつ開いていき、ついには奥に鎮座する三本指に相まみえることが出来たのだった。
2
円卓にいる二本指が人差し指と中指で構成されているのに対して、三本指は親指、薬指、小指の三本だった。
狂い火を宿した影響だろう。全体的に焼け焦げており、手指は黄色い火に焼かれて刺青のような指紋が浮き出ている。
光源はなく、身を焼く黄色い火こそが唯一の灯り。そんな部屋に一条の光が差し込み、三本指は小さく身じろぎした。
今にも息絶えそうなほど弱り切っている。その身に宿している狂い火も残りわずかで、まるで風前の灯火状態。
「こいつが三本指……そして、狂い火か」
起源とされる狂い火をこの眼で視て初めて、コイツの脅威を理解した。
狂い火そのものに善悪などない。こいつは触れたものすべてを焼き尽くす炎だ。概念ですら燃やす、そういう性質を持った火、それが狂い火。
狂い火を宿すと発狂するのは、この燃やし尽くす性質そのものが宿主の肉体を、そして自我などの精神も蝕むから。生きながら燃やされる苦痛、自分が自分ではなくなっていく恐怖を永遠と味わうのだから、発狂の一つや二つするだろう。
問題なのは、三本指の方だ。メリナの言っていた通り、コイツの理念は現黄金樹の否定そのもの。
すべての命を溶かし、一つに纏め、苦痛や絶望、呪いを取り除いて新たな生命の形を作る。そんな強い思想が視えた。
混沌と化した世界では、メリナたちヒロインと碌にイチャイチャ出来やしない。
面倒な事態に発展しそうな火種は、今のうちに消しておくべきだろう。
新たな来訪者に喜んでいるのか、手を広げるようにして歓迎の意を示す三本指が小さく手招く。
息をひそめるメリナたちに待てのジェスチャーをした俺が歩み寄って行くと、緩慢な動きで赤熱した指を伸ばしてくる三本指。
そして、ゆっくりと握り締める、その瞬間。
横にローリングして抜け出すと同時に、後ろ手に持っていた【指殺しの刃】を突き刺した。
すでに風前の灯火だったためか、たったの一刺しが致命傷のようで。
ビクンッと大きく震えた三本指は、そのまま塵となって消えていく。
ラニ様が殺害した二本指は死体が残っていたというのに、この三本指は骸すら残さず消えて無くなるとは。まさに燃えカス状態だったのだろう。
なんにせよ、これで狂い火の王が誕生する確率は格段に下がったはず。
いつもの白備えシリーズに着替えた俺が入り口に戻ると、とても清々しい笑顔を浮かべたメリナに優しく抱擁されるのであった。